クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第109話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 01:05:02

第109話 『ずいぶん無理をしてきた気がするよ』
 
 
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「ヤタガラスは動かせません。タケミカズチ無き今、オーブ旗艦と呼べるのはヤタガラスだけなんです
 今の状況では、ヤタガラスを外すことはできません」
「だろうな。わかっている」

ジャミルは、両腕を軽く握ってコンディションを確かめた
さんざんドムトルーパーでの模擬戦はやってきた。今では手足のように扱える

ガロードの失踪後、アスランに作戦を具申した
一種の陽動だが、今の情勢には必要だろうと思ったのだ
それにガロードの救援も必要だった

アスランは、割とあっさり作戦を認めた

「危険な任務になります。大丈夫ですか?」

ヤタガラスが発進準備を整えているのを横目で見ながら、アスランが言う
オーブカグヤ島にある、マスドライバー施設。続々と艦船が発進準備を整えていた

「私は傭兵だ。さほど気を使ってもらわなくていい」
「そうですか。なら、しつこく言いませんが」
「随行は、イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンだな?」
「はい。ただ、二人ともクラインの信奉者です。裏切りには気をつけて」
「わかっている。ただ、そうそう何度も裏切らんとも思うがな」
「そうですが、念のためです。俺だって、あの二人を戦友だと思いたいです」

あなたも同じように信用していないと言ったように、ジャミルには聞こえた

アスランには嫌われているだろう
自分の、ニュータイプを保護するという信念は、アスランからすれば失笑ものなのだろう
キラやラクスを保護するという考えは、オーブ軍では危うい考えだった
特にユウナの前でそんなことを言えば、即座に軍から外される可能性もある

アスランは忙しいのか、挨拶もそこそこに去って行った。
ジャミルもあまりアスランと話していたいとは思えず、いなくなるとついほっとする

オーブ艦隊が集結している。これが最後の、大規模な軍事行動になるだろう
勝っても負けても、最後の戦いだ。そのつもりでユウナもアスランも軍を動かしている

最後の戦いが、あくまでも防衛戦だというのが、どことなくオーブらしかった

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一番手間がかかったのが、プラント最高評議会とザフト首脳部を納得させることだった
それほどサザビーネグザスでの出撃を止められたのだ
ギルバート・デュランダルになにかあればザフトもプラントも空中分解する
最後には泣きながらそう止めてくる人間もいた

それでもジョージは強行した
これ以上ラクスに割いている時間は無いのだし、なによりザフトの指揮官が信用できない
あれだけお膳立てしたオーブを落とせなかったのは、信じられない無能なのだ

「クライン派掃討戦には、絶対の勝利が求められる
 そして私が参加した戦闘は、すべて勝利に終わっている」

最後にはそう言って、あらゆる反対を押し切った

メサイア攻略軍を率い、ジョージはあえて先頭に立った
我ながら少し浮かれていると、サザビーネグザスのコクピットで微笑む
ラクスの息の根をここで止める。そういうつもりでいる

ラクスは、これまでさんざん手を焼かせてくれた、駄々っ子だった
そう思えばほのかな可愛さも彼女に感じる。

『議長、あまり先頭に立たれますな』

一機のグフが、サザビーに追従してくる。

「サトーか」
『奇襲を受けぬとも限りません、お下がりください』
「いや、今回だけは先頭で切り込みたいのだ
 ラクスをここまで追い詰めたが、それでも彼女が持つ力はすさまじい
 私も命を捨てるつもりでかからねば、彼女をまたしても取り逃がそう」
『そこまでのお覚悟でしたら、もうなにも申し上げませんが
 命を粗末にするようなことだけはおやめください
 あなた様に亡くなられては、我らは生きる意味を失います』
「サトー、それは違うぞ
 私が君に語った志は、私が死んだぐらいで無くなりはせん
 だからもし私が死ぬことがあっても、君は動じず、志をしっかりと持ち続けてくれ
 そうすれば、君は私の死にも、己の死にさえも平静でいられよう」
『はっ。しかし、なにかあれば我らから死にます
 どうか議長は、最後まで生きてください』
「わかっている。私も望んで死ぬほどバカではない」

そう、誰も望んで死んではならない

—————生きるのよ、生ききるのよ、なにがあっても
       それで、どんなくだらないことでも笑ってやるわ。どんな辛いときでもいつだって笑ってやるわ
       それが私の復讐、こんなくだらない世界への、私だけの反逆。どう、楽しいと思わない?

