やがみけ_短編

Last-modified: 2009-07-11 (土) 19:52:03

折角の休日だと言うにも関わらず、エリオはいつも通り早朝に目を覚ました。
部屋の中にはうっすら光が差してきていて、同室の仲間の寝息と共に鳥の囀りも時折聞こえてくる。
一度大きく伸びをするとエリオはベッドから立ち上がった。
向のベッドは二段ベッドで下段にスティング、上段にアウルが寝ているのが確認できる。
エリオは音を起てないようにタオルと歯ブラシセットを手にすると廊下に続くドアをそっと開けて共同の洗面所へと向かった。
洗面所につくと顔を洗って、歯を磨く。磨き終える頃には完全に眠気も吹っ飛んだ。
「これからどうしようか……」
と一人つぶやいてみる。部屋に戻ってもすることがない。
「怖いんだよな~、あの人たち」
というか、できればあまり長くあの部屋に居たくはなかった。
スティングとアウルの2人は会話も弾むが、エリオは殆ど2人と話したことがない。
それは、エリオが風呂上がりに彼ら2人よりもスバル、ティアナ、キャロと過ごす時間が長いから自分にも馴染めない原因の一端があるかもしれない。
「エリオ君おはよ~」
そんなことを考えていると眠たげな声が聞こえてきた。
頭頂部からぴょこんと飛び出したくせっ毛を揺らし、キャロも洗面にやってきたようだ。
キャロが歯を磨き終えるまで待ってからエリオは話しかけた。
「スバルさんとティアさんは?」
「うん、何か今日は街まで出かけるって言ってたよ」
「そっか」
声も小さく呟くエリオを心配したのか
「エリオ君、どうしたの?」
とキャロが彼の顔を覗き込む。
「キャロは相部屋の人、ステラさんだよね?」
「そうだけど……」
「うまくいってる?」
「うん、といってもいつも何も話したりはしないんだけどね。
私が一方的に話してるだけで……」
眉根をよせて笑う。
「エリオ君は?」
「僕は……全然」
と苦笑する。
「今日はスバルさんもティアさんもいないし、どうしようかなって思ってたんだ」
「そっか」
二人は今日一日をどう乗り切るか相談するのに午前中を費やした。

 

昼、食堂で昼食を食べながらキャロと話しているとエリオの視界の隅で立ち止まる男の姿に気づいた。
パスタを巻こうとしていた手を止め、仰ぎ見れば早朝散々エリオを悩ませてくれた2人組の片割れ、スティングだった。
「ここ、いいか?」
低い声音で聞いてくる。動揺を隠せないエリオを見て苦笑いするキャロが代わりに
「いいですよ」
と答えた。
「エリオ」
隣に着席するなりスティングが話しかけてくる。
「は、はい。な、何でしょう?」
「あー、飯食ったらバスケでもやらないか?」
「ば、バスケ?」
「あぁ、そうだ」
「えと、すみません。バスケって知ってはいるんですけど、見たことぐらいしかなくてルールとか」
「大丈夫だって、僕たちが教えやるからさ」
エリオの反対側に椅子を持ってきてアウルが座った。
「(ど…ど、どうしよう。逃げられない。キャ…キャロ)」
念話で語りかけるもキャロもスティングに誘われていてそれどころではないようだ。
結局、特に断る理由も思い浮かばず、キャロもエリオもなし崩し的にバスケットをやることになった。

 

