なのはクロスSEED_第16話前編

Last-modified: 2008-08-17 (日) 18:19:07

その場にいる誰もが、彼女の言葉に聞き入っていた。
彼女の、リニスの口から語られる全ての真実。
それは、イージスの中からずっと彼を――アスランを見ていた彼女の言葉。

 

――そして、全ての真実が語られた。

 

"……これが、私が見てきた全てです……"

アスランとリニスの出会い、使い魔としての仮契約。
そしてその事で、過去の軌跡がアスランの知られざる事となり、
彼自身にある決意をさせる事となってしまった。

 

 
彼の行動の全ては…………たった一つの願いの為に――――。
 

 

"……アスラン、あなたがしようとしていることは……"

 

リニス自身も既に検討はついている、いや確信を持っているのだろう。
リニスの言葉に先程まで俯いていたアスランはゆっくりと顔を上げ、開口する。

 

「……ああ、君の思っている通りだ……俺は全てのジュエルシードを使って、彼女を……

 

 ――――アリシア・テスタロッサを、蘇らせる」

 

その言葉に、そこにいる一同はさらに驚愕の表情を浮かべる。

 

「死んだ人間を蘇らせるなんて……そんな事が……」

 

信じられない。と言葉にするまでもなく思うキラ。普通ならそう考えるのは自然な事だ。
死という自然の摂理に反する事。それはどんな科学でも魔法でも不可能とされた禁断の領域であり、
全ての人々にとって、願うべき事の一つ――死んだ人間が蘇れば――と。
それを願ったのは、キラも例外ではない。
死んでいった人々を、自分に華をくれたあの少女を……大切な友を。

 

――生き返らせてくれれば――と。

 

「馬鹿な!! いくらジュエルシードの力が強大だったとしても、そんな事出来る訳が無いっ!!」

 

クロノの知るジュエルシードというロストロギアは、いわば高エネルギー結晶体である。
確かに願いを叶えるという効力がある事は知っているが、それも術者の願い通りに叶う事もない不完全なもの。
過去に何度もそのような事で消滅した次元世界の存在がそれを論理付ける証拠でもあった。

 

"……アスラン、あなたの気持ちはとても嬉しく思います……
ですが、もしジュエルシードの力でアリシアを蘇生できたとしても……"

 

言葉に詰まるリニス。
この先の言葉を、言うべき言葉が分かっているはずなのに。
なのに、声に出す事ができないのは……それを口にする事が怖いと感じる自分がいるから。
だが、そんなリニスの気持ちを知ってか知らずか、次の言葉を紡ぎ始めるアスラン。

 

「…………もし、生き返る事が出来たなら、代償として同等の何かを失うという事……つまり…………

 

 ――――――俺の、命の引き換えに」

 

 

 

一瞬にして声を失う面々。

 

アスランの目的……アリシアの蘇生が成功したら――その代償としてアスランの命が失われる。

 

「そ、んな……!」

 

その事実を聞かされて驚愕の言葉と表情を浮かべるキラ。
キラだけではない、結界の外にいる面々も同様の表情を浮かべている。
そして何より一番驚いていたのはフェイトだった。

 

"………………"

 

俯き、目を瞑るリニス。その仕草から見てやはり彼女の想像通りの返答だったようだ。
そして、痛み身体に鞭打つように立ち上がるアスラン。

 

「……まだだ……まだ……終わってない……!!」

 

ギリィッ!! と力強く握られる拳、それに伴うようにアスランの体内の魔力の流れが激しく動き始める。
足元に出現する紅き魔法陣。魔法陣からあふれ出る紅き魔力の光がアスランの身体を包む。

 

『Recovery.』

 

光が弾け、破損していたバリアジャケットが再生成され、美しく鮮やかな紅が再臨する。
閉じていた目をゆっくりと開き、目の前にいるキラを見据える。

 

「……イージス、リミッター解除」
『Yes, My master.』

 

静かに、ただ無機質な言葉が発せられると同時にアスランのSEEDが弾ける。
身体の感覚が研ぎ澄まされていくこの感じ――知っている。
だが、今はそんな事はどうでもいい。
今はただ――。

 

「……俺の剣を」
『Right and Left sabre conection, Full power sabre "Halberd mode".』

 

アスランの右手に発現し、握られる紅き魔力刃。
槍を彷彿とさせるその形状は、以前海上での戦いで見たもの。
そして。

 

タ――――ッ!!!

