第十七話 過去の呪縛
「へえ、じゃあシンたち、無事に降下できたんだ」
シンが彼の家族の眠る場所へと、対面を果たしていた丁度その頃。
ザフト軍月軌道艦隊の拠点衛星、そのドックに、ミネルバの姿があった。
ユニウスセブンの破砕作業に従事し、デュランダルとカガリを本国へと送り出してから、傷ついた艦体を休め、癒すためにこの基地へと寄港していた。
クルーたちには休養命令が出され、各々基地内で各自の休暇を楽しんでいる。
「うん、そうみたいだよ。オーブの近くに降りて、今はオーブにいるんだって」
艦のレクリエーションルームに集まって談笑していた若いクルーたちのところにメイリンが持ってきたのは、ひとつの吉報だった。
破砕作業を行ったまま帰還せず、そのままアスランたちと共に降下していったシンの行方は、皆が心配していた。
レイが無表情ではありながら、小さく頷き。ルナマリアやヨウランたちが顔を見合わせ、ほっと息をつく。
情勢が微妙とはいえ、中立国のオーブならば当面は安心だ。
明らかに反コーディネーターの姿勢を打ち出す大西洋連合の地域に落ちるよりは、ずっとましだろう。
「──あ、あと。MS隊に今度、隊長さんがくるって。艦長が副長と話してたけど」
「隊長?……なるほど、シンの代わりの補充要員か」
「誰、どんなヒト?」
「ちらっと小耳に挟んだだけだから、そこまでは……」
「もー、メイリンってばやっぱり、肝心なとこで抜けてるのよねー」
「あ、お姉ちゃんひどーい」
仲間の安否が確認できたということが、彼らを朗らかにさせる。
艦も修理中で、任務も未だ特に出ていない。下士官がほとんどの彼ら若い兵は殆どすることを終えてしまっていたから休暇を満喫できるし、お気楽なものだ。
そして数日後、補充のMSパイロットの着任とともに、ミネルバへと新たな任務が与えられる。
パイロットの名前は、ハイネ・ヴェステンフルス。
任務内容は───地球への降下。作戦名『スピア・オブ・トワイライト』の一環としての、各地での遊撃任務である。
「ら、ら、ら、らっ……!?───ラクス・クラインんっ!?」
「?」
「はい、なんでしょう」
硬直が解けたと思ったのも、束の間。
テーブルに腰掛ける女性に向かい指差しながら、狼狽するシンの声が夜のベルネス邸のダイニングへと響き渡った。
今の大声で起こされてしまった者がいなければいいのだが。ジェナスはシンの慌てぶりを見て、どうでもいいことを心配する。
「ほ、本物なのか───いや、なんですかっ!?」
「はい、そうですけれど。えっと……あなた方は……どちら様?」
「あ、そうか。おい、シン」
まだぱくぱくと口を開閉させているシンを肘で小突いて、自己紹介を促す。
彼女がこの屋敷の住人であるならば、少なくとも自分達もここで世話になることになった旨、報せておいたほうがいい。説明するなら「異世界の住人」なんて存在のジェナスよりも、シンのほうが適任だ。
「──あ、俺たち、しばらくこの屋敷に世話になることになって……」
「まあ、それは。2日ほど前から出かけておりまして、知らなかったものですから」
「俺、シン・アスカっていいます。こいつはジェナス・ディラ」
「改めて、はじめまして。よろしくお願いします、シンさん、ジェナスさん。──ラクス・クラインですわ」
女性、ラクスは柔らかい笑顔で二人へと小さく頭を下げる。
二人もつられて頭を下げる。ユニウス落下の際に降りてきたことや、ユウナの世話でここにいること、シンがプラントから来たといったことなどを二人は説明した。
警戒されるかとも思ったが、幸い彼女はそうした様子もなく。
食事がまだなので食べてもいいか、と尋ねる彼女に二人は頷き、ラクスがインスタントヌードルをすすっている間を利用して、シンが彼女のことをジェナスに教えてくれた。
