クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第084話

Last-modified: 2016-02-22 (月) 23:54:29

第八十四話 『だからこそ、頼みたいことがあるんだよ』
 
 
ヤタガラスのブリッジに、オーブTVが映し出される。そこには、戦場が映っていた
アスランはじっと攻め寄せるザフトを見つめた
オーブの防衛ラインの第一弾は破られている。このままだと、最悪市街戦になる

「ラクスもキラもなにをやっているんだ」

アスランはいらだったように、ヤタガラスの艦長席へ座った
ザフトの侵攻が速い。本来なら、宇宙要塞メサイアに駐留しているオーブ軍主力艦隊がこの軍を食い止めるべきなのだ
留守居部隊では、本腰を入れたザフト地上軍にかなうべくもない

ヤタガラスはオーブ近海に潜水している。今のところは、蚊帳の外だった

「艦長、どうしますか?」
副官のイアンが聞いてくる。彼の顔にはかすかな狼狽があった
確か、地中海で保護した連合の捕虜はまだオーブに居るはずだ。それが気になっているのだろう

「どうにもならない」

斬り捨てるようにアスランははき捨てた。シンもルナマリアも月であり、ガロードやジャミルはオーブ本土でユウナを護っている
艦載戦力はインフィニットジャスティス一機のみだった。いくらなんでもこれでは話にならない

「メイリン。ザフトの戦力は?」
彼女のことだ。ザフトのサブコンピューターぐらいには侵入しているだろう
「おおよそでよろしければ報告できます、艦長」
「言ってみろ」
「編成は、ディン、バビ、グーン、ザク、グフ。MS総数約200。空母10。戦艦20
 地上軍総指揮は、マハムール基地司令ヨアヒム・ラドル」
「グフまで投入しているのか。ザフトも本気だな」

アスランは頭がちりちりとしてきた。かすかに痛むような感じがある。最近は思考すると、こんな風になることがしばしばだった

「艦長、なにをお考えで?」
さらにイアンが聞いてくる。この男らしからぬしつこさだった。よほどに捕虜が気になるのか
「イアン。仮にDXのサテライトキャノンでザフトを吹き飛ばしたとして」
「……」
「そんな風にオーブを護ったところで、オーブ国民は俺たちに感謝すると思うか?」
「とてもそうは思えませんな。感謝どころか、殺戮者として糾弾するかもしれません」
「なら……」
「あえて、ザフトにオーブを制圧させるおつもりですか?」

イアンが言いにくいことをずばりと言った
タカマガハラは名目上オーブ軍とは別ということになっているが、実質的にはオーブ軍である
それが、国防を完全に放棄するのだ。非難されるべきことではあった

「時には荒療治も必要だ。もうオーブ国民も気づくべきなんだよ
 誰が本当に国を護ってくれる人間かということをな」
「……イアン・リー個人としては、賛同できる意見ではありません」
「政治というやつだ。俺だって」

好きでこんなことをやるんじゃない。そう言いかけてアスランはやめた
好きで戦争やってる人間自体、一握りだ。なら、言葉はただの言い訳になる

「ラクスはどう出るかな」

虚空を見た。ある意味では、今の自分は楽な立場だ
しかし、動かないというのもこれはこれで辛いと、アスランは思った

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「なによそれぇ?」

レオパルドの整備に立ち会っている時である。ロアビィは、整備兵にしかめっ面を向けた

「物資が足りないのです」
整備兵が、仏頂面でそう答えてきた
「そりゃわかるけどね。レオパルドの弾薬を規定の半分まで減らすってどういうことよ
 こいつは殲滅戦もできるのがウリの、重戦機なんだぜ。その魅力を無くしちゃう気?」

ロアビィは焦ってきた。レオパルドは物資の量で戦闘能力が決まると言っても過言ではない
それほど重装備の機体なのだ。その気になれば、小島なら吹き飛ばせるほどの弾丸を射出できる
それの物資が半減するということは、レオパルドの力も半減するということだ
傭兵にとってコンディションの悪化は、死に繋がる。そうなればクライアントの意向を無視することも考えねばならなくなる

「いえ、それについて代案が」
「代案?」

ロアビィが怪訝な顔をすると、整備兵が一つの装備を指差した
つられてそちらを見る。メサイアの大きなMSデッキに、ウインダムがあった
連合から鹵獲したものだろうか。他にもザムザザーなどがある

