第二十八話 シード
─ドイツ・ベルリン―
一台の車が、さほど渋滞していない街を走る。
乗っているのは、二人の女性。
「まったく、なんなのよ、キラも艦長も……!!アスランも!!一体何考えてるのよー……」
ハンドルを握りぶつくさ愚痴を連ねるミリアリアとは対照的に、助手席のセラはおとなしくシートベルトを締めて黙って座っている。
「まずダコスタさんあたりに連絡とって……それから……」
明らかにスピード違反ではあるが、警察が見ていないのをこれ幸いとばかりにミリアリアは飛ばす。
車線変更を繰り返し、次々と別の車を抜き去っていくそれは他のドライバー達からしたら迷惑以外のなにものでもない。
クラクションを鳴らして抗議してくるものも一台や二台ではなかったが、ミリアリアの眼中にそれらは一切無かった。
「……ミリアリアって、スピード狂だったのね」
「何!?なんか言った!?」
「何も」
ぽつりと呟いたセラの身体が、右に傾く。
急激な右折をして、二人の乗る車は走り去っていった。
「……アン?What?うわ、すっげーなー、とばしスギじゃネーの?あれヨ~」
彼女達の残したエンジン音とタイヤの音に振り向く者が、ここにひとりいた。
ベースボールキャップを被った金髪の少年は、両腕に抱えたダンボール箱の横から顔を出して、遠ざかっていく車の後姿を見送る。
「ワッチャ!?いっけね、せっかくみつけた食い扶持だってのに!!追い出されちまう!!」
広場の時計台を見た少年は、慌てて駆け出した。
「タマンネーなぁ……。バジェットゼロだった頃を思い出すぜィ、この状況。んとに情けねーこって」
両者の距離は、遠く離れていった。
旧知の存在とニアミスしたことに、彼もセラも、全く気付くことなく。
「どけぇっ!!僕達を……行かせてくれっ!!」
海上では、シンたちが突破を試みて激しく戦っている中。
キラもまた水中でアビスと戦闘を繰り広げていた。
レーザーをオフにした対艦刀が甲殻状の肩シールドに弾かれ、キラは舌打ちする。
「ぐっ……!!」
首元を掴まれ、コックピットを激しい振動が襲う。
海底の岩盤に激突し、鞭打ちになってしまうかと思うほどににキラは揺さぶられた。
「こ、のおぉっ!!」
それでも、意識は途絶えない。
止めの一撃としてアビスが繰り出してきたランスをノワールに避けさせると、後ろの岩に突き刺さったその柄に拳銃状のビームライフルの銃口を押し当て、発射。
ビームの拡散してしまう海中でも、この零距離ならば問題はない。
最大出力で放たれたそれは、対ビームコーティングを為されたランスの柄を、真っ二つとまではいかないまでも、使用が不可能な程度にまでは溶解させた。
相手がうろたえたところで、コックピットの辺りに蹴りを入れて引き剥がす。
「水中では……やっぱり不利だ……!!どうする!?」
このまま、抑え続けるしかないのか。
あの夜はこちらの奇襲であったから、有利に戦闘を進めることができたのだけれど、やはりアビスとてザフトの最新鋭MS。パイロットも手強い。
海中というフィールドを十分に生かしてくる。
相手のエネルギー切れを待つ、それが一番の手ではある。
だが。
「上は……アークエンジェルは持つのか?」
普通の相手であれば信頼するアークエンジェルクルーの面々がどうこうされるなどと心配することはない。
しかし相手はザフト製の最新型が三機に、パーソナルカラー持ちの隊長機。
加えて先程電文で巨大MAまで現れたと連絡があった。
耐え続けるか、打って出るか。
そろそろ、キラは決めねばならなかった。
こんなにも、海上の一対多数戦闘がやりにくいものであったとは。
シンは自分の行動の迂闊さに、今更になって歯噛みしていた。
「このっ!!さっきからすばしっこく動きやがって!!当たれよ、こいつーっ!!」
せめて、空戦が可能なフォースシルエットがあればもう少し、なんとかなったのかもしれない。
だが今彼が操っているのは大振りの対艦刀二本しかない、ソードシルエット。
加えて相手は素早いガイアであり、隙あらば上空からMAが射撃・砲撃を加えてくる。
足場も空母と戦艦だけで、乏しいことこの上ない。
『シン!!』
MAの射撃に気を取られ振り返り、ガイアに向けた背面が疎かになったところを、カオスに追いかけられながらアスランの放ったビームがガイアのライフルを撃ち抜き救った。
──今のうちに。あの図体だ、懐に入り込んでしまえば……!!
「は、あああっ!!」
ブースト全開のジャンプで、MAに飛び移らんと跳躍する。
彼としては一つの勝負に出たわけだ。が、それでも、MAの対応は、予想外に早かった。
「何!?爪!?」
今まで砲撃を加えるばかりであったMA──ザムザ・ザーが、左右の着陸脚の部分に収納し、隠していた二本のクローを展開し、その大質量を以って飛び掛るインパルスを打ち払ったのだ。
『シン!?危ない!!』
『後ろ!!』
捕らえようと迫る左の爪をかわしたところを、後ろから大質量の壁のような右の爪が一撃。
「うわああぁぁっ!?」
質量差が、ありすぎる。
インパルスは叩き落とされ、空母の甲板へとしたたかにその身を打ちつけた。
「っぐ……」
機体を上半身だけでも起こすのに、幾許かの時間が必要だった。
そして彼は見る。
こちらのコックピットに的確に背中の砲塔を向け、滞空する変形したガイアと、
避けられた場合に備え彼の退路を絶つように機体のビーム砲をチャージするMAの威容を。
完全な「詰み」だった。
──ここで、終わりなのか?俺は、死ぬのか?
背中を、冷たい汗が伝う。
せっかくの大芝居をアスランやカガリが打って、こんなところまで出てきたというのに。
自分はそれに応えることもなく、終わってしまうのか。
「まだだ……」
嫌だ。死んで、なるものか。
慰霊碑に、もう一度帰ってくると約束したのだ。
皆を守れるようになるまで、死ねない。
「まだだ!!まだだっ!!」
死を実感したその瞬間、彼の心にあったのは恐怖でも、諦めでもない。ただ一途な「否定」。
瞬間、頭の中が急にクリアになり、感覚が一変する。
例えて言うならば、植物の種子が弾けるようなイメージ。
シンは先程までとはうってかわった冷静さで、計器を操作しはじめる。
「……」
驚いているMAや、ガイアのパイロットが聞こえたような気がした。
コアスプレンダーと、チェストフライヤーとの接続を解除。
レバーを引き、胴体部以下を下に、上半身を上に発進させる。
ガイアの放ったビームは空を切り、空母のラミネート装甲を撃つだけで、この予想外の動きにMAのほうも狼狽し、対処できず、インパルスをシンは再度ガイアの背後で合体させる。
対艦刀を振り下ろし、ガイアの両腕を斬りとばす。
振り向くことなく跳び、空中で体勢をザムザ・ザーのほうへと向け、機体上に着地。
対艦刀の代わりに引き抜いたビームブーメランをナイフの要領で突きたて、引き裂き、ずたずたに装甲を切り裂いた。
隙間にビームライフルとバルカンを注ぎ込み、離脱。
巨大MAはワンテンポ遅れて、大爆発を起こした。