クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第055話

Last-modified: 2016-02-17 (水) 23:56:27

第五十五話 『天命か』
 
 
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ムウは、マリューやロアビィと共にオーブ宮殿に入った
政務の方は、旧オーブの官僚たちがほとんど引き継いでいるらしい
それにシーゲル・クラインの薫陶を受けた官僚たちが何人か、オーブにやってきていた
前大戦以降、地下にもぐっていたらしいが、ラクスが立つと同時に集まってきたようだ
そのおかげで、今のところ政治的な問題は出てきていない

(見事な手並みだねぇ)

ムウは心中で嘆息する。こうもたやすく、国というのは乗っ取れるものなのか
クーデター以後、キラの代表就任に反対する声はほとんどない
自分がオーブ軍一佐に任命されるなど、他のクルーがオーブ軍の高位についたことについても、
反対する声は無かった

そして、ラクスに対して非難がましい想いを抱いているムウ・ラ・フラガがいる
なぜだろうか。昔はもっとさっぱりと、ラクスを信じていたような気がする
今の自分はなにか、無理矢理この状況を納得しようとしている気がした

なにを迷っているのかと、思う。そんなことをしていれば、またクルーゼが自分を笑うだろう
気を引き締めて、会議室に向かった

中に入ると、キサカやソガといった元からのオーブ軍人が席についている
少将に任命されたバルトフェルドもとっくに席へついていた。他のアークエンジェルクルーなども同様だ
ただ、キラの姿は見えない。ラクスもだ

ムウは席につきながら、隣に座っているシャギア・フロスト二佐に話しかけた

「おい、キラとラクスはどうした?」
「ついさっき、体調が急変して病院に運ばれた。だが、ラクスは会議に出ると言ってきかないらしい」
「そうか」

ラクスは暗殺されかけたせいで、かなり体を悪くしているらしい
一時期に比べれば持ち直しているものの、ナチュラルならばとっくに死んでいるような毒を飲んでいた

それでもなお、彼女は会議に出ようとする。細かい理屈はともかく、彼女の平和を願う気持ちは、美しく強いものだった

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何度、言っても聞かない。キラは少しため息をついた

「ラクス。そんなに僕が信用できないの?」
「・・・・・そういうわけじゃ、ありませんけど・・・・・」

ラクスが少し困った顔になった。昔に比べれば彼女の血色はよくなったが、
それでも健康だった時に比べれば悪い。体重も戻っておらず、両手はまだ骨が浮いていた

「じゃあ大人しく寝ててよ。会議は君なしでもどうにかなるから・・・・」
「そういうわけには参りませんわ。わたくしにも、責任がありますもの
  皆に戦うと呼びかけて、わたくしだけが後ろにいて・・・・それでは、誰も納得しませんわ」

また水掛け論だった。やはりこうなるとラクスはてこでも動かない
キラは医者や看護婦たちに出て行くように言うと、病室に置かれてある引き出しに手をかける
中には、彼女が愛用している黒い着物が入っていた

「わかったよ。ほら、ラクス。大人しくしててね。着替えさせてあげるから」
「それぐらいできますわ・・・・あ!」
「嘘を言うんじゃないって。ちょっと動くだけでも苦しいはずだよ、君は」

問答無用でラクスのパジャマをはぎ取る。ズボンも容赦なく脱がした
彼女は抵抗などしてこない。意地を張っているが、体調が悪いのは事実なのだ

着物を着せるのにはてこずったが、ラクスの助言もあってどうにか着替えさせることに成功する
それが終わると、彼女はよろよろと立ち上がろうとした。キラは見ていられず、お姫様だっこの要領で彼女を抱き上げる

「キラ・・・・・」
「このまま、オーブ宮殿まで行くよ」
「それは・・・・」
「嫌なら、置いていくからねラクス」
「もう、意地悪ですのね? わかりましたわ、騎士様。ちゃんと護衛してくださいましね?」
「了解しました、姫様」

キラがそう言って笑うと、腕の中でラクスもくすっと笑った

本当にラクスを抱きかかえたまま、キラはオーブ宮殿に向かった
車の中でも、離さない。ラクスは降ろして欲しいと何度か言ったが、きかなかった

「ラクス。僕は二度と離さないよ、君を」

車から降りたとき、キラはそっとラクスにささやく
ラクスはちょっと弱々しげに笑って、うなずいた

エターナルが拿捕されなければ、離れ離れにならなければ
暗殺を完全に防げたかどうかはともかく、こうまで後悔しなくてもすんだはずだ
それがキラの中で大きなウエイトを占める感情になっている

