クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第014話

Last-modified: 2016-02-14 (日) 01:32:08

第十四話 『アスラン』
 
 
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カガリは、なにもかも、わかっていた

自分が理想主義者と陰口を叩かれていることも
18才の国家元首が、どれほど軽く見られるのかということも

前大戦からの二年間は、目の回るような忙しさだった
父を失い、国土が疲弊したオーブを建て直し、
なれない政治に身を任せた二年間。心の休まる時など、数えるほどしかない
あの時は、16才だった。ハイスクールの生徒と同じ年齢だった
青春はただ戦火と共にあり、それが終われば政務に追われた

アスラン・ザラと過ごす時間だけが、なによりも心休まる時だった
おおっぴらに腕を組んだりすることなどできはしないが、
あれは確かに恋だった。

しかし今、自分は結婚しようとしている
政治のために。
オーブで有力な力を持つセイラン家と婚姻することは、
これから国を運営していく上で確かに大切なことだった

結婚の宣誓を聞く。隣ではユウナが、勝ち誇った笑みを浮かべている

(アスラン・・・・)

今夜は望まぬこの男に抱かれるのだろうか
そしてこの男の子供をはらみ、産むのだろうか
それを政治と割り切って、自分はこれからも生きていくのか

(なんか・・・・疲れた)

亡き父が信じた、オーブの理念を守り続けること
それはいったいなんだったのだろうか

同い年のハイスクールの生徒たちは、なんの気兼ねもなく恋をしているのだろうか

カガリはぼんやりと空を見上げた
二機のMSがこちらへとやってくる
それはザフトのMSと交戦を始めた

まるで他人事のように、カガリはそれを見つめていた

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ガッ!

ヴァサーゴに向かおうとした、DXが吹き飛ばされた
アシュタロンに後ろから蹴飛ばされたのだ

「なっ・・・・・! オルバ! てめぇ・・・・ッ! 裏切るのかよッ!」

ガロードがアシュタロンに通信を入れる
しかし、ヴァサーゴが現れた瞬間、予想できたことでもあった

『裏切るもなにもない。僕は兄さんを傷つけるヤツは許さない・・・ただそれだけさ』
「んの野郎!」
『ガロード、やめたほうがいいよ。今ここで戦闘する必要はない。僕を黙って行かせるんだね』
「そんな勝手・・・・・ッ! くそッ!」

ガロードはDXのハイパービームソードを抜いたまま、空中で静止した
確かにこの状況下で戦闘をやれば、民間人やカガリに被害が出かねない

オルバのアシュタロンはそれをあざ笑うかのように、ヴァサーゴのところへと飛んで行った

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オルバはヴァサーゴを見た瞬間、思わず泣きそうになった
他人が乗っていることなど考えられもしない
あれは間違いなく、兄、シャギア・フロストが操縦するヴァサーゴである

これまで兄弟二人だけが持つ感応能力で何度か呼びかけてみたが、
反応がなかった。そのためもしかしたら死んでしまったのではないかと思ったりもしたが、
こうして無事に会えたことが本当に嬉しかった

「兄さん!」
感応能力で呼びかけても相変わらず反応がないので、ヴァサーゴに通信を入れる
『誰だ・・・・・?』

しかし返ってきた答えは、不明瞭なものだった
確かに声は兄・シャギアのものだが、まるで他人に対するような声をしている

「兄さん、僕がわからないのかい、兄さん!?」
『兄さん・・・・? 私には弟がいるのか・・・・? クッ!』

ドシュゥン! ドシュゥン!

ルナマリアの赤いザクと、換装したブラストインパルスが空中のヴァサーゴめがけてビーム砲を放っている
上空に向かって砲撃した方が、地上の被害は少ないとしての判断だろう

『すまないが、君。私にはやらねばならないことがある
  少し後にしてくれないか?』
「あ、後にしてくれだって!? 本気で言ってるのかい、兄さん!」
『私には、命に代えても守らねばならない人がいるのでな
  ひとまずその人の望みをかなえた後、君とはじっくり話し合いたい』
「な・・・・・な・・・・にい・・・・さん・・・・?」

