第124話 『地球を守る、か』
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ジン・デルタ。
最大の特徴は、フラッシュシステムによる機体反応の早さ。
次に、ほとんどの武器をカートリッジ製にしたこと。
腰に備え付けたバッテリーを換装する事で、本体のエネルギーを使用せず、戦闘を行う事が出来る。
バッテリー機の、駆動時間の短さという弱点を、大幅に削減している。
無論、そのためにフェイズシフト装甲は撤廃されている。
それどころか、装甲はジンのものそのままなので、わずかな一撃でも沈む。
『行くぞ。全員アークエンジェルに着け。母艦を守りながら進む。
それで、コロニーの残骸まで取り付く。
至近距離まで来たら、私のメガソニック砲と、ローエングリン砲で、コロニーを出来る限り破砕する』
シャギアの、ヴァサーゴから通信が全員に入る。
全員と言っても、わずか4機。それでザフト軍第一波すべてを、敵に回そうとしていた。
『ハン、シャギアさん。結局の所それ、正面突破じゃないのよ』
レオパルドが、不満そうに首を傾ける。
『黙れ、ロアビィ・ロイ』
『自信が無いなら、帰ってもいいんだよ?』
『いいや、悪くないと思ってるんだよ。
電撃戦の、力押しがクラインの戦いでしょ?』
ロアビィの、気楽な声。
つい、キラも笑ってしまった。
「そう。力押しが、僕たちの戦い方だ。じゃあ、行こうみんな」
キラは、コクピットの中で親指を立てた。ロアビィも、ぐっと立てる。
オルバは、少し戸惑った後、立てた。シャギアも、不承不承立てる。
ザフト軍第一波、その群れに近づく。
『待て、その接近する戦艦……どこの所属だ!』
まだ遠方だが、索敵に引っかかったのか、ザフトから警告の声が聞こえた。
『恐れ多いよキミィ。正義の味方、大天使が。
悪魔のザフト軍に裁きを下しに来ましたのよぉ!』
ロアビィが、早々に挑発で返す。
また笑ってしまった。正義の味方。そこまで開き直ってしまうのも、悪くない。
『もう、ロアビィ三佐……。アークエンジェル、これより最大船速で敵軍を突っ切るわ!』
アークエンジェルが、さらに速度を上げた。同じように、ジンの速度も上げる。
ザフトの反応は早かった。3部隊ほどが、迎撃にやってくる。
『無駄な足止めは食わんッ!』
一瞬だった。ヴァサーゴが胸の装甲を開き、トリプルメガソニック砲を放つ。
大出力の、光。あっという間に3部隊を飲み込み、ザフト軍第一波の足並みを乱した。
すぐに動いた。オルバのアシュタロンも続く。
ザフトの反応は、いい。戸惑うこともなく、整然と反撃をしてくる。
ジンの、ビームマシンガンを構える。
元々、GXが持っていたものを改造したものだった。
認識、照準、発射。ゲイツRの、胸を撃ち抜く。
いままでが嘘のような、反応の良さ。
ジンの動きが、信じられないほどいい。これが、NTの力をダイレクトに伝えるということなのか。
肌が、敵の動きを感じる。
目で追わなくとも、回避は容易だった。右へ、左へ、滑るように動きながら、ビームマシンガンを放つ。
7機ほど落としたところで、弾切れが来た。
すぐにカートリッジを交換する。
他の3機も、懸命に戦っていた。
しかしアークエンジェルの速度は、落ちつつある。
アークエンジェルはビーム攻撃に耐性のある、ラミネート装甲だが、敵の数が多すぎる。
指揮官を倒せば。
敗走させられる、とまでいかなくともかなり動揺させられるだろう。
いったん、敵と間合いを取った。
「どこだ……」
右腕に備え付けた、高出力ビーム砲、『アグニ』を引き起こす。
そして、ジンの目に特殊スコープを被せた。
スナイパーモード。アグニの出力を絞り、精度を増すことで、このMSは狙撃手にもなれるのだ。
ざわめき。戦場は、雑念が多くて捕えられない。
雑念の中央。感じて、動く。
念ずる。スコープが、最大望遠で1機のザクを捉えた。
狙い、放つ。結果は見なかった。
撃墜の衝撃。
戦場に、少しだけ動揺が走った。
しかし、すぐに元通りになる。アークエンジェルへの攻撃はやまない。
倒したのは、指揮官ではなくただの部隊長か。
もう一度、アグニを引き起こした。
アークエンジェルの影で、静かに念じる。
フロスト兄弟の動きは、凄まじかった。2機が、まるで1機になって動いているように見える。
レオパルドも、効果的に弾幕を張っていた。
これならばもう少しだけ、ザフトを止めておけるだろう。
2度、狙撃を行った。しかしいずれも、動揺はわずかで終わる。やはり部隊長しか仕留められていない。
3度も狙撃をやったため、ザフトもさすがに警戒を始めた。
遠距離のMSも、回避行動を取っている。
うまく思念を捉えきれない。
アグニで、アークエンジェルに近づくMSを片っ端から撃ち落とした。
アグニのエネルギーが切れる。カートリッジを交換する。
NTのカンを、捨てた。頼りすぎている気がしたのだ。
もっと、的確な情報で指揮官を捜したい。
『キラ、聞こえるか!』
「シャギアさん? はい!」
『いいか、指揮官というのは。
一番安全な場所に陣取っているのが普通だ!
