第十三話 カムバック・ホーム
「そんな……メテオブレイカーが……」
守り、きれなかった。
シンはコクピットの中で愕然としていた。
「くっそおっ!!」
せめて、もっと細かくしないと地球が大変なことになるというのに。
それを可能にする手段が、潰えた。
『まだだ』
「……ジェナス?」
『まだ、手はある!!』
シンや、アスランと同じように呆然としていたジェナスが顔をあげる。
身体に装着したパーツをパージし、元のアムジャケットと例の流線型の機体へと分離する。
「何する気だ?」
『決まってる。───こいつで、叩き割る』
そう言ったジェナスは、腰から一振りの剣を抜いて、シンへとその輝きを見せた。
──こいつと、ゼアムジャケットのフルパワーならやれるかもしれない。
その剣の名は、アブソリュートソード。
ジェナスのゼアムジャケット用に作成された、世界に一本しかない専用の装備。
同じ被害を防ぐことができないのならば、できる限りそれを小さくする必要があった。
『おいおい、そんな剣なんかで何が……』
「できる」
『……マジ?』
「ああ……やれる。というか、今はこれしか方法が思いつかない」
ソードへととりつけられたリミッターとしての役割も兼ねるカバーを外し、エッジの側面へと据え置く。
チャージングチューブをソードへ接続し、準備完了。
『本当、なんだな』
「ああ。離れていてくれ。俺も一撃ぶち込んだら離脱する」
『……わかった、気をつけ──』
『待て、上空!!二時の方向!!』
二人のやりとりを見ていたアスランのセイバーが、突如上空を見上げる。
そこには四足の、黒いMAが滞空していた。
滞空して重力に逆らいつつ、こちらへ。いや、ユニウスへと向けて背中のビームを乱射している。
『ガイア!?あいつ、なんで……』
「破壊……しようとしている?」
『だが……あんなに乱射していては、すぐにバッテリーが尽きるぞ。大気圏で燃え尽きるのがオチだ』
『っ……あー、もう!!』
「あ……おい、シン!?」
『今は戦ってるわけじゃないし、ほっとけないだろ!!ユニウスのこと、頼むぞ、ジェナス!!』
「あ、ああ──……いいんですか、アスランさん?」
『ほっとけ。俺も一旦離れておくよ。頼む』
「はい」
ガイアへ向かうシンと、その場を離脱するアスランを確認し、ジェナスはアブソリュートソードを構える。
「さあ……たのむぜ、フルゼアム……!!」
できることならば、この力は使いたくはなかった。
この力は強大すぎる。使う自分が、恐ろしい。
いつ自分がガン・ザルディのようにこの力に溺れてしまうかもわからない。
だが、今は。この力が必要な時だと思う。
「いくぞ……!!」
アブソリュートソードが、蒼く輝く。
辺りを包み込むほど、眩く。エネルギー充填、完了。
「はああああああっ!!撃!!」
光を、エネルギーをほとばしらせるソードを大地へと突き立て、一気に放出。
「割れろおおおおおおおおおおおっ!!」
渾身の力、フルゼアムの無尽蔵に近いエネルギーを、岩盤へと注ぎ込む。
徐々に岩盤へと蜘蛛の巣状のヒビが走っていき、隙間からエネルギーの生み出す光が次第に漏れてくる。
「よし……っ!!離脱する!!」
エッジバイザーへと飛び乗り、ブースト全開。
離脱するジェナスの背後で、ユニウスセブンの最後の一かけらが爆散していった。
「何ィっ!?ユニウスが砕けたあっ!?」
大気圏へと突入を開始したガーティ・ルーのブリッジでネオは叫んだ。もはや手遅れ、自分達が砕くしかない、そう思っていた矢先の出来事であるから無理はない。
「どうやら、やりおったようですな。コーディネーター共は」
「……らしいな。ステラは?」
「無事、回収を完了しました。ブロックワードが発動した割りには、落ち着いているとのことです」
「ほう……?まあ、いい。無事ならそれで」
「前方にザフト機、三機!!大気圏に突入する模様です!!」
安堵する彼らに、索敵要員が双眼鏡を下ろして報告する。
大気圏の熱でレーダー類が不安定な以上──特にこの艦は、様々な機能が付加されている分そういった点でやや脆弱な部分がある──絵に描いた餅のような話だが、目に頼るのが一番確実なのだ。
