《第7話:紅き瞳を導きし、新たなる風》

Last-modified: 2020-04-16 (木) 18:51:36

「失礼しました。――・・・・・・ふぅ」
「・・・・・・どうだった、シン?」
「・・・・・・天津風。お前、今まで待ってたのかよ?」
「悪い? だって、気になるじゃない」
 11月7日の11時。
 あの佐世保防衛戦から3日後、その昼下がりのこと。
 無秩序にボサボサツンツンした濡羽色の髪に、妖しい光を湛えた紅の瞳が特徴的な青年、シン・アスカは眉間に皺をよせたまま固まった。呉鎮守府の執務室から恭しく退出したら、そこで天津風とバッタリ出くわしたからだ。
 お互いが大なり小なりのしかめっ面。そして互いが「ああ、いつもの顔だな」と認識するだけの、一秒間の沈黙。
 別に嫌悪感とかがあるわけではないが、かといって和やかに挨拶するほどの間柄ではない微妙な距離感が、二人の間にあった。大抵、二人が会う時はこの沈黙がまず先頭に来る。
 そして、先に行動するのは決まって天津風だ。
 腕を組んで壁にもたれかかっていたツーサイドアップの少女はツカツカと歩み寄ってきて、かと思えば青年の袖をつまんでそのまま、いずこかへと歩き始める。なんだなんだとシンはされるがまま、その後をついて行く。
 出会って以来、これが二人の関係だった。
「たかだか三十分ぐらいよ、問題ないわ。・・・・・・で、どうなのよ」
「・・・・・・とりあえず、動けるのは早くて二週間後ぐらいだと。しかも最低二人は護衛つけろって」
「あら、意外と早かったのね」
「そうか?」
「そうよ」
 二人の出会いは、まぁ、そう褒められたものではなかった。
 不幸な事故、不幸な行き違いがあった。口論に至るほどのものではないが、ちょっと気まずい、そういった出来事。それで二人揃って尖ってて素直になれない性格なこともあり、ほんの少しの確執が今でも残っている。
 とりあえず、お互いにしばらく距離を取っておこうかなーと思うぐらいの出来事があったのだ。ある人物はそれを「ありゃあ典型的なラブコメの導入編だったね。いやぁ、見事にコッテコテな」と笑いながら評したが、当人達は至って真面目であった。
 だが神の悪戯か、悪魔の罠か。
 周囲の者達からは「喧嘩するほど云々」と捉えられたのか、天津風がシンのお世話係兼監視役に任命されたのだった。そこでもまた一悶着あったのだが、それもまた別のお話。
 兎も角、それから少女がぐいぐい引っ張り、青年が渋々ついて行くという図式ができあがったのだった。
 しかし二人はまったくもって気づいてはいない。
 その距離が以前より少し、近づいていることに。
「あっちもこっちも、まだゴタゴタしてるもの。それを二週間で、しかも少人数の護衛だけでなんとかしてくれるって、相当便宜を図ってくれてるじゃないの」
「俺一人で行けばいいじゃないか。アイツも俺に会いたがってるっていうし」
「必要なのよ。自覚ないんでしょうけど、アナタはVIPなんだから」
「VIPね」
「だからあたしがこうして戻ってきたんだし、ちょっとぐらいの不自由は我慢なさいな」
「やっぱりお前も付いてくるのか? 佐世保行き」
 佐世保行き。
 つまり、シンがキラに会いに行くにはどうすればいいのか、というのがこの話題の焦点だった。
 事の発端は、昨日の夕方に呉に帰還した艦娘達からの報告。
 異世界人であるシン・アスカの知り合いのキラ・ヤマトが佐世保にいたというビッグニュースを、当の天津風が持ち帰ってきたのだ。「聞いていた話とちょっと相貌が異なっていた」らしいが、とにかく五体満足で生存し、どころか艦娘達と一緒になって戦っていたのだという。
 俄には信じがたいことだったが、寧ろ自分の耳を疑ったが、これにはシンは素直に喜んだ。
 自分のやったことは無駄じゃなかったと、密かに瞳を潤ませもした。
 そこで、こりゃ早く会わねばとシンが呉の提督に直談判したのが、つい今さっきのことだったのだ。
「当然でしょ。なによ、文句あるの?」
「ないって。むしろ、こうなったらトコトン頼らせてもらう」
「ふ、ふん・・・・・・!」
 件の防衛戦に参加した呉の艦娘は12人。その内の天津風含む5人は予定通りに昨日帰還して、残り7人は臨時防衛隊として佐世保鎮守府に長期滞在することになっている。
