《第24話:イーブンフロウ》

Last-modified: 2021-02-23 (火) 21:57:43

 世界中で様々な思惑が交錯し、砲火が入り乱れる11月21日の朝。
 呉、舞鶴、そして横須賀から出航した大規模輸送船団が、第二次ヘブンズ・ドア作戦の肝となる種子島を経由して遂に、最終目的地である佐世保に到着する予定の日。そんな日であるからして、当然、佐世保艦隊の誰もが大忙しに大海原を駆け回っていた。
 未だにキラと響と瑞鳳が復帰できずにいる【榛名組】も例外ではない。彼女達は今日もまた戦っている。
 敵は泥沼の消耗戦を仕掛けてきた。これに対し燃料弾薬が底をつきかけている佐世保艦隊は防衛ラインを下げたうえで東奔西走、相も変わらず福江島に押し寄せる深海棲艦を迎撃し、かつ輸送船団の航路も確保する日々に追われた。
 疲労は既にピークに達しているが、念願の補給物資を満載した輸送船団の到着まであと僅か。ここが正念場である。
「……よし、この近辺はクリアですね。これより【榛名組】は第三コンテナへ帰投。応急修理と装備換装が済み次第、再度出撃します」
「ぅあーもー、主力っぽいのを叩いても叩いてもキリないねぇワラワラと。敵さんもそろそろ諦めて引きこもってくれたらいいのにさー」
「同感だな。だがこの輸送作戦がオレ達の生命線だって理解してるんだろう、向こうも必死になるだろうさ。ともあれ祥鳳、暁、時雨、まずはご苦労だった。苦しい状況は続くが、これからも頼りにさせてもらうぜ」
 榛名が指示し、鈴谷が脱力し、木曾が労う。
 それに瑞鳳と響とキラの代わりに臨時編入した三人がそれぞれのリアクションで応え、もう幾度目かもわからない迎撃戦を勝利で飾った六人は一度、一時的な拠点として福江島近海に多数浮かせている補給コンテナへ向かった。かつての防衛戦の折に、キラと初めて合流して一緒に羊羹を食べたあのコンテナだ。
 その道中。
「っと、続報来たよ榛名。南西から、甑島列島に向けて高速航行する敵艦隊を発見したって。大規模水上打撃部隊。船団は20分後に甑島近海で接敵する見込みだってさ」
「提督の予測通りですね。急ぎましょう」
 ついさっきまでフニャフニャに力を抜いていた鈴谷だったが、少し真剣な面持ちになると真新しいヘッドギアを片手で押さえながら報告した。先行量産されたNJ環境下対応型無線による通信だった。
 甑島列島。鹿児島県西方沖の、佐世保と種子島の丁度中間に位置する島々。輸送船団が絶対に通過する海域に、敵主力艦隊が向かっているという。南西からとなれば間違いなく、敵は台湾を陣取る例の深海棲艦群の尖兵で、狙いは考えるまでもなく輸送船の破壊に違いない。もはや佐世保の宿敵とさえ言ってもいいヤツらからすればむしろ狙わない道理がなく、自然な流れとも言える。
 予測できていたことだ。これに対応する為に【榛名組】は装備を換装し、救援に向かう予定であった。
「予測通り、ですか。けれどこうもドンピシャで来るなんて」
 誰に聞かせるでもなく、榛名は小さく独りごちた。
 敵は輸送船を破壊する為に動いている。だがそれは自然といえども、現状を考えると些か不自然だ。
 なにせ輸送船団が種子島から出発したのは、つい数十分前のことなのだから。それを沖縄周辺に隠れていたであろう深海棲艦が確認してから出撃したとしても距離的に船団に追いつくことなど――ましてや甑島近海で戦闘など不可能なのだ、本来なら。空を飛べれば話は別だが、生憎ヴァルファウは完全に木っ端微塵にさせてもらった。
 だというのに現状、敵は来た。まるで今日このタイミングで船団が出発することを知っていたかのように、前もって艦隊を伏せてなければありえない。
 ならばそれが正解だ。敵は全てを知ったうえで事前に行動している。
 榛名は根拠を求めるように蒼い空を仰ぐ。
「宇宙……。大気圏との境目は海抜高度たったの100km……近いようで遠いですね、榛名達には」
「佐世保から福江島までが100kmだってのにな。横なら目と鼻の先でも、縦になれば途方もない。それをクリアして自由に往き来できる力なら、そりゃ脅威になるってもんだ」
 すると、ほぼ同じことを考えていたのかもしれない。同じく空を見上げた木曾が真面目なのか茶化してるのか微妙な声音で応えた。
 根拠。深海棲艦が現状を可能とする要素を、人類側は一つだけ知っている。
 スカイグラスパーだ。型式番号FX-550。かつて一度だけ遭遇し、キラが討ち損ねたあの異界の戦闘機は今も、この空の何処かを飛んでいるのだろう。
 超高高度どころか高度36,000kmの静止衛星軌道までも飛行できるあの戦闘機は、人類側が運用していた偵察衛星を墜としただけでなく、挿げ替えるようにまるっきり同じ役割を担って深海棲艦側の目になっていると推測しているのだ、世界は。おかげで人類側の行動が全て筒抜け、見事に諜報能力と立場を逆転された状態にある。
 勿論スカイグラスパーでない可能性もある。あるが、なんにせよ敵が超高高度から地表を監視しているのは此度の襲撃で確実であると実証された。この状況が続けば、人類は全滅するまで戦略的敗北を重ねることになる。
 中々ぞっとしない話である。つい先月まで偵察衛星の恩恵にあやかっていた身ではあるが、敵に一方的に監視されて愉快な気分になる者はいない。直接的な不利益を被るなら尚更のこと。
