クルーゼ生存_第01話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:06:06
 

 最後の買出しということで、シンは目が見えなくなるほどの荷物を抱えていた。
 彼が配属された戦艦ミネルバが宇宙に出れば、アクシデントがない限り二ヶ月はプラント本土にも
他の基地にも寄港しない予定だ。新兵のシンたちは、細かな私物をあれこれと買い込んでいた。
 突然、ふわりと目に入るものがある。金髪、白いドレス。
 気がついたときには荷物ごとぶつかっていた。
「だいじょうぶ?」
 この衝突は絶対に相手の不注意--混雑する路上でドレスを翻しながら歩いていたのだから--だと
思ったが、転んだ女性に手を貸さないような教育は受けていない。
 しかし、体を起こした少女の手をとろうとしたシンの手は、見事に乳房をわしづかみにしていた。
「あっ、ごめん」
 誤る暇もなく、少女は立ち上がって走っていった。
「よ、ラッキースケベ」
 友人たちにはやしたてられながら、シンは右手に残った感触を忘れられずにいた。

 
 

「人類を変えられるなどと思うのは、ただの学者の傲慢だよ」
「しかし、変えねばヒトは自らを滅ぼす」
 長い黒髪の男の視線の先には、金髪の男性の後姿。
「滅びればよいではないか。人類のエゴがこれまでに滅ぼした動物、植物、昆虫、人類に害を及ぼすからと
根絶させられたウイルスや細菌がどれだけあることか。そして足りない知性で人類の遺伝子を組み替え、
結果有史以来最大の人種差別と戦争を起こす。技術に知性がおいつかない、厄介な生き物だよ、
人類というものは」
「その厄介な部分を生むのが遺伝子。しかしその人間が持つ倫理観にあわせた生き方をすれば、
世界から戦争をなくすことはできる」
 歌うようなバリトンの笑い声が流麗に流れる。
「それならキミは、政治家失格だな。このコロニーで作られた、そして現在も作られている兵器の数々。
ただの抑止力ですむのかね? コーディネーターとナチュラルという、人類史上もっとも醜い戦い、
条約を結んだとて、いずれ再戦があるとお互いが思っているというのに」
「私が政治家失なのは覚悟の上だ。次の世代の、レイが大人になったとき、戦争のない世界になっていれば」
 金髪の男の肩が、ぴくりと動いた。
「さて、私はオーブのじゃじゃうま姫のお相手の時間だ」

 

