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《第12話:そのイデアは揺らがない》

Last-modified: 2018-11-02 (金) 00:31:41

敵は空母級を主軸にした戦艦レ級率いる空母機動部隊。その航空戦力は佐世保側の5倍超。
三人だけの【榛名組】が水雷戦隊を撃退した勢いのまま西進、ナスカ級を曳航していた重巡級をサラリと全滅させ、残りの潜水級を時雨と多摩達に任せ先行していた【金剛組】と合流してから早10分。
深海棲艦達が盛大に繰り出す攻撃機や爆撃機に対し、全力で迎撃機をコントロールし応戦する瑞鳳達によって、航空戦がなんとか拮抗しているこの状況下、勝敗の鍵を握っているものはズバリ戦艦級の砲撃だった。
互いに敵の姿を目視しない一進一退の長距離砲撃合戦は、更に苛烈さを増していっていた。

 

「ッ!? レ級から更に艦載機が出ようとしてる!! ごめん榛名、抑えきれないかも!!」
「大丈夫です瑞鳳、烈風隊はそのまま下がらせて! 鈴谷、三式弾で発艦前に先制! その後スイッチで10秒間、瑞鳳の抜けた穴を制空しつつ、榛名達の弾着観測もお願いします!!」
「人使い荒すぎない!? ま、やったるけどね・・・・・・! 三式弾用意良し、撃つよ!!」

 

ところで、突然だが。
人類と飛び装具には密接な関係があることはご存知だろうか。
いや、むしろ人類は飛び道具を使えたからこそ――起源を辿れば200万年以上も昔、原始より人がモノを強く正確に投げるに適した身体構造をしていたからこそ――ここまで発達・発展することができたという説が存在していることを、知っているだろうか。
曰く、生存競争において素早さよりも強靱さよりも、リーチという武器こそが強力かつ役立つものだった。他の霊長類よりもずっと正確な投石・投槍で、どんな生物よりも狩りを成功させることができたから結果的に、地球上で唯一無二の頭脳と器用さを獲得できたのだと。投擲能力を一つの岐点とした進化の流れがあった。
頭脳と器用さは言語と道具を発明し、必然、人類は加速度的に進化し地上の覇者となる。
そして人類の歴史とは戦争の歴史で、必然、戦争の歴史とは飛び道具の歴史でもあった。
人類と飛び装具には、遺伝子レベルでの密接な関係がある。
そういった意味では、超弩級戦艦は極地だった。圧倒的リーチはあらゆる敵を蹂躙する。大艦巨砲主義は時代の必然で、一つの時代の象徴、文化文明であったと言えよう。
ちなみにこれは更なる余談でかなりの極例でもあるが、かの旧日本海軍の隠し玉にして世界最大級の戦艦たる大和型の主砲45口径46cm三連装砲の重量は、一基だけで当時の標準的な駆逐艦一隻分よりも重いものだったという。最大射程は40kmを超え、空陸海問わず「実用的な大砲」として最高の性能を誇ったソレを、大和型は悠々に三基も搭載していたとのことだ。
航空兵器やミサイルの登場により大砲は戦場から淘汰されていってしまったが、後の世にレーザー砲や電磁投射砲、荷電粒子砲や陽電子砲などに続いていくこの系譜、その威力は決して色褪せることはない。
たとえ航空兵器が幅をきかせている戦場だとしても、相対的に大砲の優位性が喪われている戦場だとしても、では絶対的に大砲の破壊力が劣化したかと問われれば、答えは絶対にNOだ。

 

「こちら翔鶴! 【いぶき丸】がナスカ級にとりつけたみたいです! 木曾さんも戻ってこれると!」
「わかりました。木曾が戻り次第、榛名達は敵艦隊左翼側面から切り込みます。その為に、まずは・・・・・・お姉様!」
「Yes! ワタシ達の実力、見せてやるネ!! Target lock on――Fire!!!!」
「目標11時空母群、撃ちます!!!!」

 

英国ヴィッカース社で建造された日本初の超弩級戦艦であり第一次世界大戦経験者、誰よりも長く誰よりも強く、東西問わず様々な戦場を駆け巡った高速戦艦の金剛。そして、その妹として轡を並べ続けた三番艦の榛名。
二人が艦艇時代から愛用している主砲、45口径35.6cm連装砲が断続的に火を噴いた。
水平線越しの弾着観測射撃。
翔鶴と龍驤、瑞鳳と鈴谷に護られた小さな小さな防空圏の元、計16門の砲口が仰角43度で、重量674kgの徹甲弾を連射する。
内幾つかはレ級に迎撃され、無事に抜けた砲弾も虚しく空母隊周辺に水柱を立たせるだけであったが、鈴谷の献身的なサポートにより散布界は急速に収束、数分後には遙か17マイル先にいた空母群の一角を殲滅させる。

 

「3時方向からホ級接近・・・・・・発砲! 直撃コース!」
「そんなもので! ワタシ達を止められると思わないことデース!!」

 

