ある召喚師と愚者_断章

Last-modified: 2009-12-09 (水) 21:16:42

ある召喚師と愚者
断章“彼岸の真実”

 

天から降ってきた災い、ジュエルシード暴走融合体に対抗するべく、
ムルタ・アズラエルが“デウスユニット【アズライオー】”を起動させ、
高町なのはが白い流星となって空を駆け抜けた刹那。
ただ呆然とそれを見上げる青年は、ゼスト・グランガイツとアギト、
ルーテシア・アルピーノという仲間の中で無力な個人だった。
突如として現れた赤毛の黒騎士の投げかけた言葉に戸惑っていたのもあるが、
自らが何故かそのことに深く納得しているという事実こそが異様で、シンにとって信じたくない事実だ。
故に問わねばならない、何かを知りながら押し黙る人格存在【アートマン】へ。
「アズラエルのMSと云い、お前は何を知っているんだ……? 答えろアートマン!」
漆黒と白銀の刃に深紅のデバイスコアを持つ大剣は、
《現時点では受け入れられない真実と判断する。マイロード、虚妄に思える真実の重さに――》
断言する。
《――貴方は耐えられない》
「なんだよそれは! 答えろ!!」
声が虚しく響き、

 

“――知りたいか?”
声が聞こえた。脳髄をむんずと掴まれたような異物感に吐きそうになる。
お前は自分であり、自分はお前である――絶対的な支配者の命令に似た単語。
それは凄絶なる運命への導き。
それは醜悪なる狂気への入り口。
それは歓喜すべき真実への扉。
「誰、だ?」

 

同時刻、巨人や戦闘の騒乱にまるで同ずることなく、ホテル内部に二人の男がいた。
一人は金色の瞳を持つ幻想の末裔――“無限の欲望”ジェイル・スカリエッティ。
一人は道化と悪魔の顔を持つ仮面――“相異存在”ワイズマン・アルハザード。
かつて――時空が閉じた螺旋に飲み込まれる前、すべての次元世界の要素を内包する“原初の世界”。
それは現在の次元世界では御伽噺とされる理想郷【アルハザード】そのものであり、――二人の男の起源だ。
仮面の男……ワイズマンが口を開いた。
「シン・アスカ。過去とは観測者の存在無しに確定されないものだ。
故に“緋色の騎士”たるお前は知らねばならない――この多元宇宙の創世を」
「ふむ、これより彼が見るのはこの世界(ループ)が発生する以前の物語、ということかね」
「そうだ。故に……」
次元犯罪者ジェイル・スカリエッティと見知らぬ怪人の会話は、確かにシンを動揺させた。
酷いデジャヴと頭痛を覚えさせる、異形の怪人の存在に頭を抱え蹲る。
その様子を同調で認識したワイズマンが鼻で笑い、仮面越しに真紅とも黄金とも取れる瞳を輝かせた。
「お前に選択権はない……シン・アスカ――」

 

それは呪いの歌声。
それは憎しみの叫び声。
それは世界の終わりと始まり。
“―――知ってもらうぞこの世界のすべてを!”
仮面の男がそう告げた瞬間、脳髄を強い電流が焼いた。
焼け落ちていく。今の人格を構成する様々な要素が抜け落ち、破砕され、新たな世界が形作られる。
《マイロード!? これは……電脳掌握? バカな、ではお前は――》
「シン、シン!?」
アートマンの驚愕の声と、ルーテシアの声を聞きながら……。
……意識は闇に堕ちる。

 

――それが、物語の始まりだった。

 

 

