クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第089話

Last-modified: 2016-02-22 (月) 23:59:10

第八十九話 『君を殺しに来た』
 
 
ブルーノ・アズラエルは、プラントにいる
ロゴスのメンバーであり、反コーディネイター団体ブルーコスモスに多額の出資を行ってきたアズラエル財閥の総帥が、
コーディネイターの本拠地プラントで生きている。そこに奇妙さがあるが、ブルーノはそれを矛盾とは思わなかった

公園のベンチに、ブルーノは座った

ロゴス排斥を、ジョージ・グレン……いや、今はギルバート・デュランダルと名乗っている男は行ったが、
ブルーノ・アズラエルのみはメンバーとして公表していない。だから一般人は自分がロゴスだとわからないはずだ
それでも知る人間は自分を、アズラエル財閥の総帥だと知っているだろうが、まさかコーディネイターがそれを知っているわけがなかった
せいぜいが、連合の高官や、ユウナ・ロマのような元ロゴスぐらいだろう。だからある程度、プラントでも自由がきく

ベンチに座り、詩集を開こうとした。だがやめた。ひどく穏やかな気候だったのだ
だからごろりと横になる。まるで仕事に疲れたサラリーマンのように、ブルーノは昼寝の体勢を取った

(死ぬことは、なかっただろうに)

プラント、人工の空を見つめながらぼんやりと思う
近頃、息子のことをよく思い出す。ムルタ・アズラエル。前ブルーコスモス盟主にして、我が息子

もしもプラントを行く人間たちに、息子の名をぶつけてみれば、嫌悪と罵倒が返ってくるだろう
戦争の元凶として、今なお息子は憎悪の対象だった

息子を殺したのは、アークエンジェルである。それを恨む気持ちが無いわけではない
ただ、それ以上に無常だった。世の中にはどうにもならぬことがある。ラクス・クラインを見ていると常々そう思う

あれに、どう勝つのだ
戦争を止めたいと、ある日16の少女は願った
そしてなんとそれを現実にしてしまった。ラクスとは、そういうものだ

彼女を倒せるとすれば、ジョージ・グレンだろう。ただ、彼の寿命はさほど長くない
それがどう転ぶかだった

「らちもない」

ブルーノは苦笑した。隠遁している気分だったが、世の中のことをあれこれと考えてしまう
世捨て人になりきれぬ己が、かすかなみじめさを感じさせた

世間に未練はない。もう表舞台に帰るつもりもない。そう、思い定めている

横になるのをやめて、起き上がった。こういう品の無いことができるのも、自分が隠者であればこそだろう

しばらくぼんやりしていた。そうしていると、詩が口から出てきそうになる
詩想。悪くなかった。昔はあくせくと働き、ずいぶんとあくどいこともやった
それらすべてが家を守るためであり、財を成すためだった。
今はそれすらも、遠い出来事のように思える

息子よ。なにもしない、というのも悪くないぞ。そうつぶやいた

そうしていると、少し気になることがあった。それがブルーノの詩想を、乱してくる
ガールハントをする年ではないが。心中で苦笑しながら、ブルーノは立ち上がった

「ご婦人」
「あ……はい」

声をかけた。緑髪の、コーディネイターらしい整った容姿を持つ中年の女性である
年はブルーノより少し下、ぐらいだろうか

「先ほどから数時間、ずっとベンチから動かれませんな。どこかお体でも?」
「いえ……そういうわけでは」
「まぁ、レクイエムが発射されたり、ラクス・クラインの侵攻があったり、偽者騒動といろいろありますので
 誰もが茫然自失としてしまうのかもしれませんが。早く帰られたほうがよろしいのでは?
 治安も前よりは悪くなってるようですし」

言いながらも、さほど治安を悪くなっていないプラントである
あれほどの大騒動を巻き起こしながら、なおそれほどの安寧を作り出すあたり、ジョージはさすがと言うべきか

「息子が死んだのですよ」
唐突に、緑髪の女性は言った。ブルーノに話しかけるというより、独り言のようなつぶやきだった
「ふむ」
「でも、息子が生きているという話もあるんです
 ただ……あまりそのうわさはいいものではなくて……。息子がいろいろと汚いことをやっているとか、そういう話なのです」
「……」

