第五十六話 ハイネ・イズ・オーバー
「……?」
両腕に装備したバーレスクでミサイル群を撃墜し、撃ちもらした数基をバスタードソードで切断したニルギースの目に、それらが映る。
「救命ボート……あの艦、長くはないらしいな」
オーブといったか、敵軍の旗艦と思しき空母が突如黒煙を吹き上げて、幾許。
ミサイルの雨がわずかに途切れ、ニルギースは彼らの退艦の様子を見つめていた。
「!?」
と、頭上を大きな影が通過し、即座に反応したかれの銃口がそちらを向く。
「……ムラサメ?」
編隊を組んだ三機の飛行MSが、攻撃を加えることもなくアークエンジェル上空を通過していった。
一瞬、そのオレンジに塗り替えられた後姿へ向けて狙いを定める。
が、すぐにニルギースはその照準を下ろす。
なぜだか、彼にはあのムラサメの小隊が敵であるようには思えなかったからだ。
その理由は、記憶のない彼にはよくわからなかったけれど。
間合いは、計算どおり。
ビームソードの切っ先が、一足早く届くはずであったのに。
「何ッ!?」
肝心のそのビームソードは、グフの手首から失われていた。
とった。
この距離で、はずすものか。
彼の確信は打ち砕かれ。
歴戦のエースたる彼の目ですら追えぬ斬撃が、緋色の機体を粉々に分解していく。
およそ人間業ではない、神速の剣をもってジャスティスはハイネのグフを無力化していた。
「っぐ!?」
フライトユニットさえも失い。
頭部が残っているおかげで敵の行動が見える分、そのショックと屈辱は大きい。
『じゃあなぁ、オレンジの一つ目ェっ!!』
グフの頭部パイプが掴み上げられ、海面めがけ放り投げられる。
飛行能力を失った機体では、その加速を止めるなどできようはずもない。
懸命にバーニアを噴かすも、止めきれない。
重力にシートに押し付けられる彼の耳に、接触を通じ野太い声が聞こえた。
『空母落としたご褒美だ!!くれてやるぜ、坊主!!』
ハイネが、なす術も無く落とされた。
それは、二機の強敵に立ち向かう彼を見ていた他の者にとっても、あまりに瞬く間のできごとで。
その事実に一瞬呆けたようになったシンは、大破したグフが放物線を描き始めるのを前に我に返る。
「っ……そうだっ!!」
まだ、ハイネは生きている。
なぜだかはわからないが、ジャスティスは彼の機体に止めを刺してはいない。
───海面に叩きつけられる前に、救出しないと。
『シン、行くな!!放っておけ!!』
「!?……レイ、何を!?」
そう思い持ち場を離れようとしたシンを、マゼンタカラーのウインダムと交戦を続けるレイが押し留める。
だがその言い方はまるで、ハイネを見捨てろと言っているようなものだ。
『ハイネは……もう、ダメだ!!お前までやられるぞ!!』
「なっ……!?」
まだ生きているのに、もうダメ?
『センサーを、見ろ!!っく……!!海面、近くに……ッ!!』
「レイ!?」
機動力に勝るウインダムの手榴弾が、ザクの載るグゥルを撃墜した。
だが同時にレイは飛び上がり爆発を避け、バックパックのミサイルを使い逆にウインダムの頭部と翼を破壊する。
ブレイズウィザードの最大出力で上昇し、重いそれを切り離した上で本体のバーニア噴射。
ぎりぎりミネルバ右舷上に着地する。
お互い飛ぶ手段を失ったザクとウインダムは痛みわけといったところだ。
『まだ、奴がいるんだっ!!あの二機だけじゃなく!!お前一人で言っても死人が増えるだけだ!!』
「あ!?」
言われて、シンは気付く。
グフの落下していく先の海面を目を凝らしてみると、わずかに色の違う箇所があり、大破した機体を追うように移動していることを。
インパルスの計器類も、「そこ」に独特の熱紋があるのを捉えていた。
幾度となく戦った機体のものと、一致する。
「まさか……!?ハイネ、脱出を!!」
『無理だ……間に合わん……っ』
──二人のやりとりは、落下の重圧にシートへと押し付けられるハイネのもとにも、届いていた。
(……そう、だ。レイ。それでいい……ッ!!)
