クルーゼ生存_第41話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:41:01

「あなたもくる?」
 グラディス艦長に声を掛けられ、シンは「はい、いきます」と答えた。レイはミネルバ
到着と同時に医務室に運ばれていたし、テントが張られて艦長や隊長たちが話をしていて、
施設の中には防護服を着た作業員が入っていった。
 こうなるとモビルスーツパイロットは仕事がない。
 一行が艦長、隊長、副長と偉い人ばかりなのがちょっと窮屈だが、あの子供の標本があ
った施設を見てみたかった。連合のエクステンディッド、アーモリーワンから三機のモビ
ルスーツを盗んだ――ステラたちの噂は聞いていたし、もしかしてここが研究施設かと思
うと興味が湧くとともに、胸がきゅっと締められる思いがした。
 空気に危険はないが悪臭がひどいと聞いたので、シンはヘルメットを外して他の三人と
同じく作業班からマスクを借りた。
 レイと二人で降りて行った階段を下りる。作業班が自家発電装置を復活させたそうだ。
 皓々とした明かりの中、子供のホルマリン漬けの瓶のガラスが煌めいた。そしてさっき
は気付かなかったが、机に突っ伏して死んでいる人がいるようだ。
「ここでは人が殺しあったようだ。かなりひどい死体もあるようだ」
 隊長の言葉にな何の乱れも感じられなかった。自分だってインパルスで敵の軍人を沢山
殺してきた。今更死体に怯えるものかと思う。しかし椅子に座っている死体が首を切り裂
かれ、頭がもげんばかりになっていたりするのを見ると流石にショックを受けた。マスク
をしていなかったらどれだけの悪臭なのだろう。
 先に進むと壁に磔にされた男。沢山のナイフが刺さっている。よほど憎まれていたのだ
ろうか。足元にはスモックを着た幼女の死体、マシンガンで蜂の巣にされていた。
「子供と大人が殺しあったあとだそうよ」
 マスクでくぐもった艦長の声。
 廊下のそこここにリンチにあって殺されたような大人の死体、銃火器で始末されたよう
な子供の死体が転がっていて、シンは右手だけになったマユと蒸発した両親を思い起こし
た。早く部屋に帰ってマユの携帯の中にある幸せだった時代の写真を見たい。
 だがまだ任務中だ。
 先の部屋はこれまでより一段と大きく、中に入ると幼年から少年の標本と脳の標本で埋
まっていた。
(ヒッ)
 マスクの中でシンは声をあげてしまった。どうやらトライン副長も同様らしい。
 ここに来るまで標本も死体も見た。しかし圧倒的な量で人間を物扱いした標本が迫る。
この部屋に五分いるくらいなら、一回不利な戦闘に出たほうがましだとシンは思った。
 おそらく連合がエクステンディッドを作るための人体実験の犠牲となった子供たち。ザ
フトには、薬物で筋肉や神経速度を強化された人間らしいと伝わっていたが、ここまで大
規模な人体実験をしていたとは、上層部も思い及ばなかったのではないか。シンの正直な
感想だった。
「こういう施設、ひとつではないでしょうな」
 隊長の声にびっくりした。
「……そうね。リスクマネージメントを考えると連合の本拠、大西洋連邦にもあると考え
るのが自然だわ」
「同感です。ここでは被験者の子供達が反逆を起こして殺しあったように見える。まあ、
調べてみないと分からないことですが。ディオキアからの調査班はすぐに来るのでしょう
な」
「あ、手配しました」
 青い顔で副長が言う。
「このサンプルはジブラルタルでも欲しがるでしょうね」
 シンは艦長の冷静さが少し怖かった。

 
 