月を、少しだけ見た
世界の理不尽をすべて挑発するように笑う、彼女の面影
まぶたの裏で、嫌というほど鮮やかだった

遠い青嵐のように、心地よく耳に聞こえてくるは、あの声。
まだ、絶望的なほど鮮やかに聞こえてくる
多分、あの頃から自分は、一歩も前に進めていない

「サトー、そろそろレイのところへ戻れ」
『はっ。議長もお気をつけて』

グフが、敬礼してサザビーの元から離れて行く
作戦を思い出す。包囲殲滅作戦であるが、最優先はラクスの確保、あるいは殺害だった
物資の欠乏や、相手の士気低下を考慮すれば、すでに彼我の戦力差は10倍近くになっているはずだ
力攻めできる戦力差である。

唯一の懸念は、本当のデュランダルやユウナがどう動くかだが、彼らがラクスに肩入れする可能性は無い

ニコルを先に突入させている。ラクスの暗殺が成功したという報告は無いが、少しは混乱しているはずだ
今が機。待ちに待った機。絶対の自信をもって、当たり前のようにラクスを消す

ふと、頭がざらっとした。奇妙を感じてまわりを見回す
ジャンクのジンが、宇宙をただよっている。なにかそこがおかしな感じがしたが、すぐに無視した
今はささいなことで足を止めている場合でもなかった

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「来たか」

バルトフェルドは全身の毛が逆立つのを感じていた

なるほど、やってくれる。デスティニー突入からここまで、すべて一連の作戦になっているようだ
工作もうまい、MS戦闘も強い、大軍をしっかりと指揮できる上に、政治においても有能
いったいプラントに居るギルバート・デュランダルはなんなのだと思わされる
万能の天才。そう表現するしかない相手で、まさにコーディネイターの理想という感じがする

多分、オーブに居る方のデュランダルが本物だと、バルトフェルドは思った
かつてのデュランダルは確かに優秀だったが、万能の天才では無かったからだ

自分は負け続けの指揮官である
そういう天才とやりあって勝てるとは思わないが、無抵抗でやられるつもりもない

ザフトの侵攻を確認した時、すぐにバルトフェルドはロアビィを呼んだ
いくらか憂鬱な顔で、長髪の傭兵がやってくる

「なんだよ、虎さん。キラを追いかけなくていいのかい?」
「それどころじゃない、ザフトの攻撃軍がやってきた」
「……ついに、かい?」
「ガロード・ランもデスティニーも放っておく。
 追撃軍も捜索隊も編成する余裕は無い、総力戦になるからね」
「それで俺にはなにを?」
「キラの保護、捜索」
「……無理だ、って言っても聞いてくれないんでしょうね」
「わかってるじゃないか」

笑うと、ロアビィが苦虫を噛み潰したような顔になった
それでいいと、バルトフェルドは思う。最後まで仕事をやるから、嫌な表情を浮かべるのだ
 
「俺からも条件がある」

意外なことを、ロアビィが言い出した。

「条件?」
「ティファ・アディールを送り出す。その許可をくれ」
「……ふむ」
「あんたにとっちゃ、ティファなんてなんの意味も無いただのガキかもしんないけどさ、
 そいつをなにより大切に思ってるやつがいる
 それで、そいつは世界を滅ぼせるほどの力を持ってんの。もうこれ以上は言わせないでよ?」
「わかってる。二人ともこっちで送り出そう
 ルナマリアもティファも、ただ巻き込まれただけだ。クラインの戦さに、なんの関係も無い」
「理解が早くて助かりますよ」

それから手早く、ロアビィに手順を説明した
こっちの戦術を話すと、かすかにロアビィが笑いかけてきた

「なるほどね、それならザフトにも一泡吹かせられそうだ
 腐っても砂漠の虎だね」
「おいおい、ボクはまだ腐っちゃいないさ
 ただ、負けすぎたね。もっと勝っていれば、こんなことにはならなかった」