オルバは思わずアシュタロンのコクピットで呆然とした

その時だった。距離が相当近づいたせいなのか、わずかながらシャギアのイメージが頭に流れ込んでくる
ピンク色の髪をした女性。それが、傷ついたシャギアの看病をしている
同時にシャギアの優しい気持ちが流れ込んできて、それが命に代えて守るべき人だということがわかった

「にいさん・・・・どうして・・・・?」

オルバのアシュタロンは空中で静止していた。頭が混乱している
どうすればいいのかわからない
こんなことは初めてだった

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二機のMSの乱入により、結婚式は大混乱となった
特に舞い降りた一機のMS、フリーダムは次々とオーブのMSを戦闘不能に追い込むと、
凄まじい速さで結婚式場に向かってくる

「フリーダム・・・・・。あいつ・・・あいつぅぅぅッ!」

シンの脳裏によみがえる記憶。
オーブでのMS戦に巻き込まれ、シンの家族は死んだ
そこで戦っていたMSのうちの一機が、フリーダムだった

『シン、油断するな。俺とルナで支援する』
『そうよ、ガロードがあの赤いガンダムを押さえてるうちに! ・・・・・・相手は前大戦の英雄なんだからね!』
ルナとレイから、同時に通信が入る

シンは沸騰しそうになる頭を、どうにかして抑えた。感情のまま戦って勝てる相手じゃない

「砲撃戦のブラストインパルスじゃ不利だ! ミネルバ、ソードシルエットを射出してくれ!」
『了解・・・! でも、アスハ代表にはくれぐれも危険がないようにしてください!』
メイリンの叫び声が聞こえる
「わかってるよ、そんなことは!」

シュン!

即座にソードシルエットが射出され、こちらにやってくる。シンはブラストシルエットを人気のない場所へ放棄すると、
ソードシルエットと合体。即座にレーザー対艦刀のエクスカリバーを抜いた

足下ではオーブの要人たちが逃げ回っている。インパルスは人のいない丘へ移動すると、
胸部バルカンでこちらに向かってくるフリーダムをけん制した

「なにが目的か知らないけど・・・・あんたみたいなヤツを許すわけにはいかないんだーッ!」

目論見どおり、フリーダムがこちらに向きを変える
ただ、それだけの動きだった
ただそれだけで、シンはなぜかこの機体には勝てないと思ってしまった

(な・・・・なにを考えてるんだ俺は!)

勇気を振り絞り、こちらにやってくるフリーダムめがけ、エクスカリバーを振り下ろす

手ごたえなし。フリーダム、いない。後ろ。振り向く。迫り来るビームサーベル

ガシュゥゥン!

インパルスの左手が吹き飛ばされた。エクスカリバーを右手で握っていたため、まだ戦えるが、
わずかな戦いでシンは確信する。相手との腕の差を

「だからって・・・・負けて、いいのか?」

自分に問う。前大戦で圧倒的な力を振るい、戦争を終結させたフリーダム
しかしそれが英雄と称えられるために、どれほどの命が犠牲になったことか
そう、あのフリーダムの足下には、大量の死体が積み上げられている
その中には、シン・アスカの家族も

思い出す。あの日のこと。戦闘に巻き込まれ、両親と妹のマユが無残に死んだ日のこと

ぱぁぁん・・・・

不意にシンの頭で『なにか』がはじけた。同時に頭の中がクリアになっていく
集中力が異常に高まり、MSとまるで一体になったかのような感覚を覚える
敵が誰だろうと、負ける気がしない

「フリーダムッ! うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

インパルスが再起動した。左手を失ったまま、しかし凄まじい操作技術で、フリーダムに迫る
フリーダムもビームサーベルで応戦するが、

ドシュゥゥン、ドシュゥゥゥン!

レイとルナのザクから放たれるビームで、フリーダムはインパルスを押し切ることができない
インパルスはその隙をつき、より速く、より正確に、右手だけでエクスカリバーを繰り出した

『凄い、シン! フリーダムを押してるじゃない! もう一息よ!』
ルナマリアの声も今は遠い。シン・アスカは、ただフリーダムを倒すための剣と化していた

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「んだよ、クソッ! わけわかんねぇ! なに考えてんだよシャギアッ!」

バシュゥゥン! バシュゥゥン!

