クルーゼ生存_第14話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:16:31

「うちのモビルスーツを全部貸せだと、正気か、貴様!」
『当たり前だ。これは命令だ。貴官には従う義務がある。そこはわきまえているだろう』
「……むぅ」
 無線越しのネオ・ノアローク大佐の声に、司令官は黙り込んだ。建設中の基地の守りで
あるモビルスーツ隊を全部よこせと言われたのだ。対空砲がまだ完備していないから、30
機ものウィンダムを配備されているというのに、それを全部だと。馬鹿にするなと拒否し
てやりたいが、あの男の後ろについているものを考えると、それはできない。自分の地位
も命も大事だが、家族の安全も同じくらい大切だ。
「了解した。ウィンダム部隊に発進の準備をさせる」
『奇襲をかける。急ぐように』
 落ち着いているが、権力で押し付けてくる声に嫌悪感を感じたが、無線を切って、部下
に命令を出した。

 
 

「行くぜ、ステラ。ネオが呼んでる」
 強襲揚陸艦JPジョーンズの甲板で、ステラにちょっかいをかけた兵士たちをやりこめて、
アウルが言った。ステラはぱっと顔を明るくして応える。
「うん、戦争、楽しみ」
「今度は何機おとせっかなぁ」
 無邪気に見えるが、彼らがファントムペインの強化人間部隊のパイロットである。幼い
頃からの薬物コントロールと肉体的訓練により、コーディネーターと比較しても上位に入
る運動神経、反射神経を持っている。しかし身分としては実験動物で、家畜扱いのコーデ
ィネーター部隊よりは上だが、ナチュラルのパイロットたちには身分違いと蔑まれている。
彼らはそんなことは知らないし、気付くだけの認識力もない。自分たちが優れた能力を持
っていることに自信を持つようマインドコントロールされているし、自分の行動やネオの
命令--彼らにとって戦争は遊びであり、ネオは擬似的な親であった--に従うことに、
何の不信感も持たない。
 モビルスーツデッキに下りていったら、もう一人の仲間スティングとネオ・ノアローク
大佐が待っていた。
「ネオ」
 ステラはにっこり微笑んで、信頼する青年を見上げる。
「今回はステラは基地の護衛をしてもらう。頼んだぞ」
「?」
「ガイア、飛べねーし、泳げねーし」
「そういうことだな。大人しくしてろよ」
 年長のスティングが頭をなでてくれた。
「発進準備にかかれ」
 ネオ・ノアローク大佐が命令した。一回戦いに出すたびにメンテナンスが必要な面倒な
強化人間たちだが、現状では有効な兵器だ。ただこの使い物になる三人を育成するまでに
10年を超える年月と、巨額の費用がかかっている。ラボには有用な研究データが集まった
ので、これからはコストダウンできそうだが。ただ問題は彼らの『ブロックワード』だっ
た。何か命令を利かない、精神の壊れた状態の時に聞かせれば、沈静するはずのものだっ
たのだが、彼らにはパニックを起こす方向で働く。それを改善するのが、強化人間量産へ
の数少ないハードルだった。
 今日の獲物はミネルバということで、増援のウィンダムを借りた。あの船にはザフトの
最新型のモビルスーツが搭載されている。できれば沈めたい、倒せないまでもパイロット
の経験値を上げるには最適な相手だ。
 ネオのウィンダム、カオスが空に飛び出す。アビスは名前の通り、海に潜った。ガイア
は器用に水深の浅いところを走って、基地に向かった。ステラの頭上を、たくさんのウィ
ンダムが飛び上がっていった。

 
 

