クルーゼ生存_第11話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:14:52

 レイとともに隊長の部屋に向かうシンは、朝食の時ヴィーノが言ったことを思い出した。
「モビルスーツ隊に来るイザーク・ジュール、気をつけたほうがいいみたいだぜ。ジュー
ルとアカデミーで同期だった先輩がさ、『イザーク・ジュールの機体の整備から自分を外
してください』って班長に頼んでた」
「なんで?」
「聞いてみたら、アカデミー時代、成績と母親が議員なのを鼻にかけて、派手にいじめし
てたんだって。年下で自分と競う成績で、父親が議員で性格のいい男の子がいて、なにか
と彼をいじめてたって。彼は大戦で戦死して、イザーク・ジュールはテロリストと馴れ合
って生き残った。シンもレイも、用心しろよ」
 いじめ、実はシンも受けたことがある。アカデミーに入学した当初、彼がオーブ出身だ
ということで絡まれた。『オーブから逃げてきたんだと。ホントにコーディネーターか?
ハーフコーディネーターって混じりもんじゃないのか』と言葉ではやされ、お決まりだが
トイレで絞められた。そのあとプラントの教育方になれ勉強のこつも掴んで成績がぐんぐ
ん上昇し、いじめていた連中より上になったら、ぴたりといじめは止んだ。
 地球各国でも、士官学校の卒業席次は出世の大きなファクターとなる。ザフトは階級が
ない軍隊、あるのは役職のみと言っているが、アカデミーの成績優秀者に特別な色の軍服
を与え、エリート意識を強調している。シンは赤服の成績で卒業した時素直に喜んだが、
ナチュラルから排斥されるコーディネーター間でものすごくエリートだ何だという争いが
あるのには、得心が行かなかった。オーブでも他の国でも、大学を出るときに上位10%
に優等賞が贈られたりするのが普通だったが、プラントではアカデミーや大学の成績席次
が一週間ごとに更新され、誰でも閲覧できるのだ。プラント人は他人より優れていること
に力点を置きすぎだと感じた。アカデミー時代レイに聞いてみたら「俺は他人より勉強や
スポーツが出来ることが遺伝子の優等を示すものだと思うプラント人の傾向は、好きでは
ない。遺伝子によって向き不向きがあることを、もっと受け入れるべきだと思う。俺は将
来の可能性のために一生懸命勉強しているだけだ」と答えられた。
 そんなことを考えていたところで、隊長の部屋に着いた。
 インターホンを鳴らし、レイが二人を代表して
「レイ・ザ・バレル、シン・アスカです。入室の許可をお願いします」
 と、ドアがスライドした。
 中には机に向かうアレッシィ隊長と白服を着た銀髪の青年、スタンバイ中でパイロット
スーツのルナマリアがいた。
 隊長が滑らかな動きで立ち上がった。
「揃ったので紹介しよう。こちらは今日付けでミネルバモビルスーツ隊に配属になったイ
ザーク・ジュール。君達より年上だが、同僚として対等に付き合うように」
 きつい目をしたイザーク・ジュールの目に、燃え上がらんばかりの憎しみが宿るのにシ
ンは気付いた。前大戦を生き延び、白服をまとう身で、初年兵と同じに扱われるのが不服
でならないのだろう。
「自己紹介を」
「はい。ルナマリア・ホークです。よろしく、イザーク・ジュール」
「レイ・ザ・バレル、以後よろしく」
「シン・アスカ、よろしく」
 イザークの冷たい青い目が三人をねめつけた。
「インパルスのパイロットは誰だ?」
「俺ですけど」
 偉そうな声色に、シンはちょっとむっとして答えた。隊長職にあったとはいえ、今はモ
ビルスーツパイロットとしてアレッシィ隊長のもと対等である。ザフトの考え方として、
軍服の色があらわす大まかな階級より、辞令が出た役割のほうが上だと、軍歴が上ならわ
かっているはずだ。それでも自己紹介ひとつせず、相手に問いただすというのは、よほど
今回の人事に不満があるのだろう。
「宇宙からインパルスの予備パーツを運んできてやったぞ。感謝するんだな」
 高慢な物言いに、更にシンは業腹になる。
「インパルスの予備パーツを作ったのはアーモリーワンの工廠の技術者達で、降下ポッド
に積み込んだのも、下ろしてミネルバに搬入したのも、あんたじゃないでしょう」
「--新米の癖に、生意気を言うな!」
 激昂したイザークに、アレッシィが柔らかい声音で、しかしきつい言葉をかける。
「シンの見解が正しいな。イザーク、君は口の利き方をもう少し考えるように。同僚に上
から見下ろすような物言いはよくない」
 シンはイザークの白皙の肌が屈辱に赤く染まるのを見た。
「スタンバイのシフト変更は入力しておいた。各自コンピュータで確認するように。では
持ち場にもどれ」

