クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第056話

Last-modified: 2016-02-17 (水) 23:57:19

第五十六話 『ちょっと行ってくる』
 
 
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「月、か・・・・」

シンの言葉にアスランは腕を組んでいる。今、誰もが連合とロゴスのことを忘れようとしている
正確には忘れているわけではないし、ザフトは月を攻めることも考えているが、
ラクスほど真剣に月のことを考えている人間はいないということだ

「シン。今はそれどころじゃない。アスラン・ザラの言葉を聞いていなかったのか?」

ミナが立ち上がり、ぽんっとシンの頭を軽く叩く。彼女は190も身長があるので、シンと比べれば子供と大人だ

「・・・・艦長、出るんですか?」
「ああ。ヤタガラスでザフトを支援する。別にザフトから正式な参戦要請があったわけじゃないがな
  さっきも言ったが、ラクスがプラント最高評議会を制圧してしまえば、なにもかも終わりだ
  どっちの味方をするのも馬鹿げているが、最悪の事態だけは避けるぞ
  相手の射程外からローエングリン撃つだけでも、援護にはなるだろう」
「俺は」
「シン。俺は、もうおまえへの命令権を持ってない。ルナマリアも同様だな
  戦うか戦わんか、おまえがこれからいちいち決めろ」
「出ます。アカツキで」
「わかった。だが、先に言っておくぞ。絶対に無理をするな。ストライクフリーダムを見つけても、逃げろよ
  今はMSが一機でも惜しい。まして、高コストのアカツキならなおさらだ。DXのように長期の戦線離脱も困る
  これは命令ではなく、俺個人の頼みになるが、ヤタガラスに乗るならそれを頭に入れておいてくれ」
「はい」

シンは敬礼しようとして、やめた。まだ軍にいる時のような気分が抜けない
しかしそれは無理ないだろうし、軍属ではなくなったとはいえ戦争をやっていることに変わりはない

「で、ヤタガラスには誰が乗るんだよ? ジャミルは乗ったりすんのか?」

ガロードが唐突に聞くと、ジャミルは首を振った

「いや、私はアメノミハシラに残る。ガロード、DXが修復されるまで、私のGXを使え」
「ん・・・・おう。じゃあ、ありがたく使わせてもらうけどよ。ジャミルは出ねぇのか?」
「私は手を怪我している。短時間ならMSの操縦も問題なくできるが、長時間だと痛みが出て耐え難くなる」
「んだよ、早くそれ言えよジャミル」
「いや、いざとなれば私もMSに乗るつもりがあるからな。それよりも、ザラ艦長
  オーブとザフトの会戦はいつぐらいになる?」

ジャミルが言うと、アスランは会議室のパネルを叩いた
オーブのテレビ放送が終了し、地球と宇宙の地図が出る。さらにアスランがデータを入力すると、
光点が地図に発生した

「現在、オーブ軍は次々と打ち上げを行い、大気圏を突破した後、宇宙で艦隊を編成しています
  そして、すでにここでザフトとオーブの小競り合いは始まっているでしょう
  ザフトも地球から同じように宇宙へ艦船を打ち上げ、オーブ軍に対抗しています」
「・・・・あのデュランダルは、オーブを攻めるかな?」

ユウナが思案顔でつぶやく。シンもそれが気になった
アスランはしかし、首を振る

「おそらく、『今は』攻めません。あのデュランダルも、ラクスの狙いが読めないほどバカではないでしょう
  ラクスはオーブの国防などどうでもよく、第一にプラントの占領を考えています
  それならば、オーブ軍をプラントに近づけないのを第一に考えるはずです
  だから事実上、この大気圏離脱後の、オーブ上空の宙域。そこがザフトとオーブの決戦場になると思います」
「なにはともあれ、ラクスの足を止めるのが第一か」
「そうです、代表。大規模な会戦に発展するほど、両国の戦力が整うのは、計算して三日
  それまでにヤタガラスはアメノミハシラを発して、ザフトを支援します
  とはいえ、我々はあまり無理はできませんが」

歯がゆい話だと、シンは思った。ヤタガラスは一隻で、連合の大艦隊を降伏させたこともある
それを考えると、昔の派手な働きが嘘のようだ
今は戦陣の片隅を借りて、どうにか世界の流れを変えようともがいている