 

「!!?」

 

構えを取るよりも早く、地を駆けて接近するアスラン。
反射的に肩のサーベルを引き抜き、自身へと振り下ろされる紅き刃を受け止めるキラ。
紅き刃を止める蒼き刃、ぶつかり合い弾け飛ぶ魔力の欠片。
だが、紅き刃の猛攻は――。

 

ピシィッ……!!

 

「!!!」

 

魔力刃に亀裂が入るのを見え、バックステップで距離を取る。
それを追撃するように追うアスラン。
サーベルを投げ捨て、背中の『シュベルトゲベール』を引き抜き、反転。
反動を利用して一気に距離が縮まる二人。
振り被る暇も無く、刃と刃の鍔迫り合いで相手を押し合う。
押し合い、弾け飛ぶ二つの魔力。
だが、いつまでもそんな事をしていても何も変わりはしない。そう考えたアスランは――

 

「――ッ!!」

 

押していた力をバネにして後方へと下がるアスラン。
その反動で体勢を崩し、前のめりに倒れそうになるのを踏み込んだ左足で何とか支える。
そんなキラが見上げた先――眼前に迫っていたのは、赤の魔力弾。
その向こうにはライフルを構えたアスランの姿もあった。
が、今はそれよりも目の前の"ソレ"を避ける為に身体を強制的に捻る。

 

「くっ!!」

 

支えた左足の底に力を込め、駆け出す。
次々と正確に狙ってくる魔力弾を紙一重でかわし続ける。
こちらもライフルで応戦しようとするが、回避するのに精一杯で狙いを定めるどころか、トリガーを弾く事すら出来ない状態であった。

 

「…………あれ?」

 

そんな二人の様子を結界の向こうから見ていたフェイトは"ある事"に気付き、疑問の声を上げる。

 

「どうしたんだい? フェイト」

 

そんなフェイトの声に気付いたアルフが問いかける。
その言葉に反応するようにフェイトが指をさした先は――アスランの"左手"。
それに釣られるようにアルフも視線を向けるが、よくわかってはいないようだった。
一体この中の何人が気付いているだろうか、先程までのアスランの変化に。

 

そして、そんな事は露知らずに魔力弾を避けるキラは次の行動を模索していた。

 

(どうする……!? どうする……!?)

 

徐々に焦りが出て考えが纏まらず次の行動に移りかねていたキラはヤキモキしていた。
そして、その焦りはついに行動へと現れる。

 

(こうなったら……!!)

 

ザ、――――――ッ!!!

 

回避の足を止め、アスランへと向き直り、一気に駆け出す。
このミドルレンジの距離を変えるには、自分自身が動くしかない。
そう考えたキラは魔力弾の雨の中をシールドを掲げ、姿勢を低くし突き進むように地面スレスレに空を翔ける。

 

「!!?」

 

一瞬驚いたような表情を浮かべたアスランをシールドの隙間から見たキラ。
これでアスランの一瞬の動揺を誘う事が出来たのを確認し、次の行動に移される前に一気に接近戦へと持ち込み、叩く!
右手で肩の『シュベルトゲベール』の柄を握り、力を込める。

 

そして、距離が大分縮まったと思った瞬間。

 

「!!」

 

アスランが動いた。ライフルをこちらへ構えたまま、
バックステップを踏み、その場から後方へと飛ぶ。

 

(距離を取るつもりか! そうは――させないっ!!)

 

「ストライク! ブーストフルパ『Master!!』

 

――――ズドォンッ!!!

 

キラがスピードアップを言葉にしたのと同時に、ストライクから発せられた警告の言葉。
突然の爆発。それはキラの丁度足元の地面が割れたように爆砕した。
爆風により上空へと吹き飛ばされるキラ。

 

「ぐぅっ!!!」

 

上空で体勢を立て直そうとし、上体を翻す。
一体何が起きたのか。それを考えようと思考を巡らせたが答えは出てこない。
だが、そんな事を考えている余裕は――無くなった。

 

「!!?」

 

いない。
先程まで追い続けたアスランの姿が、忽然と消えていた。
どこへ――そう考えつつ視線を泳がせた瞬間。
眼下に広がる爆風を散らし、高速で接近する紅い影。
それは両手に魔力刃を携えたアスランの姿。
そしてキラの脳裏に浮かび上がる選択肢には三つ。
回避――体勢を立て直したばかりのこの状況では難しい。
防御――先程の爆発で左手のシールドは遥か後方へと飛ばされていた。
だったら――!!

