◆fNI.xrav.L8B 氏 氏_機動戦士ガンダムSEED EVOLVER_PHASE-02

Last-modified: 2012-07-23 (月) 12:45:31
 

まるで海と見まがいそうなほどの蒼空を、これまた炎のように赤い躯体が駆け抜けていく。
その視線の先には複数の白い人型と“黒騎士”の姿があった。
神話において、最高神がその娘に与えた盾と同じ名を持った紅い機体は急激に高度を下げ、
“黒騎士”の元へと向かう。
既にその“黒騎士”が敵の手に堕ちていた事も知らずに。

 
 

機動戦士ガンダムSEED EVOLVER
PHASE-02「Repeat」

 
 
 

基地から飛び立ったユキのロッソイージス・エクシードが、敵部隊を捉えるのにそう時間はかからなかった。
元々イージスは指揮官機と設計されたためセンサー能力が高く、
今回の新型駆動コンピューター組み込みに伴いさらに新型のセンサーと通信機に換装しているため、
非常にその能力が高いのだ。
ユキの目に映し出されたビジョンでは、複数のダガーL・105ダガーの中にストライクノワールが
混じり、行動を共にしているように見える。
その光景は彼には信じがたいものであったのは言うまでもない。
「ノーチェの奴、何やってんだ……?」
一瞬の思考の後、彼の脳裏に最悪の可能性がよぎる。
「まさか……?」
その真偽を確かめるためにも、ユキはロッソイージスを降下させ敵部隊へと接近した。

 

「センサーに反応……増援か?」
シンが搭乗しているストライクノワール・アドバンスドが、接近するロッソイージスを感知する。
「X303AAE……イージス?」
こちらで接近を察知できるということは、恐らくセンサー能力で勝るロッソイージスは
既にこちらの存在に気付き、攻撃態勢を取っていてもおかしくない。
彼は即座に右マニピュレーターにビームライフルショーティーを、左マニピュレーターに
フラガラッハ3ビームブレイドをホールドさせ、戦闘態勢に入った。
「シックザール1より各機、撤退の準備を整えておけ」
配下の面々にそう伝えると、シンは接近するイージスを目視で捉えた。
赤を基調とした塗装に、頭部から突き出たセンサーマストはかつて上司としてミネルバに着任しつつも、
戦場を荒らしまわるテロリストを擁護した事を皮切りに、命令に従いそれを撃破した彼に鉄拳制裁を加え、
挙句の果てにはオペレーター共々軍を裏切り、散々なまでに彼の行いと信念に対する
否定の語句を述べた上に「馬鹿野郎」とまで罵った男の駆る「正義」あるいは「救世主」の名を持つモビルスーツに酷似していた。
「また、俺の邪魔をするのか……アンタって人はッ!!」
無論、シンとてそのイージスのパイロットがあの男でないことぐらい重々承知している。
それでも彼はその言葉を飲み込むことはできなかった。
まがりなりにも共に過ごした同僚や上司に刃を向け、言うならば「家」でもあるミネルバを
何の躊躇もなく沈め、オトモダチと仲良くメサイア入刀ともされればこうもなろう。
ミネルバは本来月軌道方面に配備される予定だったものが、アーモリーワンでの新型機強奪事件の対応に回され地球や宇宙の各地を転々としてきたのだ。
そんな進水式もされない状態で各戦線において高い戦果をあげた功労艦の最期が裏切り者の攻撃であっさり沈むなど、
もはや悲劇というほかに表現できる言葉が存在するだろうか、いや存在しない。
心を落ち着かせるよりも早く、シンはスロットルを押し込み最高速でイージスへと肉薄した。

 

「なっ!?」
ユキの中に湧き出た疑惑の真偽は、ノワールの行動によってすぐさま明らかになった。
ビームライフルショーティから光の弾丸をばら撒き、いまにもフラガラッハ3で切りかからんとしている。
彼の良く知るあの男ならばこんな戦い方はしないし、仮にそうでないとしても別れの言葉の一つぐらいかけるのが人としての礼儀というものだろう。
イージスの下腕部からビームサーベルを発生させ、彼はノワールのフラガラッハ3を受け止める。
「……何者だっ!?」
返答はない。 ユキ自身もそもそも期待はしていなかったし、答えが返ってきたところで偽の名前である事を否定できない。
何の目的かは知らないが、自軍の機体を盗んだ以上落とし前はつけてもらおうと、
ユキはスロットルを押し込み出力を増大させる。 しかし――――――。
「――ッ!?」
一閃、レールガンの砲口が光り高速で射出された弾丸がイージスに直撃する。
類稀なる堅さを誇るPS装甲であってもその衝撃まで殺せないのはご存じのとおりである。
訓練を受けていなければ一発で失神するほどの衝撃を食らいながらも、なんとかユキは歯を食いしばり意識を現世に繋ぎ止める。
「くっ……まだまだァ!!」
右マニピュレーターにホールドさせたビームライフルの射撃を幾度か撃ち込むが、
ノワールはそれをひらりひらりと舞うようにかわし、再びイージスに肉薄する。
それならば、とユキはイージスの腹部装甲を展開し、複列位相エネルギー砲「スキュラ」を発射した。
上方に回避したノワールに狙いを定め、再びスキュラを撃ち込もうとするユキであるが、
耳をつんざくようなアラート音によって彼は下方へと目を向けた。
するとエールストライカーを装備したダガーLがビームサーベルを抜き取り
こちらへと接近してきているのが視認できる。
「邪魔をするなッ!!」
感情のままに飛び出た言葉と共に、イージスもダガーLへ急接近する。
ダガーLがサーベルを振りかぶったその瞬間、ユキはその腕を左のマニピュレーターで掴み動きを止め、
そして右マニピュレーターのビームライフルをダガーLのコクピットに突きつけ、引き金を引いた。
光の奔流を食らい四散するダガーLの姿を見届けることもなく、ユキはノワールへと視線を戻す。