「あれを取り付けるようにと」
「あれって……。ウインダムなんかどうやってレオパルドに取り付けるのよ?」
「いえ、ウインダムではなく、その肩にある……」

整備兵がさらに指差す。ウインダムの肩には、巨大な筒が背負われている
そこには核の印が……。まさか……

「冗談じゃない! レオパルドに核ミサイル取り付けろってのォ?」
「し、しかし上からの命令で」
「上から? 歌姫さんの命令なんだろうな?」
「それは……」

ラクスは大量破壊兵器を毛嫌いしている。そういう彼女が、レオパルドに核を取り付けろと言うはずが無い

「いやー、予想通りもめてるね」

オーブ将官の服を身にまとった、隻眼の男がやって来る
バルトフェルドだ。ロアビィは整備兵の相手をやめて、そちらに向き直った

「バルトフェルドのオッサン。さてはあんたか? レオパルドに核つけろなんて言ってんのは」
「一番適任だからね。レオパルドの砲撃能力なら、より正確な核発射が可能になる」
「やめてくれよ。俺は核なんか撃ちたくねぇっての」
「へぇ。条約違反の核MSを長いこと所有していたのにかい?
 戦争はできるのに、核は撃ちたくない。おかしくないか、ロアビィ?」
「……人の揚げ足とるなっての。だいたい、フリーダムなんかどうなるのよ」
「それを言われるとボクらも弱いね
 ま、君が傭兵時代、なにをしていたのか気にならないわけじゃないが……」

言われて、どきりとした。バルトフェルドはロアビィが、AWの住人だということを知らない
素性に関してあれこれと詮索されるのは嫌だった

「それはそうと、核は嫌だぜ、虎さん。傭兵にもルールがあるんだよ
 どこの世界に核を撃つ傭兵がいるんだ」
「いや、別に撃たなくてもいいんだよ。ただ持ってるだけでいい
 君が望むなら、弾頭も入れなくていいさ」
「……?」
「君は下がっていたまえ」

バルトフェルドが整備兵に目配せして、下がらせる

「なんだよ。俺は男と内緒話なんかしたくないぜ?」
「ロアビィ。君はこの戦争、どう見る?」
「傭兵が戦争の行方なんて気にするわけないでしょ。仕事をやるだけよ
 歌姫さんは好きだけどね」

言ったが、嘘である。傭兵ほど戦争の動向に敏感な生き物は無い
敗勢が濃くなれば、どれほどの高額の金をもらっていようがさっさと逃げ出す
そうしなければ生き延びることはできない。だから、戦況の見切りは重要だった

「そうかい。ボクは負けると思ってるんだがね」
「……」
ロアビィは言葉を失った。キラは立場上最高司令官だが、実質的には目の前に居るこの男がそうであると言っていい
それが、あっさりと敗北を認めたのだ
「もはや無理だ。確かにオーブ軍は精強で、強大な戦力を持っている。だが大義や物資を喪失している以上、
 もう戦争の継続が無意味になってきている。偽者がどうとか、ふざけた状況だしね」
「……俺になにを言いたいんだい。俺はただの傭兵だよ」
「君の生き延びる力。生きていく力。ボクはそれを素晴らしいと思っている」
「ん?」
「だからこそ、頼みたいことがあるんだよ。聞いてくれるかい?」

バルトフェルドは、ロアビィに近づくと、そっと耳打ちした
かすかな、聞き取れるかどうかの音量。しかし、はっきりと聞こえた

ロアビィはただ、不信そうな顔でバルトフェルドを見つめた

「なんで俺にそんなことを? まだ戦争がどうなるのかわかんないのに、無責任なんじゃない?」
「ボクはこの状況で勝ちを考えられるほど、楽天主義者じゃないよ。
 ま、そりゃ勝てるにこしたことはないし、
 勝率はそこまで絶望的ってわけでもないけどね。なんていうか、負けの匂いが消えないんだよ
 だから、保険をかけときたいのさ」

それはロアビィも感じていたことだ。勝ち負けを予知するのは、優れた戦士のみが持つ特異な嗅覚である。
バルトフェルドとて前大戦で名を売った軍人だ。彼もまた、オーブ軍の負けを感じているのか

「別に俺じゃなくても、適任者がいるだろ。なにしろこのロアビィ・ロイ。ただの傭兵だぜ?」
「いや、君はクライン派の誰よりも、頼むべき人物だと思ってるよ。生き延びるという能力では、かなりのものを持っている
 なにより……重い荷物を、途中で放り出すような人間じゃなさそうだ」
「そんなことは……」