コズミック・イラ73年の大戦は、ザフト軍を率いるデュランダル議長の“デスティニープラン”推進派と、
歌姫の騎士団を率いるラクス・クラインのクライン過激派の艦隊戦に発展し、
宇宙要塞メサイアの陥落により歌姫の勝利に終わった。
その後、プラントとオーブを掌握したクライン過激派は地球圏全域の恒久支配を目的に【人類自由機構】を設立し、
ラクス・クラインを盟主に恒久平和実現に向けて動き始めた。
平和維持軍“ミレニアム”の発足もこの頃で、紛争地帯への武力介入による鎮圧行為は大きな成果を結び、
争いの絶えなかった地球圏に七年もの間、平穏をもたらしたのである……多くの弾圧を呼びながら。
だがそれは歪んだ手段によってもたらされたものであり、――悪意の顕現は避けられなかったのだ。
コズミック・イラ81年、地球北米大陸で大規模なクーデターが発生。
現地に配置されていた“ミレニアム”のMS部隊が鎮圧に向かうも、
謎の赤い機動兵器――“デスティニー”に酷似――によって、
北米ミレニアム基地はすべて破壊され、その様子は全世界へ向けて中継された。
後に歴史的瞬間となる、魔法世界“アルハザード文明”と“コズミック・イラ”のファーストコンタクトは、
圧倒的武力による殲滅から始まった。全世界への中継後、アルハザード人代表を名乗る初老の紳士は、
地球各国と【次元統一連盟】の設立を確約したことを宣言し―――戦闘行動を終えた機動兵器を指差し、声高に告げる。
粒子を噴出する翼に異形と化した先鋭的な長い四肢、
背中にマウントした巨大なバスターソードとロングレンジライフル。
禍々しいツインアイを備えた頭部は、V字の二本角と突き出した顎によって鬼神のようで、
――泣いているようにも見える。
緋色の巨人は己の名が読み上げられる間にも、生き残ったMSを穿ち壊し、真っ二つに切断し、殺戮し続けた。
うず高く積もり爆炎をあげるモビルスーツの残骸の上を飛翔し、まるで赤い鬼神(デーモン)の如き巨人は、
魔力素(エーテル)の残像を作り出しながら咆哮する。

 

―――オオオオオオォォォォ!!

 

『地球各国の皆様と、我らアルハザード人類が手を取り合い造り上げたまったく新しい兵器です。
ラクス・クラインの圧制から人々を解き放つ神の使徒――“デスティニー・セラフ”!』
異世界の魔導科学と地球の機械工学が生み出した人造の神【デウスユニット】。
その存在は戦禍の再来として人々に深く刻み込まれ、事実、この後、二度の戦争を上回る大戦が開かれることとなる。
だがモニターの向こう側で暴れまわる“デスティニー・セラフ”を見ての反応は人それぞれだった。
停滞と諦観を打破する存在として歓迎するもの、技術的見地から注目するもの、戦禍を呼ぶ凶鳥と忌み嫌うもの、
迫り来る戦争の――軍靴の足音に怯えるもの、そして緋色の戦神を操る青年を思うもの……。
ミレニアム独立治安維持艦隊所属指揮官、アスラン・ザラはオーブ首長国に用意された別邸でそれを眼にし、
七年間もの月日をおいて現れたかつての部下の名を呟く。
あの戦闘機動は、あの巨人の装備は、あの運用概念は!

 

「……どうしてお前が…………シン・アスカ……!」

 

鷹は舞い降りた。
天使は戦場で殺戮を謳歌し、全世界へ叫び続けた。
……俺は此処にいる、俺は此処にいる、と……!
それは求愛であり、呪詛であり、苛烈なる意志だった。
この日、全世界にその姿を曝した機械仕掛けの神【デウスユニット】はその後、
汎銀河大戦と呼ばれる人類すべてを巻き込んだ戦争における最強の一角として君臨し続ける。
此れは百年の平和を求め、永劫の闘争へ身を捧げた英雄“シン・アスカ”の記憶である。

 

 