 ブライアン・オチアングは密かにため息を吐いた。彼は、反対だったのだ。元首自らプラントに
乗り込むことに。
「オーブからの移民者を、オーブで習得した技術を使ってこうした武器の製造にかかわら
せる。デュランダル議長、あなたはこの状況をどう思われているのか?」
 オーブ元首カガリ・ユラ・アスハの声がザフトの工廠に響く。
「先の大戦のあと、オーブから多くの移住者がプラントにやってきました。彼らは自分の
生活のために、持った技能を使っているのです。姫が元オーブ人の研究者や技術者と守秘
義務について交わした契約書をお持ちでしたら、対象者の状況を追ってお教えすることも
できますが、いかがですか?」
 オーブの国営企業モルゲンレーテに勤務していたコーディネーターのほとんどが、コー
ディネイター国家である宇宙のプラントに移民した。反コーディネーターの連合に蹂躙さ
れたオーブでは、将来どんな弾圧を受けるか分からないと判断したからだ。そしてオーブ
を支えてきた技術は人的資源とともにプラントに流出し、今のオーブは大西洋連邦の資本
で復興している。
 首長会議では連邦の圧力に誠意を見せるために特使を派遣すれば良いという意見が多数
だったが、カガリが自分で出向くと主張したのだ。
 結果、カガリが秘書官のブライアンと護衛官のコヅカを一尉を伴っての訪問となった。
場所が新造コロニーアーモリー1、そして平気で工廠を案内するというのは、プラントが
二年前の大戦から立ち直ったとアピールするためだろう。新造のモビルスーツが並び、明
日は新造戦艦の進宙式もあるという。
 彼らを先導する金髪の若い軍人は、大戦を経験していないだろう。赤服のエリートであ
れ、若輩者が要人の案内役に抜擢されるというのは、ザフトの人手不足なのか、それとも
よほど優秀で議長に目をかけられている人材なのか、迷うところだった。
 そのレイ・ザ・バレルという少年に対して、コヅカ一尉が持った感想は、「軍人がちゃ
らちゃらと髪など伸ばして、軟弱者め」ということだった。もともと民兵組織であるザフ
トには役職はあっても階級はなく、軍服の色で大まかなクラスをあらわすだけであり、風
紀にも厳しくないと知ってはいても、長い金髪に碧眼の、美少女とみまごう美少年がエリ
ート軍人というのは、ナチュラルの彼には理解しがたい。
「モルゲンレーテが連合軍に襲われた時、書類はすべて燃えてしまった。しかし契約は書
類が焼失しても継続する」
 カガリが苛立った声で言う。
「証拠となる書類がなければ、プラント政府としては何の対応もいたしかねます。モルゲ
ンレーテ社が、プラントに移住した元社員と連絡がとりたいのであれば、広告を出すなり
していただかないと」
「なっ、あなたはオーブをバカにしているのか!?」
「プラントとオーブ、対等な国としてのお話をしているだけです、姫。私にはプラント市
民を守る義務があります。その中にはもちろんプライバシーも含まれます」
「その、姫というのをやめてくれ」
 子供扱いされているのが腹に据えかねたようだ。
「ここの兵器がすべて、プラント市民を守るためだけのものだというのか!? 強すぎる力
は戦いを呼ぶ!!」
 話がずれたが、これがカガリの正直な感想であろう。
 と、その時。
「奇麗事はアスハのお家芸だな」
 鋭く響く、まだ若い少年の声が工廠のざわめきを切り裂いて響いた。
「な、なに!?」
 カガリはうろたえ、声の方に目をやった。
 そこには赤服をまとった少年。そして、その瞳は、彼がコーディネーターであることを
如実に示している。カガリが生まれてはじめて見る赤い瞳、その中には瞋恚の焔が躍っていた。
「シン!」
 案内役の少年が、7,8メートルの高さがある通路からモビルスーツデッキにひらりと
飛び降りた。しかしカガリに暴言を吐いた少年は、足早に廊下に消えたあとだった。

 

 オーブ側にとっては得るもののなかった視察が終わり、カガリたちはVIP用の応接室に#br
通された。プラントの議員を交えての外交委員会は明日開かれる予定だ。しかしブライア
ンには、もう先行きが見えていた。彼の祖父が東アフリカから移民して以来、彼の一家は
忠実で優秀なオーブ国民だ。彼もオーブ国立カレッジで法学を修め、大西洋連邦のハーバ
ード大学ロースクールで修士をとって、オーブの上級国家公務員として奉職している。留
学時代に知り合ったさまざまな国の友人とのネットワークを大事にする彼には、他国の高
級官僚たちが、オーブの独立は形だけ、資本と人材面から大西洋連邦の手に落ちていると
思っていることを知っている。
 先の大戦でオーブが連合軍に焼かれたあと、国を出たのはコーディネーターだけではな
い。大西洋や東アジア、大洋州連合などとの二重国籍を持つナチュラルも多く出国した。
そして今彼らは、オーブでないパスポートで入国し、そのパスポートの国の資本のために
働くのだ。
「カガリさま、明日の委員会での演説の草稿です。さきほどのデュランダル議長との会話
を鑑み、修正しました」
 プリントアウトを手渡す。
「ああ」
 機械的な返事。感情の勝った性格の彼女には、先ほどの少年の存在がショックだったの
だ。二年前の大戦のあとプラントに移住した元オーブ人が、すでにザフトのエリートとし
て前線に配備される。カガリはこの二年間、マスドライバーとモルゲンレーテを失ったオ
ーブを立ち直らせるために、オーブ中の島を訪問した。お飾りの元首と陰口を叩かれるの
は不快だったが、政治や経済の専門教育を受けていない彼女に出来るのは、残った国民の
心をまとめることだけだった。
 ただ、出て行った国民がアスハ家、ウズミのことを悪く言うなど、想像したこともなか
った。連合軍の脅しを敢然として拒否し、オーブの理念に殉じた父を誇りにこそ思え、そ
しる者がいるとは。
 カガリは大き目のフォントでプリントされた文字を、ぼうっと目で追うことしか出来な
かった。正式の地位を持って国外に出たのは初めてだ。プラントは外交儀礼に沿った対応
をしてくれるが、それだけだ。議長の滑らかな抑揚の利いた声、それが今のプラントを象
徴していた。