ロアビィの胸が、ずきりと鳴った。なぜか、腕の中で死んだ女を思い出した
エスタルド公国。レジスタンス。一夜だけを共にした女。彼女の死に顔が、まだ忘れられないのか

「そろそろ会議だ。君も出るんだぞ、ロアビィ三佐。おっと、くれぐれもキララクスには核の件、内緒にな?」

からかうようにバルトフェルドは笑うと、ロアビィの前から去って行った
あの男、死ぬ気か。多分、そうだろう

(キラと、ラクスを、生かしてやってくれ。頼むよ)

それが、バルトフェルドがロアビィにささやいた願いである

「勝手なこと言いやがって。どいつも、こいつも……」

あの女が、ロアビィのまぶたで、笑っていた

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ロアビィはしばらくレオパルドに付き合っていた
断ることもしなかったため、レオパルドへの核装備は続けられている
次第にそんなことはどうでもよくなってきた。核を撃てと命令されたわけではないのだ

整備兵の説明によると、レオパルドデストロイの右肩へ一門だけ取り付けるそうだ
機動性が落ちなければいいけどな。そんなことを考えていた

予定より早く、軍議が召集された。人の動きがあわただしい。なにかあったのかと思って、アークエンジェルの会議室へ向かう
メサイアは重要な施設がいくらか爆破されていて、動力が回っていないところがある
だから、戦艦で生活する方が快適だった

会議室に入ると、空気がぴりぴりしていた。特にオーブ軍人たちの様子がおかしい
キサカやソガなどは顔がかすかに青ざめている

キラが、入ってきた。彼の顔色も悪い。病人とまでは言わないが、微熱をわずらっているような感じがある
体調が悪いのか。ラクスとキラの二人が健康を害しているのは、歓迎できることではなかった

他にもシャギアやバルトフェルドなどの顔がそろったところで、会議が始まった
ムウ・ラ・フラガの席が空席になっている。さほどに会話をしたわけでもないが、悪くない男だった
惜しい人間から、死んでいく

ラクスの席は空席だったが、そのまま進められていく
まずはオーブ軍人であるソガが立ち上がり、周囲を見回すと、ニュースを告げた

「ザフトのオペレーション・フューリーが本格化した。ザフト地上軍の大部分が投入され、
 すでにオーブ本土の防衛隊の25パーセントがやられている」

場がざわつく。しかし予見されていたことだ。すぐに静まり、今度は援軍を出すべきかどうかの議論が始まった
ロアビィは議論に参加しない。三佐とはいえ、一介の傭兵である。その分は守るつもりだ

援軍を出そうと主張するのはオーブ出身者で、逆にこれを機会にプラントを攻めようと言うのはクライン派の軍人だった
バルトフェルドやシャギア、それにキラは沈黙している。マリュー・ラミアスも沈黙しているが、こっちはなんとなく物憂げな感じだった

「ではオーブを見捨てよというのか! いったいこの軍はどこの軍だ。オーブ軍だぞ! 国を守らずしてなんとする!」
「そうは言ってない! だがみすみす軍を退いてはデュランダルの思う壺だ
 プラントを制圧すればいい。プラントを制圧できれば、ザフトとてオーブへの侵攻は止まる」
「そうたやすくプラント本国を制圧できるか! オーブへ引き返すべきだ!」
「いまさら、引き返してどうする!」

双方の言い分に、理がある。こうなればバルトフェルドが議論を治めるしかないだろう
ただ、退くにしても進むにしても物資が無い。ロアビィはそちらの方が気になった
EN、弾薬がなくては戦争にならないのだ

「バルトフェルド少将の意見をうかがいたいが」

キサカが、じろりとバルトフェルドに視線を送った
オーブ派の首魁がキサカなら、クライン派の首魁はバルトフェルド。なんとなくこの軍はそんな風になってしまっている

「ボクの意見だね。じゃあ、言うよ」バルトフェルドは、気楽そうな表情で顔をあげた。誰かが生唾を飲み込む「降伏」

会議室が水を打ったように静まり返った。バルトフェルドは発言の重さに比して、気楽そうである
命を捨ててかかっている。そういう男だけが持つ気楽さを、今のバルトフェルドは持っていた

