なのはクロスSEED_第16話後編

Last-modified: 2009-02-03 (火) 23:48:38

「そん、な……」
 
目の前を覆い尽くす程の魔力の奔流。
それにキラが飲み込まれていくのを見て、ユーノは自然に声を漏らしていた。
バインドで固定され、奔流に消えていく姿を見て今度こそ終わりだと思った。
そしてそれはユーノだけでなく――
 
「くそ……ッ!!」
「キラ……!!」
 
苦々しく声を発するクロノとアルフ。
アスランを止められる最後の希望が、今目の前で消えていった。
なのはのスターライトブレイカーとまではいかなくてもあの魔力量を受けて無事に済むはずがない。
長年の経験と知識がその答えを物語っている――キラは、負けたのだと。
だが、結界の向こうに居る自分達にはもうどうする事も出来ない。
こんな時に何も出来ないのに、何が執務官だ……!!
握った拳の痛みよりも、悔しさの方が滲み出るように――クロノの拳は震えていた。
 
「アス、ラン……」
 
フェイトは弱弱しくも、彼の名前を呼んだ。
もう、自分の声も届かないのだろうか。
もう、彼を止める事は出来ないのだろうか。
先程から念話を飛ばしてみるが、一向に返事は帰ってこない。
アスランが一方的に念話を閉じているのか、それとも目の前の結界の影響か。
どちらにしろ、今のフェイトにはアスランを止める術は思いつかなかった。
 
「キ、ラ……くん…………」
 
目の前の光景にただ名前を呼ぶことしか出来ないなのは。
もう一度立ち上がってくれたキラが、また目の前で倒れる様を見せ付けられ、
先程の瓦礫へと崩れ落ちる光景が脳内で再生される。
けれど、なのはは信じていた。
まだ終わってはいない。
だって彼は、私と約束してくれたのだから。
僕が必ずアスランを止める――と。
だからなのはは信じる。キラ・ヤマトを。
最後の終局の一瞬の刻が来るまで。
 
そして絶望の奔流は徐々にその勢いを失いつつ――――紅き砲撃は終わりを告げた。
 
 
 
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 
両手を掲げたまま砲撃が止むと同時に集中が途切れ、息を切らすアスラン。
スキュラは確実にキラを飲み込み、奔流へと消えたのもこの肉眼で確認した。
間違いない、自身の勝利を確信したアスランは深くため息をつく。
これで、俺は――
 
 
――――――ズドォンッ!!!!
 
 
「ッ!!!?」
 
爆煙の中から突き破るように這い出てきたのは、一筋の蒼き砲撃。
勝利を確信し安堵した事により反応が遅れたが、間一髪上体を逸らし砲撃を回避する。
 
(ッ!! あれを耐え切ったというのか――!!?)
 
確実に仕留めたと思ったが――いや、キラを甘く見すぎていたのかもしれない。
海での一騎打ちの際での零距離デュアル・スキュラ。あの時よりも込めた魔力は高かった筈。
全力で打ち込んだ。倒すつもりで放った。確実に命中した。
だが、それでもキラを倒せなかったのは――俺の誤算だ。
 
「――――な!!?」
 
思考を巡らせていたアスランは背中に衝撃を受け、空中でバランスを崩す。
しかし、背中を命中した攻撃は先程の砲撃とはまるで"逆"の方向から放たれた。
 
(どういうことだ!?)
 
砲撃の後、一瞬に移動して俺の後ろに回りこんだというのか――。
だが、砲撃から魔力弾がアスランの背中に当たるまでのタイムラグはおよそ数秒。
これだけの時間で一瞬にして回り込めるのか?
だが、現に攻撃は二方向から――くそ、考えても仕方ない。まずは――
空中でステップを踏み、高速で後方へと移動し、視界を遮るこの邪魔な爆煙から脱出する。
背中に固い感触を感じたアスランはそれが壁面である事を目認し、前方へと向き直る。
同時に走る緊張感――身体の全身の感覚が研ぎ澄まされていく。
そして、徐々に晴れていく爆煙に映る影。
 
