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《第17話:事象の水平線に阻まれて》

Last-modified: 2019-04-22 (月) 20:50:40

そういえば、前にも似たようなシチュエーションがあったと瑞鳳は思い出した。
あれは戦争が始まった年の晩夏。軍令部の命により、やむを得ず嵐の海に出撃した艦娘達が行方不明になった事件でのこと。当時まだまだ弱っちかった瑞鳳と響が編入された捜索隊は艦娘を見つけることができず、代わりに難破した深海棲艦群と、それを救助しに来たであろう深海棲艦水雷戦隊とかち合ったのだ。
今なら鎧袖一触で撃退できる雑魚もとんでもない強敵で、追い詰められていくうちにパニックを起こした二人は捜索隊とはぐれて孤立した。いつも暁達の後ろに隠れていた響が、泣きべそかきながらも全艦載機を喪った瑞鳳を庇うように前にでて連装砲を構える響の姿が、とても印象的だった。
夕立に助けられたのはその時だった。行方不明になっていたはずの横須賀の夕立と川内に、逆に助けられたのだ。
そっくりだ。とてもよく似ている。
響が横須賀へ行くキッカケとなったあの時の自分達と、今ウィンダムにやられそうになっている自分達は、ほとんど同質だった。
でもあの時とは決定的に違っているものがある。
夕立に助けに来てもらってもなお、絶体絶命であること。そして、瑞鳳にはまだ一機だけ艦載機「烈風改」が残っていることだ。

 

「私には、瑞鳳にはまだ・・・・・・翼があるんだからぁ!!」

 

わざと大きな声で叫んで、雲に隠していた最後の機体で特攻をかける。
その本懐を果たせず自由落下する「烈風改」には、申し訳ないけれど、贅沢を言えばウィンダム本体に当たってほしかったけれど、ちゃんと役目を果たして敵の飛行能力を奪ってくれた。目論見通り、敵の意識を瑞鳳へと向けてくれた。
これでいい。
最後の最後に囮として、響が反撃できる隙をつくれたのだから上出来だ。彼女なら絶対に見逃さないし、ちゃんと生き延びてくれる。あの娘だけでも絶対に、生きて帰してみせる。
無力なりにできることは、最善は尽くした。
そういえば、と、そこでまた思い出す。
かつて日本国最後の機動部隊の一員として戦った末にエンガノ岬沖に沈んだ時も、艦載機を全て喪い、囮として振舞ったのだったなと。どうやら瑞鳳という存在は、そういう星の下に生まれたらしい。
そして少女の意識は一度、一瞬、暗転した。

 

『瑞鳳ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!』

 

本来なら聞こえるはずのない、そのあまりにも悲痛に過ぎる叫びを聞いて、意識が再起動する。うっすらと金糸雀色の瞳をあけて、自分がどうなってしまったのか自覚する。
ならあの、ゆらゆら揺らめいている綺麗な光は、海面だろうか。
ならこの、ぷかぷか昇っていく大小様々な泡は、己の身から出ているものだろうか。
何故かそれらが、命の鼓動そのもののように思えた。不安定で、揺蕩っていて、でも美しく高みを目指している、命そのものに見えた。
どんどんそれらが、遠ざかっていく。冷たくて動かない自分は、真逆、昏くて揺るぎのない闇へと墜ちていっている。
ここは碧色の世界。
つまり海中で、つまり沈んでいる。順当といえば順当な、当たり前の結果。

 

(ああ、しまったなぁ)

 

こうなってしまったらもう、どうしようもない。
左脚しかない躰はまるで全神経が抜き取られてしまったかのように、身動ぎ一つすらできやしない。
泳ぎ方なんて知らないけれど、平時であれば、十中八九徒労に終わるものだとしても脚一本でほんのちょっと未来を先延ばししようとする意志を見せたことだろう。しかし、そもそも轟沈するほどのダメージを受けた艦娘は、たとえ五体満足であろうとも浮上することは叶わないのだ。
マッチングエラー。
艤装が完全に破壊されて魂と躰のリンクが途切れ、全身不随になってしまっては技法も意志もなんの力にもならない。加えて、艦艇としての質量が文字通り重石になり、少女としての、人間としてのなけなしの浮力さえ殺してしまっている。
開戦してからの通算で、決して少なくない数の艦娘が犠牲になったが、その原因の大半がこの現象に依るものではないかという推測を聞いたことがあった。そして、艦種問わず轟沈した艦娘のサルベージは、未だ成功例が無いことも。
どうしようもない。今日だけで一体何回このフレーズが脳裏を過ぎったか。きっとこれが運命というやつなのかもしれない。
どうしようもない。即死を免れたこの身は、意識のあるままジワジワと死に侵蝕されていき、深海にて朽ち果て消えるのだ。

 

(これから、どうなるんだろう)

 

恐怖はない。
代わりに後悔と懸念、そして未練と罪悪感に満ちていた。
無力なりにできることは、最善は尽くしたけれど。逃れられないことだったけれど、他に選択肢がなかったけれど。それでもこんなのは絶対に、絶対に、最善なんかじゃない。
ああ、そうだ、そうだとも。彼女に――響に、悪いことをしてしまった。
よりにもよって私は、響の目の前で。

 

(・・・・・・どうして、こんなことになっちゃったんだろう)

 

キラと夕立の安否もわからず、目前で己が沈んだのでは。まるであの戦争の再現のよう。
船の【響】の経歴を、あの娘の過去を、あの娘の想いを知っている瑞鳳としては、この状況こそなんとしても避けねばならなかったというのに。
なのに彼女を癒やしたいと願った己が、先日ようやく念願叶って彼女と仲直りできた己が、よりにもよって最後の最後にこんなので、いたずらにあの娘の心を傷つけただけじゃないか。トラウマを抉っただけじゃないか。

