アム種_134_068話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 15:56:14

第六十八話 グッド・バイ



「落とす!!墜とす!!地面に落とすうぅぅっ!!」



 両腰のレールガンが対艦刀によって切断された直後、その目障りな大剣を彼はキックで叩き落していた。



 墜とす。

 敵。

 倒す。

 敵。

 殺す。

 敵。



 単純かつ明快な衝動にも似た思考に動かされ、彼は機体を駆る。



──……やめろ……タ……ト……──



 熱しきられた彼の頭に、声なき声は届かない。今は、まだ。

 男は、修羅と化して戦い続ける。







「っ……!!」



 二刀流同士の斬り合いは、どちらも翼を奪われた。



 キラが奪ったのは右の一枚。

 一方、キラが奪われたのは───二枚。



 推進力を翼に頼らぬフリーダムにとって、それは安定性を失っただけのこと、武装の一つを喪失しただけのことであるが。

 ノワールストライカーに飛行能力を依存しているキラのノワールにとっては、痛手となる。



 純粋な斬り合いにおいて、負けに等しい結果を得た。

 しかしそれでも、キラの目に敗北の色は映らない。



「まだだ!!マリューさん!!」



 それすら、可能性のひとつとして考慮にいれていたのだから。

 だから対応策も、もちろんある。

 落下をはじめる機体を必死に制御し、フラガラッハを投げ捨てビームブーメランを投擲。

 かわされたそれにパンツァーアイゼンのアンカーを伸ばし、軌道を無理矢理に変えてフリーダムにぶつける。



 大きくのけぞり、敵は胸のPS装甲に傷をつくった。



「もってくれ……ブースト!!」



 バーニアを、焼き尽くさんとばかりに全力でふかし機体を安定させる。

 そこに鳴り響く、接近する機影の反応。

 使い物にならなくなったノワールストライカーを切り離し、ドッキング体勢に機体が入ったことを、報せてくる。



「相対速度……よし!!」



 そのままでは自機に直撃するブーメランを、アンカー基部ごとパージし、今度は機体に内蔵された両腕のアンカーを左右とも、大地に向け射出する。



 金属同士が連結される、小気味よい音と振動。

 もっとも慣れ親しんだ装備が装着されたという、安心感。

 灰色に染まっていた機体が白亜の色を取り戻すと同時に、左右のワイヤーアンカーは掴んでいた。



 自身と親友の、それぞれの剣を。



「アスラン!!受け取って!!」



 右手に、己の蒼き対艦刀を。

 左手は、ハイネの形見のビームソードを。



 空中戦において翼を奪うは戦闘力を奪うと同義。

 どんなエースであろうと、相手を戦闘不能に追い込んで、安堵せぬはずはない。

 均衡を崩すべきところは───ここしかない!!



