ある召喚師と愚者_プロローグⅡ

Last-modified: 2009-05-11 (月) 19:06:20

―――ヴィジョン。

 

世界はこんな筈じゃなかったことばかりだ。

 

辺りは既に宵の時刻。だが暗くはない。理由は簡単で、建物がごうごうと燃えているから。
人間の呻き声が聞こえる。燃え落ちる隊舎。それを為したのは心を許した少女であり、“戦闘機人”という異形。
紛れもないテロリズム。否、暴力という理不尽。それ故に――理不尽にすべてを奪われた青年は反発する。
両手で握り締める大剣の柄が、今は酷く重い。相手はたった一匹の召喚虫、けれどそいつは一騎当千の戦士だ。
体中を攻撃が掠り、コートの防護服を噛み破ったそれが皮膚に刻んだ傷が痛い――だけど、だけど、だけど!

 

「巫山戯るなよ……こんな――」

 

青年は槍騎士から学んだ騎士剣術のすべてを以て、目の前のそれを叩き潰す覚悟を決めた。
身体強化で後ろへ跳び退り、青眼に構えた刃で、相手の変幻自在の戦闘機動から間合いを取る。
嗚呼、傷が痛む。皮膚に滲んだ血が、深紅のバリアジャケットをなお赤く染め上げる中、
黒いグローブで覆った指で支える大剣、真っ直ぐな機構剣の刃をスライドさせる。
どす黒いデバイスメタルのフレームが獣の牙のような白刃を展開、新たに粒子発生器を叩き起こした。
変形機構を使いこなす。彼がその武器の本質をまた一つ理解したと言うこと。

 

「――こんなこと! 赦して堪るかァァァ!」
《Slayer mode》

 

生み出された爆発的魔力が掌を伝わって大剣に流れ込み、切っ先から鍔元まで百五十センチはあろうかという刀身を、粒子発生器の光刃がさらに延長、
光刃による間合いの延長に合わせ柄も槍のように伸び、さしずめ“竜殺し”の英雄操る武器のような威容を誇る。
戦禍の色たる燃えるような赤い魔力刃が、疑似物質によって刀身長三メートルにも達する禍々しい紅蓮の刃を形成した。
それを両腕で保持した青年は、血の雫で染まったコートを揺らし、切っ先を召喚虫に突きつけるように振りかぶった。

 

「征くぞ“ガリュー”! お前を叩き潰すッッッ!!」

 

―――激突。

 

 

CE73年の争乱が終わり、青年――その頃はまだ少年だった――がキラ・ヤマトの手を取った後。
青年はあちこちの紛争地帯へ平和維持軍として送られる日々を送っていた。力の正しい使い道として。
沢山の争いごとを目に焼き付けてきた。それが正しいのか、間違っているのか、どちらが正義でどちらが悪なのか。
分かるはずもなく、答えをくれる人もいなかった。
ただ、心を抉るような戦禍だけがあった。

 

砂塵、砂塵、砂塵。

 

アフリカ砂漠地帯の風景は、襤褸屑のように荒野に打ち棄てられた人間達と、戦場の王者=旧式のMSによって成り立つ。
民生品として大量にばらまかれたMSの改造品。戦災復興のために善意で輸出された鋼鉄は、禍々しい兵器として戦場に君臨していた。
逃げ惑う人間へ掃射されるMSの対空機銃――バラバラになって吹き飛ぶ人間=手足と臓物と血の混じったミックスジュース。
無慈悲な虐殺を止めるための戦いなのだと聞かされていた。だから、青年は吼えながらMSを駆った。

 

「なんなんだよぉ、アンタ達はぁぁ!」

 

そう、これは正義なのだと自分に言い聞かせ、己の駆るグフの操縦桿を捌く。
元より、民兵上がりとザフトの特務部隊出身者が戦って勝負になるわけもない。
モビルスーツの耐久限界に迫る勢い、鬼神のような圧倒的戦闘――対MS用の大剣を以てコクピットを横凪ぎに一閃、
返す刃でさらにダガーLを逆袈裟に切り上げる。
推進器より爆発的な推進力を得た機体が、さらなる獲物を求めて滑空、地上を舐めるように加速。
一泊遅れて爆発するMS、崩れ落ちる絡繰り人形――その胴体越しにグフのモノアイが捉えた光景。
足が動かない少女/太股に刺さった大きな破片/流れ出る血液――そこに倒れ込む鋼鉄の巨人。
逃げろ、と叫んだ。あまりに無意味な言葉。非情な物理法則は、巨躯が倒れるに任せた。
少女の顔が絶望に染まり、悲嘆の表情がグフのモノアイに映る。
結果=潰されたトマトみたいな最期。
血が。
溢れた。

