クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第066話

Last-modified: 2016-02-20 (土) 02:15:32

              コーディネイター
第六十六話 『あの人は 調 整 者 だから』
 
 
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無理矢理戦わされていたが、ティファの後遺症はほとんどなかった
ステラと違い、薬物もほとんど投与されておらず、催眠術のようなものだったのだ
それに幸いと言ってはなんだが、彼女はレジェンドで一人も人を殺していない

そのせいか、ニュータイプとしての能力も変わりないようだった

「やはりニュータイプ、なのかね?」

テクスは医務室でコーヒーを片手に、ティファにたずねた
彼女はイーゼルの前に座っている。少し前、ティファはそこで一つの風景画を描き上げた
それはただの風景画ではない。ティファが描いた絵は、必ずなんらかの意味を持つ
テクスはティファに言われるがままに、その絵をユウナのパソコンへFAXとして送ったのだ

ラクス・クラインはニュータイプである。その仮説を立てたのはテクスである
問いの意味は、それだった

「あの人は力を持っています」

ティファははっきりとそう言い切った。あまりティファはニュータイプという単語を好まない
だから力というのは、ニュータイプ能力のことだ

「力か。それはやはり、我々の知っているものとは違うのかね?」
「はい。あの人は多くの人に愛される力を持っています
  そしてあの人自身も、多くの人を愛しています」

ティファはラクスに会ったことがないはずだった。しかしまるで知り合いのように言う
ニュータイプ同士は深く感応するのだと言うが、そのせいだろうか

「ラクス、か。彼女について、ティファはどう思う?」
「正義を愛する、優しい人です。そして、強い……。とてもまっすぐで、後ろを振り返らないぐらいまっすぐで、
  息切れしても傷ついても、走り続ける人です」
「……話だけを聞いていると、完璧な人間のように思えるな」
「完璧な人間なんて、どこにもいません。あの人は自分を知らない。それはとても怖いこと……」

テクスは沈黙した。その通りである。理屈はどうあれ、ラクスは危うい
ティファの、ラクスは自分を知らないという言葉は、彼女自身が魅了能力に気づいていないということも意味する

「絵を送った理由、聞いてもいいかな?」

テクスは話題を変えた。ティファからなんの説明もされず、ただ風景画を送ってくれとだけ言われたのだ
すると彼女は、少しだけうつろな、まるでここにいないような瞳でつぶやいた
       コーディネイター
「あの人は 調 整 者 だから。彼女を変えられるのは、あの人だけだから」

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ニュータイプ。それは人類の革新だという
人は進化をしてきた。適応するために四本足から二本足へ、脳は大きくなり、火を使うことを覚え、耕作を覚え、
人はそんな風にして新たな形へと変わってきた
宇宙に出た時代、人はそれに適応するため、また新たな力を身につけたのだという
その新たな能力者たちを、あの世界の人間は、ニュータイプと呼んだ

シンはラクスを抱き起こした時、なぜかそんなことが頭をかすめた
次に考えたのは、

—————殺すか

ということである。オーブ簒奪の首謀者であり、彼女が死ねばオーブは崩壊するだろう
今ならナイフで喉を一突きして、素早くこの場を離れれば、事はすむ

だが。すぐに思い直した。ラクスを無くしたオーブは、とんでもない暴走を始めるかもしれない
恐ろしいことに、ラクスである。オーブ軍は彼女を無くしたがため、ザフトに全滅覚悟の戦いを挑み、
オーブ国土を荒廃させるかもしれないのだ
そういう想像を、妄想と言いきれないところに、彼女の恐ろしさと影響力の強さがある

それに暗殺を行うような人間が、戦争を終わらせることができるはずがない

(彼女を連れて、離れよう)

彼女が一人ということはありえないはずだ。シンはラクスを背負って、その場を離れた
離れてどうするのだと思ったが、置いて行くわけにもいかないと思った
伊達メガネがずれる。かけなおす

そもそもラクスはなにをしようとしていたのか。シンは考える
プラントから指名手配されている彼女が、まさか観光に来ているはずがない
なんらかの工作、という疑いが真っ先に浮上した

もぞっと、背中が動いた。シンは振り返る。シンの背にしがみついたラクスが、きょとんとした顔をしていた

「どなたですか?」
「公園で倒れていたから。放っておくわけにもいかなくて」

彼女とはほんの少しだけ顔をあわせたことがあるが、会話をかわしたことはない
それに今は変装しているので、自分がキラを苦しめているアカツキのパイロットだとは知らないはずだ
シンはそんなことを考えながら、ラクスを見つめた

「それは、わざわざありがとうございます。でも、もう大丈夫ですわ
  連れがいますので、戻りたいと思います」
「悪いが、こっちはあんたに用があるんだよ」
「用、ですか?」
「毒はまだ、あんたを苦しめているみたいだな、ラクス・クライン」
「…………」
「下手くそな変装だな。ま、誰もあんたがプラントに戻ってるなんて、考えちゃいないだろうけどさ
  発見したのが俺でよかったな。アスラン艦長だったら、問答無用であんたを八つ裂きにしてたぞ」
「アスランのお知り合いなのでしょうか?」