その間、左右から接近してきた敵軽巡級達がこぞって5inch単装高射砲で翔鶴や龍驤を狙ってきたりもしたが、金剛は機敏にその射線上に割って入り、戦艦としては比較的薄いがそれでも充分に硬い装甲で弾く。榛名も同様に味方を庇い、お返しに副砲の15.5cm三連装砲による斉射で、地道に敵戦力を削った。
圧倒的リーチと積載量の暴力は、響と夕立のアクロバティックな近接格闘戦以上の戦果を軽々と挙げていく。なにかと出引き立て役にされがちな戦艦級だが、やはりあの師弟が異常なだけで、引き合いに出されるだけの戦闘力と影響力を持っているのだ。

 

「にしても、こうしてっと夕立達がホンマモンの化物だってわかるもんやなぁ。いるといないとじゃダンチやでマジで・・・・・・って、アカン!?」
「龍驤!?」
「7時方向に潜水艦発見、雷跡多数や!! 数5・・・・・・いや7、開進射法!」
「レ級、発砲! 魚雷も射出してきたよ!? 数10、二集五散々布帯!」
「伏せていたの!? このタイミングで・・・・・・! くっ、これじゃあ逃げ場が!」
「Chill out! 隊列を維持したまま4時方向へ後退、鈴谷と摩耶は魚雷の対処を優先! ――だーもう、これだからレ級ってのは!!!! Fuck debris!!!!」
「オイオイお前が落ち着け金剛、地団駄踏んでる場合じゃねェぞ。気持ちはわかるけど中指立てンなって」

 

だが相手は最新鋭少数量産型の超弩級重雷装航空巡洋戦艦(ワン・マン・フリート)
砲撃戦に雷撃戦に航空戦になんでもござれな、戦闘能力だけなら【姫】にも匹敵する万能戦艦に、最古参の超弩級戦艦はどうしても苦戦を強いられる。彼女一人の攻撃に【金剛&榛名組】はてんやわんやしてしまう。
レ級は間違いなく、現代における戦艦の極地だ。しかも厄介なことに、脅威は目前の敵だけではない。
敵は必ずなにかを仕掛けてくる。不測の事態は、ジョーカーは必ず来る。一度離脱した【軽巡棲姫】が搦手を使ってくるであろうことは火を見るよりも明らかで、最悪【Titan】の乱入も覚悟しなければならない。その上、慎重を期して長期戦を選べば、瑞鳳達が持ちこたえられず雪崩れ込むようにして不利になるだろう。
現状が一進一退の五分なら、ちょっとした弾みで脆く崩れるのも同義。
ここで旗艦姉妹は高らかに叫び、仲間達を鼓舞した。

 

「とにかく! 【多摩組】と【いぶき丸】が曳航準備完了するまでの辛抱デース!」
「あと5分、それまでここは死守しますよ!! 大丈夫です。ここには榛名と、金剛お姉様がいるのですから!!!!」

 

そう。大前提であるナスカ級はこちらの手中にあり、作戦はセカンドフェイズに突入しつつある。
もう少し耐えれば、夕立と響を除く全戦力と合流できる。潜水級達を倒した【多摩組】と時雨、そして木曾が来てくれる。万全とまではいかないが攻勢に出るだけの、短期決戦に出るだけの余裕が持てるようになる。
そしてサードフェイズ、敵を押し込みながら後退という器用な真似で、ナスカ級さえ福江島周辺にまで移送できれば、前線基地に控えてもらっている戦車隊と連携できる。そういう手筈になっている。

 
 

それにジョーカーはこちらにもいるのだ。あの青年の動きが深海棲艦達の予想を超えたものになってくれれば、戦況はずっと楽になる。

 
 

タイミングとしてはもうナスカ級に乗り込んでもいい頃合いだった。キラはこの戦いの中で、船体内部に突入して調査を――もし可能であれば航行させてみると言っていた。
異世界の宇宙船というのは相当自動化が進んでいるらしく、非効率的だがシステムさえ生きていれば単独操艦ができるのだという。宇宙専用艦艇だが超伝導電磁推進機関のおかげで最低限の水上航行も可能で、カタログスペック通りのパワーなら曳航されるよりかは速度を出せると。
加えてナスカ級はMS搭載型高速駆逐艦であり、内部にモビルスーツを抱えている可能性もあると。まったく人類というものは、技術の進歩というものは本当に凄まじいと感嘆せざるを得ない。あれもまたC.E.という世界が行き着いた、時代の象徴の一つなのだろう。
そういった事情から、上手く歯車がかみ合えば、キラは戦線を刺激する存在になれると艦娘達は踏んでいた。
頼れるのなら、アテにできるのなら遠慮なくしたいと素直に思う。不測の事態を超えて、前回のように颯爽と助けてくれるのではと期待してしまう。そう思われるぐらいには、彼は艦娘達に信用されていた。
でもまぁ、それはそれとしてだ。
彼の成果があるにせよないにせよ、自分達が敗退してしまえば何もかもが水泡に帰すのだから、やはりここはいつも通りに、自分達だけで未来を切り拓く気概で臨まなければ。
どんなに科学技術が進歩していこうとも、どんなに世界が変遷していこうとも、この世界の戦線を支えるのは他の誰でもない艦娘である。彼女達は己の存在意義を果たすべく、一意繋心に戦闘を継続した。

 
 
 

