第六十八話 グッド・バイ
「落とす!!墜とす!!地面に落とすうぅぅっ!!」
両腰のレールガンが対艦刀によって切断された直後、その目障りな大剣を彼はキックで叩き落していた。
墜とす。
敵。
倒す。
敵。
殺す。
敵。
単純かつ明快な衝動にも似た思考に動かされ、彼は機体を駆る。
──……やめろ……タ……ト……──
熱しきられた彼の頭に、声なき声は届かない。今は、まだ。
男は、修羅と化して戦い続ける。
「っ……!!」
二刀流同士の斬り合いは、どちらも翼を奪われた。
キラが奪ったのは右の一枚。
一方、キラが奪われたのは───二枚。
推進力を翼に頼らぬフリーダムにとって、それは安定性を失っただけのこと、武装の一つを喪失しただけのことであるが。
ノワールストライカーに飛行能力を依存しているキラのノワールにとっては、痛手となる。
純粋な斬り合いにおいて、負けに等しい結果を得た。
しかしそれでも、キラの目に敗北の色は映らない。
「まだだ!!マリューさん!!」
それすら、可能性のひとつとして考慮にいれていたのだから。
だから対応策も、もちろんある。
落下をはじめる機体を必死に制御し、フラガラッハを投げ捨てビームブーメランを投擲。
かわされたそれにパンツァーアイゼンのアンカーを伸ばし、軌道を無理矢理に変えてフリーダムにぶつける。
大きくのけぞり、敵は胸のPS装甲に傷をつくった。
「もってくれ……ブースト!!」
バーニアを、焼き尽くさんとばかりに全力でふかし機体を安定させる。
そこに鳴り響く、接近する機影の反応。
使い物にならなくなったノワールストライカーを切り離し、ドッキング体勢に機体が入ったことを、報せてくる。
「相対速度……よし!!」
そのままでは自機に直撃するブーメランを、アンカー基部ごとパージし、今度は機体に内蔵された両腕のアンカーを左右とも、大地に向け射出する。
金属同士が連結される、小気味よい音と振動。
もっとも慣れ親しんだ装備が装着されたという、安心感。
灰色に染まっていた機体が白亜の色を取り戻すと同時に、左右のワイヤーアンカーは掴んでいた。
自身と親友の、それぞれの剣を。
「アスラン!!受け取って!!」
右手に、己の蒼き対艦刀を。
左手は、ハイネの形見のビームソードを。
空中戦において翼を奪うは戦闘力を奪うと同義。
どんなエースであろうと、相手を戦闘不能に追い込んで、安堵せぬはずはない。
均衡を崩すべきところは───ここしかない!!
キラの操作を受け、エール装備へと換装したストライクEの両腕は突き刺さる大地から、二本の剣を引き抜いていた。
その機体は、殆ど無力化されたにもかかわらず怯むことなく向かってきた。
「なんだとっ!?」
迎撃に撃ち出したリフターが唯一相手に残っていた片方のビーム砲からの零距離射撃を受け、敵の砲塔もろとも爆発する。
その中をつっきって、半壊に近い状態の機体はスピードを緩めずに迫る。
それ以上にダークを驚かせたのは、メインカメラもそれらしいそぶりもなしに、深紅の機体が背後から僚機の投げたビームソードを受け取った、流れるような動作であった。
一瞬の動揺に対応が遅れ、避けきれぬ斬撃に右膝から下をジャスティスは失う。
なおも紅き敵は追いすがり、密着し、接触回線越しに通信が交わされる。
『……初から、……つ…りだったんだ!!お前達二機は、連携させてはいけないからな!!』
「っ!?こいつ!?」
『機体性能、核とバッテリーの差は重々承知!!だが機体を知っているからこそ……対応もできる!!』
年若い、敵パイロットの声は気迫に満ちていた。
『俺たちが乗っていた、機体だから!!』
「!?」
『こいつらは……俺たちが、責任をとらないといけないんだっ!!』
ビームライフルに伸ばした腕部が、叩くようにして切断される。
やられる、ダークはそう思った。
……そして、声を聞いた。
──……脱出しろ、ダーク……──
