第八十九話 ジャンク・バトル
カメラのフラッシュ舞う会見場に、護衛のSPに囲まれ、二人の少女が登っていた。
その後方には一般人レベルなら誰でも知っているであろう、世界各国の外相・首脳レベルの議員達が並んでいる。
『──以上がプラントに起こったすべての真実であり、許されざる事実であります』
結った髪に、東洋の羽織を模したデザインの服装。
ピンク色の髪の少女は、張りのある声でざわめきと記者たちの服の擦れる
衣擦れの音に満ちた部屋に宣言する。
『民意なき政権、血によって成った政変。それらが我が父、クラインの名のもとに行われたことは真に遺憾であり、到底看過できるものではありません。プラントの国民として、また政変によって命を奪われた、ギルバート・デュランダル前議長の薫陶を受けたものとして』
彼女の言葉に重なり、全世界の電波にはプラント最高評議会で行われた虐殺劇が載せられる。
民を煽動している、プロパガンダであることはやっている本人が一番よく分かっていた。
このようなやり方は、あまり好きではない。
『よって、私。いえ、我々はプラント現政権、ガン・ザルディ氏による政権を認めません。
同時に、氏による政権の即刻退陣と世界各国へのデスティニープラン参加要求の撤回を、ここに要求いたします』
だが、世界中に知ってもらわねばならないのだ。
プラントで行われた事実を。
あの国が今、たった一人の独裁によって支配されているということを。
彼の、危険性を。
『オーブ代表、カガリ・ユラ・アスハです。私もまた、先程のラクス・クライン氏の発言に賛同致します』
プラントの……いや。ガン・ザルディの要求は、ふたつにひとつ。
デスティニー・プランに従いプラントの指導下に入るか、あるいは撃たれるか。
彼一人に牛耳られるプラント傘下に入るということは、彼を唯一の神とするも同義である。
絶対的な独裁の指導者とは、その被支配者にとって、神に等しい。
だが、たった一人に全ての悪を押し付けるというのは、気分のいいものではなかった。
それでも、プラント国民に罪はないのだ。
地表への無警告のビーム攻撃や、理不尽な要求。それらに、プラント国民は関与していないのだから。
彼らに憎しみの矛先が行ってはいけない。
ラクス、カガリに続き、世界各国の首脳達の演説が続いていく。
自分たちは間違っていない。正しい。心で己に言い聞かせながらも、二人は。
正義。解放。自由。……そして、平和。
首脳達の吐く言葉の端々と、自分たちの行っている行為に空々しさを感じ、
全幅の信頼を持つことが出来なかった。
「……で、アメノミハシラってどんなとこなんだよ」
CDショップのガラスウインドウに寄りかかりながら、ジェナスはふとシンに訊ねた。
「オーブの宇宙ステーションだよ。つっても、行くのはあくまでその『宙域』で、寄港はしないみたいだけど」
シンのほうも、BGMとして流れる流行歌をぼんやりと耳で追い、応える。
あと二日の後にはここコペルニクスを出航し、オーブ軍を主体とした艦隊と合流する。
今日はその前に二人に与えられた最後の休暇にして、ちょっとした護衛任務だった。
「……」
その対象たる少女は、先程耳に当てたばかりの試聴機のヘッドフォンを、気のない様子で頭から外す。
ウイッグと伊達眼鏡で変装したミーアは、待っている二人の姿を認め力なく笑った。
このところの軍艦暮らしは、民間人にはいささか窮屈で疲れるだろう。
そういったタリアの配慮から、二人にミーアを連れて行くよう任務が言い渡されたのだが、
彼女もやはり彼ら同様、この自由時間をあまり楽しめていないようだった。
仕方のないことだろう。
この二週間弱ほどの間に、色々なことがありすぎた。
暗殺部隊に狙われ、命からがら助けに来た部隊の軍艦に逃げ込み。
MSの追撃をかいくぐりこの地にたどりつき、こうして目立たない生活を余儀なくされる。