混沌――突如として呻きながら倒れたシンに対し、ゼストやルーテシアは成す術がなかった。
彼の相棒であるインテリジェントデバイスは待機状態に戻り、システムをハッキングする“何か”と戦い続けているが、
《システムエラー……電脳掌握により当ブレインユニットの機能64パーセントが使用不可――率直に言って、不味い》
「何が起こっているか説明しろよ、このインチキデバイス!」
ユニゾンデバイスの声に対しシン・アスカのデバイス【アートマン】は、冷徹な知性を感じさせる声で告げた。
《何者かに管制人格の権限を剥奪され、人格への攻撃――私とマイロードの同調を利用したハッキングを行われている。
基底現実での行動に不可欠なアイデンティティへの介入行為だ。精神崩壊の危険がある》
「なんだよそれ!? どうにかならねぇのか!」
《現状の私単体では不可能》
アギトが沈痛な顔で押し黙ると、旅の仲間であるゼスト・グランガイツが口を開く。
彼の顔は何処か苦悶する学者のように歪められていた。
「――俺たちで何とかならんのか?」
《……シン・アスカの精神へ直接働きかけるしかない。いわゆる精神領域への同調介入だ、危険が伴う。
だが彼の自我が覚醒すれば、黄昏を呼ぶ“緋色の騎士”システムは起動し得ない》
「……待て! 緋色の騎士、だと? シン・アスカは何者なのだ!?」
ゼストの叫びの意味が分からずアギトとルーテシアが呆然とする中、グランガイツ家の騎士の末裔として男は問う。
“緋色の騎士”とは、一種の伝承である。
グランガイツの家では終末を運ぶ裁定者として敬われていたそれは、
かつて古代ベルカの大地を滅ぼし、それ以前にも【神】を脅かすモノを滅ぼしてきたのだという。
故にそれは世界の守護者でありながら破壊者という矛盾存在。かつて父はこう言っていた。

 

『もしも我らの代で“それ”が来たならば、―――我らは抗う準備をするべきだ』

 

例え神の使徒であろうと、ヒトを滅ぼさせるわけにはいかないのだから。
一族郎党が皆、世界の終末に備えて生きていたが、ゼスト自身は信じていなかった伝説だ。
だからこそ今代の“英雄の介添え人”は、己に降りかかる運命に恐怖していた。
……何故、俺なのだ?
答えは、

 

《マイロードは……この【次元世界】の基礎となった原初の“コズミック・イラ”と“アルハザード”の騎士だ。
自ら人類の平和のためシステムの一部となることを望んだ、最初の生け贄であり、―――人類の守護者。
ゼスト・グランガイツ。グランガイツの一族が畏れ敬う天の使い“緋色の騎士”とは―――》
無慈悲な真実こそ、ゼストという騎士が聞きたくなかったことだというのに……!
《―――アルハザードの忌むべき遺産【ドミネイター】の奴隷に過ぎず、私はそれに反逆するため存在する》

 

 

異世界の軍勢が【デウスユニット】を中核とした少数戦力で平和維持軍“ミレニアム”の尖兵を叩き潰した後、
北米を中心とした地球各国は【次元統一連盟】を支持、
地球連合に代わる枠組みとしてこれに参加することを相次いで決議した。
これはラクス・クラインの設立した【人類自由機構】、
ひいては現行の世界秩序への反逆行為であり、―――戦争を意味する。
軍産複合体などと呼ばれた秘密結社ロゴスが解体された今では、
地球各国の盟主となったのは魔法を謳う異世界“アルハザード”だ。
圧倒的な科学力は地球側の技術水準を遥かに凌駕し、
モビルスーツという特殊分野以外ではすべてにおいて勝っているほどである。
その中でも空間中の特殊元素“魔力素(エーテル)”を利用した魔導科学は圧倒的だった。
これを使用することで機械の歯車に過ぎないモビルスーツは機械の神となり、
魔導科学が生み出した戦うための牙、新たなる偶像の神【デウスユニット】は人類を導くはずだった。
……そうだ、そのために甘言に乗り、もう一度戦うことを決意し――此処にいる。
ラクス・クラインたちによる平和維持は今のところ成功しているものの、それは長く続かない。
いずれCE73年のように火種が火薬庫に転がり込む。それほど地球圏は不安定であり、
一度膿を出し切らねばならないのだ。地球圏の支配を目論み策謀する者たちも、
コーディネイターやナチュラルの純血主義者も、力を持つ者を滅ぼす戦いが必要だった。
精々、潰し合い滅んでくれればいい。
それがこの世界に“百年の平和”をもたらすのならば、悪魔とだって契約してやる。
……“だから”俺は戦える。