 この連日の戦いだってそうだ。もう何度も敵の大規模艦隊を壊滅に追いやって、普通ならこれ以上の損耗を嫌って消極的な動きになる筈なのに、今もこうして敵が消耗戦で挑んでくるのは佐世保の現状を察知しているからだ。燃料弾薬がなければ戦えない艦娘を撃破するなら確かに今が好機で、戦力を使い潰す戦法も納得できる。
 しかし、
「でも、だからこそ裏をかける。オレは好きだぜ、こういう一回限りの作戦」
 対抗策は既に発動している。
 この輸送と偵察衛星の再度打ち上げを目的とする第二次ヘブンズ・ドア作戦は、スカイグラスパーに監視されていることを大前提で計画され、今まさに順調に進行している。
 敵に監視されていなければ、この作戦を遂行する意味すらない。そして実際に深海棲艦は人類側が予測した通りに動いてくれている。これは好機以外のなにものでもなく、晴れて監視が確実のものと断定できたのならば、また逆転できる可能性は充分に高くなった。
 この状況ならば敵はきっとこう動くだろうという推測がそのままドンピシャで実現してくれて万々歳、どうも罠に掛かってくれてありがとうとさえ言いたい。謀略でいつまでも後手に回っているほど人類の歴史は浅くなく、上手く事が運べばこれからの戦いは人類にとっても榛名達にとっても、キラにとってもリベンジマッチになるだろう。
 あとは可及的速やかに敵戦力を排除するだけ。その為にも早く装備を整えて、輸送船団の援護に駆けつけなければ。
「ですね。榛名もそう……――っくちゅん!」
「んぉ、大丈夫? はいティッシュ」
「あ、ありがとうございます鈴谷……、……ちょっと大丈夫じゃないかも、ですねこれは。……それにしても急に冷え込んできましたね」
「すっかり冬がキターって感じだもんねぇ。寒いねぇ、お風呂入りたいねぇ」
 しかし、だ。
 いくら予測通りの展開かつ精神的ガッツが溢れていようともキツいものはキツい。敵は日々強く――というより最適化されてきて、資源不足も相俟って一瞬のミスが命取り。弱音はもう絶対に吐かないと決めていても連日の激戦でフィジカルは限界を超えつつある。
 気候はもう冬。加速度的に冷たくなるばかりの風は、疲れきった身体を貫いて心まで凍てつかせる。この心の寒々しさは防寒着と気力だけでは防げそうになかった。
「流石にこうも疲れが溜ってると、この北風は堪えるよな……、……っと、見えてきたなコンテナ」
「……あれ? ちょっと待って榛名。なんかボートが横付けされてるんだけど」
 それでもここさえ乗り切れれば、という希望で鞭打ちながら航行していれば、視線の先には洋上にぷかぷか浮かぶ補給コンテナ。だがその隣に無人の、小型ながらも厳ついボートが停めてあると鈴谷が報告した。
 以前MIAになっていたキラ達を救出する際に使われたものと同型の最新鋭軍用高速ボート……予定にない、あえて大袈裟に言えば予測外の事態だった。
 とはいえコンテナ内に誰かがいるらしいだけのこと。それに誰か、といってもなんとなく判るような気がして、榛名達は特に警戒せずにそのまま進んだ。コンテナ外周の足場に乗り移ると同時に質量制御、己の砲の反動と波に耐えるための艦の重量から普通の女の子としての体重に切り替え、全身と融合している艤装パーツはそのままに、先頭の鈴谷が照明に満たされたコンテナ内への扉を開く。
 すると、
「あ、おかえりみんな。いいタイミングだったみたいだね」
「やっぱりキラっちだ。なんでこっちに? 支度はもういいの?」
「うん、後は補給船待ちだからやることなくって。艤装の修理とかなら手伝えるからさ」
 のほほんとした顔のキラが六人の少女を出迎えた。
 怪我はすっかり完治してまた作業用のツナギを着るようになった彼は、まさしく予想通りの人物だった。
 だがこの作戦のキーパーソンであるところの彼には佐世保工廠での仕事がある筈で、何故ここにいるのだろうと思慮深い榛名と木曾は一瞬考えかけたが、こういう時に素直に問いかけられるのが鈴谷の良いところだ。これにキラも何も気負ったところもなく気楽に応える。
 意外な展開ではあったが拒否する理由は一つもないし、なによりもうこの男は信頼できる仲間だ。願ってもない申し出に、二人も素直に甘えることにした。
「そいつは助かる。なら頼んでいいか?」
「ですね、お願いします。暁さんの砲が上手く動かないようなので診てもらえますか?」
「わかった。じゃあ診せてもらっていいかな、暁ちゃん」
 立ち話もそこそこに外に出て作業に取りかかれば、随分と整備の腕を上げたキラの活躍もあって予定より早く再出撃の準備が整った。
 けれど、それ以上に。
「じゃあ、行ってきますねキラさん。……ご武運を」
「みんなもね。気をつけて……それとこれ、響と瑞鳳から」
 渡された六人分の包みに、彼が今ここに来た本当の理由がわかった気がして、もうとっくに限界だと思っていた身体の奥から力が湧いてきた。
 同じ艦隊の仲間でありながらもなかなか共に戦えない三人からの、言葉や気合い以上の大きな想いを貰ったから。
 なればこそ。
 新たに長大な砲塔を二本担いだ榛名を先頭に、想いと力を得た六人の少女はまた海に立つ。