 
 

 インターホンの音に、コヅカ一尉が反応する。彼が拳銃を構えてドアの横に寄り、ブラ
イアンがの受話器をとった。
『先ほどアスハ代表の案内役を勤めさせていただいた、レイ・ザ・バレルと申します。無礼
を働きましたシン・アスカと申すものを連れてまいりました。もし、アスハ代表が彼の謝
罪を受け入れてくださるなら、ザフトの一軍人として幸いに存じます』
 そのシンという赤い瞳の少年が立ち去っていたので、金髪の少年は「必ず謝罪させます
ので、この場はお許しください」と言った。約束を守った、ということだ。
「少しお待ちを」
 ブライアンはそう言って受話器を下ろした。
 疑いたくはないが、カガリ暗殺の可能性もゼロではない。ザフトのエリート軍人二人が
ナチュラルの少女を殺そうとするなら、ナチュラルの腕っこき軍人と文官一人ずつでは荷
が重過ぎる。
 コヅカ一尉はその可能性を主張した。しかし、カガリは自分の命はそこまで重くないと
判断したのか、元オーブ人の少年に会ってみたいだけなのか、二人を迎え入れることを命
じた。
 扉が開いて、金髪の少年に続いて、黒髪の、一度見たら忘れられない緋色の目をした少年が続く。
 立ち上がって二人を迎えたカガリに、少年達はきちんと訓練された敬礼で返す。
 口を開いたのは、金髪の少年だった。
「さきほどは、このシン・アスカがカガリ・ユラ・アスハ・オーブ代表に対して無礼な物
言いをし、ザフト軍として恥じ入る次第であります。彼も後悔しておりますので、反省の
言葉をぜひともお聞き届けいただければ、幸いです」
 プラントの成人は15歳、カガリの親しい友人のアスラン・ザラも16で前大戦に出陣
した。ただこのレイ・ザ・バレルという少年は、プロトコールについてはプラント議長の子
息だったアスランより上を行っているようだ。
 一応カガリも姫と呼ばれる育ちなので、自分の礼儀作法は棚に上げて、相手がきちんと
しているというのは好ましく思うほうだ。
 シン・アスカと紹介された少年が一礼した。
「オーブの国家元首であられるカガリ・ユラ・アスハ嬢に対し、ご尊家への礼を欠く発言
をしましたこと、お詫びいたします」
 よく通る、まだ少年の声だった。
「しかし、ウズミ・ナラ・アスハが己の勝手な理念とやらのために、国を戦場にし、民間
人に数多くの犠牲者を出したことは許せません。自分の両親と妹は、フリーダムの流れ弾
で死にました。国は、元首は、国民があってこそなりたつものであり、その逆はありえな
いからです!」
 シンの真っ赤な瞳が燃え上がり、白桃の頬が紅潮していた。
 その目に射ぬかれ、カガリはつい呆然とした。
 オーブには国より国民が大事だと主張する政治家などいない。国体があってこそ、民が生きていける。
首長たちはみなそう思っている。しかしこのコーディネーターの少年はそのオーブの国体を、あからさまに
カガリの尊敬と愛情を集めて止まない父を否定した。
「このお、保険金だけもらってプラントに移民した乞食コーディネーターが!!」
 コヅカ一尉が殴りかかったが、それはするりとよけられた。そしてカガリとブライアン
が気がついたときには、シンの拳をレイががっちりと押さえていた。

 
 