自嘲が、心を埋め尽くしてくる。言い訳など、無い。できるはずもない
今日、クラインが敗北する全責任は作戦を立ててきた自分にある
そして指揮官の優劣は、ただ勝敗によってのみなされる
ならば、自分は最低の指揮官であり、愚将として歴史に名を残そう

まぁ、別にそれでもいいか

「ロアビィ、最後に君に一つだけ聞きたいことがあるんだが」
「ん?」
「別に命令でも無い、ただの雑談だけどね
 ミーア・キャンベルはクラインの人間じゃない。彼女はなにか罪を持ってるわけでもない
 仮にプラントに戻ったとしてもちょっと調べられて終わりだろうし、彼女を縛るものはなにもない」
「……」
「ま、早い話が好きにしてくれってことだ」
「なんだそりゃ?」
「君に渡した金があれば、二人で生活するぶんには困らないってことさ」
「あんたがなにを言っているのか、さっぱりわからないな」

ロアビィが軽薄な笑みを浮かべたが、バルトフェルドは無視した
この男は、軽薄さで自分の真面目さをごまかそうとする。それで、他人も自分もだましてしまうのだ

「まぁ、後悔はするなってことさ。
 君は自分のことを器用だと思ってるみたいだが、ボクから見るとずいぶん不器用に見えるからね」
「ほっとけ」

不機嫌を見せて、ロアビィが出て行く

それから、少しだけバルトフェルドは乾いた笑みを浮かべた

「さて、どれだけの人間が、この愚将の指揮に従ってくれるか」

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ルナマリアは、ロアビィという男から託された小さな装置を見つめた
赤く光っている。なにかが起こり始めた。そう知った時、すぐにティファの手を引いた

「メサイアから出るわよ、ティファ」
「……はい」
「でも、良かったのガロードを外に追い出しちゃって?」
「……わかりません」
「まぁいいわ。あいつがいたら、ややこしくなることもあるだろうし
 たまにはガロードに借りもつくらなくちゃね」

ティファはラクスに会いたがっていたが、これでその話はお流れになった
ルナマリアが命じられていた、クラウダの受領もついに果たせなかったか
帰ったら、叱責ぐらいは覚悟しておくべきだろう

問題は帰り方だったが、デスティニーインパルス単独での大気圏突入を考えていた
VPS装甲なら、ちゃんと姿勢制御をすれば大気圏の突入は可能である

しかし、メサイアになにが起こっているのか把握できていなかった
最悪は、ザフトが攻め寄せてきた場合だ。その場合、包囲網を突破するのは容易ではない

「ティファ?」
「はい」
「大丈夫だからね」
「はい……」

ティファが、不器用に微笑んでいる
ルナマリアは笑い返した

自分はカッコつけていると思った。本当はシンのことが好きなのに、ステラに優しくしたりする
ステラが消えてなくなればいいとか、思ったこともあるが、すぐに打ち消していい人を演じている

ティファもそうだ。なんの義理も無い、とっつきにくくて孤立しがちな少女に、あれこれと世話を焼いたりする
こんなことはただの自己満足に過ぎない

でも、それで良かった。カッコつけていると、ぎりぎり自分でいられる気がする
戦争は怖い、戦場も怖い、そういう弱い自分を封じ込めていられるし、いつか本当にカッコよくなれる気がする

自分を好きでいたかった。世界の誰も愛してくれなくていいから、自分だけは自分を好きでいたかった
だから、今日もカッコつける

MSデッキに向かおうとすると、クラインの兵士に止められた

「どこに行く、捕虜は大人しくしていろ」
「ふざけないで。私は捕虜じゃないわ!」

押し問答になった。妙にぴりぴりしている。
ルナマリアの肌が、メサイアに漂う嫌な空気を感じている
食糧不足から来る不満や、戦況悪化にともなう不安が、形を成していると考えたほうがよく、
こういう場合末端の兵士がどういう暴挙に出るかわかったものではなかった