 キラの操作を受け、エール装備へと換装したストライクEの両腕は突き刺さる大地から、二本の剣を引き抜いていた。







 その機体は、殆ど無力化されたにもかかわらず怯むことなく向かってきた。



「なんだとっ!?」



 迎撃に撃ち出したリフターが唯一相手に残っていた片方のビーム砲からの零距離射撃を受け、敵の砲塔もろとも爆発する。



 その中をつっきって、半壊に近い状態の機体はスピードを緩めずに迫る。

 それ以上にダークを驚かせたのは、メインカメラもそれらしいそぶりもなしに、深紅の機体が背後から僚機の投げたビームソードを受け取った、流れるような動作であった。



 一瞬の動揺に対応が遅れ、避けきれぬ斬撃に右膝から下をジャスティスは失う。

 なおも紅き敵は追いすがり、密着し、接触回線越しに通信が交わされる。



『……初から、……つ…りだったんだ!!お前達二機は、連携させてはいけないからな!!』

「っ!?こいつ!?」

『機体性能、核とバッテリーの差は重々承知!!だが機体を知っているからこそ……対応もできる!!』



 年若い、敵パイロットの声は気迫に満ちていた。



『俺たちが乗っていた、機体だから!!』

「!?」

『こいつらは……俺たちが、責任をとらないといけないんだっ!!』



 ビームライフルに伸ばした腕部が、叩くようにして切断される。

 やられる、ダークはそう思った。



……そして、声を聞いた。



──……脱出しろ、ダーク……──



 懐かしくさえある、男の声で。



 ダークの指は、その声に衝き動かされるように、ハッチの解放スイッチへと伸びていた。

 機体の胴体と腰とが、泣き別れとなる前に。



『墜ちろっ!!』



 そしてそれは、タフトも同様であった。







 ビームに焼かれ、ストライクの左腕が肩から落ちる。

 それでも右腕は、しっかりとシュベルトゲベール、対艦刀を保持したまま。



「でえええええええいいっ!!」



 エールストライカーを装備したストライクEは、

 先程ブーメランによって傷ついたPS装甲の「穴」ともいうべき場所めがけ大剣を突きたて貫いていく。



 それは、コックピットの真上。



 ハッチを開き飛び降りるパイロットの姿を見ながらも、キラは突進を続けやめることはなかった。

 機体中央を剣が砕き貫き、その勢いのまま。



 二機は大地に向かい急降下していった。



 硬い地表に激突し、墓標のごとく剣が聳え立つフリーダムの灰色の骸の上で。

 すべきことを終え力尽きたようにストライクは機能を停止した。







「何!?フリーダムとジャスティスが!?」

『ああ、負け戦だよこりゃあ!!はやく戻ってきてくれネオも!!』



 やろうと思えば、敵はレイたち全員を殺せる状況であった。

 ジェナスは呆然と座り込み、ニルギースは気を失い、ようやく意識を取り戻した彼は、未だはっきりと意識を集中できぬ状態にあったのだから。

 だがしかし。

 突如として施設全体を揺らした地響きの直後、金髪の敵士官は受けた通信に動揺し。



「っち……しゃーねえ!!嬢ちゃん、ここは退くぞ!!」

「ウィ」

「ま……待てっ!!シャシャ!!」

「ジェナス、よせっ!!」



 先程からの様子を見るに、追ったところでジェナスには奴らは討てまい。

 むしろ、なにもできずやられる可能性のほうが高いだろう。そう判断し、レイは追おうとする彼を止めた。



「レイ!!けど……」

「今は、こっちが先だ。急げ」



 こちらにだって、追う余裕などあるものか。

 レイは血の中に仰向けに倒れるバルドフェルドに駆け寄ると、抱え起こす。ジェナスに、彼と気を失っているニルギースのために医療班を呼んでくるよう命じて。

 レイ自身、足元がふらついた。



「バルドフェルド隊長」

「ぅ……レ、イ、か……?」

「すぐに医療班を呼びます。どうかそれまで」

「いや……いい……こいつぁ……急所、だ」



 レイが気休めにしかならないことを言っているのを、バルドフェルドも気付いていた。そのくらいはわかる。



「ですが、まだ」

「いや……わかる、無駄だ。ぐ……どうせ、一度、拾った命……だしな……」



 あまりしゃべられては、と気を回すレイに首を振り、彼は会話を続けることを望む。



「レイ……お前、やっぱり……」

「はい……「彼」と同じ遺伝子を持つ……『メンデルの子』です」

「そうか……やっぱか……」

「……」



皮肉なもんだ、と血を吐き出しながら顔を歪め笑うバルドフェルド。



「レイ……ひとつだけ、頼みがある」

「……はい」

「マリューには……ここであったことを言うな」



 ここで、自分を撃った相手が誰であるのかを。

 彼女にだけは、絶対に。

 レイが、彼にきつく握りしめられた右腕に痛みさえ感じ顔を顰めるほどに、バルドフェルドは必死に懇願していた。



「たの…………む……」



 レイが頷いたのを見て、バルドフェルドは安堵する。

 と同時に、力が抜け、気が遠くなってくる。



(……言えるわけ……ないだろうが……)



 ぼんやりとした意識は、白く白く、染まっていく。



(死んだはずの男に撃たれて……殺されました、なんてな)



 誰かが、白い世界の向こうで手を振っていた。



(ムウ・ラ・フラガが生きていて……敵になった、だなんて……)



──言えるものか。なあ、アイシャ?



「……」

「……バルドフェルド隊長?」



 彼は、再会した愛する女性の差し出した手をとり、肩を寄せ合い、静かに歩き出す。



──今度こそ、俺はお前と……。



 そして。



 呼びかける少年たちのもとから、別れも告げずに旅立っていった。


 
 

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