クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第061話

Last-modified: 2016-02-18 (木) 00:01:57

第六十一話 『こわくないよ』
 
 
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目が覚めると、ラクスの顔がそこにあった
無意識にキラは、それを抱きしめた

「あ・・・・ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん・・・・どうしたの、ラクス? あ・・・・・」
「み、ミーア・キャンベルです」
「ご、ごめん・・・・」

キラはすぐに手を離した。ラクスと思って抱きしめたのは、彼女と瓜二つのミーアだったのだ

いくらか気まずい沈黙が続いた。キラが、ベッドからそっと起き上がる
するとミーアが、ぬれたタオルを差し出してきた

「顔、ふいた方がいいですよ?」
「ん・・・・。そう?」
「汗をかいてます」
「ありがとう」

ぬれたタオルで顔をふいた。思ったよりよく眠れたが、浅い眠りだったような気がする
正直、あんな形で負けるなど考えもおよばなかった
兵を率いる将として、MSのパイロットとして、キラは二度、負けたのだ

「似てるんですね。キラさんは」
「え・・・・?」

唐突にミーアが言ってくる。いったいなんのことかと、キラは戸惑った

「アスランに、細かい仕草が似てる気がします」
「そうかな? どうだろう・・・・考えたことなかったよ、そんなの
  ・・・・そういえば、もうだいぶ会ってない」
「アスランと、ですか?」
「うん。直接、顔を見て話すことがないからね。僕たちは戦ってばかりだよ
  なにをやってるんだろうね・・・・本当に・・・・・」
「あの・・・・まだ、アスランが好きなんですか?」
「うん。大事な、友達、だから。だからきっと僕らはいつか、わかり合えると思うよ」

キラは言って、ミーアに笑ってみせた

「そうですよね・・・・。アスランと、戦う必要なんて、ないですよね?」
「当たり前だよ」

オーブ軍はネオジェネシスの発射を受けた後、コロニーメンデルに逃げ込んでいた
ここはかつて遺伝子研究がさかんに行われていた場所だったが、バイオハザードが起こったせいで、
今は廃棄されたも同然になっている。ただ、すでにバイオハザードの影響は消えていることと、
ほとんどの施設が手つかずで残っているため、艦隊が逃げ込むにはうってつけだったのだ

キラはミーアに礼を言うと、アークエンジェルの自室から、外に出た。バルトフェルドが呼んでいるらしい
アークエンジェルから出て、メンデルのコンピュータールームに向かう

「バルトフェルドさん」
「来たか、キラ。まぁ座れ」

バルトフェルドはコーヒーをすすりながら、メインモニタを見つめていた
そこに映っているのは、テンメイアカツキと名乗ったMSである
キラはうながされた通り、古びた椅子に座った

「どうしたんですか?」
「いや、こいつを見ていて思ったんだがね。ええと、テンメイアカツキとか言ったか
  で、俺たちが今までアカツキと呼んでいたのは、オオワシアカツキというわけだな
  この新しいアカツキの戦いをちょっと分析していたんだよ」
「なにかわかったんですか?」
「ん。ああ、結論から言うぞ。もうこれと戦うな」
「え・・・・?」

いきなり、なにを言うのかとキラは思った
バルトフェルドは、映像を再生させる。アカツキがストライクフリーダムの両腕を斬り落とす描写が流れた

「多分こいつは、射撃管制を犠牲にしている。そのおかげだろうが、格闘能力が驚異的に向上してるんだよ
  それなら遠距離から攻撃すればいいって話になるが、ヤタノカガミとマガタマがそれを防ぐ
  で、逃げようとしたら黄金の翼で一気に間合いをつめて、ズバッ、だ」
「それは・・・・。でも、次は負けません」
「甘いぞ、キラ。確かにパイロットの技量はおまえさんの方が上だろう
  だがこのテンメイアカツキの、もう一つの名前、俺はすぐに考えついたね」
「・・・・?」

