第十二話 選択肢
ユニウスセブン上には、三機のメテオブレイカーが残されていた。
「あれか……よし、これなら……」
『君は?ジェナスか?』
岩盤上へと辿り着き、作業を開始しようとしたジェナスへと、背後から呼びかける者がある。
その真紅の機体は───……。
「アレックス……じゃなくてアスランさん?」
『どっちでもいい。君も破砕作業を続けにきたのか?だが……』
「はい、一応大気圏に耐えられる装備はしてますから」
『そうか……なら、支えててもらえるか?こっちの機械はまだあまりよくわからないだろう』
「あ──はい、すいません」
エッジを纏ったジェナスは支柱を支える側へと周り、キーパネルの側をアスランのセイバーへと明け渡す。
が、アスランがコントロールキーを操作しようとしたその刹那、飛来したビームによってメテオブレイカーが撃ち抜かれ、破壊される。
とっさに二人は飛び退き、背中合わせにそれぞれライフルと剣を構える。
『───どこだ、どこから撃ってきた』
「……」
『ここだ、裏切り者共よ』
野太い、男の声。
反応すると同時に散開した二人を、ビームの火線が追う。
射撃が放たれたほうへと目を向けると、そこには三機の漆黒に染め上げられた機体があった。
『……また奴らのジンか……!!く、時間がないというのに……!!』
「アスランさん、あなたは作業を!!俺があいつらを食い止めます!!」
『な……その機体でか!?だいじょ───ぐっ!?』
更に、もう一機。メテオブレイカーが落とされる。
最後の一機、これだけはなんとしても死守しなくては。
たとえこれで割れなくても、その一撃で大気圏の摩擦で割れるようになるかもしれないのだ。
『わかった!!だが無理するな!!』
「はい!!」
左肩の大剣も抜刀、二刀流でジンへと襲い掛かるジェナス。
ジンの抜いた剣と打ち合わせながら、問う。
「なんでだ!!なんでこんなの地球に落とそうとするんだ!?」
『決まっている!!これは復讐!!報いよ!!』
「何!?」
『我が娘の墓標……落として焼かねば、報われぬ!!』
「復讐、だと!?んなことで……」
『そんなことではない!!義は我らにあり!!因果を奴らナチュラル共に巡らせねばならんのだっ!!』
叫ぶ男の気合いは、ジェナスの太刀さえも撥ね退ける。
この世界に来たばかりのジェナスが、「血のバレンタイン事件」など知っているわけもなかったが、男の声はそんな事情を知らない彼さえもを押しのけるほどに激していた。
『パトリック・ザラの道は正しかったのだ!!何故あのような……ナチュラル共と馴れ合っていられる!?』
「く……」
最上段からの振り下ろしに弾かれ、右の刃を跳ね飛ばされる。
だが、その刃と入れ替わるようにして入ってくる、一つの赤い影。
『ふざけんなあっ!!その「義」とかいうのでどれだけ人が死ぬと思ってんだ、この野郎っ!!』
「シン!?」
赤き剣士、ソードインパルスが連結させたエクスカリバーで二体のジンを同時に切り裂いていた。
ジェナスと切り結び、吐くような叫びを彼に聞かせていた男のジンも一瞬、呆然としたように固まる。
「そこだっ!!」
右腕を叩き斬り、重斬刀を使用不能にさせる。
「アスランさん、急いでください!!」
『……』
「アスランさん!?」
『!!あ、え……あ、ああ!!』
呆けたように反応の鈍かったアスランに、怪訝に眉を顰めるジェナス。
彼の動きは何故だか、どこかぎこちなかった。
『ナチュラルだろうとコーディネーターだろうと関係ない!!勝手やって無関係の人間殺す正義なんて、認めない!!』
『ぐ……だがっ!!』
『お前も一緒だ!!理念とか、理想とか、義とか!!巻き込まれる側はたまったもんじゃないんだよ!!』
片腕のジンの両足が、エクスカリバーに斬られ失われる。
胴体からは左腕と頭部、そして羽だけになったジンが、宙を漂う。
『だがそれでも……それでも退けんのだっ!!』
『う!?こいつ!?』
止めの一刀を、バーニアを全開にして避け、メテオブレイカーへと突進していく隻腕のジン。
インパルスが振り向き、追撃する。
ジェナスにはその二機の動作がスローモーションの映画のように見えた。
二機に向かって伸ばす自身の手までもが、そのように見えた。
『させ、るかあああっ!!』
『我々の……勝ちだっ!!』
シンの投げたエクスカリバーが、ジンを貫くと時を同じくして。
左手に残されていたビームカービンから一筋の光が放たれる。
『……え?』
作業に集中していたアスランが気付き、盾を差し出す暇もなく。
その光はメテオブレイカーへと吸い込まれていく。
そして、爆発。串刺しとなったジンと、同じように。
爆発は、二つであった。
最後のメテオブレイカーが、失われた。
「アスランたちが戻ってない!?」
帰還命令を出したミネルバのブリッジでは、戻らぬ三機の情報に騒然となっていた。
命令を無視し、破砕作業を続けるためユニウスに残った者がいる、と。
その中にアスランが含まれていたことに、カガリも愕然とし、与えられたシートから腰を浮かす。
「……アスラン君とシンはVPS装甲の機体に乗っているから最悪でも、燃え尽きることはないと思うが……」
「ええ、問題は彼──ジェナスですわね、議長」
カガリを座らせ、安心材料となるようなことを言いつつ目をこちらに向けてきたデュランダルに、タリアも頷く。頷いて、あの変わった少年の顔を思い浮かべる。
どうする。あの少年を見殺しにしていいものかどうか。
シンやアスランを回収するには───。
降下するしかない。だが、しかし。思案するタリアへと、レーダー手からの切迫した報告が届く。
「前方、距離3000に───ボギーワン!!かなりの高速で、ユニウスに向かっています!!」
「なんですって!?」
「映像、出ます!!」
モニターにノイズ交じりの不鮮明な画像ながら現れたのは、まさに「あの船」だった。
三機のMSを強奪し、辛酸を舐めさせられた、あの──。
「て、敵主砲!!こちらを向いています!!艦長、回避命令を!!」
「待ちなさい!!」
慌てるアーサーを一喝。
じっと彼女が見つめる敵艦は、主砲の射軸をこちらからはずすと、何事もなかったかのように前方のユニウスへ向けて前進していく。
「……あれ?」
「戦うつもりはない。だから来るな。邪魔はしないでくれ───、といったところかしら?」
だが、いよいよもってこれで三人の回収は困難になった。
既にユニウスはMSの推力で離脱できない位置にある。
回収するにはミネルバそのものが降りていく必要があるが……。
「……全艦に通達。後退します」
「え!?」
「そんなっ……あそこにはまだアスランたちが!!」
やむを得ない決断ではあった。こうして抗議の声があがるのも予測していた。
「三人の命とクルー全員の命を、引き換えにはできません。それに彼らなら、無事に降下できるはずです」
「だがっ……」
「それに……万一あの艦と衝突があれば、この艦自体が保ちません。突入すら、今の修理状況では危ういのですから」
やりあえばやられるのはおそらく、こちらだろう。
「く……」
「ご理解ください、アスハ代表。……議長も、よろしいですね?」
「ああ。だが念のためだ。カーペンタリアやプラント友好国に、彼らのことを報せておいてくれ」
「はっ」
非情な選択ではあると思う。私は三人の命より、クルー全員の命をとった。
それを行ったのは自分だ。
しかしタリアは、虫のいい話だと思いながらも内心、祈った。
願わくば、彼らの破砕作業の成功と。彼らの無事を。