 

(反撃だ――!!)

 

すぐさま右手で肩の『シュベルトゲベール』を握り、自身も加速する。
そして互いの距離が縮まった瞬間、先に武器を降り下ろしたのはキラだった。
だが、アスランはそれを予測していたように両手の魔力刃をクロスさせて受け止める。
ギギギ……!! と空中での鍔迫り合い。

 

「い、今何があったんだ?」

 

先程の突然キラの足元の地面が爆砕した事に驚きを隠せない面々。

 

「爆発する瞬間、足元にアスランの魔力弾が当たったのは見えたけど……」

 

だが、ただ魔力弾が命中しただけであんな爆発が起こるとは考えられない。

 

「一体何で「多分、魔力弾は起爆剤に過ぎない」フェイトちゃん?」

 

なのはの疑問の声を打ち消すようにフェイトが言葉を漏らす。

 

「起爆剤?」
「あの時、アスランの左手にあったはずの紅い槍が、いつの間にか無くなっていたんだ」

 

キラのサーベルを砕き、『シュベルトゲベール』と対を成すように競り合ったあの紅い槍。
確かに言われてみれば、持っていたはずの槍が無くなっていたような気がするかもしれないが、
そこまでは見ていなかった面々は確信を得られなかったが、フェイトがそういうのだから間違いは無いだろう。

 

「多分、あの時アスランは足元にその槍を突き立て、地面に槍の魔力を流し込んだんだと思う」
「……つまり即席地雷のようなものという事か」

 

フェイトの推測にクロノが導き出した一つの答え。
つまり、アスランはあの槍を地面に突き立て、
その地面の抉れた場所に槍の魔力を流し込み、見えない魔力の塊を構成したという事。

 

「成程、それでその場所に魔力弾が当たった瞬間、その魔力が反応して爆発したのか……」

 

しかし、アスランの実に恐ろしきはその発想力。
魔力の構成変化や形状変化等、魔法を覚えて半年にも満たない奴がそんな事が出来るのか?
少なくとも、クロノの知っている中では誰一人として該当しなかった。

 

――キィンッ!! ガキィンッ!!

 

空中で幾度も交差する蒼と紅の刃。
それも高速で移動する者達の競り合い、
刃と刃が当たる瞬間に互いの構成する魔力の欠片が零れ落ちるように弾け飛ぶ。

 

「……お前は」
「!!?」

 

これまで戦闘中、一切口を開く事の無かったアスランがその重い口を開く。
その事に驚いたキラだったが、手に込めた力を抜く事なく目の前のアスランの言葉に耳を傾ける。

 

「お前は……どうして俺の邪魔をするんだ……!!」
「どうしてって……それは!」

 

振り下ろされる槍を同じ様に肩から振り下ろし、もう何度目かわからない鍔迫り合い。

 

キラがアスランの邪魔をする理由、それは自分の友達を止める為に。
それは重々に承知している。その為にここまで来た事も。

 

――だが、キラの心には一抹の曇りが生じていた。

 

「お前はあの子の幸せを奪うというのか!!」
「え……?」

 

そしてその曇りはどんどん大きくなっていき――。

 

「アリシアが蘇ればプレシアもきっと元の優しい母親に戻る、そうすればフェイトだってもうあんな思いはしなくて済むんだ!!」
「そ、それは……」

 

「お前は、取り戻してやりたいと思わないのか!?理不尽な運命に奪われた家族を!あったはずの笑顔を!!」

 

キラ自身、アスランの言葉に何も言えなくなってしまっていた。
言い返す言葉が無い事ではなく、自分でも解ってしまったから。
アスランの気持ちが、彼の行動理念が、大切な者への譲れない願いが。
痛いくらいに伝わったから。だからこそ、キラの心にその言葉は突き刺さる。