 

ざんばらに切った寝癖付きの黒髪をヘルメットに押し込み、長身痩躯の肉体をパイロットスーツに包む。
魔術機関の内臓を曝け出した巨人“デスティニー・セラフ”のコクピットへ赴き、乗り込んだ。
今年で二十四歳になる青年はコクピットハッチを閉めると、四肢を機械に埋めて微笑んだ。
「ああ―――長かったな。此処まで来るのに、犠牲が多すぎた。そしてこれからも……」
鋼の偶像に光が灯る。エーテルコア・ジェネレーターが明滅し、莫大なエネルギーが鉛色の装甲を色づかせる。
燃えるような緋色の装甲は赤熱化しているような異様な光景であり、対消滅兵器すら減衰させる相転移装甲だ。
細長い異形の四肢――その先端の鉤爪がしなり、悪魔のようなマスクが前を睨んだ。
「それでも、誰かが罪を背負うなら……俺が背負ってやる……!」
《デスティニー・セラフ管制人格、起動。システムオールグリーン、操縦権をマイロードへ移行》
まだ幼い人工知能の声を聞きながら、操縦者(デウス・ギア)“シン・アスカ”は緋色のデウスユニットを駆り、
太平洋ハワイ沖上空を巡航する次元統一連盟・第一連合艦隊旗艦【エルトリウス】から飛び立った。
一対の巨大なスラスターユニットから粒子翼を展開し、加速――瞬く間に大気中の魔力素との干渉で煌く刃金。
灼熱を纏いて飛翔――ただ一機で亜光速巡航するデスティニーは、水平線の向こう側にいた敵艦隊へ肉薄。
左の背部マウントラッチから長銃を取り出し、左腕でホールドして構えた。
ジェネレーターから供給されたエネルギーが長銃の銃身(バレル)で膨れ上がり、強力なビームとして解き放たれる。
極太の熱線は光速超過のスピードで何条も雨のように降り注ぎ、合金を飴のように融かし爆ぜさせた。
デウスユニット以外では最新式のMSを積んだ空母四隻――ミレニアムの大部隊だ――が一瞬で膨れ上がり、
出来の悪いカートゥーン・アニメーションのように真っ二つに裂けた。続いて膨大な熱量が海水を蒸発、沸騰させる。
裂けた空母の船体は周りの物体を渦に巻き込みながら沈没し、
ドムⅢやジンⅡなどの最新鋭機が何も出来ずに飲み込まれた。
敵機接近の報など皆無だったのだから当然だ。数十機のMSがそのパイロットと共に海の藻屑と消え、
『て、敵モビルスーツです! レーダーに映らなかった!? 各機、迎撃――』
空母の消滅でようやく状況を把握した護衛艦及び小型MS母艦が、仲間の仇を討とうと殺意の塊になって銃火を放つ。
荷電粒子ビームが恐るべき密度で弾幕を展開するが、デスティニー・セラフはそれを嘲笑う。
「遅いんだよ」
―――切断音。
百発に届こうかという火線の嵐は、巨大な対艦刀【アロンダイト】の一閃――否、
39782回に及ぶ剣閃によって弾かれていた。
万の領域を超過した斬撃は次元断裂効果により空間自体を歪曲させ、ビーム兵器の直進を妨げ打ち消したのだ。
そのまま粒子翼によって得られる絶大な推進力により突進し、
大剣アロンダイトが放つ粒子刃が次元の境界ごと物質を切断。

 

相転移装甲が断面も鮮やかに切断され、
その圧倒的な剣閃が生み出した嵐のような空気断層がMSを木の葉のように揺らした。
まるで荒神の咆哮のような、暴威的魔力素の吸引による空間の揺らぎ――聴音として聞こえる唸り声。

 

―――オオオオオオオォォォォオ!!