ぴんと思い当たることがあった。緑髪。一度死した少年。ニコル・アマルフィ
ブルーノは、ヘブンズベース脱出の際、彼のデスティニーに同乗している
全身を包帯や火傷で包んだその姿は、印象に残ったもので、さすがに目をそむけたものだ
それになにより、瞳に宿した狂気が凄まじい。だが、同時に癒すことのできぬ悲しみも持っていた

「ご子息が、生きておられる。それだけでいい。私はそう思いますがな」
「……」
「戦争で、私も息子を亡くしましてな。なにも親より早く死ぬことはないと思っているのですが……なかなか
 戦場に行く息子を止められなかった。いや、止めようともしなかった自分を、今は恥じております」
「……そうですか」
「私は息子をあまり愛してやれなかったのかもしれません
 仕事にかまけてばかりで、放任が過ぎました。考えてみれば、一度も息子を殴ったことはなかったのですよ
 これでは父親とは言えません。今は、後悔が残ります」
「そうですね。生きているだけでも」
「そうですとも」

ブルーノは笑った。女性も、少し不器用な笑みを返してくる

「なぜ戦争は続くのでしょう」
「なぜでしょうな。昔はあれこれと、私もそのことを考えたことがありますよ、ご婦人
 ただ、今はしょうがないことだと思います
 どれだけ戦争を憎もうと、戦争がなくならぬ以上は、うまく折り合いをつけてゆけばいい
 そういう風に私は、諦めておりますよ」
「……私は」

女性はなにか言いかけたが、結局なにも言わずじまいだった
それから沈黙が続いたので、ブルーノは居辛くなり、一礼してその場から去った

住居にしている高級マンションへ戻る
高級とはいえ、ここはかつてブルーノが住んでいた大邸宅とは比べ物にならないほど小さい
とはいえ、ブルーノはここが気に入っていた
アズラエル財閥総帥として奮闘していた頃はまだしも、隠者であるならばかえって小規模な方が気持ちが落ち着く

生まれてそれなりの時を生きてきたが、今はこの安寧をなにより愛しく思っていた
財閥は他の親族が運営していけばいい。世俗的な野心が消えているせいか、清涼な感じでそう思い定めることができた

「……誰だ」

ふと、自宅前で一人の少年が座っていた。それは『セイザ』と呼ばれる格好で、旧世紀の日本などでよく使われた作法だという

「いきなりのご訪問。失礼します」
「む……」

少年は深々と頭を下げ、次いで上げた。見たことがある顔だ
だが、直接的な面識はない

「プラント最高評議会特命親善大使、シン・アスカです
 元ロゴスメンバー、アズラエル財閥総帥、ブルーノ・アズラエル様でしょうか」
「どうやって入り込んだ。誰の差し金か」

いくらか、ブルーノはうろたえた
シン・アスカといえば一部で英雄ともてはやされ、また一部では裏切者として非難されている男だ
どちらにしろ、世界に響いた名を持つ男であり、隠者にふさわしい男ではない

それに、同輩のロゴスメンバー、ロード・ジブリールを直接的に殺害しているはずだ
ならば目的は自分の殺害か。そう思った瞬間、悪寒が走った

「いや、忍び込ませてもらいました。こういう風に」

言って、シンは横にあった荷物からカツラを取りだし、かぶった
それだけで、ずいぶん女性的な雰囲気に変わる
つまり女装してここまでやってきて、マンションには警備をかいくぐって忍び込んだ
そういうことか

「……」
それでもブルーノは、警戒を解かなかった。人を殺すことで名を成した男だ
そういう嫌忌がある。そもそも、商人の多くは暴力を嫌うものだ
「あ、ウケませんでした?
 その、すみません……えっと。中に入れてもらってもいいですか?
 俺、プラントじゃお尋ね者なんで……」
「ずうずうしいと思わんのかね」