 アーモリーワンからカオス、ガイア、アビスを強奪した三人のテロリストは、コロニー
の硝子外壁に穴を開けると、そこから宇宙に脱出した。
 そして新造戦艦ミネルバが急遽発進して、強奪されたMSとおそらく近くにいるその母艦
に対することとなった。
 更衣室でパイロットスーツに着替えたミネルバのパイロットが命令を待つ間のしばしの
時間。
「あー、私、デプリ戦の成績、いまいちだったのよね」
「ルナは射撃全体がいまいちだったろ。参謀本部勤務でも希望してたほうが、向いてたん
じゃないのか」
 シンの言葉に、ルナマリアが向き直る。
「私はもし二年前の大戦が起こるようなことがあったら、前線でプラントを守りたいの。
コロニーは攻撃されたら、壊れるしかないんだから。逃げるところもない。宇宙空間じゃ
コーディネーターでもナチュラルでも一分と生きていられないんだから。敵の手がプラン
トに伸びる前に叩く。私たちコーディネーターが生き延びるには、それしかないのよ」
 きっぱりとした物言い、国を守る自負、さすがにザフトアカデミー成績上位10位に送
られる赤服だけのことはある。
 そこへレイが、現実を告げる。
「オレたちが出るのは実戦だ、演習じゃない。セカンドシリーズのMS、相手がどれだけ使
いこなせるかわからんが、さきほどの強奪の様子とシンとの交戦を見ると、そこそこ使い
慣れた程度には動かしている。つまり、次はもっと強くなる」
「死ぬかも、ってことね、私たちが」
「いや、俺達は死なない。所詮テロリストだ。背後に連合がいるにしても。相手を分断し
て、コクピットを狙い、機体を奪還する。そこまでしなければ、作戦成功とは行かない。」
 シンが両手を組み合わせて、強い言葉で言った。このMS強奪事件が戦争の引き金になる
こと、それがシンの最も恐れることである。ルナマリアの言うように、プラントさえ守れ
ば、民間人の被害は出ない。しかし戦場が宇宙から地球に降りた場合、民間人の犠牲者一
人も出さずに軍隊同士が戦争するというのは無理な話だ。だからシンは、この事件がアー
モリー1の小競り合いで終わることを望んでいた。
 と、そこにアラームが鳴り響く。
「第三次戦闘態勢、各パイロットは乗機にて待機のこと」
 パイロット達はハンガーに降りて、愛機の最終チェックを始めた。
 そして巨大なミネルバの戦隊が安定したころ、「6時方向に熱源反応、MS隊、発進願い
ます」CICにいるルナマリアの妹、メイリンの声が響いた。
「シン・アスカ、インパルス、出る!」
「レイ・ザ・バレル、セイバー、発艦する」
「ルナマリア・ホーク、ガナークザクウォリアー、行くわよ!!」

 
 

 月軌道で敵艦(コードネーム・ボギー1と設定)及び、盗まれたセカンドシリーズのM
Sと交戦したミネルバだが、結局作戦は失敗に終わり、MSを取り戻すことも破壊するこ
とも出来なかった。
 戦果のない、ただ生き延びたことに感謝するだけの初陣のあと、ミネルバはデブリベル
トから起動を変えたユニウス7へと向かっていた。
 長期安定軌道に乗っていたユニウス7が、地球の重力に引かれて落ちる軌道に移ったと
いうのだ。もしユニウス7が落下すれば、地球には数千キロ単位のクレーターが出来、そ
の衝突で巻き上がる粉塵、海水などにより、核の冬が訪れる。
 それを防ぐために動けるのは、皮肉なことに宇宙を本拠地とするザフトの艦数隻だけだ
った。
 ユニウスセブンに向かう間、非番の仲間たちがレクルームに集う。シンにはアカデミー
時代から仲がよかった5人が同じ船に配属されていて、こういうときは気が楽だ。ただ整
備班に入ったヨウランとヴィーノが早いとこ腕を上げてくれと、自分のことを棚上げにし
て思うのであった。
 窓にはきれいに全円の地球が見えている。地球で月の満ち欠けがあるように、宇宙では
地球の満ち欠けが見える。知識では知っていたが、オーブを捨てプラントに移住するシャ
トルで目の当たりにしたときには驚いたものだ。
「ユニウス7が地球に落ちると、人類滅亡? それってもう攻めてこられないから、俺達
にとってはラッキー??」
 茶化した言葉でヨウランが言う。確かに地球人類が滅亡すれば、宇宙に進出している人
口ではコーディネーターがナチュラルを上回る。しかし。
「よせよ。50億人に死ねってことだぜ」
 プラント育ちには地球の大きさが実感できないだろうと、シンが咎める。
「そして、カーペンタリア、ジブラルタルのザフト基地の人間にも死ねということか?」
 レイの声が厳しく響く。
「あ、そうだ。急いで破砕作業に行かないとだめだな。地球に配属になった同級生もいる
ってのに、オレ、バカなこといっちゃった」
「そんな小さいこと考えてないで、『人道支援』って言葉を思い出しなさい。人間には、
人間にしか出来ないことが一杯あるの」
 ぱしっとルナマリアがまとめた。

