アム種_134_059話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:53:13

第五十九話 エブリマン、エブリウェア



 ダーダネルス海峡においての戦闘を終えたミネルバ艦隊は、マルマラ海のザフト軍基地へと入港した。



 ハイネの死、ルナマリアの負傷に加え、大部隊を相手にしたことによる艦そのものへのダメージも大きかったのである。



「……そっか。ルナ、目、覚ましたんだ」

「ああ、まだ安静らしいけどな。さっきメイリンとセラが病室に行ってた」



 ドックのキャットウォークから、ヴィーノとヨウランがミネルバから搬出されるインパルスを眺めていた。

 分離状態の各機に続き、各種シルエットパーツが続いていく。

 もとより複雑な可変・分離機構を持つ機体だ。

 基地の設備で定期的に入念な整備をする必要があるし、海戦で潮を浴びたあとともなればなおさらだ。



「アークエンジェルのほうも、大変だって言ってたしなぁ……」



 カオスと激しいドッグファイトを演じていたムラサメ。

 たった二機でオーブ軍の大多数のMS部隊を相手にしていたセイバーとノワール。

 独自のチューンがなされたバルドフェルドの機体をはじめ、けっして低くない性能の三機であるが、パイロットたちの無茶な操縦技術により各部の関節をはじめとする内部からのダメージが激しく、入念なオーバーホールが必要となっていた。



「戦えるのはレイのザクと、ジェナスたちだけってことだもんなあ……」



 そのザクも、この基地にはフライトユニットのストックがなく、陸上戦力としてはあまり期待できるものではない。



「なあ」

「戦力、大幅ダウンだよなぁ……」

「まあ、基地には入港してるんだし、そう悲観するもんだもないだろ」

「おい」

「「……え?」」



 考え込む二人は、ようやく自分達にかけられている声に気付いた。

 二人揃って横に顔を向けると───……。



「シン!?」

「もう、いいのか?」



 オーブ軍との戦闘以来、部屋に閉じこもりっぱなしだったシンがそこに立っていた。

 手にはピンク色の携帯。同室のレイから無事だとは聞いていたが、彼らが見るシンの目の下には、うっすらと隈ができていた。



「お前ら、インパルスと上陸するんだよな?整備で」

「え?ああ、そうだけど」

「頼みがある」

「頼み?」

「ああ、実は」



 シンの頼みごととは、ごくごく簡単なものであった。

 大仰な言い方に身構えていた二人は、拍子抜けしたようになる。



「そんくらいならちょっとシルエットの設定ちょっといじればできるだろうけど……なんでまた?」

「いや……少しでも強くならなきゃ、と思って」



──そう、あいつらを倒せるくらい強く。ハイネやトダカ一佐の仇をとれるくらい、強く。



「……へ?」

「ん、いや。とにかく、頼むな」



 シンの最後の呟きは、二人には聞こえなかった。

 歩き去る彼を、ヴィーノとヨウランはぽかんとして見送った。







「大丈夫?具合、どう?」

「キラさん!!来てくれたんですか?」

「うん、基地のドックに丁度用事があったから。怪我、平気?」

「は、はい!!そりゃあもう!!」



 一方、ルナマリアが入院することになった基地内の病室には、キラが訪れていた。

 酒保で買った果物を手に現れた彼に、ルナマリアは飛び起きる。

 セラが生けていった花瓶の隣にバスケットを置くと、彼はベッドサイドに腰掛ける。



「セラやメイリンから、ある程度のことは聞いてるんですけど……その、やっぱりハイネは」

「……うん。残念ながら」

「これが……戦争なんですよね、やっぱり」



 ハイネが墜とされた時既に意識を失っていたルナマリアには、実感が湧かないのだろう。

 彼がもはやこの世の人ではないということが。

 絆創膏の張られた彼女の物憂げな顔には、そう書いてあった。



 冗談で、実はそのうちハイネがひょっこり顔を見せるんじゃないか。

 そんな表情だ。



「……あの二機は、僕らが倒す。僕と、アスランで」

「え?」



 キラの言葉に、ルナマリアは戸惑うように顔をあげる。



「仇討ち……ですか?」



 ストレートに聞き返す彼女に、キラは小さく首を振って返す。

 そうではない。違うのだ。

 仇討ち、私怨による戦い。その怖さをキラは既に知っているから。



「憎いとか、そういうんじゃない。ただ」

「ただ?」

「あの二機……フリーダムとジャスティスは、元々僕らの乗っていた機体だから」

「……え?」

「言ってなかったかな。前の戦争でフリーダムに乗っていたのは、僕なんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください!?えと、えっと……」