彼女を見出したデュランダルは既にこの世の人ではなく、故郷であるプラントに帰る事も今の状況では叶わない。
民間人、一般人には些か酷である。
買い物だといわれて、心から楽しめるわけがない。
「……どうする、これから」
「どうするもこうするも、土地勘もなければ時間も半日しかないしなぁ」
それでもラグナやルナマリアからはずるいと口を尖らされたんだけれど。
今頃二人はそれぞれ、慣れない宇宙でガンシンガーを扱う訓練と、デスティニーインパルスの機動性を使いこなすための特訓中である。
キラとアスラン、ニルギースによる監督のもと。
「なぁ」
「ん?」
「ここは……平和だな」
地上が攻撃を受け、あれほどの被害を受けたというのに。
多少時間は経過しているとはいっても、市民達はモールに繰り出し、楽しそうに過ごしている。
「そう、だな」
結局は、対岸の火事ということか。
自分に被害が及ばないことについて、人はいくらでも鈍くなれるものなのだ。
「ほんと、平和ってなんなんだろうな……?」
シンの呟きは、店内を満たすBGMの安っぽい愛の言葉を連呼する歌手の声に紛れていった。
ふと窓の外に目を移したジェナスは、歩道の街路樹をつらつらと眺めていく。
「……あ?」
その中の一本、葉の数も、枝も少ない貧弱なものに、目が留まる。
そこには、一羽の鳥がとまっていて。
ジェナスと目を合わせ──明らかに『笑った』。
「ジェナス?」
「……シン。帰るぞ」
その鳥は、ジェナスにとってけっして、見覚えのないものではない。
怪訝そうなシンを急かし、ミーアを呼び。
ジェナスは表に止めたジープへ向かった。
走り出した彼らの車のあとを、それはずっと追っていた。
テーブルの上には、酒のグラスが二つあった。
元来あまり飲むほうではないし、艦内の風紀も考えて艦長職に就いてからは、殆ど口にしていない。
だからグラスの中身も、酒の風味が損なわれない程度に薄めに割ってある。
女同士の会話。弾まぬそれと同じように、グラスの液体も殆ど減っていない。
「ムゥ・ラ・フラガ大佐。彼のご高名は私も聞いておりますわ」
「……」
タリアは俯くマリューに、意をけっして話しかけた。
この話が、少しでも彼女の気を楽にしてくれればいいと思う。
彼女をもてなすに当たって、コーヒーは避けた。故人を偲ばせるようなものは、今はよくない。
「……二年前」
「……」
「二年前……戦死したはずなんです……艦を守って」
ぽつぽつと、マリューがこぼしていく。
「なのに……どうして」
死んだ男は、彼女を守り死んだはずだった。
生きていた男は、彼女に銃を向けた。
タリアは何も言わず、彼女の背中を軽く叩いた。
この場に、部下はいない。
吐き出せるものならば、吐き出してしまったほうがいい。
自由都市として栄えるコペルニクスとて、当然汚れた部分、負の部分は存在する。
ここはそれを視覚的にもっともわかりやすく表現しているであろう、民間人はおろか役人も忌み嫌い、蔑むジャンクと廃棄物の山ばかりの区画。
男はそこで、待っていた。
「……来たか」
飛来する一羽の梟を、視界に捉える。
そしてその先導を受けこちらに向かってくる、蒼い影を。
小高いジャンクの山に腰を下ろした男の前で、それは止まった。
「待っていたぞ、ジェナス・ディラ」
「やっぱり……生きてたか」
肩に寄せる大鎚とともに、立ち上がる。
「貴様と完全に決着をつけるまでは……けっして逃さん!!」
それだけが、彼の望み。彼の目的。
「……わかった。けど、これで最後だ」
向けられた大鎚に応えるように、ジェナスもまたアブソリュートソードを構える。
「それでいい」
力と力のぶつかりあい。
それを予感し、ヘルメットに隠された男の顔は歪んだ笑みに満ちていることだろう。
本来なら、このようなことにつきあっている場合ではないのだ。
だが、逃れられないのなら。
「これで最後にするぞ……ディグラーズ」