煙が晴れ、露になるその姿に――アスランはようやく"納得"した。
 
 
「――――フルクロスジャケット、グラスパーモード」
『――――Full cross jacket, Grasper mode. changed finish.』
 
 
そこにいたのは、間違いなくキラ・ヤマトだった。
だが、その姿は先程と違い――とても"身軽"な状態だった。
全ての装備が身体の至る所に装着され、まさに重装備ともいえる先程と打って変わって、
今のキラは何も持っていなかった。
蒼の大剣『シュベルトゲベール』も、翠の砲身『アグニ』も、灰の銃『ライフル』も、
その身に纏っていたはずのグラデーデョンカラーのジャケットはボロボロに焼け落ちていた。
だが、それらの装備は消えてはいなかった。なぜなら、
 
『シュベルトゲベール』も『アグニ』も『ライフル』も、全て宙に浮いていたのだから。
 
「……ストライク」
『It knows, my master.』
 
声と同時に動き出す『武器』達。
アグニの砲身から放たれる砲撃、それと同時に両サイドへと展開するライフルとシュベルトゲベール。
右にステップし、砲撃を回避したアスランはこちらへと向かうシュベルトゲベールに向き直り、
ライフルを構え狙いを定めトリガーを弾く。
だが、右から迫るシュベルトゲベールはそれを予想していたかのように全身を翻し、紅の魔力弾を回避する。
それと同時に感じる左側からの魔力反応、こちらへと向けられたライフルからの蒼の魔力弾数発。
 
「ちいっ!!!」
『Left Arm Sabre.』
 
左手に展開する紅き魔力刃。それを左手ごと振るい、接近する蒼の魔力弾を叩き落す。
だが、その次は魔力弾を回避したシュベルトゲベールが接近し、今にもその刀身を振り下ろそうとしていた。
 
『Right Arm Sabre.』
 
回避が不可能と判断したアスランは右手にも紅き魔力刃を展開させ、正面に両手を交差させシュベルトゲベールを受け止めようと構える。
だが、
 
「――――!!?」
 
正面のシュベルトゲベールは突如動きを止め、急上昇。
予想外の動きに驚くアスランに新たなる衝撃、それは正面に見えた光景。
後方にいたキラがこちらに向かって"何か"を投げたのが見えた。
それと同時に地を一蹴し、こちらへ接近するキラの姿。
そしてキラが投げたものが何かようやく視認できた。どうやら灰色のナイフのようなもの――短剣といったものか。
だが、直線上に向かってくるそれを叩き落す事などアスランには造作もない事――。
右手を掲げ、弾くように振るおうとした瞬間。
 
空中に浮くライフルから新たに発射される蒼き魔力弾、それに視線を一瞬移動させ視認したアスラン。
 
(――く!!)
 
構えた右手の反対側――左手に力を込め、蒼の魔力弾を叩き落そうとする。
だが、そこで一つアスランは妙な違和感を感じていた。
 
――――この射線、どういう事だ?
 
アスランが視認した魔力弾は確かにこちらへ向けて放たれたものだ。
それは間違いないのだが――問題はそこではなく、魔力弾の射線上に"自分"の姿がない。
回避した先を見越しての攻撃かとも思ったが、それは違うと心のどこかに確信していた。
思考を巡らせていたアスランが、その答えに気付くのは次の一瞬だった。
(この状況、どこかで――ッ!!?)
そこでようやく気付くアスラン。だが、すでに時は遅く魔力弾も、ナイフも、自分の目の前にまで迫っていた。
間に合わない――頭が動けという信号が送るよりも早くアスランは翔けていた。
だが、この状況でその行動は――不正解。
いつものアスランならこの状況にも冷静に判断し、適切な行動をしていただろう。
だが、今の彼はここまでの戦況で、焦りが生じていたのだ。
 
そして魔力弾は"ナイフ"へと直撃し、アスランの目前で爆発する。
 
「ぐ――!!!!」
 
不意に前に出たことにより爆発の影響をもろに受け、とっさに目を瞑り手を交差させる。
そのせいでアスランはもう一つの事に気付くのが遅くなった。
もうすでに――キラがそこまで接近していた事に。
 