 

「お前が、俺の立場だったら……お前はどうする!?
 取り戻せるかもしれない過去を、これからの未来を、あの子の笑顔を!!」
「ぼ、僕は……」

 

アスランの問いに対して、キラ自身どう答えていいのか解らなかった。
もし僕が、アスランの立場だったら――僕は……どうしたのだろう――。

 

「俺の命で、それが取り戻せるというのなら……俺は――ッ!!!」

 

キラの返答よりも早く、アスランは行動へと移る。
両手の力を流すように両手を動かし、眼前の大剣を自身の横へと受け流し、キラの腹部へと蹴撃を見舞う。

 

「ぐっ!!?」

 

腹部へと走る痛みに顔が悲痛の表情へと変わり、衝撃で後方へと飛ばされていく。
痛みで閉じていた目を開くが、開いた目に映る光は一瞬で闇に包まれる。
ガッ!! と顔面を手で掴まれる感触。

 

「!!?」

 

『シュベルトゲベール』を離し、その掴んでいる手を離そうとするキラ。
だが、掴んでいるその手に込められた力は半端なく強く、ちょっとやそっとではビクともしない。

 

「……もう俺の邪魔はさせない……これで……」

 

目の前の闇を侵食していく紅き光。
まずい――この至近距離で喰らったら――!!
何とかして掴んでいる手を離そうとするが、振りほどけない。
焦ってがむしゃらに力を込めるが、ビクともしない。

 

「終わりだ」
『Skylla, Full power Burst!!』

 

アスランの声とイージスの声がほぼ同時に発せられた瞬間、キラの顔を掴んでいた手から発射される紅き砲撃。
その奔流に飲み込まれ、吹き飛ばされるキラは壁へと叩きつけられ、地面へと崩れ落ちていく。
重力に逆らう事もなく――何の動作をするでもなく――ただ、崩れた瓦礫の山へと倒れた。

 

「キラ(君/さん)!!!」

 

その光景を見ていた面々が悲痛の表情で彼の名を叫ぶ。
だが、結界の向こうにはその叫びも届く事はない。

 

「きゃっ!」
「なのは!!」
身を乗り出し、結界へ触れたなのはは小さく悲鳴を上げ、倒れそうになったのをユーノが後ろから支える。

 

「くそっ! この結界がある限り何も出来ないなんて……!!」
悔しさでデバイスを握る力がより一層込められるクロノ。
だが、そんな中こちらへと歩み寄ってくるリニスの姿。

 

"……お久しぶりですね、フェイト、アルフ……"
「リニス……」

 

あの日、突然何も言わず消えてしまったリニスを、二人はずっと案じていた。
最初はすぐに帰ってくる、そう信じてた。
だが、時は残酷にも流れ続け、いつしか二人はリニスの身に何が起きたのかを悟っていた。
もう、二度と帰ってこないのだと、もう二度と逢えない――と。
だが、今二人の目の前に彼女はいる。
思いも寄らない形だが、それでも彼女との再会は――どんな感情よりも嬉しいと感じていた。

 

"……ごめんね、フェイト……"
「え……?」

 

だが、彼女は突如として頭を下げた。

 

"全てを知っていて、それでもあなたに何もしてあげられなくて……本当にごめんなさい……"

 

そういった彼女の瞳から流れ落ちる涙の雫。
きっと彼女はこの数年間、ずっと謝りたかったのだろう。
だが、言葉を発する事すら出来ない、ただ見ていることしか出来ない自分自身をずっと責め続けてたのだ。

 

「……謝らないで、リニス……」

 

そんなフェイトの言葉で下げていた頭を上げるリニス。

 

「私、リニスにすごく感謝してるよ……勉強や魔法の事、色々な事を教わって……」

 

ぎゅっとバルディッシュを握り、視線を向ける。

 

「この子も、作って貰った……」

 

"……フェイト……"

 

「……ずっと、見守っていてくれたんだよね……」

 

そしていつしかフェイトの瞳からも涙が溢れていた。

 

「ありがとう……リニス……」

 

"……こちらこそ、ありがとう……フェイト……"

 

そして、突然彼女が色が薄くなっていく。

 

「「!!!?」」

 