 

まるで戦哭(ウォークライ)……禍々しい熾天使が吼えている。
狂ってしまいそうな恐怖に身を震わせ、赤い幻影に向けて闇雲に砲撃を放つバビ・カスタム。
ザフト工廠が開発した航空重爆撃MSの粒子砲が次々と焔を吐き出し、青い空にビームの軌跡がくっきりと残った。
だがそれも無意味。眼にも留まらぬ速さの旋風が、緋色の残像を残してMS部隊を引き裂いていく。
一機、二機、四機、八機、十六機、三十二機、六十四機――無限に増えるかと思われた撃破の増殖。
僅か数秒ですべてのモビルスーツが爆発し、
その残骸はデスティニーによって高速の榴弾と化して海面の艦船群へ降り注いだ。
爆発。爆発。爆発。爆発。爆発。爆発。爆発。爆発。爆発。すべてが海面下へ沈み消えてゆく。
光速超過の一方的で無慈悲な殺戮の風こそが、シン・アスカと合一した緋の鬼神の真実であった。
《戦闘行動を続行してください、マイロード。敵側のデウスユニットです》
「……敵にも渡ったか? クラインの騎士団辺りだろうが」
《はい。ですが奪われたのは一機のみであり、複製や量産化は不可能なブラックボックスの塊ですので――》
シンが前方をカメラアイで睨むと、そこには黒い影が存在していた。
亜光速巡航を行う黒騎士たる巨人――その機影は、かつて彼を打ち倒したMSに似ていた。
力強く鋭いシルエット。全身に装備されたビームサーベル発生デバイス。背中のマントじみたリフター。
緑色のツインアイがデスティニー・セラフを睨み、かつての戦域でゆっくりと浮動する。
「……ジャスティス」
《デウスユニット“ジャスティス・ラグエル”。
イレギュラーナンバーですが、管制人格をインストールされた“本物”です》
そして、―――昔と何一つ変わらない声が響いた。

 

『シン……もうやめろ、こんなバカな戦争は!』

 

その声に対し、シン・アスカは微笑みで応じた。
「久しぶりだな、英雄アスラン・ザラ――俺は決めたよ」
それは世界への宣戦布告……あの日、落日の祖国と黄昏の戦場で心に抱いた絶望の昇華されたカタチだ。
「世界が争いをやめられないなら、俺がすべての力持つ者の牙を折るってな!」
『その過程で……いや、今まで何人死んだ!? そしてこれからどれだけの犠牲を作るつもりだ!?』
「さぁな……だけどな、アスラン。あんたが何を言おうと、俺は止まるつもりはないッ!」
『そうか……シン! 俺が、お前の野望を止めるッ!』
両者が放った排気炎はエーテルの燃えカスであり、亜光速に達する戦闘機動の証だ。
緋色の鬼神が大剣を下段に構えた刹那、黒い騎士はシールドから巨大なビームソードを引き抜き、勢いのままに突貫した。
同時に漆黒のジャスティスの両脚が巨大なクローアームへ変形――爪先がビームサーベルを放ち、
触手のような滑らかさでデスティニーの四肢に襲い掛かる。いわば、三刀流とでも言うべき変幻自在の戦闘機動だ。
これに対し、デスティニー・セラフの装甲はそれだけで兇器足りえる強度だった。
常に装甲表面へ纏っている活性化エーテルの盾。それは恐るべき速さで迫った凶刃を受け止め、
粒子防護領域によってエーテルビームを無力化していたのである。
ゆえに緋色の鬼神はアロンダイトという一刀でジャスティスの斬撃を受け止め、瞬間的に鍔迫り合いで敵を凌駕する!
それ自体が時空に干渉する魔導科学の結晶――時空間干渉デバイス“アロンダイト”――その刃。
まるで雷鳴……核爆発に匹敵しようかという衝撃波が発生し、海が真っ二つに割れる。
ミシミシと鍔迫り合う二騎の巨人――漆黒のデウスユニットの内部で、アスランは焦っていた。
『シン……お前はいったい――?』
理由は自機の異変――変形機構を取り入れたことで機動性が飛躍的に上昇した代償として、
ジャスティス・ラグエルのフレームはデスティニー・セラフのそれと比べて僅かに脆いのである。
無論、それは実戦での強度として何ら問題がないレベルであるが、目の前の敵にしてみればそうではないらしい。
常に赤いエネルギーを纏うほどの高出力機、“新たな”デスティニーのパワーは異常の一言に尽きた。
少なくとも操縦技量ではシンを上回るはずのアスランが、このような接戦へ持ち込まれるほどに。
時空間干渉デバイス同士の鍔迫り合いは、終始、圧倒的な出力のデスティニーに防戦一方のジャスティスという光景だ。
「アンタ達のそれも正義だ、だけど――争いを生む“正義”は不要なんだよ!」