なんとなく話し合いが終わり、メンバーが解散する。シンはミナに残ってもらった
彼女は少し物憂げな様子で、シンを見つめてくる

「私に用とはなんだ、シン?」
「その・・・・・アカツキのことです」
「む? なにか、欠陥でもあったのか?」
「いえ、その・・・・どうにか改良できないかと思って」

言うと、シンは軽くミナに頭を小突かれた。こんっと音が鳴る

「馬鹿者。急いでロールアウトしたが、アカツキはあれですでに完成している
  下手に武装など追加したら、かえってバランスが悪くなって運動性が落ちてしまうぞ」
「い、いやでも、ミナ様・・・・・。ほら、アカツキはシラヌイやオオワシの他に、
  没案となったパックがあるんじゃないんですか?」
「シン、おまえは・・・・。確かに、七つほど、採用が見送られたアカツキの武装案はある
  だがな、それはどれもこれも問題があったり、オオワシに劣る性能しか出せなかったりしたせいだ
  どうあがいても、オオワシ以上の性能は引き出せん。おまえに空間認識能力があって、
  シラヌイのドラグーンが使えるようになればまた、別なのだろうがな」
「・・・・そうですか」
「下らんことを考えている暇があったら、強くなれ
  耳にタコができるほど言ってやろうか? アカツキは特別なMSだ
  セカンドシリーズの性能などはるかに上回るほどな」
「でも・・・・足りないんです、攻撃力が。何度も連結サーベルや、収束ビーム砲でクラウダを攻撃したんですけど、
  破壊できなくて・・・・。サテライトキャノンほどの攻撃力とは言いませんけど・・・・
  アカツキは今、力が足りないんです・・・・。お願いします、ミナ様!」
「・・・・やれやれ。付いて来い。バカげたものを見せてやる」

ミナは立ち上がり、会議室から出る。シンもそれに続いた

だいぶ歩かされてついた先は、アメノミハシラのファクトリーだった
このMS工場で、アメノミハシラは生計を立てている。そのさらに奥にある倉庫へ、シンは案内された

倉庫の中は真っ暗だった。ミナが手探りで壁をさぐり、明かりをつける
思わず、シンの目がくらんだ。なにかが、光を反射して輝いている

「シン。これがなにか、わかるか?」
「これ・・・・シラヌイパック、ですか? でも、翼なんかついてなかったよな・・・
  それにしても、この翼、デスティニーに似てる・・・・」

アカツキは現在のオオワシ装備の他に、ドラグーンを装備したシラヌイパックがあった
しかしシンは空間認識能力を持たないため、シラヌイの運用とは無縁だったのだ

「シラヌイパック『だった』ものだ。事実上の改良型だな」
「じゃあ、もしかしてシラヌイアカツキの改良型ということですか?」
「改良と呼べるのかな。普通の神経をしたパイロットなら、これよりもオオワシアカツキを選ぶだろう
  これを装備した場合の、アカツキの詳細スペックだ」

ミナが、倉庫の片隅に置いてある机を探り、ファイルを取り出す
それをシンの前に持ってきて、渡した。それを見て、思わずシンは目が点になる

「え・・・・・? こ、これって・・・・・」
「機体スペックは確かに大幅な向上を見せているが・・・・バランスが悪すぎる
  普通に戦う分には、オオワシアカツキの方がはるかに強いだろうな
  バカげたものを造ったよ、あの男は」

シンはファイルに目を通した。確かにとんでもない発想の下に、作られたものだ
これを装備したアカツキは、常識を外れたMSになる。オオワシより弱いという意見も間違いではない
しかしシンには、これを造った者の意図がわかった気がした

「ミナ様」
「なんだ?」
「誰がこのパックを造ったんですか?」
「・・・・・バカなジャンク屋だ。キラとラクスがオーブを占領したと聞いて、これを造った
  こんなものではオーブに対する罪滅ぼしにもならないと言いながらな」
「・・・・・・・。これ、キラを倒すために造られたんだと思います」
「なに・・・・?」
「俺にくれませんか、これを。これを装備したアカツキは、オオワシよりずっと強くなります」
「・・・・・いいだろう。私にはオオワシの方が強いとしか思えんが、
  アカツキのパイロットはおまえだ、シン。こんな運用が難しいものが欲しいのなら、勝手に持っていけ」
「ありがとうございます」

シンは、目の前でキラキラと輝くパックに触れた。造った者の想いが、伝わるような気がした
おまえは気難しいじゃじゃ馬だが、俺が乗りこなしてみせる
そんなことを考えながら、シンはこんこんとパックを叩いた

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アメノミハシラ。ミナに使用を許可されたファクトリーで、DXが修理を受けている

キッドは目の回るような忙しさのようだった。DXの修理以外にも、いろいろな仕事を抱えているらしい
しかしアスランは感嘆していた。本当に天才というのはいるのかもしれない
キッドはナチュラルのはずだが、メカニックとしての腕はコーディネイターを大きく上回っている