「Sフリーダムキラー、だ。わかるか? こいつはキラを倒すために造られたMSなんだよ
  集団戦での戦闘能力をそぎ落とし、一対一の局面において究極の力を発揮する
  そしてSフリーダムの最強クラスの攻撃力に対抗するため、極限まで防御力を追求したMSなんだな」
「・・・・・・・僕を、倒すための、MS・・・・」
「挙句、テンメイのビームサーベルはビームシールドさえ吹き飛ばす
  あっちはアホほどこっちの攻撃を防げるが、こっちはあっちの攻撃を防ぐことはできないんだよ
  だからもう、こいつとはやりあうな、キラ」
「でも、放っておいたら、仲間が・・・・・」
「戦争なんてもんは、戦術じゃなくて戦略で勝つもんだ。いつまでも一兵士の気分でいるなよ、キラ
  おまえさん、もう少し自分の立場を考えてみたらどうだい。オーブの国家元首なんだぞ
  一人のパイロットに、いつまでムキになってるんだ。兵を率いる男だろうが」
「・・・・・・・・」
「シン・アスカ、だったか・・・・」

言われて、少しキラは暗い気分になった。よく考えると、一度もシンには勝っていないのである
それどころか、シン・アスカに関わるとろくなことがない
結婚式でカガリは殺されたし、黒海ではフリーダム撃墜、ロドニアではエターナル捕縛で、そして今回だった

「バルトフェルドさん。何者なんですか、彼?」
「ま、一応調べてはみたがね。オーブ出身のザフトパイロットで、赤服だ
  タカマガハラでアスランの部下だったみたいだが・・・・どういうわけかな
  ザフトの公式記録では、少し前に脱走罪でハイネ・ヴェステンフルスに撃墜されてる。死亡扱いだ」
「それは、なぜ・・・? 僕が戦った相手は、確かにシン・アスカでした」
「さぁな。なにか茶番があるのかもしれんし、うまく生き延びただけなのかもしれん。だが強いのは確かだ
  戦争当初はガロード・ランの影に隠れがちだったが、アカツキのパイロットに任命されてからは、
  押しも押されぬザフトのエースだったようだしな」
「そうですか・・・・・」
「だが、いくら強いとはいえ一兵士だ。おまえさんとは立場が違う
  あまり相手にするなよ。普通にやりあえばおまえさんが勝つだろうが、
  将ってのは本来、前線に出るもんじゃないんだ」
「・・・・・・・・」
「ま、ボクが説教せずとも、おまえさんはわかっていると思うがね。念のためだ」

言って、バルトフェルドはテンメイの映像を消した
キラはそれから少しだけバルトフェルドと話して、コンピュータールームを出る

窓から、停泊しているオーブ艦隊が見える。損傷はかなり激しく、傷ついている艦がかなりあった
エターナルの傷もひどく、すぐに動ける状態ではない。なによりストライクフリーダムが、傷ついていた
もしもこの状況で襲われたら、かなりまずい

「キラ。ここにいたのか」
「シャギアさん。どうかしたんですか?」

息せき切ってやってくる、オールバックの人物にキラは呼び止められた

「どうかした、ではない。ギルバート・デュランダルがオーブに対して正式な降伏勧告を行った」
「え・・・・?」

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ムウは傷病兵を見回っていた。医療品は不足しており、オーブ兵たちは満足な治療も受けることができないまま、
そこら中でうめき声をあげている

(ひでぇことしやがる)

ネオジェネシスは艦隊の三割を焼き払い、その他の艦も衝撃でダメージを受けた
おかげで軍は進むも退くもできない状態だった。しかも速戦第一であったせいで、補給線はまったく確保できていない
このままではジリ貧だった。今、ザフトに攻められるなり、ネオジェネシスを撃たれるなりすれば、一貫の終わりだ

「キラの力、過信しすぎたのかな」

そう思う。ムウでさえ、キラが負けるはずがないと心のどこかで信じていた
しかし現実はどうだ。あっさりとキラは敗れ、緒戦で戦略は崩れ落ちた

「浮かない顔ね、ムウ」

傷病兵に当てがわれた部屋を出ると、医療品の仕分けをしているマリューがいた
ムウも腰を下ろして、それを手伝う

「そりゃ、ハッピーからは程遠いさ」
「そうね。それにしたって、異常よ。ギルバート・デュランダルは、ああも簡単にネオジェネシスを撃つなんて・・・
  どうかしてるわ。宣戦布告と同時に核攻撃を行った、ロゴスとどこが違うっていうのよ」
「まだ、地球のためにジェネシスを破壊しようとした、ムルタ・アズラエルの方がマシだったってことか?」
「ムウ。あなた、その人に殺されかけてるでしょ?」