「降伏だと!?」

キサカやソガらが血相を変えた。いや、それだけではない
クライン派の女軍人、ヒルダ・ハーケンも顔を真っ赤にして立ち上がった

「ふざけんじゃないよ砂漠の虎! 降伏だって!? これだけの大艦隊持ってて、いつからそんな腰抜けになったんだい!」
「落ち着きたまえよヒルダ君。別に本気の降伏じゃない。時間稼ぎの降伏さ」
バルトフェルドは、平静な顔で説明を続ける
「時間稼ぎ?」
「ネオジェネシス発射後、プラントはボクらに降伏勧告を行った。オーブ軍はそれに対して、正式な返答をしていない
 ラクスのオーブ潜入でうやむやになっちゃったしね。どうにかそれを利用して時間を稼ぐ」
「そんな甘いもんかい、デュランダルが!」
「だから、脅すのさ」

バルトフェルドはにやりと笑い、周囲を見回す。たいした役者ぶりだった。周りの人間たちは一様に呑まれている

(やるじゃない)

ロアビィは心中で笑った。虎の面構えがいい。腹を据えた男というのは、こういう時、強い
それに降伏勧告が行われたとき、真っ先にそれを受諾する考えを言ったのは、ロアビィ自身だった

「脅す?」
「そうさ。デュランダル……おっと、二人居るんだったな
 プラントにいる方のデュランダルをにとって一番怖いことはなにかわかるかね諸君」

……。

バルトフェルドの質問に、答える者はいない。答えがわからないというより、バルトフェルドの答えを知りたいのだろう

「我々オーブ軍が、月にいる方のデュランダルと手を組むことさ。こうなれば彼我の戦力差は逆転する
 加えて、ヤタガラスやミネルバ……それに大西洋連邦とも共闘できる可能性が出てくる」
「そんなことができるか! 不可能だ!」

キサカが鋭い声を張り上げた。ロアビィも同感である
月にいる方のデュランダルは、はっきりとキラのオーブ政権を認めぬと言ったのだ
加えて、そちらのデュランダルが盟友としているユウナは、おそらくキラとラクスを憎みぬいているだろう

しかもクーデターに参加したオーブ軍人たちは、ユウナを嫌っていた

「まず無理だろうね。だが、万が一と言うこともある。だから、そのカードをちらつかせて脅すのさ
 降伏勧告の交渉をせねば、こちらは月のデュランダルと手を組みますよ、と
 ま、とにかく時間を稼ぐことだよ。その間になんとか補給路を整備して、メサイアを使えるようにする
 忘れちゃいけないのは、この宇宙要塞メサイアは移動できるということさ
 破壊されたブースターとかを応急処置して、メサイアごとオーブ上空に出るとかすれば、戦況はだいぶ楽になる
 その逆もしかりで、メサイアを移動させてプラントの喉元に刃をつきつけることもできる」

得意げにバルトフェルドは言う。会議室がまたもざわついた
バルトフェルドの案が悪くないと感じ始めているのだろう
だが、ロアビィはふにおちない。ならばなぜ、わざわざレオパルドに核をつけたり、この戦争は負けると言ったりしたのか
もしかしたらこの男には他に狙いがあるのだろうか

こういうとき、しょせん自分は傭兵なんだなと思い知らされる。頭が政治的なことまで回らない

「僕は反対です」

不意に、声が響いた。ロアビィは驚いてそちらを見る
なんと発言したのは、これまで沈黙を守っていた『オーブ首長国連合代表首長』キラ・ヤマトだった

「反対……だって?」

一番驚いたのはバルトフェルドのようだった。目を大きく見開き、じっとキラを見詰めている

「本土へ援軍を出しましょう。この軍はオーブ軍です」

誰もが黙って、キラの言うことを聞いている。どういうことか。ロアビィは少し驚いた
作戦で、バルトフェルドの言うことに反論したことなどなかったはずだ
そういえば部屋にこもりっきりで、メサイア攻略の時にやっと出てきたが、昔とは少しキラの様子が違っているような気がする

「……」
「オーブ軍であるならば、国民を守るべきです。その責務を放棄するわけにはいきません」
「しかしな、キラ」
バルトフェルドがなにか言おうとした
「少将。僕は連合首長国代表です。統帥権がどこにあるか忘れてませんか」

一堂が、ざわめく。意外も意外。意外どころの話ではない
キラがなんと独断強権で会議を押し切っているのだ
そもそもがこういうものの言い方をする男ではない。どんな過激な意見も、柔らかく言う男だった