 

熾天使の両翼が光を吐き出した刹那、殺人的加速がジャスティスの推力を上回り、
空中に縫い止められていた二騎の人型を吹き飛ばした。両機は弾丸のように一直線、壁となるものへ向けて突っ込む。
自ら加速姿勢を取ったデスティニーは兎も角、海面か地面に叩きつけられるジャスティスは堪ったものでは無い。
機体の防護機能でデウスユニットが無事であっても、中のパイロットであるアスランが無事とは限らないのだ。
『ぐぅ、ならば!』
故にアスランの判断は迅速であった。機体を構成するパーツの殆どをパージし、胸部を変形。
コクピットブロックと一体化した機動兵器コアファイターユニットとして慣性を無視して飛び立った。
上方へロケットのように打ち上げられたコアファイターは、デスティニーが加速する方向とは逆方向に推進する。
殆ど自らアスランを逃す形になったシンは、機体を反転させ空中で静止……猛る虎のように吼えた。
「そうか! 何度でも立ち塞がるか! なら俺はアンタを斃す―――絶対に超えてみせる!!」
それが一つの転機――。

 

 

―――遠い遠い時空間の彼方を一人の魔法使いが飛んでいた。
赤茶けた大地に横たわる鋼の巨人の群れ……倒壊したビルなどの廃墟が退廃的な彩りを添えるオブジェ群。
その上を魔器(オリジナルデバイス。古代遺失物)と呼ばれる魔導兵器に乗って飛翔するのは、
まだ十代半ばの可憐な少女だ。長い栗色の頭髪に整った顔、華奢な肢体に鮮烈なワインレッドの外套を纏い、
大剣を収めた長い“魔女の箒”のようなモノに跨り空を高速で飛翔する。
衝撃波と水蒸気が発生していることから少なくとも音速超過の飛行にも関わらず、
少女には辛そうな様子はなく……それどころか美少女と言って差し支えないマスクには微笑さえ浮かんでいた。
ついでに鼻歌まで歌っている。出身時空で一時期流行ったアイドルのヒットソングだ。
「ふんふんふ~ん♪ き~みはだれとぉぉぉ~……【アスカロン】、次の時空座標で間違いないんだよね?」
《勿論ですよ、ウィッチ。確率87.9パーセント、今までの4倍の確率で存在するはずです》
機械音声のくせに情緒豊かに喋るのは少女が跨る白銀の剣であり、その一部である鞘だった。
デバイスコアは存在しないようだが、表面に刻まれた真紅の刻印が輝いている。
魔器アスカロン。少女――“魔女”と共に生きる人格存在であり、永劫のパートナー。
魔女は不敵な笑みを浮かべ、呟いた。
「……すべてのハッピーエンドを掻っ攫い、バッドエンドを粉砕する――」
時空の彼方の兄へ向け―――。
「―――それが私……待っててね、シンお兄ちゃん」