それで全体から、情報を割り出してみろ!』
なるほど。
すぐに、ザフトの全体像を見つめる。
ここでもっとも安全なのは……コロニーの残骸、その裏側。
どうしようと、ビームの届かない場所。
アークエンジェルから離れ、バーニアを吹かした。
バーニアも、GXのもので、機動性は悪くない。
ザフトの陣を、迂回するように、地球へと近づいた。
あとどれだけで、このコロニーはあの島へ落ちるのか。
3機の、ザクが目前に立ちふさがってくる。
「行かなきゃならないんだ……僕はッ!
こんな僕でも、守りたいものがまだあるからッ!」
ビームジャベリン。転瞬の勢いで、引き抜く。
元々の出力では、現行のMSに負けている。だからわずかでもリーチを。
そういうわけでジン・デルタは、サーベルではなく投げ槍を装備している。
ジャベリンを頭上で振り回す。ザクが、それを見て足を止め、ビーム兵器で攻撃しようとした。
刹那。
踏み込み、3機を一瞬で突き倒してた。
「殺させるものかッ!
どれだけ血に濡れたって、この誇りだけは貫くッ!」
ジャベリンを左手で振り回しながら、アグニで近づくMSを撃ち落とす。
速度はわずかもゆるめなかった。
「はああああああッ!」
野獣のように、叫んだ。
コクピットで、あの島でもらった花輪が揺れる。
守るために殺す。殺させぬために、殺す。
戦争が内包する矛盾。
乗り越えていく。
キラ・ヤマトはまだここに立っている。
戦うことを、それでも選んだ。
それがどうしようもなく愚かしいことだとして、そしてそれがわかっていて。
なお。
僕が世界を滅ぼす存在だったとして。
僕が世界を不幸にする原因だったとして。
それでも。
まだ、この命は終わっていないから。
打ちのめされて、絶望して。
泣いて。
叫んで。
それでもまだ、立ち上がることを選んだ。
すべてを失ったと思っても、まだ僕には仲間がいた。
だから戦える。
あの島が。
世界にとってどうでもいいものだとしても。
それは僕にとって命をかけるに値にする。
この、世界でもっとも救いようの無いキラ・ヤマトの命を。
あなたたちを救うために、使ってもいいですか。
そしてラクス。
出来れば、あなたを。
あなたと、我が子を。
救うために。もう少しだけ生きて、いいですか。
コロニーの影が見える地点へ、回り込んだ。
すぐにアグニを引き起こし、放つ。結果は確認するまでも無かった。
『ヨップ隊長—————ッ!?』
部隊長たちの、悲鳴。それでザフトの第一波が乱れるのが、はっきりとわかった。
これで、いくらか時間は稼げる。
それでもコロニーの残骸は巨大で、分厚い。
これを壊すのは、かなり時間がかかるだろう。
アークエンジェルを守りながら、それをやりきることが出来るのか。
「やるんだ」
なにを弱気になっている。
恥に耐えて戦場へ帰ってきたのは、なんのためだ。
すぐに、アークエンジェルの方へ引き返す。
右側に、巨大な地球の姿が映っていた。
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アークエンジェルと、ザフト軍第一波が交戦中。
その報が来たのと、ガロードたちがアメノミハシラに到着したのとはほぼ同時だった。
時間的に考えれば、ガロードたちが早くアメノミハシラに着くはずだ。
アークエンジェルは、相当な速度で地球圏まで戻ってきたらしい。
「イザーク、すぐに部隊指揮を頼む」
アスランは、すぐにイザークとディアッカをヤタガラスに呼んだ。
「わかった。命令は待機か、アスラン?」
「そうだ、どうせ今のうちでは動きようが無い」
「……」
イザークが複雑そうな顔をして、押し黙る。
「おい、それでいいのかよアスラン!」
隣にいた、ディアッカが突っかかってくる。
「なにがだ、ディアッカ」
「アークエンジェルはザフトと戦ってるんだぞ! それもコロニー落とし阻止するために!
