アスランSEED_第02話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:12:15

 絶え間ない攻撃を、受け、逸らし、反撃の機会を窺うクロノは、もう一人敵がいることに気付いていた。
 遠くから敵意を向け続けられている。
 その者がどのような役割を担っているのかは分からないが、そのことがクロノの行動を制限していた。
 もし長距離攻撃型だとすると、下手に隙を晒せば狙い撃ちされるだろう。
 それとも単純に戦闘能力の無さから遠くに待機している補助型なのか。
(厄介な)
 それゆえ受けに回らざる得ないクロノは歯痒さを感じていた。
 フェイトのこと、下で合流したらしい二人のこと、避難する人たちのこと、クロノにとって気になることが多すぎた。
「スティンガーレイ!」
 高速で駆け巡る光は、騎士を確かに捉えるが、
「はあぁぁぁぁぁ!!」
 その全てが、また、あの剣に叩き落された。
 クロノは相手の力量を、一対一なら勝てるだろう程度に捉えていた。それは余裕でも驕りでもなく、確かな実感だった。
 だが、それでもあの剣技には脅威を感じた。
 接近されたら負けるという確信が、クロノに常に距離をとらせる戦いを選択させる。
 だが、今はそれで十分だった。
 第一目的は時間稼ぎ。無理して倒すことに固執する必要はないのだ。
(それに、この女性は)
 敵は、先ほどから攻撃するときに、常に下から上に向けて攻撃していた。
 まるで、地上にいる人たちを気遣うような戦い方。
(あんなことをしておきながら……どういうつもりだ?)

 その騎士、シグナムは敵の実力に感嘆していた。
 恐らくシャマルの存在にも気付いているだろうその戦い方、未だ見せない本気。向こうは時間稼ぎを望んでいるようで、それはむしろシグナム達にとっても望むところだった。
(管理局員などでなければ……純粋に勝負を楽しめたのかもしれんな)
 どこか残念な気持ちと共に、レヴァンティンを振るう。
 巻き起こる焔は、その勢いのまま敵に迫るが
(凄まじい対応力だな)
 たった数回の攻撃で防ぎ方を感得したらしい敵に、これはもう通用しない。
〈シグナム〉
〈終わったか?〉
〈ここに手がかりらしいものはなかったわ〉
 念話で伝えられたその言葉にシグナムは落胆する。
(あの女を始末できただけでも良しとしなければな)
 自らを納得させ、離脱ようとしたシグナムに
〈待って。今シグナムと戦っている彼なんだけど〉
〈どうした?〉
〈あの男の使い魔の……弟子のようなものだった少年よ〉
 一拍の間が空き
「そうか。貴様は」
 本当に残念だった。
 このような魔導師があの男の関係者だったとは。
 裏切られたような感覚に身を任せて。
「おおおおおおおおおお!!」
 シグナムは咆哮した。

 騎士の突然の変貌に、さすがのクロノも一瞬途惑った。
 曖昧だった敵意が、明確な殺意へと変わったのだ。
「くっ」
 来るべき攻撃に備え、身構えるクロノは騎士の持つ剣から何かが排出されたのを見た。
(まさか、あれはベルカ式の)
 実際に見たことはないのだが、知識としては持っていた。
(だとすると)
 あの騎士は非常に危険な相手ということだった。
「ここで、散れ」
 宣告は、膨大な魔力と共に迫り来る。
 クロノはバインドで対抗するが、対象が速すぎて捕らえることができない。
「終わりだ」
 避けきれないと知り、間近まで迫られたところでぎりぎり防御を固めることに間に合うが
「紫電一閃」
 冷たい焔と共にクロノに襲い掛かった斬撃は、先ほど地上で放ったものとは桁違いの威力だった。
 まさしく空を割る一撃は、クロノの防御を易々と貫く。
 体中に奔る衝撃に顔を歪ませながら、クロノは地上へと一直線に落下していった。

 その光景を見た一同に動揺が走る。
「そんな!クロノ君!」
 エイミィの叫びに続くように、その場でクロノを知る者たちのざわめきが広がっていく。
「くっ」
 アスランは自分の傷の手当をしていてくれた男性を押し退け、クロノのもとへ行こうとするが
(素手では魔導師に対抗できない……せめて)
 あの騎士に対抗するのに必要なものがある。
 そしてそれはあった。
 負傷している魔導師らしき人物の側に立て掛けられている杖。
「少しの間、お借りさせてもらいます」
 アスランはその杖を手に取ると、持ち主の静止を無視して、クロノのもとへと走り出した。

