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《第13話:Aut viam inveniam aut faciam.》

Last-modified: 2018-11-02 (金) 00:33:10

時は少々遡る。
それは丁度【いぶき丸】による曳航準備が完了し、また呉ではシンがC.E.について語り始めた頃のことであった。

 

「これは・・・・・・なんで、こんな」

 

MS搭載型高速駆逐艦ナスカ級の中央部、MS格納庫にて。
歪みに歪んだ緊急脱出用ハッチをこじ開けて侵入したキラは、逆手に掲げたマグライトによって浮かび上がった光景に呆然と、失意を溢してしまっていた。
だってそこは、最大6機の18m級人型機動兵器を格納できる広々としたスペースは、死に満ちていたから。
悲惨だった。悲惨としか言い様がなかった。
多数の大破したモビルスーツの残骸が無秩序に転がっていて、その間隙に多数の整備員の骸も、転がっていて。何もかもが誰も彼もが酷く損壊していて、格納庫全体に夥しい量の赤――大人一人分の血液量は約5literらしいが、これは一体何人分なのだろう――が塗りたくられている。
おそらくは時空間転移後に、高所から落下したからだと直感的に悟る。
船体は辛うじて無事だったようだが、内部への衝撃はどうしたって防ぎようがないもので、その上MSの残骸が気ままに暴れ回ったのならばこうもなろう。実に馬鹿げた光景だ。ここにはもう誰もいないのだと、一目で判ってしまう。
そして無論、惨劇はここだけではない。
だってそうだろう。格納庫だけがこうなっているなんてことは、有り得ないのだから。ナスカ級は極々普通の通常艦艇で、艦娘やヴァルキュリア‐システムのように物理法則を書き換えるなんてことは出来ないのだから。艦橋、居住区問わず、この艦に生存者はいないという現実を、否定できる要素がまるで無い。
艦全体に、生の気配が無い。

 

「・・・・・・ッ、・・・・・・誰か! 誰かいませんか!? ・・・・・・ねぇ!?」

 

それでも暗闇の中、思わずライトを振り回して叫んでいた。
そうした分だけ光と声は虚しく反響して消えるばかりで、暗闇に閉ざされた世界に死ばかりしかないことを余計に実感して、その中に一回か二回すれ違っただけの――けれど確実に見知った顔が埋もれていることを知って、泣きたい気分になった。
ナンセンスだ。
こうなっている可能性を考えていなかったわけではない。あえて目を逸らしていたわけでもない。
むしろ、生存者がいないことの方が自然に思える状況下であると、元より彼は正しく認識していた。それでも、一人だけでももしかしたらと、皆に同行することにしたのだ。【いぶき丸】甲板上で、ナスカ級が深海棲艦達に曳航されるがままで、近くで戦闘が始まっても何のリアクションがなかったと観測しても、まだ希望はある筈だと侵入したのだ。結局のところ、その目で全てを観測しなければ可能性は収束せず、世界は確定しないから。
この状況下では詭弁もいいところだが、人類の揺らがないイデアには『諦めの悪さ』もあった。根拠のない強がりとか、空元気とか、藁にも縋る想いとか、夢見がちで身勝手な思考停止とか、自己満足とか、そんなのかもしれないけれど。けれど誰よりも己だけでも、今ここにいる者の責任として義務として一滴だけの奇跡を信じなくちゃいけないと彼は自覚していた。
そして今ここに至って、世界は確定した。他ならぬキラによって観測された世界は、奇跡など有りはしないのだと応えた。
想定していたことだけど、覚悟していたことだけど、やっぱり哀しくなった。なにも、こんなのってないじゃないか。

 

「――くそぉ!!」

 

近年の彼には珍しく、語気を荒げて悪態をついた。
それでも、進まなくてはならないのだ。感情は頑なに声高に、ちゃんと一人一人捜して確かめろと叫んでいるけれど、悲嘆に暮れるのも感傷に浸るのも後回しに。戦士として鍛えられた理性が、ただただ止まるなと訴えかけてくる。スイッチを切り替えろと迫ってくる。
今ここにいる理由を思い出せ。今ここにいる者の責任として義務として成すべきことを探せ。
外では戦闘が続いている。この棺となった艦を巡る戦いが続いている。
戦う艦娘達は、キラ・ヒビキがなにかしらのアクションを起こすことを期待している。ギリギリで拮抗した戦線を刺激するだけのアクションを。ならば己にできることは、おのずと限られてくる。
小さく、ごめんねと呟いた。

 

(生存者は、いない。エンジンも十中八九死んでる。艦の再起動も無理だ。なら、僕にできることは?)