 これは鹿屋も同様だ。流石にこのご時世に12人もの戦力を長期間他に回すほどの余裕はなく、けれど助けるだけ助けて後はほったらかしというのも有り得ないので、これが最大の譲歩案だった。呉と鹿屋からの7人と、佐世保復帰組だけでも、体勢が整うまでの専守防衛なら事足りるであろうという計算だ。
 その出向防衛組の滞在期間は二週間。
 つまり、そいつらが帰って来るまでは、シンの佐世保行きはお預けということになる。
 深海棲艦との戦争は若干人類側が優勢とはいえ、やはり戦力はカツカツなのだ。
 異世界人とはいえシン一人の為に呉の戦力は減らせない。佐世保で一戦力となっているキラが動くなんてことも論外。それが佐世保と呉の提督が有線通信を用いて協議した末の、結論だった。
 二週間。
 短いようで長いなと、シンは溜息をつく。
「・・・・・・なぁ。そういえばさっきから、どこに向かってるんだ? 俺、メシ食いたいンだけど」
 ところで、天津風はこれから何処かへ出かけるのか、白いロングワンピースに黒のカーディガンを羽織った私服姿だった。縁起の良い紅白カラーのマフラーを腕にひっかけて、どこかお嬢様然とした出で立ちだ。
 こうなると本当にただの綺麗な女の子といったものだが、勿論彼女は立派な艦娘である。
 艤装を解除して、艦娘としての超常的能力の大半を封印した非戦闘モードの彼女――因みに、艦娘としては艤装を装備している状態こそが自然体である――だが、それでも通常の人間とは比べものにならない身体能力を備えている。遺伝子調整を施して生まれたコーディネイターでありザフトのトップエリートだったシンだが、所詮は普通の人間、彼女に袖を掴まれては振り解くことは出来なかった。もとよりする気はないが。
 しかしだからといって、このままでいいわけもなく。
 代わりにシンは抗議の声を上げる。ついでに腹の虫も声を上げた。
 そろそろ空腹も限界で、提督と話し終わったし食堂に行こうと思ったところで少女に捕まったのだ。いい加減解放して欲しい。食事は何よりの癒やしなのである。
 それをなんの権利があって、この小娘は邪魔するのか。
 方向からして食堂とは正反対の、エントランスのようだが。お出かけするなら勝手にどうぞ。
「それね、残念だけど今日は食堂やってないのよ」
「は?」
「ちょっとしたトラブルがあってね。復旧は明日の昼頃って」
「マジ? ・・・・・・え、マジで? 売店は・・・・・・てか、それでもなんかあるだろ? 賄いのとか」
「マジよ。酒保とかも今から行っても間に合わないわ。軽食争奪戦は不戦敗ね」
「なんだよ、それ・・・・・・!?」
 待ってほしい。
 なんの冗談だ、それは。
 シンの顔が絶望一色に染まる。
 この呉にやって来てからというものの、食事は全てここの食堂でお世話になっていたのだ。今までずっと外出を許可されなかった――というか、実質軟禁状態のシンにとって、食堂のタダ飯は命綱である。もはや世界の全てと言っても過言ではない。
 それで、そもそも異世界人であるが故に無一文なので利用したことはないが、酒保もダメと。サンドイッチとかも全滅と。
え? 三食抜き? そりゃその気になれば耐えられるけどさ、飢えちゃうよ俺? VIP待遇らしいのに?
 となれば、それはつまり世界の終わりではなかろうか。
 いやまてはやまるな。
 冷静に考えればここは軍の施設、こういう事態を想定してカップメンや缶詰といった備蓄はあるだろうと思い至る。だが、天津風曰くそういったものは出撃した艦娘に優先的に回されるらしい。今日明日の食事は各個人でなんとかしないといけないと。
 ならば、どうする? 繰り返すがシンは無一文だ。一応VIPらしいがその身分は一体如何程のものだろうと、彼は頭を捻る。上の連中はちゃんと考えてくれてるのだろうか? 正直、怪しいところだが・・・・・・上の連中、うえ、うえか・・・・・・
 俄に腹の虫が、なんか食わせろと大合唱し始める。「飢え」という一文字で一杯になった頭は上手く回らなくなる。どうすればいいのか皆目見当もつかなくなった。なんにせよ、今すぐ何かを腹に詰め込まなきゃどうにもならない。もう待ってなどいられなかった。
 そんな哀れな男を助けるのは、やはりお世話係兼監視役の少女、天津風。
「だから外食するわよ。ついでに服も買わないとね。外出許可は取ってあげたから、折角だし街も案内したげる・・・・・・あたしの奢りよ、感謝なさい?」
「・・・・・・誠にアリガトーございます天津風サマ」
「よろしい♪」
 こうしてシン・アスカは、初めて呉の街に繰り出すことになったのだった。