 
 

今度こそ彼女は、壊れてしまうかもしれない。

 
 

こんな酷な仕打ちはない。馬鹿な話じゃないか。
前よりもずっと近くなって、一緒にいるようになって、実験に居合わせるようになって、結局足手まといになって。当初の予定通りに響とキラだけで出撃していれば、この戦いに自分が居なければ、身軽で自由に戦える響ならもっと上手くやれてたはずなのに。
だから瑞鳳の心は後悔に染まった。
結局やることなすこと全てが裏目に出て、逆効果にしかならなかったじゃないか。
これが運命だとしたら、神様はどこまでいじわるなのか。再び閉ざされていく意識の中で少女は、せめてもの抵抗として、最後まで瞳は閉じずにいようと決めた。

 

(・・・・・・響、祥鳳、キラさん、みんな・・・・・・ごめんね・・・・・・――)

 

その時だった。
見上げた光の天井から、一つの影が落ちてきたのは。

 

(――なんで。ダメだよ響、こんなところに来ちゃ)

 

響だ。
落ちてくるというよりかは、突き進んでくる。残った右腕と右脚を懸命に動かして、酷く苦しそうな貌をして、瑞鳳を目指して一直線に潜水してくる。
追ってくる。まさか、サルベージしようと?
不可能だ。自殺そのものだ。夕立の弟子として泳法をマスターしていたとしても、負傷した躰で海に入ってしまえば、響単独でも戻れなくなってしまう。
師匠に似て通常でも尋常でもなくなったあの娘も、目的の為なら自殺行為でもなんでもやるが、はなから出来ないことを考え無しにやる馬鹿ではないと瑞鳳は知っている。贖罪の為に生きて、最前線で戦い続けて、わざと命をすり減らすような戦い方をする彼女なら絶対に、自殺なんて選ばないことを瑞鳳は知っている。
なのに、追ってきた。心中するかのように、自ら死地へやって来た。
つまり、響の心はもう壊れてしまって、自暴自棄になってありもしない救いを求めて、死を選んだのかもしれない。少女にとってそれは悪夢だった。

 

(なんで、なんでなのよぅ・・・・・・。・・・・・・やだ。こんなのぜったいやだぁ・・・・・・!)

 

遂に響が瑞鳳の元へと辿り着く。
その時にはもう瑞鳳の瞳はなにも映していなかったが、動かない身体は水の冷たささえ感じなかったが、か細い右腕だけで抱きしめられる感覚だけは、心で感じることができた。
海に溶けて消えるはずの、大粒の涙が頬に当たったような気がした。なにか暖かいものが流れ込んでくるような気がした。
この感覚を最後に、意識は途絶える。
そして海中で抱き合う二人の少女は、大きな黒い影に包み込まれ、消えた。

 
 
 

《第17話:事象の水平線に阻まれて》

 
 
 

デュエルをピンポイントで狙った【軽巡棲姫】とウィンダム、グーンとの戦い。運命の分岐点。
その戦いで何があったのかを、佐世保艦隊が知ることはなかった。一方的な虐殺のような戦いがあったことを、当事者以外はただただ推測することしかできなかった。何故ならつい先頃に、当事者達――響、瑞鳳、夕立、キラ――の四人が揃ってMIAに認定されたからだ。
Missing In Action(戦闘中行方不明) 。事実上の戦死を意味しているその文字列は、漆黒のモビルスーツに撃墜された偵察機の情報を元に、榛名と木曾と鈴谷がヴァルファウ迫る戦場を放棄してまで懸命に、必死に、約束した期限ギリギリまで周辺海域を捜索した末に導かれたものだった。
経過も詳細も一切不明で、ただ四人の行方が知れないという現実と、敵がモビルスーツを使役しているという事実だけが、残された佐世保艦隊の知る全てだった。鈴谷がたった5秒だけ垣間見た視覚情報だけが、全てだった。

 

「・・・・・・もっと早く、夕立さんを追いかけていれば・・・・・・もっと早く榛名が決断できていれば・・・・・・」
「死体が増えただけでしょ」
「・・・・・・ッ鈴谷!」
「事実でしょ、あんなん相手に鈴谷達が敵うわけないじゃん。・・・・・・今は戦闘に集中してもらわないと、今度はこっちが瑞鳳達の後を追うことになるんですけど」
「そんなの言われなくたって!!」

 

11月14日の、11時16分。
らしくなく辛辣な鈴谷の態度と言葉に、目元を真っ赤に泣きはらした榛名は恥も外聞もなく怒鳴った。だが、それでも視線と砲塔は敵に向けたままだから、彼女はまだまだ正気だと木曾は判断する。
むしろ、唯一敵の姿を知る鈴谷のほうが重症だ。付き合いは短いが、こんな風にすげなく当たり散らす少女ではないと知っている。この二人の精神状態をどうにかしなければ、それこそ本当に後追いになりかねない。
響達三人のいない第二艦隊一番隊に、戦闘中に後悔や感傷に耽っていられる余裕なんてない。
これより開始される戦闘も言うまでもなく、熾烈を極めることになる。感情論抜きで単純な戦力だけで考えても、佐世保鎮守府最強クラスがごっそりと居なくなった損害は大きく、仲間を喪ったからと腑抜けてはいられないのだ。
艦娘というヒトデナシな存在にとって人類を護るという行為は、求められたものであり、求めたものであり、存在意義だから。自分達で選んで繋げたこの道こそが世界の応えなら、どうあっても止まることはできなかった。

 

「お前らそこまでだ。敵の射程に入るぞ、切り替えろ! 生き残れなきゃ弔うことだってできないんだぞ!!」
「!」
「オレが前に出るから支援任せるぞ鈴谷! 榛名は狙撃に専念してくれ」