「遅れてすみません。キラ・ヤマト・アスハです」

ラクスを抱えたまま、キラは会議室の中に入る

「おいおい坊主。お姫様抱っこでご登場かよ」

ムウが呆れたような声を出した。彼は髪を大きく切っており、昔のムウを思い出させる

「フラガ一佐。キラ様は国家元首だ。そういう言葉遣いは慎んでもらおうか」

キサカが鋭く声をあげると、ムウは肩をすくめた。そういう仕草もまた、ムウを思い出させる
キラはラクスをともなったまま、首長席についた。その隣に、ラクスが座る

「もう、みんなは聞いていると思うけど、明朝、オーブはプラントに宣戦布告をする
  同時に軍を展開して、一気にプラントまで攻め入る。バルトフェルド少将、説明をお願い」

キラが言うと、バルトフェルドが立ち上がった。会議室が暗くなり、スクリーンが下りてくる
そこへ、地球と宇宙の地図が映し出された。バルトフェルドが指揮棒を持って指し示す

「あくまでもオーブ軍の目的は、デュランダル議長とデスティニープランの排斥だ
  一個一個、地球のザフト軍基地をつぶして行ってたんじゃ話にならん
  目標は、プラント首都『アプリリウス』。ギルバート・デュランダルがここにいるかどうかは別にして、
  最高評議会はここにある。電撃戦で一気にアプリリウスを制圧して、
  そこを拠点に俺たちはラクス・クラインの議長就任をプラントに対して要求する」
「どうか皆様、お願いいたします。わたくしをプラントへ連れて行ってください」
「軍の展開だが、オーブ主力軍は一気に宇宙へ移すぞ
  国力で大きく劣る俺たちが、守りの戦さをしてもしょうがないからな
  とはいえ、クライン派が内部工作などで俺たちに協力してくれる。それほどの戦力差はない」

それからこまごまとしたことや、軍の具体的な編成などが話される
かなりの戦力が、プラント攻略に当てられることになった
クラウダもオーブに残さず、そのすべてを宇宙に上げる

会議が終わりに差し掛かると、再びラクスが口を開く。顔色は悪いが、声ははっきりしていた

「皆様。開戦の前に、わずかですが時間をいただけませんか?」
「ラクス、なにかあるの?」

キラは聞いてみる。すると、ラクスはこくりとうなずいた

「前宰相のウナト・エマ・セイラン氏と、タケミカズチ艦長のトダカ一佐の葬儀を行いたいのです」
「あの二人の、か? れっきとした敵だぞ」

シャギアがつぶやくと、キサカも首を振った

「シャギア・フロストの言う通りです、ラクス様。あの二人はそれほどの人物ではありません
  私はトダカ一佐を認めていましたが、ユウナ・ロマ・セイランの走狗に成り果てていたあの男を見て、
  裏切られたと思いました。ウナトに関しては言うまでもありません。中途半端な情けは禁物です」

しかしそんなキサカの意見にも、ラクスはゆっくりと首を振った

「確かにあの二人は、オーブを間違った道に導いたお方です
  しかしそれでよろしいのでしょうか。敵を敵としたまま、いつまでも憎み続ける・・・・
  それでは、争いの火種は永遠に無くなりません。ならばわたくしたちも、あの二人を許すべきなのです
  こうして死者を悼むことで、わたくしたちの想いが世界に届けば・・・・そうわたくしは願います」
「うん。ラクスの言うとおりだよ。簡単なものでいいから、オーブ代表の名で葬儀を執り行おう
  もちろん、開戦には間に合うようにするから・・・・。みんな、いい?」

キラは会議室を見回す。反対意見はなかった。ロアビィが苦笑している
仕方ない歌姫様だと、思っているのだろう

(・・・・・葬儀が終わったら、開戦か)

できる限り戦争は早く終わらせてしまいたかった
どんな形であれ、人が死ぬ戦争はもうたくさんだ
だから、キラ・ヤマトは平和を作り上げる。ラクス・クラインと共に、ギルバート・デュランダルという理不尽と戦う
そのために自分は、ここにいるのだ

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大型ブースターとドッキングしたMA、ガンダムエアマスターバーストが宇宙を行く
少し長い旅になったが、ブースターはコンテナの他に簡単な居住区もあるので、苦痛にはならなかった