 
 
 
 

《第7話:紅き瞳を導きし、新たなる風》

 
 
 
 

 どうやら保護者と一緒なら外出許可が下りるらしい。
 エントランスで待ち合わせしていたらしいもう一人の少女と合流した天津風一行は、まず服屋に立ち寄った。
 買い求めるはシンの私服である。
 なにせ今の彼は、全身真っ赤なザフト赤服一着しか持っていないのだ。厳密に言えばパイロットスーツもあるのだが、アレは服としてはカウントしないだろう。
 一応、提督から譲ってもらった部屋着と作業着もあることにはあるが、それも借り物なうえに外出には適さない。いい加減に自前の服を揃える必要があった。なにせ赤服は目立つ。この世界ではどう控えめに見ても、何かのコスプレのようだった。
 鎮守府の門から出てきた青年は、当然とばかりに世間の皆様の視線を一身に集めることと相成った。
 こう言ってはなんだが、艦娘の戦闘用ユニフォームもなかなか奇抜で特異で非現実的というかソレ着てて恥ずかしくないのと疑問に思うものばかりなのだが、ぶっちゃけそれと同レベルなのだ、赤服は。当の艦娘達はもうそんな奇異の目には慣れたし気にしない――こればかりはどうしようもないらしい。是も非もなく、生まれた時からその服とセットだったのだ――が、今や世間では「浮き世離れした格好=艦娘」という誤解極まる図式が成り立っている。
 そんじょそこらのアニメ漫画より、艦娘のほうが影響力のある世の中である。人類の希望だからね、仕方ないね。普通に学生服や和服な艦娘も多いんですけどね。
 まぁそんなわけで、今のシンは年甲斐なく艦娘っぽいコスプレしてる残念なイケメンとして見られているのだ!
 せめて誰かにコートか何かを借りるべきだった。
 C.E. ではトップエリートの証だった赤服がそのように見られるというまさかの屈辱にシンの頭は沸騰寸前になるが、そこは旧ザフトが誇るスーパーエース、なけなしの自制心でぐっと堪えた。
 うん。これ、なんて羞恥プレイ?
「くそぅ・・・・・・いつか見返してやる」
「誰によ」
「さぁ?」
 そんなわけで、シンは普通の服を手に入れた。
 嗚呼、素晴らしきかな普通。普通であることの幸福感は、きっとかけがえのないものだろう。
 黒のジャケットに臙脂のシャツ、これにジーンズとブーツとでカジュアルコーディネイトされたコーディネイターは、どこからどう見ても立派な一般人である。
 その他にも赤系統の服を数着入手して、部屋着共々だいぶ選択肢が増えた。しかも結構格安で。なんでも艦娘なら割引されるらしい。というか、艦娘達の給料ってどうなってるんだろう。
 なにはともあれ。
 これで、第一目標は達成された。
「シンさーん。これなんかどうでしょう?」
「マフラーか。確かに・・・・・・サンキューなプリンツ」
「Gern geschehen! シンさんって何でも似合いますね。コーディネイトし甲斐がありますよー」
 された、の、だが。
 おさげにした黄金色の髪と、翡翠色の瞳を持つ少女、プリンツ・オイゲンが嬉々として次々と新しい服を持ってき始めた。フリルいっぱいのミニスカートをひらひらさせて、あれよこれよと店内を忙しく巡る。
 なにやら乙女心に火がついたらしい。
 彼女はドイツ生まれドイツ育ちのアドミラル・ヒッパー級三番艦重巡洋艦の艦娘。約3年前に日本国に出向してきて、天津風と同じ支援部隊に配属、その縁で彼女らはよく一緒にショッピングしたりするとか。
 余談だが、呉鎮守府は彼女のような海外からの出向艦を多数受け入れており、多国籍艦隊を中心に運用している世界でも珍しい存在なんだとか。佐世保に臨時防衛隊として向かったドイツ出身のビスマルクやグラーフ・ツェッペリン、イタリア出身のザラとポーラはその一角だ。他にもイギリスやアメリカから来ている者もいるという。
 日本国が担当する西太平洋戦線は世界中から重要視されており、呉はその前線基地として機能している為、海外からも精鋭が送り込まれてくるという理屈だ。
 さて。
 そんな精鋭の一人であるプリンツとシンは今回初めて会話することになったのだが、実は、彼女は彼のしかめっ面を恐れていた一人だったりする。
 鬼の形相とまではいかないが、かつて「独りでにすっ飛ぶ抜き身ナイフ」とまで囁かれた青年の眼光は、多少丸くなったとはいえ少女達をビビらすには充分過ぎるものだった。尤も、悩み多き青年が突如置かれた異世界の、軟禁同然の生活環境で「リラックスして肩の力を抜きなさい」というほうが無茶なので、ずっとしかめっ面であったのは仕方のないことなのだが。
 つまるところ、この世界の人間からしたらシンは「異世界の軍人で、巨大なロボットに乗って人間同士の戦争を生業としてきた目つきの悪い青年」といった感じに映るわけで。
 そりゃ誰だってビビる。たとえ大の大人であっても、歴戦の艦娘であっても。誰も彼もがシンを遠巻きに眺めるだけだった。
 実際、さっきエントランスでよろしくと声を掛けられた彼女は、それはそれはわかりやすくビクゥッと身体を硬直させたものだ。内心ただならぬショックを受けたシンであったが、天津風が仲介することでなんとか挨拶を済ませることができた。
 そこまで来ればもう一息。彼は人付き合いが苦手なタイプではない。
 初めての外出でリラックスできたことも大きいのだろう。移動しながら会話を重ねるにつれて「なんだ顔が怖いだけでなかなかフランクな人じゃないの」と誤解を解くことに成功し、ついで「笑った顔は意外と可愛い」という心外な評価を得たシンは、なんとかプリンツの信頼を勝ち取るまでに至ったのだった。
「このしかめっ面さえなければねぇ」
「そうですよ。とても整った顔立ちしてるんですから、笑わなきゃ損ですって」
「そ、そうか・・・・・・?」
「あっ、天津風! これも良いかも! ・・・・・・ほぉ、ほぉほぉ、なるほどねぇー」
「プリンツ。これもイケると思わない? いい風きてるわ、この組み合わせは試す価値ありそうね」
「・・・・・・なぁ二人とも。いい加減・・・・・・」
 天津風とプリンツ・オイゲン。
 それなりにシンと仲良くなった二人の情熱は、よりヒートアップしていく。
 女の子と一緒の買い物である。目的は済ませたからハイじゃあ次、とはいかないのだ。こういう時、男の立場は限りなく低い。
 彼女らに「ちょっとだけ」と着せ替え人形にされるのは、もはや必然でさえあった。最初こそ悪い気はしなかったものの、流石に半時間もマネキン代わりにされると・・・・・・
 とっかえひっかえ。シンはこれ以上ないぐらいに早着替えを要求された。
 加速度的に、その両腕に紙袋がぶら下げられていく。男モノだけでこれだ、女モノのコーナーに行ったらどうなるんだろう。シンは額に嫌な汗を流しつつ、同時にある懸念を抱いた。
 さて、彼女達は覚えているだろうか、と。
 この外出の主役はランチであるということを。
 そろそろ、いやマジで、限界なんだけど。目が回り始めてきたんだけど。
 まさかこのショッピングだけで、あと何十分も続くなんてことは・・・・・・
 お二方、楽しむのも結構ですがね?
「・・・・・・あ」
「~~ッ!」
「そ、そろそろ行きましょうか?」
「そ、そうですね! お腹すきましたし!」
 だが安心してほしい。
 「それ」はなにも、シンだけの問題ではなかったようだ。
 きゅるる~、という可愛らしい音が、三人の腹から同時に発せられる。結構、店内に派手に響いた。主観的に。
 それを合図に、三人はそそくさと服屋を後にしたのだった。