《第12話:そのイデアは揺らがない》

 
 
 

そうした戦闘模様を、ソラから眺めているモノがいた。
高度およそ36,000km。
静止衛星軌道上の偵察衛星だ。この世界の人工衛星は六年前の凄まじい電波障害に伴い、その殆どが軌道制御不能となって交信途絶してしまったが、これは近年打ち上げられたばかりの新型であった。
深海棲艦撃退よる海域解放に比例して、衛星を用いた人類の通信環境も確実に復興しつつある。

 

「――結局、このナスカ級は新しく転移してきたってわけじゃなかったのね」
「タイミングは俺達と同時だな。10月25日にこの世界に来て、台湾から離れた座標に落着。そしてこの嵐で、福江島周辺海域まで流されてきたんだ」

 

天津風の確認に対し、シン・アスカは窓の外を眺めながら応えた。
広島の呉鎮守府は絶賛、嵐の真っ只中にあった。九州上空に在った時より若干勢力は弱まっているものの、依然として強い雨風は続いていた。時折閃く稲妻が、灰色に染まった街の空を迸る。
少し、無線通信が不安定だ。鎮守府は重要軍事施設なので停電の心配はないが、ブリーフィングルームの大型スクリーン上に出力された映像にラグが生じている。ノイズに塗れた大海原に、出来の悪いアニメーションのようにコマ落ちした爆炎と水柱が咲いては消えていった。
ほぼリアルタイム、最大望遠での映像である。画面中央には小さくナスカ級のシルエットがあり、仮にもっと拡大できれば周辺で戦う艦娘達の姿を確認することができるだろう。
鎮守府の人間にはこうした映像を閲覧する権限があり、VIPとして籍を置くシンも例外ではない。佐世保が戦闘態勢に入ったと呉の提督に伝えられて以来、シンと天津風はデスティニーの修理をほっぽり出してずっと画面に食いついていた。
ただ、今観ているのはリアルタイムな戦闘映像だけでなく、もう一つ、録画されていた過去の映像も同時に再生していた。
ある意味、よく見えもしない、今更どうやっても介入できない戦闘よりも、そちらの方が重要だった。
重要だから、シン達は暗い表情で俯いていた。
現場で戦っている者達よりもいち早く、二人は真実に辿り着いていた。

 

「・・・・・・生存者、いると思う?」
「・・・・・・、・・・・・・」

 

光学カメラのみならず、偵察衛星に搭載されたありとあらゆるセンサー・レーダーを駆使して、記録を遡りナスカ級をトレース・解析して解ったことは二つ。

 

「・・・・・・認めたくないけど正直、絶望的だよな・・・・・・。Nジャマー影響下とはいえ救難信号が出た痕跡もないし、ハッチもスラスターも一度だって動かないまま二週間以上漂流してる。電装系がイカれた程度で棺桶になるような出来じゃないんだぞ、あの艦は」
「緊急時の備えとかも当然ある筈よね、いくらなんでも。・・・・・・雲に隠れたタイミングで脱出してたとか、そんなオチなら?」
「ありえないだろ、海のド真ん中でわざわざ脱出艇を使わないとか。あのサイズなら絶対どこかで映ってる」
「・・・・・・アナタがそう言うなら、そうなんでしょうね」

 

一つ。時空間転移という現象は、後にも先にも10月25日の一回きりであったこと。
二つ。割れた空からズルリと抜け落ちたナスカ級に、およそ中に人がいるとは思えない程に動きがないこと。あれはNジャマーを前提に設計されていて乗組員も訓練されたコーディネイターなのだから、一人でも生存者がいれば何かしらのアクションがなければ、漂流するがままでいるのはおかしいのだ。
この二つの事実に、二人は打ちのめされた。
海面に落着した衝撃か、それとも転移のショックでとしか、考えられない。
或いはそもそもこの世界に来る前から無人であったことを、祈るしかない。
せめてあの物言わぬ棺が、佐世保に無事曳航されることを、祈るしかない。

 

「時空間転移、ね・・・・・・。改めて、ふざけた現象だわ」

 

少しばかりの黙祷を捧げ、いつも以上にしかめっ面になった天津風が、ふいに吐き捨てるように呟いた。
ここにきて急に怒りがこみ上げてきた。一体なんなんだと叫びたくて堪らない。あの異世界の宇宙船だって、内部に人が残っていようがいまいが、あんな風に終わっていい理由なんか何処にだってないのに。
一体、時空間転移とはなんなのだ。
これまで大して気にとめていなかった疑問が、遂に鎌首をもたげた。顔も知らない誰かの死を目の当たりして、噴出した。

 

「天津風・・・・・・」
「こんなトンデモなんかで一体どれだけの人が不幸になったのよ。ふざけてる。どうしようもなかった、仕方のない結果だったってのはあたし達も理解しているつもりよ。けど・・・・・・」
「すまない」
「だから、アナタは謝らないでよ」

 

この呉に来た当初、殆どの質問に対して沈黙を保っていたシンが応えた、数少ない回答。その一つを天津風は思い出していた。

 
 

この現象の元凶は決して、天災でも超常現象でも何でもない、意志ある人の手に依るものなのだと。
これは原始より連綿と続く人類の進化、科学技術の進化、赦されざる業の果てに依るものなのだと。