 

「……ちく、しょう」

 

赤い染みが、戦場に出来た。同時に集音センサーが拾う数多の悲鳴。人間がグズグズに弾ける音。
対人機銃と言うには些か口径が大きすぎるMS搭載機関砲が火を噴き、逃げ惑う敵対民族をミンチへ変えた。
気づけば青年は戦場で包囲され、旧式のジン・オーカーやダガーLの群れによって四面楚歌状態。
よくもまあ、こんなにモビルスーツばかり連合もプラントも輸出したものだ。
尤もそれは先の大戦で地球連合やプラントが負ったダメージの大きさを物語るばかりで、どちらの陣営も疲弊していただけという話。
工業用、作業用として戦闘用の装備を外されていたにも関わらず、この紛争地域では貴重な機動戦力として運用されていた。
数だけは多いな、と冷徹に思考しながら、それでも溢れ出すものが押さえきれず、“鳴いた”。
それは笑い声/それは泣き声/それは怒りの声=戦禍という理不尽への反発。

 

「ああ、そうかよ……俺が――」

 

耐G機能を無視した突進。早すぎて誰も見切れない加速、馬鹿でかいビーム発生デバイスを振りかぶり、唐竹割りに振り下ろす。
頭部から股間まで縦に真っ二つとなったダガーLが、推進剤への引火で爆散、一泊遅れて飛びかう迎撃の弾幕を嘲笑い、
グフの両腕に内蔵された鞭、スレイヤーウィップの高周波パルス発生器が、触れたモビルスーツの装甲を砕く、砕く、砕く。

 

「――みんな止めてやるッ!」

 

たった一機で紛争地域のMS部隊を粉砕する巨人。
憎悪の視線を向けられる平和維持軍のパイロット、通り名を“朱い鬼”という。
現地の民話に登場する人食い鬼に因んで付けられた、朱いMSの乗り手への畏怖/憎悪の証。
ただ、殺して殺して殺して殺し続ける。それだけの毎日。
彼が“月異常動力源破砕任務”に招集されるまでの、摩耗の日々だった。

 

 

―――新暦74年

 

月光照らす薄暗い闇。
無人の荒野を二人の影が征く。
一人はコートを羽織った長身の男。
もう一人は丈の長いローブで爪先から顔までを覆った子供だ。
ついでに言うなら、妖精のような小さな人影もある。

 

「……待って」

 

幼く、鈴を転がすような少女の声。
壮年の武芸者、と云った風情の男は皺の刻まれた顔に戸惑いを浮かべ、少女に向き直る。
この荒涼とした大地を歩いて数時間、男も少女も妖精も、一言とて言葉を放っていなかった。
それは気心が知れた関係だからであり、また体力の消耗を防ぐための無言だった。
加えて少女は元々無口な質だったから、意味もなく彼を呼び止めるわけもない。
では、何があるというのか。それが男を戸惑わせた理由であり、もしや、という思いもあった。
真逆、また“アレ”が見つかったというのか。

 

「レリックか?」

 

高純度エネルギー結晶体『レリック』。彼と少女を縛る狂的科学者の欲する魔の結晶。
そして、少女の母親の蘇生に必要とされているもの。
男の罪の証であり、贖罪のために必要なものだ。
だが、返答は否。

 

「……違う。魔力反応……すごく、大きい」

 

少女の魔力感知能力は、それがレリック以上のエネルギーだと告げていた。
そのことを男へ伝える。すると、彼はこう言った。

 

「どちらの方向だ?」
「……あっち」

 

少女が指さした方向に歩む二人、と妖精。
妖精(のような大きさの人型)が男の前に回り込み、声を上げた。

 

「って旦那もルー子もなんでそんなに無防備なんだよ! 危ないものかも知れないだろ!」
「大丈夫だ。俺は並みの魔法生物に負ける技量ではない」

 

随分と際どい格好をした妖精=古代ベルカ式ユニゾンデバイスは、「そう言う問題じゃない!」と言い、
身振り手振りで如何にゼスト達が危険なことをしようとしているかを語る。

 

「――そりゃあさ、レアなロストロギアだったらあのマッド野郎も喜ぶかもしれないけどサ、
いくら何でも割に合わないって。ハイリスクローリターンって奴」
「それでも、奴に貸しを作るのは悪くない。俺は奴が嫌いでな」
「普通嫌いだよあんなキ――」

 

男が手を叩いて話を元に戻した。
少女も、ローブから“紅い瞳”を輝かせて話の続きを告げた。

 

