クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第096話

Last-modified: 2016-02-23 (火) 00:04:50

第九十六話 『俺は女を殺さない』
 
 
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花を、見ていた。ニコルはかがんで、それに触れた
花びらは柔らかく、そして清らかだった。

ティファが熱心に水をやっていたそれが、枯れて行こうとしていた
水をやる者がいなければ、やはり花は枯れてしまうのだろう。だからニコルは少しだけ水をやった
それで花は見違えるようによみがえった

今はもう、誰もいない。
アジトとして使っていた廃棄コロニーにあるのは、デスティニーだけである

人に戻ろうとしているのか。嫌だった。ニコルは花を一輪、引きちぎって空に投げた
ひらひらと舞い上がり、ニコルの頬に花びらが舞い落ちる。泣きたくなってくる。意味など無いのに

「戻れはしないんですよ」

いないはずのアウルに、語りかけてみる。死者に対して、生きているものは驚くほどなにもできやしない
せいぜい、墓を立てるぐらいだ。土の中へ埋めて、祈る。全身が不自由だったが、ニコルは自分でそれをやった
それから、石を一つ置いて、ナイフで『アウル』とだけ彫った

その周囲を、少しずつティファの花で埋めていく。花の飾り方は、このみじめなミイラ男になる前に、学んでいた

花に囲まれた粗末な墓を見る。ニコルはまた、泣きたくなってくる。そして、知る

ああ、本当に僕は、一人なのだと

「キラも、ラクスも、アスランも殺します。それだけが、」

言いかけた。それでやめた。言い訳をしているような気がしたからだ
言い訳は、ただ言い訳で、そんなもので何一つ変わったりなんかしないんだろう

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エターナルが崩壊する。しかし詰めが甘かったか

「またあなたですか……」

ニコルはデスティニーの中で、目をむいた
ガンダムレオパルドデストロイ。たびたびデスティニーと交戦したMSである
格闘戦もできず、空戦能力も無い。
その代わり、重装備による最大火力は軽くデスティニーを凌駕しよう

巨大なデストロイガンダムよりも、ある意味ではこっちのデストロイの方が恐ろしい
しかも、クライン派の極秘製造によるものか知らないが、まったくデータの無いMSだった

そしてどういうわけか、レオパルドは肩には核装備をほどこしていた。ニコルは失笑する
ラクスが大量破壊兵器を使うわけが無い。見え透いたこけおどしだった

『こっちも一応、仕事なんでね。とりあえずキラと歌姫さんに手を出すのはやめてもらえる?』
「黙れ……クラインの犬がぁぁぁッ!」

デスティニーは光の翼を展開し、アロンダイトを振り上げる。それを意外な俊敏さで、横にレオパルドは避けた
ローラー。足の裏に仕込んだそれが、重装備ながらそれなりの機動力の確保に成功している

『クッ……ニコル、ここで貴様は……!』
『やめろイザーク、レオパルドにやられたブルデュエルのダメージは少なくないぞ!』
『止めるな、ディアッカ!』

レオパルドとの交戦中、後ろでジュール隊が何事かしゃべっている。
少し、ニコルは頭の中で計算した。このまま自分が離脱すれば、タカマガハラはラクスを殺すか
しかしそういう意味では、ユウナも本当のデュランダルも信用できない
ユウナはどこか甘く、デュランダルは前大戦の英雄たるラクスに遠慮しているところがある
国を奪われたユウナがどこまでラクスを憎んでいるか。
しかし、先ほどの通信を聞く限りでは、ラクスを殺すよりもオーブの奪還をユウナは優先していた

やはり自分の手で殺すのが一番だと、ニコルは思った。復讐は果たすにはそれが一番いい

『君の相手はこっちだ!』

不意に、デスティニーがぐわんと傾いた。何事かと思うと、キラ・ヤマトである
ジンに乗っている彼は、エターナルの残骸を片手で拾い上げ、デスティニーに投げつけたのだ

(相変わらず……!)