 
 
 

 
 
 

「お待たせ致しました。かずきカレーセットと、あきらカレーセット、みなしろシチューセットです。ごゆっくりどうぞ」
「おお、きたきた」
 天津風が「かずきカレー」、プリンツが「あきらカレー」、そしてシンが「みなしろシチュー」だ。これに「かずきサラダ」と「みかどケーキ」が人数分。なかなかに素敵なランチが頂けそうだった。
 喫茶・シャングリラ。
 海辺に面したアットホームな雰囲気の店で、メニューには作った人の名前がつくというちょっと不思議なルールがある。また、店内には何故か大きなカジキの置物があって、それらが普通の喫茶店とは一味違う独特な空気感を醸し出していた。なんでも、呉の艦娘達に人気な店なんだとか。
 甘ったるい声のウェイトレスさんが下がると、三人は待ってましたと匙を握った。
「いただきます」
声を揃えて、大ぶりなスプーンで一口。
「! ・・・・・・これは、美味い」
「でしょでしょ! 今日のあきらカレーは辛口南国風みたいだけど、これもおいしー! Lecker!!」
「かずきカレーは――うん、シンプルにビーフカレーね。やっぱり流石、マスターは」
「え、なに。同じ名前で違うことあるのかよ?」
「それがお楽しみなのよ。前のかずきは甘口チキンカレー。それでいて全部美味しいんだから」
 なんとまぁ、本当に独特な喫茶店のようだ。よっぽどの腕と自信が無ければこうはいかない。
 シンが頼んだシチューもこれまた絶品で、苦手な貝柱とキノコが入っていたのだがペロリと平らげることができた。小娘達の手前、勇気を出して食べてみて良かったと心から思うシンであった。
 こんなに美味いものを食べたのは久しぶりだ。
 そうして、それぞれメインを堪能して、ケーキに舌鼓を打って。
「はいこれ、サービス。いつも来てくれるから・・・・・・好きだろ?」
「あ、マスター・・・・・・ありがとうございます。いただきます」
「メロン味! Danke、マスターさん♪」
「・・・・・・ども」
 途中、マスターが飴玉をプレゼントしてくれたり、
「彼氏さん?」
「違います」
「即答かよ。いいけどさ」
「そうなの? おかしーなぁ」
 ウェイトレスさんにからかわれたり、
「先輩大変です! 一航戦が・・・・・・一航戦が呉駅から接近中って!」
「なんだと!? バカな、早過ぎる!」
「第一種警戒態勢ヴァッフェ・ラーデン始動! 翔子、カレー増産急げ!!」
「わざわざ横須賀から・・・・・・!? こうしちゃいられないわ。プリンツ、シン、手伝うわよ!!」
「りょ、了解!」
「え、俺も!? イッコウセンってなんだよ!?」
 なんか襲来してくるらしい計二名の団体様をもてなす為に、何故か厨房に立つことになったりもしたが・・・・・・意外と喫茶店で働くのもアリかもしれないとシンは密かに思う。うん、C.E. に帰れたら軍なんか辞めてやろう。

 
 

 まぁ、なんか色々あった。

 
 

「ごちそうさまでしたー」
「あの二人は一体なんだったんだ・・・・・・」
「ただのフードファイターよ。気にしないで、あたしは気にしない。・・・・・・じゃあ、次にいくとしますか」
 そんなこんなで満腹になって喫茶店を出た三人は、天津風が言っていた通りに呉の街を観光することになった。
 二人の少女に引っ張られ、やれやれとついて行く青年の顔からは、いつの間にか皺は無くなっていた。
(二人とも、随分と楽しそうだな。・・・・・・なんか、いいな。こういうのも)
 まだまだお昼時。すっきり晴れ渡った高い空の下、活気溢れる町並みをのんびりと征く。
 ショッピングモールに突入して、女モノの服を物色して。
 本屋に入って、世界情勢に関する雑誌や漫画本を買って。
 ゲームセンターに行って、プリンツがジャンル問わず無双を誇って。
 屋台で購入したクレープで、危うく間接キスしそうになって天津風が慌てて。
 そこらの少年少女の青春模様と同じような休日を満喫する。
 いつしか三人で、一緒になって笑い合って。
 そうした行為のなにもかもが、シンにとっては初めての体験だった。
(ルナと一緒にこうして街を歩くことも、なかったっけな)

 
 

 その体験は、否が応にも青年の過去を刺激する。

 
 