 

一瞬の瞑目の後に目元を拭って、キラは改めて格納庫内を見渡す。
ここには、多数の大破したモビルスーツの残骸が無秩序に転がっている。
彼はモビルスーツのパイロットだ。成すべきは、この艦の為に戦ってくれている少女達の為に。

 

(・・・・・・動かせる機体は、戦える機体はあるのか?)

 

旧地球連合のダガーに、旧ザフトのジンとザク、オーブ連合首長国のムラサメ、その他諸々。
パッと見た限り、そんな世界各国の旧型機ばかりが、とうに第一線から退いていた機体ばかりが破壊された状態で、ここに在った。
これは明らかにおかしいと、思考の片隅で思った。
C.E.78時点での世界情勢を考えれば考える程に奇妙な、時空間転移の原因がヴァルキュリア‐システムの暴走によるものではないかと推察するキラを否定するような、時代錯誤の不自然に過ぎるラインナップだ。
何故、このような機体ばかりがここに在る?
キラの知っているC.E.では、ZGMFシリーズやGATシリーズといった「前大戦の遺物」は、新地球統合政府が運用する機動兵器としては相応しくないとして運用を制限・管理されていた。むしろ旧式機はテロ組織が略奪・運用する機体として世間に認知されており、そして統合政府直属軍は撃破した機体をわざわざナスカ級で回収したりすることはない。回収作業はそれを専任とする艦に任されている。
つまり、こんな大破した旧式機が、しかも所属の全くことなる機体が、今更ナスカ級に搭載される理由がもう存在していない筈なのだ。ここに斃れている整備員達が新地球統合政府の制服を着込んでいなければ、まさかC.E.74のメサイア攻防戦前後の過去からやって来たのかと疑っていたかもしれない。
それに、どのような任務にせよナスカ級の艦載戦力はGRMFシリーズのものに統一されている筈なのに、しかしMS格納庫にはそれらしき痕跡が全く見当たらない。まったくもって彼の常識が通用しない状況だ。
キラ・ヒビキは新地球統合政府直属宇宙軍第一機動部隊の隊長で、副隊長のシン・アスカと共に『裏の仕事』含め軍の動向をほぼ正確に知り得る立場にいた存在だったというのに。
となると、この謎の旧式モビルスーツ群の出自は完全に「不明」だ。記憶喪失の男が解明すべき謎がまた増えた。

 

(でも、疑問も後回しにしないと・・・・・・時間が惜しい)

 

そもそも謎なんて、つい先日に提督経由で『今のアンタに手紙や電話で話すことはなにも無い』と伝言をくれたシンが10日後にやって来るのだから、その時に問い詰めればいいだけのことだ。
ともあれ、使えるものは使おうと決めたキラである。
片隅の疑問は一旦置いといて、まずは使えるものを探すことにした。
コクピットを打ち抜かれたダガーに、腰で両断されたジンと左半身を失ったザク、頭部とボディしか残っていないムラサメ、その他諸々。これらの残骸をマグライトの光源だけを頼りに潜り抜け、通信中継用アンテナを設置しながら比較的損傷の小さいモビルスーツを求めて慎重に歩を進める。
そうして5分が経過した頃。
格納庫の最奥に横たわっていたソレと、すっかり血糊とオイルに塗れたキラは遂に巡り会った。

 

「・・・・・・ストライクときて、次はデュエルか。ホント、何があったっていうのさ」

 

ストライクの兄弟機である【GAT-X102 デュエル・アサルトシュラウド装備型】。
追加装甲が幾つか脱落した以外の損傷は見受けられない、確実に戦える機体。かつてイザーク・ジュールが駆った、不倶戴天の敵ともいえる機体。とっくの昔に連合に返還されて博物館行きになった、ワンオフの試作機。
運命のイタズラというヤツだろうか。神様はこの機体に乗れというのか。まったく笑えない冗談だ、これは。
だがしかし、乗らないという選択肢は有り得なかった。使えるものは使おうと決めた。
意を決して一歩、前へ。
再び、戦場への介入を。

 
 
 

《第13話:Aut viam inveniam aut faciam.》

 
 
 

キラがデュエルを発見した同タイミングにて。
その時、戦局が変わった。
夕立と響を除く全戦力が合流し、いよいよ榛名達が攻勢に転じつつあった戦局が変わった。

 