 敵襲が告げられ、インパルス、セイバー、バビが迎撃に舞い上がっていく。
「メイリン、水中用モビルスーツが相手にあるようなら私は海に入るように指示を受けて
るので、わかり次第連絡を」
「了解しました」
 ルナマリアは移動用のエレベーターに自分のザクを近づけた。
「確認しました。アビス一機が水中にいます」
「ルナマリア・ホーク、ザク、潜水します。リフト降下、願います」
 赤いザクが海に入っていく。
 もう一機の青いザクは甲板に残った。本来接近戦を得意とするスラッシュザクファント
ムなので、ルナマリア機の予備のオルトロスを借りている。空中戦を抜けてミネルバまで
接近してくるような敵がいれば、これで葬ることが出来る。
 イザークに自分に与えられた役割が妥当なものだと判断する頭はあったが、感情はそう
甘くはなかった。地球に降りる際に空中戦闘が出来る機体を希望した。それがかなえられ
なかった上、不愉快なことに新兵たちが最新鋭機で空を飛んでいるのだから。
 とはいえ、自分と船が生き延びるのが一番大事だ。イザークはザクにビーム砲を構えさ
せ、空を見た。
 接近してくるモビルスーツ隊はどう見ても30機はありそうだ。それを三機のモビルスー
ツで相手にしようというのだ。新兵達は先日のカーペンタリア攻防戦で戦果を上げ、イン
パルスのパイロットはネビュラ勲章の叙勲が決まっているという。イザークも持っていな
い、ザフトで最高の栄誉だ。それならナチュラルの量産機の20や30、落とせてあたり
まえだ。
「レイ・ザ・バレル、カオスをメインに相手しろ。シン・アスカ、あの紫色のウィンダム
が敵の指揮官機のようだ。あの機を中心にフォーメーションを組んで攻撃してくるだろう。
シミュレーターでやったように、私と連携を取って動け。イザーク・ジュール、ビームの
射程に入ったウィンダムには威嚇射撃を。ルナマリア・ホーク、海中での戦いは不利だが、
潜水艦とアビスを当たらせて、死角を取れるように動け。以上、行くぞ」
 アレッシィ隊長の指揮の下、ミネルバモビルスーツ隊は交戦に入った。
 ウィンダムはまだ練度が低いのか、いい動きをしている機体のほうが少ない。シンはと
にかく相手の数を減らそうと、ビームライフルでウィンダムを撃破する。数機落としたと
ころで、相手は隊長機を中心に3機でフォーメーションを組んで接近してくるようになっ
た。ビームが雨あられと降り注ぐが、なんとかかわして攻撃に持っていく。
 いける、とシンは思い、戦いに集中した。
 その時、水中でずうんという鈍い音が響いた。潜水艦がアビスに撃破されたのだ。カー
ペンタリア出港にあたって、水中用モビルスーツの追加がなされなかったのが残念でなら
ない。そのあたりの兵器配分のことなど、シンのような初年兵の知ることではなかったが。
 アレッシィもかなりのウィンダムを撃墜していた。レイはお互い高い火力とモビルアー
マーに変形する高速飛行機体ということで、互角の戦いを見せていた。時々邪魔になるウ
ィンダムを落としながらだから、レイのほうが余裕を持って戦えているということか。
 残ったウィンダムは隊長機に上手く操られる腕を持った連中ばかりだった。
「隊長機は私が押さえる。シン・アスカは他の機体を落とせ」
 言葉の通り、アレッシィは紫のウィンダムと戦闘状態に入り、隊長機として指示を出し
ていられない状態にした。そうなればあとは少々腕が立つといっても知れている。
 シンがのこりのウィンダムを片付けた時には、隊長と相手の隊長機が一対一でやりあっ
ていた。さすがに相手も巧みだ。お互い相手の動きの一歩先を読んで戦っているように見
えた。
「シン・アスカ、ここはいい。レイ・ザ・バレルの援護に向かえ」
「了解!」
 セイバーとインパルス二機で立ち向かえば、カオスを落とすことは難しくないはずだ。
もともとザフトの機体なのだから、できるだけ損傷を少なく、機体を回収したい。カオス、
アビス、ガイアの三機が強奪された時アーモリーワンにいたし、この三機もミネルバに搭
載される予定だった。ザフトのために、取り戻したい。
 モビルアーマー形態でやり合っているカオスとセイバー。シンは後ろから援護射撃をす
る。レイはそれを知ってモビルスーツ形態をとり、カオスに組み付こうとしたが、相手も
さるもの、もうすっかりカオスを手の内に入れている。ほんのちょっとで交わされて、捕
獲もできなければ、シンの狙撃も直撃はしなかった。
「撤退か?」
 レイの声。
 紫色のウィンダムも牽制弾を打ちながら後退していく。
「待て!」
 シンはインパルスを駆って、追いかけた。
「止せ、深追いはするな」
 言いながら、レイが付いてくる。
 敗走する二機のモビルスーツの先に、動物型のモビルアーマーが見える。ガイアだ。
 そしてガイアの背後には、管理塔、滑走路、多くの格納庫が見える。連合軍の基地だ。(こんな、カーペンタリアに近いところに基地があったなんて)
 よく見るとまだ建設中らしく、労働者が働いている。
(ん?)
 違和感を感じたのは、その労働者達が工兵の作業服を着ていなかったからだ。そして基
地の柵の外には沢山の女子供が心配そうに見守っている。
(あいつら、民間人を徴用している!!)
 シンの頭に血が上った。彼が軍人になった理由のひとつ、民間人は戦争に関わりなく命
を守られるべき存在というのに、この連合軍基地は真っ向から歯向かっている。
 現地住民を徴用して働かせ、銃で監視するとは、なんという非道なことを。
 インパルスという力が自分にあることを感謝した。そして基地の司令塔を、倉庫や滑走
路を破壊する。さっきのウィンダムはこの基地のものだったのだろう。インパルスの出現
に怯えたのか、作業に動員されている男たちが、柵の隙間を縫って逃げ始めた。そうした
ら、連合軍の兵士はその民間人に発砲した。威嚇射撃ではない。血を流して倒れる男たち。
「なんてことをするんだぁ、お前らは!!!」
「シン、止めろ。この基地を破壊する命令は下りていない。隊長に報告、隊長と艦長が話
し合ってからでないと、攻撃するかどうかの判断は下りない」
 いつもと変わらず冷静なレイの声だが、シンにはまったく聞こえていなかった。
 バルカンで民間人を射殺していた兵士達をなぎ払う。
 インパルスの力を持ってすれば、基地を覆っている柵など、簡単に抜くことが出来た。
インパルスが自分たちを攻撃する意図はないとさとった民間人たちは基地から脱出し、家
族と抱き合って喜んでいた。その姿を見て、シンは軍人になってよかったと心から思った。