 
 

この騒動は『俺達の責任』なのだと、以前シンは言った。
幾つかの不幸や思惑が絡みついて、半ば事故のようなカタチで、悔やんだってどうにもならない理由だったのだけど、結果として巻き込まれてこの世界にやってきた男は、未だ明確に何があったのかは教えてくれない。
C.E. のアステロイドベルト出身の小惑星基地と共にワープしてきたと断言した男は、きっとなにもかもの真実を知る男は、未だ詳細を黙して語らない。
それは別に構わないと、少女は思う。
彼は元々、天津風達が佐世保防衛戦から帰還したタイミングで全てを話すつもりではあったという。しかしキラ生存の報告を聞いて、また一部記憶喪失になっていることを聞いて、ならばまだ語ることはできないと彼は口をつぐんだ。今自分一人だけが真実を語ってしまえば『自分の責任がなくなってしまうから』と。
その意志は尊重したい。
しかし。

 

「でも、そろそろ教えてくれても良いんじゃない? こんなのがアナタ達の責任だなんて、やっぱり信じきれるものじゃないわ。超常現象のがまだ諦めがつくだけマシってもんよ」

 

そもそも、本当にそうなのか? 人は本当に人為的に、時空の壁ってやつを超えることができるのか?
戦争は発明の母と言うが、宇宙に上がって第五次世界大戦までやってしまう世界とは、そこまで行き着いてしまうものなのか。そこまでして倒したい敵が、いたのだろうか。
何かがちょっとだけズレただけで、この世界の人間も同じ道を辿るであろうC.E.という異世界。
なんの必要があって、その果てに至ったのだ。
なんの根拠があって、己の責任だと宣うのだ。

 

「時空間転移の技術。それがどうして生まれたのかだけなら、今のアナタでも語れるし、語る義務があると思うわ」
「・・・・・・そう、だな。それだけなら今の俺だって」

 

この世界に厄災を持ち込んだ技術が、善意であるのか、悪意であるのかだけでも、この世界に生きる人間には知る権利があると思うのだ。
知りたい。
今更なのかもしれないけれど、もう何も知らないままではいられない。でなけりゃ、ナスカ級の人達や、今戦っている佐世保鎮守府の艦娘達も浮かばれない。この機会は逃せない。
人類の進化と技術が、常に闘争と戦争から生まれたものならば、尚更。
天津風は、いや、人の業の化身である艦娘はやはり、人間の在り方という曖昧なものを考えずにはいられないのだ。
故に説明を求める。
佐世保の戦闘は一旦さておいて、そろそろ一つの謎を紐解かなければならないのだ。
もっともだとシンは思った。

 

「わかった、話す。・・・・・・でも先に言っとくぞ。これから話すのは、転移に関係あるかもしれない技術のことだ。前提を覆すようで悪いけど、だって、C.E.でも転移なんてトンデモ技術は確立してないんだからな」
「・・・・・・つまり、転移の理由そのものはアナタでも分からないって言うこと?」
「ああ。けど当事者だった俺が、まず間違いなく関係あるって思ってるものなんだ。それでも、いいか?」
「いいわ。可能性があるならなんだって。お願い」

 

少女の真摯な訴えを受け入れた青年は、瞳を閉じて黙考した。

 

(こんなの全然、俺の柄じゃないんだけどなぁ。説明役はレイとかアスランの方が向いてるってのに、なんだって。・・・・・・どう話したもんかな)

 

考えを纏める。少女は固唾を呑んで見守るしかない。スクリーンが表示する戦闘模様はもう目に入らなかった。
やがて。
やがて。

 
 

「・・・・・・VALKYRJA(ヴァルキュリア)理論」

 
 

どこぞのアニメ漫画でしか出てこないであろうキーワードと同じような、現実味のない響きがあった。

「ナチュラルとコーディネイターがやっと掴むことができた、希望の象徴。新地球統合政府が主導するユグドラシル・プランの根幹を成す、超光速航法の可能性すら内包した亜光速航法制御理論の名前。C.E.の希望であった筈の、極地ってやつだ」
「C.E.の希望、だった筈・・・・・・?」

 

長い長い沈黙を破り、かつて大きな戦争を戦い抜いた青年はどこか疲れたような様子で、真実の一端を口にした。
ユニウス戦役を経て、シンやキラが今ここに存在している理由の発端を、語り始めた。

 
 
 

 
 
 

――またも突然な話だが、人類進化の流れの岐点に投擲能力があるのなら、長距離移動能力というのも同様にして、人類を人類たらしめる岐点の一つであった。
人類の踏破能力及び持久力は、全生物の中でもトップクラスの性能を誇る。これがなければ人という種は現代においてもアフリカ大陸の一端で、類い稀な投擲能力もまったく活かしきれず非効率的な狩りに明け暮れていたかもしれないと言われている程に。人の狩りは両方揃ってこそだった。
となれば、頭脳と器用さを得た人類がこの二つの強力無比な武器を研鑽するのは当然の帰結。
投擲能力の極地が火砲なら、長距離移動能力は? 答えは乗り物だ。より速く、より遠くを求め続けて、人は大海原や大空どころか宇宙にまで進出してしまった。たった数千年の間という、恐るべきスピードで。
では次に目指すものは、亜光速航法とその先にある超光速航法以外にないだろう。
C.E.のヴァルキュリア理論とは、そういう極地であった――