マリューが包帯を手にしながら、微笑む。ムウも笑い返した

「忘れてた。・・・・にしても、医療物資が少ないな。これじゃあ満足な治療なんていつまでたってもできないぞ」
「ええ・・・・。すべてが、予定外だったわ。正直なところ、私、それほどの問題なく、プラントまで行けるって思ってたもの」
「デスティニーが襲撃してきたことから始まり、すべて布石だったんだな
  誰もがあの時、ラクスが狙われた思った。しかしそれさえも、ネオジェネシス発射のための陽動だったんだ」
「でも、それはいいわ。私、ヤタガラスが襲撃してきたことの方が、納得いかない
  どうして・・・・アスランは、私たちに協力してくれないのかしら」
「・・・・正義のため、じゃないか?」

ふと、ムウはそんなことをつぶやいた。インフィニットジャスティス。飽くなき正義
いささか大仰な名前のMSを駆る、前大戦の戦友、アスラン・ザラ

「正義・・・・ね。でも、デュランダル議長に協力するアスランが、正義だとは思えないわ、私」
「正義なんて星の数ほどあるさ。絶対の悪なんて、物語の中にしか存在しない」
「でも・・・・!」

さらに言おうとするマリューに、ムウは手のひらを見せた。ストップ、ということだ

「あいつはカガリを目の前で失ってるんだ。それに・・・こんなこと、ラクスやキラには言えないが、
  もうアスランを仲間と考えない方がいい。あいつは、ラクスに見切りをつけてるよ
  でなきゃ、あいつはとっくの昔に合流してる」
「彼が協力してくれれば、もっと早く戦争は終わるのに・・・・」

マリューの言葉。ムウの脳裏に、似たような言葉がよみがえる

—————俺が戦争を終わらせてやる! この戦争、シン・アスカが終わらせてやる!

未熟で、青臭さにあふれたバカな言葉。現実を知らない子供の言葉
なのにどうしてこうも、胸を打つのか。おかげでムウの中の迷いが、いつまで経っても消えない

アビスが、いた。デスティニーと共に現れた。中に乗っているのは誰だったのか
気のせいか、アウルの操縦に似ていた気がする。そんなことを、思い出す
ステラは元気だろうか。ガイアを確認したので、多分、無事なのだと思うが・・・・

「あいつらの子供、見てみたい気もするな。っと、これじゃあじいさんだ」
「え・・・・?」
「いや、独り言だ、マリュー。それより子供は何人ぐらい欲しい?」
「い、いきなりなによムウ・・・・?」
「俺は男の子が二人に、女の子が一人がいいな」

スティング、アウル、ステラと一緒に行った、海を思い出す。なんのためにあんなことをしたのだろうか
罪悪感をまぎらわせたかったのか。あの子達は自分よりずっと遅く生まれてきたのに、ずっと自分より早く死ぬ
それを考えると、いつもやりきれないような気分になったものだ

ムウにからかわれたと思ったのか、少しマリューはすねたような表情を見せている

医療物資は最低限の物を残して、負傷兵に配った。軍医たちが忙しそうに働いている
そんな中、助からなかった兵が、布に包まれて部屋から出て行くのだ
そういうのを見ると、ムウの中に苦いものが流れていく

それから呼び出され、アークエンジェルの作戦室にオーブ軍のアタマが集合する
本来ならば旗艦であるはずのエターナルは、今、Sフリーダムと共に全速力で修理がなされている
クライン派のメカマンがどこからかやってきて、作業に当たっているようだった

キラの隣に、ラクスが座っている。いくらか彼女の血色はよくなってきていた
ラクスは全員集合を確認すると、立ち上がり、口を開く

「デュランダル議長からオーブに対し、先ほど降伏勧告がありました」

会議室が少しだけざわつく。ムウは、黙ってあごをなでた。ネオジェネシスという腐った手段を使ったかと思えば、
こういう正攻法も使ってくる。なるほど。降伏のタイミングとしては、今が一番いいだろう
キラがやられ、旗艦は傷つき、オーブ本土は手薄である