 
 

 レイ・ザ・バレルはミネルバに戻ってから、アレッシィ隊長にシンの勝手な判断での行
動について報告した。ヤキン・ドゥーエで死んだはずのラウ・ル・クルーゼとよく似た感
覚をレイに味合わせる上司、しかし二人きりで話したのは初めてだった。身長はラウと同
じくらいだが、体格はアレッシィがひとまわりいい。話し方はラウほど持って回ってなく
て、すっぱりと切り込んでくる鋭さがある。
 とはいえ、地球軍の紫のウィンダムのパイロットからも、似た感じを受けているので、
少々レイは混乱していた。この感覚は血族特有のもので、相手を感じることが出来るのだ
と言われて育った。とはいえその感覚を共有していたのは、ラウ・ル・クルーゼ一人だっ
たのだ。新たに二人、似た感覚を覚えさせる人物。一人が連合軍の人間というのは、それ
なりに得心が行ったが、もうひとり、アレッシィ隊長はザフトの軍人である。もしかして
ラウ?とこれまで何度も思ったが、つけているトワレも、使っているシャンプーもラウの
好みの香りではなかった。女心をそそるタイプの品で、彼が下品だと嫌っていたタイプの
ものだ。ただ彼がフェイスであり、自分よりギルバート・デュランダル議長に近いという
事実がある。そしてレイはアカデミー時代からシン・アスカについてギルバートにレポー
トを送っているが、おそらく彼はアレッシィからもシンとミネルバ全体について報告を受
けているように思われる。
 レイは考えるのに疲れて、自室に戻った。
 部屋ではシンが嬉しそうに死んだ妹の携帯電話をいじっていた。

 

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