 

「正式には、
Voiture・lumiere
All dimension
Linked
Kinetic repulsion
Yield element
Removal & compress
Jet & distortion
Active control

THEORY
・・・・・・ヴォワチュール・リュミエールを全次元へ連結、斥力エネルギーから生じる要素の転移・圧縮と噴出・歪曲を能動統制する理論・・・・・・のバクロニムだったかな。かなり無理矢理だけど」
「・・・・・・ごめんシン。アナタが頭良さげなこと言ってるのが意外すぎて頭に入ってこない」
「オイ。俺だってザフトのトップエリートだったんだぞ・・・・・・」
「とりあえずちょっと整理させて。斥力ってあの斥力? 重力と反対の、あの?」
「ん、流石にこれがどんだけヤバいかは解るか。まぁこの場合は万有引力の対になる。電磁的じゃなくて、物質的に空間を歪ませて反発する力としての斥力だな」

 

ある科学者集団が発明した、量子膜を自在に操って時空間にすら干渉する惑星間推進システム、ヴォワチュール・リュミエール。
そして同時期に別の科学者集団が発明していた、特殊な相転移によって強力な斥力を放射する斥力生成装置。
この二つを取りまとめて制御する為の理論であった。

 

「とにかく、量子膜と斥力を組み合わせるとなんやかんやで時空歪曲場を制御できて、相対性理論とかウラシマ効果とかを超えた亜空間を作れるようになったってことだけ抑えてればいい。将来的にワープのような超光速航法もできるようになるってオマケつきの」

 

量子膜により球状に展開された亜空間は、内部の物質を運動量保存則や万有引力といった物理法則から擬似的に隔絶する性質でもって、一種の重力・慣性制御を実現する。更に、移動する際に発生する慣性や抗力そのものを操り、一部を己の運動エネルギーとして利用することで無限の加速すらも可能とした。
SF的に言うところのバブル型亜光速航法である。
その時、宇宙に進出したと言っても地球圏でいっぱいいっぱいだったC.E.世界に突如、外宇宙進出が現実的な選択肢として降って湧いた。人類は、有人機を短時間かつ少ない負担で亜光速にまで達せさせることができるようになったのだ。
しかも、理論はその先にあるゲート型超光速航法というゴールの存在をも示唆していた。極地を超えた、高次元へのスタートラインでもある存在を。

 

「結論から言うとだ。後にコイツは理論じゃなくて、一つの亜光速制御システムとして一度完成した。それであの時・・・・・・、・・・・・・そう、あの時。誰にも予想できないカタチで発動して・・・・・・気付いたら俺はここにいたんだ」

 

結果として、シン達はこの世界にやって来た。
幾つかの不幸や思惑が絡みついて、半ば事故のようなカタチで、悔やんだってどうにもならない理由で、誰も想定していなかった異世界への跳躍が成された。
原因はこの理論改めヴァルキュリア‐システムであることは間違いない。やはり時空間に干渉するなんて神業じみた所業は、人類にはまだ早過ぎたのだ。
例えそれが希望などと持て囃され、人類の為に実用化が急がれたモノであったしても。

 

「それってつまり――」

 

ここで天津風は質問を差し込んだ。

 

「――単に事故だったっていうこと? えぇと、暴走とかしてうっかり超光速航法、ワープってのが展開しちゃって、そしたら何でか世界を跨いじゃってた・・・・・・みたいな?」
「・・・・・・、・・・・・・まぁそんな感じ、なのか? うん。結局のところは大体そんな感じなんだろうな」
「だったらアナタの口ぶりと合わないじゃない。起動実験だかなんだか知らないけど、なによ、アナタのせいで失敗したとでも言うの? 責任ってそういうこと?」

 

小難しいことは分からないが、異世界の事情は断片的にしか知らないが、希望とされるだけの影響力があったのは確かなのだろう。
だとしたら、おかしいと感じた。
そういうモノは国家的というか、全世界的なプロジェクトになるのではないか? ちゃんとした人がトップに立ったちゃんとした専門組織で、研究や実験が行われるモノではなかろうか。それがどうして、シンが沈鬱な貌で『自分達の責任』だと言う?
シンは新地球統合政府直属宇宙軍第一機動部隊副隊長だと言っていたではないか。
どうして、まるで全てを背負い込むかのような。
そんな単調なことが真実なのか?