「やめろ!」

一人の軍人がやってきて、銃を持った兵士の腕をねじりあげた

「あなたは……」
「くだらないことをせずに、すぐ持ち場に戻れ。ラクスは捕虜の虐待など命じていないはずだ」

言って、兵士を突き飛ばす
バルトフェルド。これまで言を左右して、ついにクラウダを引き渡さなかった男が、いつになく真面目な顔をしていた

「バルトフェルド、なにが起こってるんです?」

ルナマリアが詰め寄ると、バルトフェルドは少し言いよどんで……しかし言った

「ザフトが攻めて来た。メサイアはこれから篭城戦に入る」
「そんな! 私たちはどうなるんですか!」

苛立ちを感じた。ここまで足止めされたのは、バルトフェルドのせいである
それでティファにもしものことがあれば、ガロードにも申し訳が立たない

「わかっている。キミたちを死なせるつもりはない
 ルナマリア、それにティファ・アディール、ついて来い」
「どこへ……」
「ついてくればわかる。インパルスも一緒だ」

どうすべきか迷うと、ティファがかすかにうなずいた
ついて行っても大丈夫、ということだ

ルナマリアもティファの能力をいつのまにか信じるようになっていた
反面、こんな能力を軍事に転用したら恐ろしいことになるだろうとも思う

バルトフェルドに先導され、メサイアの通路を歩く

「クラウダは3機だけ渡そう。それ以上は無理だ」
「……」
「まぁ、キミたちのほうがマシだろう。いま、攻めてきているデュランダルよりは、まだユウナ・ロマの方が好きになれる」
「ずいぶんな言い方ですね。指揮を執らなくていいんですか?」
「迎撃の第一陣は、フロスト兄弟に任せてある
 俺は最後に出るつもりだ」
「最後に、って……じゃあメサイアは放棄するつもりなんですね?」

するとバルトフェルドはごまかすように笑った。
やはり作戦を漏らしてくれるほど、簡単な男ではない

「なぁ、ルナマリア。軍人じゃない自分を、想像したことはあるか?」
「え?」
「俺は戦場で好きな女を亡くした。やっぱり、嫌なもんだった……」
「……」
「そんな目にあったくせに、まだ戦争をやっている
 バカだな、俺は。こういう結末になるのも当然だ」
「……愚痴、ですか?」

すると、バルトフェルドがまた笑った。なんだか照れたような笑みだった

「そうさ。最後に、誰かにこうやって愚痴をこぼしてみたかった
 いま考えると、ずいぶん無理をしてきた気がするよ
 ラクスの下にある、平和な世界。そういうのがちらちら良く見えたんだがね
 もうちょっとでそれに届くと思ったんだがなぁ……やっぱりダメだった」
「……」

なにかを言おうと思ったが、なんとなく混乱して、言葉を継げなかった

「ラクスはまだ、18なんだよな。もう少しで19か
 前大戦を終わらせたときは、16才。考えてみれば、情け無い話さ
 大の大人が、そんな娘一人にすがりついてきたんだ」
「……」
「結局、ラクスになにもかも預けて、楽をしてきたんだろうな」
「……」
「だから最後ぐらいはな。自分で考えて、行動するさ
 長々とすまなかったな、ついたぞ」

案内された場所にたどり着いた
なにか、ひどく機械じみている場所で、目の前には一隻の戦艦が配置されている
アークエンジェル
エターナル亡き今、クラインの旗艦とでもいうべき存在が、なぜかメサイアの出入り口ではなくここに配置されていた

「私たち、アークエンジェルに乗るんですか?」
「ああ、二人分と、インパルスぐらいは乗せられる
 キミたちの乗艦は、ラクスの命令ということにしておいた。咎められることはないはずだ」
「アークエンジェルだけ、戦場を離脱するんですか?」
「そうだ。もちろん、クライン派の兵士には内緒だがな
 こんなことを知られたら、本格的な反乱が起きかねん」
「でも、どうやって脱出するんです? ザフトの包囲を突破できるんですか?」
「心配ない。手品は仕込んだ。さぁ、早く乗ってくれ
 俺も早くメサイアに戻らなきゃならんからな」

メサイアに戻る、というのはつまり死ぬ、ということなのだろうか
ルナマリアにはよくわからない
クライン派の力は、もう、そんなどうしようもないところまで弱体化しているのか

「その、バルトフェルド……」
「フッ、違うな。アンディと呼んでくれないか?」
「え?」
「ボクのあだ名さ。『砂漠の虎』より、こっちの方が気に入ってるんだ
 じゃあな、ルナマリア。いい女になれよ」
「冗談、私はとっくに……」
「いい女、だったな?」