 
(――やっぱり、アスランはすごいよ)
 
先程の誘導爆発からの接近に加えてバインドへと繋げての一撃必殺のコンビネーション。
正直、バリアジャケットのフェイズシフトを最大限にまで魔力を集中していなかったら確実に落ちていた。
だが――耐え切ることが出来た今しかチャンスはない。
グラスパーモードによる翻弄。そして同様の作戦による決死の接近戦。
身体が軋む――魔力の使いすぎによる限界か、それともダメージを受けすぎた事による蓄積された疲労か。
どちらにしろ、今はそんな事に気を回している余裕はない。
もう時間も残り少ない、後何回も戦える状況ではないことは自身が一番よく知っていた。
キラ・ヤマトとアスラン・ザラの差は、正直大きい。
戦争に巻き込まれるまではただの学生をしていた少年と、戦争をする為に学び、技術を磨いてきた兵士と。
その肉体のポテンシャルは正直差がありすぎるといってもいい。
C.E.の世界でキラが今まで生きながらえることができたのは正直奇跡にも近いといえるほどの偶然だろう。
そもそもキラ自身にOSの改竄ができるだけの技術と、否応なしに巻き込まれた事による戦闘により培われた操縦技術の上達ぶりは確かに目を張るものがある、
だがそれもMS同士の戦いでの話であって、本人の肉体による肉弾戦ではその差は激しくあるといえよう。
肉体の経験という埋めようのない差を埋める為には――飛びぬけた戦略(アイデア)。
だが、正直この作戦で勝てるかどうかはわからない。
苦し紛れのこの戦略(アイデア)が、果たして戦局をどう転ばすか。
 
 
――――――全ては、この一瞬で決まる。
 
 
(――ッ!!!)
 
爆発を受け、ようやく自分の作戦と同じである事に気付いたアスラン。
そして先程見えたキラの姿――来る。交差していた手を離し、身構える。
視界はまだ開けない、目の前の煙が邪魔だ。振り払うか?――否、そんな暇はない。
振り払おうとすればそれこそまさに思うつぼ、隙を作るわけにはいかない。
バックステップで回避――否、これも無駄。
向こうはすでにスピードに乗った状態でこちらへ接近している、バックした所でスピードの差ですぐに追いつかれてアウトだ。
この状況での一番の選択肢は――迎え撃つしかない。
落ちつけ、冷静になれ、焦れば負ける、思考を休めるな、神経を研ぎ澄ませ――。
あいつがさっきの俺と同じ作戦で来るなら、正面からのバインド。
いや、馬鹿正直にまったく同じ作戦をとるだろうか?――俺ならそうはしない。
一度見せた手を、もう一度使う事をするような無謀な賭けは絶対にしない。
なら、正面以外の――――――!!!? 感じる――来た、方向は――――正面!!?
馬鹿な、本当に同じ方法を取ろうというのか!? だが、それならそれでいい、
 
今度こそ、お前を――――!!!
 
煙の向こうに映る影。――捉えた!!
左手のサーベルを横に薙ぎ、煙ごと薙ぎ払うように振るう。
だが、そこにあったのは――――ボロボロのバリアジャケット"のみ"。
ハッと視線を下へと向け、そして確認する――キラの姿を。
 
バリアジャケットを囮にしたか、だが!!
 
フェイントも想定していたアスランにとってそれは想定の範囲内の出来事。
だからこそ"左手"のみを振るった、右手をいつでも使えるように。
振り上げた右手を一点に振り下ろす。
タイミングは問題ない、しかも今のキラは丸腰。
武装が自在に空を飛べたとしても、この煙の中では精密射撃も不可能。
爆煙が逆に仇になったな――この一撃で、沈める!!!
 
 
キィ――ン…………!!
 