 
 
 

今度はフラガラッハ3を二刀流にして迫りくるノワールへと、彼は叫んだ。
「何度も同じ手が、通じると思うなよ!!」
それと同時にイージスをMA(モビルアーマー)形態へと変形させ、ノワールを屠らんと加速する。
だが、その刹那である。
下方からの砲撃がイージスの進路を阻んだ。
「クソッ、まだ居たのか!」
その砲撃を放ったのは最初にキルギス基地の格納庫を破壊したランチャー105ダガーだ。
超高インパルス砲「アグニ」の一撃は非常に強力であり、まともに食らえばすぐさま黄泉の国への
片道切符を押し付けられかねないが、かといってノワールも放置しておけば危険なのは間違いない。
「どうすれば……」
とユキが呟いたその時、別方向からノワールを目掛けて紅い奔流が放たれた。
「援軍……バスターとデュエルか!」
センサーには友軍機のシグナルが二つ。 ヴェルデバスター・ストレングスとリインフォース・ブルデュエルのものだ。
命中こそしなかったものの、これで戦力比は小さくなる。 彼は反撃の糸口を掴んだと思ったものの、
ノワールはイージスを無視してランチャーダガーの方へと向かって行った。

 
 
 

「シックザール3、アルバ! 撤退するぞ!」
これ以上は自分たちが不利になるばかりだと、シンはなんとか感情を抑え込み撤退命令を出した。
既にシックザール2は先程イージスと交戦した際に撃破されている。 生存は望めないだろう。
シックザール3のランチャーダガーがコンボウェポンポッドから煙幕弾を発射したのと同時に、
シン達はフルスロットルで戦域から離脱した。
「また、仲間が……」
覚悟の上とはいえ、やはり仲間を失うというのはいつになっても慣れることはできない。
シン達を裏切りミネルバを沈めたあの男の心象は、一体どういう状態だったのだろうか。
おそらく、彼には一生理解できない。

 
 
 
 
 

ハンガーに戻ったイージスのコクピットから出たユキは、パイロットスーツのヘルメットを取り
外気へとその顔を晒す。
油と鉄の臭いが鼻をつくが、それでも密閉されたパイロットスーツよりは幾分かマシだ。
「やっほーユキちゃん、ちゃーんと足はついてるかい?」
そこに、キャットウォークを伝って一人の人物が接近してくる。
ユキのものとほぼ同じパイロットスーツを着ているが、体系は彼よりも小柄で、軍人というよりは
ハイスクールの学生と言った方がイメージできるだろう。
前髪に重なる形でM字に跳ねた髪は正面から見るとまるで猫かなにかの耳のようにも見え、
体系と相まって小動物的な雰囲気を感じさせる。
「アルトこそ、ちゃんと耳がついてるみたいでよかったな」
「失礼だな、この髪はボクの重要な個性の一つだよ? そう簡単に失うわけないじゃないか」
“アルト”と呼ばれたその蒼髪の人物は不機嫌そうに眉をしかめ口を尖らせる。
だが、小柄なうえに童顔なアルトでは、そんな表情も駄々をこねているのを
咎められた子供のようにしか見えない。
「もっとも、アルトマーレは私についてきただけでほとんど何もしていないがな」
ユキとアルト、改め“アルトマーレ・ピオーヴェレ”の会話に新たな声が割り込む。
その声の主はヴェルデバスター・ストレングスから降りたショートヘアーの女性だ。
プラチナブロンドの髪の毛はもとより、陶磁器のように白い肌、澄み切った海のごとく蒼く美しい瞳、
そして無駄のない体つきは、男性のみならず女性すら虜にしかねない魅力を持っている。
ユキは初めて出会った時、彼女に対し祖国の有名歌劇団の男役のような印象を持った。
実際のところ彼女はその振る舞いからか、どこか中性的な雰囲気を醸し出している。
「ああ、シャルの援護がなければ危なかったよ、ありがとう」
「私は当然のことをしたまでだ、感謝されるいわれはない」
そう思われているとは露知らず“シャル”と呼ばれた女性はそう吐き捨てるとさっさとハンガーから出て行ってしまった。
「デレないねぇ、いかにもツン期って感じだねぇ」
「なんだよツン期って……。 それより、ノーチェとバッカスは?」
アルトマーレを発した言葉に疑問符を浮かべるユキであったが、すぐさま頭を切り替え2人の安否を
確認しようとした。
「あの2人なら医務室だよ。 おそらく怪我はしてないと思うけど、一応ね」
「そうか……」
ユキはノワールを強奪したパイロットについて何か知っていることがあるかもしれないと
ノーチェに質問をするつもりであったのだが、どうやらそれは先送りになりそうだ。

 
 