 思えば。
 シン・アスカという男は、いつも閉じた世界にいた。
 あの運命の日、14歳の初夏。天涯孤独の身となったオーブ解放作戦まではずっと家族に、妹にべったりだった。
 勿論クラスメイトと遊んだりはしたが、それも男友達とスポーツをするかゲームをするかといった感じで。あの時は家族の存在こそが世界の全てで、それ以外はいらないとさえ思っていた。
 それから独りで宇宙に上がり、「己にもナニかを護れる力を」とザフトに入隊してからは自ら独りでいることが多く、もう戻らない、家族と過ごした幸せな日々に想いを馳せてばかりだった。
 猪突猛進に、直情的に、考えなしのまま力を求めた。
 それでも何人か友人はできたが、いつも腹の中に渦巻く怒りが、彼らと自分の間に明確な線を引いていた。彼らに遊びに誘われても、どこかが醒めていた。なんでお前らはそんな暢気なんだと。
 チームメイトで相棒のレイ・ザ・バレルにも、後に恋人になったルナマリア・ホークにも。また戦争が始まるまでは本音をぶつけた合ったことさえもなかった。
 彼は決して、人付き合いが苦手なタイプではない。けれど自身の悲惨な過去が、他人との接点を拒んでいた。他人を軽んじていた。今にしてみれば、なんて冷たいヤツだろう。
 かつて「独りでにすっ飛ぶ抜き身ナイフ」とまで囁かれた狂犬は、誰にも心を赦していなかった。
(それで戦争になってからは、どんどん余裕もなくなって。余計なにも見えなくなって)
 シンはいつも閉じていた。
 アーモリー・ワンでの騒動を機に始まったユニウス戦役では少しは仲間達と打ち解け、正面から臆面無くモノを言い合える上司にも出会ったのだが、しかし自分の心が限界を迎えるほうが早かった。状況はちっぽけな少年の許容値を軽々と超えた。
 信じていたものに裏切られ。
 護りたいものは守れず。
 大切な人を殺して、あるいは殺しかけて。
 何度も、何度も。
 望む世界があった筈なのに、無自覚に周囲に流されてしまっていつの間にか望むモノをすり替えられて。
 募るばかりの怒りと困惑に、ただただ支配された。なにも考えられず、示されるまま力を振るうしかなかった。
 戦争だからと、平和の為だからと、お前らが悪いと、最後まで走り続けた。
 己にもナニかを護れる力を。その想いばかりを暴走させて。
 もう、どこまでも閉じるしかなかった。
(俺が欲しかった世界、力。俺は結局、誰も見ていなかった癖に、見ようとしなかった癖に、何を為せると思ってたんだろう)
 だから、与えられた力で己の心と過去を護ろうと、目と耳を塞いで戦った自分が。
 最後に、開いた未来を求める彼らに敗北したのは、必然であったのかもしれない。
 その後。戦争に負けて、唯一自分のそばに残ってくれたルナに支えられ救われたシンだったが、けれど新地球統合政府の為に戦う日々の中では、二人の時間というものもなかなか取ることが出来なかった。
 だから、こんな風に誰かと街を歩くことなんてなかったのだ。

 
 

 そんな過去が、青年の首筋をちくちくと刺激した。
 そんな人間が、今この時、二人の少女と笑い合ってるなんて、どんな因果なんだろうか。

 
 
 

 
 
 

「――ふぅー」
「お疲れ様。コーヒー、ブラックで良かったかしら」
「サンキュ。・・・・・・にしたって、買いすぎだろ」
「あら、女の子はこれぐらい普通よ」
「そうかよ」
 太陽が西に傾きかけてきた頃。
 一行は臨海公園で一休みすることにした。整備が行き届いたベンチに座り、三人揃って缶コーヒーを啜る。流石に歩きぱなっし喋りぱなっしで疲れたのか、暫し無言のまま蒼くさざめく海を眺める。
 眺めてシンは、今度はこの二人と歩いたこれまでの道筋を思い返す。
 たった4時間と少しだけだが、確かに沢山の出来事があった。どれもこれもが大切な思い出になると断言できるような、濃密な時間。
 その尊さを知ってから初めて享受できた、普通の人間としての平和。
 そう。

 
 

 この街は、本当に平和そのものだった。

 
 