「援軍はいい。だが、メサイアの囲いをどう突破する?」
発言したのはシャギアである。メサイアの囲いとは、ザフトの警戒網のことで、彼らはオーブ軍を包囲しているのだ
うかつに出て行けば、物資の少ないオーブ軍は苦戦を強いられる羽目になる
下手をすれば各個撃破され、援軍どころではなくなるだろう

「僕が先陣を切ります。オーブ本土まで。降下戦力はどれぐらい算出できますか、バルトフェルド少将」
「……あ、ああ。アークエンジェルを含めて、全軍の20%というところかな」

降下にも物資はいる。アークエンジェルのような万能艦ならまだしも、他の宇宙艦は専用の装備で降下しなければならない

「ストライクフリーダムで埋められる戦力差です。各員、降下準備に取り掛かってください
 バルトフェルドさん、キサカさん、残って。編成について話を詰めましょう」

キラは立ち上がり、散会を告げた。事の成り行きに誰もが呆然としている
ラクスのような立ち回りを、キラは見せた。それはこれまでのキラではありえなかったことだ
それが各員から思考力を奪い、そして反論させなかった。それどころか、キラ一人に威圧された

ロアビィもその一人である。どうしたんだよまったく。アークエンジェルの会議室から出て、軽く髪の毛をかきあげてみた

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嫉妬、だったのかもしれない
あるいは、苦しみから逃れたいがために、僕はラクスの真似をしたのかもしれない
それとも、ムウ・ラ・フラガが最後に告げた言葉が、キラ・ヤマトの心に入り込んで、暴れて、ついには人格を変えてしまったのかもしれない

だからラクスみたいな真似をして、自分の意見を押し通した
単純に、オーブ代表だから、オーブを護らなきゃ。そう思った

コーディネイターの中でも、特別な存在であることを、前大戦で知った
天才という言葉では形容できぬほどの天才。ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンと並ぶ存在
それがキラ・ヤマトであると

しかし、ひどく臆病な自分がいる
いつもなにかにおびえているキラ・ヤマトがいる
前大戦、ストライクで夢中で戦っていた頃は、いつもなにかが怖かった
敵が怖かった。そして、仲間も怖かった。戦争も怖かった。そして、人の死が、怖かった

それを唯一救ってくれたのはラクスである
フリーダムに愛機を変え、戦争を終結させるために戦って、ようやく迷いがなくなった
アスランとも合流し、これこそが正しい道だと、全身で叫ぶことができた

今、ストライクフリーダムの中で、キラは思う
ずっと。多分、ずっと自分はラクスに甘えてきたのだ
いつもラクスは強く、迷いがなく、道を示してきた。その道に従うことのみを正しい道とした

しかし今のラクスは弱っている。体のこともあるが、心のことがある
ひどく迷っているのだ。デュランダルが二人と告げられてから、彼女はひどく動揺している

(あんなに……)

キラはふと思い出した。ラクスの肩を。不安げに肩を抱く彼女の姿を

(ラクスは、小さかったんだ)

まだ十八才だった。そう思った時、キラの中でなにかが芽生えた
それがなにかはわからない。それに突き動かされて、キラは会議室で発言した

「シン・アスカと申しますのよ」

メサイア陥落後、彼女は唄うような口調でキラにその名を告げた
キラが幾度も煮え湯を飲まされた好敵手の名である

「知ってる。アカツキのパイロットなんだよね」
「プラントでお会いしまして。とても面白い方でした」
「……面白い?」

キラの胸がちくりと痛む。嫉妬だ。そう気づいて、少しだけ動揺した

「事前にわたくしへ、議長が二人いることをおっしゃってまして。その頃は信じられませんでしたけど……
 そうそう。他にもわたくしを人では無いとか……。絶対に戦争を終わらせてやるとか、そうおっしゃってました」
「戦争を……」
「目指すところはわたくしたちと同じなのですわ
 だから仲間になって欲しいのですけど……どうにかなりませんでしょうか?」
「……どうだろう」

シンの話をするラクスがはしゃいでいるのが、どうしても心に引っかかった
情けないこだわりだとは思う。ラクスがシンに恋心を抱いているわけではないことを理解しているが、気に入らない