「で、アスラン。インフィニットジャスティスの強化案だけどよ」

キッドが、ハンガーに固定されたインフィニットジャスティスを指差しながら、アスランに説明する
その隣には、ウィッツが運んできたMSのパーツが置かれていた。半壊したコアスプレンダーも置いてある

「ああ」
「まぁ、そんな大幅に改良するわけじゃねぇ。ちょいっと強くするぐらいだな
  おんなじ系統の、ナイトジャスティスのパーツが来てっから、そいつを活用する
  まず、背中のリフターを、壊れてるファトゥム00から、ナイトジャスティスのファトゥム01へ
  それとシールドをビームシールドに取り替える」
「待ってくれ。シールドをそのまま替えるのか?」
「そうだけど・・・・・。嫌なのか、アスラン?」

言われて、アスランはうなずいた。
今使っているシールドは、カガリの愛機ストライクルージュのものを改良したやつだ
それを取り替えるのは、抵抗があった

「できれば今のシールドを使いたい」
「へーへー、めんどくせぇの。じゃあ、ルージュのシールドにビームシールド発生装置を移植するよ
  これでいいか?」
「ああ」
「主な強化案はこんだけだな。ま、ちょっとした改造だし、すぐ終わるよ。ん・・・・・?」

キッドが振り返る。ファクトリーに、なにか巨大なものが運ばれてきていた
それは金色に輝くもので、アスランにも一目でヤタノカガミ装甲が使われていると理解できた

シンがこっちに走ってくる

「キッド。時間が空いたらでいいから、ヤタガラスに積んでくれ」
「なんだよ、これ?」

キッドが巨大な金色を指差す。アスランには、それがインパルスが使っていたようなシルエットに見えた

「アカツキの新しいパックだ。ほら、これが詳細」

言って、シンはキッドにファイルを渡した。キッドがめんどくさそうにそれを受け取るが、中を見て顔色を変えた

「な・・・なんだこりゃ? 武装がビームサーベル一本だけだって!?」
「ただのビームサーベルじゃない。出力調整型ハイパービームサーベル『ツムガリ』だ」
「・・・・・なるほど、OSからも射撃管制を一切排除した、完全な近接戦闘特化型か
  バルカンまで取っ払わなきゃいけねぇとは、徹底してるな
  それと防衛専用改良型ドラグーン『マガタマ』・・・・・つーか・・・・・・」

ぺらぺらとファイルをめくりながら、キッドはため息をついた

「どうした、キッド?」
「こいつを造ったやつは天才だなって、思っただけだよ
  こんな扱いが難しいMSを造ることは、なかなかできるこっちゃねぇ
  はっきり言うぜ、シン。こんなおてんばをおまえは扱えんのかよ?」
「・・・・扱うしかないさ。オオワシアカツキじゃ、キラには絶対勝てない
  いつかはアイツと、ケリをつけなきゃいけないんだ。じゃあ、後は頼んだぞキッド」
「待て、シン」

アスランはシンを呼び止めた。まだヤタガラスの発進までは時間がある

「はい?」
「出撃するまでに、一度、議長に会っておけ」
「・・・・はい」

シンが敬礼しようとして、その手を止める
それからまた、どこかに走り去って行った

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オーブ上空の宙域で飛び交うMSの数は、徐々に増えていた

地球を飛び立ったオーブ軍と、ザフトの小競り合いは徐々に激しさを増していた
ただ、ザフトはそれほど大規模な攻撃を仕掛けていない。それが少し気になったが、
アスランは予定通りアメノミハシラからヤタガラスを発進させた

ガロードはMSデッキでGXとバビの調整を行った。アスランは本格的な参戦はせず、
あくまでもオーブをけん制する程度の働きしかするつもりはないようだが、
MSが出撃する時がくるかもしれないのだ

その隣に、ウィッツのガンダムエアマスターバーストがいる
ジャミルやサラ、あるいはMSのないルナマリアはアメノミハシラに残ったが、
どういうわけか、ウィッツはヤタガラスに乗り込むことを申し出たのだ

「しかたねぇよ、雇われてんだから」

ガロードがわけを聞くと、ウィッツはそう言って笑ったのだ
雇い主は、ギルバート・デュランダルだという

「けどよ、戦闘にはならねぇかもしれないぜ、ウィッツ?」
「それならそれでかまわねぇさ。あのアスランとかいうヤツは、
  長距離からの艦砲射撃で援護するぐらいしかやるつもりはねぇんだろ?
  でもなガロード。ヤタガラスの名前は結構、でかいんだぜ
  ひょっとしたらオーブのやつらが、こっちに向かってくるかもしれねぇ」
「・・・・・・かもな」

