アム種 第九十二話 ラスト・ディグラーズ
「ディグラーズ……お前……何を知ってる……!?」
シェイクされた脳が捉える、極彩色に歪んだ視界の向こうに敵は居る。
強大な敵──ディグラーズが。
ソードダンサーのバーニアでの姿勢制御も空しく荒涼とした月面へと着地せざるを得なかったジェナスへと
彼は、一歩一歩、緩やかに近付いてくる。
『フン……ジェナスよ。貴様こそ、まだ気付かんのか?それほどにゼアムを行使していながら』
「何……?」
『貴様も所詮、その程度!!やはり最強に相応しいは俺しかおらぬっ!!』
そして飛来するハンマー。
反応しきれぬ肉体を身に纏ったバイザーもろともに、岩盤へと釘付けにする。
首から右脇にかけてハンマーが背後の岩へと硬くめりこんだために、身動きひとつジェナスはとることができなかった。
『あのとき……爆発に飲み込まれ、深淵の暗闇に落ちながら俺は見たのだ!!アムエネルギー……この忌々しい力の本質を』
「なん、だと……っ」
『……考えてもみろ。ただのエネルギーふぜいが人間を。モノを異なる世界に送り込むことなど、可能だと思うか』
一歩、一歩。
ディグラーズは語りながら歩み寄る。
ジェナスの焦りに反して、ひどくゆっくりと。
「それじゃあやっぱり……ゼアムが、俺達をこの世界に……?」
『ああそうだ!!俺も!!貴様も!!アムエネルギー……ゼアムに弄ばれているに過ぎなかったのよ!!ゼアムのもつ、意志によってなっ!!俺は感じたっ!!』
意志持つ、エネルギー……?
一瞬の動揺に、焦りの念がジェナスの中で消える。
代わりに浮かんでくるのは、この世界にやってきてからのこと。
ユニウスセブンにおける戦闘。
開かれた戦端と、参戦を余儀なくされた自分達の戦い。
ハイネの死、彼を殺さざるをえなかった、ダークにタフト。
バルドフェルドも、オーブの軍人達も死んでいった。
「全部……全部、見られてたっていうのか……?アムエネルギーは、全て?一体、なんのために……?」
『そんなことは知るか。ゼアムとやらが何の意図をもって俺達をこの戦場に送り込んだかなど、どうでもいい』
「っが……!!」
首を掴まれ、ぎりぎりと締め上げられる。
ハンマーに囚われた身体は、一向に自由にならなかった。
****
『アスラン、いいかい?』
「……ん、ああ。どうした、キラ」
イザークからの帰還命令に従いアークエンジェルに機体を戻したアスランは、未だにコックピットにいた。
細かい調整を続けながらパイロットスーツも着替えずに、半ば待機状態でシンたちの帰還を待つ。
それはどうも、キラも同様だったようだ。
『遅いね、シンたちもジェナスも』
「ああ。だが増援は……」
『うん、わかってる』
心配なのは山々だが、中立の自由都市であるからにはこれ以上の増援を向かわせるわけにはいかない。
それはキラもアスランも、互いに承知していた。
ここまでなら遭遇戦に端を発した、ちょっとした小競り合いで済ませることができる。
しかし更に増援を向かわせるとなると、本格的な衝突に発展しかねない。
場所的にも現在の戦力的にも、それは避けねばならない。
「待つだけなのが……辛いところだな」
『本当に』
****
締め上げられ、圧迫される喉からは声ひとつ、出せはしない。
「わかるか?この屈辱が。力を手に入れるため欲したアムエネルギーに弄ばれていたのは、俺のほうだった……忌々しい!!」
ディグラーズは力任せに、拳を首へと食い込ませてくる。
時間を置いていくぶんましになりかけていた脳のダメージが酸欠により、再び視界を不明瞭なものへと戻していく。
(俺は……動いていたのか?ゼアムの意志で?ゼアムのために?)
混濁した意識は、自己に埋没し。
「貴様だってそうだ。だが、俺は違う。俺は何者にも使われん。俺はアムエネルギーを、ゼアムを超える」
ディグラーズの声も、どこか遠い。
「そして証明してやる。ゼアム如き、俺の力には及ばぬ、俺こそが最強であるとなぁっ!!」
ゼアムが、すべてをやった。
ゼアムが、やらせた。
俺に、やらせた。──いや。違う。
(違う。俺は……俺は)
だらりと垂れ下がっていた腕に、力が篭る。
右のエクスカリバーと、左のアブソリュートソードを、共に無意識下にフルドライブ、リミッター解除していた。
(俺は……っ!!)