 

エンゲージ。
対ヴァルファウ迎撃戦を経て、再び機能不全に陥った福江前線基地を守る為でなく、討ち損ねた敵を追撃する為の戦場に、木曾達は雰囲気最悪なまま足を踏み入れる。

 

「・・・・・・すみません木曾、榛名がしっかりしないといけないのに・・・・・・」
「言うな、オレも大概情けねぇよ。だが・・・・・・鈴谷も、わかってるな?」
「っ――オーケー。舐めた態度とったのは後で謝るとして、鈴谷もやることやるよ」
「よし。響達の想いも連れて、行くぞ」

 

踏み入れて、突破して、更にその先へ。
目指すは沖縄。
仇敵を討つべく、自らの活路を拓くべく、第三艦隊三番隊【阿賀野組】を除く佐世保全艦隊は南へと舵を取る。

 
 
 

 
 
 

ここまで時系列を整理しよう。
ことの始まりは早朝、響達が特別演習に出撃してしばらく経った頃だった。
夜間哨戒から戻ってきたばかりの夕立が突然「響達が危ないっぽい!」と言って再出撃したのだ。確証もなにもなく勘だけで、丁度その場でミーティングをしようとしていた榛名達に「手伝ってほしい」とも言い残して。
夕立の勘は未来予知染みたところもあって信用に足るものであり、ならば駆けつけるべきと急いで榛名達は艤装を準備したが、その直後に問題が発生した。
哨戒に出ていた【阿賀野組】からヴァルファウ接近の報が上がったのだ。
対ヴァルファウ戦自体は、これから起こりうる大きな危機の中でも、特に高い確率で発生するだろうと考えていた。むしろ、提督と木曾に至ってはそろそろ【軽巡棲姫】が痺れを切らす頃合いだと踏んでさえいた。まだまだ完全とは言えないが、既に厄介な輸送機や巨人を撃退する策は編み出して、虎視眈々と準備を進めていたのだ。
しかし。
第二艦隊一番隊【榛名組】全員と夕立を欠いた艦隊では、作戦決行は難しいと言わざるを得なかった。
しかし。
危機に直面している響を、瑞鳳を、キラを放っておくことはできない。夕立が危ないと言ったからには、手伝ってほしいと言ったからには、真実なのだ。誰かが助けにいかねばならない。
だから。
若干の作戦の変更を、決断した。ほんの数分だけ、貴重な時間を割いて、彼女達は金剛達と協議した。【榛名組】不在という陣容でも致命的な問題が発生せぬよう、作戦を修正した。戦場で阿吽の呼吸の如く意志疎通できる彼女達でも、若干の犠牲を強いるこの修正内容で本当にいいのかと逡巡した。
だから。
間に合わなかった。ほんの数分だけ、貴重な時間を割いたから、間に合わなかった。救うべき者達がそこにいたという痕跡さえ、見つけることができなかった。
仲間の行方はおろか、敵の行方までも。

 
 

なんの成果も得られなかった榛名達が、金剛ら佐世保艦隊本隊と合流した頃には既に、戦況は小康状態となっていた。

 
 

艦隊に損害はなく、逆にヴァルファウと【Titan】数体を墜としていた。
少し前までは想像もできなかった驚異的な戦果だが、カラクリは至って単純。壊れたナスカ級を陸上砲台に改造し、元々船体中央部に装備されていたビーム砲とレールガンを使用しただけだ。
艦首120cm単装高エネルギー収束火線砲と艦橋下両舷66cm連装レールガンなら、一方的に攻撃できる。
最大攻撃目標であった輸送機は初撃で右翼を貫かれ、沖縄近海へ不時着。巨人達も続け様に狙撃されてはその戦闘力を発揮できず、撃墜。突然の大損害で出鼻を挫かれた敵艦隊は浮き足立った。
本来であれば完封勝利を見込めた迎撃作戦の序盤は、ほぼ完全に艦娘達の思惑通りに進行したのだ。これでナスカ級は敵の最大攻撃目標になるだろうから、すかさず響と夕立とキラを突撃させ、アンチビーム爆雷と戦艦級の弾幕で護りを固め、瑞鳳ら空母級が制空権を獲ればそのまま勝てると考えていた作戦の、序盤は。
しかし現実の佐世保艦隊には要となる少女らがいない。防御と攻撃の両立ができない。守勢に回れば負ける。
ならば致し方ないと、【榛名組】不在という陣容でも致命的な問題が発生せぬよう修正した作戦は、ナスカ級および福江基地の損害を前提として組み込んでいた。
結果として、10時頃になると敵残存勢力は沖縄方面へ撤退し、迎撃戦は終わった。

 
 

残されたものは、完全に破壊されたナスカ級と、大半が更地になった基地、そして響達がMIAに認定された現実と重苦しい空気。真っ白な顔で蹲る暁達。

 
 

考え決断しなければならない事が、たくさんありすぎる。
木曾と金剛は一度基地内で唯一無事だった工廠に戻り、二人だけでこれからについて話し合うことにした。他の者達には頭を働かせられる余裕はなさそうで、せっかく復旧した有線通信もまたダメになってしまっていた。
今はこの二人しか、気丈に振舞ってその実当たり前のように憔悴している二人しか、決断できる者はいなかった。

 

『・・・・・・木曾。榛名の様子は?』
『完全にふさぎ込んじまってる。その内立ち直るだろうが・・・・・・時間が必要だな。榛名だけでなく、皆』
『Sorry。本当は木曾も、辛いでしょうに』
『お互い様だろう。それにオレ達までダメになったら誰が艦隊を支えるんだ。これまで艦隊の方針を決めてきて、こうも後手にしてしまったオレ達だからこそ、最後まで諸々の責任を果たさなきゃな』