"……もう、時間なのですね……"

 

「な、なんで……?」

 

"先程、アスランとの仮契約を解除しました……"

 

「どうしてそんなことを!?」

 

必然的に声を荒げるアルフ。

 

"……どうしても、伝えたい事があったのです"

 

涙を拭い、真剣な表情でフェイトを見つめるリニス。

 

"フェイト……プレシアは決して、あなたの事を心の底から嫌ってはいません……"
「え……?」

 

突然リニスの口から語られるプレシアの名前、
そしてその言葉の意味がわからなかった。

 

"もし、本当にあなたを嫌っているのなら、すぐに殺してしまうなり何なり出来たはずです……でも、あの人にはそれが出来なかった……
それは、プレシアの本来持っているはずの優しさもあったのでしょうけど、でも、それ以上にあなたを一人の娘として認めようとしていたから……
でも、プレシアはその気持ちを固く拒もうとしていた。なぜなら、彼女にとっての全てはアリシアの為……
だから、プレシアはアリシアの事以外に気持ちを向けないように自分自身を閉じ込めていたのです……"

 

リニスの口から語られた新たなる真実。
それはプレシアの使い魔である彼女にしかわからない真実。
決して自分自身の事を語ろうとはしなかったプレシアの真実だった。

 

"だからフェイト、あなたは失敗作でもお人形でもない……あなたは……"

 

――――フェイト・テスタロッサという一人の人間なのだから――――

 

ポロポロと零れ落ちるフェイトはその言葉を皮切りに涙がより一層溢れ出していた。
アースラのブリッジで聞いた母の言葉で、フェイトは酷く絶望していた。
それは、自分自身の存在の否定。そして先程の差し伸べた手を振り払われた事。
その全てが、フェイトの心を深く傷つけていた。
だが、リニスから語られた真実の言葉がどれだけ彼女にとって嬉しい言葉であり、欲しかった言葉であるかは、
全ては、今彼女が流している涙がそれを物語っているだろう――。

 

そして、リニスは振り返り、立ち尽くしていたアスランへと向き直す。

 

"……アスラン、あなたの気持ちは変わらないのですか……?"
「…………」

 

リニスの言葉に目を瞑り、それが返事だともいえる動作で返すアスラン。

 

"そう、ですか……でも、あなたのおかげで私はもう一度この子達に出逢えました……本当に、ありがとう……"

 

本当なら自分はすでに舞台から降りたはずの存在――それがこうしてもう一度舞台に上がれたのは、彼のおかげ。
例えどんなに短い時間でも、その感謝の気持ち

 

深々と頭を下げ、再度フェイトとアルフへと向き直り、視線を向ける。
もう身体の色はほとんど透けていて、向こう側の景色すら見えるようになっていた。
そしてその透き通った身体は結界をすり抜け二人の元へと歩み寄り、リニスは二人を抱きしめる。

 

"最後に……もう一度あなた達に逢えて、良かった……"
「リ、ニス……」

 

二人の瞳から流れ落ちる涙は、リニスの身体を伝うことなく地面へと落ちていく。
だが、二人にはしっかりと感じ取っていた。
リニスの手を、その言葉を、その涙を……深い、愛を――。

 

"アルフ……ごめんね……これからも、あなたがフェイトを護ってあげてね……"
「りにすぅ……」

 

その温かみを忘れた事など一日たりともなかった。
大好きだった家族との再会……そして……離別の時が――。

 

"さようなら…………可愛いアルフ…………愛しいフェイト…………"

 

二人を抱き締めるその手の感触が消え、消えかかっていた姿は――完全に――

 

――――――消滅した。

 

「………………リニス」

 

深く握り締め、震える拳から滴り落ちる血。
リニス――彼女のおかげで全てを知る事が出来、ここまで来れる事が出来なかったはずだ。

 

結局俺は彼女に何もしてやれる事が出来なかった――。

 

後悔の念にかられるアスランだったが、ここまで来て立ち止まるわけにはいかない。
もう引き返す事なんて出来ない、そしてアスランは歩み始め、駆動炉へと歩いていく。
彼の邪魔をするモノなど何一つないのだから――。

 

(…………う……ん…………)

 

意識が覚醒したキラ。だが、その開いた目の先の光景は漆黒の闇が広がっていた。

 

――気がついた?