アメノミハシラが見えてくる。久しぶりというほどでもないが、
シンはその宇宙ステーションを見ると懐かしい気分になる

しかしあの頃と今とでは、大きく状況は違った
オーブはキラに奪われ、ギルバート・デュランダルは偽者である
そしてなにより、今の自分は死者だった。シン・アスカの戸籍は撃墜された脱走兵として処理されているだろう

後悔はなかった。あのままザフトにとどまれば、ただの一兵士として働くだけだったろう
それも偽者のために、だ

「よし、アメノミハシラに入るぜ!」

ウィッツが景気よく言うと同時に、アメノミハシラからガイドが出てきた
それにしたがって入港していく。MSとはいえ大型ブースターを装着しているため、入港という扱いだった

「あー、疲れたわ。狭くて臭くて・・・・今度はちゃんとヤタガラスで宇宙に上がりたいわね」
「おい、予定外の人員を快く乗せてやった俺に、礼の言葉はねぇのかよ」
「はいはい、ありがとうございましたチンピラさん。えっと、ガンダムエサマスターもありがとうね」
「こ、このアホ毛野郎・・・・・」

ルナマリアとウィッツのそんなやり取りを尻目に、シンはエアマスターから降りた
それから思いっきりのびをする。体のあちこちがぽきぽきと鳴った

「シン・・・・!」
「ステラ」

少女がこちらにやってきて、シンの胸に飛び込んでくる
あわててそれを抱き止めた

「ステラ、さみしかった・・・・」
「ごめんごめん。けど、すぐに帰ってきただろ?」
「うん・・・・。でも、シンをみるまで、怖かった・・・・。どっかにいっちゃったんじゃないかって、怖くて・・・」
「大丈夫、俺はどこにもいかないから」

言って、シンはステラを抱きしめたままその頭をなでた
しばらくそうしていると、ステラはだいぶ落ち着いたようだ
やがて彼女はシンの腕から離れ、ルナマリアの方へ向かっていく
ステラに女友達がいるというのは、いい傾向だと、シンは思う

「どうにか、芝居は上手く行ったみてぇだな」
「ガロード」
「まぁ、おまえのことだから心配してなかったけどよ」

姿を見せたガロードが、シンのそばまでやってくる
昔、ガロードは無重力空間がまったくの不慣れだったが、慣れたのか、今はひょいひょい動いている

「いや、上手くいってはいないな。ルナがついてきたのは予定外だ」
「いいじゃねぇか、手間がはぶけてよ。どうせ遅かれ早かれ、こっちに来させる予定だったんだろ?」
「けどな、後一歩でルナは死ぬところだったんだぞ?」
「んなもん、俺たちにとっちゃ日常茶飯事だろ」
「そりゃそうだ」

シンはそう言って、笑って見せた
それからガロードと並んで歩く。アスランにも顔を見せておく必要があるからだ

(そういえば・・・・)

ふと思ったが、すでにアスランはシンの上官ではないのだった
軍人でなくなったという事実が、ちょっとおかしなものに感じられる
それに慣れるまでは、もう少しだけ時間が必要だろう

「本物さんに会ったぜ」

唐突に、ガロードが口を開く

「議長に、か?」
「おう。落ち着いたら・・・・おめぇも一度会っとけ」
「体が悪いって聞いたけど」
「そいつは、会って確かめな」

ガロードの言葉は、歯切れが悪い。それから想像するに、デュランダルの様子はかなり悪いことが想像された
しかし不吉、とばかりシンは考えなかった。これまでデュランダルは気軽に話せる存在ではなかったが、
今なら落ち着いて言葉を交わすことができるかもしれない。ただ、声帯が悪いというのが、気になる

アメノミハシラの中央部、会議室とでもいうべきところへシンとガロードは向かった
ミナとアスランがそこにいると聞いていたのだ

「そういやシン、おまえミナって人と面識あんのかよ」
「ああ・・・・。一応、な」

言うと、どばっとシンの体から汗が吹き出した。同時に悪寒が走る

「おい、顔色悪いぜ?」
「いや・・・・アカツキを受領したとき、散々しごかれたんだよ、ミナ様に・・・・・」
「み、ミナ『様』ぁ?」
「ガロード、おまえも、おまえもな・・・・。

 ミナ様の特別訓練コース〜これであなたはいつでも種割れ〜

 を受けてみろ。・・・・・血のションベンじゃすまないぞ」
「はぁ? 種割れ?」
「まぁ、その特訓のおかげで俺は、それなりに自分をコントロールできるようになったけどな
  あー、思い出したくねぇ。・・・・もう巨乳は嫌だ・・・・男の・・・・」
「は・・・?」