 
 
 
 

《第24話:イーブンフロウ》

 
 
 
 

 鹿児島県西方沖、甑島列島近海。
「こちら加賀、敵艦隊の増速を確認。無理矢理にでも……という腹積もりかしら」
「ヤツらめ、最初から特攻狙いか……! 旗艦サウスダコタから全艦へ! 取舵30、第四戦速、All weapons free、射程に入り次第攻撃開始! 砲身が焼きついても構わん、残弾も気にするな!!」
「あと少しで佐世保勢力圏、向こうからすればここが勝負所でしょう。凌ぎきれば私達の勝ちです」
 大規模輸送船団の護衛役、佐世保を除く全鎮守府からの選抜によって編成された連合護衛艦隊は戦っていた。
 戦況は均衡。
 敵は艦隊を二つに分け、片や戦艦と空母といった大型艦は長距離支援攻撃、片や駆逐艦や巡洋艦といった足の速い小型艦は突撃という布陣で仕掛けてきている。なんとしても連合艦隊を突破してその後方、東を航行する輸送船団を撃沈したいのだろう。
 これを退けて全艦無事に佐世保へ入港することが、少女達に課せられた任務だ。
 ウェーク島前線基地から緊急招集された呉鎮守府所属のサウスダコタを艦隊総旗艦とし、同じく招集された横須賀鎮守府所属の加賀を補佐役とした艦隊は今のところ、まだ余裕を持って迎撃できている。が、しかし。喧嘩番長という渾名が似合いそうなアメリカ生まれの戦艦サウスダコタは己の拳と掌をバシンッ! と打ち合わせると、忌々しげに眉を顰めた。
「我武者羅に攻めてくる前衛と、堅実かつ慎重に支援してくる後衛……やるじゃねぇか。こちとら狙ってくださいとでも言わんばかりのデカブツ背負ってるからな、自由に動けない相手には有効な手だ。そしてダメ押しに――」
 瞬間。
 それに呼応するようにして、青く澄み渡った西の水平線に一瞬の光。
 空母と戦艦による長距離戦、その入り乱れる砲火を掻き消すほどまでに鮮やかな迸りが連合艦隊の頭上でほつれた。直前に展開されたアンチビーム爆雷による特殊粒子力場が、飛来してきた荷電粒子の矢を分解したのだ。
 ビーム兵器の光。
 異世界の力の代名詞。敵は例の巨人、コードネーム【Titan】二体を中核とした、大規模水上打撃部隊である。
 佐世保艦隊以外の者達にとって初の対ビーム戦。異世界の力の存在は佐世保鎮守府からの報告書というカタチで全世界に共有されているが、それでも殆どの艦娘が初めて目にする光線に、艦隊に僅かながら動揺が走る。
 出現当初こそ単独行動ばかりしていたが最近では集団で現れるようになり、また全体的な性能も向上しているらしい二体の巨人は敵前衛に混じって、もう目視できる距離まで来ていた。
「――私らが全火力を集中させにゃならん高脅威目標もセットときた。こりゃちっと難儀しそうだ」
「防御手段があるだけマシでしょう。既に情報を得ている私達が怖じ気づいてどうするのです」
「だな。霧島と瑞鶴にできたことをできなかったとか、ウェーク島に残してきたワシントンと赤城に合わせる顔がねぇ。後れを取るわけにゃいかねぇのよ」
「言われるまでもありません」
 サウスダコタのボヤきに日本が誇る栄光の第一航空戦隊、その一翼を担う空母の加賀も長弓に矢を番えながら、いつもの涼しげな顔に些かの緊張を滲ませる。
 とはいえそれも数秒のこと。霧島と瑞鶴は、どちらもこれまでキラと響に大きく関わることはなかったが歴とした佐世保艦隊主力であり、サウスダコタと加賀にとっては因縁浅からぬ特別な艦だ。ならば佐世保を目前にして任務失敗など言語道断、気合いを入れ直す。
 二人は片や苛烈に、片や冷徹に声を張り上げて、護衛艦隊に整然とした迎撃体勢を維持させるよう努めた。
「Calm down!! 見た目は派手だが当たらなければどうということはない! 陣形そのまま、アンチビーム爆雷と弾幕を絶やすなよ!!」
「砲は全て巨人へ集中、他の小型艦は雷撃と航空隊で殲滅します。思い出しなさい。佐世保から送られた戦闘詳報、あれに従えば勝てる戦いです」
 攻撃の手は緩めない。
 連合艦隊による、秩序だった絶え間ない速射の集中砲火。通常の深海棲艦に対応するグループとは別に、対【Titan】用に編成されたグループの放つ無数の砲弾が、一斉に二体の巨人へと降り注ぐ。