「シン・アスカ!?」
「そうだ。 あの姿は恐らくな」
数時間後。
ノーチェの口から飛び出たその名前に、ユキは驚きを隠せなかった。
「でも、『ミネルバの鬼神』が、なんで?」
「さあな、でももしかしたらこれが関係あるかもしれない」
そういうとノーチェは携帯端末にひとつのニュースを映しだした。
それはザフト軍特務隊「ヘルヴォル」が地上のザラ派レジスタンスを鎮圧したという内容だった。
「これが一体どう関係が?」
状況を把握しきれないユキに、ノーチェはこれだ、と一つの単語を指差す。
「こ、ここって連合領じゃないか!?」
ようやく状況を把握した彼の姿に、ノーチェは軽く溜息を吐く。
「ここ最近、ヘルヴォルの動きが活発化してきている。 シン・アスカはヘルヴォルの隊長及び副隊長と因縁があるって話だ」
「復讐のため……ってこと?」
「でも、それだけにしては理由が弱すぎない?」
ノーチェの言葉を元にユキが強奪の理由を推測するが、それにアルトマーレが口を挟む。
「確かに気持ちは分からなくもないけど、復讐のためだけに組織を結成するっていうのは……」
確かにアルトマーレの発言は筋が通っている。
家族や仲間などを殺された恨みはあってもそれだけで組織は成り立たない上に、それでは協力者など現れない。
「キラ・ヤマトほかが複数の人物から恨まれているか、あるいは他の目的が存在するか……そのどちらかだろうな」
「その線が濃厚だろうな。 彼は正義感の強い人物らしいから、現状のプラントの独裁体制に異議を唱えるのは自然だ」
“シャル”ことシャルロッテ・ユーベルヴェークの推測にノーチェが同意する。
絶対的な力による弾圧と、その上に成り立つ偽りの平和。
現在のプラントはそのような非常に不安定で歪んだ状況に置かれているのだ。
「要は絶対的な力に抗う勇敢な鬼神さまってか、おめでてーなぁコーディネイターってのは」
それまで黙っていたバッカスが不意に口を開き、冷笑的な口調でそう皮肉る。
その言葉に呼応してか、露骨にアルトマーレの表情が曇るのをユキは察知し
「バッカス、今はそんな時代遅れの差別をする時じゃないだろう」
と彼を咎めた。
「……とにかく、いずれ追撃部隊が結成されて彼らは討伐されるだろう。 地球連合相手にレジスタンスが対抗できるわけがない」
沈んだ空気の中、ノーチェが半ば強引にその場を収束させる。
その言葉の中に含まれた“追撃部隊”に自分たちが配属されることを、彼らはまだ知らない。

 
 
 

ハンニバル級陸上戦艦「フリードリヒ」の艦内は慌しさに包まれていた。
急遽構成された追撃部隊にはノーチェをはじめとしたシリウス小隊の面々が配備され、彼らの乗機であるロッソイージスやヴェルデバスターなども続々と積み込まれていく。
「はっ!? なんでだよ!?」
その最中、モビルスーツハンガーに響き渡る男の声。 その主は例によってバッカスである。
お世辞にも整っているとはいえないその顔をさらに歪め文句を垂れ流す彼の姿は、正直見ている方に精神的ダメージを与えかねない。
「なんでネロブリッツをノーチェに!? ノワールを取られたのはあいつの自業自得なんだし……!」
「なんでって言われてもね、俺が決めたわけじゃあないし……」
その攻撃を飄々とした表情でかわし、ユキが背後へと振り返ると、その先には一人の女性士官の姿があった。
「私が決めた。 ネロブリッツは貴方の戦い方にはふさわしくないと思ったから」
その女性士官は視線を格納庫のとある一角へと向けながらさらに言葉を続ける。
「バッカス・ブーン・ドラブル少尉、貴官にはウィンダムに搭乗してもらう」
「ウィンダム!?」
思わずバッカスは目を丸くする。 特別仕様のガンダムタイプから一気に一般量産機に搭乗機が格下げとなれば誰でもこのような反応になろう。
そして感情のままに罵声を彼女に浴びせようとするバッカスだったが、それはユキによって制止された。
「バカ野郎! この人が誰か、分かんないのかよ!」
ユキはその女性士官の方を見ながらバッカスに耳打ちする。
「『漆黒の悪魔』フラーヴィア・ベルリネッタ大尉だよ!」
“漆黒の悪魔”フラーヴィア・ベルリネッタ。 高速近接戦闘を得意とし、
前のメサイア戦役ではヘブンズベース攻防戦において僅か3分半で7機のロゴス派モビルスーツと1機のザムザザーを撃墜したといわれている。
黒をベースに赤と金色で塗装され、逢えて装甲を極限まで削り、
かつネオ・ロアノークが搭乗したウィンダムと同様にリミッターを解除した特別仕様のジェットストライカーを装備した専用機、
通称「ソニック・ウィンダム」あるいは「ウィンダム・ゴースト」は、その塗装も相まって敵機にとっては悪魔のごとき存在とされた。
「士官学校時代の遍歴を軽く見させてもらったけど、隠密・電撃戦主体のブリッツは目立ちたがりな貴官には不適当。
故に、ストライカーパックシステムで多彩な戦況に対応できるウィンダムに乗り換えてもらう、何か異論は?」
バッカスは悔しそうな表情を浮かべしばらくの間フラーヴィアを睨んでいたが、流石に逆らえないと思ったのか、小さい声で
「……ありません」
と言った。

 
 

