第八十二話 レベリオン
そしてそれは、突然に発表された。
いや、発信された。未だデュランダルの死と、彼の遺したデスティニープランへの対応に揺れる、世界各国に向けて。
『我が名は、ガン・ザルディ。新たなるプラントの指導者である』
ウナトの死、それに伴うユウナの閣僚辞任に混乱するオーブの、カガリたちの元にも。
『我々は、ここに宣言する。ラクス・クラインを元首とするプラントの、新しい体制を』
ガルナハンのすすけた大地の、コニールたちの眼前にも。
『我々は、地球圏がひとつになることを望む。ナチュラルとコーディネーターの融和を望む』
勿論宇宙へと上がった、ジェナスやシンたちの元にも。
「な……ガン・ザルディ!?」
『故に我らは要求する。デスティニー・プランへと従え。我々の、デスティニー・プランに。
ナチュラルとの融和、それにはもはやこれしか手はない。これは文字通り神の定めた運命なのだ。
運命に逆らうな。それは即ち、神への冒涜だ。私は、いや我々は、それを許さない』
それはもはや、宣言ではない。
一方的な通告、要求。理不尽な、命令。
『繰り返す。我々に従え。従わぬ者は世界の敵とみなし、武力による排除も辞さない』
「“レクイエム”起動。照準、大西洋連邦・北部アメリカ大陸」
『その証拠を、見せよう』
ガン・ザルディの演説が続く中、月面の大穴が開口していく。
地獄の底のように暗く全てを飲み込むような、漆黒のクレーター。
その蓋が全て開ききったとき、そこに光が生まれた。
希望の、ではない。
全てを焼き払う、絶望の光が。
淡かったそれは、眩いばかりにその輝きを増してゆき。
巨大すぎる砲口から、放たれる。
まっすぐ、ただまっすぐに。
しかし、その方向は目標とは、地球とは正反対。
何もない暗黒の宇宙をただあてどもなく飛んでいく。
ビームの光が目指す先には、輪があった。
巨大な、筒状の輪が。
それを通過したとき──光は、曲がる。
何度も、何箇所も。
光の速さで飛ぶビームは、通過と歪曲を繰り返し。
そして。
目前に迫った、蒼き星へと──……突き刺さった。
キノコ雲が、立ち昇る。
その様子を映したモニターは、砂嵐のノイズと煙により、一様に灰色に染まり。
見る者全てから、ビームの直撃を受けたその場所の光景を覆い尽くしていく。
「なんてことを……!!」
ラクス・クラインは絶句した。
自身がほぼ軟禁状態に置かれている、豪勢な邸宅の一室で。
モニターの乱れた画像に、呆然と目を見開く。
「素晴らしい力でございましょう?ラクス様」
眼帯の女は、この状況にも平然と笑みを浮かべていた。
いや。この状況だからこそ、笑っていられるのだ。
この惨劇をつくった張本人だからこそ。
成功の悦び……歪んだそれに、心底から。
「ヒルダさん……あなた方は」
「ラクス様の、ためなのですよ。お父上の平和の遺志を、あなた様が達成なさるための」
「なにを……」
物静かで冷静な彼女とて、その物言いには怒りを禁じえなかった。
だがきつい目で睨もうとも、赤服の女はまったく動じる様子がない。
「泥は、我々が被りましょう。そのために我々がいるのですから。……いい加減、ご理解下さい」
踵を返し、木製のドアに手をかけ開く。
そう、この殺戮劇も彼女達にとっては「泥」、その一言で済む程度のこと。
ラクスのためという絶対のものの前の、些細な出来事に過ぎないのだ。
わずかに音を立てて、扉が閉まる。
一人残された部屋で、ラクスは再びノイズだらけのテレビモニターに目をやった。
「……私の。お父様の責任なのですね、これは」
たしかにラクスの父、シーゲルはナチュラル回帰論をはじめとする融和論者であった。
だが、しかし。彼が当初からそういった思想の持ち主であったというわけではない。
「……お父様。あなたの苦悩を、どうしてもっと伝えようとしなかったのですか……?」
