クルーゼ生存_第02話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:08:03
 

『総員、対ショック体制をとれ。本艦はローエングリンでユニウス7の最大破片を砕き、
そのまま地球海上に着水予定。タイムカウント、表示、読み上げ開始』
 タリア・グラディス船長の声に、ミネルバに戻った三人のパイロットは驚かなかったと
いえば嘘になる。ただこの宙域でコロニーを砕くだけの火力を持った戦艦はミネルバしか
なかった。
 三人はパイロット控え室のショックアブソーバーに体をしっかりと固定した。地球での
運用も可能とはいえ、もともと宇宙戦艦として建造された船である。どれだけ滑らかに着
水できるか、今の差し迫った状況では分からない。最悪、数百メートルの高さの津波が荒
れ狂っているかもしれないのだ。
「タンホイザー二門で、あのユニウス7の破片が燃え尽きるまで砕けると思う?」
 不安げにルナマリアが口にする。
「かなり小さくなるだろうが、もともとの形がいびつだ。実験室でのようにはいかないだ
ろう。そして、小さな破片がミネルバにあたれば、その巨大な運動エネルギーはこの船を
落とすに十分だろう」
 不吉であっても、レイの言うことは冷静で正確だ。シンは拳を握り締め、主砲発射のカ
ウントダウンを待った。
 ルナマリアをはじめミネルバ乗員全てが、息を飲んで時計を見詰めていた。艦長からの
指示を待つ砲手の掌は、緊張から来る汗で濡れていることだろう。
 しかしレイは、まったく違うことを考えていた。
 ユニウス7から離脱する前に見かけた銀白色のモビルスーツ。確認したが何の信号も出
していなかった。しかし熱源反応はかすかだが捉えられた。つまり、宇宙を漂う戦死者の
幽霊などではないということ。そして、何か、額の辺りが熱くなる感覚。
 これは初陣で盗まれたセカンドステージ3機を追っていたときに現れた、連合のガンバ
レル付きモビルアーマーからも似た気配を感じた。あのガンバレルの攻撃はレイにとって
特に脅威ではなかったが、シンはどこからともなく飛んでくるビームにうまく適応できな
かった。アカデミーでの訓練で、シンが非常に、なんというか、野性の勘に恵まれた少年
だということは知っている。教官に自分に与えられた役割について問いただしたり、不公
平だと思うことはへらず口レベルまで叩いたりするが、彼が優秀な兵士であることに代わ
りはない。
 そしてなにより気になるのは、銀白色のモビルスーツも、連合のモビルアーマーも、彼
の家族に近い感覚を伝えてきたことだ。これまで、あの感覚を彼に味合わせたのはラウ・
ル・クルーゼだけだった。ただラウからは弟を見守る優しさをいつも感じていたが、あの
MSにはそれはなかった。血族特有のものとラウがもらしたことがある。ならば、自分は
今日、二人の血族に出会ったのだろうか?
「てぇーーー!」
 艦長の命令、反陽子砲が打ち出される。メテオブレーカーなどと桁違いの威力は、地球
の重力に従って落下を続けているコロニーの破片を砕き、その破片たちが互いにぶつかっ
てどんどん小さくなっていく。
「お願い、燃え尽きて!」
 ルナマリアがモニターを見ながら呟く。
 彼らはユニウス7を落としたのが強硬派のコーディネーターだと知っている。地球に被
害があれば、それはすべてコーディネーター国家プラントへの不満となって跳ね返るのだ。
盗まれたセカンドシリーズのMS、そしてユニウス7の落下。全ては戦争に向かって誰か
が画策したように、動き始めていた。

 
 

 いくつもの破片が火玉となって大から小まで、地球に降り注いだ。のちにブレイク・ザ
・ワールドと言われる事件である。人類が数千年にわたって敬愛してきた神殿、何百万の
人の住む都市がいくつも壊滅し、津波の被害は世界の沿岸部をくまなく襲った。
 着水を終えたミネルバは、小さな破片が居住部をかすり、その部屋で対ショック体制を
とっていた二人の兵士が死亡した。
 シンたち同期生6人組は怪我もなく無事であった。いつものレクルームに誰からともな
く集まって、外の荒れた海の映像を眺める。
「わたしたちが今いるの、ハワイとオーブのあいだくらいの公海だって」
 ブリッジ勤務で情報通のメイリンが言う。
「てことは、カーペンタリア基地までわりと近いな」
 ヴィーノが応える。彼がメイリンに好意を持っているのはアカデミー時代から誰の目に
も明らかなのだが、なぜかメイリンだけは気付かないという仲だ。
 と、そのとき、船体に大きなエネルギーが打ち付けられ、周囲の海水が水柱を上げて噴
出、そしてミネルバの甲板に叩きつけられた。
「きゃあ」
「もしかして、地球の雷って奴?」
 妹よりは少し冷静にルナマリアが言う。
 しかしレイが糾した。
「おそらくは地球を一周してきた、最初の衝突の衝撃波だろう」
 音速を超える速度で巨大な質量を持つ物体が落下したのだ。その衝撃波はクレーターの
周りの建物や森林をなぎ倒し、減衰するまで地球を走り続ける。
「どのくらいの被害が出たんだろう? オレ、こないだアーモリーワンにオーブの代表が
来た時、生まれて初めてナチュラルを見たんだ。さっき、バカなこと言っちゃったけど、
コーディネーターもナチュラルも、同じ人間なんだよな」
 ヨウランが噛み締めるように言った。
「そして俺達は、すべての生命を産んだ、地球の海を航行している。俺はすべての命に、
幸あれと祈る」
 いつも論理的なレイの口から「祈る」という言葉が出たのに、全員が驚いた。宗教のな
い時代に育った彼らだが、OMGは意味もなく連発する。ただそこに、神への尊敬も祈りも
ない。
 急にモニターの映像が乱れた。電波状態が悪いのだろう。
 そう思っているうちに、
『我が娘の墓標。地球のナチュラルどもを焼き尽くすことこそ、娘への唯一の手向け。そ
なたらもコーディネーターならば、パトリック・ザラ議長の取った政策こそ、我らコーデ
ィネーターにとってたった一つの正しき道であったと知れ!』
 ユニウス7でのジン部隊テロリストとのやりとりが、モニターに流れ始めた。

 
 

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