 

ヴァルファウを放置すればまた復活するだろう。
沖縄周辺まで、ヴァルファウを追撃するか否か。
追撃するとして、傷ついた基地はどうするのか。
響達を探し出すべく、捜索隊も結成しなければ。
キラがいないのなら、強化計画はどうするのか。
そもそも、今の佐世保に敵を倒す力があるのか。
また、再び長崎に接近してきているらしい嵐のことも考えなければならない。嵐が来れば艦娘も深海棲艦も身動きできなくなる。どうすればいい。もう後がない。
状況は完全に、金剛達のキャパシティを超えていた。しかし提督の判断を待ってはいられない。
工廠が沈黙に呑まれる中、やがて木曾は凜として告げた。

 

『追撃しよう。福江基地には最低限の守備隊を残し、全戦力で徹底的にヤツを潰す。今攻勢に出なければ死を待つだけだ』

 

もう後がないなら、進めるところまで進め。生か死かという二択を背負い、進め。
この時期に珍しい二度目の嵐がくるのなら、まだ神様には見捨てられていないと木曾は言う。
艦娘も深海棲艦も等しく身動きできなくなるのだから、いっそ嵐に基地と鎮守府を守ってもらうのだ。その間に佐世保全艦隊は南進、鹿児島の鹿屋基地にも再度協力を要請し、嵐が五島列島を抜けるまでに不時着したヴァルファウを破壊して帰投する。
ハードな強行軍になるが、これをクリアできなければそもそも佐世保鎮守府に未来はないし、今にも精神的に完全崩壊しそうな佐世保艦隊には進撃(仇討)という麻薬が必要でもあった。
また、響達の捜索については、完全に人間達に任せることにした。生きていればきっと福江島周辺にいるはずで、彼女らを探すなら哨戒艦や鎮守府陸上部隊のほうが適任だ。艦娘は完全に戦力として運用する。

 

『夕立達が戦ったっていうMobile Suitsはどうするつもりデス? 真相不明のまま放置したらまた同じことがRepeatヨ』
『そうだな。オレ達は響達も、響達を襲った敵も、見つけられなかったからな。正直判断に困るってのが本音だが』

 

もっともな指摘に木曾は一度大きく頷くと、無人となった工廠を見渡した。
痛いほど静かな、ごちゃついた空間だ。奥には主不在のストライクが鎮座していて、喪った存在の大きさを改めて突きつけられているような気分になる。今になって思えば、一瞬で過ぎ去った福江基地での生活は常にこの工廠が中心だった。
ここに少し前まで、キラと響と瑞鳳と明石は入り浸っていた。他の仕事の合間に、戦闘の合間に顔を出し、意見を交わしながらあれよこれよと楽しそうに作業していた。己も含めて他の少女達も時折手伝いに来ていたが、ここはやはり彼女らの居場所になっていた。
しかし今、ここには誰もいない。
皆の修理に奔走している明石以外の、ここの主と化していた四人のうち三人は、夕立と共に何処かへ消えてしまった。客観的に、死んだと見るべきだろう。
いなくなったとわかって木曾は改めて、ここ最近はずっと戦闘も日常も、彼女らに頼りっぱなしだったことに気付く。

 

『・・・・・・しかし実際問題、響達が本当に死んでいて敵も健在だったのなら、艦娘が束になったところで勝ち目はないだろう。モビルスーツの力はお前も把握してるだろ? 佐世保鎮守府どころか、全人類そのものの危機だ。その可能性は考えるだけ無駄だ。だからオレは――』

 

あの防衛戦以来、戦闘の度に「これしか手はない。やるしかない」と何度も何度もそう思い、己に言い聞かせ決断してきた。他の者達は気付いていなかったようだが、あの小さな駆逐艦娘とその相方の技量をアテにした強攻策で以て苦難を退けてきたのだ。
参謀役が聞いて呆れる。酷いザマだ。戦闘の度に恩や借りを感じて、返そうと思って、しかし次の戦闘でまた頼って。
この基地で過ごした短い日々でだって、響とキラの仕事量は増える一方だった。積極的に手伝っていた瑞鳳だって相当根を詰めていた筈だ。でも彼女達なら大丈夫だろうと、その行動を容認してきた。
結果がこれだ。
試作兵装実験の為の演習だからって、自分達は他にやるべきことがあるからって、あの三人に単独行動させなければこんなことには。せめて目の届くところでと制限していれば。
恩や借りを返すべき相手を失った。頼りきりだったから失った。
だからこそか。

 

『――オレは響達が生きていて、敵も退けてるって都合の良すぎる可能性を信じる。今までアイツらに頼りきりだったからこそ、最後までそう信じる。信じてるから、オレ達は進むんだ』

 

最後まで信じてやらなければ嘘だ。
結局ただの考え無しで無責任なだけかもしれないが、己が信じたアイツらが生きている前提で動く。そう言い切った。また会えたら今度こそアイツらの助けになるのだと誓って、金剛も静かに頷いた。
方針は定まった。
だから無茶でもなんでも、やってみせる。
響達の分まで自分が艦隊を支えてみせる。
今までのように受け身でいればこの果てない逆境と絶望の連鎖は断ち切れない。だから断ち切る為に、木曾達は自ら敵地へ攻め込む道を採択したのだ。

 

『今度こそ本当に、もう深海棲艦どもの好きにはさせない。オレがさせない』
『DEAD or ALIVE and GO デスカ・・・・・・OK、久々の殴り込みネ。これでFinishって気概で、ケド続いていくワタシ達の未来の為に』
『責を果たすぞ、金剛』

 