 瓦礫の山から手が伸びる。
 それは億劫そうに自分に圧し掛かる物を退かし始めた。
「くっ……つ」
 奔る激痛に眉を顰めながら立ち上がったのは、フェイトだった。
 マントは擦り切れ、髪は薄汚れ、全身に大なり小なりの傷がある。
 フェイトが見上げれば、クロノが派手に落下していくところだった。
(そんな)
 あの騎士が自分に続いてクロノを破ったということに、フェイトは戦慄した。
「行かないと。バルディッシュ」
『Sir.』
 フェイトは再び空に舞い上がる。
 それに気付いた騎士は、クロノからこちらにターゲットを変更する。流石にこの状況でクロノを狙い続けるという事は無理だと判断したというところだろう。
「来るか、テスタロッサ」
 騎士の言葉の冷たさに、フェイトは悪寒の走る思いがした。
(さっきまでと……違う?)
 殺気を纏う騎士に、フェイトは再び戦いを挑む。
 しかしそれは、最早戦闘と呼べるものではなかった。
 消耗し切った今のフェイトには、圧倒的な攻撃を前に一方的にやられることしかできなかった。

 息を切らして走るアスランは、ようやくクロノを発見した。
「しっかりしろ」
 クロノはどうやら意識はあるらしく、こちらの声に僅かに反応した。
(生きている、よかった)
 堵と同時に、今まで気付かない振りをしていた傷が痛みだす。
 アスランが跪くと同時、空からフェイトが落下してきた。
「フェイト!」
 アスランの声が聞こえたのか、フェイトはギリギリのところで持ち直す。
「アスラン、さん」
 どうやらフェイトも自分同様ボロボロらしい。
 上ではまだ騎士は健在のようで、こちらに向けて剣を向けている。
(トドメをさすつもりか?)
 焦りの色を浮かべる一同に、無常にも刃は振り下ろされる。
 空を駆ける衝撃は、迷うことなくアスランたちへと向かう。
『Defenser』
 バルディッシュが苦し紛れに防御を展開する。
「プロ、テクション」
 聞き取れないほどの小さな声で、クロノもなんとか防御を展開する。
 だが、所詮は無駄だと分かりつつの盾。
 数秒間の足止めにしかならない。
 フェイト一人だけなら、その間に逃げる事はできただろう。
 だが、他の二人を見捨てるような真似をできる筈もない。
 二人が諦めかけたその時。
「プロテクション!」
 アスランの声が響く。
 素人の見様見真似のその詠唱は、普通なら無意味に木霊するだけだっただろう。
 だが、その常識をアスランは覆す。
 数秒のタイムラグがあったとはいえ、アスランの魔法は完全に起動したのだ。
 その天賦の才に驚愕する二人。
 惜しむらくは、騎士の攻撃にはまったく意味のない選択だったということだろう。
 他と同様、アスランの防御も貫かれてしまう。
「くぅ」

 迫る死の前に、アスランの時の流れが緩やかになる。
『……』
 ゆっくりと迫ってくるように見える斬撃。
『…………』
 フェイトの表情が見えた気がした。
『………………』
 クロノの表情が見えた気がした。
『……………………』
 思う事は唯一つ。
『見つけたな?』
(見つけたよ)
『護りたいのか?』
(護りたい)
『ならば、その手に取るべきは俺だろう?そんな三流選んでんじゃねーよ』
(ああ)
『お前の剣は、この俺だ』
「来い!ジャスティス!」

 フェイトは、クロノは、シグナムは見る。
 数にして三。煌く光が焔の刃を吹き飛ばすのを。

「お前、やはり魔導師だったか」
 シグナムの声に、アスランは答えない。
 いや、答えられない。当の本人すら戸惑っているのだから。
 今のアスランの体を覆うのは、アースラで支給された服ではなく、赤を基調としたバリアジャケットだ。
「これは……」
『は、テメーのバリアジャケットだ。このくれーで驚いてんじゃねーよ』
 アスランの頭に、現状の説明と、魔法の戦闘についての知識が流れ込んでくる。
『今はこれだけだ。詳しい事は後で教えてやる』
 先ほどから威勢良く喋る杖を、アスランはまじまじと見る。
(これが、インテリジェントデバイス)
 それは長いロッドの両端に、長刀の刃のような形状の機器が取り付けられたようなデバイスだった。機器の端に見える二つのトリガー。対称性を持ったその杖を、アスランは握り締める。
 絶体絶命の危機を救ったその力に、フェイトやクロノも驚きを隠せないでいた。
「ふん。貴様も戦うというならば、ここで斬るのみだ」
 シグナムは改めて、その剣を構え直す。
『あっちはやる気みたいだぜ。どうするよ?』
「退かないのなら、相手になるまでだ」
『なら、行くぜ』
「ああ」
『呼びな、俺たちのもう一つの力を』
「来い!ファトゥム!」
 呼び声に応え、アスランの足元に大きな翼のついたリフターが出現する。
 アスランは当然のようにそれに乗ると、ファトゥムと呼ばれたそのリフターは、ゆっくりと宙に浮き
「おおおおおおおおおおおおお!!」
 アスランの咆哮と共に、シグナムのいる空へと行く。
 対するシグナムは、その意外な動きに動じることなく、剣の構えに乱れは見せない。
『フォルティス』
 その乗り物の先端に備え付けられた二本の砲門から、先ほどよりも強い光が溢れ、閃光となってシグナムに襲い掛かる。
 シグナムはそれを受けず、最低限の動きで回避し、迫りくるアスランに必殺の一撃を放とうとするが
「!?」
 ファトゥムの上に、アスランの姿は無かった。だが、ファトゥムは更に加速しながらシグナムに迫り
「ちぃ」
 シグナムはそれをも回避する。だが、そこに大きな隙が生じてしまった。
 シグナムが気付いたときには既に遅かった。