もしかしたら、アスランもそれを狙っているのかもしれない
ヤタガラスがオーブ軍を引きつければ引きつけるほど、ザフトは優位になり、オーブの足並みは落ちる
そして、いざとなればヤタガラスの足を生かして逃げればいいだけのことだった

ガロードはブリッジに向かった。もうすぐ、戦闘宙域である。いきなりMSで出ることはないだろうから、
ブリッジでゆっくりと戦況を見たかった

ブリッジに来ると、メインモニターが望遠で戦場の様子を映し出していた
アスランが額にしわを寄せて、それを見つめている

「アスラン、戦場はどうなってんだよ?」
「ガロードか・・・・。ザフト不利だな、あれを見ろ」
「あれ?」

アスランが指差した先に、白い、小さな戦艦のようなものが見える
いや、それは戦艦ではない。戦場がさらに拡大される。それはなんと、巨大ななにかと合体した、MSだった
次々とそれはザフトのMSを落とし、戦艦を撃沈する。それのおかげで、ザフト軍はうかつに動けないようだ

「『ミーティア』だ」

アスランがいまいましそうにつぶやく

「ミーティア? なんだそりゃ?」
「平たく言えば、MSの巨大補助兵装だ 
  これを装備したキラのストライクフリーダムは、単機で戦略を変えうるほどの兵器に変貌する」
「んだよ・・・・バケモンだな」

どういう機動をしているのか。100メートルほどありそうなミーティアは、戦艦の艦砲射撃を器用に避けている
あたかも物理法則を無視したような、なにかの絶対的な加護を受けているかのような、動きだった
ガロードは戦慄する。こんなものと、いつかは戦わなければならないのか

「あっけに取られている暇はないか。メイリン、ザフト軍とコンタクトを取れ
  これよりタカマガハラ、ヤタガラスはザフトを艦砲射撃で支援すると
  トニヤ、三本足起動。当てることは考えなくていい。オーブ軍の足止めを優先しろ」

三門のローエングリンが起動し、ヤタガラスが牙をむく

「ローエングリン照準、よろし!」
「よし、撃て—————ッ!」

ドギョォォォォ!

陽電子砲が、宇宙を貫いていく。それはオーブ軍の艦船すれすれを横切った
しかし、目に見える範囲でだが、ガロードは艦船の撃沈を確認していない

ドォン

発射からかなり遅れて、後方のオーブ軍戦艦が爆発したのが見えた
しかしおかしい。陽電子砲が当たったにしては、場所も時間もずれすぎている

「メイリン、なにがあったか確認できるか?」
「・・・・・オーブ軍の回線に割り込んでみます」

またハッキングをメイリンは始めた。いや、そんなことをする必要はない

助けて

ガロードの頭を、なにかが横切った。懐かしい声。しかし、一瞬、恐怖が蘇る
DXを見下ろす、レジェンドの顔。しかし、おびえている暇などありはしない

「メイリン、デスティニーじゃねぇのか、オーブの宇宙戦艦をぶっ壊したのは」
「え・・・・う、うん。そうだけど」
「なんだと! ニコルめ・・・・・」

アスランが血相を変えるが、ガロードはそれどころではなかった

「メイリン、レジェンドを探してくれ」
「え・・・・?」
「早くッ! いるはずなんだよ、ここに!」
「え・・・あ・・・・・・・・。れ、レジェンド確認! デスティニー、アビスと三機編成でオーブ軍と交戦中!」
「・・・・アスラン、世話になったな」

ガロードはつぶやき、アスランを見た

「ガロード?」
「悪い。俺、ちょっと行ってくる」
「行くって・・・・どこへ、だ」
「ちょっとあそこへ突っ込んで来る。悪いな、俺、やっぱり軍人無理だわ
  これ、デュランダルのおっさんに返しといてくれ。もしかしたら、死ぬかもしれねぇし、勝手なことすんだし」

言って、ガロードは胸にある『F』の紋章を外した。それをアスランに押し付け、MSデッキへ走り出す

「待て、ガロード!」
「すまねぇ!」

アスランの制止も聞かず、ガロードはMSデッキへ向かった
千載一遇の好機なのである。次に離れたら、いつ会えるかわからない
死という言葉が、胸をよぎる。しかし、やるしかなかった

君を守ると、あの日、誓ったのだ