最後に木曾は、ストライクを一瞥して工廠を出た。
まだ修理の終わっていない人型機動兵器、その瞳が一瞬おぼろげに煌めいたような気がしたが、錯覚だと切り伏せた。

 
 
 

 
 
 

そして佐世保艦隊は沖縄へと向かった。
同時刻、呉鎮守府。
シン・アスカはまだ、キラ達がどうなっているのか知らなかった。というのも、今現時点で佐世保の二階堂提督と呉の提督とで情報整理をしている真っ最中なのだから、シンのみならず所属艦娘全員がその現状を知るまで、まだ幾ばくかの時間が必要だった。
ウェーク島救援作戦を成功させた支援部隊が昨夜ようやく凱旋したことも相俟って、まだまだ呉の雰囲気は平穏そのものだ。

 

「あれま、シンじゃん。一人でご飯とか珍しいね~」
「・・・・・・なんだ北上か。なんか用かよ?」
「ぼっちメシでふて腐れてる英雄様の為に、このハイパー北上さまが昼食をご一緒させてしんぜよう」
「ふて腐れてねーよ。つーかその英雄様ってのヤメロ」

 

工廠の隅っこで一人、デスティニー修理部隊御用達の円卓にてわざわざ食堂から持ち込んだ肉うどんを啜っていると、どういうわけか北上と同席することになったシンがいた。
お気楽マイペースな球磨型重雷装巡洋艦三番艦の北上。佐世保所属の木曾の、姉妹艦の一人。ナイーブでつんけんしてる彼にとっては少々苦手なタイプであるところの三つ編み少女が何故か、トレイに特盛ミックスフライ定食を載っけて工廠にやって来た。

 

「ねー、天津風とプリンツは?」
「艤装修理中だよ。あんたこそなんでここに・・・・・・大井と阿武隈は一緒じゃないのか?」
「大井っちも同じく修理中で阿武隈は出撃中ー。私の艤装修理はもうちょい先なわけだから、少し寂しいよね。とりあえず隣を失礼しますよ~っと」
「ちょ、おまっ、結構強引なのな」

 

いつも大井か阿武隈と一緒にいるこの少女は、イヤな相手ではないのだが、話をしているとどうにも調子が狂ってしまう。そう、例えるなら掴所のないクラゲ。のほほんとしたクラゲが同意も得ずに隣に座ってきて、どこか居心地悪そうに身動ぎするシン。
そんな青年とは対照的に、弛緩しきった北上は早速とばかりに揚げたてコロッケに箸を伸ばす。
かと思えば。

 

「ほいコレあげる」

 

食べかけのうどんへ、ポンっと無造作にIN。
哀れ、さくさく衣が売りのコロッケはみるみるうちにスープの海に沈んでヘニョヘニョになっていく。なんということだ。いとも容易く行われた取り返しのつかない行為に、思わず真顔になった。

 

「・・・・・・なんのつもりだ?」
「テレビで知ったんだけど関東のほうにゃコロッケ蕎麦なる文化があるみたいでさー。汁吸ってぐずぐずになったコロッケもまた美味しいらしいねぇ。・・・・・・うどんで代用できるかは知らないけど」
「そうなのか。いや、そうでなく」
「お近づきの印と、お疲れさま&ありがとうの第一弾ってことで。おかげで無事に帰ってこれたわけだからね、私は」

 

なるほどそれが本題か。いきなりなんだコイツと思ったものだが。
よかった、無駄に犠牲になったコロッケはなかったんだ。

 

「ああ、そうか。あん時ウェーク島にいたんだっけか、あんたは」
「呉艦隊主力の、ミッドウェー包囲網の一員として丁度ね。いやーマジでもうダメかと思ったわ。そしたらあのロボット・・・・・・ディスティニーだっけかがカッ飛んできて? そりゃ英雄様と言いたくなるもんですよ」
「デスティニーな。俺はアイツらを運んだだけだぞ」
「まさか。【姫】級と【要塞】級を炭にしといて」

 

先日11月11日に決行したウェーク島救援作戦での顛末を思い出す。
この世界でのシンの初陣は、実に単純なミッションだった。馬車役となったデスティニーで天津風ら支援部隊を詰め込んだコンテナを運搬し、後退中の西太平洋戦線を支援するだけ。
その際に邪魔になりそうな深海棲艦を何体かビームライフルで焼き払ったりしたが、それがまた効果覿面で、艦娘達はあっという間に勢いを取り戻して戦況を拮抗させた。
すると横須賀からの援軍も間に合い、墜とされた偵察衛星の代わりに大量の水上偵察機を動員させて、辛うじてウェーク島は陥落の危機から脱する。翌日になると事態を把握したアメリカとロシアが動き出し、他の戦線を後退させてでも援軍を出してくれたおかげで逆襲に転じ、肝心要のミッドウェー包囲網維持を実現したのだった。
それを見届けたシン達が小笠原諸島沖に待機していた輸送船と合流し、呉へと帰還したのが昨夜のこと。
懸案事項としては、デスティニーを目撃した他鎮守府の艦娘が上へと報告しないでくれるかだが、そこはもう口約束と義理人情を信じる他ないだろう。

 

「【姫】級と【要塞】級? ・・・・・・妙に目立つのがいたけどアイツらってやっぱ、かなりの強敵だったのか?」
「ラスボス並。おかげで【姫】のほうはこの元祖重雷装巡洋艦北上さまが魚雷全弾命中させて、大和と共同で撃沈した扱いになってましてねー。【要塞】はビッグセブンズと一航戦の戦果になったんだっけか。あれでライフルの威力とか、じゃあキャノンを使ったらどうなるんだって私としては興味津々なわけですよっと」
「・・・・・・正直言うけど、もし万全だったら単騎で制圧できてたんじゃねーか」
「次元が違うわー。対艦兵器モビルスーツの最新型たるデスティニーさんは超戦略級機動兵器(ワン・マン・フォース)でございますか。ウチの提督が隠したがるわけだねぇ」