 
金属音が鳴り響く。
振り下ろした右手は振り降ろし切る事なく静止した。いや、正確には――静止"させられた"。
視線の先にあるのは、己の紅き魔力刃と――灰色の刃。
先程の金属音は、刃と刃が交わった瞬間に鳴り響いた響音。
それはまさにアスランにとっては――不愉快極まりない不協和音だった。
刃の交わる振動で煙が晴れ、全ての姿が露になる。
 
アスランの振り下ろした右手のサーベルを、キラの左手に逆手に持たれたナイフが受け止めているというカタチで。
 
鈍く響くオト。キラは左手に力を込めアスランの右手のサーベルごと振り払う。
――これでアスランへの道は開いた。
握り締めていた右手に再度力を込める。
作戦開始からずっとこの右手に魔力を貯め続けていた。
そう、キラの目的は"右手が届く"までの道を作る事。
最初からバインドで固定をするつもりはない――
 
 
――――――全ては、この一撃の為に用意された戦略(アイデア)。
 
 
握り締めた右手から凝縮した魔力の蒼い光が零れ出る。
全力を込めたこの拳を全身を賭けてこの手を伸ばす。
回転運動に必要な力を身体にかけ、あちこちから悲鳴を上げるひ弱な肉体。
けど、そんな事に構っていられない!!
縮まる距離、狙うはただ一つ――
 
 
<キラも、そのうちこっちに来るんだろう? 大丈夫、戦争になんかなったりしないさ>
<キ、ラ……?>
<なぜお前が、ナチュラルの味方をする!?>
<キラ、お前もこっちに来い!!>
<これ……君、の……?>
<だから、俺はあの子を、フェイトを護ると誓った!!>
<……ああ、大丈夫だ>
<……キラ、退いてくれ……俺はお前を……討ちたくはない……!!>
<後の事……フェイトの事、頼む……お前にまた会えて、よかった……それじゃ、な……>
 
 
今目の前で死のうとしている馬鹿な"親友"の顔面に叩き込む――――――!!!!!
 
 
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
 
 
それは素人の殴り方だった。
今までろくに喧嘩もした事のない少年の拳の振るい方だった。
ただ、ただ必死に、彼は拳を伸ばした。
無様だと嗤う人もいるだろう、だけどそれはようやく届いたのだ。
拳にありったけの魔力と願いを込めて、ただ――
 
ただ、友達に死んで欲しくないという、僕の願い(ワガママ)を――――。
 
 
キラの拳がアスランの顔面に直撃した刹那、
アスランの身体は宙に浮き、後方へと吹っ飛ばされていく。
徐々に重力に引かれアスランの身体は地に落ち、勢いのまま転がっていった。
 
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!!」
 
肺から二酸化炭素が荒々しく出る。
顔を上げて、吹っ飛ばされたアスランへと視線を向ける。
これで倒せなかったら――もうキラは心身ともに限界を超えていた。
これ以上戦って勝てる可能性は、限りなくゼロに近い。
そんな不安を抱え見上げた先の光景は、
 
 
――――地面に倒れ、仰向けになり目を閉じたまま意識を失ったアスランの姿があった。
 
 
「……か……」
 
横たわるアスランの口から流れている一筋の紅き血。
目を瞑ったまま、ただ呼吸のみを繰り返している身体。
起き上がってくる様子もない、これは――
 
 
「……勝っ……た…………?」
 
 
―――――――――?
 
 
ようやく勝利を確信したと思ったその瞬間、キラは妙な感覚に襲われた。
肌がざわつく、今までとは何かが"変わった"。それが正確に何が変わったとまではわからないが、
だが間違いなく先程までとは何かが違う。しかしキラは感じていた。
 
――――これは間違いなく、嫌な感覚だ。と。
 
『Mastar!!』
 
ストライクが叫ぶ。
それに反応して顔を上げ、感覚の赴くままに視線が流れる。
肌が感じるままに、違和感の特異点へと視線が止まる。
それは今この庭園を支えている最後の支柱ともいえる部分――予備駆動炉。
大気中の魔力の流れが駆動炉を中心に急激に変化していく。
 
 
――嫌な予感がする。キラはそう感じていた。それも――
 
 
『――The user's reactive disappearance, It is a problem to the control of the JEWEL SEED, The maximum magic capacity was exceeded.』
 (使用者の反応消失、ジュエルシードの制御に問題、……最大魔力容量を超過)
 
 
 
――――とてつもなく、嫌な予感が。