フリードリヒに乗り込んだシリウス小隊の任務は、何もシン・アスカの一味をはじめとした
レジスタンス・テロ組織の討伐だけが目的ではない。
地球上の各地で越権行為を行うザフト特務隊「ヘルヴォル」の抑制もそのひとつだ。
平和維持を名目に地球連合領内に侵入し、幾度となくテロ組織などを壊滅させている彼らではあるが、
地球連合軍としてはそのような行為は言語道断であり、それは立派な領土・領空侵犯である。
さらに言えば地球軍がテロ組織と戦闘中に彼らに介入され、地球軍側も被害を被ったという事例もあるがゆえに、
これ以上の放置はできないと司令部が決定し、今回シリウス隊にその任を課したのだ。
「無茶言うよね、あのキラ・ヤマトとアスラン・ザラが率いるヘルヴォルと戦え、なんてさ」
「別に全ての任務にあの二人が参加しているわけではあるまい。 それに私たちはザフトそのものに喧嘩を売るわけではない。
あくまで降りかかる火の粉を払え、というだけの話だ」
壁に寄りかかって苦笑を浮かべるアルトマーレと、コーヒーの入った紙コップを片手に持ったシャルロッテ。
ガラスの向こう側の慌しい光景を横目に、既に自分の搭乗機の調整と所定の作業を終えた二人は
他愛もない談笑を繰り広げていた。
「危険手当どれくらい出るかな?」
「分からんな、まあキラ・ヤマトかアスラン・ザラを倒せば勲章ぐらいは貰えるのではないか?」
「勲章なんてボクは別にいらないけどー? お飾りのバッジとかそういうのいらないから、お金だけくれればいいよ、お金」
アルトマーレは飲料の自動販売機を操作しながらケタケタ笑って見せた。
紙コップが設置され徐々に黒い液体が満たされる中、再びアルトマーレは口を開く。
「そういやさ、なんでボクたちだけが追撃部隊に?
このハンニバル級ってデストロイすら容易く積載できるんでしょ?」
「元々テスト中で戦力に加えられていなかったのが理由らしい。 先日の襲撃で格納庫が吹っ飛んだ上に、ウィンダムが一体中破、
ノワールが強奪されて戦力はさらに低下しているからな」
ストライクノワール・アドバンスドを始めとした機体群は、まだ実戦投入が可能な段階と
認識されておらず、キルギス基地の戦力における計算に入れられていなかったがために、
急遽編成された追撃部隊に編入されたのだ。
「なーんか、まるで厄介払いされたみたいだねぇ」
「恐らく襲撃の理由はノワール目当てであろうから、仕方ないとも言えるな。 とはいえ、あのフラーヴィア・ベルリネッタ大尉もいるんだ。 彼女がいる分まだましだろう」
「仕方ない、か……まあ、ノーチェが生きて帰ってこれただけでもいい方かな。 確か昔来た臨時の戦技教官も言ってたしね『生きてるうちは負けじゃない』って――――」
そう言うと、アルトマーレは紙コップに入ったコーヒーを煽りながら微妙な表情を浮かべた。

 
 
 

「うぇー、ミルクと砂糖の調整間違えた……」

 
 
 
 

プラント、正式には「Peoples Liberation Acting Nation of Technology(科学技術に立脚した民族解放国家 P.L.A.N.T.)」は、
自由条約黄道同盟、通称ザフト(Zodiac Alliance of Freedom Treaty Z.A.F.T.)の一党独裁のもとに統治されるコロニー国家である。
ラグランジュ・ファイブに設置された円錐を組み合わせた形状のコロニーは、その大きさゆえに
地上から肉眼で確認できるほどであり、しばしば「砂時計」と表現される。
そのプラントの首都となるアプリリウス市に存在する、プラント最高評議会議長室。
そこには美しい鴇色の長髪を背中へ流し、黒を基調にした陣羽織とフォーマルドレスを駆け合わせた施政服を着込んだ女性と、白を基調としたコート風の軍服を着込み、
ブラウンの髪をショートジャギーに切りそろえた優しそうな顔立ちの男性の姿があった。
「僕とアスランで地上へ?」
「ええ、ここ最近地球上の治安が不安定な状況になっていますので、その鎮圧にと」
長髪の女性、ラクス・クラインの言葉に、軍服を着込んだ男性――――キラ・ヤマトは少し驚いたような表情を浮かべる。
「カーペンタリアとジブラルタルの地上戦力は自由に使ってくださって構いませんわ」
「でもラクス、どうしてわざわざ僕たちが地上に? それに、ラクスは大丈夫なの?」
半ば一方的に話を進めようとするラクスをキラが制止する。 それは彼女を心配するが故だ。
「ここはプラントの首都です。 もしものことがあれば、ザフトが私(わたくし)を守ってくださいますわ」
それでも、と食い下がろうとするキラの言葉を遮るようにラクスは彼に歩み寄り、そして抱きつく。
「私は、大丈夫ですわ。 ですから……是非、平和のために、キラ、貴方の力を使ってください」
ラクスに抱きつかれ、キラは彼女の体温を感じる。 それは彼女が幻覚でもなければ意識だけの存在でもないことの証明でもある。
キラは喉元まできていた言葉を飲み込み、ラクスの背中へ手を回した。
「……うん、わかったよ、ラクス」

 
 
 

「シン……彼がテロリストに……」
プラントの中央部へとつながるエレベーターの中で、キラはラクスから渡された情報を閲覧していた。
その中のテロリストの情報の中にはシンの名前があった。
彼は前の戦いが終わった後、キラの言葉に説得され和解し再びザフトの兵としての任に就いていたのだが、
ヘルヴォル結成と時を同じくして除隊し、その後行方知らずとなっていた。
「どうして……」
テロは力なきものを戦争に巻き込むことを嫌う彼の性格からすれば最も憎むべき存在であるのだが、しかしシンは今現在そのテロリストグループの首謀者となっている。
彼の心境にどんな変化があったのか、キラには予測がつかなかった。

 