懐かしくさえある、男の声で。
ダークの指は、その声に衝き動かされるように、ハッチの解放スイッチへと伸びていた。
機体の胴体と腰とが、泣き別れとなる前に。
『墜ちろっ!!』
そしてそれは、タフトも同様であった。
ビームに焼かれ、ストライクの左腕が肩から落ちる。
それでも右腕は、しっかりとシュベルトゲベール、対艦刀を保持したまま。
「でえええええええいいっ!!」
エールストライカーを装備したストライクEは、
先程ブーメランによって傷ついたPS装甲の「穴」ともいうべき場所めがけ大剣を突きたて貫いていく。
それは、コックピットの真上。
ハッチを開き飛び降りるパイロットの姿を見ながらも、キラは突進を続けやめることはなかった。
機体中央を剣が砕き貫き、その勢いのまま。
二機は大地に向かい急降下していった。
硬い地表に激突し、墓標のごとく剣が聳え立つフリーダムの灰色の骸の上で。
すべきことを終え力尽きたようにストライクは機能を停止した。
「何!?フリーダムとジャスティスが!?」
『ああ、負け戦だよこりゃあ!!はやく戻ってきてくれネオも!!』
やろうと思えば、敵はレイたち全員を殺せる状況であった。
ジェナスは呆然と座り込み、ニルギースは気を失い、ようやく意識を取り戻した彼は、未だはっきりと意識を集中できぬ状態にあったのだから。
だがしかし。
突如として施設全体を揺らした地響きの直後、金髪の敵士官は受けた通信に動揺し。
「っち……しゃーねえ!!嬢ちゃん、ここは退くぞ!!」
「ウィ」
「ま……待てっ!!シャシャ!!」
「ジェナス、よせっ!!」
先程からの様子を見るに、追ったところでジェナスには奴らは討てまい。
むしろ、なにもできずやられる可能性のほうが高いだろう。そう判断し、レイは追おうとする彼を止めた。
「レイ!!けど……」
「今は、こっちが先だ。急げ」
こちらにだって、追う余裕などあるものか。
レイは血の中に仰向けに倒れるバルドフェルドに駆け寄ると、抱え起こす。ジェナスに、彼と気を失っているニルギースのために医療班を呼んでくるよう命じて。
レイ自身、足元がふらついた。
「バルドフェルド隊長」
「ぅ……レ、イ、か……?」
「すぐに医療班を呼びます。どうかそれまで」
「いや……いい……こいつぁ……急所、だ」
レイが気休めにしかならないことを言っているのを、バルドフェルドも気付いていた。そのくらいはわかる。
「ですが、まだ」
「いや……わかる、無駄だ。ぐ……どうせ、一度、拾った命……だしな……」
あまりしゃべられては、と気を回すレイに首を振り、彼は会話を続けることを望む。
「レイ……お前、やっぱり……」
「はい……「彼」と同じ遺伝子を持つ……『メンデルの子』です」
「そうか……やっぱか……」
「……」
皮肉なもんだ、と血を吐き出しながら顔を歪め笑うバルドフェルド。
「レイ……ひとつだけ、頼みがある」
「……はい」
「マリューには……ここであったことを言うな」
ここで、自分を撃った相手が誰であるのかを。
彼女にだけは、絶対に。
レイが、彼にきつく握りしめられた右腕に痛みさえ感じ顔を顰めるほどに、バルドフェルドは必死に懇願していた。
「たの…………む……」
レイが頷いたのを見て、バルドフェルドは安堵する。
と同時に、力が抜け、気が遠くなってくる。
(……言えるわけ……ないだろうが……)
ぼんやりとした意識は、白く白く、染まっていく。
(死んだはずの男に撃たれて……殺されました、なんてな)
誰かが、白い世界の向こうで手を振っていた。
(ムウ・ラ・フラガが生きていて……敵になった、だなんて……)
──言えるものか。なあ、アイシャ?
「……」
「……バルドフェルド隊長?」
彼は、再会した愛する女性の差し出した手をとり、肩を寄せ合い、静かに歩き出す。
──今度こそ、俺はお前と……。
そして。
呼びかける少年たちのもとから、別れも告げずに旅立っていった。