第十九話 咎人の翼
瓦礫と化した建物が、音を立てて崩れ落ちていく。
炎があがり、完膚なきまでに破壊しつくされた豪邸と、
それを破滅させた襲撃者達の巨躯を、明々と照らし出す。
「あれっぽいな」
アウルは瓦礫の中に現れた白いシェルターの壁面を見て、簡単すぎるこの任務に内心つまらなさを感じつつレバーを引き、アビスへと一斉砲火の構えをとらせる。
いくら頑丈なシェルターとはいっても、あとはこの一射で終わるだろう。
「!?」
緊張感も何もなく引き金に彼が指をかけたその刹那、瓦礫の中から二条のビームが伸びて。
アビスの両サイドにいた二機のディープフォビドゥンのコックピットを正確に貫く。
左右からの爆発に包まれながらも後退をかけ、各機へと散開を命じるアウル。
動きにくく狭い陸地から、各自機体の特性にあった海へとMSを操作し、移動させ。
ビームの放たれた瓦礫の山を遠巻きに取り囲み、何らかのアクションが起こるのをじっと待つ。
「なんだよ一体っ!?」
機能を停止し、燃え盛り膝を折る二機のディープフォビドゥン。
その先、シェルターの前にうずたかく積まれた瓦礫が、突如として弾け、黒い影が飛び出す。
──速い。ゲシュマイディッヒ・パンツァー……ビーム偏向機能を、展開する暇さえもなかった。
さらにもう二機、撃ち抜かれ。その戦闘力を失いスクラップに姿を変えられる。
「MSぅっ!?」
着地した影の持つ、小型の二丁拳銃のようなビームライフルが、彼らを屠った正体だった。
あっという間に四機ものMSを行動不能に陥れたそのMSは、背後のシェルターを守り、彼らの行く手を阻むように立ちふさがり二丁の銃をつきつける。
楽勝すぎて退屈と思われた仕事───……その状況が急速に変化した、その瞬間であった。
「……ごめん」
コックピットの中で、自身の手にかけたパイロットたちに対しキラは、そっと呟いた。
機体の乗り心地は、悪くなかった。
各部のレスポンスは良好、機動性、運動性も申し分ない。
まるで操縦桿やフットペダルが、自分の両手両足に吸い付くようだ。
さすが、「あの機体」をメインの素体として使っているだけのことはある。
──ストライク『ノワール』。
彼は今、かつての愛機と同じ、ストライクの名を冠するこのMSのコックピットにいた。
はじめてこの機体を見た日のことが、昨日のことのように思い出される。
かつてのアスハ邸別宅地下に、シェルターと共に建造されたMS格納庫。
ある日彼はユウナに呼ばれ、マリュー……マリアたちと共にそこを訪れ、直立不動の姿勢で静かにたたずむ、二機のMSを見ることになる。
『情勢が、キナ臭くなってきている。いつ君たちに危険が迫るともわからない』
──ユウナは、二機のMSを見上げながらそう説明した。
カガリはこのことを知らない、こちらの一存だ、とも言った。
彼はわずかにそれらの機体を見上げただけで、碌に細部を見ようともせずに背を向けた。
『僕はもう、MSには乗りませんよ』、そう一方的な拒絶の言葉を投げつけて。
背中越しでも、マリアやバルドフェルド……アンディが諦めたような目でこちらを見ているのがわかった。
『それでも、いい。ここの鍵は君たちに預ける。定期的に整備の人員もよこす』
いつも軽薄そうにしている青年の声は、笑っていなかった。
『カガリの悲しむ顔は……見たくないからね』
そのときは、それっきり。答えもせずにキラはその場を、逃げるように立ち去った。
「……でも、もう逃げない」
結局のところ、自分は逃げていただけなのだ。
守ることから、自分の手を汚すことから。
被害者になりきることによって、自身の犯してきた罪と、その意識を封じ込めていた。
平和のため、戦争を止めるため。
いくらコックピットを外して戦闘しようと、それはあくまでも「極力」の話でしかない。