いくらか平静を取り戻して、ブルーノはつぶやく。少なくとも自分を殺しに来たのではないようだが……

「そりゃ、そうですけど。呼び鈴押してお邪魔しますってわけにもいかないんで……」
「デュランダルの差し金か」
「あ、ブルーノさんはあの偽者が偽者だってわかってるんですね」

ブルーノは舌打ちをした。シン・アスカは本物のデュランダルに近いところにいる
そして偽者とは敵対している
そのため、デュランダルの差し金と言った場合、本物のことを指してしまう
普通の人間なら、そういうことは言わず、『月の』デュランダルの差し金かと言うはずだ

「小賢しい。帰りたまえ」
「あ、その、待ってください」
「君はデュランダルの寵臣かも知れんが……増長するな
 私とてロゴス、ブルーコスモスのメンバーだ。君のようなコーディネイターの英雄を好くと思うのか」
「だからそのブルーコスモスのことで……」
「帰りたまえ」

有無を言わさずブルーノは家のドアを開けると、即座に閉めようとした

がっ。しかし、なにかに当たってドアが閉まらない。シンがドアの間に足を突っ込んでいた

「へへっ……。そう簡単に帰りませんよ俺は」
「いい加減にしたまえ。見苦しい」
「見苦しくて構いませんよ。どんなにカッコ悪くても、結果を残せばいい
 俺が知ってるナチュラルの友達は、そういうことを俺に教えてくれました」

ドアの隙間から、シンがにやりと笑いかけてくる

「ガロード・ランか」
「よくご存知で。ブルーノ・アズラエル」
「まだ彼を連れてきた方がましだな。私は、コーディネイターが嫌いなのだ」
「そんな方がプラントにお住まいになる。おかしくないですか」
「さかしい。帰れと言っている。警備を呼ぶぞ」
「なら、俺もロゴスの生き残りがここにいるって大声で叫んでやりますよ」
「ええい、帰れ!」
「い・や・で・す!」

しばらく玄関で押し問答をしていた。
が、やがて根負けする。ブルーノはため息をついた
嫌になるほどの粘り強さだ。普通、コーディネイターはその優秀さゆえに粘りに欠けるものだが、このシン・アスカというのは少し違うらしい

「いいところに住んでますね、ブルーノさん」
「……」

シンはきょろきょろと周囲を見回している
とにかく不愉快で無礼な男だった。ブルーノにこういう態度を取ってきた男は、始めてである

「話がすんだら、帰るのだぞ」
「まぁ、その前にコーヒーでも」

シンは自分の荷物から袋を取り出すと、勝手にブルーノのコーヒーメーカーを取り出して電源を入れた
袋の正体はコーヒー豆らしい。無礼もここまで行くと怒る気を無くす
勝手にしろという気分で、ブルーノはソファに座った

やがてブルーノの前にコーヒーカップが置かれる
いい匂いだったが、あえてそちらからは目をそらした
シン・アスカはゆったりとした仕草で、ソファに座ろうとしている。だが、彼の膝はかすかに震えているようだ
どうやらこのブルーノ・アズラエルを前にして、緊張してないわけではないらしい

「なんの話だね」
「コーヒーをいかがです。知り合いの、テクスという人がブレンドしたものです
 なかなかいけますよ」
「茶を飲みたいわけではないぞ、私は。」
「……」

シンはかすかにため息をついて、コーヒーカップを置いた

「で、話とは?」
「やめときます」
「なに?」
「今はなにを言っても、ブルーノさんは聞いてくれないでしょう
 だから、やめときます」
「……君はどこまで人を馬鹿にしたら気が済むのかね」
「そんなことはどうでもいいです。俺は、ちゃんと話を聞いてもらいたいだけですから
 今日はこれで帰りますよ。ま、俺を部屋に入れてくれただけでも収穫です」

言いたいことだけ言うと、シンは本当にソファから立ち上がり、ブルーノの前から消えた
呆然とした気分で、その後ろ姿を見送る

シン・アスカという存在が、プラントに潜入するというのがどういうことか
その難しさと危うさは容易に想像がつく。建国以来、プラントの出入国管理は厳格を極めているのだ
それほどの困難を犯してきたのならば、なんとしても話を聞いてもらいたいはずだった
それをあっさりと諦めるとは、どういうことなのか