 

それほどのパワーを秘めているからこそ、デスティニーの存在は未だ呉鎮守府関係者しか知り得ない最高機密となっている。
なにせ、兵器なのだ。異世界の地球人類が純然たる科学のみで建造した、個人用の機動兵器なのだ。それはつまり、ボタン一つで誰でもコントロールできることを意味する。正確に言えば【GRMF-EX13F ライオット・デスティニー】はシン・アスカの生体認証がなければ戦えないのだが、雑に動かすだけなら遺伝子操作を施していないナチュラルでも可能だ。そんな物騒なものを、まだこの世界に広く開示するわけにはいかない。
何故なら。

 

「そりゃ隠さないとマズいことになるって俺でもわかるさ。戦力を艦娘に依存しきっているこの世界の軍にとって、モビルスーツなんて喉から手が出るほどだろうしな。正直なとこ、ここに保護されてなかったらと思うとゾッとするよ」

 

この国の上層部にも勿論、艦娘を私的に利用しようとする者がいるからだ。
単純に私兵として己が権力を絶対のものにしようと目論む者、逆に支援の名目で媚びへつらい己のイメージアップを狙う者、或いは唯オンナとして欲望の捌け口にしようとする者など。そして誰もが口を揃えてこう嘯くのだ。「君達の苦労は理解している。だがこれは未来の為に必要なことなのだ」と――
人間社会として実に当たり前のことで、揺るぎようのない現実。どんなに真面目で潔白な者が頑張ろうと、これだけは絶対に防ぎようのない現実。不逞の徒の暗躍は古今東西、実在する。

 
 

故に、シンとデスティニーは呉鎮守府で活動していても、公式には「いない者」として扱われている。

 
 

おかげで愛機から遠く離れないよう行動範囲を制限され、常に艦娘の護衛がつくようになったが、そうでもしないとシンの身が危ないからと呉の提督が計らってくれた経緯があった。実際、シンに対する軍令部からのちょっかいは提督が防いでくれているのだ。もしもウェーク島で会った艦娘達との口約束を反故されて、デスティニーの存在が正式に他鎮守府提督ひいては軍令部の耳に入れば、間違いなく面倒なことになるだろう。
単純であったシンの初陣にも実は、そのようなリスクがあったのだ。
余談だが、11月21日に予定していた佐世保行きの件にもこの問題が深く関わっている。訳ありVIPのシン・アスカが呉から離れるには愛機と一緒でなければならず、となると輸送船で海路を進まねばならず、どの道護衛が必要になるからこそビスマルクら出向防衛組と入れ替わりでという面倒な条件が出されたのだ。尤も、状況がこうも混乱しては予定なんぞとっくに白紙に戻っているが。
更に余談だが、呉のデスティニーと違って、佐世保の【GAT-X105 ストライク】と【GAT-X102 デュエル】の存在は既に軍令部へ報告されている。
鎮守府の一戦力として運用しているからそもそも隠しようがなく、またキラ自身が艦娘と同じようなヒトデナシになっていることもあって、いっそ公式に艦娘と同一なる存在として登録しているらしい。こうなると逆に、艦娘に戦ってもらうことを第一としている軍令部は手出しできなくなるから安全なのだとか。だからこの世界では、異世界からの漂流者はキラ唯一人だけということになっているのだ。

 

「人類から艦娘を護るのが提督の仕事って言ってたな、あの人は」
「いつの時代も、この混迷する今を切り抜けた先にある輝かしい未来ってヤツを独占したがる野郎はいるもんだからねー。度し難いですよホント・・・・・・ほいご馳走様でしたっと」

 

纏めるようにそう言ってから北上は定食を平らげたが、席を立つ様子はない。まだ聞きたいことがあると真っ黒な瞳が物語っており、シンもぐずぐずになったコロッケを咀嚼しながら、観念して付き合うことにした。
さて、と青年は思う。
これまであまり接点があったとは言いづらいノンビリのほほんとした風情の少女は、己に何を求めているのだろう。いや、改まって考えるまでもないのだ。柄ではないが彼女の言動を元に、次に彼女が切り出すであろう話題を予測してみる。

 

「でさぁシン、私的にはこれが一番訊きたかったんだけどさ――」
「先に言っとくけど、デスティニーはもうホントに動かないぞ。どうやったって完全修復は無理だ」
「――あら、見え見えだったのね。・・・・・・うひー。まぁ、しゃあないのはわかってますけどさぁ」

 

その質問が間違いなく来るだろうなと予測して、というかそれしか思い当たらなくて、間髪入れずに現実を突きつけてやると北上はぐんにゃりと円卓に伏した。「もうちょっとぐらい夢見させてくれてもいーじゃなーい」と小さくぶーたれる。
気持ちはよく分かる。立場が反対ならシンだって同じ楽観的希望を持つことだろう。

 

「あのな北上。俺だってデスティニーが直らないと困るんだっての。つーか死活問題だ」
「あーなんだっけワルキューレだかなんだか、シンは元の世界に帰らなきゃいけないんだもんねぇ。・・・・・・そーいやもうすぐ佐世保からモビルスーツ届くじゃない。それ使ってニコイチとかは?」
「無理。インチとセンチみたいなもんで規格が全然違うからな・・・・・・そもそも研究と増産の為に送られてくるんだから勝手に使えねぇよ」
「世知辛ーい」

 