「・・・・・・ッ? ・・・・・・! ソナーに感なのです! ・・・・・・これは、音の壁?」
「バカ電、魚雷よ! 9時方向から魚雷接近!! 距離4、数は・・・・・・多すぎるわ、計測不能!!」

 

後になって判明したことだが、その時、ナスカ級は総計318発の魚雷に狙われていたという。偵察衛星が破壊される寸前まで撮影・録画していた映像を解析した、シンと天津風の証言だ。
全てが九三式魚雷三型――所謂、酸素魚雷と呼ばれるタイプだった。
酸素魚雷とは、深海棲艦や諸外国の艦娘の使う通常魚雷に比べて「高速で長射程で雷跡が目立ちにくく、単純な威力なら大口径砲以上」という特性を持つ、第二次世界大戦期では日本国のみが唯一実用化していた大戦期最高スペックの魚雷だ。これまで響や夕立、木曾が盛大に使い潰してきたものに該当し、無誘導式ながら多数の艦を沈めてきたその高性能っぷりは本物である。
炸薬量 780 kg、最大速度48ノット(約90km/h)、その場合の最大航続距離は8マイル(約15km)
そんなものが318発。
南方から取り囲むようにして、遠慮容赦なく不規則的に断続的に殺到してきた。

 

「こちら龍驤、視認したで。ナスカ級を中心に方位2-6-0から2-9-0にかけてびっしりギョーサンと・・・・・・ありゃ酸素魚雷やな。推定40ノット、着弾まで大凡5分!」
「金剛、レ級が前進開始したわ! 連携してると見て間違いないわね。押し込んでくるつもりよ!!」
「Shit! なるほど、そうきましたカ・・・・・・! 【多摩組】と時雨は魚雷の迎撃を!! 夕立と響も再出撃急いで!!」
「わかったにゃ! 矢矧、暁、雷、電、時雨。パワー全開にゃ!!」

 

【軽巡棲姫】の差し金だ。
これこそが向こう側のジョーカー。
ヤツは一度戦線を離脱した後に、仲間と合流して補給するや否やこれまで鹵獲・複製してきた酸素魚雷のほぼ全てを射出してきたのである。ナスカ級を轟沈させ、深海に墜とす為に。
そもそも、深海棲艦達がナスカ級を曳航していた理由は「サルベージするよりは楽だから」程度のものでしかなかったのだ。目標が海上にあろうが海中にあろうが、海を統べる彼女達には「どれほど労力を削減できるか」程度の問題でしかなかった。
だから最初は素直に、潜水艦・重巡混成部隊で台湾近海まで曳航しようとした。しかし佐世保側に感づかれ妨害されてしまったのであれば、曳航に拘る必要がない。実施する意義がない。
ましてや、直接の戦闘力で押し負けているのならば。

 
 

そこで【軽巡棲姫】曰くプランB。肉を切らせて骨を断つ。

 
 

つまり、無傷に手に入れるに越したことはないが、敵が無傷で手に入れてしまうぐらいなら破壊してでも己の領域に引き入れてしまおうという魂胆だ。予定外の労力と時間をつぎ込んでしまうことになるが、あとはゆっくり確実にコッソリと、バラバラになって沈んだナスカ級をサルベージしてやるだけでいい。
所詮人類には敵陣内で大型艦をサルベージできる程の余裕も技術もないのだと、深海棲艦は知っていたから。
また、艦娘達が沈んだ艦を死守せんとここに陣取るなら、それも結構とさえ見越していた。疲労し、補給線が伸びきったところで強襲を仕掛けてやれば簡単にけりがつく。その狙いも込めて、目前で破壊させてもらうと。
その為の318発の酸素魚雷。
戦局は一転して、絶体絶命。
此方の全戦力を投入しても、防衛しきれる見込みは限りなく薄いと言わざるを得ない。木曾は軽く舌打ちし、マシマシに搭載した機銃の弾倉を取り替えながら傍らの瑞鳳に尋ねた。

 

「ヤツめ、相変わらず味な真似を・・・・・・おい瑞鳳、ナスカ級の動きはどうなっている?」
「やっと動きはじめたばかりよぅ! それ以外はなにも! どうしよう、まだキラさんが中にいるのに・・・・・・、・・・・・・キラさん、聞こえますか!? 応答してください!!」
「落ち着け、この距離じゃ無線は無理だ。こういう時の為に明石に待機してもらってるんだろう」
「そ、そっか。でも急がなきゃ」