そんなことを言いつつ、会議室へシンは入った。ガロードも続く

会議室の中には、ロンド・ミナ、ユウナ、アスラン、そして見知らぬサングラスの男が難しい顔をしていた
入ってきたシンの姿を見つけると、アスランが真っ先に声をかける

「シンか。無事でなによりだったな。ルナマリアが合流できたのも、幸運だったか」
「いえ。ただ、Dインパルスは破壊されてしまいましたし、レイも置いてきたようで、少し気兼ねしています」
「レイか・・・・・。いや、それより紹介しよう。こちらはジャミル・ニート
  AW世界において、伝説的なエースだった人だ」

シンは、紹介されたサングラスの男を見つめる。顔に傷があり、サングラスのせいで表情がよくわからない
ただ、そこにいるだけでこちらを圧倒するようなものを持っている気がした

「シン・アスカです」
「ジャミル・ニートだ。ガロードが世話になったようだな」

握手を交わす。ジャミルは、手袋を外さない。なにか傷でもあるのだろうか

「伝説的なエース、ですか?」
「買いかぶりすぎだ。今の私は、ただのジャンク屋にすぎん」
「おい、ジャミル。ジャンク屋は廃業したんだろうが。それとも未練か?」

からかうようにミナが笑う。ジャミルは苦笑している
見た目ほど、気難しい男でもないのかもしれない

「お、お久しぶりです、ミナ様」
「シンか。いい面構えになったな。おまえがここに始めて上がってきたときは、
  子供っぽさが抜けなかったが。それでこそ私も、アカツキを渡した甲斐があったというものだ」
「いえ・・・・そんな・・・・・」
「だがな」

ぎらっと、ミナの視線が変わる。思わずシンはたじろいだ
どうもこの人は苦手だ。女性なのに、怖いというか、なんというか

「は、はい・・・・」
「アカツキに乗っていながら、なんだこのザマは。聞いたぞ、黒海ではデストロイ相手に中破、
  ロドニアではキラ相手に大破だと? 情けない・・・・。アカツキはビームがきかん
  それは滅多なことでは破壊されんということだ。それに基礎スペックもセカンドシリーズを大きく上回っている
  これはパイロットに問題があるということだ」
「で、でもロドニアの相手はキラで」
「だからどうした。アカツキに乗っているなら、泣き言を言うな
  キラがなんだ。たかが前大戦の英雄ではないか」
「あう・・・・ぁぅ・・・・」

言葉に詰まる。ミナの、あまりの迫力に言い返せない。その時、助け舟が出た

「ミーーナ、あまりいじめてやるな。それより目的を忘れてないかい?」
「そうだったな」

ユウナが言うと、ミナは立ち上がって壁に備え付けられたパネルを操作する
すると会議室の壁が開き、中から大きなモニタが顔を出した

「シンもガロードもよく見ておけ。オーブが宣戦布告を行った」
「「え・・・・?」」

アスランの言葉に、思わず、シンはガロードと顔を見合わせた

モニタが、オーブを映す。オーブ宮殿。そこに軍は集結しており、演説するキラとラクスがいた
簡素だが、誰かの葬儀が執り行われている。真ん中に飾られた遺影を見て、思わずシンは息を呑んだ
なんとタケミカズチと共に死亡したトダカと、クライン派に射殺されたユウナの父ウナトの遺影だったのだ

ラクスが演説している。美しい声。吸い込まれそうな、声

『皆さん。どうかお聞きください。皆さんもご存知の通り、トダカ一佐とウナト・エマ・セイランは
  わたくしたちの敵でありました。しかし、いつまでも敵を、敵と言う。わたくしは、そういう世界をゆがんでいると思います
  そのため、許すことを。共に手を取り合い、歩んでいくということを宣言するために、
  わたくしは今日、お二人の葬儀を執り行いました。それは・・・・』

ラクスの演説が続く。オーブの国民は聞き入っている
それをモニタ越しに見つめる、ユウナの背。いかほどの無念だろうか

葬儀が終わると、オーブ軍は軍事行動を開始した
MSが隊列よく、艦船に入っていく。宇宙艦隊は次々と打ち上げられていく
どういうことなのか、そこにはムラサメなどの他にも、ザクやバビといったザフトのMSまで確認できた