言って、バルトフェルドが背を向けた
カッコつけすぎだ。そう思って、うつむく

なにか、悔しい。どうしてこんなにも、人は、死に臨む時に輝くのか

ステラだってそうだ。あんなにあの子が綺麗なのは、きっと死に近いからだ

私は、小さい。ちっぽけだ。英雄たちに、ずっと圧倒されてばかりいる

「行こう、ティファ」
「……はい」

アークエンジェルの方へ、一歩進んだ。

それでも、いい
凡人でも、生きていく。だから、アンディと呼べなかった敵の愚痴を、覚えていてやろうと思った

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アシュタロンの巨大なクローが、グフを握りつぶす
その背で、ヴァサーゴのクローがザクを破壊している

シャギアと背中合わせになって、オルバは呼吸を整えた

『全軍、持ち場を離れるな!
 メサイアの防衛に専念しろ、敵の誘いには乗るなよ!』

シャギアの命令が飛ぶ。クラウダ隊が、陣形を保ったままザフトと応戦している

オルバはアシュタロンハーミットクラブの中でめまいを感じた
軽い栄養不足で、貧血が起こっている
そして貧血が、集中力の低下を引き起こす

(オルバよ、無理はするな)

ツインズシンクロで、シャギアが語りかけてきた

「無理なんかしてないよ、兄さん!」

叫び、再びクローを放つ。目の前のスラッシュザクファントムに、ぎりぎりとどかなかった
舌打ちをする。目測を見誤った

しかし、横合いからヴァサーゴのビームが飛んできて、スラッシュザクファントムを撃墜する

(もっと私に頼れ、オルバ。なにを焦っている)
(兄さん、メサイアは守りきれるのかい?)
(守りきれると思うか?)

ツインズシンクロ能力。ヴァサーゴと、アシュタロンの連携が、ザフトを足止めしている
オルバにはそれがはっきりと見えていた
もしも自分たち兄弟が破られれば、ザフトはたやすくメサイアに到達するだろう

仁王立ちになり、ザフトの前に立ちはだかる。先の見えない消耗戦
オルバは苛立ちと腹立ちを抑え切れなかった

(無理なんだろうね、兄さん)
(そうだ、オルバよ。ザフトとクラインの戦力差は隔絶している。メサイア陥落は決定事項だ
 ここを決戦などと思うなよ。我らのステージはまだ遠くにある)
(そうだね。そのためにも、僕らのMSは無傷で置いておきたい……)
(バルトフェルドの秘策とやらがどんなものかはしらんが、ここはヤツに任せておこう)

しばらくザフトと2機だけでにらみあった。
その時、なにか赤いものが飛んでくる

深紅。赤い血を浴びたMS

『ずいぶん好き勝手をやってくれるものだな?』
「サザビーネグザス……」

オルバは嫌なものを感じた。兄弟二人でいる限り、どんな相手にも負けない自信はある
しかしこの相手は、ストライクフリーダムに乗ったキラを撃墜しているのだ

『フロスト兄弟、か。ラクスの腹心が、けなげなものだな
 わずか2機でザフトを足止めするとは、大したものだ』
「……」
『だが、それもここまでだな。
 戦場の勝敗は、戦う前に決まるものだ。一個人の武勇で支えられる戦線を、崩壊させるのはたやすい』
「なめるな!」
『我ら兄弟、貴様ごときにどうこうされるほど弱くは無い!』

シャギアと、体が重なって行く感覚。全身が同じようになっていく
ツインズシンクロ。お互いが、まるで一つの生き物のようになる
母の胎内。一つに添えられた、二つの命。そこまで戻る
そして、ヴァサーゴとアシュタロンは病的なコンビネーションを顕現させる

サザビーが、ファンネルを放ってくる。全包囲攻撃。こちらを分断させようとする動き
かわし、かわす。厄介で、複雑な動きだが、かわせないほどではない

ヴァサーゴと同時に、ビームを放つ。複雑な連続射撃
射線が、檻のようになり、徐々にサザビーのかわす範囲を狭めて行く

ビームの檻が完成したときが、サザビーの死に時だ。
後は、アシュタロンのクローで確保して、ヴァサーゴのトリプルメガソニック砲で吹き飛ばす

『ふむ、いい動きだ。2機そろえば、キラにも劣らん
 ラクスの下に置いておくのは惜しいな』

サザビーを追い込んでいる。相手もビームライフルを放っているが、こちらが押していた
もう少しだ。あと少しで、撃墜できる。そうすればこの戦線をひっくり返すことも難しくない