 
 

 ユニウス7近辺に集まったザフトによる、破砕作業が始まった。
 多くの艦からメテオブレーカーを持ったMSが作業区域に向かっていく。
 もちろんシンもその一人だ。宇宙空間では空気やチリというものがないため、遠くのも
のがひどくくっきりと見える。だからユニウス7の巨大さも、これをどの程度の大きさに
砕けば、大気圏で燃え尽きてくれるのか、コンピュータの画面上の数字にしか思えなかった。
 先に到着したジュール隊がメテオブレーカーの設置をしている。そのあたりは各艦が連
絡を取り合って、シンは受け持ち区域まで飛んで行く。
 そのとき、無線に雑音が混じった。そして悲鳴。
 混乱のあと聞き取れたのは『我々は攻撃を受けている。工作用MSを戦闘用MSは援護。
メテオブレーカー設置を急げ!!』というものだった。
 ミネルバはセカンドステージ運用のために作られた純粋な戦艦なため、工作部隊を持た
ない。そして至急の発進だった為、シン、レイ、ルナマリアの三機しかMSがない。
 ユニウス7の圧倒的な大きさに呑まれそうになるが、とにかくシミュレーターが計算し
たポイントでメテオブレーカーを爆発させるのが彼らの仕事だった。
 決められたポイントについて、メテオブレーカー設置作業に入ろうとした時、ジュール
隊と謎の敵の戦闘が激しくなってきているのが無線から伝わってきた。
『こんな、一分一秒を争う時に仕掛けてくる敵なんて……連合じゃないということか? 
テロリストがザフトの正規部隊と戦うだけの物資を持っているというのか?』
「シン、ルナマリアと三つ並べてメテオブレーカーをいっぺんに作動させる。計算どおり
いけば、この大地に大きなひびが入るはずだ」
「了解」
 レイに応えて、シンとルナマリアはメテオブレーカーの設置に入った。ユニウス7を割
れば割るだけ、地球に落下する質量は少なくなる。
 プラントに来る時に捨て値で処分してしまったが、オノゴロ島の家。家からそのままプ
ライベートビーチにつながっていて、シンは貝殻拾いも、砂の城作りも、泳ぎもそこで覚
えたし妹に教えた。コロニーの破片が地球の海にひとつでも落ちれば、あの家は津波に押
し流されてしまうだろう。オーブ国籍は捨てたが、シンは故郷の土地を愛していた。
 ミネルバの三人は器用に戦闘用MSを扱い、メテオブレーカーを規定の場所に設置し、
被害を避けるために浮上した。母船からの連絡にあわせてスイッチを入れると、コロニー
の残骸が悲鳴を上げて崩れる。
 計算通りのひびが入った。空気抵抗のない宇宙空間では、運動方程式に純粋に従って、
物体は二つに割れていく。
「やったわね!」
「あと4回砕かなければ、地球への被害は避けられないぞ」
 2の4乗、シンはレイの声に一瞬暗くなった。そのとき、
「ジュール隊、破砕作業一回成功、続けて二度目のオペレーションに入る」
 という声が聞こえた。攻撃を受けたというジュール隊は、任務を果たしている。新兵とは
いえ、最新鋭のMSを与えられた自分達は、さらにがんばらねばとシンは思った。
 しかし破砕作業を続けるうち、ジュール隊の工兵部隊の損傷が大きくなり、その部隊の
撤退が決まった。あとは戦闘用MS隊だけが、未知の敵と戦いつつ、メテオブレーカーで
ユニウス7を砕く作業をするだけだ。
 ミネルバから射出されたメテオブレーカーを受け取ったインパルスのすぐ脇を、ビーム
がかすった。瓦礫の山の陰に、敵MSがいるのだ。攻撃を返している暇はない。とにかく
作戦を遂行しないと。
 シンたち三人は攻撃を避けつつメテオブレーカーを設置したが、不自由な姿勢しか取れ
なかったために、ミネルバが指示したポイントから少しずれてしまった。それでも起動さ
せるしかない。三人は虚空にスラスターをふかすとスイッチを入れた。
 そのタイミングで隠れている敵機を視認し、攻撃したのは、三人の運動神経と兵士とし