エレベーターがコロニー中央部に到着すると、キラは可動式リフトグリップに掴まって宇宙港へと向かった。
宇宙港では既にシャトルの発進準備が行われていた。 流石に「ヘルヴォル」の隊長、そして大戦の英雄ともなれば、その扱いは他の兵とはまるで違うものとなっている。
「アスラン!」
「キラ……?」
その作業を行う兵の中に、黒い軍服を着た彼の良く知る人物を見かけたキラは、思わずその名前を呼んでいた。
幼年学校時代からの親友であり、時に刃を向けあうこともあったものの、今は共にヘルヴォルでテロ鎮圧の任についているその男の名は“アスラン・ザラ”。
「キラ、聞いたか? シンが……」
「うん、一体どうしちゃったんだろうね」
アスランの心配そうな表情に、キラもその心中を察し表情を暗くする。
「シンは……あいつはテロなんてことをする奴じゃない、なのに何故……」
「アスラン、君の気持ちは良く分かるよ。 だけど、今はテロを止めなきゃ。
そうしないと、また……」
アスランの悪い癖は、このように一度思い悩むとしばらく止まらないことである。
キラはそれを察し、彼の思考を遮るように言葉をかけた。
戦場において迷いは必要ない。 必要なのは「覚悟」だ。
“覚悟はある、僕は戦う”
前の戦いにおいて当時のプラント議長、ギルバート・デュランダルに放った自らの言葉が頭に反芻する。
その言葉を証明するため、自分は戦っているのだ。
「フリーダムとジャスティスの状況は?」
「万全とのことだ。 まあ、二機を出すほどの状況じゃないと思うがな」
意識を現実へと戻し、アスランに機体の状況を確認するキラ。
「でも、“もしも”の事があるかもしれない……今までも、そうだったでしょ?」
「……そうだな」
ヤキン・ドゥーエ戦役も、前のユニウス戦役においても、想定外の事態が幾度となく発生してきた。
もしかしたら、今回もそのような事態が発生するかもしれない。
「本当は、そうならないようにするための、僕たち『ヘルヴォル』なんだけどね」
“ヘルヴォル”、北欧神話における戦乙女(ヴァルキューレ)のひとつであり、彼女は「軍勢の守り手」と呼ばれている。
自分たちは、その名に恥じぬ働きをできているのだろうか。
「カガリも、大丈夫かな……?」
思わずキラの口から、地上でオーブ連合首長国の代表首長の座についている実の姉を思う言葉が零れた。
シャトルの座席に体を固定し、静かに出航の時を待つ二人。
蒼と紅の双星は、圧倒的な“自由”と“正義”の名の下に地上へと降り立つ――――。

 
 
 
 
 

「ディオキア基地を襲撃する?」
ユーラシア連邦某所、高い岩々に囲まれた荒野の中に一機のザフト製大型輸送機「ヴァルハウ」の姿があった。
しかしながらそれは反ザフトレジスタンス「シックザール」がザフトから奪ったものであり、
その機内においては次に作戦へ向けてのブリーフィングが行われていた。
声を上げたのは先の作戦で「アルバ」として活躍した金髪の青年であり、それに対し黒髪の青年――――シン・アスカが返答する。
「ああ、数日後に“ヘルヴォル”の増援がディオキアとカーペンタリアに降下するという情報がガロン42から提供された。
恐らく地球軍も部隊を動かすだろう、それに乗じて俺達もヘルヴォルを叩く」
「でも、俺達は前の作戦で地球軍にも喧嘩を売って――――」
疑問を呈する金髪の青年――――フェデリコ・アイマンの言葉を待たず、その場にいた“シックザール3”と呼ばれていた茶髪の男が待ってましたとばかりに微笑を浮かべる。
「地球軍は“歌姫の騎士団”様とは違って大局を見失うことはないだろう、二者択一を迫られれば確実にザフトを先に叩いたほうが聡明だって事は誰にでも分かる」
「攻撃を受けることはない……って?」
「ゼロとは言わない。 だが仮にフリーダムとジャスティスがディオキアに降りれば確実にそうなるだろうな」
その男――――カウノ・リンティラの言葉にフェデリコは一抹の不安を覚えながらではあるが、一応納得したようだった。
「何、ここには“ミネルバの紅い鬼神”と“黄昏の魔弾”の弟がいるんだ。 そんなに心配することはない」
「細かいことについては作戦開始前に伝える。 それぞれ休んでくれていい。 明日は早いからな……特にユベールとマリクはしっかり休んでくれ。
居眠り操縦なんてされたら困る」
「ラジャー、隊長殿」「了解です」
ヴァルハウのパイロットを務めるユベール・アランとマリク・ヤードバーズに声をかけると、シンは早々に寝台へと潜り込んでしまった。
その寝台の中で、一人彼は誓う。
(キラ・ヤマト……今度こそ、アンタを討つ……!)
仲間の前では覆い隠している感情は、彼の中で解き放たれるその時を今か今かと待ち構えている。
解き放たれたその時が「ミネルバの紅い鬼神」と彼が言われる所以、その力を知ることが出来る瞬間であろう。
流れ弾で妹と両親を失い、そして守ると誓った人も仕方のなかったこととはいえ彼の手によって命を落としている。
シンとキラは切っても切れない因縁によって結ばれているのだ。
思えば、すべての始まりとなった攻防戦からもう6年も経っているのだ。 その間、彼に安息のときはなかったともいっていい。
ヤキン・ドゥーエ戦役が終わると彼はプラントに渡り、ザフトのアカデミーに入学し、そしてエリートの証である赤服を纏ってザフトに入隊。
最新鋭機インパルスのパイロットとしてミネルバに乗艦するも、進宙式を目前にアーモリーワンが襲撃を受け彼は戦火の中へと身を投じる。
数多くの死線、仲間の死、上司の裏切り、理不尽な戦争と、それを操る黒幕との過酷な戦い。
あまりにあっけない戦争の終結、そして自らの仇敵が軍を、第二の故郷を掌握するという屈辱。
彼も、仲間たちも、この歪んだな世界に蹂躙――いや陵辱され続けた。
ふと、彼の脳裏に友人でありかつての同僚であったレイ・ザ・バレルの言葉がよぎった。
“終わらせる、今度こそ総てを。”

 
 
 
 

「ディオキアかぁ……確かラクス・クラインの影武者が慰問コンサートをやったところだよね」
「影武者っていうと、本物より快活だった……ミーア・キャンベルとか言うやつだったっけ?」
シン・アスカ一味の襲撃から数日、第二種戦闘配備状態でディオキア近辺へ向けて進撃中のフリードリヒ艦内にて、
パイロットスーツに着替え格納庫へと向かうアルトマーレが不意につぶやくと、ユキがそれに応じて返答した。
「そうそう、露出の激しいほう。 ボク本物よりあっちの方が好きだったんだよねー、なんていうかお高くとまってる感じがなくて親しみやすかったし」
「そういうものか……?」
頭にハテナマークを浮かべるユキを見て、アルトマーレは促すように軽く微笑む。
「そういうものだよ」
その言葉を最後に、二人はそれぞれの機体へ向けてキャットウォークを進んでいった。
自らの搭乗機であるロッソイージスに向かって足を進めるユキの視界に、不意にフラーヴィアのウィンダムが映った。
黒とダークグレーをベースに、アンテナや胸部インテーク外周などに彼女の髪色と同じ金色が、
そしてゴーグルアイやアンテナ基部などに彼女の瞳と同じ赤色が配されている。
ある意味この機体は見た目からも彼女の分身ともいえるものであった。
(ベルリネッタ大尉は、どんな戦い方をするんだろうか……)
そんなことを考えながら、彼はロッソイージスのコクピットへと納まった。

