「連合兵戦記」6章 4

Last-modified: 2017-06-10 (土) 22:54:20

「爆撃だと!ナチュラルめ味方を攻撃する気か…」
目の前で友軍の車両が爆弾を受けて爆砕したのを見てカッセルは、驚愕した。
この時彼は、再編成を終えた旗下の部隊と共に既に市内のかなりの部分にまで突入していた。彼のザウートの手前のコンクリートの地面に爆弾が落ち、大穴が開いた。

 

その横でザフト軍に鹵獲され、オリーブドラブに再塗装されたユーラシア連邦製の装甲車が爆弾の直撃を受けて爆砕する。
巻き起こる紅蓮の炎が虫を食らうカメレオンの舌の様に周囲の兵士を呑み込み、爆風の衝撃で跳ね飛ばされたザフト兵がコンクリートの壁に激突した。

 

「総員!市外へ退避しろ!急げ!」
カッセルは、残存する指揮下の兵士に撤退命令を下した。
しかし郊外すら安全地帯と言えるのか微妙なところであった。
カッセルとてそれを十分に認識していた。だが、現状でそれ以外、部下を安心させる方法は彼の選択肢には残されていなかった。

 

「空爆!?」
空爆…それもザフト側航空兵力の迎撃範囲外である高高度からの絨毯爆撃であった。

 

ディンやインフェストゥス等現在、のザフト軍の航空戦力は、殆どが制空権確保、地上部隊支援を主眼に設計されており、
地球連合軍の保有する高高度を飛行する戦略爆撃機を攻撃することは出来なかった。
NJ以前に、これらの戦略爆撃機等を撃墜するのに有効とされた高高度対空ミサイル等は、NJによってその信頼性を著しく低下させていた。
この時期の地球連合軍は、地上のザフトの手の届かない上空から爆撃を行う戦術で、ザフトのMSを主体とする侵攻作戦に対抗しようとしていた。
命中率の低さは、予め爆撃機が爆撃する地点を設定し、爆撃機の数と搭載爆弾の数を限界まで増やすことで、カバーする。

 

ハンスの部隊が廃墟と化した都市に陣地を構築していたのも、
ザフト軍の部隊をこの近辺になるべく足止めするという目的があったのである。

 
 

ハンスの部隊だけでなく、この近辺の撤退作戦に参加した部隊は、
空を飛ぶ戦闘機部隊や戦闘爆撃機部隊、攻撃ヘリ部隊から機甲師団まで、その為に活動していた。

 

そして、ハンスが撤退する時間の設定とその準備を部下に整えさせていたのも、
友軍の行うこの爆弾の豪雨に巻き込まれることを避ける為のものだった。
ザフト軍にユーラシア連邦の戦車師団が大損害を受けた等、多大な被害を受け、多くの都市や拠点を失ったイベリア半島での戦線で初めて使用されたこの戦術は、
戦闘爆撃機やヘリ部隊、機甲師団による攻撃と異なり、反撃を受けずにザフト軍MS部隊に打撃を与えることのできる唯一の戦術であった。
湯水の如き大量の爆弾の消費と避難民や友軍を巻き込む危険性と引き換えに……

 
 

爆弾が次々と鉛色の雲を引き裂き、大地に突き刺さる。
大地に次々と火柱が生まれ、それまでの戦闘で痛めつけられていた都市の建物が轟音を立てて崩れ落ちる。
「全部隊撤退!!後は〝宇宙飛行士〟どもに任せろ!」
ハンスは、即座に撤退用の信号弾を放った。
ハンスは、既に有線通信もこの状況では機能していまいと考えていた。

 

宇宙飛行士…………それは、安全圏の宇宙空間すれすれの高空から敵味方お構いなしに薙ぎ払う無差別爆撃を行う爆撃機部隊
に対して地上の地球連合軍の兵士が付けた蔑称であった。

 

パワードスーツ用キャリアーと兵員を乗せたトラックや車両が撤退を開始、残存のゴライアスもそれに続く。
ハンスの部隊もシグーを撒くために煙幕を展開すると、退却した。

 