自分の手をなるべく、汚したくなかったというのもある。
大層な理想を掲げ、そのために切り捨てられてきた者たちに対する罪悪感を、キラはずっと見ないようにしていたのだ。
「シンも……ごめん」
今頃、戸惑い、苦悩していることだろう。
赦しては、くれないかもしれない。その場で撃ち殺されるかもしれない。
でも、そうなったとしてもかまわない。
それが彼の下した答えだというのなら、受け入れよう。
「でも……もし。もし、君が赦してくれるのなら」
もう一度、戦おう。
力なき者たちを守るために。この国の眠くなるような安寧を、保つために。
守れなかった者たちや、この手にかけた者たち。彼らに対する責任として。
一度掲げた理想を、改めて貫き通す。
はじめは、この国から。できることから、はじめていく。
二度ともう、シンのような者をこの国から出しはしない。
守りたいものは多かった。
守れなかったもののほうが、遥かに多かった。
この手にかけたものは、数知れない。
自分は被害者なのではない。加害者なのだから。
この命をもって、償っていかねばならない。
いくら血にまみれようと、この手が汚れようと。
既に汚れているのだ、自分は。
平和を望む者たちの剣となって、戦い続けよう───!!
「ラクスは、殺させない。みんなも。誰一人、殺させるもんか」
漆黒のこの機体は、咎人たる自分にふさわしいと思う。
自由の名を持つ蒼き翼を駆る資格は、今の自分にはない。
この禍々しき、漆黒の翼がお似合いだ。
この黒き鋼の剣をもって、愛すべき者たち、守るべき者たちのために戦い続ける。
犠牲となるのは、自分達のように血に染まった者だけで十分だ。
「降りかかる火の粉は……払うっ!!」
二枚の翼から、二振りのレーザー対艦刀・フラガラッハを引き抜く。
同時に、頭の中を植物の種子が弾けるようなイメージが駆け抜けていく。
「容赦は、しない!!」
三叉の銛を突き出してくるフォビドゥンの動きは、スローモーションのようだった。
流れるように背後へと回り、対艦刀を薙いでそのボディを三つに裁断する。
慌てたように飛び掛る二機へは、羽のレールガンをそれぞれ一射。
衝撃によろけたところを輪切りにした。
「これが──……僕の覚悟だ」
意図的にコックピットを外したりはもう、しない。
左手の刃を大地に突きたて、右を肩に背負い、漆黒のストライクがゆっくりとアビスたちに向かい首を捻る。
燃え盛る炎に浮かび上がるその光景は、まるで戦場に佇む死神。
「退くのなら……退いてくれ。来るのなら……全力で、僕は撃つ」
声が、聞こえているはずもないというのに。
気圧されたのか、襲撃者のMSたちはたじろぎ、何一つ行動できずにいる。
「なるべくなら、撃ちたくない」
右端のやつが、我に返ったらしい。
一人で猛然と飛び掛ってくるのを、キラは冷めた目で見ていた。
「……撃たせないで」
左腕からワイヤーアンカーを射出。
予想外の攻撃にフォビドゥンは反応が遅れ、四肢をからめとられる。
力任せにレバーを引き、そのまま身動きのとれない機体を引き寄せる。
対艦刀を翼に収めた右腕は、拳銃を握っていた。
頭を掴み、コックピットに銃口を押し当てる。
真っ暗で底の見えないその穴に、パイロットは怯えていただろうか。
ソキウスというのなら、そういった感情もないのかもしれないが。
なんの躊躇いもなく、引き金を引く。
呪われたスーパーコーディネーターと、笑いたければ笑え──……
キラはあの世のどこかで、かつて自身に出生の秘密を教えた男が嘲笑しているのではないかと思い、僅かに顔を顰めた。
これで、八機目。
当初、隊長機であるアビスを除き10機いたディープフォビドゥンの部隊は、この短時間においてわずか二機にまでその数を減らしていた。