シンを引き止めたのは、正解だ。
ここは自分を見捨てる選択が、正しい。
「く、っそ……」
完敗、か。
殆ど死んでいるグフの計器類では、ノイズだらけの映像を拾うのがやっとだったけれど。
動かせる頭部カメラで、彼は呆然とこちらを見つめるようにホバーで浮遊するインパルスを捉える。
(ばっか、野郎……)
ぼーっとしてるんじゃない。
これは戦争だ。自分に命を差し出す順番がまわってきただけのこと。
だがそのことをシンに伝えるには、あまりにも時間がない。
(わり……きれよ)
ハイネ・ヴェステンフルスという存在を。
こういった可能性を見越した上であくまで一人の兵士として戦ったのだから。
自分は納得しているのだ。
(……でないと、死ぬぞ。お前まで)
だから、動け。
お前がそうやってこちらを見とれていても、艦は守れない。自分自身を守れないだろうが。
シン、お前は。お前たちはまだ生きて戦わなくちゃならないんだぞ?
「悪いな」
アスラン。バルドフェルド隊長。
彼は、歴戦であるが故に下から迫る死の気配に気付いていた。
気付いても、この大破した機体ではどうしようもない。
「後のこと、たのむわ」
自分はここで、一抜けだ。
不思議なほど穏やかな心で、彼はそれを受け入れ、瞑目した。
あばよ。
彼が瞼の裏に映る同僚たちに別れを告げた刹那、閃光がその肉体を包み込み、一瞬にして肉体もろとも意識を消滅させていく。
死と生の境界線も、判別できぬまま。
『ハ……ネッ……!!』
通信機の拾ったシンの声が、既に主のいないコックピットを覆う炎に飲み込まれていく。
「ハイネェェェェッ!!」
三叉の矛に刺し貫かれ、グフの胴体部はようやくにその落下を止めていた。
ほどなくして、機体は爆散し。
煙る炎が海上へと、散らばり落ちていく。
グフ・イグナイテッドへと止めを刺した張本人たるMS───アビスが、爆風を避けていた水中から顔を出し。
再び変形して海中へと消えていった。
「あ……あぁ……」
『グフ……ハイネ機……シグナル、ロスト……』
「くそおおおおおおおぉぉぉっ!!ハイネを、ハイネをぉぉぉっ!!」
メイリンの沈痛な声に、シンの中で何かがはじける。
怒りにまかせ、シンは四門のブラストシルエットの砲をはねあげる。
あいつらは、倒す。ハイネの敵討ちだ。
『!!シン、よせっ!!』
しかしそれは、おそい。
砲撃を海中のアビスに向け放とうとしたインパルスの砲口にそれぞれ、
同じ数のビームと砲弾が吸い込まれる。
既に砲撃準備に入っていた砲戦仕様の装備は誘爆し、インパルスはその攻撃手段を失った。
敵のフリーダムによる、一斉射撃だった。
ご丁寧に、後ろ腰のビームライフルまで銃口を潰されている。
「っく!?」
『シン!!』
ホバーでの水上活動が不可となった機体を、間一髪レイのザクが受け止める。
崖から落ちそうになった登山家を、仲間が救助したような形で、右腕一本で支える。
「く……フリーダムぅぅぅっ!!お前ら一体、何なんだっ!!」
まだだ、まだミサイルが残っている!!
『シン、戻れ!!狙い撃ちにされるぞ!!』
『!?タケミカヅチ、移動開始!!』
「『!?』」
──彼の怒りは、一瞬どこかへ行ってしまった。
メイリンのすすり泣きが漏れ出してきていたブリッジとの通信から受け取った、索敵のバートの驚愕の声によって。
フリーダムやジャスティスのその更に向こう。
たしかに巨大な空母が煙を噴き上げながらも、ゆっくりと。
その巨躯を徐々に動かし始めていた。