 だが――百聞は一見にしかずというが、敵の機動性は想像以上のもので、砲撃は全て虚しくヒラリヒラリと躱された。あの機動力ときたら、仮に通常の深海棲艦や艦娘が大型トラックだとしたら【Titan】は小型バイクである。撃てども撃てども命中はラッキーパンチを待つしかなく、辛うじて動きを制限するのみだ。
「……あれを避けるかよ」
 加速性能と旋回性能が段違いで、約10mの巨体だというのにまるで攻撃を当てられない。高出力スラスターによる鋭角的な動きが異質すぎて動きを予測できないのだ。艦艇の砲撃の基本である、山なりの弾道を描く長距離砲撃では命中を望むべくもない。
 かといって目視距離の直接照準で狙おうにも、高速かつ縦横無尽に海上を駆けずり回る巨人を捉えきれないだろう。砲塔旋回速度が追いつかずに、撃つ間もないまま懐に飛び込まれてしまう。根本的に従来の照準技能が通用しないのである。
 対して【Titan】からすれば接近すればするほど有利だ。
 ビーム兵器の利点は、高威力の割に低反動で、連射と取り回しに優れることにある。同威力の実体弾を一発撃つ間に、ビームなら三発以上も撃てる。そんなものを片手で振り回すヤツに高速接近されたら対処できる艦娘なんて一握りで、しかも頼みの綱であるアンチビーム爆雷は空中に特殊粒子を散布する性質上、対ビーム効果は近ければ近いほど薄れてしまうのだから、なんとしても接近戦だけは避けなくてはならない。
 そんな強敵が火力支援を受けながら、駆逐級らと一緒に突撃してきているのだ。そしてそもそも駆逐級でさえ接近されれば驚異であることに違いなく、つまりどちらもが囮であり、本命なのだろう。
 故にこうして弾幕を張って接近を阻むしかないのだが、艦隊の全火力を以てして接近を防ぐのがやっとという有様にサウスダコタは唸る。装備の違いが戦力の決定的差ではないが、これは流石に戦術と練度だけでひっくり返すのは難しい。
 厄介で面倒。
 輸送船団を護るために自由に航行できない縛りもあるが、報告書で予習していても実際に会敵してみれば相手しにくいことこの上なく、佐世保の連中は日頃からこんな化け物を撃退していると聞けば、その実力と勇気には敬服するばかりだ。
「ぬるま湯に浸かってたつもりはないが……確かにコイツは、普通にやって倒せる敵じゃねぇってか」
「そうね。……それで、どうしますかサウスダコタ? 頭を抑えて挟撃に持ち込むこともできなくはありませんが」
「Nothing ventured, nothing gainedと、殴り込みたいのは山々だがな。ここはリスクを冒す場面じゃない。まだ現状維持だ」
 強敵を相手にして血は騒ぐが、ここに来てサウスダコタは冷静だった。
 危機であることに違いはないが、絶体絶命ではない。
 繰り返しになるがこの戦闘は、敵の戦術は事前に予想できていたものだ。佐世保だけでなく全世界が、そういう認識を持っている。即ち対策もしっかり準備してきている。
 故にここで焦って勝ち急ぐ必要は皆無で、どっしり腰を据えて迎え撃つことにした。
 凌ぎきれば勝ち。連合艦隊の本分は輸送船団の護衛にあり、敵を倒すのはこの第二次ヘブンズ・ドア作戦が成功した後でなんら問題なく、更に言えばこの船団には補給物資のみならず、作戦成功の鍵も積んでいるのだ。目先の勝利に拘って輸送船が被弾でもすれば全てが水の泡になる恐れがあった。
 大事なのは膠着状態を維持すること。結局のところ連合艦隊は、弾幕を張って防御に徹するしか道がないとも言えた。
 そう内心で再確認すると、
「! ミサイル、来ます。数36、速い……!」
「迎撃!! 撃ち落とせ!!」
 敵艦隊の砲火に混じって、遂に小型ミサイルの嵐が蒼穹を彩った。
 巨人の武器はビームライフルだけではない。
 短射程高誘導高速ミサイル。ライフルと同じく【Titan】の基本武装の一つだが、ビームが無効化できるようになった今となってはむしろ此方のほうが脅威だ。並の艦載航空機よりも高速で小さい飛翔体は迎撃困難で、威力も劣らず十分に高い。
 連合艦隊は旗艦の指示に素早く応えて機銃を駆動させるが、しかし直前に敵の砲弾が海面を盛大に抉り、艦娘達の視界を塞いだ。その間にも旧ザフトのAGM138 ファイヤビーをベースとした漆黒のミサイルはぐんぐんと迫り、目標を見失った対空防御をすり抜ける。
 無数のミサイルと実体砲弾が、回避運動を封じられた連合艦隊に迫り――
「チッ!」
「小癪な……!」