 

何をするにしても時間が足りない。
西の戦艦レ級率いる空母機動部隊との戦いは継続中である。だいぶ削ったとはいえまだ放置できる程ではなく、背を見せたら此方が喰われる。かといって【多摩組】だけではどう頑張ってもナスカ級の巨体をカバーしきれず、1分だけ未来を先延ばしにできれば御の字だ。
彼の艦にも未だ動きはない。ワイヤーで牽引されているナスカ級は、腹が立つほどゆっくりゆっくり東に進みはじめたところだ。また、こちらのジョーカーたるキラが侵入してから間もなく、やはり艦が再起動しそうな予兆はない。これでは魚雷の殺傷圏から逃れられない。
つまりどうあがいても、ナスカ級を無事に守りきることは不可能。
更に、瑞鳳の言う通りキラだってこのままでは諸共だ。相変わらず強力なジャミングに支配されているこの海上で、彼と確実に連絡をとれるのは【いぶき丸】甲板上の明石のみ。既に発光信号で此方の状況は伝えているし、それこそ侵入してからまだ間もないのだから奥まで進んでいないと思うが、脱出が間に合うかは判らない。
やはり音に聞こえた奸計の使い手、とことん此方の嫌がることを最高のタイミングで仕掛けてくる――【軽巡棲姫】はどんな高性能の敵よりもタチが悪かった。敵ながら天晴れとさえ思ってしまう。

 

「明石に任せるしかないが・・・・・・だが、オレ達にはまだやれることはある。アイツの心配をしている暇はないぞ」
「え?」
「このまま敵の策をただ見過ごせるわけないだろう! 一杯喰わしてやる。榛名、金剛!!」
「! 木曾?」

 

願い虚しく、またしても後手に回ってしまったわけだが、しかし。
不測の事態は、ジョーカーは必ず来ると心構えをしていたのだから、艦隊の参謀役たる木曾は既に、敵がこうした暴挙に出ることも可能性の一つとして考えていた。
提督より与えられた作戦目標を遂行する為の、最善は潰えた。
だから、かねてより考えていた次善で応えるしかない。次は必ず完膚なきまで叩き潰してやるという想いを秘めて、木曾は今を切り抜ける為の策を簡潔に伝える。

 

「宇宙船の三枚おろしだ。ナスカ級両弦のスラスターブロックは切り離して、真ん中だけオレ達が頂くんだよ」
「・・・・・・! 榛名達もナスカ級に攻撃を加えるということですか?」
「ああ、艦砲なり爆撃なりで連結部に攻撃を集中させてな。これなら【いぶき丸】の推力でも迅速に引っ張れる筈だし、パージしたブロックは盾にもなって時間も稼げる」

 

着目したのは艦の独特な構造だ。
要は漢字の「山」のようなシルエットを「川」にして、一番重要な中央部をかっぱらおうというのだ。三枚おろしとは言い得て妙である。半ば意図的に艦のパーツを敵に渡してしまうことになるが、この際致し方あるまい。

 
 

骨を断たせて大事を護れ。骨は骨でも腕の一本、あばらの一本ぐらいくれてやる。

 
 

土壇場の損害制御で、最悪の事態を避けるのだ。
魚雷到達まであと4分。議論を重ねている時間はない。木曾の提案を聞いてしばし思案顔になった金剛と榛名は、お互いの顔を見合わせて頷くと背中合わせになり、それぞれの眼差しをそれぞれのターゲットに向けた。

 

「・・・・・・OK。それしか無いようですネ。一か八か、ぶっつけ本番のMission。分の悪い賭けはキライじゃないデース」
「ナスカ級への攻撃は榛名と瑞鳳、鈴谷が担当します。・・・・・・と言っても、攻撃はあくまでキラさんの安全を確保してからですけれど。金剛お姉様達は変わらず、敵艦隊への攻撃を」
「Hey摩耶、木曾。瑞鳳と鈴谷が抜けた分の、艦隊の防空は任せるネー」
「任せろ。5分ぐらい凌いでやるさ」
「対空番長と謳われたこの摩耶様と木曾の面目躍如ってところだなァ。木曾、遅れンなよ?」
「お前こそな。・・・・・・来たぞ、対空かかれ!!」

 