 戦時下とはいえ、人類共通の敵を相手にしていることもあるのだろう。
 幼き自分が力を得て、戦ってでも欲しかった優しくて暖かい世界が、ここにはあった。
「受け入れられてるんだな、お前達の存在って」
「そうね。ありがたいことにね」
 おもむろにシンは紅の瞳を細めて、力なく呟いた。
「極端な人もたまにいるけど、あたし達はここで生きていくことができてるわ。普通の女の子としても」
「ここだけじゃないですよ。皆さん、どこに行ってもよくしてくれます」
「そうか・・・・・・」
 それはただの感想、独り言のつもりだったが、それぞれ思うところがあったのだろう。天津風とプリンツはしみじみと頷いて応える。ミルクたっぷりのコーヒーを口に含み、その眼差しを遠く水平線へと向ける。
 彼女達もまた、自分達という存在が「どういうモノ」かを十全に理解しているのだ。
 青年が何故そんな感想に至ったのかをも察して、静かに次の言葉を待つ風情で。
「――っ」
 そうと感じ取れたから、だからこそ、シンは溢れ出てくる感情を押し込めることができなくなった。
 言葉を聞いて貰いたくて、たまらなくなる。
 ただの独り言のつもりが告白となって、勝手に青年の心情を少女達に伝達する。
「俺には、眩しすぎる」
 歩いてみてわかった。
 この街の人々は平和に感謝し、そして艦娘という存在を受け入れているということが。
 共存。
 共栄。
 この二つの単語が根付いているということが。
「なんで――」
「?」
「――なんで、俺は。俺達は。こんな世界にいられなかったんだろう」
「・・・・・・」
 シンの言葉に、二人は困ったように顔を見合わせた。
 彼女達は艦娘。
 人間と同じような姿形をしているが、根本的に異なる生命体だ。遺伝子改造の有無とか、そんな次元の話ではなく、存在の 在り方そのものに絶対的な違いがある。誰がどう唱えたところで艦娘と深海棲艦はヒトデナシの化物である。
 人間は窺知しがたいモノを、己とは違うモノを、わからぬモノを拒み遠ざけようとする生き物だ。異質は不安を呼んで、やがて憎しみとなって対立することも沢山ある。
 人は容易く敵になることを、容易く手のひらを返すことを、シンは戦争を終えてから知った。
 人同士が殺し合う戦争がなくても、それが平和と、平穏とイコールになることはない。
 争いは何処にだってあって、たとえ夫婦だろうが家族だろうが、わかりあえずに、けど無関心ではいられずに牙を剥くことは珍しくない。同じ人間同士なのにあらゆる分野で状況で、故あれば争わずにいられない。容易くその手に銃をとる。
 他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。
 部族間戦争、国家間戦争、種族間戦争、夫婦喧嘩、兄弟喧嘩、いじめ、利害、契約、命令、怒り、憎しみ。
 ただの人間同士でこれだ。
 だからC.E. では、コーディネイターとナチュラルが宇宙に上がってまで戦争をした。取り返しのつかない大き過ぎる人種間対立の果てに、総人口は最盛期の3割以下までに減った。
 人類史上最大最悪の殺し合い。嫉妬と羨望、傲慢と優越感の極み。コーディネイターとナチュラルは、所詮遺伝子を弄ったか否かの違いしかないのに、互いが互いを窺知しがたいモノと、己とは違うモノと、わからぬモノとして扱った。互いが欲しがった世界が、力が、良かれと思って起こした行動が、世界を容易く引き裂いた。
 互いがちゃんと真っ正面から受け入れ合うようになったのは、二度の大戦を経て新地球統合政府が発足してからのことだった。ようやくの、余りにも遅い和解だった。
「あんなハズじゃなかった。あんな世界が欲しくって戦ったんじゃない。俺も、みんなも、大切な誰かと静かに暮らせる世界が欲しかっただけなのに、平和を願って争うんだ」
 なのにここには、この街には争いはなく、両者は善き隣人として受け入れ合っている。きっと全世界でそうだ。
 街を歩けば誰もが笑顔で迎えてくれた。
 服屋で、喫茶店で、ショッピングモールで、本屋で、ゲームセンターで、屋台で。
 少女達が艦娘だと気づけば、お疲れ様とか、いつもありがとうとか、頑張ってねとか。そういった暖かい言葉が当たり前のように降り注ぐ。
 何故?
 人間と艦娘は、コーディネイターとナチュラルの比ではないぐらいに違う存在なのに。
 神格化されているわけではない。畏怖されているわけではない。迫害されているわけではない。
 深海棲艦という強大な人類の敵がいるからといって、それは余りにも不思議だった。
 これでは、まるで。

 
 

「まるで、人間の出来そのものが違うみたいじゃないか」

 
 

「それは・・・・・・」
「昔の自分が選んだ道を後悔してるわけじゃないけどな・・・・・・。けどやっぱり、こんな世界を見てるとそう思うよ、俺は」
 それっきり、シンは瞳と口を固く閉ざして俯いた。
 しばし波の音だけが空間を支配する。三人は黙りこくって、すっかり空になった缶を弄ぶ。シンはどうしてこんな泣き言めいたことを言ってしまったのかと後悔して缶をグシャリと握り潰し、天津風とプリンツはシンの言葉を反復するように淵をなぞった。
 沈黙が重い。
 想いが重い。
「・・・・・・」
 天津風はその想いにどう応えるか、決めあぐねていた。
 この青年が人間同士の戦争に参加していたのは、表面上のみだが知っていた。その言葉に込められていると感じた、計り知れないほどの悔恨の念と憧憬の念は間違いようもなく本物なのだろう。
(彼は・・・・・・この人はきっと自分の世界を、人間を、好きになれていないのね)
 この世界と比較して、自分達にはできないと感じてしまったのか。
 言いたいこと、言えることは沢山あるが、さてどう切り出したらいいものか。
 柄にも無く迷う。
 そうして意味もなく青年の横顔を見詰めていると。
 一陣の風が三人の間を吹き抜けた。
 キリリと身が引き締まる冷たい風。
 それに後押しされるように、ええいままよと天津風は意を決して、思考を言葉に乗せた。
「――結局、そこにいるヒト同士の気持ち次第なんじゃないかしら」
「え?」
「受け入れること、受け入れられること。アナタの世界には、それが欠けてたって思うのね?」
「・・・・・・ああ」
「・・・・・・でもね。この世界も多分、アナタが思ってるような都合のいい、優しいだけの世界じゃないわ。みんながあたし達を受け入れてくれたキッカケは、けして善意だけじゃない」
「・・・・・・どういうことだ?」
「政治的な思惑もあるってことですよ、シンさん」
 今まで沈黙を保っていたプリンツが、天津風の言葉を引継ぐ。
「私達がちゃんと人類の意に沿うようにと。そういったオトナの事情があったのも確かなんです」
「なんだよ、それ。そんなの――!」
「私達が艦娘と呼ばれるようになった経緯はご存知ですか?」
「・・・・・・え、あ、ああ。知ってる。でもそれがどうしたんだよ」
 その突然の質問に、シンは面食らった。本題とズレてないか? と訝るが、プリンツにまぁ聞いてと宥められる。
 一体どういうつもりだ?
 疑問に思うが、ひとまずシンは呉の提督が言っていたことを思い出す。
 艦の娘と書いて「かんむす」。
 彼女達を単なる兵器として扱いたくない派閥が提唱し、定着したその名称。
「最初にかんむすって聞いた時、どう思いました?」
「それは・・・・・・」
「正直に言っていいわ」
「・・・・・・、・・・・・・あー。ぶっちゃけ、なんだその巫山戯た名前って、思った。はぁ? 仮にも軍のモノの名前がそんなんでいいのかよって」
「あ、やっぱり? 実は私もそう思ったの」
「私もって・・・・・・なんなんだよ、そんな質問をいきなり」
 にっこりと笑顔を浮かべるプリンツに続けて、天津風。
「その呼称と一緒にね、ある仮説が発表されたの。深海棲艦と艦娘を、人智を超えた存在を、まったくわからないなりに大衆に解りやすく定義付けた仮説が」
「それも提督から聞いた。防衛省のだろ?」
「そうよ」