正直、シンは驚いていた。ラクスは不思議なことに、この状況でもほとんど動揺していない
正体がばれているとわかっても、シンの背中で身動き一つしないのだ
どういう神経をしているのか、あまりに不思議だった。まるで、彼女は無垢な子供のようだ

「ああ。アスランの、知り合いだよ」
「アスランがわたくしを八つ裂きにする? いったい、なぜ?」
「あんた、本気で言ってるのか?」

シンはラクスを背負った格好で、足を止めた。驚くより、呆れるような感じだ
だが同時に、一つだけ思うことがある

(この人は、本当に俺たちと同じ人間なんだろうか)

バカげた思考である。しかし初めて触れるラクスは、あまりに浮世離れしていた
憎しみや怒りといった感情と、彼女は無縁のような気がした
だがもしそうなら、そういう感情を持っていないのなら、やはり彼女は人間ではない

「アスランは、やはり悲しみの感情に押しつぶされてしまったのでしょうか?」
「…………」

どこかラクスはずれていると思った。言いたいことは大きく間違っていない
アスランは確かに、悲しみに押しつぶされている。しかしラクスを憎んでいる理由は、もっと直接的だ
単純に、オーブを乗っ取ったことと結婚式に乱入したことなどを許せないでいるだけだ

なにかがやり切れなかった。こんなにも彼女は人に好かれる
なのに、どうしてオーブを乗っ取ったのか。どうして戦争をするのか
そんな疑問が、シンを埋め尽くす。憎しみが消えて、なぜか悲しみが胸の中に残った

宇宙が見える場所についた。人影は少なく、地球で言うなら波止場のようなところだ
シンはベンチにラクスを下ろし、座らせた

「あなたは、わたくしをどうなさるおつもりなのでしょう?」
「さらって、妻にする」
「まぁ……」

くすくすとラクスは笑った。その笑顔がたまらなく魅力的である
だが同時に、シンの胸に開いた穴へ、風が吹き抜ける。なぜか彼女が、悲しかった

「体は大丈夫なのか?」
「おかげさまで平気ですわ、旦那様?」
「……プラントを乗っ取りに来たのか?」

シンが鋭く言う。ラクスがここにいる理由は、それしか考えられない
すると彼女は凛とした瞳になって、シンを見つめた

「乗っ取りに来たわけではありません。正しい方向に戻したいのです」
「不思議だな、あんたは」
「はい?」
「なんのためらいもなく、そんなにも自分を信じることができる
  自分が間違っているとか、考えたことはないのか?」
「それはわかりませんわ。でも、決めたら、後はやり通すしかありませんもの
  迷えば、また未来が失われる。人の命も消える。それは、避けねばなりません。だから進むのです」
「もうやめてくれ」
「え?」
「もうやめてくれ。そしてオーブを返してくれ」

シンは言って、ラクスの隣に座った。沈黙が訪れる。人影は少なく、こちらを見つめる視線もない

「オーブを?」
「そうだ。あれはあんたのものじゃないんだ」
「違いますわ、国とは誰のものでもありません。国は国です」
「だったら乗っ取ってもいいのか?」
「お借りしただけですわ。すべてが終われば、ユウナ代表にお返しするつもりです」
「そんな勝手な理屈が・・・・」

言いかけて、シンはやめた。そう、通るのだ。ラクス・クラインだけが、そんな勝手な理屈の中で生きることができる
少し話しただけで、シンは気づいた。ラクスはオーブでクーデターを起こしたことを、悪いとも思っていない
そして彼女の周囲にいる人間たちも、クーデターを是としているのだろう
どうすればいいのか。どうすれば、彼女は自分の行っていることに気づけるのか

説教はできる。正論も話せる。だがそれでラクスのなにが変わるのか。揚げ足を取ったり、論破したところで人は変わらない
なら、殺すしかないのか。殺すことでしか、救えない人間なのか

「あんたは、人間じゃないんだな」

思わず口にした単語がそれだった。ラクスがきょとんとした顔をしている
シンより年上のくせに、幼い表情だった

「わたくしが、人間じゃない?」
「なぁ、ラクス。あんたから見て、俺はどう映る?」
「どうって・・・・そうですわね。悪い人ではないと思いますわ」
「俺はあんたが、人に見えないんだ。人とは違う、別のカタチをした生き物に見える」
「フフッ。面白いことをおっしゃるんですのね?」
「……いつか、聞きたかったことがある」

シンはじっとラクスを見つめた

「なんでしょう?」
「どうして前大戦が終結した時、行方をくらましたんだ?」
「……キラが。キラが戦いの中で、とても深い傷を負いました。わたくしはキラを戦いに引き込みました
  わたくしには彼の傷を癒す責任があったのです。だから、共に姿を隠しました」
「平和だったんだな」
「ええ、とても。わたくしにとって、なにより代えがたい三年間でした」
「どうして平和を捨てたんだ?」
「世界が間違いを犯し始めたからです」