俗に言う、前大戦におけるエイプリルフール・クライシス。
それを命じたのは他でもない父、シーゲル・クラインだった。
地球上に落とされた、多数のNジャマーによって地球上にもたらされた被害は、計り知れない。
民間人をも巻き込んだ無差別の攻撃であり、地球全土は深刻なエネルギー不足を引き起こし。
多くの犠牲者と二次災害とを引き起こしたのだ。
その罪の大きさ、生み出した犠牲の数では、アスランの父、パトリック・ザラと殆ど変わらない。
「だからこそ、お父様は……」
自分の行いに恐怖し。
ナチュラルとの融和、戦争の早期終結を考えるようになったというのに。
彼らは、その背景を知らず。
その手段として父と同じ殺戮の道を歩もうとしている。
「……急がなくては」
彼らを、止めるために。
そのための準備は、不自由な状況ながらも密かに、進めてきた。
デュランダル議長とともに、少しずつ。
自分の正義のために望まぬ他の誰かを犠牲にしていい権利など、誰にもありはしないのだから。
たとえそれが、仮にどんなに正しくとも。
──こん、こん。
「!!」
そしてどうやら、その時は訪れたらしかった。
窓を叩く音に、振り向く。
「キラやアスランじゃなくて悪いな、姫さん。遅くなっちまった」
そこには、かつての同志である浅黒い肌の男が。
二人の仲間たちを連れて、窓ガラス越しに笑っていた。
「ディアッカさん……!!」
「こっちの準備も、整った。おたくの妹さんも無事だ。……窓から離れてな。派手にぶっ壊すからな」
「────?」
なにか、爆発のような音が聞えた気がした。
まさか、な。
暗い監獄の中で、レイは首を振る。
ここは、軍内部でもアプリリウスの本部最中心部の鉄格子だ。
爆発など、起こりえるわけもなく、聞えるわけがない。
「ッ!?」
しかし。
彼の冷静な結論を、真っ向から否定するがごとく、
派手な音を立てて独房を外界から隔絶する、分厚い鉄の扉が吹き飛ばされる。
「!?」
爆薬、などではない。
むしろ、殴り飛ばされたような。
壁に向かって一枚の扉が、新聞紙でも飛んでいくかのように吹っ飛んでいく。
「……なんだ?」
思わず腰掛けていたベッドから立ち上がり、檻の前まで行く。
部屋に舞った埃と煙が空気に流されて出て行く、扉の先程まであった場所に、目が釘付けとなる。
「……よお、あんたがレイ・ザ・バレルかい?」
「!!」
その男達が身に着けていたのは、色こそ違えどよく見知っているボディスーツだった。
彼が知っているのは、蒼、橙、そして紅。
(……アムドライバー?)
室内へと押し入ってきた男達が身に纏うそれは、紫。
「お前たちは……?」
「ま、詳しい話はあとだ。ひとまずはお前さんを助け出しに来たわけだが……ふんっ!!」
レイと会話を交わす男は、両腕に装着した巨大なアーム状のパーツを器用に使い、軽々と鋼製の鉄格子を捻じ曲げ、その隙間を広げてみせた。
「ここから、出ようや」
「な……」
二人組のもう片方が手にした長柄の斧を振るうと、横の壁が十字に切り裂かれ。
彼らの現れた通路とは一本逆の、別の道が切り拓かれる。
「生憎と、俺たちは人殺しをするためにここに来たんじゃないんでな。とっととずらかろうぜ」
「脱出!!脱出!!脱出!!」
レイは、柄にもなくあっけにとられた。
だがそれも、一瞬のこと。即座に自分がどうすべきかを計算し、判断する。
その上で、二人に頷く。
装備からみても、この常識外れの力からも間違いない。
彼らは、「ジェナスたちと同じ」だ。
ならば信用できる。少なくとも、脱出するまでは。
それはレイにしては、些か短慮にして短絡な思考ではあったのだが。
この状況では、脱出のあてのなかった身としては、ありがたい。
男の切り刻んだ穴から、先を行く二人を追うように。
レイは、その身を外界へと躍らせた。