「で、どーすんの歌姫さん。降伏しちゃうわけ?」

ロアビィが気楽な声をあげている。カガリの護衛だったキサカが、それをにらみつけた
しかしロアビィは気にした風もなく、ラクスを見つめている

「わたくしたちは、人々の自由に対する最後の砦なのです、ロアビィさん
  わたくしたちが屈すれば、デュランダル議長により、人々が選び取るべき未来が失われてしまう・・・・
  それだけはなんとしても避けねばなりません」
「でもなぁ。一旦、態勢を立て直すために、交渉して時間を引き延ばすって手もあるぜ?
  そうは思わないか、虎のおっさん?」

ロアビィが唐突に、バルトフェルドを見る。実質的な作戦の立案と指揮は、この男がやっていた

「いや、ボクとしてはね・・・・。このまま軍を退くのは賛成できない
  何度も言われてるが、持久戦になったら負けなんだよ。苦しい態勢というのは、わかっているんだが」
「そりゃそうだけど。ぶっちゃけ、緒戦は大敗だったんだぜ? いくらなんでもこれ以上は無謀じゃない?」
「待て。そう言い切るのは早い」

いきなり、シャギアが立ち上がった。こうやって座ったまま見上げると、この男は長身である
そしてどこかすさんだ瞳をしている。記憶がないというが、あった頃はどんな男だったのだろうか
並の男ではないような気がする

「なにかあるのですか、シャギア・フロスト?」
「ああ、ラクス。軍勢の展開はここで諦めて、隠密裏にプラントへ潜入する方法を考えるべきだと思う」
「だろうな。それが唯一の手だ」

ムウは口を開いて、シャギアに同調する。このまままた軍を進めれば、下手すれば全滅である
ならば軍の展開以外の方法で、ラクスをプラントに送り、議会を制圧するしかない
そしてザフトを掌握、その後、デュランダルとの対決。それがベターな作戦だろう

シャギアの言葉は続く

「そしてラクスはこういう手段は好まんかもしれんが、暗殺、という方法も考えるべきかもしれん
  いかなる方法であれ、デュランダルがいなくなれば、ラクスの行く手をはばむ者はいなくなる」
「それはなりません。暗殺など行えば、わたくしたちの声は誰にも届かなくなるでしょう
  勝つためになにをしてもよい、というわけはないのです。そうでなければ、わたくしたちは、
  DXやネオジェネシスといった不要な大量破壊兵器の存在を認めねばなりません」
「・・・・・・そうか」

シャギアは腕を組んで、ため息をつく
ムウも暗殺は悪い手ではないと思ったが、それをやればラクスはラクスでなくなる

結局、ラクスが隠密裏にプラントへ潜入するという作戦だけが決まった

それにしても。なんとなく気分がすっきりしない。クルーゼが笑ってると思いながら、ムウはため息をついた

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アメノミハシラに寄港しているとはいえ、ヤタガラスのクルーは基本的に艦で生活している
シンは売店で一個のりんごを買った。新鮮な果物などは手に入りにくいが、ユウナが大量に食料を仕入れているので、
そのついでとしてプラントで作られた果物が入ってきていた

「ステラ、いるか?」

シンはステラの部屋に入った。彼女はルナマリアと同じ部屋で生活している
そこには意外な人物が座っていた

「シンか」
「あ・・・・み、ミナ様」
「なんだ? 私がここにいるのがそんなに不満か?」
「いや、そ、そんなわけじゃないですけど・・・・」
「ならば気にするな。おまえの女だろう、これは」