しかし、そのブルーノの想念は、翌日ベッドから起きる前に破られた

「お早うございます。ブルーノさん」
「なっ……君は」

なんとシン・アスカは、キッチンでトーストを焼いていた

「トーストをどうぞ。今日こそはコーヒーを飲んでもらえますか?」
「……」
「俺はしつこいですよ。このしつこさが、今の俺の財産です
 覚悟してくださいね」

シンは、してやったりという顔で笑いかけてくる
ブルーノは苦々しい想いと共ににテーブルへつくと、出されたコーヒーを飲んだ

確かに、いい味をしていた。そしてほろ苦い

  ==========================

作柄の話をしていた。今年はタロイモが悪いらしい
タロイモには綺麗な水が必要なのだという
しかし戦争が続き、水が汚染されたこともあって、それをどうしようかという話だった

水のろ過をやるべきだという意見もあったが、金がかかるということでもめていた

集落の中央で、村の大人たちがそういうことを真剣に話し合っている
キラはそこから背を向けて、じっと空を見つめていた

あれから、次に目が覚めると、キラは簡易ベッドに寝かされていた
パイロットスーツは脱がされ、シャツとトランクスという姿だった

「キラ・ヤマトなんて嘘をつくもんじゃないよ
 大方、どっかから逃げてきた兵士だろう」

村の、年増の女性が、キラの頭をこつんと突いて来た

キラは、鏡を見た。自分の人相は一変していた
無精ひげが顔をおおい、肌は荒れ放題で真っ黒に焼けている
目は潮風の影響か赤く充血していて、頭はストレスのせいか白髪が髪の半分をおおっていた

なぜか、それを見た時、肩の力が抜けた
今の自分は、誰なのか。キラ・ヤマトでも誰でもない、どこからか逃げてきた兵士
この、南国の名も知らぬ村で、自分はそう扱われている

元気になると言われ、蛇の血や肉を出された
キラはそれをむさぼり食った。カモメに比べれば、はるかにうまいものだった

「看病してやったんだから、働いてくれ」

元気になると、自分に猟銃を向けた男は、キラにそう言って来た
その言葉ももっともだと思って、漁に出かけた
小船を出して、網を引く。ひどく力がいる仕事で、半日もやっていると腰が砕けそうになった

「情けないな」

村の大人たちに笑われた。彼らはすべてナチュラルである
なのに、コーディネイターの自分はこんなことすらできない。なんとも情けなかった

「オバケ!」

ぼんやりそんなことを考えていると、村の子供たちがやってきて、キラをからかう
キラはにっと笑って、両手を突き出し、それを追いかけた

「わー、逃げろ!」
「待てー。オバケだー!」

キラはふざけながら、子供たちを追いかけた。村は島である
子供たちは本気で逃げているので、追いかけていると、密林の奥にやってきた

ある場所まで来ると子供たちは立ち止まり、にやにやとこちらを見つめている
キラはなにごとかと思って、そこに近づいた。子供たちは逃げない

「ねー、オバケ。私たちの宝物、見たい?」

いつの間にか、キラはオバケという名前になっていた

「宝物? なにかな……」
「へへっ、これ!」

子供の一人がさらに密林の奥に入った。キラも付いていく
その先に、あったもの

「これは……」

キラは、驚いて見上げた。視線の先にあるのは、なんとモビルスーツ『ジン』である
しかしそれは屍と言っていい姿であり、ジンは体中にツタを巻きつけていた

近づいて、撫でてみる。潮風にさらされたそれは、もうぼろぼろだった
前大戦の初期に投入されたのだろうか。ならばここも、かつては戦場だったらしい

子供たちはそれから、不思議な箱のことを語り始めた
前大戦、ここが連合によって支配され、村の大人たちは基地造りに参加させられていたらしい
そんな頃、子供たちは不思議な箱を砂浜で拾い、それをこのジンに入れると、なんとジンは動いたそうだ
そのジンの活躍で、ここから連合は出て行き、島は安寧を取り戻したのだという