ラクス・クライン。プラントの象徴的アイドルであった人気歌手で、デュランダルの二代前(臨時評議会議長、アイリーン・カナーバも合わせれば三代前)のプラント最高評議会議長、故・シーゲル・クラインの一人娘。
前大戦では主戦派との対立からプラントを一時離れるも三隻から成る機動艦隊を指揮し、迫り来る核ミサイルの脅威からプラントを守り抜いたことから救国の英雄として今も称えられている。
「一時期、裏切り者扱いされてた時期もあったらしいけど……。でもそれも、当時の主戦派の陰謀って話だし」
「へぇ……」
「いえ……裏切り者といえば、裏切り者だったでしょうね、私は。目的のために多くの犠牲も出しましたし……」
責められこそはしても、褒められるようなことは何もしておりませんから。
もっと良いやり方もあったでしょうし。
ラクスはそう言って、シンの興奮した物言いに対し、困ったようにその顔に微笑を浮かべる。
「確かアスランさんの婚約者……でしたよね?」
「へ?マジ?あの人、そんなに凄いのか?」
「昔の話ですわ。親同士が決めたものでしたし……その親同士が、主戦派と休戦派に分かれてからは何も」
それでも、行動は共にしていたらしい。
プラントを離れたラクスにアスランは合流し、当時の新鋭機・ジャスティスを駆る彼はもう一機のエースであったフリーダムと並び、多くの戦果を挙げていったという。
フリーダムの名前を出した際に、シンの表情は僅かに歪んでいた。
けれどそれがラクスや、アスランの駆っていたジャスティスに対してまで向けられることはなく、あくまでフリーダムのみに向かってのものであることを窺わせる。
坊主憎けりゃ袈裟まで──というわけでもないらしい。
「それよりも……プラントでは『そういう風に』伝えられているのですね、私達のことは」
「?」
「いえ。気にしないでください。こちらの話ですわ」
箸を置いたラクスはどこか、自嘲するような笑顔を浮かべて呟いた。
即座に話題を変えられ煙に巻かれたその表情は、まだ20歳にもならぬ若者がするものとしては、ひどく物憂げで大人びたものであった。
「……ん?」
窓の向こうで、何かが一瞬光ったように見えた。
絶壁の上に立っているベルネス邸だから、あの方向は海のはず。
航行する船の、ライトか何かだろう。
ほんの少し目をやっただけでジェナスは、視線を会話する二人へと戻した。
──同時刻・オーブ領海線上にて──
「やーれやれ。残念だったねー、この日の当番だったなんてさ」
数人乗りの巡視船が、炎上し沈んでいく。
入れ替わるようにして水面が盛り上がり、姿を現したのは一体の重厚なフォルムをもつMS。
「ま、こっちも任務だから、悪く思わないでよね」
定期パトロールのためやってきた巡視船を襲撃、ランスの一撃によって沈めた犯人、パイロットのアウル・ニーダはアビスのコックピットで、大袈裟に手を合わせながらひとりごちた。
沈没していくのを見届けてから通信を切り替え、周囲に潜む「部下」たちに指令を送る。
「ん、オッケー。楽勝、楽勝、っと。お前ら行ってきていいよ」
『ハッ。アウル様はこの場にて待機を』
「りょーかい。頼むよー、『ソキウス』さんたち」
──アウル「様」、ねえ。
明らかに柄ではないと思いつつ、月の光を受けて水面を走っていく十数条の航跡を見つめる。
「ま、さっさと帰っても変なロン毛のおっさんは増えてるし、つまんねーし?暇つぶしにはなるわなー」
ナチュラルに対しての絶対的服従を義務付けられた、戦闘用コーディネーター・ソキウス。
そのお手並みをじっくり拝見させてもらうことにしよう。
作戦の内容は、暗殺だ。何故その人物が狙われるかなど、アウルの知るところではない。
命令された任務だから、やるだけ。命令されたから殺す。
受けた命令の通り、今回のターゲット───『歌姫』、ラクス・クラインの命を、奪ってくるだけだ。