長髪長身の女性が、あでやかな笑みを浮かべる。シンは引きつった笑みで答えた
やはりどうも、ロンド・ミナ・サハクは苦手だった。天敵とでも言うのだろうか

ステラは眠っているようだ。シンはそのかたわらに座り、りんごを取り出してナイフでむく
するすると、皮が落ちていった

「ナイフの扱いはうまかったのだったな、おまえは」
「ええ・・・・。それより、ミナ様はどうしてここに?」

ルナマリアはいないようだった。看病はしていたのか、ステラの頭には新しい冷却シートがはられている
          エクステンデッド
「私か。連合の 強 化 人 間に興味があっただけさ。それにおまえの女というのも見てみたかった」
「いや、別にそんな・・・・」
「なんだ? まさか、まだ、ということはないだろう?」
「・・・・・・・・」

シンは顔をかすかにあからめて、うつむいた。りんごをむき終わり、ステラの枕元に置く

「なに? まさか本当に抱いていないのか?」
「ミナ様。セクハラですよ」

するとミナは、シンに顔を近づけ、耳にそっと息を吹きかけてきた
それから妖しい手つきでシンの背中に手をいれ、そろりとなでてくる

「セクハラというのは、こういうのを言うのだ。なんなら私が手ほどきしてやってもいいんだぞ、シン?」
「あ・・・・・・・み、み、ミナ様ッ!」
「ぷっ・・・・ククク・・・・・冗談だ。おまえは面白いな、シン」
「冗談じゃありませんよ。まったく・・・・!」

騒ぐと、ステラが身をよじった。それからうっすらと目を開ける
それを確認すると、ミナは立ち上がった

「邪魔者は退散するとしよう。しかし・・・・シン」
「なんです・・・・」
「あれも、これもと、なにもかも背負えるほど人の背中は大きくないぞ
  世界のことを考えれば、必ず他のことがおろそかになる」
「・・・・・・・・・」
「おまえに最適なパートナーは、守るべき姫君ではなく、おまえ自身を支えてくれる強い女だろう
  私は余計なことを言っているのかもしれんがな」
「でも・・・・あと十ヶ月ぐらい、なんです」
「知っている」

言い残すと、ミナは長い髪を揺らしながら外に出て行った
シンは少し物憂げな気分になる。なにもかも背負うことはできない。確かに、そうなのかもしれない

「シン・・・・」

ぼんやりとステラが目を開け、こちらを見つめてくる

「ああ、ステラ。体の調子はどうだ? ほら、りんご買ってきたから。食べよう」
「うん・・・・」

ステラが身を起こして、綺麗に切られたりんごに手を伸ばした。しゃくっとかじって、ステラはさびしそうに視線を落とした

「どうしたステラ? 体の調子が悪いのか?」
「ねぇ、シン・・・・・・。ステラ、いらない子?」
「え・・・・・? あ・・・・・いや、そんなことないぞ。ガイアがいてくれて、助かるし・・・・」
「でも・・・ステラより、シンの方がずっとつよい・・・・・」
「別にそれはいいだろ? 俺はステラを守るって、約束したんだから」

するとステラは、りんごを手にしたまま、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた

「ステラ・・・・! どっか苦しいのか?」
「・・・・痛いの」
「どこが!」
「こころ」

言って、ステラは自分の胸を押さえながら、泣いていた

「どうしたんだよ・・・・」
「うれしいの。シンが守るって言ってくれるの。ものすごくあたたかくて、うれしい
  でも・・・・ステラ、なんにもできない。シンになにもしてあげられない」
「そんなことないって・・・・!」
「だって・・・ステラ、たたかうことしかしらない。ごめんね・・・・」

ステラは泣きながら、シンに抱きついてきた。なぜかシンまで泣きたくなった

「なんで、謝るんだよ・・・・・・」
「ごめんね、なにもできなくて。ごめんね、すぐに死んじゃうから
  ごめんね、シン。ごめんね・・・・・」
「やめろ! そんなこと言うな。死ぬとかなんとか・・・・ただの風邪だろ・・・」
「ううん。わかるから・・・・もうすぐなの。ステラ、わかるから。でもごめんね・・・・
  それでもシン、大好き・・・・・」
「・・・・俺もだよ、ステラ」
「だから、こわくないよ。シンがいるから、ステラ、なにもこわくない
  死ぬとか、そんなこと、こわくない・・・・。こわいのは、シンといられないのが・・・・」
「一緒にいるから・・・・俺は、そばにいるから」
「うん・・・・」