ての才能の賜物だった。
『ジン!!!』
 視認した敵は、ザフトのMSだった。
 メテオブレーカーがコロニーの破片を砕く。
「計算と今の破砕は合いません。このままだと右の大きい破片が地球に衝突します」
 ミネルバからメイリンの声。真っ二つに割れていれば、片方は地球軌道から外れる予定
だったのに。
 またメテオブレーカーを受け取り、取り付けにかかるが、ジンが本格的に攻撃を仕掛け
てきた。
「ジンは私が防ぐわ。インパルスとセイバーは手先が器用だから、作業に集中して」
 ルナマリアの指示にシンとレイは従った。
 赤いザクがジンと交戦を始める。ジンは一機ではないが、ルナマリアは二度目の実戦だ
ということを感じさせない動きで対等に戦う。
 しかし多勢に無勢、インパルスとセイバーにも攻撃は及ぶ。シンとレイも、自分の命の
ために交戦に出た。
「あんたらが、ユニウス7の軌道を狂わせ、地球に落とそうとしてるのか、なんでだ!?」
 つい叫んだシンの耳に、答えが返ってきた。
「我が娘の墓標。地球のナチュラルどもを焼き尽くすことこそ、娘への唯一の手向け。そ
なたらもコーディネーターならば、パトリック・ザラ議長の取った政策こそ、我ら
コーディネーターにとってたった一つの正しき道であったと知れ!」
 破砕作業に当たっていたザフトの全員が一瞬、体を止めた。二年前の、コーディネータ
ーとナチュラル、最終的にどちらが生き残るかまでを問われた殲滅戦争。その亡霊がここ
にいる。
「世迷いごとを抜かすなあぁ」
 まだ若いジュール隊長の声が響く。彼は短気なエリート主義者だが、少なくとも物事を
公平に見ようとする目は持っている、ザフトの兵士に嫌われてはいない。そしてこういう
とき、テロリストを一言で切って捨てられる強さの持ち主であった。
 とはいえテロリストのジンは数機とはいえ歴戦のつわもの。ジュール隊も、ルナマリア
もおされ気味である。
「ルナ!」
 シンは三機に狙い撃ちされそうになったザクの援護に出た。
「お前ら、自分の家族の民間人が戦争で殺されたからって、また新たに戦争で死ぬ民間人
を作るつもりかぁ!!!」
「ナチュラルは己の家族を焼かれねば、何も理解できぬ」
 攻撃を避けながら、シンは叫ぶ。
「それは思い上がりだ。自分の基準でしか物事を判断できない、幼稚な人間のエゴだ」
「そうよ。シンだって大戦で民間人の両親と妹さんを戦争で亡くしているんだから」
 ルナマリアが叫びながら攻撃を続け、一機のジンを葬った。
「お前達の行動は、コーディネーターとナチュラルの、憎しみの連鎖を繋げるだけだとな
ぜ気付かん」
 沈着冷静なレイも、強い口調で言う。レイの年の離れた兄、たったひとりの家族が前大
戦で戦死したことは、シンもルナマリアも知っていた。
 ユニウス7の破片が地球の重力の井戸に飲み込まれそうになる。デュートリオンシステ
ムMSとはいえ、母艦のミネルバから離れている時間を鑑みるに、タイムリミットはもう
ない。
 ミネルバCICから通信が入る。
「レイ、シン、ルナマリア機、離脱してミネルバへの帰還をお願いします。ルナマリア機
は大気圏突入に耐える確率が70%ですので、即刻の帰還を」
 メイリンの声は姉の身を心配しているように聞こえた。
 ザクより装甲で劣るジンである。テロリスト達はユニウス7とともに地球に落下して死
ぬ心積りだろう。テロリストにとって、それは作戦成功であろうが、軍人であるシンたち
にとってはまったく異なる。
 ルナマリアのザクはミネルバに帰還し、レイの白いセイバーも、重力の井戸に引き込ま
れるのを恐れて離脱を始めた。そしてレイは、距離の測りにくい宇宙に、一体の白銀色の
MSを見た。彼を惹き付ける何かを発する、モビルスーツを。

 
 

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