そして、不思議な箱はどこかへ消えた。ハチだとか、ナナだとか、箱はそういう名前だったらしいが、よくしらないそうだ

(おとぎ話みたいだな)

キラはぼんやりとそう思った。ただ非難する気もなく、あるいはそういうこともあるかもしれないと思うようになっていた

昔の自分なら、そういうことあるはずないよと笑ったかもしれない
しかし今は、なにもかも受け入れられる。そういう自分がいる

「もう動かないのかな?」

子供の一人が、キラに聞いてくる。ジンが動かないか。そういうことだろう

「待ってて」

潮風さらされ、数年間放置されていたのである。動くとは思えないが、キラはやってみようという気になっていた
コクピットをこじ開けて、中に入る。子供たちもなだれ込んできて、少し暑苦しかった

「動く? 動く?」

子供たちの期待をよそに、キラはジンのコクピットを調査した
電源は完全に死んでいる。せめてバッテリーかなにかで充電しなければ、どうにもならないだろう

「ちょっとわからないね。さぁ、そろそろ陽が暮れるよ。帰ろう」

キラは言って、ジンから降りた。子供たちが続いてくる

帰路、子供たちが唄っている

空にいますよ大きな悪魔
とってもとっても悪い悪魔
ひとたび叫べば大地が割れる
ひとたび叫べば海が枯れる

けれども悪魔は人が好き
けれども人は、悪魔が怖い
悪魔はいつまで一人ぼっち

だからある日、神様は
だからある日、神様は

悪い悪魔に言ったとさ

愛されたければ守りなさい
愛されたければ守りなさい

だから悪魔は守ったとさ

大きな隕石、地球に落ちる
落ちれば人がたくさん死ぬ

だから、悪魔はそれを砕いたとさ
砕いて人を守ったとさ

「その歌……」
歌詞が気になったので、キラは子供たちを呼び止めた
「なに、オバケ?」
「いや、なんでもないよ」
「へんなの」

子供たちはそう言って笑い、また唄いだした

(DXのことだ)

キラには、歌のテーマがすぐわかった

帰路。子供たちの足が伸びる。夕陽が落ち、キラたちを照らす

「DXは、悪魔だったのかな」

キラは子供たちと手をつないで帰りながら、つぶやいた
あれを憎んだ。大量に人を殺すものと、憎んだ。しかしその憎しみさえ、今は遠い

村に帰ると、大人たちはまだ話し合いを続けていた
ただ結論は出たようだ

「ろ過器をレンタルすることに決めたよ」

大人の一人が、キラを見つけると、そう告げてきた

「そうですか」
「ジャンク屋ギルドから、人をよこしてもらうつもりだ
 オバケは、メカに強いんだろう? 手伝ってくれよ」
「いいですよ」

いつの間にか、大人からもオバケと呼ばれている。そういう自分が、おかしかった

数日後、ジャンク屋ギルドの船がやってきた
小型船で、農業用のろ過器を積んでいるらしい

浜まで迎えに行く。そこは港と言うにはあまりにみすぼらしく、小さな桟橋が一つあるだけだった

「どうも。ジャンク屋ギルド、ジャミル・ニートです」

一人の男が、船から下りてくる。シャツとGパンの南国らしい格好だったが、左目に大きな傷があった
村の大人たちに混じりながら、キラはその身のこなしを見て、気づく

(軍人か)

そう思ったが、軍人がこんなことをするだろうか
ジャンク屋ギルドは、軍の介入を嫌う組織である

それにキラを捕えに来たのかと思ったが、キラがここにいると知る手段が無い

ジャミルという男は、黙々とろ過器の積み下ろしを行っていた
荷車にそれを載せると、島にある唯一のジープで引っ張っていく

タロイモ畑にろ過器を設置する作業に、半日かかった
その間、ジャミルという男はキラを見ることもなく、島民たちに装置の説明を行っている
気にしてもしょうがない。そう思ったキラも、黙々と作業を手伝った