 
 

 命を産んだのが海であるのなら、心を産むのもまた海である。

 
 

 人間の記憶や想いといった霊的エネルギーが海に集い、飽和し、カタチあるものとして顕現したのが彼女らである。
 艦娘は人間の善意が、深海棲艦は人間の悪意が。それぞれ過去に沈んだ少女と艦、それに残留していた記憶と想いを媒介に誕生した新しい生命体なのだと。
 そんな抽象的で勧善懲悪的で幻想的な仮説。
 どうせわかりもしない真相などどうでもよい、わかりやすさと聞き心地の良さだけを追求した「人間の言葉」。
 艦娘という固有名詞とソレは、瞬く間に世界中に広まった。
「仮説というよりはプロパガンダのほうが近いかも」
 全ては艦娘を人類の味方につける為の「言葉」だった。
 是非とも、艦娘には戦って欲しい。人間同士で、艦娘と人類とで疑心暗鬼になっている場合じゃない。
 艦娘は人類の味方である崇高な存在であることを民衆に、人類は一枚岩であることを艦娘に、それぞれ示さなければならない。
 人間に不審の目で見られ、脱走や反逆を考えられたら堪らない。人間は信用ならないと、敵になったら最悪だ。
 艦娘の精神構造も人間のソレと大差はないらしい。人間とは全く違う、人の手に負えない存在を懐柔する為には、まず世論操作が必要だった。
 人間社会では当たり前の計算と計画があった。
「でもその妙ちきりんな名前とふんわりした仮説がね、あたし達を助けてくれたのも事実なの。それまで、みんなピリピリしてたから。人間が相手でも、艦娘同士でも」
「みんな雰囲気が柔らかくなったよねぇ。利用されてるってのは変わらないけど、まぁ悪くないかなって」
 その政治的な目論見は成功した。
 海を化物に支配された現状で、みながみな緊張状態だったなか、民衆が艦娘を受け入れる下地ができた。「私達は貴女達を歓迎します。だからどうか戦ってください」と、更なる軍拡をスムーズに進行させる用意ができた。
艦娘側も、ただただ人類に認めて欲しいばかりたったから、あえてそれに乗った。
 ただそれもキッカケに過ぎなくて。
 そしてそこで、誰もが予想しえなかった方向に状況が動いた。
「そしたらね、私アイドルになる! って言い出す艦娘とかが出てきてね」
「・・・・・・は? なんだそれ」
「おかしいでしょ? けどそれで本当に、あたし達は世間に受け入れられるようになった。同時に、彼女達によって戦い以外の選択肢も提示されて」
「今やトップアイドルだもんね那珂ちゃん達。最初は勢いとやる気だけで凄く苦労したらしいけど・・・・・・私もファーストライブ観たみたかったなぁ」
「あら、じゃあDVD貸すわよ。・・・・・・それは今は置いといて」
 偶然テレビで見たアイドルに憧れ、自身もそうでありたいと願った少女を筆頭に、人類の思惑を超えて自ら人間社会に干渉し始める者が出てきたのだ。
 認められたくて、自由になりたくて。刺激を求めたくて、満たされたくて。表現したくて、繋がりたくて。思い思いに、普通の人間と同じように戦争以外の道を模索する。
 芸術の道を志したり、レーサーをやってみたり、グルメの旅をしてみたり、料理をしてみたり。艦娘の機嫌を損ねることを恐れた軍令部はそれを止めず、渋々とある程度の自由を容認することしかできず。
 そんな艦娘に感化されて、それまで軍施設に引きこもっていた少女達もおっかなびっくり街に出るようになって。
 そして遂に艦娘達は民間人と交流するようになり、やがて、みんなから愛される存在になることができた。

 
 

 自分を知り、他人を知り、繋がり方を自分で考え感じる。

 
 

 己の記憶と信念に基づいて自ら戦うことを選び、けれど命じられるまま戦うしかなかった少女達が、一人の女の子として人類に受け入れられた瞬間だった。
 人間社会と同じように、個人的な繋がりが大きな流れになった。
「結局何が言いたいっていうと、人間と精神構造が変わらないあたし達だから、社会的な隣人との付き合い方も同じなの」
「そういった一つ一つの思惑や思いが絡み合って、偶然、運良く善い方向に転がった結果が今。人は容易く敵にもなるけど、友達にもなれるのが人だから」
 同じような展開があっても、何かが違えば実験動物扱いされてたか、三つ巴の戦いになっていたかもしれないと苦笑して締めくくった天津風。
 その言葉に、シンは絶句する。
 結局、そこにいるヒト同士の気持ち次第なのだと。隣人と敵になるか友達となるかは。
 そんな当たり前のことを忘れていた。

 
 

 C.E. でも、何かが違えばもっと早くから平和になってた――?