 
 

 カガリは部屋に戻るなり、頭からティアラをとって、床に投げつけた。
 ふかふかの絨毯がダイヤのティアラを優しく受け止めた。なぜこの部屋の床は大理石で
はないのだろう、大理石だったらキャシャーンと胸がすくような音がしたはずなのにと、
更にむかついた。
「アスハ家のティアラ、大事にしないとハウメア神の罰が当たるよ。とはいえ、今日は猫
かぶり、がんばったね、君にしては」
「あの女、晩餐会の間で20回はグラスのシャンパンをぶっかけてやろうかと思ったぞ」
頭から湯気を出しながら、カガリは銀色のハイヒールを放り投げるように脱いだ。
 オーブ代表カガリ・ユラ・アスハは五大氏族のひとつセイラン家の跡取りユウナ・ロマ
・セイランと結婚し、最初の公式訪問として大西洋連邦を訪れていた。首都のワシントン
で公式行事、そのあと大統領のはからいで高原のリゾートホテル一軒貸切の新婚旅行が予
定されている。戦争の最中に紐付き新婚旅行というのはカガリの好むところではなかった
が、同盟国である。相手の元首の厚意を無視できるほど、オーブの国力は強くない。
 肩からかけた勲章をむしりとって、これまた放り投げる。
「嫌味全開で、オーブは新興国で歴史がないのがおかわいそうだの、前大戦のお父様の政
策についてねちねち、オーブにどれだけの大西洋連邦の企業が進出してると自慢、あんな
に人から馬鹿にされたのは初めてだ!」
 カガリはローブデコルテを脱ごうと背中に手を回した。
「有能な弁護士のマシュー・コープランドは、政治的野心のために北米で知られた金属製
造業の社長の娘のナンシーと結婚しましたってね」
 カガリに手を貸しながらユウナが言う。大統領夫妻のプロフィールはカガリも書記官の
オチアングからレクチャーを受けて、知っていた。
「ナンシー夫人の兄が経営する会社の取引先の多くは軍需産業で、ってこと」
「ロゴスの手先があの女で、大統領は操り人形だってことか」
 カガリはなんとかローブデコルテを脱いで、下着姿で仁王立ちになった。
「そういうことは、ちゃんと事前に教えてくれ。それが夫の義務だろう」
「秘書官から事前に情報は教わっただろ。そこから考えるのが国を背負う者の仕事だよ」
 ユウナはそう言いながらメモになにやら書いてカガリに渡した。
『この部屋は盗聴されている。でも気にしないように。こちらがどこまで情報を持ってい
るか教えたほうが、相手は安心する。もちろん寝室の盗聴器は全部外させたよ、ハニー』
 カガリは顔色を変えたが、ここで妙なことを口走るほどにはもう子供ではない。オーブ
の国民のために、彼らの命を守るためなら、何だってすると決めたのだから。先ほどの晩
餐会でも、ナンシー・コープランドの言葉にむかつくたび、宇宙であったコーディネータ
ーの少年の憎しみに燃える赤い瞳が胸をよぎった。
「モルゲンレーテの技術に嫉妬しているのか、連合は」
『ウナギみたいな男だな、お前は』
 メモを返す。
「元プラント理事国は無重力でしか作れない特殊な合金を、完全にプラントに依存してい
たからね。オーブはヘリオポリスで作っていたわけだが。前大戦からその供給が途絶えて、
連合軍は月基地の近くに生産工場を作ろうとしていたけど、原料の金属を含んだ小惑星を
探してアステロイドベルトから引っ張ってくるだけで、2,3年はかかるからね」
