第六十六話 フォールン・エンジェル
「なん……だよ、これ……」
転がり落ちた生々しい物体に、ジェナスは絶句する。
何故、バイザーバグの中にこんなものが?
こんなおぞましいものが入っているのだ、と。
「成る程な……そういうことか」
一方で、同じように顔を顰めていたバルドフェルドは、何かを理解したようだった。
「お前らから、自律行動する機械兵器だなんて聞いて、おかしいと思ってはいたんだ」
そのようなもの、この世界のどこでもまだ、開発されたことはないのだから。
自我を持つAI程度ならば存在するが、兵器に転用できるほどに高性能でかつ生産性、整備性に優れたものがそうたやすく出来るわけもない。
そういった技術の差がありながら、あきらかなオーバーテクノロジーであるバイザーバグを連合が生産、運用することが出来ていた理由。
「……それがこいつってことだ」
薬漬けにしたエクステンデッドから脳を取り出し、制御コンピューターの代わりに搭載する。
MSよりも小さく、素早く。更に様々な状況に対応できて安い兵器の出来上がりと言うわけだ。
「でも、それじゃあ!!そんなことのために子どもたちを!?」
「不思議じゃああるまい。現にここは「そういう実験をしていた」施設なんだ。データも残ってる」
「そんな……!!」
だったら。
ダーダネルスで、自分が斬ったあの何機ものバイザーバグは。
なんの罪もない──……
「おい、自分を責めてるんじゃないだろうな」
「……」
「悪いのはお前じゃない。それにこんな仕打ちを受けて、人間が人間でいられると思うか?」
「だけど、これは」
「こういう言い方は嫌いだがね。楽になったほうが、死んだほうがましってこともあるもんだ」
仮に、万一自我が残っていたとしても。
このように脳だけにされて生きていて、何になる。
バルドフェルドは壁の一角にかかっていた土埃だらけの白衣をひっぺがすと、かつて人間であった「それ」を休ませるように、覆い隠した。
「そうだなァ、こーりゃあひでえもんだよなァ」
だが、彼のその、神妙な行為も。
打ち消すかのように軽薄な声が暗い地下に響く。
「「!!」」
とっさに、近くにあった机の裏に隠れるジェナスとバルドフェルド。
彼らの飛びのいた地面を銃弾が襲い、白衣に隠された脳髄を弾けさせる。
「ったく。どーりで上は見せてくれないわけだ」
一応隊長の、この俺に。
仮面の男は、背後に一人の影を従えて。
煙燻る銃口を二人に向けたまま口元に笑みを浮かべた。
──ここは、いやだ。自分と同じ者たちが、多すぎる。
ニルギースに支えられながら、レイは震え、怯え続けていた。
クローンである自分。造られた自分。
エクステンデッド、造られた者たち。
間違いない。彼らはここで「造られて」いる。
肌で、わかる。だから、不快で辛い、怖い。
けっして満足な人間たりえぬ生命である、己を突きつけられているようで。
そして、あの男。
自身のオリジナルと同じ遺伝子を持つ男が、近くにいる。
よりにもよって、この場所で。
自分と同じ存在──ラウ・ル・クルーゼの顔が脳裏に浮かんでくる。
彼は、自分には優しかった。けれど、世界を憎んでいた。
世界を憎み、そして身を滅ぼしていった。
自分もまた彼と同じく、誰かのコピーに過ぎないのだ。
レイは、ラウで。ラウは、レイ。メンデルで言われていたことが、
彼の心を苛んでいく。
『はああぁぁぁっ!!』
と。
ニルギースの外したヘルメットから、空中で戦うキラの声が流れ込んできた。
人の夢、人の業。そう形容された彼の、必死の気合いが、それから伝わってくる。
──君は君だ。彼じゃない──
彼は、スーパーコーディネーターだから、戦っているのだろうか?
否。彼が、それを望んだから、戦っている。一人の、人間として。
彼にかつて言われた言葉を思い出し、レイの瞳に光が戻る。
命はいつだって。誰にだってひとつだから。
意志も、命も。それはレイ自身のものだと、キラは言ってくれた。
レイの生み出された原因に等しい、彼の口から。
「そう、だ……」
「レイ?」
俺は。
俺は、レイ・ザ・バレルなのだ。
ラウでも、アル・ダ・フラガでもない。
たとえこの身が造られたものであったとしても、
この意志は違う。
エクステンデッドのように命じられ、造られた理由で戦っているのではない。
これは……自分の意志なのだ。
気がつけば、震えは止まっていた。
手を数度握り、やれるということを自己に確認させる。
「……ニルギース」
「大丈夫、なのか」
レイは、すっくと立ち上がった。
「行きましょう。二人のことが心配です」
そこには、普段の冷静な少年が、完全に蘇っていた。
「悪いけど、消えてもらうよん?ここ見られちゃ、さすがにまずいだろーしねぇ」
ええい、まったく。
声まであの男に似ているなんて。
バルドフェルドの心は、敵の士官の馬鹿にしたような口調に苛立ちを募らせる。
「あいにく、そういうわけにはいかんなァ!!この事実は色々利用のしがいがありそうだ!!」
「だから消えてもらうっつってんでしょーが、このザフトちゃん共!!」
近付いてくる相手に、時折机から顔を出して撃ち返す。
撃ち返しながら、どうするべきかバルドフェルドは考えていた。
(……おい、ジェナス)
(はい)
(俺が囮になる。その間に奴を取り押さえられるか)
危険ではあるが、不可能ではないと思っていた。
ジェナスの身体能力とアムジャケットの性能ならば、一度取り押さえてしまえば抵抗もできないだろう。
彼の予測どおりに、ジェナスは頷く。
(不可能じゃないと思います。注意さえ引きつけてくれれば)
(ああ、任せろ。……よし、いくぞ)
(はいっ)
バルドフェルドが走り、少し離れたもう一つの机を目指す。
義足だなどと言ってはおれない。
着弾が、彼を追っていく。
「ここだぁっ!!もうやめろっ!!」
彼に気を取られた連邦士官へと、ジェナスが躍りかかる。
鳩尾に、一発。
それで無力化できるはず。
ジェナスはそう踏んでいた。
「……サセナイ」
しかし。
拳が士官の腹に吸い込まれることはなかった。
固めた右手は、眼前に突如として割り込んできた白い影に、がっちりと受け止められる。
「なっ……!?ぐ!?」
動揺し足を止めたバルドフェルドの肩を、銃弾が貫く。
だがそれ以上に、ジェナスは動揺していた。
「ヒュー、セーフっと。こいつだけでも回収できてよかったぜぇ、全く」
「……敵、首トル」
ヘルメットを外したボディスーツは、純白だった。
加えて、艶やかな独特の色をした髪がこぼれ出て、確かにジェナスにそれが彼女だと、認識させる。
「……な」
動くこともできず、腹に蹴りを食らいふっとぶ。
壁に激突し、よろよろと頭を持ち上げ。
ジェナスは弱々しく呟いた。
それが精一杯というほどに、呆然と。
「……どうして、お前が……」
白い、悪魔のようにも天使のようにも見えるデザインのそれは、紛れもなくアムジャケットだった。
ダークさんやタフトさんに続いて、お前もなのか。
そんな思いが、喜ぶべき再会でないこの出会いを一層、濁った色に彩る。
「シャシャ……」
かつて仲間であった少女は、笑わない。応えない。
無言でヘルメットを被り、剣をジェナスに向けるだけだった。