クルーゼ生存_第10話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:13:51

 グラディス艦長は艦長室にアレッシィ隊長とアーサー・トライン副長を呼んだ。
「司令部から入電。ミネルバの行く先が決まったわ、ジブラルタルよ」
「え!? 宇宙に戻るんじゃないんですか?」
 アーサーに苛立ったようにタリアが答える。
「命令ですからね。ミネルバにとって海戦が不得手とはいえ、やらざるをえないでしょう。
潜水艦を一隻、つけてくれるそうよ。アレッシィ隊長、平然としてらっしゃるけど、御存
知だったのかしら?」
「ええ、放射線への遮蔽が十分にされてない軍艦の前で陽電子砲を撃ったことへの、司令
部からの意趣返しですかな。ユニウス7落下で反コーディネーター感情が地球で高まって
いるなか、敵味方問わず将兵を被爆させたというのは、よろしくない。地球とナチュラル
を学んで来い、と」
 アレッシィは端正な唇をゆがめ、一息ついた。
「あとお知らせしておきますと、ミネルバのモビルスーツ隊にパイロットと機体が一人分
追加されることが決まりました。明日、宇宙から降りてくるということです」
 いかにも自分のほうが情報に通じているのだというアレッシィの口ぶりに、タリアは腹
が立ったが、相手はフェイスだ。彼女は艦長だがMS隊への指揮権がないのだ。ただこれも
ザフトの能力主義の賜物だし、実際に上手く機能した例も沢山ある。先日の海戦だって、
作戦会議でアレッシィがフェイス権限で全MSの指揮を執ると主張すれば、逆らえる人間は
いなかったし、あとはそれを鑑みて作戦を立てるという形になった。そしてアレッシィの
MS指揮は一体いくつのモニターや計器を見ながら考えているのかと思うほど、無駄のない
ものだった。タンニングしたマッチョなボディを強調するような改造軍服も、いまではカ
ーペンタリアの若い兵士たちに憧れられている。
「よろしければ、その追加のパイロットの名前を教えていただけないかしら」
 自分の船に所属するパイロットの辞令が直に降りてこない不満を声に出した。
「イザーク・ジュール。では私はスタンバイ時間に入りますので、失礼」

 
 