 ユウナもタイを緩め、疲れたように首を振った。
「オーブは、ヘリオポリスを失くしたあと、ジャンク屋組合から金属を買っているんだっ
たな」
「そう。前の戦争で壊れた兵器が宇宙に沢山浮いてるからね。彼らはそれを集めて分解し、
金属の種類ごとに板金に戻して売っているわけだ。元は連合とザフトの資源だったわけだ
から、オーブが睨まれるのも仕方ない?」
「なら、連邦もジャンク屋から買えばいいことじゃないか。彼らは宇宙で危険を冒してデ
ブリを集めているんだから」
 カガリは冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターをだして、ぐびりと飲んだ。
「ジャンク屋組合からの売値が連邦とオーブじゃ違うのさ。オーブはマルキオ導師を昔か
ら保護している国だからね」
「ああ、そういうことか。義理堅い奴らだな」
「とにかく、気をつけたほうがいいことは沢山あるからね、小国は辛いよ。キミの友達の
ラクス・クライン、オーブに戻ってアスハの屋敷に滞在しているようだけど、様子はどう
だい?」
 訊かれてカガリの眉が曇った。
「ラクスは元気なんだが、彼女の恋人のキラが……。オーブ軍に志願して、先日のカーペ
ンタリア包囲戦に参加したあと、PTSD状態で引きこもってって。家族やラクスが話しても
医者に行こうとしない、自分の部屋から出ない、ほとんど口を利かない。心配しているん
だ」
 ユウナにはキラが双子の弟だと話してあるが、それを連邦に知らせる義理はなかった。
「ラクス・クライン、あのピンクのお嬢さまには注意したほうがいいよ、オーブのお姫さ
ま」
「ラクスはいい友達だぞ」
「彼女が母国プラントで武装組織を作り、ザフトから最新鋭の戦艦とモビルスーツを盗ん
でテロを起こしたのは16歳の時だよ。準備を始めたのは何歳の時なんだろうね。ほやっ
とした外見でおっとりした喋り方だからって、油断しちゃいけない。オーブに来てから外
国にまで歌を歌いに行ったのも、壊滅したプラントの組織の変わりに新しいテロ組織の細
胞を地球に作るため、と見られてもしょうがない人物なんだから」
 ユウナの言葉に、カガリはあっけにとられた。
「キミだって、ある日突然モルゲンレーテの工場から最新鋭の戦艦とモビルスーツが盗ま
れたら困るだろう」
「困るなんてもんじゃない! 国家反逆罪だぞ、それは!!」
「--だから、ラクス・クラインは生まれ故郷のプラントで一度それをやってるんだよ。
彼女にとってフリーダムのパイロットだったキラ・ヤマトは欠かせない人材だ。ジャステ
ィスのパイロットだったアスラン・ザラは今じゃ大西洋連邦のパイロットだからね」
 カガリは下着姿のままソファに腰を下ろした。生まれて初めて知り合ったプラント人が
今では、コーディネーター排斥派が主流の連合軍の一員。おそらく本人がブルーコスモス
思想に感銘を受けて、コーディネーターを殺す側に回ったのだろうと言われている。彼に
はオーブの、ナチュラルとコーディネーターが共存する世界を理解してもらえなかったと
思うと、少し悲しくなる。
「ラクスはアスハの家にいるから問題ないとして、キラの周囲に見張りをつけたほうがい
いな」
「ボクもそう思うよ」

 

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