 
 

「まもなく作戦区域に入ります」
フリードリヒの艦橋において、オペレーターの報告を聞いたこの艦の艦長である壮年の男、ヨハン・ハーシェルはその右手を前方に掲げ艦内に向けて指示を出す。
「総員第一種戦闘配備! モビルスーツ隊はブリッツを先頭に順次発艦せよ!」
オペレーターによる復唱と警報音を合図に、一気に艦内が騒がしくなった。
フリードリヒのカタパルトハッチが開き、カタパルトデッキにブリッツが配置される。
『カタパルト推力正常、進路クリアー。 ネロブリッツ・サーパス、ノーチェ・ノイモント機、発進どうぞ!』
「ノーチェ・ノイモント、ネロブリッツ・サーパス、出撃する!」
カタパルトによって押し出されたネロブリッツは地上に着地すると同時に脚部ホバーユニット「リーゼンゾッケン」を起動させ、
そして特殊装備であるミラージュコロイドを展開、その姿を薄明に隠しつつディオキアへ向けて出撃した。
「リーゼンゾッケン」――――ドイツ語で「巨人の靴下」を意味する――――は、飛行のできないネロブリッツ・サーパス、ヴェルデバスター・ストレングス、
リインフォース・ブルデュエルのために開発された機動性を向上させるための追加装備である。
特にネロブリッツのものはステルス性を高める加工を施しており、核エンジンによるエネルギーも相まってかなり高いステルス性を発揮するのだ。
黒海に出てしばらくすると、ノーチェはキルギス基地を有視界で捕捉することができた。 その様子を見るに、
警報こそ出ているがまだネロブリッツの接近には気づいていないようだ。
彼は武装のロックを解除すると、両腕に装備された複合兵装「シルトゲヴェール・ツヴァイ」の上部、70ミリ高エネルギーブラスターの銃口をその管制塔へと向けた。
引き金を引いた刹那、銃口から射出された光の矢は管制塔を貫き、爆発四散させた。
ノーチェは引き続いてレーダーや通信設備を優先的に破壊、ディオキア基地を孤立化させることに成功しつつあった。

 
 

「シャルロッテ・ユーベルヴェーク、ヴェルデバスター・ストレングス、出る」
ノーチェが管制塔を破壊する少し前、フリードリヒからはシャルロッテのヴェルデバスターが発進した。
リーゼンゾッケンによって地上、そして海上を滑るように駆け抜けるヴェルデバスターは両マニピュレーターにホールドしたビームライフルを連結させ、
長距離砲撃の準備を整えた。
コクピット内のシャルロッテもシートの後ろから精密射撃用スコープを展開し、引き金に手をかける。
しばしの間をおいて、ノーチェから初期行動が終了したとの通信が入ると、シャルロッテはビームライフル、ビーム砲、ガンランチャーを一斉に発射した。
爆発の光が一気に増え、群青色の空が仄かに紅く染まる。
このままいけば、残りは地上へと降下してくるヘルヴォルを迎撃するのみであるが、彼女はそれを一番心配していた。
「キラ・ヤマト、アスラン・ザラ……」
圧倒的少数でありながらメサイア戦役において最終的な勝利を掴んだ“歌姫の騎士団”のうちでも最強といわれるその2人。
その2人に対抗できたのは、後天的に強化された生体CPUを除けば、ラウ・ル・クルーゼやシン・アスカなどに限られる。
フラーヴィアがいるとはいえ、実戦経験の少ないシリウス隊が太刀打ちできる相手とは思えない。
彼女の脳裏に最悪の可能性が浮かび上がったのはいうまでもなかった。

 
 
 