言って、シンは必死になってステラを抱きしめた
それしかできない。なんて無力なのだと、自分を殺してしまいたくなった

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やっと、体の熱が引いたと、シンは思った

「いたかった」

ステラが、呆然とした顔でつぶやく。無茶はしなかったつもりだが、ちょっと勢いに走りすぎたかもしれない
ドクターに止められていたが、我慢できなかった

「その・・・・ごめん、うまくできなくて」
「ううん。つらいわけじゃ、ないから。・・・・気持ちよかった?」
「あ・・・うん」
「なら、ステラ、うれしい」

自分の体をシーツで包みながら、ステラは微笑した。その顔がどことなく満足そうで、
さっきまでの悲しそうな顔とは違ったので、シンは少しだけ安堵する

(これでよかったんだよな。多分、だけど・・・・)

ちょっぴり自分に言い訳する。ステラの頭を、くしゃっとなでた
そして時計を見つめる

「ごめん、ステラ。そろそろ俺行くよ。ほら、ちゃんとパジャマ着て」
「うん」
「大人しくしてるんだぞ。もうすぐ、ルナも帰って来ると思うから」
「うん」
「いい子だ」

シンも服を着る。パジャマに袖を通しながら、ステラがこっちを見つめてきた

「ねぇ、シン?」
「なんだ?」
「大好き」
「あ・・・・うん。俺も、だよ」

言うと、ステラはぱぁっと笑った。表情がだいぶ明るくなっている
これでよかったのだと、もう一度、シンは思った

部屋を出る。すると、赤い髪が目に入った。それは不機嫌そうに腕を組んでいる

「はー。入るに入れなかったじゃないの、まったく」
「る・・・ルナ。いや、ごめん」
「別に良いわよ。怒ってるわけじゃないし。むしろそういうのが無い方が、不自然と思ってたから」
「あ、うん」
「でも・・・・・ううん。なんでもないわ。それよりシン、急いでるんじゃないの?
  ステラのことは私に任せといて」
「悪い、頼む」

言って、シンは走り出した。デュランダルに、会いに行く予定だったのだ
思ったより時間を食ったが、まだ面会できるだろう

そして、残されたルナマリアは、静かにつぶやいた

「あんたたちって、見ているこっちが、辛いのよ」

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デュランダルは、フリーデンの医務室で起居している。そこは厳重に監視されていて、
アメノミハシラは彼の存在をほとんど知らない。例外はミナぐらいか

シンがフリーデンの医務室に入ると、先客がいた。サングラスの男が、デュランダルとなにか話している
AW世界で最強のパイロットと呼ばれた男、ジャミル・ニートだ

「む・・・・。議長、客が来たようだ」
「ジャミルさん」

ジャミルが話をやめてこちらを見る。デュランダルも包帯で覆われた顔をこっちに向けた
しかし包帯からのぞく片目は、相変わらずこっちを圧倒するような力を持っている

シンはぺこりと頭を下げる

「議長と、これからのことを話していたのでな」
ジャミルが言う。デュランダルは依然として喋ることができない。彼は、黙ってうなずいている

「これからのこと、ですか?」
「プラント奪回の話だ。このままあの偽者を野放しにしておくわけにはいかん」
「でも、どうやって・・・・。タカマガハラは、オーブの軍ですし、戦力は足りませんよ」

すると、デュランダルはかたわらに置かれているパソコンに手を伸ばした
震える手でも押しやすいよう、キーボードが大きくなっている。それを叩き、彼は言葉を入力した
画面にデュランダルの言葉が映し出される

—————軍事力の行使はあくまでも最後の手段だ、シン。最初に、戦うことなど考えない方がいい
「議長」
—————考えても見たまえ。我々は、ザフトと戦い、プラントを制圧すれば勝利なのかね?
「それは・・・・ちょっと、違うような気がします」
—————その通りだ。勝利の本質を見失ってはいけない。あくまでも私の勝利は、偽者を偽者であると証明し、
         私が真実のデュランダルであることを皆に知ってもらうことにある
「そういうことですか? 必ずしも俺たちは、戦わなくていいと」
—————君は飲み込みが早くて助かるな。そうだ
         君は軍人であるためか、勝利するためには、戦争がもっとも有効な手段と考えているかもしれない
         しかし、それは物事の本質からは程遠いのだよ。戦争は最後の手段だ。それまでに、知恵をめぐらせ、
         戦争以外の手段で、どうにかして勝利にたどり着くことを考えなければならないのだ