 

「そんな理屈、あたしは・・・・・・!」
「いや、違うんだよ天津風。問題はそんなんじゃないんだ」

 

対してシンは静かに頭を振って、怒れる少女を制した。

 

「問題は、この跳躍が起動実験の事故だとか、そういう生やさしいモノなんかの結果じゃないことなんだよ。ヴァルキュリア-システムはもうとっくに実用化されて、制限内で使う分には安全が保証されてたんだから」
「・・・・・・どういうこと?」
「そして、ここからが本題だ。どうしてこの技術が生まれたのか、どうして必要となったのか。・・・・・・そうだよ。そもそも俺達の世界があんなんだったから、あんなシステムに頼らざるを得なくなっちまって・・・・・・」
「シン?」

 

ここまで話した内容は、技術そのものについてでしかない。システムは単なるキッカケに過ぎない。
二つの世界の人間を観たシンが、人間の出来そのものが違うみたいだと言ったまでの理由が、C.E.にあった。ただの理論、ただの技術でしかないヴァルキュリアを革命ではなく希望と称するまでに疲弊した、あの世界に。

 

「天津風、お前が知りたいのはそういうことだろ? ならやっぱり、俺達の世界がどういうものだったか話さなきゃならない。まだ俺が俺達の責任だって言った理由までは話せないけど、そこまでの背景なら言えるから」

 

自分の世界を、人間を、好きになれていない青年は言葉を紡ぐ。

 
 

「順を追って話す。俺達の世界がどうやって戦争を乗り越えて、時空間転移に近しい技術に至ったのか。全ての始まりってヤツを」

 
 

一つの歴史の顛末を語らなければならない。
さて。
VALKYRJA理論が初めて学会に発表されたのはC.E.75 Janだったと記憶している。
当時、故ギルバート・デュランダルがデスティニー‐プラン導入の前準備として行った、ロゴス解体とそれ伴う既存の経済システムの破壊は、それにとってかわる筈だったプランが結果的に導入されなかったことで、世界を史上最悪の混乱状態に陥らせていた。
この点についてシンが思うところは多々あるのだが、今回は割愛させて頂こう。
兎も角、ロゴス壊滅による経済破綻・インフラ崩壊、二度の大戦によって減少しすぎた総人口、加速的に悪化していく自然環境、自らの行為に恐怖し疲弊した心、暗躍するテロ組織等といった数多の問題は混乱を更に拡大させ、戦後の復興活動に対する大きな壁として立ち塞がっていたのだ。
それらへの対処こそが、ユニウス戦役を終えて間もない頃に成立・発足した新地球統合政府の役目であった。
しかし、正直なところ具体的にどうすればいいかなんて全く手探りだった。やるべきことが多すぎて五里霧中だった。けれど、まず決めて、行動しなければ始まらない。どんなものよりも即物的な魔法を欲していた。
だからヴァルキュリアは、タイミング含め間違いなく最高の魔法だった。
そして人類は、それに縋った。

 

「新地球統合政府は真っ先に飛びついて、人類復興を掲げたあるプランを立ち上げた。人類全体が疲弊していたからこそ、誰にだってわかりやすいシンプルな希望ある未来ってやつを提示した」

 

ユグドラシル‐プラン。
C.E.75 Marに新地球統合政府が打ち出した、外宇宙開拓を主眼とした全国家参加前提の世界復興計画。
政府は問題に対応する為に、全世界規模で複数の巨大公共事業計画を提示・主導し、全人類に自主的に従事させることによりインフラの整備と雇用問題の解決、人類の活性化、世界の復興を並行して達成させようと画策したのだ。
それは、まず目の前の派手なパフォーマンスに取り込ませることで、細々とした精神的な問題を先送りにしたい政府の苦肉の策であり、時間稼ぎの一手でもあったが。

 

『我々人類は、真に新人類として、これまでの垣根を越え、真の新世界に飛び立つ刻を迎えている――』

 

世界が沸いた。
木星より異形の化石『エヴィデンス01』が発見された時と同等の熱気。人類は今度こそ、ネクスト・ステージに進める機会を得たのではないかという、期待。希望。
そうした状況下で立案・実行されたプランは、以下9つの要素から構成された。

 

1・地球主要都市及び宇宙国家プラントの復興。
2・新経済システムの構築とそれに伴う法の整備。
3・オービタルリング型自律式惑星防衛機構『ノルン』の建造。
4・第一軌道エレベーター『ウルズ』、第二軌道エレベーター『ヴェルザンディ』、第三軌道エレベーター『スクルド』の建造。
5・ヴァルキュリアによるバブル型亜光速航法とゲート型超光速航法の確立。
6・非回転型自律巡航式宇宙コロニー『ニダヴェリール』シリーズの建造、それによる地球圏以遠の探査及び開拓。
7・超巨大外宇宙探査・移民用環境宇宙船『ヴァナヘイム』シリーズの建造、それによる外宇宙の開拓。
8・地球環境の回復。
9・外宇宙進出による、総人類ネクスト・ステージ移行の促進。

 

尚これらを克服すべき目標としているが、実際に総てをクリアするには技術と時間と資源がいくらあっても全く足りず、超巨大外宇宙探査用環境宇宙船の建造とゲート型超光速航法の確立を抜きにしても、軽く100年以上の歳月は必要不可欠と考えられている。ネクスト・ステージ云々については完全に妄想の域だ。
その為、この遠大で夢物語に等しい計画は、途中であってもある程度復興が進んで世界情勢が鎮静化した時点で、目的は達成されたと判断されるとのことだった。
その一方でオービタルリングと軌道エレベーター、バブル型亜光速航法、人工重力制御技術による非回転型自律巡航式宇宙コロニーはC.E.78 apr時点で実用化まで漕ぎ着けており、これは当初の予測を大きく上回る快挙であった。
皮肉にも戦争によって高められた工業力と技術力の産物ではあったが、これにより宇宙開発と地球復興の速度は大きく向上するだろうと見込まれていた。