30秒にも満たない作戦会議。
それでも最適解に近い答えを導き出した二人の姉妹に、随伴の少女達が期待に応えんと艤装を構え直す。信号弾と探照灯をフル活用して、新たな方針を皆に共有させる。
【軽巡棲姫】の逆襲だろうと、好き勝手させてたまるものか。

 

「瑞鳳。負担は大きいですが、いけますね? 榛名と鈴谷の砲撃に合わせて爆撃を!」
「やってみせます! 彗星、発艦開始!!」
「彗星の護衛も鈴谷が引き受けるじゃん! 強風改の底力見せてやんよ!」
「ありがと、鈴谷!!」

 

瑞鳳が制空戦闘機「烈風改」をコントロールする傍ら、新たに艦上爆撃機「彗星二二型」を発艦させると丁度、再出撃した響と夕立を加えた【多摩組】の魚雷迎撃戦が始まった。遙か南方で幾十の水柱が立て続けに咲いては消えていく。
また此方では俄に殺到してきた敵艦載機に対抗するべく、濃密な弾幕が天を覆い尽くした。吐き出された空薬莢の分だけ、粉々に引き裂かれた敵艦載機の破片が海に落ちていく。

 

「艦隊、輪形陣!! 護りますよ!!!!」

 

榛名達の、この日最後の攻防が幕を開けた。

 

(キラさん、どうか無事で・・・・・・!)

 

祈る。
この急場凌ぎのナスカ級解体作戦で一番のネックとなるのは、艦内部に侵入したキラの存在だ。
此方の攻撃が早すぎても駄目なのだ。間が悪ければ最悪、自分達の手で彼を殺してしまいかねない。まともに攻撃の衝撃をくらってしまえば、ストライクと同化していない彼の身体はきっと耐えられないだろう。
明石の合図があるまでは仕掛けられない。
此方の攻撃が遅すぎても駄目なのだ。連結部を切り離す前に迎撃網を抜けた魚雷が到達してしまうし、木曾達の弾幕も尽きてしまう。そうなれば全てが共倒れで、一人残らず深海棲艦に撃沈されてしまうだろう。
慎重に彼の安全を待っている余裕はない。
だから早く、早くと。
早く脱出してくれと。
皆一様にそう祈った。
ただし二人だけ、そうではない者がいたが。

 

(あなたは、これからの私達に必要なんだから!!)

 

輪形陣の中央、ありったけの艦載機を放った瑞鳳は祈る。
昨夜に奇妙な協力関係を持ちかけ、その後一緒にトランプ遊びをした青年の無事を想い、祈っていた。きっと響と同じように。
たかが数時間お話をしただけなのに、以前よりずっと彼を大事に思えてしまう。別に好きとか恋とか、そういうのではない筈で、ただ情が移っただけのことだけど。けれど確実に、他の誰よりも、彼がいなくなってしまうかもしれない可能性に少女は恐怖を感じていた。
つまり、まっとうな人間同士の繋がりを感じていた。なんら特別なことではなく、ただ二人が誰よりもあの青年に近づいているからこその、当然の想い。
だから祈る。
どうか無事に、また会えますようにと。
いつだって祈りは届かない、こんな無情な世界だけど。
いつだって人間は、祈らずにはいられない存在だから。

 

「あと3分!!!!」
「アイツはまだか!? もう猶予はないぞ!!」

 

強い祈りは今を生きる糧となる。人類の諦めの悪さの源だった。きっと人間も艦娘も、深海棲艦も同じで。

 
 

故にこれは必然の結末。

 
 

複雑に絡み合った因果の顕れ。世界が応える。
その時、ナスカ級正面ハッチが内部からの攻撃によって吹き飛ばされた。

 

「なんだ!?」
「あれは、まさか――」

 

間を置かず、飛び出したるはストライクによく似た青と白の機械人形。しかして全身にゴテゴテ無骨な鎧を装着し、ストライクとは真逆の印象を与える重砲撃戦仕様のモビルスーツ。
ソイツは身を捻って海上に着水すると、おもむろにライフルを構えて例の魚雷群に向かい連射した。久々に目にする荷電粒子の迸りが、一寸違わず小さな魚雷を射貫いていく。
続けて右肩に接続されたキャノン砲と、左腕に担いだバズーカを発射。バチィィッ!! と稲妻を伴って撃ち出された弾丸が、ナスカ級右舷連結部に直撃した。
そして、スピーカーから響き渡る青年の声。

 

<遅くなってすいません! キラ・ヒビキ――デュエルで戦線に復帰します!!>
「キラさん! 良かった・・・・・・」
「デュエル、だと!?」
<明石さんから作戦は聞いてます。援護します!>