 
 

「あたし達で対処するわ! ターゲット確認、マルチロック! 墜ちなさい!!」

 
 

 それを阻んだのはNJ環境下対応型短距離レーダーと連動した、あのC.E.のフリーダムを彷彿させる正確無比な弾幕。両腕に一基ずつ携えたMMI-M82 ハイドラ五銃身ビームガトリングガンを空高く掲げ、更に両肩に背負ったAQM/E-M11 ドッペルホルン連装無反動砲をも駆使した天津風だった。
 その隣のプリンツ・オイゲンや由良も同様に弾幕を展開しつつ、また僚艦に命中しそうな砲弾を携行式大型フェイズシフト製シールドで弾く。無論、二人だけではない。佐世保から託され、呉で研究複製し、舞鶴の夕張が今この瞬間まで最終調整を続けていた新兵装、その先行量産型をひっさげて戦列に加わった呉の独立特殊機動群――サポートのプロフェッショナルたる【支援部隊】の面々によって間一髪、敵の攻撃を完全にシャットアウトした。
「スマン天津風。正直助かった」
「いえ、その為のあたし達ですから。間に合って良かった」
 戦いとは常に二手三手の先を考えて行うもの。
 ぶっつけ本番かつギリギリになったが、間に合った。呉を発つ前から調整及び動作テストを続けていた新兵装は晴れて実戦投入され、早速その性能を遺憾なく発揮した。無事に動いてくれて何よりだと天津風は胸をなで下ろす。
 これで条件は対等。
 戦術と練度だけでひっくり返すのは難しいのなら、装備で埋め合わせる。異世界の力はもう佐世保と台湾深海棲艦の専売特許ではない。連合艦隊に追い風が吹く。
「あたし達は艦隊を防御に専念するわ。本隊は全火力を攻撃に回してください」
「よし、なら任せるぞ! 総員Full Attack! つーかそもそも攻撃させない気概で狙え!!」
「了解!」
 吹いて、更に、止まらない。
 支援部隊が防御に就いたことで連合艦隊にも余裕が生まれ、【Titan】の侵攻速度を鈍らせることに成功した。これを認めて天津風はグッと拳を握る。
「天津風、今日は一段とヤル気いっぱいだねー。愛のパワー?」
「そんなんじゃないわよ、バカ風」
「バカ!? 島風のことバカって言った!? ひっどーい、こないだプリン譲ったげたのに!」
「アナタのそういうマイペースなところ、正直羨ましいって思うわ島風。見習うべきかしら」
「え、そう? ……えへへ、なんか照れるなー」
「はいはい二人ともそこまで! 来たよミサイル!」
 長年のチームメイトと馬鹿話に興じてはプリンツ・オイゲンに仲裁されると、天津風はチラリと後方の輸送船団を見て、それを最後にミサイル迎撃に集中した。
 あの船は絶対に攻撃されるわけにはいかない。
(シンが乗ってるのよ、アレには。傷の一つだってつけさせやしないわ……!)
 あの男に相棒と言われたからには、彼が危険に晒されるなんてことは許されないと、一人の戦士としてのプライドが叫んでいる。曰く愛のパワーじゃないとのことだが、実際この艦隊で最も士気が高い艦娘こそ、天津風だった。
 すると俄に本隊が、旗艦とその補佐役が慌ただしくなった。
 原因は連合艦隊の進行方向から接近してくる、一つの艦隊。
「0時方向に艦影、数6」
「何っ!? 敵か?」
「いや……、これは。前方の艦隊から発光信号、メッセージを確認」
「読み上げろ!」
 サウスダコタと加賀の問答は、少し離れたところに位置する天津風にも聞こえてきて。
 それが意味するものに気付いた少女は軽く笑みを零して、レーザー通信にて自身が収集した戦闘データを前方の艦隊へと送る。
「――佐世保艦隊【榛名組】、戦闘に参加す! 繰り返す、【榛名組】戦闘に参加す!」
「……来たか!」
 予定よりも早い援軍の到着。決着の刻は近い。

 
 
 

 
 
 