一瞬、敵機発見の報にブリッジがぴりぴりとした空気に包まれるが、ネオは首を振る。
「行かせてやれ。お互い、燃え尽きて死にたくはないしな」
「はっ」
「ただし、そいつらの落ちてく軌道を計算しろ。地上の友軍に教えてやれ。ザフトのヒーローが行った、ってな」
錯乱状態のステラを、撃たないでいてくれたわけだしな。
ネオはネオなりにこれで、貸し借りをゼロにしたつもりだった。
『シン!!無事か?』
「あ、アスランさん!!えっと、お、この──」
重力に引かれ落下しながらの姿勢制御に、シンは四苦八苦していた。
シュミレーターでなら何度もやっているが、大気圏突入の経験など、これがはじめてなのだ。
心配したアスランが推力を全開にして寄ってくるほどその操縦は危なっかしい。
『シールドを前にして、姿勢を保つんだよ!!』
「やってますって!!お、お?うわぁっ!?」
『───はぁ。仕方ないな……』
苦戦しているのはどうやら、シンだけのようだった。
ジェナスは例のエッジとかいう機体に跨って、危なげなく安定した姿勢を保っているし、アスランに至ってはこちらを心配する余裕まである。
『ほら。乗れ』
セイバーをMA形態に変形させたアスランが、わずかに下方を降下していた。
その背中にインパルスを載せろ、と指示している。
「え、ですけど」
『どの道大気圏を抜けてもその機体は飛べないだろう。海面なり地面に叩きつけられるぞ、さっさと乗れ』
「──す、すいません……」
インパルスをセイバーに寄せ、両腕を使って固定する。
彼の好意に感謝しつつもシンは、この人こんなだったっけ?と首を傾げる。
ミネルバにいたときはとっつき辛くて、常に小難しい表情をしていたように感じるのだが。
『──はじめてか?大気圏は』
「は、はい」
『そうか……。ま、気にするな。ぶっつけ本番だったしな。ちゃんとした降下作戦ならできてただろ』
「はぁ」
ああ。この人は今、一人の先輩として話しているのだな。アスハの護衛ではなく。
かつてのザフトレッド、アスラン・ザラとして。
なんとなくシンは理解した。彼に対する印象が、少し変わった。
『……すまなかった。メテオブレイカーの一番近くにいたのは、俺なのに……』
「いえ、そんな。守れなかったのは……俺も一緒です。それにジェナスがやってくれましたし」
『そう……だな』
「結果は同じだったんだし、やめましょうよ。……できることはやったんです、俺たち」
『ああ……』
同じ任務で命をかけたからだろうか、アスハの護衛であった彼に対して、妙に素直であれる自分がいた。
それがなんだか、無性におかしかった。
「……でも、地球かぁ……」
こんな形で帰ってくるとは思わなかったなぁ。
シンは眼下に望む故郷たる蒼い星へと目を落とす。
インパルスを載せたセイバーは、赤熱化するボディの体勢を崩すことなく地球へと降下していった。
「……」
流星が、降り注ぐ。
世界各地に、無作為な軌道で。
それは触れるあらゆるもの、建造物を粉砕していく天然の弾丸。
しかし、幸いにしてその軌道から外れていた者たちにとっては、
それは単なる、夜空の美しい芸術でしかない。
ここ、ガルナハンの民たちもそういった、幸運な者たちの一部であった。
「入れよ、飯だぜ」
「……コニールか」
青年が、星降る夜空を見上げていた。
彼を呼びにきた少女は髪を後ろで、ひとつにまとめている。
「願い事でもしてたのか?」
「……たとえば、どんな?」
少女に手を引かれる青年の声は低い。尋ねながら、目は上空へ向けられている。
開け放たれた扉に片足を踏み入れて、それでもまだ見つめている。
「あたしが知るかよ。でもこの辺は被害なさそーだしよかったよかった」
「……ああ」
「ほんとーにそう思ってるのか?感情がこもってないぞ、イヴァン」
「……ふん」
蒼い髪の青年は強く袖を引っ張られ、ようやくにして扉を静かに閉めた。
まるで流星が、雨のようだった。
青年が全てを失った、あの雨の日のように。絶え間なく降り注いでいた。
戸口に止められた一台の大型バイクが、星の光を反射していた。