どういう操縦能力をしているのだ。高速で動くデスティニーに、投石じみた攻撃を当てるなど尋常なことではない

ニコルは瞬間、迷った。時間をかければかけるほど、タカマガハラの本隊がやってくる確率が高くなる
DXやアカツキまで来られたらさすがにまずい。しかしキラとラクスを殺せるこれほどの好機は、もうあるまい

デスティニーはビームブーメランを引き抜き、ジンに向かって投げつけた。けん制。キラの相手は後回し
どれほどのパイロットだろうと、ジンではデスティニーを落とせない。ひとまず、この場はラクスを殺す……!

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やばくなったらさっさと逃げる。気が乗らなければ仕事はやらない
これまで、そうやって生きてきた

「このッ!」

ロアビィは叫び、レオパルドを再び急反転させた。同時に、右腕のリストビームをデスティニーに向かって放つ
相手はビームシールドで受け止めている。腹の立つ盾だった。まったくビームを無効化してくれる
かといって実弾に対してはVPSがあるのだから、レオパルドでは致命傷を与えるのは至難である

「ロアビィさん……」
ロアビィのひざには、ラクスが乗っている。それにロアビィは微笑みかけた
「心配しなさんな、歌姫さん。あんたとキラだけはなんとかね!」

デスティニーがビームライフルを引き抜き、次々とこちらに見舞ってくる。
こちらもツインビームシリンダーで応戦する。お互いに決定打がない
しかし、物資不足により満足な補給ができなかったレオパルドの継戦能力は、大幅に落ち込んでいる
そしてタカマガハラ本隊がやってくれば、非常にまずい。時間はかけられないのだ
一応、フロスト兄弟が援軍に来る可能性もあるが、ロアビィはあの二人を信用していなかった

しかし時間をかけられぬはデスティニーも同じか。となれば、そろそろ決着をつけたい
レオパルドには切り札がある。多分、これで意表を突けるだろう。問題はそれをいつ使うかだ
この切り札は正体を知られてしまえば、ただの非力な攻撃にすぎないのだから

「ロアビィさん、後ろです!」
唐突にラクスが叫んだ。その姿が、なぜかティファとだぶった
「なに!?」

レオパルドに衝撃が落ちる。空からの、ビームライフル。右胴体がダメージを訴える
しかしルナチタニウム。この程度で出力が落ちることは無い

『この装甲……DX並なの!?』

振り返り、索敵。カオスがビームライフルを構え、こちらに攻撃をかけている

「カオス……。さては、乗ってるのは女の子かな?」
『性別は関係ないでしょう! ジュール隊、シホ・ハーネンフース、軍令によりラクス・クラインを捕縛いたします
 抵抗した場合、こちらは射殺も許可されています!』

言いながら、カオスは兵装ポッドとビームライフルを使い、次々とビームを連射してくる

「抵抗もなにも……おたく、射殺する気満々じゃないの!」
『当たり前です!』

『……だから、邪魔だと言ってるんだよ!』

いきなり、レオパルドが頭を蹴られた。と思うとジンが高くジャンプしている。レオパルドの頭を蹴って跳んだのだろう
キラのジンはそのままの勢いで、重斬刀をカオスに向かってたたきつける。フェイズシフト。
重斬刀をカオスは無効化しているが、しかしジンは跳んだ勢いを殺さずにそのままカオスにタックルをぶちかます……!

『キラ・ヤマト……。あなたが、隊長が最後まで勝てなかった……!』
『どいつもこいつも! クソッ!』

カオスとジンがもみ合うように墜落する。
空中でジンは器用に体勢を入れ替え、上に乗るような形になると、そのまま地表へとカオスをたたきつける

『ロアビィさん、トドメッ!』

キラが叫んだ。確かに、今なら横たわっているカオスにビームを放ち、破壊するのはたやすい

「キラ、俺は女を殺さない。敵も味方もな!」
しかしロアビィは、自分が女殺しだと信じている。だから、女を本当に殺すのは嫌だった
『……クッ。甘いとは言いませんが』

ジンは倒れているカオスを片手で引き起こし、ハンマー投げのように遠心力を使ってそのまま海の方へぶん投げた
あれでは、カオスはすぐに戦線に復帰してくるだろう。

ロアビィはその時、気づいた。デスティニーの姿が消えている。目を離した隙に、どこにもいなくなっている

「ミラージュコロイドってやつかい……」
『物音や気配までは消せません。それでどうにか』
「キラ。俺をおまえみたいなスーパーマンと一緒にすんなっての」
『僕はスーパーマンじゃありません』
「へぇ」
『……ただの愚かな、ニュータイプです』