コートはいつもの訓練場の設定をアスランがいじってくれて特別にバスケットコートを用意してくれた。
ルールを一通り教えてもらったところで、エリオとキャロのぎこちなさはとっくにほぐれ、暇そうに海を眺めていたステラも交えてバスケットでの3on2が始まった。
チームはスティング、キャロ、ステラの三人とアウル、エリオの二人。
先攻は二人チームのアウルとエリオからだ。
アウルが一度スティングにパスをだし、再びアウルにボールを戻す。
ドリブルが始まった。
ゴム製のボールが激しく地面をうつ。流石にアウルは手慣れているようで見ているエリオにも上手いと認識させた。
「ほら、エリオ、何やってんだ? 始まってるぞ!
動けよ!」
「え、あっはい!」
指示されたとおり、相手のディフェンスを振り切るようにフェイントを駆けて動く。
ちなみにエリオのディフェンスはキャロだ。同じ訓練を乗り切っているだけにさすがに簡単には抜かせてくれない。
一方、アウルはスティングの伸ばしてくる手をレッグスルーでさらに反対側でカットを狙うステラをビハインドバックでかわし、スピードで勝ったエリオの半身がキャロより前にでたところでパス。

 

エリオがパスをキャッチし、いざドリブルというところでキャロが突っ込んで来た。
「ぐぇっ」
無様な呻き声を上げてキャロもろともコートの上を転がる。
「何やってんだよ、エリオ~。キャロにタックルされたぐらいで倒れるなよなぁ~」
「バカ、アウル。心配しろ、心配を」
スティングがエリオとキャロの下に駆け寄っていく。
「大丈夫か? エリオ、キャロ」
「だ、大丈夫です」
「私も……」
のっそり起き上がる二人にホット安堵するスティング。
「もう止めとくか?」
「いぇ、大丈夫ですよ僕は」
「キャロは……」
いつの間にか側に来ていたステラがキャロに手を貸しながら聞いてきた。
「わ、私も大丈夫です」
「そう、キャロ……頑張る」
「はい」
にっこり笑顔でそう答え、バスケットは再開。
最初はキャロとエリオとの体格差に遠慮がちだったスティングたち。
しかし、徐々にコツをつかんだエリオの運動能力は凄まじく、ソニックムーヴによる高速移動を使い始めたので卑怯だ何だと口論になった。
当たりも激しくなり、審判もいないため、ファールやちょっとしたトラベリングなどもとることは余程でない限りない。
全身汗だくになって、肩で息をし、それでも笑みを浮かべる5人。
キャロもフリードを使ったアリウープのようなもので得点に貢献した。
やがて疲労はピークに達し、コートに横たわる5人。
「はぁ……はぁ……、何だよ、これ……バスケじゃ……ねぇじゃん」
ぜぇはぁと苦しそうにコートに寝っ転がって空を仰ぐアウル。
「いいじゃねぇか……はぁ……たまには……こういう……はぁ……ルールでもよ。
楽しかったか? ステラ……」
「うん……はぁ……キャロは?」
「訓練……以外で……はぁ、こんなに疲れたの初めてです」
体温の上昇で真っ赤になった顔の上に腕を置いたままキャロ。
「バスケットって楽しいですね……」
「言っとくけど、こんなのバスケじゃないんだぜ?
大体、何だよ、ソニックムーブって」
状態を両腕で支え起こし、アウルが苦しそうな笑みを浮かべながら寝そべっているエリオの顔を覗き込む。
「そんなこといったらキャロのフリードだって……」
「ひっでぇ顔」
アウルが吹き出した。
エリオの顔面にはバスケットボールの跡がついている。
「これアウルさんがやったんじゃないですか!」
「パスを取り損ねるお前が悪いんだよ」
半泣き状態で立ち上がるエリオに合わせてアウルが立ち上がる。
追いかけっこが始まった。

 