ノーマのシグーは彼らを追撃しようとしたが、目の前に爆弾が落下し、後退を余儀なくされた。
もし少しでも進んでいたら確実にシグーは、爆弾の直撃で破壊されていたであろう。

 

降り注ぐ爆弾を迎撃すべく、シグーは、重突撃機銃を上空に向けて撃ちまくった。
爆弾のいくつかが空中で撃墜され、爆発した。
空中爆発の炎がシグーの白い装甲をオレンジに染める。だがさらに爆弾は降り注ぐ。

 
 

シグーは、もはや追撃どころではなく、空から雹の様に降り注ぐ爆弾の雨を回避するので精一杯だった。

 

「爆撃!友軍ごと!」
ノーマは、味方のいる市内に爆弾を叩き込む地球連合空軍の戦法に驚愕した。
それは、地球連合軍が敵である彼女等ザフトだけでなく、市内に展開している地球連合軍部隊、つまり友軍ごと攻撃していることにであった。
郊外に展開していた部隊にも爆撃の被害は及んだ。
市内に砲撃を行っていたザウート1個小隊に弾薬を供給していた輸送車両が爆弾を受けて大爆発する。

 

ザウートが徹甲爆弾の直撃を受けて砕け散る。僚機の同型が錯乱気味に背部の大型砲を上空に乱射したが、
雲海の高みを飛ぶ爆撃機には届かず、付近のビルの一つに着弾した。
直後、その僚機の頭上でクラスター爆弾が炸裂し、破片の豪雨が降り注ぐ。
その煽りを受けて、廃棄されていた事故車の車列が、次々と鼠花火の様に爆発した。

 

絨毯爆撃を受けた都市は、無機質な灰色の景色の中で鮮やかなオレンジの炎に沈んでいった。

 

同じ頃、<リヴィングストン>を擁するファーデン戦闘大隊にも地球連合軍の攻撃は及んでいた。

 

「全機突撃!デカ物を狙うぞ」
<リヴィングストン>と車両部隊を強襲したのは、イシュトバーン・バラージュ少佐率いる第34航空中隊であった。
ユーラシア連邦空軍を主体とするこの飛行隊は、スピアヘッド12機で編成されていた。

 

「いい機体だ。武装、加速性、操縦性…どれも最高だぜ」
ユーラシア連邦の空軍パイロットのイシュトバーン少佐は、スピアヘッドの性能に惚れ込んでいた。
かつての乗機であったユーラシア連邦軍の戦闘機……スパーダ、エクレール、プファイル、ツヴァイハンダー…
のどれよりも高性能であったからである。

 

しかし、このスピアヘッドでさえ、ザフトの有するモビルスーツの相手をするには、不足であった。
対するザフト航空戦力は、アプフェルバウム隊所属のディン2機、インフェストゥス6機だった。
アプフェルバウム隊のディンは、先程修理が完了したばかりであった。
「きやがった!」
「隊長はこのことを予想していたのか?」
2機のディンは、突撃して来るスピアヘッド部隊を迎撃する。

 
 

対空散弾銃を受け、スピアヘッドが1機爆散した。インフェストゥス部隊も2倍近い敵機を前に積極的に攻撃を仕掛ける。
インフェストスは、高い運動性で、スピアヘッドを翻弄しようとした。
対するスピアヘッドは、加速性能と火力でインフェストゥスを撃墜しようとする。

 

<リヴィングストン>と周囲の車両部隊も対空砲火で向かって来る敵機を阻もうとする。
スピアヘッドの1機は、翼下にマウントされていた誘導爆弾を投下した。
対空戦車がその爆風を受けて横転した。
対空戦車の機銃弾をエンジンに受けたスピアヘッドが燃料を誘爆させ、上空で火球と化した。

 

<リヴィングストン>にも爆弾やミサイルが着弾し、その灰色の巨体に幾つもの爆発が起こり、黒煙が上がった。

 

「このリヴィングストンは陸上戦艦なんだ。戦艦が簡単に沈んで堪るかよ!」
部下達の動揺を抑える為、司令官であるエリクは内心の怯えを押し殺してCIC全体に聞こえるような大声で叫ぶ。
都市にいたザフトを含むザフトの多くの部隊を統括する司令部を兼ねていた<リヴィングストン>の上空が魔女の宴の如き混乱状態となったことは、
空爆を受けていた廃墟での戦闘に影響を与えた。