「美味しかったですね、ロシア料理って初めて食べましたけど」
「ああ、悪くなかった。響にこんな料理スキルがあったのは正直驚きだったが……不思議な味わいが癖になりそうだな」
「こりゃますます頑張んなきゃ嘘だよね。粋な計らいをしてくれちゃってさ」
 響の作った具沢山ボルシチと、瑞鳳の作った北欧風スモークサーモンのバゲットサンド。キラから手渡された包み――響と瑞鳳のお手製弁当を食べた【榛名組】のパワーは通常の三倍を超えていた。
 負ける気がしない。一切しない。
 初めて食べたボルシチの美味しさも然ることながら保温容器のおかげでまだ熱々で、響と瑞鳳が作ってキラが持ってきたという事実も相俟って、身体の芯から心までポカポカ温まった【榛名組】は無敵。その勢いのまま連合艦隊と相対する大規模水上打撃部隊へとひた走る。
 これまで誰かに助けられてきた立場から、今度は誰かを助ける立場になって。
 ただ一つ、完全勝利だけを胸に。
「おっと、連合艦隊より発光信号を確認。我、貴艦隊の支援に徹する――だってさ。あと天津風からデータ受信、敵艦隊の編成と戦術を貰ったよ!」
「向こうの旗艦はサウスダコタですか? 流石……! 鈴谷、敵艦隊の監視は貴女に一任します」
「りょーかい! データリンク起動、システムオールグリーン。試製瑞雲改四の視覚情報をみんなに転送するよっ」
 ここで敵艦隊も【榛名組】の接近に気付き、状況は変わっていく。
 戦艦や空母といった大型艦で構成される敵後衛が増速した。悠長な援護射撃をしていられなくなり、輸送船団を直接攻撃するつもりと見受けられる。これに呼応してか小型艦と【Titan】で構成される敵前衛は左右に散開し、連合艦隊へ揺さぶりをかける。その様が上空を舞う鈴谷の艦載機の目を通して、データリンク機能を介して【榛名組】全員の脳に共有された。
 その視覚情報と天津風から貰ったデータを吟味して、ならばまず、遙か遠方でありながらやたら目立つ巨人を潰すと榛名は決めた。連合艦隊の火力を他深海棲艦へ集中できるようにすれば、この戦いは勝てる。
 この日のためにキラと明石が頑張って揃えてくれた新兵装と、これまで研鑽してきた戦闘経験とを組み合わせれば鬼に金棒。不可能はないと確信できた。
「――よし! 榛名達はこれより連合艦隊と挟撃して【Titan】を討ちます! 祥鳳は防空集中、鈴谷は索敵と脅威度判定、木曾は航路分析と先導、暁さんと時雨さんは木曾と組んでください。一点強行突破で行きますよ!!」
 榛名が声高々に叫び、両舷の38cm三連装砲改二と、両肩に一門ずつ担いだバズーカ型350mmレールキャノン・ゲイボルグを斉射する。
 これを合図とし、
「了解です! 瑞鳳の分まで頑張ります!」
 祥鳳が、
「応ともさ! 改修された鈴谷達の新しい力、見せつけてやろーじゃん!!」
 鈴谷が、
「暁と時雨はオレについてこい。艦載機の目は不慣れだろうが、いけるな?」
 木曾が、
「当然よ、暁は響のお姉ちゃんなんだからっ! 時雨、援護射撃お願いするわ!」
 暁が、
「お願いされたよレディ。じゃあ一つ、夕立の姉としてできるところをアピールするかな、ボクも」
 時雨が気合い充分に応えて。
 突撃開始。各々の得物を携え、小細工なしの正面突破を試みる。
 何も知らない者が見れば無謀としか思えない行為だった。なにせ高火力の敵後衛を無視して、一気にあの巨人へ接近するつもりなのだから。現に連合艦隊の何人かは「マジかアイツら」と言わんばかりに目を丸くして、サウスダコタと加賀に「目の前の敵に集中しろ」と叱咤された。
 深海棲艦も黙って見過ごす理由はなく、当然、敵後衛は【榛名組】へ長距離砲撃を浴びせる。
 しかし、
「雑魚に構ってられねぇ、最短コースで突っ切る。遅れるなよお前ら!」
「鈴谷、祥鳳、道を作りますよ。目標0時方向の駆逐群――てぇーッ!!」
 結果は驚嘆に値するものになった。
 敵の砲弾は全てギリギリのところで当たらず、少女達の周囲に虚しく水柱を立たせるのみ。響や夕立やキラのような未来予知じみた見切りも達人級の体裁きもなく、通常の艦隊としての回避運動で弾幕を抜ける。逆に、敵前衛を狙った【榛名組】の攻撃はほとんど全てが命中した。
 六人はあっという間に、直接照準を是とする目視距離内に敵を捉える。
 破竹の勢いとはこのことだ。彼女ならできる筈と解っていても、これには流石にサウスダコタと加賀も瞠目する。しかし別に不思議なことではない。
 全艦で共有した艦載機の視覚情報とNJ環境下対応型短距離レーダーの索敵情報の恩恵があればこそ。鈴谷と木曾の連携によって逐次導き出される航路を針の穴を通すような精度でなぞり、加えて精密狙撃で敵の行動を制すれば決して不可能なことではなく、オカルト的要素は一つもなかった。
 だが、言うは易しだ。実際、これを艦隊規模で実現できる部隊は極少数だろう。
 どんな高性能装備であろうと扱える実力がなければ宝の持ち腐れであるからして、この結果はただひたすらに、この一ヶ月で過酷な修羅場をくぐり抜けて来た彼女達の練度所以だった。10月25日に隕石が墜ちて以来、佐世保艦隊は世界有数の戦闘力を持つまでに至っていた。
 加えて近接機動砲撃戦は元々、佐世保艦隊の十八番である。お行儀の良い艦隊戦とはかけ離れたこういう状況に、彼女らはめっぽう強い。
「追いつきましたね。木曾、暁さん、時雨さん、突入準備は大丈夫ですか?」
「問題ない」
「任せて!」
「ボクも大丈夫」
「けっこう。砲撃後、分隊。突撃開始。鈴谷、1時から3時方向にかけてビームキャノン照射いけますか?」
 ともあれ、元より連合艦隊の猛攻に晒されていた敵前衛にとっては十字砲火となるこの攻撃に、装甲の薄い駆逐級や軽巡級はひとたまりもなく沈んでいった。
 それはつまり、均衡状態が崩れたことを意味する。
 故に、ここからが本領発揮。
「こっちはいつでもオーケー。でもいいの? こいつも試作型だから二発しか撃てないけど」
「ならば確実に当ててくださいね。……てぇーッ!!」
「よぉーし。長射程プラズマビームキャノン、発射!!」
 鈴谷が腰だめに構えた長大な砲塔から、莫大なエネルギーの奔流が放出された。
 これまで視認してきた荷電粒子ビームライフルの光弾とは比較にもならない、その大出力のプラズマビームはもはや破壊光線と呼ぶに相応しい。圧倒的威力を秘めた光線は途切れることなく進行方向正面の深海棲艦達を貫通し――
「うりゃぁ!!」
 砲塔ごと横薙ぎに振り回せば光のギロチンとなって、本来射線上にいなかった敵までをもごっそり真っ二つに溶断した。
 そして、運良くそれを逃れていたとしても。
「金剛お姉様直伝のフルバースト、今こそ!」
 炸裂した榛名の必殺フルバースト(一斉精密狙撃)によって刈り取られ、敵前衛はほぼ壊滅した。
 残るは駆逐と軽巡が数隻と【Titan】二体、そして鈍足の敵後衛のみ。応じて木曾と暁と時雨が、大将首めがけて突撃する。
 分隊。
 驚異的な機動性で三次元運動をする巨人に追随し、確実に大火力を当てる為の一瞬を創り出す為に。もう幾度も巨人と対峙してきた木曾にとっては、ここからが本番だ。
 重雷装巡洋艦としての大量の魚雷を全てバラ撒き、身軽になって加速。ここまでお膳立てされれば例の三人のような驚異的回避技能がなくとも接近は容易、未だ連合艦隊の濃密な弾幕のおかげで足止めされている二体の巨人の背中がぐんぐんと大きくなる。
「行くぞ!!」
 励声一番、発憤興起。景気良く派手にビームとミサイルを撒き散らしている片方に狙いを定め、木曾は左腕に装着した15.5cm連装速射砲改を構え、撃った。