「ぬうっ!?」
「俺はああっ!!」
語るに任せていたディグラーズの腹を、渾身の力で蹴り飛ばす。
首にかけられていた手がはずれ、メット内の酸素を肺が取り込んでいく。
「俺が戦ってきたのは、俺の意思だ!!そうするべきだ、そうしなきゃならない!!そう思ったから!!」
二刀を大地に突き刺し、両腕で力任せに自由を束縛していたハンマーを引き抜く。
今度はディグラーズが、自分のハンマーに襲われる番だった。
「ゼアムがそうさせたんじゃない!!俺は俺の意志で、この世界で戦ってきた!!他の何のせいでもない!!」
「!?」
フルゼアム・最大出力。
ソードダンサーの背に、光の翼が閃く。
「うおおおおおおっ!!!」
再び手にした二本の剣はあふれ出すゼアムの力を一文字に放ち、まるでそれぞれに光の柱のようですらあった。
「俺は……ゼアムに踊らされてなんか、いない!!」
光の不死鳥と化したジェナスは、ディグラーズに向かっていく。
身構えようとも、応戦のハンマーを投げようとも、止められるはずもない。
純正のゼアムに、アムエネルギーが届くわけがないのだ。
叫びながらもジェナスの心には、そう冷静に評する意志が内包されていた。
無駄な抵抗を、するものだと。
どれほど奴が最強を謳おうとも、超えられぬものはたしかに存在するのだから。
──果たしてそれは本当に、ジェナスの心が思い、考えたことであったのだろうか?
* * *
「あれは……!?」
『シン!!敵が退いていくぞ!!』
その光景を、戦闘を続けるシンたちも見ていた。
あちらでもその異様な光景を確認したのか、三機の重MSが撤退していく。
ジェナスの背に輝く、光の翼。白い鮮やかな色をしたそれは発色の違いこそあれ、まるで──……。
「デスティニー、みたいだ……」
その光はデスティニーに酷似し、それでいてより一層しなやかに。
羽ばたいてすらいる。
『天使みたい……』
『……敵にとってすれば、悪魔に見えているかもしれんがな』
天使。白き光の翼持つ、天使。
悪魔。敵を殲滅する、畏怖すべき悪魔。
「……白い、悪魔……?」
仲間に対して、ひどい感想ではあると思う。
だがシンはそのとき、レイとルナマリアのやりとりのせいか。
それとも率直にそう思ったのかはわからなかったが、そのようなイメージを彼の姿に抱いた。
* * *
──気がつけば、漆黒の宇宙にいた自分達の周囲はわずかな青みの混じった白い光に、埋め尽くされていた。
「……やは、りか……ジェナス……ディ、ラ……」
「!!」
そして砕けたジャケットのディグラーズが、目の前を漂う。
ひび割れたヘルメットの内から、ぎらついた右目がこちらを見ていた。
一体、何があった。わからない。
自分が何をし、どのようにして敵を打ち破ったのかがわからない。
「……俺、は……?ディグラーズ、俺は一体何を……」
「貴様も結局は……力に使われる存在……所詮は、その程度……」
「違う!!これは……」
「何が違う。どこが違う。俺は貴様になど敗れておらん。あれは貴様などではない、断じて」
白い空間が、ひび割れていく。
くもの巣のように、細かく、四方に不規則に曲がったひびを走らせて。
割れた先には、無があった。
宇宙なのか、何なのかすらもわからない。
黒い、何もない空間だけが大きく口を開け。
漂うディグラーズは、その中へと静かに吸い込まれていく。
「俺は違う!!俺は力に使われず、使う!!このようになあっ!!ゼアムになど、俺は屈さん!!」
半壊したヘルメットをディグラーズはジェナスへと投げつけ、そして消えていった。
満足げな高笑いと共に。
そんなものでダメージになどなるはずもなく、慣性のまま軽くぶつかったそれは月の弱い重力に、徐々に落ちていく。
残ったのは、それだけだった。
向こう側に見えた黒も、周囲を包んでいた白も。
いまは消えうせ、ただ月の大地が広がっている。
ディグラーズの嘲笑がただ、耳に残った。