たとえ「いないもの」扱いでも、現実問題として、デスティニーが艦娘達と戦線に与えた影響は絶大極まりない。
たった一機の、その一端だけであろうとも戦局を一変させる力が実在するのだとしたら、誰だってそれに縋りたくなるものだ。それが「もう壊れました無理です」と言われて素直に納得できるかと言われれば、難しいと答えるしかない。
けれど本当に直しようが無いのである。
デスティニーは単騎での戦場制圧を望まれるGRMF-EXナンバーの最新型で、故郷のC.E.ですら規格外の存在だった。使用しているパーツも技術も旧世代機のものとは一線を画し、当然互換性は一切無い。現状、心臓部たるUC型デュートリオン核融合炉が完全にダウンしてしまった愛機が復活する可能性は、殆どゼロである。
この世界に来た時点でかなりガタついていたが、ウェーク島救援作戦での戦闘いよいよ力尽きてしまった。それに見合う戦果は挙げたし後悔もしてないが、これからのことを考えると気が重くなってしまうシンである。
仮にデスティニーを完全に稼働させるには、絶対条件として、他のGRMF-EXナンバーからパーツを拝借しなければ。そんなものは考えるまでもなく、そんじょそこらに転がっているものではない。

 

「・・・・・・ニコイチ、か」
「? どったのシン?」

 

GRMF-EXナンバーはそんじょそこらに転がっているものではない。
しかし。
しかしシンには一つだけ、他の誰にも明かしていない心当たりが、一つだけあった。愛機が復活する可能性は殆どゼロであるが、殆どということはつまり、そういうこと。
この時空間転移の原因がヴァルキュリア‐システムだとして、その発動時の状況が、位置関係が記憶している通りなら。

 

(この世界にヴァルファウとナスカ級が来てるってんなら、間違いなくアレも何処かにある筈なんだよな)

 

佐世保からの報告にあった大気圏内用大型輸送機・ヴァルファウはきっと、ナカジマ隊のもの。宇宙用モビルスーツ搭載型高速駆逐艦・ナスカ級はきっと、ラドル隊のもの。そう仮定して、時空間転移に巻き込まれた範囲を試算すれば。
必ずアレも、この世界に来ているのだ。

 
 

【GRMF-EX10A エクセリオン・フリーダム】。

 
 

キラ・ヤマト本来の機体。デスティニーと同時期にロールアウトした、名実共にC.E.最強のモビルスーツ。
この世界の何処かに、確実に存在する。所在はわからない。
小惑星基地が台湾周辺に落着したのにキラが長崎県沖で、シンが高知県沖で発見されたように転移先の座標は割とバラバラなのだから、フリーダムがどこに落ちたかなんて見当もつかないし、もしかしたら壊れているかもしれないし、深海棲艦に鹵獲されている可能性もある。
とても探し出せるものではないし、もし敵として現れたら人類絶滅一直線だ。そんなフリーダムを運良く手に入れられたらデスティニーは修理できるかもしれない。口外すれば無駄に恐怖心を煽るだけの、その程度の心当たりがシンにはあった。

 

(考えたって意味ないな。とりあえずデスティニーは思い切って、バッテリー駆動仕様に改造してみるしかないか。これから送られてくるザクのバッテリーぐらいなら私用に使っても大丈夫だろ、たぶん)

 

上手く事が進めば、スペックダウンした愛機で小一時間程度の戦闘なら可能になる。まずはそれを目指してまた整備を頑張るかと青年が決心したところで、なんとなく北上の言ったニコイチという単語が気になった。

 
 

ニコイチ。複数の個体から一つの個体を構成すること。

 
 

さっきはすげなく無理といったが、ザクのバッテリーをデスティニーへ移植ぐらいはできる。完全修復が不可能なのに変わりないが、過酷な現場ならツギハギで兵器を応急処置することはザラ。というか戦場の常だ。
だというのに。

 

「北上。そういやちょっと疑問なんだけど」
「んー?」

 

シンは歴史に疎いし、更には第二次世界大戦以前の軍事なんぞまったくもってからっきしだが。だが旧ザフトのアカデミーで、教官のコラム(趣味話)として、過去にイギリスの艦艇がニコイチで修復されたことがあると教わったことがあった。
イギリス海軍のトライバル級駆逐艦ズビアン。艦首を喪った九番艦ヌビアンと艦尾を喪った十二番艦ズールーを合体させて爆誕した世にも珍しいパーフェクトニコイチ艦艇だとか。また最近知ったことだが、他にも艦艇時代の【天津風】も艦首を喪ったことがあって、一時期ツギハギの仮艦首で活動したのだという。【響】も大破の常連で、軽度のツギハギ修理なら艦艇でも珍しいことではなかったそうな。
だというのに、そういえば、艦娘がニコイチで、ツギハギで修理したという話はまったく聞いたことがなかった。
例えば目前でうだーっとだらけている北上は修理待ちで、現在修理中の大井は球磨型重雷装巡洋艦四番艦、つまり姉妹艦で艤装にも共通点が多い。ミッドウェー包囲網が維持できてるとはいえこの切羽詰まった戦況、呉主力の二人を順番にノンビリ修理するより、ニコイチでどちらかを早急に戦線復帰させたほうが良さそうなものだが。

 

「艦娘の艤装ってニコイチとかしないのか?」
「無理」

 

今度はシンがすげなく即答される番だった。

 

「なんで。あんたと大井ならできそうじゃないか」
「その発言、大井っちが狂喜乱舞するから二度と言わないように。これ以上愛が重くなったら流石の北上さまも持て余しますよ」
「はぁ?」

 

珍しく真面目くさった貌をする北上だが、正直意味がわからないシンである。眉根を寄せる男に対して少女は「なにか勘違いしてるみたいだけど」と前置きをしてから、出来の悪い教え子に言って聞かせるように姿勢を正して言う。
その内容は確かに、シンの常識から大きく外れたところにあった。