 

闇の向こうから聞こえてくる声。

 

(こ、こは…………?)

 

おぼろげ意識が徐々に覚醒していく。

 

――ここは現実とは違う世界、そうだね……君の深層意識の奥、とでもいったところかな。

 

(僕の……深層意識……)

 

不思議な感覚だった。
意識は覚醒しているはずなのに、口を開けて発しているという感覚がなかった。
それどころか身体のどの部分にも神経が通っていないような感覚だ。
まるで――意識だけの存在のように――。

 

(どうして……僕は……)

 

――ここへ来たのか、そういいたい感じだね。それは――君自身が望んだからだよ。

 

(僕、が……望んだ……?)

 

何を言っているのか、理解できなかった。
どうして自分からこんなところへ来たがったのか皆目検討もつかない。

 

――いや、"ここへ来る事"じゃない。目の前の現実から"逃げたかった"んだ――君は。

 

闇の向こうから突きつけられる事実。
その言葉はキラの心を大きく揺れ動かした。

 

(僕が……)

 

本当は気付いていたのかもしれない。
アスランの思いと願いを聞かされて、一度は決意したはずなのに、
僕は――迷っていたんだ。
本当にこのままアスランを止めていいのか。
そうしたら、あの子の笑顔を取り戻せないんじゃないのか。
本当に――それでいいのか――?

 

――でも、止めるって、決めたんじゃなかったのかい?

 

(……でも、僕がアスランを止めたら……)

 

――確かに、君がアスランを止めればアリシアは蘇る事もないだろうね。

 

(……そしたら、あの子は)

 

フェイトちゃんの家族は、あったはずの"絆"は戻らない。
アスランはその為に必死になっている。
ただ、取り戻してあげたいという一心で。
そんな彼の気持ちは痛いほどに解る。
僕だって、出来ればあの子の笑顔を取り戻してあげたい。
だから、僕は――

 

――でも、"過去は、決して取り戻せないんだよ"?

 

(――――!?)

 

――過ぎてしまった楽しい時間は、あったはずの思い出は、どうやっても取り戻せない過去なんだ。
  どんなに願っても、どんなに祈っても、どんなに思っても、

 

  死んだ人間は、還って来ないんだ――

 

(…………)

 

そんな事、ずっと前から知っている。
目の前で尊い命が消えていく瞬間、何度この光景が夢である事を望んだか。
何度この瞬間をやり直したいと願った事か、数えた事もない。
自分に小さな花をくれたあの女の子も、フレイのお父さんも、バルドフェルドさんも、

 

――――トールも――――もう、いないんだって――――

 

頭では理解できても、心のどこかで納得したくないと、現実を受け止めたくないという気持ちが。
アスランの言葉に反論できずにいる。
生き返れば、生き返ってくれればと。
例えどれだけ低い可能性でも、すがりつきたいと願う気持ちはキラにもよく分かってしまったから。

 

――だからこそ、君は今迷っているんだよね

 

(…………)

 

抱えた気持ちが矛盾している事はわかっている。
だが、それでもキラはどの気持ちも捨てずにいられないのだ。
アスランを死なせたくないという気持ちも、あの子を助けたいという気持ちも――。

 

――でも、だったら――――――――。

 

(――――!!!)

 

闇の中の言葉にハッと気付くキラ。
一度目を瞑り、深く瞑想する。
そして閉じた目を開き、闇を真っ直ぐに見据える。
闇の先にある声の主へと。

 

――答えは、出たみたいだね。

 

(…………うん)

 

先程までにはなかったキラの瞳に映る決意。
それはもう逃げたりはしないという心の表れ、
それはもう迷わないという揺るがない真意の表れ。

 

(…………最後に、聞いておきたい事があるんだ)

 

――何?

 

(……君は……誰?)

 

――僕は……

 

闇の向こうから射す一筋の光。
それは瞬く間に闇を照らす光となり、キラの目の前の影を照らす。
これが先程まで自分と話していた闇の声の主なのだろう。
そして光は影へと黒以外の色を現し初めていき、全身へと色が塗り終わった瞬間。

 

――――君だよ。"キラ・ヤマト"