 

間違いない、キラだ。
ギリギリのタイミングで新たな力を引っさげて、またもや美味しいところで登場したのだ。瑞鳳が安堵にホッと一息つくと同時に、木曾が鋭く叫ぶ。

 

「ッ、榛名!!」
「ええ、条件は全てクリア! 攻撃開始!!」
「待ちかねたぁ!! 撃て撃て撃てぇ~!!!!」

 

速攻。
「強風改」にエスコートされた「彗星」が急降下爆撃を敢行し、榛名と鈴谷の主砲が火を噴く。深い青色の外装が500kg級爆弾と35.6cm砲弾、20.3cm砲弾の雨霰に晒される。
あの艦の防御力は未知数で些かの不安もあったが、ちゃんと攻撃は効いているようだ。この分なら直ぐにでも目的は達成できるかもしれない。船体が悲鳴を上げ、バキン、バキキッ!!!! と裂け割れていく。
それはある意味、敵の魚雷も有効であることの証左であったが。

 

「っと、見とれてる場合じゃないわね! 第二次攻撃隊、発艦します!!」

 

「彗星」の帰還を待たず、己の制御能力の限界をおして新たな矢を番える瑞鳳。ここで無理せず何時すると言うのか。放たれた矢はダメ押しの艦上統合攻撃機「流星改」と成り、800kg級爆弾を抱えて一直線に大空を征く。
このペースなら充分に間に合う。
僅かに見え始めた希望に、艦隊は俄に活気づいた。

 
 
 

 
 
 

「良かった。あの人、ちゃんと間に合ってくれたっぽい」
「うん」
「・・・・・・響?」
「? なにさ師匠」
「んーん、なんでもない。やっぱ瑞鳳さんの言ってたことってホントだったんだぁって」
「?? ・・・・・・明石先生といい、なんなんだ・・・・・・」

 

一方その頃、響と夕立は壁のように迫ってくる魚雷を的確に迎撃していた。
撃てば当たるとは正にこのことで、放った弾丸や魚雷はほぼ確実に敵魚雷に命中する。あまりにも密集し過ぎているせいかたまに連鎖爆発も起こって、もはや攻撃に精度は殆ど必要無かった。
だからこそ、的確な迎撃が必要であるのだが。
壁のように、ということはつまり、艦娘達にとっても逃げ場がないことを意味する。適当に撃っていては密集しつつもランダムに進行する魚雷に自身が当たりかねない。目立たない雷跡を冷静に観察して、安全地帯を確保しながら迎撃せねばならなかった。
そこで響が夕立の前に立ちふさがって前方の処理に集中し、夕立が左右と後方をカバーするという連携プレーを採用。最も密度が高いと観測された区域を引き受けて、最も多くの魚雷を葬っていた。
しかしそれでも、撃ち漏らしばかりだ。
【いぶき丸】にて連射性能の高い装備に換装したとしても、とても捌ききれるものではない。それは多摩と矢矧と時雨が担当する区域も、暁と雷と電が担当する区域も同じで、総計318発の酸素魚雷は次々と艦娘の真横を通り過ぎて、彼女達の防衛対象に突っ込んでいく。
デュエルの放ったビームもミサイルも焼け石に水で、とんでもない数の暴力だ。
加えて、防衛対象の大きさも問題だ。
ナスカ級の全長は250mで、牽引する【いぶき丸】は30m。魚雷はせいぜいが少女の細腕ぐらいにしかないのに、的としては巨大もいいところである。
勿論全て、承知の上での作戦行動だ。ナスカ級が解体されるまで護りきれれば良い。ただ焦らず冷静に、撃ち落としていけば良い。
響は左腕にも増設した機銃を含めて、一心不乱に撃ちまくった。

 

(・・・・・・驚いたな。なんで私はこんなにも冷静になれているんだろう)

 

いや、一心不乱というには些か、彼女の心は上の空気味であったが。

 

(自分の身体を楯にしてでも食い止めなきゃって・・・・・・絶対そうなるって、思ってたのにさ)

 