 アスランは、フォルティスを撃った後、上に跳躍していたのだ。それを隠すための牽制であり、隙を作るための牽制。
 二つが重なったことで、アスランに決定的な好機が生まれた。
 杖の両端から形成された魔力刃を、シグナムへと叩きつける。
「スピアースラッシャー!」
 しかしその刃は届かなかった。
 彼女の自動防御がそれを阻んだのだ。
 攻撃を弾かれたことにより、今度はアスランに隙が生じてしまう。
「終わりだ」
 刃を振るわれたアスランは、しかしその表情に恐怖はない。
 シグナムがその気配に気付いたときには、今度こそ遅すぎた。
「っあ」
 短い呻きを残し、シグナムは吹き飛ばされた。
 後方より迫っていたファトゥムによって。
「ぐ、なるほど。遠隔操作可能というわけか。いや、考えれば当然のことか」
 シグナムは知らず知らずに油断していたという事実に、頭に血が上り冷静さを失ったという事実に恥じた。
 そして今度こそ本気で戦うために、構えたところに
〈シグナム、時間切れだわ。管理局の増援がもうじき到着よ〉
 シャマルによって、水を差されてしまった。
〈あの女はもう死んだわ。他に手がかりが無い以上、もう長居は無用よ〉
〈……どうやら熱くなりすぎていたようだ。分かった、転送してくれ〉
「すまない。この勝負、お前に預ける」
「何?」
 突然の申し出に、アスランは戸惑った。
「私の名はシグナム。良ければ名を教えてくれ」
 シグナムの意外な言葉に、アスランは驚いたが
「……アスラン・ザラ」
 と、短く名乗った。
「ザラか。ふむ、言い難いな……では、アスラン」
 少し失礼な言葉が混じっていたような気もするが、アスランはとりあえず続きを促す。
「次に相間見えたときこそ、決着をつけよう」
 そう言い残し、シグナムは消えた。
 ファトゥムの上で、アスランは緊張を解く。
 どうにか危難はさったようだ。
『初めてにしちゃ、上出来だぜ』
 その賞賛に小さな笑みを向けて、アスランはフェイトたちのもとへと降りていった。

 外で戦いが繰り広げられている頃。
 リンディは外部からの干渉を察し、情報管轄室に向かっていた。
 と言っても、中央の無限書庫と比べるでもなく、その規模は小さい。
「これは……」
 アクセスされた痕跡が僅かに残っていた。
どうやら専門家の仕事ではないらしい。
 しかし、アクセスされていた情報に問題があった。
 ハラオウン親子にとって、まさしく因縁の相手とでも言うべきロストロギア。
「……闇の書」
 誰知らず、その手を握り締めるリンディ。
「なんでこんなところにこんな情報が……」

 ヴィータは延々続く砂漠に飽き飽きとしながら、灼熱の空を飛んでいた。
 陽射しは何に遮られる事無く、我が物顔で地上を照らしていた。
「ったく、なんて奴だよ」
 さきほど戦った魔導師のことを思う。
 あれはついあの頃の懐かしさに負け、はやての家のある町に寄ったときだ。
 たまたま強大な魔力を感知し、蒐集しようと戦いを挑んだのだ。
 だが、見かけによらず強力な砲撃を繰り出す魔導師に苦戦し、最終的には敗北寸前まで追い詰められたのだった。
「まったく」
 愚痴を零しながら飛ぶヴィータは前方の地表に何かが埋もれているのを発見した。
「何だありゃ?」
 この世界は文明どころか生命反応すらほとんど無い世界だ。
 だからこその拠点なのだが、そんな場所にあのような機械が廃棄されている筈が無い。
 一応用心しながら近付くヴィータは、近くでそれを見て、何だ、と気を抜いた。
 巨大な人型の機械はゴーレムの類とふんでいたヴィータだが、魔力がまったく感じられない。
 灰色の表面は、まだ比較的新しさを感じさせる。
(ふーん、ここ開くのか?)
 とりあえず入り口らしきものを見つけたヴィータは
「うりゃ!」
 手に持つ鉄槌、グラーフアイゼンを数回叩き付けた。
 異様な音と共にその歪み、その歪みが限界を超えたとき
「おお」
 開いた、というより壊れた。
 中を覗き込んだヴィータは思わぬものを発見した。
「生きて……るよな?」
 その巨人、モビルスーツの中にいたのは、胸に羽根の飾りを輝かせる赤服を着た少年だった。