 

「・・・・・・ちょっといい? なんか格好つけたネーミングの割に堅実というか、地味な手法なのね。なのに目的は壮大でなんかチグハグ?」
「結局のところ救済土木事業の超拡大版のみたいなもんだしな。再構築戦争後の宇宙開拓ブーム、第二次世界大戦直前のアメリカやドイツでみられた経済政策の再現でしかないし、実際、そこを批判する声も少なくなかったよ。でもまぁ歴史に習うってヤツが一番で、名前は話題性があればいいんだとさ」

 

これもまた余談だが、ユグドラシル‐プランはその名の通り北欧神話をモチーフとしている。
北欧神話では、宇宙を形作る9つ世界における神々の闘争が主題とされており、全てはやがて訪れる最終戦争で滅び消え去り、より良き新しい世界が誕生するのだという。
ならば今のこの世界は最終戦争を終えたばかりの、いずれ消えゆく世界なのではないだろうか。そして未来に芽生えるより良き新世界の礎ではないだろうか。そうした想いから新地球統合政府は闘争の終焉を願い、一連のプロジェクトやシステム名に北欧神話由来の名を与えることにしたと、ある女性が語った。
それは未来の全てを遺伝子情報で決定付けるデスティニー‐プランとは対極に位置する、不確かな未来に希望を託す行為であるのだと。

 

「んで、さっき言った通り亜光速航法は実現した。斥力を利用したスラスターをはじめ新しい技術もどんどん生まれてきて、頭打ちと思われてたC.E.の科学水準は一気に上昇したんだ。・・・・・・そして、そういうのは新しく建造されたモビルスーツにも搭載されるようになった」
「それって・・・・・・まさか?」

 

ここで漸く、天津風はシンの言わんとしていることに感づいた。

 

「俺の機体、お前達に修理を手伝ってもらってる【GRMF-EX13F ライオット・デスティニー】にも、ヴァルキュリア-システム(亜光速航法制御装置)が搭載されている。と言っても、デスティニーとかキラのフリーダムみたいな極一部のスペシャルモデル限定だけど」

 

ユグドラシル・プラン遂行にあたって、どうしても避けて通れないものがあった。
統合政府とそれに付き従う国家を敵視し、テロ行為を散発的に繰り返す危険分子の対処だ。特にオービタルリングと軌道エレベーターは格好の的で、護る為の力が必要だった。
それも圧倒的であり尚且つ長距離高精密誘導高速ミサイルや大量破壊兵器に頼らない、明確な個を備えるプロパガンダとしての力が。
性能や知名度は旧デスティニーや旧フリーダムで必要十分であったがしかし、もとより新時代を担う新地球統合政府が運用する機動兵器として、いかに高性能であろうとZGMFシリーズやGATシリーズといった「前大戦の遺物」は相応しくないという世論があり、政府は直属の設計局を組織してGRMFシリーズを製造した。
なかでもシン達の機体であるEXナンバーは所謂ガンダム‐タイプのスペシャルMSであり『健全な抑止力』として設計された。最新鋭の装備をしこたま詰め込んだ超戦略級機動兵器(ワン・マン・フォース)の誕生である。
これらにはヴァルキュリア‐システムやサーシファス・スラスター(擬似斥力場生成式相転移推進機構)等が積まれ、それまでのMSを全て過去のものとした絶対的戦闘力を誇った。人類の能力を増幅させるパワードスーツから端を発したMSという兵器カテゴリは、遂に究極の領域に一歩踏み出した。
すなわち神の領域に。

 

「戦争は発明の母って有名な言葉があるよな。同時にさ、戦争って技術を進化させるし、偏在化もさせちまうんだよな。テロ組織との戦いで洗練された新技術は、すぐに戦場の常識になったよ。ヴァルキュリアを用いた機動兵器達が複数、同一の戦場を闊歩するようになるまでそう時間は掛からなかった」

 

人類は新境地を目指しながらも、争いを捨てられなかった。
希望と称した理論と技術さえも、人類は争いに組み込んだ。
対話を諦めて暴力を選んだ。
こうしてヴァルキュリアは、特別性を維持しながらも軍事分野に大きく食い込み、普及するまでに至った。
そしてあの時、共振とでも言うべき現象が発生したのはもはや、必然だったのだろうか。

 

「天津風、お前はどう思う?」
「どう、って・・・・・・」
「俺に話せることはこれで全部だ。どうしてこの技術が生まれたのか、どうして必要となったのか、俺が知る限りはここまでだ」

 

長々と語ったが、これが今のシンの語れる全てだった。
ユニウス戦役を経て、シンやキラが今ここに存在している理由の発端だ。

 

「・・・・・・」
「肝心要の、俺達がここに来る直前のことはまだ話せない。キラがストライクに乗ってた理由も、記憶喪失になっちまった理由も、あの小惑星基地のことも、悪いけどアイツが自力で思い出さない限りは駄目だ。俺はそう決めてる。・・・・・・ここまで聞いてお前は、どう思った?」