魚雷が接近しているという報は、彼女にとって恐怖以外の何物でもなかった。
余分な感情は不要で、任務遂行だけを意識するだけでいいと吹っ切れていても、尚。なんなら、先の対【軽巡棲姫】戦で感じた命の危機よりもずっと恐ろしく、まるで心臓を大杭で貫かれたかような衝撃だった。
それだけではない。榛名達があのレ級を前にしてナスカ級をも相手取るなんて自殺行為も同然だ。仕方のない選択だったのかもしれないけど、下手をすれば何もかもが喪われるギリギリの綱渡りだ。これもまた、ひどく恐ろしいことで。
どうしようもない理不尽への――喪失への恐怖は、仲間を信じるだけではとても抑えられない、いつもの悪癖が顔を出してしまってもおかしくない激情だった。
だから少女は予測した。
きっとこれから先、身のうちに渦巻く衝動を制御しようと精一杯になると。身体が勝手に動きそうになる度に、木曾の言葉を、夕立の存在を、ここで無理しても何にもならないという現実を思い出して、心にブレーキを掛けなければと。
悪癖に振り回されるのは、もう懲りたのだ。これからはちゃんと制御しなくちゃいけないと、これまで以上に心を殺して凍らせて、強くあらねばと覚悟した。

 
 

「なにも為し得ないまま死に損なった者」の責任として義務として、護らねばと。

 
 

でも結果的にそうはならなかった。いっそ呆気ないぐらいに、どこまでも冷静でいられた。

 

(情けないけど、こんなの初めてだ。理由はなんだろう・・・・・・どこかに取っかかりが、ある筈なんだ)

 

少女は初めて、その意図とは異なる要因で、己の暴走を制御できていた。
恐怖は紛れもなく本物であったのに。心を殺すまでもなく、己が身に代えてでもと思うまでもなく、受け止められていた。
それがとても、響にとっては不思議だった。いつの間にか心の有り様が、少し変わっている。イヤな気分ではなかった。

 

「――響ッ! ボーッとしない!!」

 

突然の叱咤に、思考を中断させる。
気付けば一発の魚雷が目前にまで迫っており、響は慌てて両肩部25mm連装機銃で迎撃した。

 

「ッ!? ・・・・・・あ、Извините。ちょっと考え事、してた」
「もう。そろそろ免許皆伝してもいいかなって思ってたのに。これじゃあまだまだ卒業には遠いっぽい?」
「え、そうなの?」
「だって実際、戦闘技術で教えられるコトってもう殆どないっぽいし。でも仕方ないから、もうちょっとだけ師匠役を続けたげる」
「師匠・・・・・・」
「あ、でも師匠呼びはやめてね」
「それは、ちょっと自信ないかな・・・・・・」

 

これもまたいつの間にか、夕立に認められるぐらいにまで自分は強くなっていたらしい。それが明石とキラが用意してくれた試作艤装のおかげだとしても、響は思わず頬を紅くした。
なんだろう。自分で自分のことが解らないのはいつものことだが、それにしたって一気に色々変わりすぎではなかろうか。なんだか少し気恥ずかしい。

 

「あ、また」
「なにさ」
「最近、響ってば少し表情豊かになったっぽい」
「そうかな」
「うん。だってさっきも――」

 

夕立がちらりと後方のナスカ級を、いや、その前面に陣取ってライフルを連射する新しいモビルスーツを一瞥した。
釣られて見れば、既に幾つかの魚雷が右舷スラスターブロックに命中しており、船体は大きく右に傾いでいる。このままもう少ししたら、轟沈してしまうだろう。
するとここで、デュエルが後腰から新たな武器を取り出した。身の丈程もある金属製の大太刀、C.E.ではグランドスラムと称された対MS用の大型斬機刀だ。
それを正眼で構えるや否や、跳躍。散々撃ち貫かれてズタボロになっていた右舷連結部を、一刀のもとに両断する。ついで更に跳躍、同じく左舷連結部に斬りかかり、ついに中央部の摘出は成った。
そこまでを見届けると、夕立はどこか羨ましそうな声音で、

 

「――あの人の声が聞こえた時、ああやっぱりって顔で笑ってたもん」

 

ちょっと困ったような笑顔で、締めくくった。

 

(・・・・・・そうか)

 

未だ魚雷群に取り囲まれている状況だが、彼女の言葉に脈絡もなくストンと、何かが腑に落ちた。

 

(もしかして私は、もう――)

 

天啓。
この一連の戦闘を通して、これまでとは違う何かが芽生えようとしていることに、気付いた。
いつからだろう。
どうしようもない恐怖をも超越する、なにか。
それはまだ蕾にもなっていないけど、それがなんなのかもまだ全然わからないのだけど。
けれど、もしかしたら。