 
 

 中口径の砲弾は不思議なぐらい素直に巨人の背中に叩き込まれ、青白い炎を吐き出す背部スラスターユニットの一部を破壊した。

 
 

 被弾の衝撃で前のめりになった巨人が振り向く。
 その顔面に命中。時雨も装備したドッペルホルン連装無反動砲の狙撃。
 戦艦すら超える装甲を抜けるほどの威力でなかったとしても、いきなり二発も連続で攻撃が当たって蹈鞴を踏んだ巨人に、連合艦隊の集中砲火。まだ倒れないが致命傷、辛うじて横っ飛びでその場を離れた巨人は、ミサイルを放ちつつ後退する。
 ここで危機を察したもう一体の【Titan】が反転し、木曾にビームライフルの銃口を向ける。だが、狙われた黒マントの少女は意に介することなく愛用のサーベルを抜き放ちながら、随伴の二人に指示を出す。
「暁、ミサイル迎撃! 時雨は手負いを追撃!」
 アンチビームコーティングを施された強化型対装甲サーベル改の前には、通常の荷電粒子ビームなぞ無力。彼女は元々剣の扱いなら響よりも上手だ。射かけられたビームを斬り払いながら、まだ損傷らしい損傷を負っていないもう一体の巨人へ追い縋る。
 その途中で駆逐ナ級が破れかぶれに正面から飛びかかってきたが、これも返す刀で斬り伏せた。
「真っ二つにされたい奴から来い。味噌汁の出汁にして飲まずに捨ててやる」
 たった一射を切欠とする、あまりに呆気ない形勢逆転。
 曰く、高出力スラスターによる鋭角的な動きが異質すぎて動きを予測できない。
 曰く、艦艇の砲撃の基本である、山なりの弾道を描く長距離砲撃では命中を望むべくもない。
 曰く、目視距離の直接照準で狙おうにも、高速かつ縦横無尽に海上を駆けずり回る巨人を捉えきれない。
 曰く、根本的に従来の照準技能が通用しない。
 だがそれらの言をひっくり返すような射撃により実現した結果が今だ。

 
 

 無論、トリックはある。

 
 