アークエンジェルが旗艦としてメサイアより出航する。オーブ軍艦を中心とした編成で、途中までエターナルなどが追従する

『ミーティア機動。キラ、いつでもいいぞ』
エターナルのバルトフェルドから通信が入る
「バルトフェルドさん。怒ってますか?」
『なにがだい?』
「会議のことです」
『……ふーむ。ま、俺は当然俺の作戦が最上と思ってやっているがね
 キラがそう言うのなら仕方あるまい。俺は全力でそれを支援するだけだよ』
「すみません」
『いいさ』
バルトフェルドはひらひらと手を振ると、通信を切った。どこかさっぱりとしている
前まで彼は重苦しい雰囲気を持っていたが、今はどこか軽い。しかし不思議な軽さだった
軽薄という感じは、まったくないのだ

降下部隊は、シャギア・フロストとレドニル・キサカが指揮をとる
キラはオーブ上空、制宙権の確保が目的だった
クラウダ隊を降ろすことができれば、ザフトのMSを圧倒できるのだ

「キラ・ヤマト、ストライクフリーダム、行きます!」

ストライクフリーダムが閃光と共に走る。先に、ザフトの敵艦隊が見える

『ミーティア、リフトオフ! キラ君!』

ミリアリアの声と同時に、Sフリーダムはエターナルから射出された巨大な兵器とドッキングする

—————いくら叫ぼうが今さら! 君は大罪人のままさ!

クルーゼの嘲笑。キラは吐き気をこらえて、戦場に踊りこんだ

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「オーブ軍が出たのか」

レイは、メサイア包囲網の一角、バレル隊旗艦・空母ゴンドワナの艦長席でわずかに腰を浮かせた

「間違いありません」
部下の一人である、ヨップ・フォン・アラファスが答える
「オーブへの増援か?」
「と思われます」

「好都合だね、レイ」

ゴンドワナの艦長席、その隣のゲスト席で座る男がくすっと笑う
ギルバート・デュランダル。プラント最高評議会議長である

「議長」
「私はヤタガラスや大西洋連邦よりもラクスが怖い。彼女がなにより怖いのだよ」
「はい」
「メサイアで立ち枯れするのも良し。自暴自棄になって出てきたところを叩くのも良し
 そう思っていたが、どうやら後者のようだ。メサイア一つ、くれてやっただけの成果はあったかな
 彼らの物資は通常軍の半分……いや、おそらくは連戦で30パーセント程度まで落ち込んでいるはず
 そういう疲弊した軍と、戦えることを嬉しく思うよ私は」
「しかし全軍ではないようですが?」
「ますます好都合だ。戦力を集中されては、さすがに厄介だからね。レイ、ザフト主力軍をオーブ上空に集めるように伝令」
「はっ」

レイは立ち上がり、即座に伝令を告げた。同時に隊へ第一種戦闘配置を命じる

「諜報によると、オーブ軍はクライン派とオーブ派にわかれつつあるらしいね
 そこも面白いが……。ふむ、戦争の最中に仲間割れするほど愚者でもないかな彼らは」

デュランダルは一人つぶやくと、さっそうと立ち上がった

「議長、どちらへ?」
「出撃準備だよ、レイ」
「いけません。ここは俺に任せてください。議長は大切なことを成し遂げねばならない身です」
レイは血相をかえて、デュランダルの前に立った。しかし彼は、優しくレイの頭に手を置く
「その気持ち、とてもありがたいがね。だがキラ・ヤマトが出てくればどうする
 彼を倒せるのはおそらく、私だけだろう」
「お、俺がキラを倒します。たとえ相討ちになろうとも、キラを倒します!」

それが、キラに討たれたラウの遺志です
そこまでは言わなかったが、レイはデュランダルに目でそう訴えかけた

「レイ。では、こうしよう。二人でキラを倒そうか」
「ですが……」
「私は君に死んで欲しくないのだ。わかってくれ、レイ」
「は、はい!」

レイは頭を下げた。そうまで言われては、なにも言い返せない
思わず目頭が熱くなった。ギルはそこまで自分を想ってくれている

「ただし、一つだけ約束してくれ」
「は……」
「私が合図したら、サザビーから離れるんだ。最低でも一キロ以上。いいね?」

デュランダルは、いつもの柔らかい笑みでそう告げた
どういうことだろうか。レイが考えているうちに、デュランダルはMSデッキに足を向けている
仕方なしに追従した。どちらにしろ、これからはかなりの激戦になるだろう