第五十三話 蒼天の下の兵士たち
「……これは、オーブ軍の問題です。どうかあの艦は我々だけでやらせていただきたい」
『セイラン司令?ですが?』
「あいにくと妻の名を、その弟の名を騙られて冷静でいられるほど、人間ができていない。
勝手ではあるが、あの艦との戦闘に、連合は手を出さないでもらいたい……っ!!」
『な……セイラン司令!?ちょ……!?』
返事も聞かず、ユウナはアームレスト上の通話機を叩きつける。
さも、怒気を孕んでいる様子で。
顔面を押さえ、怒りを押し殺しているようにその仕草からは見て取れる。
「……ふん」
だが、その実、内心は。
──『代表首長の弟として命じます。オーブの理念にそぐわぬこの同盟を、破棄してください』──
掌で精一杯顔を隠し、全開になった回線から聞こえてきたキラの声を脳内に呼び戻しながら。目を伏せほっと、安堵の息をついていた。
こちらの意図をどうやら、あちらとしても掴んでくれたらしい、そのことに一安心して。
「アークエンジェル、MS2、こちらに向かってきます!!」
「……トダカ」
「はっ。取り舵10。目標、アークエンジェル」
「全軍に通達。無理はせず、被弾した場合即座に帰投せよ」
「はっ」
あとは身内同士で盛大に、八百長試合をやっておけばよい。
もちろん兵士たち皆がそのことを知っているわけではないが、念には念を入れてこちらのエース級は旗艦の直衛にまわしてある。
彼らの腕前ならナチュラルの一般兵の乗ったムラサメを撃破せずに無力化することなど、造作もあるまい。
いくら必死であろうと、その戦闘力の差は大きい。
「一人も、死なせるなよ」
「了解しました」
既に船窓の先では、ミネルバと連合が戦闘をはじめている。
そちらがどうなろうと、知ったことではない。
「でーっ!!この白い坊主くんといい、黄色のムラサメといい!!なんでこいつらはこうもやっかいかね!!」
グゥル装備だってのに、まったくよくやる。
ネオは白いザクの機動に舌を巻く。
アウルに待機を命じ、各機に発進を促したあとで、ネオも出撃したのだが。
飛べる代わりに足かせに等しいグゥルに乗っていながら、白いザクはジェットストライカー装備のウインダムと互角の戦いを見せてくる。
そういえば、宇宙でもこうだった。互いに引かれあい、互いに有効打がない。
「みょーな感じはあるし……ほんとに何者なんだ、白坊主っ!?」
互いの投げた手榴弾──スティレットとハンドグレネードがぶつかりあい、閃光を放った。
当たれば、それだけで終わる。
フリーダムの火力は、それだけのものがある。
『ハイネっ!!やっぱり俺もフォースで前衛に……っ!!』
「うーるさい!!命令つったろ、お前はミネルバ守ってろ!!」
そして混沌としつつある戦場では、ジャスティスのトリッキーな動きは脅威だ。
シンからの通信に怒鳴り返しながら、ハイネは乾きそうになっていた唇を、舌なめずりして潤わせる。
「くっそ!!さすがにこいつはきついか!?」
ハイネはたった一機で、フリーダムとジャスティスの二機を相手にしていた。
シンを前に出すわけにはいかない。それはシンに故郷の軍を撃たせたくないというだけではなく、彼らには母艦を守ってもらう必要があるから。
視界の隅では、バルドフェルドのムラサメがカオスと高速戦を繰り広げている。
レイは、紫の隊長機と。グゥル装備でよくやる。
一見、総力戦だ。
だが、まだだ。アビスがいない。また、ガイアもいざというときは多数ある艦艇を足場につっこんでくることだろう。
今はアムドライバーたちも迎撃にまわっているが、あのディグラーズとかいうやつが出てくれば、彼らをそちらにまわすより他にない。MSで相手をするには、的が小さすぎる。
そうなれば、ルナマリア一人で母艦の直衛というのは辛い。
「っと!!まだまだぁっ!!」
思考が、フリーダムのレールガンの咆哮により中断される。
なにも考えず、ただ回避に専念。かわした後、牽制のビームガンを放つ。
(やつらは切ってないカードが多すぎる……!!デュートリオンビームは……インパルスの隠し玉は温存だっ……!!)
アビスが、ガイアが動いたとき、相手ができるのはインパルスしかいない。
長期戦に持ち込まれても、インパルスならばやれる。
だからこそ、パイロットのシンを無駄に消耗させられない。
インパルスのミサイルが、ミネルバへと取り付こうとしたウインダムへと命中する。
更にはせまる砲弾の雨に向けケルベロスを放ち、薙ぎ払う。
(そうだ、それでいい!!)
ジャスティスが放ったリフターに、肩がぴくりと反応する。
だめだ。どの方向に行っても、フリーダムが待ち構えている。
「なら……避けなきゃいいんだよっ!!」
聞く者のない叫びとともに、スレイヤーウィップ一閃。
大空を駆け抜けるリフターの片翼を絡めとり、フリーダム向けてぶん投げる。
「どうだっ!!」
自滅しろ。拳を握ったハイネを嘲笑うかのように、フリーダムはあっさりと対応し、向かってきたリフターを蹴り飛ばす。ジャスティスもその動きを予測していたように移動し、落ち行く機体を回収した。
「ちっ……やっぱ一筋縄じゃいかねえか!!」
しかし、ここは押さえる。やれる。
一人でやらねばならないのだ。
「『フェイス』を……なめるなあぁっ!!」
左手のシールドからビームソードを引き抜いて、ハイネは二機へと躍りかかっていった。
──そして、ハイネの予測どおりに動き出す者がいた。
『バイザーバグ部隊、全機発進準備完了しました』
「……そうか」
整備員たちからの報告に彼は甲板上に並んだ機体を見渡し、うちの一機へと足をかける。
ステルス戦闘機にも似たそれは、彼が載ってなお、足場とするに十分な広さがあった。
「……ガングリッド・ディグラーズ。バイザーバグ隊、出るぞ」
彼の声にあわせ、10機のステルス戦闘機型の機体が飛び立った。
「……ぬ?」
そのレスポンスのよさに、ディグラーズはわずかな違和感を感じる。
かつて配下に使用していた「あちらの世界」のバイザーバグよりも、反応がよい。
性能や技術ではこちらの世界よりも優れていたはずなのに、である。
「まあ、いい」
別系統の技術で再現したが故の誤差だろう。
それに利用するにあたって性能が高いに越したことはない。
「さあ……決着をつけるぞ、ジェナス・ディラ」
彼の意識から、わずかに感じた違和感は消え。
見えてきた蒼き機体を駆る宿敵のことだけが彼の頭を支配した。