 施設から出て、自室に駆け込みたかったのだが隊長から医務室に健康診断に行くように
言われた。同行していたレイが倒れたので、念のためだと言う。こればかりは仕方ないし
レイも心配だしで、シンはミネルバの医務室に向かった。
 その途中、トライン副長が森の中に走りこんで体を丸めているのを見た。気持ちはわか
る。副長は前大戦はプラントの軍本部勤務だったそうだから、人の死体をはじめて見たの
だろう。シンだって連合の兵士を屠って生きてきたわけだが、家族のことがなければ今回
の体験はトラウマになったかもしれない。
 看護士のヴァレンティナに血液検査用の血を取られて、気分が悪くなったりしなかった
か聞かれ、今度のことで何か思うことがあったらいつでも相談にいらっしゃいと言われた。
レイはと聞くと、もう少しこの部屋で休めるということだった。
 更衣室で制服に着替えて、自室に戻る。
 一人きりの自室でマユの携帯をいじって二年前に死んでしまった家族の写真、二年前の
自分の写真をスライドショーする。これは何かあったときのシンの癖になっていた。アカ
デミーのカウンセラーには家族の遺品や記憶と一歩距離を置くようにと指導されたが、シ
ンはそう上手く大人になれないでいた。出撃の後彼を迎えてくれるのも、ステラが連合の
エクステンディッドらしいとわかった時も、妹の携帯電話が彼を支えてくれた。
 ごろりと横になって思い出に浸っていた時、エマージェンシーコールが響き渡り、部屋
の電話が鳴った。
「シン・アスカです」
「私だ」
 隊長からだった。
「敵モビルスーツ一機、ガイアと認識、が接近中だ。施設の破壊のためにやってきたもの
と思われる。インパルスと私のバビで応対する。できるな?」
「はい、やります」
 パイロットスーツに着替えている暇はない。ありがたいことにここは地球だ。制服のま
まミネルバを出てインパルスに乗り込む。
 ブリッジオペレーターのアビーがガイアに関する情報を教えてくれた。
 メイリンの甘ったれたような声が懐かしいが、彼女は病気なのだ。替わりのオペレー
ターが冷静でしゃっきりしたアビー、対照的で気が楽だ。
「シン・アスカ。インパルス発進します!」
 フォースシルエットのままだったので、地力で宙に舞い上がることができた。ミネルバ
を見やると隊長のバビが発進したところだった。
「相手はなにか爆発物を持っている可能性がある。爆散させずに倒す。元々ザフトのモビ
ルスーツだ。私が上空から援護するから、お前は接近戦にあたれ」
 隊長の指示を聞いていると、黒い獣の形をしたモビルアーマーが木をなぎ倒しながら接
近してくるのが見えた。
「戦うにはあの形態では不利だ。木の高さで視界が遮られる。モビルスーツ戦になるぞ」
「了解!」
 ガイアの実力を侮るわけではないが、数的にこちらが有利だし上空と地上から攻撃でき
る。そしてなにより、ガイアのパイロットと思われるステラを殺す命令が出なかった。シ
ンは落ち着いて戦えと自分に言い聞かせた。
 少しでも施設から遠くに戦場を設定するため、シンもアレッシィもガイアに威嚇射撃を
しながら近づいていった。ガイアのモビルアーマー形態のしなやかな動きが木に邪魔され
て、鈍っている。確かに隊長の言うとおりこれはチャンスだと思った。
 バビの射撃に参ってか、ガイアはモビルスーツに変形した。すかさずシンはビームサー
ベルで切りつける。盾を持たないガイアは何とかよけて交わしたが、そこに上空からバル
カンが打ち込まれた。シンは自分に有利になった時間を生かした。ビームーベルでガイア
の右腕を切り飛ばしたのだ。これでモビルアーマーに変形はできない。
 あとは片足を切れればとシンは思う。爆薬の可能性と乗っているだろうステラのことを
考えると、胴体には傷を付けたくない。同じセカンドシリーズのモビルスーツだが、援護
があり片手を落とした今、インパルスが圧倒的に有利だ。
 ガイアは左手にビームサーベルを持って、インパルスに対峙する。
 相手は自分のコクピットを狙ってくる。シンはそう読んでインパルスのスラスターをふ
かした。タイミングを外されたガイアのサーベルが空を切り、シンは降下しながら相手の
左足を切断した。
 どうと大きな音を立ててガイアが倒れる。機体はこれで確保できた。あとはパイロット
を……。
 ガイアの黒いコックピットが開くと金髪の連合の制服のようなものを着た少女が姿を見
せた。
 ステラだ。
 少女はするするとガイアから降りると、森の中に逃げ込もうと走り始めた。ピンク色の
スカートが揺れる。
 止めなければ。
 シンはコクピットをあけて、ステラに――生まれて初めて淡い恋心を抱いた少女に――
銃口を向けた。足、左足を狙う。時間が立てばたつほど、狙うのが難しくなる。今撃たな
ければ!
 決意とともに引き金を引いた。硝煙の匂い。そしてステラが倒れる。まだ立ち上がって
逃げようとするのを見て、シンもラダーで地上に降り立った。
 太腿から血を流しながらもまろびつつ逃げようとするステラを、追いかける。男女の走
力の違いもあって簡単に追いついた。
「ステラ! 大人しくして!!」
「いやぁ、はなしてぇ!!!」
 獣のようなステラの声。
「ディオキアで会っただろう、シンだよ。怪我させてごめん」
 返事代わりに頬を引っかかれた。力任せに抱き寄せ、しばらく格闘した後やっと抱き上
げることに成功した。
 ステラの左太腿、シンが撃った傷からはかなりの血が出ている。動脈は外したつもりだったが。その血が彼の制服を通して肌に触れる。
 ステラが死んでしまう! 一瞬シンはパニックに陥った。
「誰でもいい! ステラを助けて」
森の中、彼の悲痛な叫びを聞いたものは誰もいなかった。

 

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