第二十五話 再会の海
『アスランとキラが前衛!!俺は航空支援!!ジェナスとシンは艦に近づく奴や弾をやれ!!』
バルドフェルドの怒声が、通信機越しに届く。
インパルスのコックピットでシンは、軽く舌打ちした。
「ちっ……フォースシルエットさえあれば……」
飛行して、自分ももっと動き回れるのに。
ソード装備しかない今では艦上からの迎撃に回るしかない。
『おい!!ザフトの坊主!!』
「あ!?えー、っと、マードックさん!?」
だったっけ、と、うろ覚えな記憶を探り、
サブモニターに現れた顔の人物の名前を思い出す。
この艦──アークエンジェルの整備班長だったはずだ。
『ビームライフルとアグニの調整が終わった!!その装備よかマシだ、持ってけ!!』
「本当ですか!?」
艦上のみの戦闘でも、飛べる相手──ムラサメを相手に飛行できず、近接武器しかないソード装備は厳しいものがあった。だが、これで少しは楽になる。
『アグニ……ビームランチャーはコネクタの規格変更が終わってねぇ!!艦のソケットに直結させてトリガーで撃て!!』
「了解っ!!使わせてもらいます……シン・アスカ!!インパルス、行きます!!」
ハンガーからビームライフルをひっつかみ、腰にマウント。
オーブ軍から横流しされたムラサメのものを、コネクタを改造しインパルスでも使用できるようにしてある。
左手にランチャーを持ち、発進。甲板上に着地し、エネルギーコードとランチャーを接続する。
『いいか、無理はするな!!あくまで俺達の目的は突破だ、近づく奴以外落とす必要はない!!つーか落とすな!!後々面倒だ!!』
当然だ。国を……オーブを守るため戦っている彼らを殺してなるものか。
かつて焼かれた母国を、再度焼かないために自分達は出て行く。
彼らは守る。これはそのための戦いだ。余分な血など、流しはしない。
当面の目標は、オーブ領海からの脱出。目指すは、ザフト勢力圏。
ソードインパルスの手にしたアグニが飛来するミサイルに向かい、火を噴いた。
水上をかけるジェナスの起こした水柱が、幾多の砲弾を巻き込み、誘爆させた。
──なるほど、な。ユウナ様はあの艦のことを言っていたわけだ。
演習中だったオーブ軍旗艦・空母タケミカヅチの艦橋で一人、トダカは現れた白亜の大天使の姿へと嘆息していた。
「か、艦長っ!!このままでは奴らに……」
「行かせてやれ」
「はっ!?しかし……」
「あの艦の戦闘力は貴官も聞き知っているだろう。演習中で碌な弾薬も残っていない状態で深追いしてみろ、やられるぞ」
ペイント弾装備のMSばかりで、何ができる。
口角から唾を飛ばし慌てる副官を、トダカは冷静な指揮官という仮面を被ったまま諌める。
内心、あのやり手の若者に一杯食わされた感でいっぱいだったけれど。
「それよりも推進剤の残り少ない機体、損傷した機体の収容急げ。海に落ちた奴はさっさと拾ってやらんと溺れるぞ」
「はっ」
代わりに機体の回収を命じた彼は、水平線の向こうに小さくなっていくアークエンジェルの後姿へと、目礼を送った。いわば人身御供となった彼らに対して、すまないという思いがあった。
『オーブ軍、撤退していきます。追撃はこれ以上ない模様です。各機帰艦後、待機して下さい』
CICからの連絡を受け、艦内へと帰還したジェナスはヘルメットを脱ぎ息をつく。
ハンガーに戻ってきた各自の機体から、シンやアスラン、キラにバルドフェルドが降りてくる。
「ひとまずみんな、お疲れさん。とりあえず第一の難所はクリアできた……といったところかな?」
虎柄の派手なパイロットスーツに身を包んだバルドフェルドが、一同を労う。
彼の乗機は、黄色に塗装されたムラサメだ。シンや本人から聞いた話通りの腕前らしく、その機体には傷ひとつついていない。
整備兵が持ってきてくれたドリンクを飲みながら、5人は疲れた身体を休める。
「ジェナス、本当によかったのか?いくら戦場にいたとはいえ、あくまでこの世界では君は民間人だ」
ミネルバにいた頃ならともかく、このアークエンジェルに乗ってまで戦闘に出ることはないんだぞ。
バルドフェルドが尋ねるが、当然断る。
「いや。居候の身なわけですから……。俺にできることっていったら、これくらいですし」
「そうか。ならいい。助かるよ。さて、これからだが……念のため常時二人待機でいこうと思う」
連合の部隊がさっそく動いている可能性も考えれば、そう気を緩めてもいられない。
バルドフェルドの提案に、一同頷く。が。
「はじめは、シンとキラ」
「はい」
「えぇっ!?なんで!!」
「仕方なかろう。俺はブリッジの仕事もあるし、アスランはさっき一仕事終えたところだ。
ジェナスの機体はうちの整備班が不慣れで完全に整備ができるまで時間がかかる。消去法だよ」
「っ……」
「いいな」
「わかりましたよっ!!」
シンは吐き捨て、キラを一度睨みつけてから待機所へと向かった。
ジェナスの視線に、キラは困ったように苦笑し肩をすくめる。
やはり二人の間はそうそう、うまくいくようにはならない。
「──ま、とりあえずは二人に任せて俺達は──……」
刹那、敵襲を告げるレッドアラート。
耳障りな音にバルドフェルドもアスランも目つきを変え、シンが待機所から飛び出してくる。
「どうした!!追撃か!!」
手近な通話機を手に取り怒鳴るバルドフェルド。
『違います!!前方に……艦影、二!!うち片方は空母、地球軍のものと思われます!!』
「っち……さっそくおいでなすったか!!わーかった!!出る!!……っと!?』
と、突如として艦が大きく揺れる。
二度、三度。
「何事だ!!砲撃か!!」
『ち、違います!!か、甲板上に……!!』
「甲板上に、何だ!?」
『人が……!!でっかいハンマーを持って……』
「はあ!?何言って……」
こんなときに、何をふざけているんだ。
そう怒鳴ろうと、バルドフェルドが息を吸い込んだところでハンガーに設けられたモニターが光る。
艦橋のカメラから捉えられた映像が、そこには映し出される。
「……はぁ?おいおい」
白い船体の上に立つのは、ノーマルスーツを着たと思しき、人間の姿。
ブラックとライトグリーンの重厚なパーツに彩られたそれは、特注品だろうか。
「冗談だろ、こいつぁ……」
「───ディグラース!!!!」
MSならともかく、ノーマルスーツでたった一人艦に取り付くなど、正気の沙汰ではない。
呆れというか、唖然というか。表現に困る事態に彼が言葉を詰まらせたとき、ジェナスの驚愕の声がハンガーを通り抜け、残響した。
「そんな……生きてたっていうのか……しかもこの世界で……!!」
一同の視線が、ジェナスへと集まる中。
映像中の男は跳び上がり、宙を舞い。
収納状態の対空機銃のひとつへと取り付くと、手にした大鎚を振り下ろし、粉々に粉砕した。
再びその衝撃で、艦が大きく揺れた。