(オルバよ、妙だ)
(なんだい、兄さん。あと少しだよ?)
(なぜデュランダルは他のMSに支援させない?
 それにキラを落とした相手にしては、嫌に歯ごたえが無い……)
(……そうだけど)
(なにか狙いがあるはずだ)

そのとき、猛烈な勢いでザフト全軍が動いた
オルバたちを無視して、メサイアへ取り付いていく

「しまった!」

その時、オルバは気づいた。徐々にメサイアから離れていたのだ
追い込んでいるはずが、逆におびきよせられたのだ

自分たちのいない、メサイアの護りは薄い
クラウダの数も以前と違ってかなり減っている

とっさに反転しようとしたが、右肩に衝撃が来た。ファンネル
致命傷ではないが、ハエのように飛び回って、退却をさまたげている

(オルバ、目の前の敵に集中しろ!)
(兄さん……!)
(甘く無いぞ、キラを落とした相手だということを忘れるな!)
(でも、ラクスを殺されたら終わりだ……!)
(クッ……)

そう、ラクスを殺されたら終わり
自分たちの野望を、渇望を、成就させるためにはあの巫女がいる

それに—————

  なぜこうも、あの女を、なにより神聖なものだと思ってしまうのか—————

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『メサイアに戻るって……』

ちょっとだけ戸惑ったような声を、ミイラ男があげた

「よくわかんねぇけどよ、助けてくれたことには礼を言うぜ、ミイラ男」

ガロードはすぐに計器類をチェックした。エアマスターのダメージはほとんどない
Gファルコンは持っていかない方がいいだろう。

『なんで』
「あん?」
『なんで、一人の女のためにそこまでするんですか?』
「んなもん、好きだからに決まってるじゃねぇか
 そんなこともわかんねぇのか?」
『……アナタ、異常なんですよ?
 絶対におかしいです。一人の女のために、やることが度が過ぎてます』
「そうかな。んなこたぁ、ねぇと思うんだけど
 だって俺、ティファのことすげぇ好きだもん」
『きっ……聞いてるこっちが恥ずかしい』

計器類のチェックを一通り終えた
激戦のメサイアにどうやってもぐりこむか。

「それに、どうやってティファを探すかな」

頭を悩ませる。ティファを見つけられないようじゃ、メサイアに戻る意味も無い

『僕なら見つけられる』

ジャンクのふりをして、ザフト艦隊をやりすごしたぼろぼろのジン
そこから声が聞こえる

「なんだって?」
『ティファ・アディールならその存在を感じ取れる
 だから僕を連れて行け、ガロード・ラン』

そういえば、ジャミルの発言によると、キラはNTらしい
なら、ティファと感じあうのは難しいことではないはずだ

「……てめぇ、マジで言ってんのか?
 ブースターもモノアイもいかれてんだろ、死ぬようなもんだぜ」
『僕も、……すげぇ好きな子がいるんだ』
「……」
『……』

ちょっとだけ、なにかが通じ合った
男同士にある、アイコンタクトってやつだ

「オーケー、じゃあ一緒に行こうぜキラ・ヤマト
 ただ、護るつもりはないから覚悟しとけよ」
『上等だ。僕も死ににいくわけじゃない』

エアマスターがジンの手を取った

「てめぇはどうすんだ、ミイラ男?」
『行くわけ無いでしょう。言っておきますけどね、僕は敵ですよアナタたちの!』
「あー、そうだったな。忘れてた
 でも、あんた実はいい人だろ。ティファが言ってたこと、マジみてぇだな」
『……ッ!』
「できればよ。どっか、遠いところに行ってくれねぇかな
 次に会ったときは、あんたとやりあわなくちゃいけねぇ
 こうなったら、ちょっと俺も戦いたくないからな」
『……』
「じゃあな、ミイラ男」
『……ニコル・アマルフィ』
「え?」
『僕はミイラ男じゃありません。ニコル・アマルフィ、です』
「おう、それじゃあな、ニコル」

ガロードは軽く手を振った
それから、ジンの手を引いてメサイアの方へ戻って行く

激しい戦いが、目前に在る