──おそらく彼女は、シンから彼の家族を殺したのが自分であることは聞かされてはいまい。

 驚いているのはオーブの人間であるキラが、ザフト製であったフリーダムのパイロットであったということだろう。

 だが問題はそういうことではない。



「……だから、僕らが止めなくちゃ。フリーダムも、ジャスティスも」



 過去の戦争の亡霊は。

 本人達の手で断ち切らねばならないのだ。







「───お」



 食堂から出たジェナスは、向こうの通路を歩いていくシンを見つけた。



「シン、もういいのか?」



 いつもの通り、なにげなく声をかける。

 部屋に篭ったままだった彼が出てきたことに対して、安心感もあった。



「……シン?」



 だが、彼は聞こえなかったのか、気付かなかったのか、ジェナスに応答も足を止めることもなく、すたすたと立ち去っていく。



「あいつ……」



 右手の指の隙間からこぼれる携帯のピンク色が、妙に印象に残った。







「バルドフェルド隊長?よろしいですか?」



 また同時刻、マリューはバルドフェルドの船室のインターホンを鳴らした。

 やや間があって通話が繋がった音がして、尋ねる。



『……開いてる……入ってくれ……』

「……?失礼します」



 くぐもった、低い彼の声に疑問を感じながら室内に入るマリュー。

 ベッドの隣のライトのみが点いた部屋は、布団が乱れ、そこには───……、



「バルドフェルド隊長!?」



 蹲り、インターホンの応答ボタンに手を伸ばし。

 額に脂汗を浮かべ苦悶するバルドフェルドの姿があった。



 マリューは駆け寄り、助け起こす。



「大丈夫だ……大したことは……っぐ」

「そうは見えませんよ……とにかく、ベッドに」

「すまん」



 マリューとて、一応軍人だ。それなりに鍛えている。

 重い彼の体を支え、ベッドへと横たわらせる。



「何か、いるものは?」

「いや、いい……。すまないな、恥かしいところを見せてしまったね」



 まだ玉の汗が浮かんでいる額を手の甲で押さえながら、バルドフェルドが笑った。



「やっぱり……前の戦闘で?」

「……ああ。どうやら、そうらしい。まだまだ現役のつもりだったんだがねぇ」



 それは明らかな自嘲。

 マリューからすれば、五体満足にないその体で十分すぎるほど戦っていると思うのだが、彼本人にとっては屈辱以外のなにものでもなかろう。



「MSはキラくんたちに任せてはどうですか?」

「そうもいかんよ。あいつらの戦闘能力は高い、だがシンたちの指揮までやらせるとなると、な」

「また別の話だと?」

「……ああ。正直、荷が重かろう。アスラン一人でひよっ子共のお守りまでは」



 ハイネがいない今、バルドフェルドが抜けては部隊の指揮経験を持つ人間はアスランだけになってしまう。

 ジェナス達、こちらの軍隊にまだ不慣れな者たちもいる。

 それでは彼のほうが持つまい。



「……だけど、あなたの体は」

「わかっているさ。とっくに自分がパイロットとしては不適格ってことくらいは」



 四肢のうち、二つまでを失い、隻眼となった男が人並みにMSを扱うなど。

 身体にかかる負担は並大抵のものではない。

 まして、カオスと空戦を演じるなど自殺行為に等しい。

 現にこうして、バルドフェルドは苦痛に苦しんでいる。



「だが、やらねばならんのだよ、ラミアス艦長……いや、マリュー」

「バルドフェルド隊長」



 彼はオーブを出航して以来呼ぶことの無かった彼女の名前を呼んだ。



「なに、無理はせんよ。この艦を残して……死ぬわけにはいかん」



 愛する者を失った、二人だった。

 彼らは戦後、引き合うようにいつも共にいた。



 いつしか、彼女を守らねばならぬと思う自分がいた。

 死したムウ・ラ・フラガの分まで。

 自分のかつて愛し、守れなかった一人の女の、その分まで。



「……心配するな」

「はい……」

「僕は死なん……さ。大丈夫だ」



 バルドフェルドの額を、マリューのハンカチが静かに拭った。

 その感触に、彼の隻眼が心地よさそうに細められた。


 
 

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