「ユキ・イズミ、ロッソイージス・エクシード、行きます!」
「アルトマーレ・ピオーヴェレ、リインフォース・ブルデュエル、出るよ!」
「バッカス・ブーン・ドラブル、ウィンダム、出撃する!」
「フラーヴィア・ベルリネッタ、ソニック・ウィンダム、テイク・オフ!」
フリードリヒからロッソイージス、ブルデュエル、ウィンダム、そしてソニック・ウィンダムが連続して射出される。
まだ薄暗い空を翡翠色の双眸が照らし出す。 その先にあるのは紅く燃えるディオキア基地だ。
進軍の最中にロッソイージスが熱源を捉え、コクピット内に警報音が鳴る。
「……接近する熱源6、高速で接近! ライブラリー照合……バビ、グフがそれぞれ3機!」
『恐らく哨戒に出ていた部隊だ。 このまま最高速でディオキア基地へ向かい先行した2機と合流、その上で相手をする』
「了解!」
4機はロッソイージスを先頭にディオキア基地への進軍を続行した。 無論接近するバビとグフも4機を追跡し、基地に到着するころにはある程度距離が縮まっていた。
『シリウス・リーダーよりシリウス2、4、長距離攻撃で敵を分散させて』
ディオキア基地に到着すると同時に、フラーヴィアの指示に従いユキとシャルロッテはスキュラとビームライフルでそれぞれ長距離砲撃を行う。
空を切り裂く紅い奔流によって敵は隊列を分散されたものの、1機たりとも欠けることなくシリウス隊へと依然接近する。
制式塗装の青色に塗装されたZGMF-2000“グフイグナイテッド”が3機と、制式塗装とは異なる制空迷彩で塗装されたAMA-953“バビ”が3機だ。
超望遠カメラでそのバビを捉えた瞬間、フラーヴィアの目の色が変わった。 すぐさま再び回線を開きユキ達にこう忠告する。
『各機へ通達する。 あのバビはワーグナー隊のものだ、絶対に気を抜かないように』
その言葉をユキ達が飲み込むよりも早く、先頭のバビがモビルスーツ形態へと変形し胸部のアルドール複相ビーム砲を放った。
咄嗟にロッソイージスがスキュラを放ち、放たれた2つの砲火は激突し相殺される。
2つの高エネルギー体が衝突したことによって発生した眩しく輝く閃光の向こう側から、ビームソード「テンペスト」を右マニピュレーターにホールドした3機のグフが肉薄する。
先行した1機は重装甲で動きの鈍重そうなアルトマーレのブルデュエルを狙いテンペストを振り下ろしたが、即座に脹脛にマウントされたビームサーベルを両方抜き取り、
右マニピュレーターのサーベルでテンペストを受け止め、左マニピュレーターのサーベルでグフの腕を切り上げると、自由になった右のサーベルをグフの胴体に突き立てた。
さらにデュエルは糸の切れたマリオネットのごとくだらりと垂れ下がったグフの肢体を抱えると、迫り来るもう1機のグフに投げつけた。
「そーら、お友達だよっ!!」
70トン以上の鉄の塊をいきなり投げつけられて体勢を維持できるほどの能力はグフにはなく、
バランスを崩したところをヴェルデバスター・ストレングスの連結ビームライフルから放たれた砲撃の餌食となった。
残った1機のグフも下腕部のビームガン「ドラウプニル」から弾丸をばら撒き必死に抵抗するが、ソニック・ウィンダムの放った閃光弾頭ミサイルを破壊したことで視界を奪われ、
一瞬のうちに回りこんだソニック・ウィンダムによって胴体を真っ二つに切り裂かれ爆発四散した。
(グフを始末したはいいが、ワーグナー隊のバビはこうは行かない)
そのフラーヴィアの予測通り、3機のバビは可変を繰り返しつつヴェルデバスターとブルデュエルの張った弾幕を易々とかわしていく。
「ええい、ちょこまかとハエみたいに!」
痺れを切らしたユキがロッソイージスの腕部ビームサーベルを展開し、1機のバビに接近する。
「待て、シリウス2! 迂闊に――――」
フラーヴィアが警告し終わるより早く、ロッソイージスはバビに蹴り飛ばされ落下する。 姿勢を立て直さんとしたその刹那、バビのビームライフルの照準がロッソイージスを捉えた。
咄嗟にソニック・ウィンダムが射線に割り込み、シールドでその射撃を防いだ。
『言った筈だ、気を抜くなと!』
「は……はい!」
彼女のおかげでなんとかユキは命を長らえることができたが、一歩間違えれば確実に彼は死んでいただろう。
そんな考えが脳をよぎり、ユキは思わず息を呑む。
(演習とは訳が違う……相手はこっちを殺しに来てる!)
と、その時、不意にコクピットにアラート音が鳴り、ユキはコンソールパネルに目を落とす。 見ると、警告は新たな敵機が接近していることを示していた。
「シリウス・リーダー! 新たに熱源反応! 総数4、うち基地格納庫よりザクが2機、ジン1機、上空よりシャトル1機接近!」
『生き残りか……ザクとジンはシリウス1、3で対応して、シリウス2、5と私でバビを、シリウス4はシャトルを撃墜し次第私たちの援護を』
返礼を待たずして、フラーヴィアはジェットストライカーとシールドの内側に装備されたミサイルをそれぞれ1発ずつ発射した。
無論、ワーグナー隊のバビはそのような稚拙な攻撃に当たるはずもないが、フラーヴィアの狙いはそれを命中させることではなかった。
うち1発は先ほどと同様閃光弾であり、眩い光がワーグナー隊の視界を奪う。 そしてその光が消え視界が再び安定したその瞬間、ユキとバッカスがビームサーベルを展開し“後ろを向いていた”バビに肉薄した。
先ほど放たれたミサイルのもう一方は強力な熱源を発する欺瞞弾であり、ワーグナー隊は先程と同様にフラーヴィアが後ろを取ろうとしたように錯覚したのだ。
しかしユキとバッカス、ワーグナー隊の間の技量差はれっきとして存在するものであり、2人ともその攻撃を命中させるには至らない。
(まずい……通信を遮断したとはいえ、時間をかければ他所から増援がきてもおかしくはない。 ついでにいえば今接近してきているシャトルは恐らく……)
フラーヴィアはその疑念を確かめるべく、シャルロッテのヴェルデバスターへと通信を繋いだ。
「シリウス4、シャトルは?」
『撃墜しました。 しかしその寸前に2つの熱源がシャトルから……』
シャルロッテの言葉を聴きフラーヴィアはレーダーへとその視線を移す。 するとそこには彼女が予測しうる最悪の結果が待ち受けていた。
そこに表示された機体識別結果は“ZGMF-X19A”と“ZGMF-X20A”。
彼女も参戦していたヘブンズベース攻防戦、そこでデストロイを始め多数のモビルアーマー・モビルスーツを撃墜した“ミネルバ隊”の3機をメサイア攻防戦において無傷で葬ったという、
モビルスーツパイロットにとっては“死神”と同義の存在。
それでありながら、人々にとっては“英雄”と崇められる存在。
その死神が背負いし名は――――――――。

 
 
 
 