DXはバスターライフルを放つも、それらすべてがシャギアのヴァサーゴにかわされてしまう
本来なら命中率の高いGハンマーでなぎ払いたいところだが、
そんなことをすれば民間人にも被害が出ることは間違いなかった

それにしても奇妙なのはオルバのアシュタロンだった
てっきり即座にシャギアのところへと走るのかと思ったが、
いきなり空中で急停止し、そのまま静止している
DXとヴァサーゴの戦いに加わる様子もない

「おまえらが結婚式になんの用だってんだよッ! わけわかんねぇ!」

バスターライフルを収納し、ハイパービームソードを再び抜き放つ
一気に距離をつめ、斬りかかるが、すんでのところでかわされた

(クソッ、認めたくねぇけど・・・やっぱこいつ強ぇぇ!)

ガッ!

ヴァサーゴのクローが伸びてくる。DXはシールドでそれを防ぐが、クローはシールドをもぎとってしまう

(避難はまだ終わらないのかよ!)

足下を見る。混乱状態はまだ続いており、人々は依然として逃げ回っていた
カガリもユウナも確認できる
これではブレストランチャーなどの広範囲をカバーする実弾系は使えないし、
バスターライフルなどもやや上空を狙っての射撃しかできない

「畜生、帰りたくなって来たぜ・・・!」

DXは右手にビームソードを握ったまま、左手でバスターライフルを引き抜くと、そのまま放った

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赤い戦闘機が空を飛んでいく。それは正確には戦闘機ではない
セイバーガンダム。
インパルスと同時期に製造された、ザフトの最新鋭機である
アスランがザフトに復帰することを告げると、デュランダルからこれを託されたのだった
今、アスランはオーブに駐屯するミネルバに合流すべく、地球に戻ってきているところだ

「なにが起こってるんだ・・・・なにをやってるんだ、キラ!」

セイバーのモニタに映し出される映像を見て、アスランは歯噛みした
オーブが提供する、テレビ中継である
なんとカガリの結婚式場で、インパルスとフリーダムが大立ち回りを演じているのだ
その上、DXやザクも戦闘に参加している。謎のMSもいた

アスランからすれば、意味不明なことこの上ない光景だった

「カガリ・・・!」

オーブが見えてくる。最速で飛ばしたので、もうまもなく結婚式場につくだろう

オーブからプラントへ行くとき、アスランはカガリへ指輪を渡していた
自分の気持ちを込めた指輪だった
本当に、なんのしがらみもない男女だったら、それは求婚の指輪となったのだろう

しかし心のどこかで、アスランは知っていた。自分とカガリは立場が違う
決して結ばれることなどないだろう
急に決まったユウナとカガリの結婚を知ったとき、どこかで自分は納得してしまった

やはり結ばれることなどなかったのだ。
愛だけではどうしても縮められない距離があって、それが二人の間に横たわっている
映画のようにそれを乗り越えていけるほど、現実は優しくない

(でも・・・・せめて、守ってみせる・・・!)

セイバーが風を切っていく。大混乱の結婚式場が見えてきた

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突如乱入したMSのおかげで、結婚式はぶち壊しになった
カガリは花嫁衣裳のまま、空を見た

避難を求める人々の怒号も、MSが戦闘する音も、なぜか気にならなかった

「キラ・・・・・」

なぜ弟のキラが、フリーダムで結婚式場に入ってきたのかはわからない
そのフリーダムは今、ザフトのインパルスと激しい戦いを繰り広げている

「カガリ、早く逃げるんだ! カガリ!」

未来の夫、ユウナが叫んでくる
カガリは振り返る気さえ起きなかった

このままなにもか終わってしまえばいい
そうすれば今感じている苦しみも悲しみも、消えてしまう

「アスラン」

いとしい人の名をつぶやいた。キラではなく、アスランがやってきて、自分をさらっていけばいいのに
それから駆け落ちして、オーブの国家元首としてではなく、ただの平凡な女として生きていけたらいいのに