「僕は軍事の素人だ。ジャミル、今回の動き、どう見る?」
ユウナがジャミルに聞いている
「電撃戦でしょう。いくらキラが強いとはいえ、国力では圧倒的に差がある
  一気に戦力を投入して、開戦から終戦までひた走るつもりだと思います」
「・・・・・戦力の一気投入か。ラクスめ・・・・オーブの国防などどうでもいいということか・・・・」
「代表にはすみませんが、そういうつもりでしょう、ラクスも、キラも。
  オーブの国防などどうでもいいと言わんばかりの、大遠征です」
「クッ・・・・・。アスラン、これを機に、手薄となったオーブを奪い返せないか?」

ユウナがこぶしを握り締め、怒りに耐えながら、アスランへ顔を向ける
しかしアスランはゆっくりと首を振った

「それが夢物語だというのは、代表が一番よくご存知だと思います
  こちらの戦力も足りず、オーブの民意も代表は失っていますから・・・・」
「・・・・わかってる。聞いてみたかっただけさ。だが、だが・・・・ザフトは黙ってはいないだろうな」
「はい」
「ザフトは手薄になったオーブに攻め込むだろうな。そして、市民が死ぬんだろうな」
「・・・・・はい」
「ふざけてる・・・・ふざけてるよ、こんなの・・・・」

ユウナはやりきれないような声を出して、頭を抱えた。シンにはその苦悩が、痛いほどわかる
少し前の自分なら、今のユウナを軟弱者と思ったかもしれない
しかし、今なら、自分の目の前にいるのは軟弱者ではなく、国を治める器を持った政治家だと、わかる

気がつくと、口を開いていた

「大丈夫です、ユウナ代表。あなたこそがオーブの代表です」
「・・・・シン?」
「オーブの理念を守ることだけに執着した政治家より、自分の正義を貫くことだけを考える政治家より
  自分を追い出した国民のことを今なお心配するあなたこそが、なにより政治家にふさわしいと思います」
「・・・・・・・・・」
「絶対に、反撃の機会はあります。天命、という言葉を、俺は知りました
  天は、人に大きな使命を与えるとき、必ずその人に大きな苦難を与えると言います
  今がその時なのだと、俺、思います。だから、今は耐えてください
  この苦難を終えたとき、オーブは必ず、あなたの手に戻ります、代表」
「・・・・君に、教えられたか、シン。天命か」
「付け焼刃の勉強で知った言葉ですけど、悪くないと思います
  なにより、今の代表にふさわしい言葉と、俺は思います・・・・」
「シン、差し出がましいぞ。おまえが言わずとも、反撃の機はやってくる。必ずな」

アスランがたしなめるような言葉をあげた
確かに、調子に乗りすぎたかもしれない。ユウナは国家元首で、自分はただの死人なのだ

「いや、いいじゃないか、アスラン。天命。僕は気に入ったよ
  今の苦難が僕がやるべき使命の前触れと言うなら、耐えてみせようという気になる」
「そうですね。しかし、予想していたとはいえ、難しい状態になりました、代表
  正直、宣戦布告はもう少し後になると思っていましたが・・・・ラクスを常識で考えすぎていたようです」
「そうだな。これで・・・・ザフトはオーブを攻撃する口実を手に入れた。僕なしでね
  戦局はどうなると思う?」
「わかりません。
  ただ、キラの作戦を考えると、最初の一撃でどこまでザフトを押し切れるかというのが肝心だと思います
  ラクスの目的は、おそらくプラント首都アプリリウス。議会を制圧し、一気にプラントの主権を握るつもりでしょうね
  今から一気にキラがアプリリウスを制圧すれば、ラクスの勝ちでしょう
  しかしどこかで戦線がこう着すれば、ザフト勝利とは言わないまでも、ラクスはかなり不利になります」
「・・・・なら、我々としては、戦線のこう着を願わなければいけないわけか」
「そうですね。そうしなければ、我々が動く隙はできませんから。ラクスがプラントを制圧してから、
  あのデュランダルは偽者だと言っても、後の祭りです」

アスランは平然とこの場でそう言った。ということは、ミナもジャミルも、デュランダルの事情を知っているのだろう
しかしシンは少し気になっていることがある。あまりにラクスやデュランダルに気を取られすぎていないか

自分たちはとんでもないことを、見落とそうとしていないか

「おい、シン。どうしたんだよ、難しい顔して」
「いや・・・・。その、艦長」

シンは少し口ごもって、アスランを見つめた

「なんだ?」
「・・・・今すぐでなくてもいいので、俺を、月に行かせてくれませんか?」