それから、村の大きな家に呼ばれて、宴会が行われた
宴会と言っても小さなもので、料理もたいしたものは出ない
ただ、ここの住人からすれば焼いた魚を一匹ずつ食べるのは、ごちそうだった
魚の大半は痛まぬうちに船へ積まれ、売りに出される

僕はぜいたくをしてきたんだな。宴会の様子を見ながら、キラはぼんやりとそう思った
だが、宴席に参加できるのは、島の人々に認められているからだろうか
それがなぜか、キラの胸を暖かくした

「ジャミルさん。あんたのおかげで、今年はどうにかなりそうだよ」
「いえ」

島の大人と、ジャミルは喋っている。キラはそれを気にせず、黙々と酒を口に運んだ
さとうきびで作られた酒で、少しきつい。この酒もここでは高級品だった

「でも、いいのかい。ろ過器のレンタル、ずいぶん安くしてもらって。おかげで助かったけど」
「構いません。ただ、頼みがあるのですよ」
「なんだね。ジャミルさんは、この島の恩人だ。なんでも言ってくれ」
「しばらく、この島に居させて欲しいのですよ」

ジャミルがそう言った時、キラはこの男は自分が目的なのかと思った
だがすぐにそういう思考がわずらわしくなってくる

(だからなんだ。だからどうした)

ここにいると、また面倒なことを考えてしまいそうだった
それが嫌で、立ち上がる

「どうした、オバケ?」
「風に当たってきます」

言い残して、キラは家の外に出た。家と言っても小屋に近い
枝のようなもので作られた家は、風通しがいいが、外からも丸見えだった
天井は葉が敷き詰められ、一応雨は防げる

「ダメだ。本当に酔ったのかな」

あまり酒など呑んだことは無い。キラは言うことを聞かぬ足を撫でながら、村から離れた

砂浜に出る。電灯一つ無い、夜である。月明かりを頼りにここまで来た
砂浜に寝そべった。空が綺麗である。星を、見ていた

ぼんやりと思う

ここで名も無い男として生きていくのか
それも悪くないと思う。漁に出て、畑を耕し、やがて嫁をもらって子供をつくる
そうやって大地や海と共に生きていく。そういう自分も、悪くない

「そう、悪くない……」

なんのために、戦っていたんだろうか
誰かに見捨てられたり、嫌われたり、認めてもらえなかったりすることをひどく恐れていた気がする
しかし、今、ここでキラ・ヤマトという存在は認められるどころか、忘れ去られている
誰もキラのことを知らない。
そういう孤独を恐れていたはずなのに、なぜかそれが、安らかなのだ

「隣、いいか?」

ふと、一人の男が懐中電灯片手にやってきた

「ジャミルさん……」
「ジャミルでいい」

言って、ジャミルはサトウキビの酒を砂浜に置いた
キラに古びたコップを一つ、差し出してくる。黙ってそれを受け取った

「この酒は、ピンガと言う。知っているかな」
「いえ……」
「ラム酒より土臭いが、それがいい。どこか懐かしい気分になる」

キラに酒を注ぎ、ジャミルはみずからの杯にも注いだ
それから、彼は一息に飲み干す。キラもそれにならった。だいぶ、酔いが回っている

やがて、無言の時間が続く。不思議とそれが不愉快ではなかった
まるで懐かしい友と飲んでいるような、そういう気分だった

キラはじっとカラのコップを見つめていたが、やがてぽつんと言った

「僕を捕えに来ましたか。それとも、殺しに来ましたか」
「……君を殺しに来た。キラ・ヤマト」
「そうですか。抵抗はしません。どうぞ」

キラは、ジャミルから背を向けた。正面を向いていれば、殺しにくかろう
そう思ったからだ

銃か。刃物か。どちらでもいい

「今すぐは殺さん」

しばらくの沈黙を終え、ジャミルの声が聞こえた
キラは背を向けるのをやめて、向き直る

「どういうことですか?」
「キラ、私は残酷でな。楽に殺す方法は取らん。君にはもっと苦しんでもらう」
「……そうですか」
「もっと生きて苦しんでもらおうか。君にはまだまだ、やることがある」

ジャミルはそう告げ、杯を仰いだ
酒はもう、無くなっていた