 木曾がいきなり未来予知なりなんなりに目覚めて超人と化したわけではない。あくまでも彼女はこれまでの経験と、キラから教えてもらった知識に則った射撃により、一見予測もつかない機動で疾る巨人が止まる一瞬の隙をついたのだ。
 今もその隙を再び誘うべく、三人はジグザグかつランダムな軌道で巨人に接近戦を仕掛けている。先の防衛戦で編み出され、ヴァルファウ追撃戦で確立した戦法で、確実に敵の行動を縛っていく。
「お前に苦戦してるようじゃ、先が思いやられるんでな……!」
 【Titan】にも隙は生じる。
 何故なら、あの巨人はC.E.の科学を取り込んでいるといっても、元は深海棲艦なのだ。無機物なマシンそのものではなく、艦娘と同じく有機物なのだ。
 そして無機物なマシンでも、高速かつ縦横無尽に動きながら、同じく高速かつ縦横無尽に動く敵の未来位置を予測し、射撃を当てるのは困難だ。必中を期すなら、己が止まって照準に集中するか、敵が動きを止めるのを待つか、敵が動きを止めるように立ち回るかの駆け引きになる。動きを止めずとも単調になった時点で隙になる。
 ならば尚のこと、有機物な生命体にとって高機動射撃戦は難しい。なにせ訓練したプロフェッショナルの軍人でも、激しく動き回りながら静止目標を狙撃することさえ至難の業。だからこそ人類は命中率を向上すべく機関銃や誘導ミサイルを開発した。
 未来予知や敵の思考を感じ取るといったオカルトでもない限り、高機動射撃戦は駆け引きだ。艦娘と深海棲艦の戦いでも、C.E.のMS同士の戦いでも同じことが言える。一瞬の隙を見逃さずモノにした方にこそ勝利の女神は微笑む。それは絶対の法則だ。
 深海棲艦の拡張版である【Titan】も必ず、必中を狙う攻撃時には隙を晒す。だからこそ要となるのは隙を誘い出せる近接機動戦。いかにビーム兵器が連射と取り回しに優れていても、足下をチョロチョロと高速で移動する目標を捉えるのは難しいことに変わりないのだから。死中に活を求めて生き抜いてきた佐世保艦隊こそが対【Titan】戦の生き字引である。
 そして佐世保艦隊も装備の面で同等になった今、既に【Titan】の優位性は無くなっていた。
「鈴谷、祥鳳、榛名、今だ!!」
「あいよ! くぅらえぇー!!」
「これで決めます!!」
 再度、プラズマビームの奔流。
 3秒間の照射を可能とする試作ビームキャノンの最後の一発が、海上を滑走する巨人の行く手を阻む壁となる。急制動、反転、加速。追いかけてくる光線から逃れるように巨人は無理矢理逆方向へ跳ぼうとするが、祥鳳の艦載機による絨毯爆撃に阻害されて怯み、その一瞬こそを狙っていた榛名の一斉射が全弾命中。
 胴体に幾つもの風穴を空けられて、ようやく一体目の【Titan】が沈黙した。
 同時に。
「てぇえええええーやぁっ!!!!」
 単身、満身創痍となっていたもう一体の【Titan】の放ったミサイルの嵐を駆け抜けた暁が、響から譲り受けた格闘戦用特注アンカーを力一杯に投擲。先端に括り付けたビームサーベルが光の刃を発振して、巨人の首を溶断した。
 そこへ木曾と時雨の砲撃が殺到し、続けて連合艦隊の砲撃も重なって、二体目も爆散して海の藻屑となる。
 討滅完了。
 いつの間にか他の深海棲艦も綺麗さっぱりに掃討されていて、なんの余韻もなく甑島列島近海は静けさを取り戻していた。連合艦隊と【榛名組】の完全勝利であった。

 
 

 数時間後。
 まったくもって予測通りに、予定通りに。輸送船団は一隻も欠けることなく無事に佐世保へ入港した。

 
 
 

 
 
 

 シン・アスカは佐世保の土を踏んだ。
 あのキラと同郷の人間。非公式な異世界人であり、つい先日にもお忍びで福江島に来ていたらしい黒髪紅目の青年。C.E.で何があったのかを全て知っている超重要人物は、隠れ潜んでいたコンテナから――輸送船の上から飛び降りては鮮やかにアスファルトの大地へ着地した。
 そんな彼がキラと再会してどのような会話を交わすのか、興味のない者はここにいない。軍港に降りたった男を艦娘達は遠巻きに固唾を呑んで見守った。
 一陣の風。身を引き裂くような冬の風。それを受けて導かれるかのように、シンはしっかりとした足取りで真っ直ぐに進む。
 目の前には佐世保工廠。まるで彼の到着を待ちわびていたかのように扉が重々しく開かれると、その奥でたった一人立っていた男の姿が露わになる。ガコンっと音を立てて扉が完全に解放されれば、シンと同じく注目を集めるキラもまた前へと歩き始めた。
 無言のまま静かに、されど着実に。互いにとって唯一無二と言える二人の男の距離が縮まっていく。響も瑞鳳も、天津風もプリンツも一言も声を出せないまま。
 果たして、遂に、二人は向かい合って対面した。今まで手紙も電話もしないでいた、二人が。
 先に口を開いたのはキラだった。
「シン、例のストライカーパックの接続をお願い。調整とテストは僕がやるから」
「わかった。ヘマするんじゃねぇぞキラ、こっちのことは任せとけ」
 それにシンが素っ気なく応えて。
 それを最初で最後にして。

 
 

 キラ・ヒビキは一人、佐世保から去っていった。

 
 

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