「……あっちに男の人が倒れてる」

 

その言葉に、壮年男が駆けだした。
彼についていく形でユニゾンデバイスも飛ぶ。
少女も遅れて走り出し、やや楽しげに目元を緩ませる。
息を弾ませ走り込む。今日初めて少女が見せる、子供らしい様子だった。

 

 

死体の山しか出来なかった。
どれだけ手を伸ばしたところで、志した“理想”には届かない。
いや、正しくは“死体の山を作る方法”しか知らなかった。
平和なんて守るには不器用すぎて、きっと間違いばかりだった。
為そうとしたことには意味があるのだと笑おうとして、もう笑えない自分に気づいた。
嗚呼、でも。
志した理想、“戦争のない世界”はとても眩しくて、何時だってそれのためなら戦えた。
まるで壊れた人形だと誰かに評された。
綺麗事で何でも片付けようとするな、と。
だからどうした。
人間らしい人殺しなんかされて堪るか。
そう魂が慟哭し、それでも腕は戦争の狗を殺していく。
男も女も老人も子供も“平和”の名の下に殺すしかなかった。
あそこはそう言う地獄だった。誰もが餓えた獣のように人を襲う熱砂の悪夢。
レアメタルの採掘と戦争くらいしか産業のない世界。
かつて目を背けた悪意の大地を前に、少年は悪鬼となるしかなかった。
そして付いた渾名は――

 

――朱い鬼(レッドオーガ)。

 

血塗れの両腕だった。

 

相変わらず最低の夢だ、と自嘲しながら意識がゆるゆると覚醒する。
核爆発で散り散りに吹っ飛んだはずだ、という記憶の割に違和感は妙に無い。
まあ、あの世も案外、俗世なのかもしれない。

 

「んぁ」

 

目を開くと、紅い瞳が自分を覗き込んでいた。
暗闇に光る真っ赤な目。滅多にいないアルビノ特有の色だ。
最初は鏡に映る自分の目なのかと思っていたが、

 

「……起きた」

 

少女特有の澄んだ声が違うと知らせる。
OK、とりあえず状況を把握しよう。
夜。薄暗い月明かり。少女の吐息が掛かるほどの距離=顔を覗き込まれていた。
自分の身体は嫌に軽く、そして着ているのはパイロットスーツではない。
むしろザフト軍の冬期正式装備、藍色コートのような印象。
首からは身に覚えのないアクセサリーまで提げられている。
いや、それはどうでもいい。
問題は見知らぬ土地で見知らぬ少女に顔を覗き込まれていたと言うこと。
ああ、つまり――理解不能、だ。

 

「っ!」
「?」

 

ずざざざざ、と高速で後退ると、紅い瞳の少女が首を傾げ、深々と被っていたフードが脱げた。
露わになるのは一流彫刻家の手に因るような、八歳ほどにもかかわらず既に完成された造形の、美しい少女の顔。
白く透き通るような肌理の細かい皮膚/くりくりと愛らしい緋眼/薄紫(パープル)の滑らかな長髪/紅を引いたような赤い唇。
額に浮かび上がった奇妙な模様と相まって、何処かこの世のものとは思えない雰囲気があった。
浮世離れしている、と言っても良いかもしれない。野暮ったい旅の衣装がなければ、それこそ天使か何かだと思ったに違いないほどに。
彼の戸惑いを尻目に、少女の脇に現れる人型。

 

「なんだ、ルー子。そいつ起きたんだ」
「うん」

 

――妖精のような、というかサイズ的にそうとしか形容できない物体が浮いていた。
あと喋った。表情も人間のようにころころ変わっている――生きている?
いや、待て。そんなわけないよな?
あ、でもこっち見た。
目が合う。
絶句。

 

「な、な、なっ」
「な?」

 

またも首を可愛らしく傾げる少女。
そんなことも目に入らず、ただ彼は叫んだ。

 

「なんだよ、これぇぇぇっ!」

 

どうしようもない理不尽。そう、これは理不尽だ。
月に突入して無人MSの大軍を突破、動力炉を破壊して死んでこい、という命令より理不尽な光景が目の前にあった。
これがあの世だったらどんだけファンタジィなんだと、運命の神様に突っ込むことだろう。
美少女と形容して差し支えない、赤い瞳の少女がぽつり、と呟いた。

 

「……名前」
「へ?」

 

さっきから間抜けな返答しかできない自分が憎い。
もう少しましな対応は出来ないのか自分、と思いつつ、聞き返した。

 