 

言葉に詰まった。
今のシンの説明で、一つの謎が紐解かれたのは確かだ。この世界に厄災を持ち込んだ技術そのものは善意でも悪意でもない、人間社会の混沌(カオス)そのものであったのだと、天津風は理解した。
以前にシンの言った通りだと。
この現象の元凶は決して、天災でも超常現象でも何でもない、意志ある人の手に依るものなのだと。
これは原始より連綿と続く人類の進化、科学技術の進化、赦されざる業の果てに依るものなのだと。
何が起こったのかは教えてくれないけど、まだ解かねばならない謎は多く残っているけど、想像できるだけのヒントはくれた。それを聞いてどう思ったのかと問われれば、しかし咄嗟に言葉は出てこなかった。

 

(・・・・・・時空間転移の直接の原因は、闘争だと言うの? それで暴走して、この世界に、沢山の謎を引き連れてやって来た・・・・・・そんなのってないわ。あんまりじゃないの)

 

ぼんやりと思い浮かんだのは、人類は所詮人類でしかないという、諦観だった。
どんなに高尚なことを言っても、どんなに大層な目標を掲げても、人は争いから逃げられない。そのイデアは揺らがない。人の種の限界を突きつけられている気分で、これではあまりに救いがない。
以前に己が発した言葉が脳裏を過ぎる。

 

『都合のいい、優しいだけの世界なんてないもの。どこも政治的な思惑に満ちてて・・・・・・言葉で、状況で、人は簡単に大きな流れに飲み込まれて――』

 

ああ。

 

『この世界も、アナタの世界も、ちょっとだけ何かが違っただけでしかないと思うの。だから・・・・・・そう、アナタの世界もそんな悲嘆することばかりじゃないって、人は過ちを繰り返すばかりじゃないって、あたしは信じてるわ』

 

慰めのつもりの、勇気づける為の言葉だった。
でも、なんてことだろう。今となってはまるで虚しい。世界に絶望して人間の出来そのものが違うと悟った男に掛けてやるには無力に過ぎる。
今の自分に、シンに言うべき言葉はあるのか?
黙りこくってしまった少女を、シンは静かに見守っている。
しかしその妖しい光を湛えた紅い瞳は、こう語りかけてくるかのようだった。

 

『お前はもう一度、その言葉を言えるか?』

 

言いたい。言えるだけの経験と信念がある。けど、言える、と言い切れるだけの自信が無かった。
彼の絶望が解ってしまって、解きほぐすにはまだ力が足りないことに気付いて、言葉に詰まった。
それが悔しくて、哀しくて、天津風は言葉を探して視線をずらした。

 
 

「――・・・・・・、・・・・・・え?」

 
 

そして天津風は、全く別の要因で、言葉を失った。

 

「? どうした天津風――、・・・・・・なん、だと?」

 

不審に思って少女の視線を追ったシンも、同様に。
沈黙が場を支配する。スクリーンの静かな動作音だけがブリーフィングルームに響いた。二人は同じモノを見たまま指先一つたりとも動けなくなった。
すると、

 

「Es ist ein Notfall! 天津風、シンさん、大変だよ!!」

 

扉を鋭く開け放ち、エプロン姿のプリンツ・オイゲンが姿を現した。

 

「!? ――な、ぷ、プリンツか。 どうした? お前厨房にいたんじゃ・・・・・・」
「ビックリさせないでよ、もう・・・・・・心臓が飛び出るかと・・・・・・ってか包丁持ってなにやってんの」
「それどころじゃないの!! さっきアトミラール(提督)が言ってたのが聞こえたんだけど・・・・・・衛星が!!」

 

彼女の言葉と同時に、ブリーフィングルームに変化が訪れた。
ブツリと、佐世保の戦闘模様を映しだしていたスクリーンがブラックアウトしたのだ。一瞬故障したのかと思ったが、隅っこには「信号が入力されていません」と出ていて、つまり。
現実逃避気味に、シンと天津風は嵐によるアンテナの不具合かと思った。
だが違う。プリンツが今まさに言った単語が聞き間違いでなければ、真実は。

 

「偵察衛星が深海棲艦の攻撃を受けてるって・・・・・・。もう3基も墜とされてるみたいなの・・・・・・」

 

それっきり三人は何も言えなくなってしまった。
スクリーンが映像を出力することはない。大本を叩かれたのだから、これ以上ここにいる意味がない。
しかしシンと天津風は、縋るようにスクリーンを眺めた。どうしようもないと解っていても、それでも。
プリンツからの報告が大変なことだと理解できていても、それよりずっとショックな光景に心を蝕んでいた。C.E.の昔話に現を抜かしている場合ではなかったのだ。

 

「そんな、なんで・・・・・・」
「・・・・・・クソ、なんで俺は、こういう時に動けないんだ・・・・・・」

 

現実はいつだって非情だ。
いつだって祈りは届かない。
今まで大して気にとめていなかったリアルタイムの戦闘映像。
二人が偶然にも、最後にチラリと見たものは。

 
 

黒煙を上げて沈んでいく、バラバラになったナスカ級の姿だった。

 
 

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