 

その隙に第22機甲兵中隊以下地球連合軍部隊は、廃墟から退却することに成功した。
辛うじて脱出できた第22機甲兵中隊とその指揮下にいた地球連合軍部隊の残余は、
離れた地点で、火炎地獄へと変貌しつつある都市を眺めていた。

 
 

指揮官のハンスは、他の機甲兵同様にゴライアスを着脱し、他の兵士同様に輸送トラックに乗り込んでいた。
ハンスは、輸送トラックの荷台の部下達が、1か所に集まっているのをみとめた。
周囲の部下達の間から、横たわっている部下の両脚が見えた。

 

「誰がやられた?」
ハンスは、部下達を半ば押しのける形で、その横たわる部下に向かった。
「…」
横たわっていた部下、マックス軍曹は腹部から出血しており、助からないのは誰の眼にも明らかだった。
彼は、撤退時に部下を庇った際、爆弾の破片を腹部に受け重傷を負ったのであった。

 

「マックス、死ぬな!」ハンスは、思わず叫んでいた。
「隊長、すみません畜生!!!モビルスーツさえ モビルスーツさえ俺達にもあれば…」
間もなく彼は、静かに事切れた。

 

「くっ…!!」
モビルスーツさえあれば……その言葉は、現在の地球連合兵士の心を代弁したものであった。

 

こちらにもモビルスーツがあれば、数で劣るザフトには地球連合は決して負けない………

 

「この借りは、必ず返す!」
ハンスは、拳を握り、怒りに燃える東洋の怪物…赤鬼の様に顔を真っ赤に染め、唇を噛み締めた。
裂けた唇から赤い血がポタポタと零れ落ちた。

 

それを見た部下達は声も上げることが出来なかった。

 

その遥か背後では、ザフトがいる都市に向けて空爆が行われており、爆撃の炎が都市全体を覆い尽くさんとしていた。
オレンジの炎が天を焦がし、辺りを不気味に照らし出している。
ザフトも無用な損害を被ってまで半壊した部隊を追撃する愚を犯したくないのか、
残存部隊を追撃してくる気配はなかった。

 
 

その遥か高空で、その単調で退屈な任務を終えた爆撃機部隊は、地上の惨劇を全く気にも留めず、空になった弾薬庫の蓋を閉じた。
そして今までの任務と同様の予定通りに猛禽の嘴に似た鋭角的な機首を上にあげ、高度を稼ぎつつ、
勝利の旋回を雲一つ存在しない蒼穹に刻みながら、着陸地であるグリーンランドの空軍基地への帰路についた。

 

このヨーロッパ戦線の片隅で行われた撤退支援作戦は、グリーンランド ヘブンズベース基地に付属する飛行場より発進した
爆撃部隊と第22機甲兵中隊を初めとする殿部隊の奮戦もあって主力の撤退に成功すると共にザフト軍に打撃を与えるという地球連合側の戦略的勝利に終わった。

 

だがそれは、将兵の祝杯の打ち鳴らされる音と軍楽隊の音楽が高らかに鳴り響く様な華々しい勝利とは程遠いものであった。
なぜならば、その為に払われた地球連合軍の将兵の犠牲は、敗軍であるザフトよりも甚大なものだったからである。
この作戦に従事した部隊は、いずれも壊滅的打撃を蒙り、第22機甲兵中隊も、約半数の兵員を失い、事実上の全滅を喫した。

 

だが、この損害ですら当時の地球連合軍の機甲兵部隊の平均損耗率から考えれば、善戦した方であったのである。
比較としてこの20日前にイベリア半島 マドリード近郊で行われたエブロ川防衛戦で、戦車師団の支援の為に出撃したユーラシア連邦陸軍の機甲兵大隊、
グティ380機の内無事に帰投できたのは、15名、パワードスーツを着脱して脱出できた乗員は、20名というものであった。

 
 

「連合兵戦記」6章 3  「連合兵戦記」7章 1 新たなる短剣