政治を、教えられているとシンは思った。これは外交なのだろう
一言一句、シンはデュランダルの言葉を胸に刻みつける

「でも、これからどうするんですか?」
「ほんの少しずつだが、プラントにうわさを流している。今の議長は偽者であるとな」
デュランダルに代わって、ジャミルが口を開いた
「うわさを流して、プラントを動揺させるんですか?」
「そうだ。もっとも、信じる人間は少ないだろうが・・・これで一番驚くのが誰か、わかるか?」
「それは・・・・偽者本人です」
「うむ。これで偽者があわててなにかアクションを起こせば、こちらとしてはやりやすいが、そう甘くはないだろうな
  だが今は何事もやってみる時期だろう」

そしてまたデュランダルが、大きなキーボードを叩き始める

—————後は味方を増やすことだな
「味方ですか・・・・」
—————例えば、ユウナ代表だ。彼がオーブに帰ることができれば、私の正体を証明してくれる、
         大きな味方を得ることになる。まぁ、オーブに借りを作ることになるが、やむをえまいな
「影響力の強い人を味方につける、ということですね。そうやって正体を証明してもらう、と・・・・」
—————そうだよ。だが、政治とは難しいものだ。ユウナ代表が私を見捨てる可能性もあるし、
         仮に味方してくれても、私を疑う人間の方が多いだろう
「・・・・なら、ラクスのような人が味方になれば、いいんですね」
—————そうだな・・・・。こと、影響力という点では、彼女におよぶ者はいないだろう・・・・
         だが、彼女に頼るのは論外だ。これは、彼女がオーブを制圧したから言っているのではなく、
         私が彼女に罪を着せたから言っているわけでもない
         例え彼女が静かに暮らしていて、私が彼女と親しかったとしても、私はラクスに頼らないだろう
「それは、なぜですか、議長?」
—————ふむ・・・・。これは宿題だな。少し自分で考えてみたまえ
         なぜ私がラクスに頼らないと言うかを
         ただし、安易に答えを出してはいけないよ

そうすると、デュランダルはジャミルに視線を向けた
ジャミルはうなずいて、引き出しの中から小さな箱と大きな封筒を取り出す

—————受け取りたまえ、シン
「これは・・・・え?」

シンは小さな箱を受け取って、驚いた『F』の紋章。『FAITH』の証である

—————ガロードを『FAITH』に任命したのは、少しでもザフトに長くいてもらいたいがためだった
         だからあれは正式な任命とは言えない。その証拠に、あっさりつき返されたのだしな
         ウィッツも同様だ。ただ、これは正式な任命だよ、シン
「議長・・・・・」

まじまじと、シンは『F』の紋章を見つめる。かつて、あこがれたものである
しかし今は、思ったより自然な気持ちで、この紋章を見つめることができた

—————しかし・・・君はすでに死人だ。だからこれはただ、私の信頼の証ということでしかない
         ザフトに対してもなんら効果のない、ただの飾りだ。
         ・・・悔しいことに、今の私にはこれしか贈れる物がないのだよ
「・・・・・・」
—————そしてこんなもので君にこんなことを頼むのは気が引けるが、これを

デュランダルはジャミルから大きな封筒を受け取り、シンに突き出す

「これは?」
—————今、月にいる、大西洋連邦大統領、ジョゼフ・コープランドへの親書だよ
         これを届けてはくれないか・・・・・? ・・・・嫌なら、断ってもいい。その権利が、君にはある

シンは絶句した。とんでもない人間が、目の前にいると思った。大西洋連邦は、れっきとしたプラントの敵国である

デュランダルはかすかに口元を吊り上げる
包帯さえなければ、デュランダルの不敵な笑みがそこにあるはずだ
そして今なお、デュランダルは巨人なのだと、シンは確信した