ロアビィの全身を、衝撃が包んだ。どこでキラはニュータイプという単語を知ったのか
そしてキラはニュータイプなのか。いや、それならあの常軌を逸した強さの説明もつくが

「ニュータイプ……?」

ラクスが不思議そうな顔をした。それにしても胆の据わった姫様である
この状況下で取り乱す気配さえない

「その講釈はまた後でね、歌姫さん」

ロアビィはラクスの頭を軽くなでて、言葉をさえぎった。ひょっとしたら彼女も、ニュータイプかもしれない
どこかティファに似ていると、以前からロアビィは感じていたのだ

とにかく今はこの危機をどうにかするべきだ。
ブルデュエルやヴェルデバスターといった連中が静観しているのは幸いだが……

『右!』

唐突にキラが叫んだ。ほとんど本能的に、反応。レオパルドは右側のショルダーランチャーを開放した
同時に、デスティニーが姿を現す。

『無駄無駄ァ! 実体弾が通用すると思ってんですかぁぁ!』

アロンダイト。振りかぶっている。にやりと、ロアビィは笑った

「そのでかい剣を使わなきゃいけないのが、おたくの敗因だね!」

切り札。レオパルドの右足に仕込んであるもの。右手で引き抜く。小さなビームナイフ
ここまで接近していれば、これで十分……!

『なに……!』

レオパルドはかわすでなく、逆に全身を叩きつけるようにしてビームナイフの刺突を行う
デスティニーの右胸。ちょうど心臓のあたりにそれが突き刺さる

(浅い……!)

やはり、補助武装のナイフでは刃渡りが足りなかった。

『こんなもので……ラクス……死ねぇぇぇぇぇッ!』

しかも、デスティニーはアロンダイトをそのまま振り下ろしてきたのだ
レオパルドはとっさに、両腕を頭上でクロスする。切断される、両腕。しかしほんのわずかにぶった、アロンダイトの刃先
その隙に乗じ、足裏のローラーを回して緊急回避を行う

「クソッ、相打ちかよ!」

ロアビィは舌打ちした。レオパルドの両腕がなくなっては、主武装のツインビームシリンダーは使えない
しかしそれは相手も同じ。デスティニーの胸で、小さなショートが起こり、爆発した。相手も危険だろう

『また……また僕は……こんな、ラクスぅぅぅぅうッ! 必ず、あなたも、キラもこの手で殺しますよォ!
 絶対に! 絶対にねぇ……!』

恨みの声。それを残し、デスティニーが光の翼を広げる。空中高く飛翔し、飛び去っていく
気配が遠ざかっていく。ロアビィはほっと息を吐いた。これで当面の危機は……しかし脱出が先である

「がっ」
「きゃ!?」

瞬間、ロアビィはコクピットシートに叩きつけられた。
さらにひざの上のラクスがロアビィの胸に体を打ちつける。一瞬、呼吸が止まった

『ロアビィさん!』
「大丈夫だ、キラ!」

レオパルドの胸あたりに、ビームが直撃したらしい。装甲はどうにか耐えているが

『なんかニコルの手柄をさらうような真似で悪いけどさ
 この辺で手を打っとこうよラクス様?』

ロアビィはわずかに気を緩めた自分を殴りつけたくなった
どこかで彼らを安全だと思っていなかったか。視線の先には、ヴェルデバスターがビームライフルを結合して砲撃体勢を整えている

『ディアッカ! おまえ、やめろ。ラクスを殺すつもりか!』
『いい加減にしろ、イザーク!』
『……!』
『そろそろ、おまえもこの辺にしとこうよ。おまえの言うことなら聞いてやる。俺はそう決めてる
 そして、ラクスと敵対すると決めたのはおまえさんだぜ?
 ラクス・クラインに惚れてるのかどうかは知らないけれど、とりあえず今は敵っしょ?』

ヴェルデバスターは、どこか静かだ。しかし殺意は本物である

ロアビィは息を呑んだ。右肩を少しだけ、見た。肩には核装備が施されている