ラクスの瞳。シンを映さず、ずっと遠くを見つめている。彼女が見据えているもの
なんなのか。それを知ることができれば、自分は彼女を超えられるのか

「間違いか。そうだな、あんたは世界に干渉できるほど力を持っている」
「いいえ。力はただ、力です。わたくしは人々の自由を守りたいだけなのですから」
「悪い。俺、頭悪いから、もう少しわかりやすく話してくれないか?」
「……わかりやすく話しているつもりなのですが」

ちょっとすまなさそうな顔になって、ラクスはこちらを見る

「でもこのままじゃ、死ぬぞあんた。人にたくさん憎まれる……」
「死ぬのは怖くありませんわ。守れたのなら、わたくしの命など」

話せば話すほど、絶望的な気分に襲われる。シンの言葉は、まるでラクスに届かない
そのくせ、ラクスの言葉はシンによく届く。こんな風にして、彼女は今まで生きてきたのか
目を閉じる。少し話しただけで、彼女の半生が、なぜか容易に想像できた

小さな頃から。誰かに叱られることもなく、ただ称えられる。えらいね、えらいね、えらいね
そんな風にして育った子供。人の愚かさなど知るはずもない
正義を愛して、自分をなによりも信じて、そのくせ致命的ななにかがかけた欠陥品
人々はただ彼女を愛した。彼女もまた人を愛した
きちきちとゼンマイは動き続ける。ほんのわずかなズレを放置したまま

人はなにも知らずに彼女を称える。えらいね、えらいね、えらいね
人とラクスの間には、致命的なズレがある。それを彼女も、彼女の周囲にいる人間も、気づかない

最初は小さなズレだった。でも今は大地に横たわる大河のよう
そのズレを取り戻すには、どうしたらいいんだろうか
言葉は伝わらない。彼女は自分を疑わない。強すぎて、大きすぎる

「ラクス。あんたが戦わなきゃならない理由、どこにもないんだ」
「それを決めるのはあなたではありませんわ」
「デュランダルは偽者なんだよ!」

思わず立ち上がり、シンは小さく叫んだ。叫んだが、周囲に人影がないことは確認している

「偽者……?」
「そうだ。今の議長は偽者なんだ。アメノミハシラに来いよ。重傷を負っているけど、
  本当の議長がそこにいる。一度お会いしてくれ」
「そんな……。信じられませんわ?」

困ったような顔をして、ラクスが笑う。予想できた答えだった
彼女にはなにも伝わらない。なにも届かない。言葉など無意味

「どうして人の声があんたには届かないんだ? どうして……!」

やり切れなかった。気づくとシンは泣いていた。深い怒りが、悲しみが、そこにある
どうして同じ人の形をしているのに、ラクスはこうまで超然としているのか

「なぜ、泣いているのですか?」
「こうまで絶望的とは思わなかった。こうまで遠いところにいるとは思わなかった
  同じ人なのに、あんたはこうも人じゃない……!」
「安心してください。わたくしは、人ですわ」
「ラクス……! わかるか? あんたはおかしいんだ! 人はそんなに人に好かれない
  人はそんなに称えられない。だからみんな頑張ってるんだ
  なのにあんたは努力も無しにあらゆることを簡単に成し遂げてしまう
  それを不自然と思ったことはないのか? 自分が人と違うと思ったことはないのか?」
「わたくしは、ラクス・クラインです」
「だからなんだ! ラクスだから、すべてが許される。それがそもそもおかしいんだよ!」
「おかしくなどありません。正しさを胸にすれば、必ず道はできるのです」
「—————ッ! もういい! どうして、声が……とどか……」

シンは立ち上がった。殺すか。またそんなことが頭をかすめる
両目が涙を流す。なんだろう、この絶望感。もっと早く出会っていれば。なぜかそんなことを、シンは思った

「では、お聞きします。あなたは正しいのですか?」

ラクスがまっすぐに見つめてくる。迫力のある、凛とした瞳
わずか前の自分なら、気圧され、目をそらしていた

シンは、人差し指で目をぬぐった。それからラクスを見つめ返す

「絶対に正しいことなんてない。でも。この道の先には、平和があるって信じてる
  だから、俺はあんたを超えなきゃいけない。それから、戦争を終わらせる」
「あなたが……?」
「あんたから見たら、きっと、俺なんて虫けらなんだろうな」
「虫けらなどいませんわ。人は、人です」
「……俺を人と思うなら、覚えててくれ。俺はシン・アスカ」
「…………」
「あんたを殺さずに行くよ。プラントの乗っ取り、頑張ってくれ
  でも、プラントもまたあんたのものじゃない。だから俺は、あんたの敵でいる」

ほんの少し話しただけで、人は彼女を好きになる。自分も例外ではなく、またラクスを好きになった
だからこそ許せない。人ではない彼女が。人とは呼べない彼女が

シンはラクスから背を向けた。殺すべきかもしれない。またそんなことが頭をかすめたが、やめた
殺したら、永遠にラクスは自分自身を知ることができない
だから教えるしかない。彼女に勝つしかない。彼女の危うさは、弱さがないこと。弱さを知らないこと

なら、必要なのは敗北

敗北。それが彼女を人に戻す、唯一の手段だとシンは思った