「名前?」
「そう……貴方の、名前。呼び方、わからない」

 

此処が死後の世界ではないと、薄々気づき始めた青年は、せめて名前くらいはまともに言おうと、
長い間口にしなかった本名を思い出す。季節はまだ肌寒い、それをコートで誤魔化した。
戸惑いも驚愕も何もかも押し殺して、生真面目な顔で口を開いた。

 

「―――シン・アスカ。それが、俺の名前」
「……シン」
「ああ、君の名前は?」

 

漸く年長者らしい余裕を取り戻したシンは、何とか微笑みながら少女に問うた。
尤も、その後ろで空を飛んでいる“妖精のようなもの”は無視しているが。
というか無視しないと精神的余裕が保てない。

 

「……ルーテシア。ルーテシア・アルピーノ」

 

それが、二人の出会いだった。

 

 

その後、ルーテシアに導かれるままに歩いて数分。
ちなみにその間、シンは“妖精のようなもの”から意図的に視線をずらしていた。
そのことで“それ”から若干睨まれたが、信じたくないものが世の中にはあると知ったので放置。
閑話休題。それはともかく、小さな野営地とでも言うべきものが在った。焚き火には薪がくべられ、パチパチと炎が弾ける。
どうやらシンが倒れていたのは荒野と森の境界線だったようで、ルーテシアの後を追って歩むと、辺りは鬱蒼と茂る樹木に覆われていた。
夜の闇。明かりも無しに歩む少女は夜目が利くのか、それともシンにはわからない目印があったのか。
今のところわからないが、焚き火はありがたかった。くるり、とルーテシアが振り向き、シンに座るよう身振りで指示。
ああ、と頷き身を屈めると、不意に聞き慣れない足音が、じゃり、と立った。
振り返る前に、低い男の声。

 

「起きたのか」

 

立っていたのは大柄な武芸者の風格を持った壮年男性。
ルーテシアの保護者なのだろうか、彼も同じく旅装束に身を包み、皺の刻まれた顔には苦労の跡が伺える。
男は茶色い擦り切れたコートの裾を揺らし、シンへ近づくと、こう言った。

 

「ふむ……行き倒れ……の割には顔色は良いな」
「あの……ここは何処です? 月はどうなったんですか?」

 

男はその様子に一人納得した様子で、ぽつりと呟いた。

 

「……漂流者か」
「漂流、者?」

 

疑問符を付けてばかりの自分が、阿呆みたいで虚しい。
“妖精のようなもの”が男の肩に座り込み、シンへ問い掛ける――これはこれで非現実的な光景。

 

「なんだよ、お前。ここが何処かもわからずついてきてたのか?」
「そう言っただろ! というかお前は何だよさっきから、人形が飛ぶなんて非常識だぞ!」
「人形!? あたしは“烈火の剣精”アギトだ! 覚えとけこの行き倒れ!」

 

ぎゃーぎゃーと口論を繰り広げる二人を眺めていた男が、生真面目な顔で言う。
何時の間にか、ルーテシアも紫の髪を揺らして彼の傍に寄り添っている。
基本的に無表情で無口な少女が、何を考えているか不明だ。

 

「俺はゼスト・グランガイツ。シン・アスカ、単刀直入に訊こう」
「はぁ……って何で俺の名前……?」

 

まだゼストには名乗っていないはずだが、と首を傾げる。
だがそんな些細なことは気にならないほどの衝撃が、シン・アスカ青年を襲う。

 

「“魔法”を信じるか? いや、技術体系として“魔導兵器”が存在することを君は知っているか?」
「……………はい?」

 

一瞬、相手の正気を疑った。
さもありなん、と頷きつつ、ゼストは続ける。

 

「やはり信じられんか」

 

溜息。

 

「……いい歳こいて、はいそーですか、魔法ですか、なんて信じられませんよ……」

 

シンは自分の声が苦り切ったものであることを自覚している。
だがそれも当然。漸くまともな年長者が現れ状況説明がして貰えるかと思えば、出てきた言葉は“魔法”。
冗談じゃない。少なくとも、モビルスーツという科学技術の粋を集めた機動兵器を駆り、
オカルトとは縁のない日々を送っていたシンにとって、いくら何でも“魔法”などというものは信じがたい。
が、ゼストが非情に告げた。

 

「……アギトのことは魔法以外で説明できないんだがな」
「ぐっ」

 

そうなのだ。魔法のことを認めれば、この妖精もどきもそういうものなのだと理解出来る。
そう、核爆発で死んだと思ったら、ファンタジィの世界にぶっ飛ばされました――三文小説以下の最低の筋書き。
だからシン・アスカの二十四年の人生――積み上げてきたモノは、そんな非常識を認めたくない。
反論しようと口を開きかけて――。