 

(――もう私はこれ以上、心を殺して戦う必要がないのかもしれない)

 

それは、おぼろげながらも確かな、福音であるのかもしれない。
自らの心が導いた結論は、理由が不明瞭であるのになんだかすんなりと納得できた。
少し嬉しいと素直に思えた。
魚雷の海を抜けたと同時、混迷の霧も抜け出せたような気がして。知らず知らずうちに宝物を手にしていたような気分で。少女は無性に、この想いを誰かに伝えたくなった。

 

「ともかく、これで戦闘はおしまいっぽい。みんなと合流しましょ!」
「Да。・・・・・・Спасибо、師匠」
「・・・・・・うぅ、すっごく背中ムズムズするぅ。やっぱり免許皆伝しようかしら・・・・・・」

 

私はもっと前に進めるのだ。
そんな確信を得る至った一つの海戦が、甘酸っぱい会話を最後に終わった。

 
 
 

 
 
 

その後の顛末は、以下のようになる。

 

「おうキラこの野郎、ヒヤヒヤさせやがって。だいぶ肝を冷やしたぞ」
<ごめん。ちょっと調整に手間取っちゃって・・・・・・>
「まぁまぁ木曾。結果オーライだったのだから良いじゃないですか。おかげで榛名達はこうして無事なわけですし」
「うむぅ・・・・・・」
「そっれにしても、これまたゴツい機体だねぇ。デュエルだっけ? 鈴谷、あのストライクってのより好みかも」

 

ナスカ級は木曾の目論見通りスラスターブロックを盾にした結果、辛うじて無事に中央部のみの曳航に成功した。
あのまま諦めていたら完全に任務失敗だったのだから、ひとまずの妥協点であった。争奪戦としては所謂「勝負に負けて試合に勝った」といったところか。
今後、バラバラになって沈んだ両弦スラスターブロック――呉にて天津風とシンが目撃したものの正体はこれだ――は、敵潜水級にコッソリとサルベージされてしまうだろうが、致し方のないことだ。【軽巡棲姫】が見抜いていた通り、人類側には敵陣内で大型艦をサルベージできる程の余裕も技術もないのだ。
暫くは経過を見る必要があるだろう。

 

「ライフルに大剣にキャノンにミサイルポッドにバズーカ砲、そしてゴッテゴテな追加装甲! うぅ~ん、ロマンだねぇ! ねぇねぇキラっち、あれってもしかしてレールガンだったりする!?」
<うん、まぁ・・・・・・。」とりあえず持てるだけ持っとこうって・・・・・・役立ったのなら良かった>
「鈴谷も割と重武装フェチよねぇ。私としてはストライクのが好きかなぁ」
「Мне тоже。・・・・・・ところでキラ、そろそろ顔を見せてくれてもいいんじゃないか。直接話せないのはなんか、変な感じだよ」

 

戦艦レ級率いる空母機動部隊は撤退した。
中枢戦力に多大な損害を負った敵艦隊は、作戦の失敗を悟るや早々と南方へと引き上げた。当然金剛達は追撃しようとしたが、再度出現した大型輸送機・ヴァルファウに乗り込まれては手も足も出なかった。あの輸送機の対策を本気で考える必要がある。
また、【軽巡棲姫】は最後まで現れなかった。あの魚雷群が彼女の仕業だとすると、やはり深海棲艦は戦力の消耗を嫌っている線が強い。輸送機の対策も含め、此方が付け入る隙になりそうだと、艦娘達は話し合った。
ともあれ、全員無事に一つの試練を乗り越えることができた。大局的に見れば引き分けに近い結果だったが確かな収穫も幾つかあり、特にキラの戦線復帰は喜ばしいことだった。入手できた多数のモビルスーツのパーツにより、明石の艤装強化計画も大きく前進することだろう。

 

<・・・・・・あー、それなんだけどね・・・・・・>
「?」

 

そして今現在。夜の帳が落ちつつある17時30分。
中破したナスカ級を曳航する【いぶき丸】の先導を任された【榛名組】は、ホバー移動で海上を征く【GAT-X102 デュエル・アサルトシュラウド装備型】を伴って、真っ直ぐに北へ航行していた。

 

<なんか一体化できないんだよね。コレ、普通のモビルスーツみたいだ>

 

目指すは【金剛組】当初の目的地であった、福江島最南端の前線基地。
彼女らは暫く、そこを拠点として活動することになりそうだった。

 
 

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