「元気だな、あの5人は」
それを遠くで見守っているのはアスラン、シン、なのはの三人である。
そろそろ日が暮れてきていたのでフィールドの設定を元に戻そうとやってきたところ折角賑やかなところに水を差せず、傍観していた。
「まぁいいんじゃないかな? 子供らしくて」
「あんたがそれを言うか?」
おおよそなのはは子供らしいとは遠かったような気がしないでもない。
「なぁに? シン君それはどーいうこと?」
「……いや、さっきのは忘れてくれ」
そんな彼らに気づくことなく、エリオとアウルが1on1を始めた。
アウルの巧みなドリブルにすぐに抜かれ、ソニックムーブで追いつくも、シュート前のフェイクに見事に引っかかり、得点を奪われてしまった。
「ごめんねぇ~、上手くてさぁ!」
「ぐっ!! もう一回、もう一回です! アウルさん」
「さすがにもう疲れたぜぇ。スティング」
やってやれとボールを放るが
「勘弁しろ」
と弾かれた。
弾んで転がっていくボールがステラの足元に転がり、それを彼女は拾った。
そのままエリオの前まで歩み寄り、無言でパスをだす。
ボケッとしてしたままエリオが突っ立っていると胸の前で手を構える。
「ステラさん……やってくれるんですか?」
コクリと頷いた。
エリオからパスが返される。
「エリオ君、ステラさん、がんばってぇ」
とこれはキャロ。
一拍の静寂の後、ステラがドリブルと共に抜きにかかった。
さすがは陸戦魔導師で態勢がひくく鋭いドライブだ。エリオが必死に食らいつく。
肉薄する二人。
エリオよりも高い身長を生かし、多少強引ながらもレイアップシュートを狙う。
リングまでは少々遠めながら左サイドからステラが先に踏み切った。
刹那の差でエリオがブロックのために渾身の力で跳躍する。
利き腕を伸ばすも……届かない。
先に着地したステラがゴールを振り向く。
ボールは円形のリングの縁を周回していた。
続いてエリオが着地、膝がガクンと折れた。
バランスを崩し、よろけて勢いを殺せず、ゴールを支えるポールに向かって突進する。
「う、え、ちょ」
ぶつかる―――!
ポールまではもう距離がない。
せめて顔面を庇おうと両腕を突き出した。
この間一秒にも満たない。
周りにいる誰もが怪我を想定した。
エリオ、力いっぱい瞼を閉じ、やがて訪れるで有ろう痛みに向けて覚悟する。
が、最初に手が触れたのは布の感触だった。それから顔が弾力のあるクッションに埋まるのを認識した。
少し湿っている。
しかも暖かい。

 

そんな風にエリオが感じたところで体の暴走は止まった。
というより、止められた。ステラによって。
「……」
パサっと音を立て、リングを通過したボールがコートに落ちて弾み、緊張感のない音の感覚を狭めながら転がっていく。
「……エリオ……怪我、ない?」
頭上からする声の方を仰ぎ見れば、淡泊な表情でエリオの安否を伺うステラの顔。両目の視界の隅には程よく曲線を描いて膨らんだシャツの膨らみとその上に置かれた自分の手。
「え……と、怪我ないです。ステラさんのお陰で……」
顔を真っ赤にしながらぎこちない動きで後ずさるエリオ。
ヒューっと口笛の音が聞こえた。エリオは慌てて自分の手を背中に回す。
「間一髪ってね」
「よくやったステラ!」
アウルとスティングが駆け寄ってくる。それから少し遅れてキャロも。
「ビックリしたよ~。エリオ君、怪我ない?」
「大丈夫だよ。うん」
「ったく、エリオが無茶するからだろぉ?」
アウルがエリオの後頭部を軽いノリで小突く。
「バカ、アウル! お前が挑発するからだろうが」
「えぇ!?僕のせいかよー?」
「はいはい、皆。もう夕飯の時間だよ。お風呂入って、汗を流さないと風邪引くよ~」
手を叩きながら騒ぎの輪に入ったなのはが撤収を命じる。
その輪から少し外れて苦笑しているアスランの肩をシンが軽く叩いた。
「何だ? シン」
「エリオはラッキースケベだな」
「……」
「親近感湧くけどさ……けどさ。あのポジションは間違いなく俺のだよな?」
「何を言ってるんだ?お前は」

 

「いやさ、何か既視感っつーかさ」
「わかったから、さっさとフィールド元に戻すぞ」

 

そんな二人の会話を余所に、エリオとキャロのスティングたちに対する印象が大きく変わったのだった。