 

「……? それは、デバイスのようだな」

 

ゼストの言葉に遮られた。

 

「何が――」
「そのアクセサリーだ。待機状態のデバイスに見えるが……?」

 

そう言うと、彼はシンの首に提げられていたバッジ状のアクセサリーを手に取る。
如何にも“デバイス”なるものを熟知している、と言った感じで頷く。

 

「……ストレージに近いな、いけるか? “セットアップ”」

 

刹那、眩い光が弾け風が巻き起こり、それまでの空間組成を乱し大質量が突如として現れていた。
同時にシンは、男の身体からアクセサリーに注がれる、ある種のエネルギーを感じていた。
その感覚に戸惑っていると、何時しか光は止み、見たこともない構造の実体剣が現れる。
超強度鋼材の煌めき――黒鉄と白銀に彩られた分厚い刃がゼストの手の中に顕現、頑強極まりない金属が輝く。
突如として目の前に現れた、長大な刀剣に呆気に取られていると、武芸者然とした男はそれの柄をシンに差し出した。

 

「これ、を?」
「ああ、君の……アームドデバイスだろう?」
「いや、知らない……というかデバイスって何です?」

 

そこで、今まで黙っていたルーテシアが口を挟んだ。
彫像のように美しい少女の髪が揺れ、彼女も「アスクレピオス、セットアップ」と呟く。
すると光――少女の小さな掌を包み込むように、水晶のようなコアを持ったグローブが出現した。
鈴を転がすような、甘やかな声が耳を打つ。

 

「……魔法の補助をする機械。シンのは……接近戦特化型みたい」
「……何で俺がそんなもの持っているんだ?」

 

ルーテシア――形の良い眉を顰めて一言。

 

「知らない」

 

まあ、当然と言えば当然の答え。初対面の少女が知るわけもないこと。
しかし、藁にも縋る思いだったシンは天を見上げ、勘弁してくれ、と少しばかり溜息をついた。

 

「……だよなぁ」

 

ゼストは機械的な印象を受ける大剣を地面に突き刺すと、無造作にシンの肩を叩く。
肩を叩かれたシンも、彼が言わんとすることは何となく理解出来た。

 

「まあ、それはともかくとして、だ。魔法が存在するのは納得して貰えたと思うが、どうだ?」
「……ええ、まあ。信じるしかない、みたいですね」

 

何もないところからいきなり、刀身が百五十センチほどもある大剣が現れたのだ。
これは流石に、既知の技術体系では説明が出来ない上に、反論が出来なかった。
立ち上がり、自分が付けていたアクセサリーが化けた大剣の柄に、手を伸ばした。
大剣の鍔元に嵌め込まれた、彼の瞳と同じ真紅のデバイスコアがやけに綺麗で。
とりあえず引き抜こうと手を触れた瞬間――右手が焼け付くような、否、脳髄の痛み。
脳が理解出来ないほどの情報の洪水が、シンの理性を剥ぎ取っていく。

 

―――虚空。絶対の虚無が押し寄せる。月から拡がったそれが、地球を飲み込む。
砂時計型コロニー群を飲み込む。恒星を飲み込む。すべての事象を否定する。
暗黒は何処までも広がり、やがて太陽系を飲み込む。恒星という恒星を取り込み、銀河を暗黒で塗り潰す。
ブラックホールすら否定し、数多の文明を崩壊させ、一つの次元を飲み込み、遂に次元を超えて旅する種“羽根鯨”すらも――

 

―――ナンダコレハ? 

 

砕け散った真実。それが何なのか知りつつ、理解は華奢な心が許さない。
理解は幸福ではナイ。“虚構”という茶番は何より尊いのだかラ。
故ニ故に故ニ故に故ニ故に――“此処で見たこと”ヲ封印セヨ。

 

結果的に、ぐらり、と青年の身体が傾いだ。
その瞳が微睡むように閉じられ、呻くこともなく仰向けに倒れた。
あまりに突然の出来事。呆気に取られるゼストとアギトを他所に、
ルーテシアが旅装束のローブを揺らし、シンの唇に細い指を翳した。

 

「…………生きてる」
「ど、ど、どうするよ旦那!」
「……目が醒めるのを待つしかあるまい」

 

天を仰げば月が見える夜、彼と彼女らは出会った。
本当に些細なことだ。
だが、蝶の羽ばたきが人を救うこともある。
その逆もまた然り。
運命の歯車は回り始めたばかりだ。