 

「私ら艦娘の本体は、艤装なわけですよ。元々艤装って単語は、容れ物たる船体に搭載される機関や武装一式のことを指すものだけど・・・・・・艦娘の場合は因果関係が逆でさ」
「?」
「艤装があって初めて、意志総体を宿す肉体が顕現するの。艤装こそが魂であり心臓。艤装ありきで、私らの船体、肉体が構成される関係なのですよ」

 

装着は自由だけど、艦娘としては装備している状態こそが自然体のソレ。
艦艇の砲塔や艦首等を模し、艦娘の躰と密接にリンクしている摩訶不思議な存在である艤装はただの兵器・機械ではなく、現人類が思い描く物理法則がまったく通用しない原理原則で動いている。
艦娘の意思一つで空間を超えて自動的に装着することや、砲弾が腹部や頭部に命中したとしてもダメージの殆どを艤装に引き受けさせることだって可能にする。艦娘は多少の被弾じゃ怪我をしないし、仮に四肢を喪っても活動することができる。でも完全に破壊されてしまえば魂と躰のリンクが途切れて全身不随になってしまうし、最悪、肉体が消滅してしまう事例も確認されている。
艦娘はヒトデナシ。
沈んだ艦艇と搭乗員の記憶をベースに魂を構成し、肉体を構成し、生まれながらにして戦う力を備えた超常の少女達。厳密には物理的な肉体を持たない、生まれてから死ぬまでずっと同じ姿形を保ち続ける霊的存在。
この世に生まれた直後は、戦い方を記憶として知ってるから戦い、時間が経てばお腹が減ることを記憶として知っているから食事を摂り、睡眠の必要性を記憶として知っているから眠るという、それこそ本当に人間とはいえない哲学的ゾンビそのままだった少女達。
艤装に大規模な改装を施せば、比例して容姿までもが変わってしまう少女達。
それもこれも、艦娘の躰が艤装から生まれ落ちた存在であることの証左だった。そんなものを、ボタン一つで誰でもコントロールできる普通の兵器と同じように扱うことはできない。

 

「魂をニコイチしたら、どうなると思う? というか、できると思う?」

 

魂の統合は、意志総体と肉体にどのような影響を与えるだろう。
容姿と人格が混ざり合うのか、二重人格のようになるのか、片方が吸収されて消えるのか、拒絶反応が起きて二人諸共崩壊してしまうのか、それともまったく新しい魂が生まれるのか。

 

「・・・・・・実験したこと、あるのか?」
「ないよ。でも想像つくでしょ、誰でも。・・・・・・そんなの私らにとっちゃ恐怖でしかないって」

 

艦娘をニコイチする実験が行われなかった理由は三つある。
一つは、艦娘に依存して艦娘に戦ってもらうことを第一としている軍令部は、当の艦娘が拒否することを強行できないこと。
二つは、ただでさえ少ない貴重な艦娘の頭数を減らしたくないという現実的な判断から。
三つは、そもそもニコイチしなければならないほど重症を負った艦娘が、二人以上同時に帰還してきた試しがないことだ。艦種問わず轟沈した艦娘のサルベージは、未だ成功例が無い。
結果として艦娘ニコイチ修理論は、実験することなく不可能として結論づけられた。

 

「・・・・・・軽はずみな質問だったな。悪かった」
「ま、私個人としちゃ学術的興味はあるんだけどね~。あと明石も夕張も、天津風も」
「おい」

 

あっけらかんと北上は言う。

 

「私も一応、艦艇時代は工作艦やってた時期もあってさ。流石に明石大先生とその弟子達ほどの腕じゃないし、今じゃ天津風のほうが実力あるけどねー。でも普通の艦娘よりかは詳しいつもりだし、ニコイチしたらどうなるかってのは知りたいところだねぇ」
「さっきと言ってること違うじゃないか!」
「勿論実験するつもりはないよ? でも結果は気になるじゃない」

 

怖いもの見たさというか、技術者の血というヤツだろうか。脱力してズルリと椅子から落ちかかったシンである。
お気楽マイペースな北上はそんなリアクションを無視して、実にイイ顔で言葉を紡いでいく。

 

「明石と天津風は、拒絶反応で崩壊説を推してたっけ。一方夕張は人格統合説で、私も二重人格説でイケなくはないんじゃない派」
「いや訊いてねぇよ。つーか明石と夕張って誰だよ」
「明石は艤装修理の第一人者でスペシャリスト。夕張はその弟子1号で2号が天津風ね。ちなみに最近3号候補が見つかったとか」
「どうでもいいっすー」
「拒絶反応もわかるけどね。でも艦娘同士の相性によっちゃ馴染んでくれると思うんだよねー、私は。例えばとんでもなく自己否定してる娘と、とんでもないお人好しの組み合わせだったらイケそうな気がしない?」

 

己の得意分野となると饒舌になってテンションうなぎ登りになるのが技術者というもので、それをキラという男から苦い思い出で悟っている青年は「はやくザク届かないかなー。それか天津風かプリンツ来てくれないかなー」と聞き流す姿勢に移る。
少なくとも訊きたいことは聞けたのだ。これ以上実現しそうにない夢想に想いを馳せたところでどうなるというのか。とりあえず、さっさと冷め切ったうどんを平らげて食器を返そうと決める。
だが残念ながら、気に入られてしまったのか、その後5分近く北上の蘊蓄や妄言を聞き続けるハメになってしまった。
救いの手は、11月14日の、11時27分。
それは、その時になってようやく呉鎮守府全体に知れ渡った、キラ・ヒビキら四人のMIAと福江基地放棄の報だった。

 
 

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