 
 

 歴史にifはない。そんな仮定に意味はない。
 けれど「そんな可能性もあったかもしれない」ということを考えられる思考回路そのものがすっかり抜け落ちていたことに、彼は今になって気づいた。
 あの戦争はなるべくしたなった、必然のものだと思っていた。
 個人の想いなど何にもならない、募った悪意と煽動者によって突き動かされたコーディネイターとナチュラルの敵対は、絶対に逃れられない運命だったのだと。
 人間の在り方そのものが、それ以外の道を消していたのだと。
 でも、違った? 結局のところ、状況を言い訳にして受け入れること、受け入れられることを自ら放棄していた?
「俺の世界の人間も、こうなれたかもしれない可能性があったのか?」
「都合のいい、優しいだけの世界なんてないもの。どこも政治的な思惑に満ちてて・・・・・・言葉で、状況で、人は簡単に大きな流れに飲み込まれて。けど、受け入れること、受け入れられることはやっぱり当人同士の気持ちの持ちようでしかないのよ、きっと」
「だからそんな、自分の世界のことを悪く思わないであげてください。そんなの悲しすぎますよ」
「・・・・・・!!」
 計算通りにいかない、儘ならない、何がどう転がるのかわからないのが世の中というものだから。
 二つの世界といっても人間の精神構造はそう大差ないのだから。
「この世界も、アナタの世界も、ちょっとだけ何かが違っただけでしかないと思うの。だから・・・・・・そう、アナタの世界もそんな悲嘆することばかりじゃないって、人は過ちを繰り返すばかりじゃないって、あたしは信じてるわ」
「いつかシンさんの世界も、この世界より平和になりますって。だって、シンさんが頑張ったから、地球もキラって人も助けられたんでしょう?」
「・・・・・・そうか、そうだな」
 あの戦争は本当に、どうしようもなく避けられない、仕方のないものだったのかもしれないけど。
 だけどもうちょっと、あの世界の可能性を信じてみても良いのかもしれない。
 そう。あんな世界だけど、それでも護る為に再びその手に剣をとったのは自分自身じゃないか。
 少し、ほんの少しだけ、自分自身が開けたような気がした。
「ありがとな、天津風、プリンツ」
また明日、という言葉が何処かから聞こえてきた気がした。
それは幻聴だと知っていたが、懐かしいその声に思わず肩が震えた。
「いらないわよ礼なんて。アナタがあんまり情けないコト言うから、思ったことを言っただけなんだから」
「シンさん、とても沈んだ顔してましたから。放っておけませんよ」
「わかってるさ。でも、楽になった」
「そう。ならよかったわ」
 素直な感謝の言葉が自然と出てきたことに自分でも驚きつつ、でもそれは良いことだと受け止める。
 まったく、他人から見ればなんとてこともない平凡な一日だったというのに、なんだか昨日までの自分とはまるで別人になれたような気分で。
 久しぶりにとても良い気分だ。
「さっ、難しい話はこれまで。夕飯の材料を買いに行くわよ!」
「作るのか?」
「キッチンが使えないから、今夜は庭でバーベキューパーティーらしいわ。外出するならついでに食材買ってきてって言われてるのよ」
「Wunderbar! ドイツ出身艦娘の腕の見せ所です!」
 ぽんっと掌を合わせた天津風が立ち上がりながら言い、プリンツが瞳を輝かせて勢いよく飛び上がる。
 早くも夕飯に思いを馳せているのか、二人とも本当に良い笑顔だ。
 そうしていると本当、ただの歳相応の子どものように見えた。さっきまで人間についての持論を語っていた人物と同じとは思えなくて、そのギャップに思わず笑みが零れる。
 今までずっと燻っていた自分がバカみたいだ。
(もう、らしくもなく思い悩むのは止めだ)
 ここに転移してきてからずっと考えていた。
 C.E. はちゃんと破滅を免れたのか、とか。
 この世界でどうやって生きていけばいいのか、とか。
 そういうのは、この世界の人間を信頼して、自分にできることをやりきってからにしよう。
 そして、これもこの街を歩いてみてわかったことだが、やっぱり自分は行動してなきゃ気が済まない性分なのだ。鎮守府で大人しく誰かが持ってくる結果を待つだけの生活など、性に合わないのだ。
 だから行動しよう。
 今の自分自身にできることをしよう。
 自分一人でやるつもりでいたが、愛機のデスティニーを修理にみんなに協力してもらおう。そしてできるだけの準備をしてキラに会うのだ。
 そうと決まれば、きっとやらなきゃならないことは沢山ある。
(二週間なんてあっという間だ)
 長いようで短い二週間。
 忙しくなるぞと、シンは気合いを新たに立ち上がる。
「バーベキューするなら、焼き芋も一緒にどうだ? たしか今が旬だろ?」
「ナイスアイディアね。いいじゃないの」
「レンタカー手配してきますね! 買いまくりますよー!」
 そうして二人の少女と共に、青年は再び紅に染まりつつある呉の街を練り歩くことになったのだった。

 
 

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