決して口にできない夢を想う

わかっていた。それは現実にならない夢
父が託した国を見捨てて、自分だけが幸せになることなどできはしない
だからこの結婚も受け入れた

「アスラン」

それでもまたつぶやいた。気づけばまた泣いていた
戦闘が続く空はただ蒼く、どこまでも広がっている

不意に、天空から赤いMSが現れた
涙でにじんだ視界のせいで、よく見えない

「カガリーッ!」

MSはカガリの前に降り立つと、コクピットハッチが開く
アスランがコクピットにいて、MSの手をカガリの前に差し出してくる

きっとこれは夢だと思いながら、カガリはMSの手に飛び乗った

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戦場に乱入したアスランは、真っ先にカガリを見つけると、そこに舞い降りた

花嫁衣裳を着た彼女はとても綺麗で、状況が状況なのにも関わらず、思わずどきりとしたほどだ
しかし気を取り直し、カガリの安全を確保すべくセイバーを着地させる

「カガリーッ!」

コクピットハッチを開け、セイバーの手を伸ばすと、カガリは花嫁衣裳のままセイバーの手に飛び乗った

「アスラン・・・・どうして?」
「カガリを放っておくわけにはいかないだろ? 結婚式なんて、みたくないけど・・・・」
「ああ・・・・私も・・・・これがおまえとの結婚式なら・・・・・」

カガリがそうつぶやきかけた。アスランは構わず、セイバーの手にカガリを乗せたまま、
そのまま同じようにコクピットへ導こうとした

その時だった

ドシュゥゥゥゥン・・・・・・・

どこからか放たれたレーザーが、セイバーの手のひらをかすめて行った。

レーザーが通り過ぎた後、カガリがいたはずのそこは、かすかな焼け跡を残し、なにも残っていない

カガリが頭にかぶっていたベールが、ひらひらと舞い上がって、
コクピットにふわりと舞い降りる。アスランは呆然としたまま、それを拾い上げた

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夢を見た

平凡な教会。たくさんの仲間
そこを互いに手を取り、歩いていく二人の男女

「なぁ、アスラン」
花嫁衣裳のカガリが笑う

「なんだ、カガリ?」
同じように花婿の姿をした、アスランも笑う

「幸せにしてくれよ」
「わかってるさ」

そんなやり取りをして、教会へ歩いていく

「二人ともお幸せにねー!」
マリューの声
「まったくしまらない顔をして・・・まぁいい! こんな時ぐらいは祝ってやる・・・」
イザークの声
「グゥレイト! たくさんがんばって、たくさん子供作れよ!」
ディアッカの声。周りから笑い声が起き、カガリはかすかに顔を赤らめた
「アスラン」
教会の前で、キラが待っていた。それから手を差し伸べてくる
「キラ」
アスランもそれを握り返した

「カガリをよろしくね。ちょっと手がかかると思うけど」
「ちょっとじゃないさ、キラ。かなりだ」
アスランが言う。
「な、なにを言ってるんだ!」
カガリがぽかぽかとこちらを叩いてきた

また笑い声が起こる。アークエンジェルクルー、ザフトの仲間たち
たくさんの人に祝福される

幸せな結婚式は続いていく
カガリとアスランも互いによりそい、教会に入っていく

それはいつか見た夢
カガリが国家元首になる前、互いに語り合った本当にたわいもない夢
ただの男女なら、かなえられたはずの平凡な夢

それは夢で、幻になり、消えた

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「あ・・・・・ああ・・・・・?」

アスランは呆然としたままカガリの頭にあったはずのベールを見つめる

カガリが死んだ

涙も出ない。なにも考えられない。時は巻き戻せない。リセットボタンなどない

カガリが死んだ

なにが起こったのかわからない。どういう状況かもわからない。突然すぎる

カガリが死んだ。カガリが死んだ。カガリが死んだ。カガリが死んだ

悪い夢だろうか。それとも罰だろうか。なにか自分は悪いことをしたのだろうか

カガリ・ユラ・アスハが死んだ。アスラン・ザラの目の前で死んだ

『ヒャハハハハハハハハハ!!! みなさーん、こんにちわー! 幽霊でーす!』

カガリが消え、呆然としている観衆へ、不愉快な声が響き渡る

アスランは呆然としたまま声がした方を向いた。ブリッツカスタムがそこにいた