エピローグ 彼の青山

Last-modified: 2017-08-22 (火) 09:44:40

「お疲れ様ですお客様、当機は○○空港に到着いたしました、降りる準備をなさって下さいませ。」
キャビンアテンダントに起こされ、ジャック・フィリップスはアイマスクを上げる。
「ん?ああ、ありがとう。」
やっと着いたか、まったく、サメジマの兄貴もえらいトコに住んでたもんだ。
地球、日本国の国内線の空港、トクシマと呼ばれる地方都市。
まったく、どうせ日本ならトーキョーに住めばいいのに、乗り継ぎ乗り継ぎでこんな片田舎まで・・・

 

―あれから半年―

 

あの戦争のあと、ジャックは軍に退役を申し出る。しかしそう簡単にはいかなかった。
彼のア・バオア・クーでの活躍は映像記録として軍に提出され、しかもその戦いぶりから
件のニュータイプでは無いという認識から、彼は軍から強烈なラブコールを受けていたからだ。
モビルスーツ、ジムの部隊長、教官、指揮官から動作ルーチンの開発者として、彼は引く手あまただったのだ。

 

しかし彼は決めていた、軍に身を置くということは、仕事として殺し合いを続けることであり
その生き方を自分は選ばないということを。
山のように積まれた、軍の引き止め工作&嫌がらせという名の書類を5か月かけて片付け、
わずかな退職金を得てお役御免となった。

 

その過程で、彼はルナツーにサメジマの兄貴の遺品が保管されていることを知る。
遺品と言ってもなんの事は無い、スケジュール手帳が1冊とそれに付いているウイスキーのボトルの
形をしたキーホルダーにすぎなかったのだが。
だが、それはキッカケにはなった。この遺品を彼の家族に届けよう、と。

 

軍法会議で処刑された兄貴の家族は、ひょっとして肩身の狭い思いをしているかもしれない、
これを届けるのを口実に、ヒデキ・サメジマがいかに魅力的な人間だったか、その死がいかに不運で
不合理なものであったか、自分がいかに彼を尊敬し、彼の言葉によってどれほど救われたか
彼の家族に伝えたかった。

 
 

同時に地球へ降りるのだから、これからの人生の居場所を探すのも悪くない。地球は未だコロニー落としの
被害から完全に回復はしていない。メカニックとして働けるところはいくらでもあるだろう。
あの銀のゲルググの軍人の言葉が浮かぶ、人生至る所に青山あり。
そうだ、踏み出せば自分の居場所はきっとある、アイランド・イフィッシュは既に無く、シドニーは
巨大なクレーターと化してはいるが、それはもう過去のことだ。
自分は軍人としてジオンと戦い、敵を殺してきた、味方の死を見てきた。そんな俺が恨み言を言うのは
筋違いだ、それも兄貴の教え。俺が歩んできた足跡をいつまでも見ていても仕方ないんだ。
それを夢の轍にして、さらに歩いていく、死が訪れるその時まで―

 

鉄道もろくに走っていない田舎を、タブレットの地図を頼りにバスや歩きで彷徨う。
季節は夏、緑濃く青山が太陽に映える大地、頬に汗をかきながらも乾いた風に心地よさを感じていた。
セミと言うらしい虫の声、たまにすれ違う元気な子供達、大空で弧を描く鳥、平和な光景。

 

「このあたりだな・・・」
タブレットとにらめっこしながら、一軒の家に続く道に入る。平屋ではあるが広い庭のある家。
庭の一角では少女らしき人物が、ホースで花に水をやっている。
彼はその家の門柱に埋め込まれた表札を確認する、サメジマは日本語表記で「鮫島」こんな漢字だった。

 

「水鳥」

 

あちゃー・・・どこかで間違えたか、なんて読むのかは知らないが明らかに違う文字。
しかしおかしい、ちゃんと道筋に沿ってここに来たはずだ、最悪引っ越してしまったか・・・
仕方ない、あの少女に聞いてみよう。いきなり外人が声をかけて引かれなきゃいいんだが。
「すいませんお嬢さん、このあたりにサメジマさんというお宅は・・・」
「はい?」
振り向く少女。そして両者が固まる。
彼の目の前にいたのは、かつての彼の部下、ツバサ・ミナドリ元二等兵その人だった。

 
 

「え、ジャック中隊長・・・ですよね。まさか私を訪ねてくださったんですか?」
呆然と口を開けて固まるジャックに、ツバサは少しはにかみながらそう答える。
「あ・・・いやいやいや、このあたりにいたヒデキ・サメジマって人を訪ねてきたんだが」
わたわたしながら答えるジャック、そんな風に笑顔を向けてそう言われるとこっちも対処に困る。
「・・・兄です、それ。」
「え、えええーっ!?」
もはや中隊長の威厳など皆無な表情で驚くジャック、かつての部下にクスクスと笑われる。
ありえない確率の偶然、兄貴がツバサの兄貴でツバサが兄貴の弟子の俺の部下で
何億という人口を抱えるこの地球でこんな片田舎でばったりと再会してしかも兄貴とツバサが兄妹で
えーとえーと・・・

 

「や、やぁ久しぶり、元気?」
思考停止してそれだけを絞り出す、固まった表情のままで。
「ぷっ・・・あははははははははは」
腹を抱え、涙を流して大笑いするツバサ、落としたホースのシャワーが二人の間に虹を作る。

 

「水鳥」、は母方の性らしい、やはり「サメジマ」は軍において不祥事を起こした名前として
疎まれるのを恐れた家の者が、表札を挿げ替え、苗字を「ミナドリ」に変えたようだ。
ツバサはもともと、連邦軍の福利厚生施設で軍属として働いていたが、兄を知る彼女は、
その不祥事が信じられずに軍に身を投じたらしい、自ら事実を知るために。
もっともボールのシュミレーションやら軍隊教育やれでそんな暇は当然なかったのだが。
終戦後すぐに退役し、実家に帰って暮らしていたところに上官であり、命の恩人でもある
ジャックが訪ねてきたことに感激してくれた、そしてサメジマの名を知っていてくれたことにも。

 

「教えてください、兄のこと。」
本当は両親が帰ってきてから話すつもりだったが、まぁいい、話してやろう。
俺が兄貴から受け取った大切な言葉、そのおかげで自分の命があること、お前を救えたこと、
そして戦場で出会ったさまざまな人の言葉、敵と味方の戦場にもあった人を思う心、
部下を案じ、恋人を、思い人を守りたいと願う心を。

 

「ああ、長い話になるぞ。」
「はいっ!」

 

地球の片田舎、空は抜けるように青く、雲は湧き上がるように立ち、青山はどこまでも深かったー

 
 
 
 

MS IGLOO外伝
「顎(あぎと)朽ちるまで」

 

   ―おわりー

 
 

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