紅く燃えるディオキア基地の周辺、赤外線遮断シートで身を隠したモビルスーツが3機。
ランチャー、エール装備の105ダガーがそれぞれ1機と、ストライクノワール・アドバンスドが1機だ。
ノワールの足元で望遠鏡を構えたシンは、静かにシリウス隊とザフトの戦いを見守っていた。
(あのウィンダム……)
彼やルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレルが反ロゴス連合軍として参戦したヘブンズベース攻防戦に、同じく反ロゴス軍として参戦していた黒いウィンダムの姿がその中にはあった。
動きを見るに、黒いウィンダム以外のパイロットは新米、そうでなくてもあまり連度の高くないパイロットなのだろう。
そう彼が結論を出したとき、上空に2つの光点が現れた。 ヴェルデバスターから放たれた放火に撃墜されたシャトル、撃墜寸前にそのシャトルから離脱した2機のモビルスーツ。
彼の宿敵であるその機体の名は――――――――――。

 
 
 
 

「アスラン、敵の情報はわかる?」
『イージス、ブリッツ、バスター、デュエルタイプがそれぞれ1機ずつ、ウィンダムが2機だ』
その4機の名前を聞いた瞬間、キラの脳裏によぎったのはヤキン・ドゥーエ戦役で死闘を繰り広げたクルーゼ隊のGパイロットの面々だ。
たった今隣にいる幼年学校以来の親友、イージスに搭乗していたアスラン・ザラ。
今もザフトに在籍し、デュエル、及びバスターのパイロットであった名コンビ、イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマン。
そして、キラが自らの手で葬った、ブリッツのパイロット、ニコル・アマルフィ。
今の自分がここにあるのは、彼らとの死闘の結果であり、そしてニコルをはじめとした数多の犠牲の上に成り立っていることはいうまでもない。
彼らが求めた“平和”、もはや現世にはいない彼らの為にも、自分がその代わりに軍勢の、否、人々の守り手とならなければならない。
それが“英雄”とも“死神”とも揶揄された自分にできる事なのだから。
メインカメラが捉えた炎に包まれたディオキア基地の映像。 キラの目にはあのベルリンの惨状にも劣らぬものに見えた。
『……なぜこんなことを、平然とできる!!』
「…………行くぞ、キラ」
アスランは“彼らも好きでやっているんじゃない”という言葉を飲み込んだ。 敵に情けをかければ、死ぬのは自分だからだ。
スロットルレバーを押し込み、2人はそれぞれの機体を加速させた。

 
 
 
 
 
 

「「――――――――ジャスティス、フリーダム!!」」
期せずして、シンとフラーヴィアの言葉は重なっていた。
自分がその言葉を発した瞬間、通信機越しだというのにも関わらずノーチェらシリウス隊の面々が戦慄するのをフラーヴィアは感じ取った。
2機の登場に気をとられ動きが鈍った彼らの隙を、ワーグナー隊が見逃すはずもなく。
至近距離で放たれたアルドールを回避しきれず、ユキのロッソイージスは左肩の装甲を焼き切られる。
バッカスのウィンダムも航空ガンランチャーから放たれた散弾でメインカメラを損傷した。
「こんのぉっ!」
感情のままにユキはビームライフルを乱射するが、まともに狙いのついていないその射撃をかわすことはワーグナー隊でなくとも決して難しいことではなかった。
「だったら!」
再びビームサーベルを展開するロッソイージス、近接戦闘武装を持たないバビは肉弾戦でロッソイージスを機体ごと蹴り落とそうとするものの、ユキとて学習をしていないわけではない。
その足を空いたもう一方のマニピュレーターで受け止め、本命のビームサーベルを――――――。

 
 

――――刹那、バビ目掛け振り下ろされるはずだったビームサーベルが“腕ごと”切り落とされていた。 唖然とするユキの隙をつきバビはもう片方の腕を振り払い、ビームライフルで牽制しつつ後退する。
そして不意にロッソイージスとバビの間に1機のモビルスーツが割り込んだ。 その機体は存在を自らの誇示するようにその身に背負った翼を大きく広げる。
『死にたくないならもう下がるんだ!』
コクピットに敵機からの通信が入る。 なんだこのパイロットは、ふざけているのか?
ユキのその考えが敵に通じるはずもなく、そのモビルスーツ“ストライクフリーダム”は自機に肉薄したロッソイージスを蹴り飛ばし、
両マニピュレーターに握った「シュペールラケルタ」ビームサーベルでロッソイージスの武装を剥ごうとする。
「ッ、早い!」
“避け切れない”とユキは悟り思わず目を瞑った。

 
 
 

響く轟音、しかし機体は未だ地に落ちることはなく姿勢を保っている。 ゆっくりと目を開けると、眼下にストライクフリーダムと、もう1機のモビルスーツの姿があった。
「ストライク……ノワール……?」
そこにあったのはつい先日キルギス基地から強奪されたストライクノワール・アドバンスドだった。
ストライクノワールはノワールストライカーに装備されているレールガンの砲弾を撃ち込み、その運動エネルギーで強引にストライクフリーダムを地上へと叩き落したのだ。
地上に着地したストライクノワールは、ストライクフリーダムにフラガラッハ3の刀身を向けたまま屈んだ姿勢からゆっくりと立ち上がる。
「あれは……!」
アスランはその動きに見覚えがあった。 その姿はアーモリーワンで自分と、オーブ連合首長国代表首長でありキラの実姉にあたるカガリ・ユラ・アスハの乗りこんだザクを助けたあの機体の動きに酷似していた。
「シン……なのか?」
2年前にザフトを退職し突如行方不明になった、かつて自分の部下であり、そして自分を一度は討った男。
彼の疑問に対する答えは、直後に流れた全周波通信を以って代わられた。

 
 
 

「なんで、こんな事…………!」
連合・ザフトを問わない全周波通信の回線を開き、彼は血を吐くような声で叫ぶ。

 
 

「……“まだ”戦争がしたいのかッ!! アンタ達はッ!?」

 
 
 
 
 
 

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