「イザーク・ジュール!? 逮捕ざれたエザリア・ジュール議員の一人息子で、ジュール隊
の隊長の??」
 アーサーが扉が閉まるのを待って、素っ頓狂な声を上げた。
「……ジュール隊は解散、一パイロットとしてミネルバに配属、ということかしらね。彼
がここで嘘を吐く利点はないのだから」
 ニノ・ディ・アレッシィが必要とあらば、絹を紡ぎだすように嘘の言葉をも紡げる男だ
とは、タリアも見抜いていた。
 大戦後、三隻同盟に味方したディアッカ・エルスマンと協力を受けたイザーク・ジュー
ルは軍事法廷で裁かれた。エルスマンは死刑、ジュールは懲役刑が妥当だったが、その席
で穏健派の中心人物になりかけていたデュランダルが彼らを擁護したのだ。いわく『若者
が一度過ちを犯したということで、厳しい処分を与えていては、プラントに未来はありま
せん。本人たちに反省してやり直す気があるのなら、その機会を与えるのが我々大人の役
割でありましょう』。この奇麗事に加え、二人が最高評議会議員の息子であったことも-
-表向きにはけして語られないが--あって、エルスマンは緑服に降格、ジュールは無罪
となったのだ。
 タリアにしても、プラントのコーディネーター第三世代の母として、プラント人を無駄
に死刑にはしたくない。15歳という揺れやすい年齢で成人してしまうプラントのあり方へ
の疑問もある。だから考えなしに情に走った少年達の命が助かったときは、プラントはこ
れからまだまだ成長すると思ったものだ。
「ジュール隊長って、母親のエザリア・ジュール議員が艦隊司令官のブラウニング提督の、
その、愛人で……」
 ここまで言って口ごもるから、アーサーは愛すべきでありかつ無能なのだ。
「その話は私も知っているわ。戦争で大きな戦果を複数上げなければ、前科持ちの二十歳
の白服はありえないってことも」
 たとえばシン・アスカは先日のカーペンタリア攻防戦で一番の働きをし、彼のインパル
スの存在と力によって連合軍艦隊を打ち負かせたというほどだ。だが初年兵の彼を黒服に
ということは基地司令部の誰も、考えなかった。ただ、ネビュラ勲章受勲の手続きをとる
ことは、全員一致で決まった。自由な軍隊といわれるザフトにも、勲章だの、地位を表す
軍服の色だの、役職だのは敢然として存在するのだ。
「でも、ミネルバにはアレッシィ隊長旗下のモビルスーツパイロットということでの、赴
任なのでしょう」
「……彼が、黒服なりできれば赤服に降格されていればありがたいのが本音ね。白服でも、
フェイスのアレッシィ隊長は平気で他のパイロットと同格に扱うでしょうけど、私たちは、
難しいわね。役職がないのだから、一パイロット扱いで軍規上は問題ないのだけれど、直
接接するとね」
「自分達にとっては、白服のパイロットとレイやシンを同列に扱うべき、ということです
か」
「そうなるわね」
 同じ白服なだけ、タリアのほうがうっとうしく感じるだろう。優秀だが短気で我儘なと
ころもあると聞く青年だけに。
「彼が一パイロットとなるということは、母親のジュール議員は、ユニウス7を地球に落
としたザラ派のテロリスト達と関係があったと、自白したのでしょう。プラントの議員が
あのテロに協力していたと地球側に知られたら、積極的自衛権の行使という奇麗事もただ
の言い訳ね。実際戦争は始まっているわけだし」
「はあ、イザーク・ジュールが持ってくる機体が、水中用モビルスーツだといいですね」
「……確かに、あなたの言うとおりだわ」
 アーサーは馬鹿ではないと、タリアは頭に刻んだ。
 ミネルバ艦載のMS4機の修理は済み、予備パーツの補給も受けた。インパルスの予備パ
ーツはアーモリーワンにあり、ここでは補給を受けられなかったが、宇宙に帰れば手に入
るということで、整備班にはのんびりムードが漂っていた。
 なので、ヨウラン、ケントたち数人でコーヒーを飲みながらテレビを見ている。最初は
カーペンタリア基地で独自に流しているニュースとプラントのテレビの録画しか見なかっ
たが、地球に降りてもう一月以上。結構地上の番組も見るようになっていた。なんといっ
てもプラントは人口1,000万人の小国。地球の国家は億単位の人口を持ち、旧世紀か
らの映像製作のノウハウも持っている。そして衛星放送の普及により、数百チャンネルは
無料で見ることが出来た。クルーに人気があるのは映画と自然のドキュメンタリーだった。
プラントでもそういう映像を集めたライブラリーはある。しかしソフトの量が段違いに多
かったし、またその映画の舞台となった、その動物達が生きている地球で見るのは感慨深
いものがある。たとえば、プラントのコロニーの空に、鳥はいない。ペットとしての小鳥
が飼われるのみだ。出来るだけ地球環境に近づけようとして作られているが、コロニーの
大きさと環境ではスズメやカラスレベルの野鳥しか成育できない。そしてその鳥達が生態
系を作るのも不可能だ。
 この基地の周囲は自然に恵まれていて、毎日空を飛ぶインコの群れを見ることができた
し、すこし遠出すれば、野生のカンガルーを見ることもできる。
 適当にリモコンをいじって面白そうなチャンネルを探していたヨウランは、美人歌手が
声量豊かに歌っているチャンネルに気を止めた。
「上手いなあ」
 プラントでは声をコーディネートされた遺伝子を持つ人の中からが歌手になるが、地球
の50億人のナチュラルの中から売れっ子になるまでになった歌手は、やはり産まれ持っ
た才能と努力のレベルが上だった。母数が少ないこともあり、芸術ではナチュラルを唸ら
せたコーディネーターはまだいない。楽器や歌を超絶技巧でこなし、絶賛された者はいた
が。コーディネーターは器用で正確に歌い、楽器を演奏し、絵を描くが、独自の個性を持
つ芸術家ではなく軽業師のレベルにしかないと評論家からは評される。
 聞きほれているうちに、歌詞がわかってくる。清らかで美しい地球、人類と全ての生命
を育む青い星を守ろう。生命を汚してはいけない、自然(ナチュラル)でいることこそ美
しいという内容だった。
 曲が終わると、スタジオの中にいる客から万雷の拍手。
 そして歌手が引き上げたあと、銀髪のまだ青年の域に含まれる年齢の男が登場した。
「みなさん、ロード・ジブリールです。今日も御来場、また御視聴ありがとうございす。
さて、今日はコーディネーターがこの戦争でいかに地球を破壊し、汚染しているかについ
て映像を交えてお話しましょう」
 ユニウス7の破片が火玉になって、地球各地に落ちていく映像。
「プラントのコーディネーターたちは、地球のナチュラル全滅をもくろみ、巨大なコロニ
ーの破片を落としたのです」
 場内からすすり泣く声が聞こえる。
「このブレイク・ザ・ワールドという悲しい名前がついた事件、ローマ、上海、ケベック
といった大都市が壊滅し、海に落ちた破片が引き起こした津波は世界中を襲い、津波によ
る死者だけで3000万人を超えました」
 男が悲痛な顔をして俯くと、会場からのすすり泣きが一段と高まった。
「それだけではありません、ブレイク・ザ・ワールドのもたらす影響は。巻き上げられた
粉塵は大気内を漂い続け、太陽の光を遮ります。気象学者たちにも、地球の平均気温が下
がることしか、まだわかっていません。しかし6300万年前の、恐竜が滅亡した時と同
じレベルの気象変動があると予測する学者も沢山います」
 映像はCGで作られた、恐竜たちがやせ衰えて倒れていくものに替わった。
「この恐竜を明日のナチュラルの姿にしないために、我々は宇宙で高みの見物をしている
コーディネーターを滅ぼさねばなりません。人類の母体たる地球にこれだけの攻撃を加え
たコーディネーター、彼らは人類と呼ぶに値しません。遺伝子を改変した時点で、彼らは
人類と違う、化け物になったのです。地球と地球に生きる生き物達のために、邪悪な化け
物を退治するのは我々ナチュラルにしかできないのです。皆さん、コーディネーター撲滅
と地球環境を一刻も早く元に戻すために、御協力をお願いします」
 ジブリールという男が頭を下げると、割れんばかりの拍手が送られた。
 そして透明な募金箱を持った少年少女が客席を回る。観客は、高額のアースダラー札や
小切手を争うように詰め込んでいった。
 ヨウランたちはしばらく何も言えず、黙っていた。
 途中でこれがブルーコスモスの宣伝番組だとわかったが、つい見続けてしまった。一瞬
でもこの男の弁舌に酔わなかったかといえば、嘘になるだろう。
 画面が切り替わり『青き清浄なる世界のために ブルーコスモス 募金はレッドネック
銀行ブルーコスモス 口座番号111111まで』と、大きく映し出された。
「……これが、ブルーコスモスってヤツなんだ」
 陽気で深く物事を考えない性質のヨウランですら、低い声で呟いた。
 プラント育ちのコーディネーターにとって、初めてリアルに体験する排斥運動だった。

 

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