見過ごしていいのかよ!」
「俺たちがラクスを助けるいわれは無い。この期に及んで正義の味方をやろうというんだ、放っておけ。
わずかでもザフトの戦力を削ってくれるなら、儲けものだ」
「けどなぁ!」
「行きがかりをそうそう捨てられるか!」
叫んだ。ディアッカが、なにか言いたげな顔をした。
それでも、オーブクーデターの屈辱は、そうそう忘れられるものでは無かった。
ユウナは、ゲスト席で黙っている。その額に、シワが寄っている。
ユウナと、自分がもっともラクスを憎んでいるだろう。
そのあたりのしこりは、どうしようもない。
「今、アークエンジェルに加勢するのは悪くありませんが……」
副官のイアンが、さりげなく上申してくる。
それでも首を振った。
「俺に感情が入っているのは認める。だが、ここで軍を分ける気は無い」
ラクスへの憎しみを脇に置いても、ただでさえ少ないアメノミハシラの軍を分けるのは愚劣だった。
ここぞとばかり、ザフトも攻撃をかけてくるだろう。
大西洋連邦め。
大統領こと、ジョゼフ・コープランドをぶん殴ってやりたかった。
いつまで日和見を決め込んでいるのか。
世界は、ザフトと戦うか、降伏するか、2つしか残されていないのだ。
中立を許してくれると思っているのか。
「だったらDXだけでも出させろよ、アスラン!」
ガロードが、唐突にヤタガラスのブリッジに入ってきた。
「DXは出さない」
そう言い出すのは、予想していた。だからブリッジに呼ばなかった。
それでも、来てしまうのがガロード・ランなのだろう。
「おいアスラン! ラクスがどうのこうの、じゃないんだよ。もちろん作戦とかも関係ねぇ。
コロニー落としだぞコロニー落とし! おまえ、あれがどんなモンか本当にわかってんのか!」
「……」
「なにもかも無くなっちまうんだよ……。全部、なにもかもだ!
核兵器の爆発なんか生やさしい……落ちたところは、虫一匹残らねぇ死の大地だ!
それだけじゃねぇ、一発で気候もなにもかも無茶苦茶になっちまう。
人間なら、どうしたって許せねぇのがコロニー落としだ!」
「それがどうした!
いま、軍を動かして戦力を損耗してどうする!
俺たちが負けたら、第二、第三のコロニー落としをどうやって防ぐんだ!」
「戦力とか関係ねぇって言ってるだろ!
こういう時のために、DXはこの世界へ来たんじゃねぇのか!
それだけじゃねぇ……許せないんだよ、どうしたってあれだけは許しちゃおけねぇッ!」
ガロードと、にらみ合った。
そうしながら、無理に止めるとこの少年は、また勝手に出撃しかねないなと思った。
「失礼。戦力が足りないのなら」
いきなり、ジャミルがブリッジに入ってきた。
相変わらず、妙な迫力がある。入ってきただけで、アスランの中から激情が引いた。
ガロードも、一歩引いた形になっている。
「なんですか、キャプテン・ジャミル」
「いや、不足分は私が補おうと思ってな。どうだ、アスラン中将?」
「……どういうつもりです?」
「オーブから持ってきたものを、私に使わせてもらえないか」
「なに?
使えるのですか、コーディネイターでも無いのに?」
「Gビットの操作に比べれば、たやすい。NTの力を無くしていても、それぐらいはできるさ」
大言壮語を。そう言いたくなったが、大言壮語から遠いのがジャミルという男のような気もした。
「……」
アスランは少し、思案した。
DXを動かせない理由は、他にもある。ジョージは、ネオジェネシスでアメノミハシラを吹き飛ばすと言った。
あれに対する、抑止力としてDXはあるべきだった。いつでもプラントに対して報復射撃を行える体勢で、置いておきたかったのだ。
しかし、ネオジェネシスは撃てないかもしれない。
イザークらに聞いたが、アークエンジェルはネオジェネシスでいったん戦線を離脱したのだという。
その時、すでにネオジェネシスはボロボロの応急処置状態で、一発の発射が限界だったという。
短期間で、ネオジェネシスの修復が出来るとも思えない。
しかし万が一にも、備えたい。
それに例えネオジェネシスが撃てなくても、DXがアメノミハシラから離れれば、ザフトは一斉攻撃をかけてくるだろう。
用意していた奇策は、1つだけ。いつ使うべきかも、まだ決めていない。
ジャミルの顔を見た。サングラスをかけた30男は、そこにいかなる表情も浮かべていない。
「なるほどね」
意外なところから声がかかった。ゲスト席のユウナだ。
彼は、頬杖をついて、天井を見上げている。そうしていると、以前の軟弱なお坊ちゃんの頃を思い起こさせた。
「ラクスに協力するんじゃなく、地球を守る、か。
うん、それは悪くない。よし、ガロード。出撃しちゃおうか」
ぽんっと、ユウナは両手を叩いた。顔には気楽な笑みが浮かんでいる。
「だ、代表?」
「よっしゃ、さすが代表さん! 話がわかるぜ!」
ガロードが、今にも飛び出して行きそうな顔になった。
慌てて、そのエリを引っつかんで止め、ユウナに向き直る。
「いや、代表ちょっと待ってください!
軍事はすべて俺に任せるって話じゃ無かったんですか!?」
「あー、ごめんねアスラン。1回だけシビリアンコントロール許してよ」
「あのですね……」
「いやー、だってホラさぁ。
コロニー落とされて、ただでさえ暑いオーブがさらに暑くなっちゃったら困るでしょ?」
ユウナが、ぴしりと指を突きつけてきた。それで、思い当たる。
オーブは島国。
もしも、コロニー落としの影響で気候変動が起こり、北・南極の氷が溶けて水位が上がれば、甚大な被害をこうむる。
ただでさえ火の車の財政に、油を注ぐことにもなる。
軍事のことばかり、考えすぎていた。
自分の未熟さを、また恥じる。
「よし、出てくれガロード。
ただし護衛機はつけられない。いいか?」
「おう。上等だぜ」
「サテライトキャノンを撃てば、すぐに引き返して来てくれ。
補給の準備は整えておく」
「おう」
奇策の内容は、ガロードに話していなかった。
それどころか、ほとんどの人間が知らない。ザフトに知られたら、一巻の終わりだからだ。
「よし、他の人間はすぐに配置へ着いてくれ。
DXの出撃を確認したら、すぐにザフトはこっちに攻め寄せてくる。
長い防衛戦になるぞ」
声を、かけた。他の人間たちも、一斉に走っていく。
ジャミルと、少しだけ目があった。
この男に何度も救われている。
しかし、最後まで理解できそうに無い男でもあった。
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シンは、アカツキの中で待機していた。
ガロードの出撃が正確に決まったらしい。
戻ってきて挨拶を交わす間もなく、ガロードは出撃していった。
キラが、ラクスが。
コロニー落としを阻止するため、アークエンジェル一隻でザフト軍第一波と交戦しているという。
それを聞いてシンは、なぜかたまらない気分になった。
アカツキ単独だけでも、加勢に行きたい気分だった。
それでも耐えた。
ここを守る。そう決めている。
アメノミハシラを守り切れば、四者同盟も現実味を帯びる。
シン・アスカはそれに賭けた。他のことに、気を取られるべきではない。
「シン、来るよ」
ガイアに乗ったステラが、声をかけてきた。
「わかってる!」
DXが無くなれば、ザフトが攻め寄せてくる。アスランはそれをはっきりと理解していた。
味方に、何機かのクラウダも見えた。クラインから接収したものだが。
それでも、軍の練度は低い。張り子のトラとアスランが嘆いたのを聞いたこともある。
DXが出て、ザフトはすぐに攻め寄せてきた。
すぐにシンは、旗下の部隊を指定の地点へ移動させた。
アメノミハシラが、攻撃を受けることだけは避けねばならない。
ブルーノも、死なせたくない。
それでも、ザフト主力軍の圧力はかなりのものだ。
大軍が、整然とやってくる。新兵の多いこちらは、それだけで気圧されそうだった。
「行くぞ、アスカ隊続け!」
先鋒が見えた際、すぐに突っ込む構えを見せた。
『待て、自重しろシン』
いきなり、ハイネから通信が来て、がくっと来た。
「いや、なんですかハイネ!」
『なーに、敵の数は減らしておいた方がいいだろ?」
ハイネのノワールがやってきて、アメノミハシラの港部分を指す。
なにかが、出てきた。長大なもの。
見覚えがあった。キラが使っていたもの。
「ミーティア!?」
キラが使い、一軍に匹敵するとも言われた巨大兵装。
合体しているMSは、フリーダムでもジャスティスでもなく、ドムトルーパーだった。
確かにドムは核動力で、ミーティアを動かすパワーはあるのだろうが……。
『エターナルが墜ちた時、接収したヤツだな。
ジャミルの大将が、動かしてるんだとさ。
ま、見てみようぜお手並みを』
「……」
ミーティアは、コーディネイターを上回るほどの情報処理能力を持っていなければ動かせない。
そういう話を聞いたことがある、が。ジャミルはナチュラルだろう。
しかし、15年前最強だったという男。