クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第129話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 00:49:07

第129話 『サザビーネグザスだけ討ち取れば』
 
 
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ジョゼフ・コープランドを殴り倒したかった。
そう思っていたが、いざ大西洋連邦軍を見ると、そんなことはどうでもよくなるほど安堵してしまった。

「損耗のひどいMSを、母艦は最優先で収容しろ。
 ザフトは放っておけ、どうせ追撃しては来ない」

腰が抜けそうになる自分を叱咤しながら、アスランは声をあげた。
援軍まで持ちこたえることが出来た。
そんな自分を、自分で褒めてやりたかった。
けれどもまだ、戦闘中ではある。

タカマガハラのMSが帰還する。元ザフト、ブルーコスモスのMSも帰ってきていた。
ザフトはさすがに、追撃の愚を犯さない。
攻め寄せれば、無傷の大西洋連邦軍に押し包まれるのは目に見えているからだ。

ジャミルのミーティアを、優先して収容した。
遠くからでもそのダメージははっきりと見えた。
むしろ、よく帰ってきたと言うべきなのだろうか。

『シンです、中将』
「あ、どうした?」

いきなり、アカツキから通信が入ってきた。

『レジェンドを撃墜しました。一応、報告をと思いまして』
「そうか。よくやったな」
『レイは、まぁ生きてると思います。では』

あっさりと、それだけで通信は終わった。
これで相手のエース格と呼べるのは、サザビーネグザスだけか。

「じゃあ、僕はアメノミハシラに戻るよ」

ユウナがゲスト席から立ち上がる。

「代表、ヤタガラスでアメノミハシラまで行きますよ」
「いや、もうこの空域に危険は無いんじゃないのかい?」
「デスティニーが潜んでいないとも限りません」
「この状況で、僕を暗殺してもしょうがないと思うけどねぇ」
「追い詰められた人間は、なんだってしますよ。
 シンゴ、アメノミハシラへ。デブリにぶつけるなよ」
「了解!」

シンゴが、片眼をつぶってうなずく。
ヤタガラスが転身する。そうすると、窓越しに地球から打ち上がってくる大西洋連邦の艦隊が見えた。
不意に、うらやましいような気分に襲われる。
こんな大軍が最初からいれば、苦労もせずにすんだ。

すぐ、思い直した。
オーブ全軍を預かっている自分が、他軍をうらやむようなことをしてはいけないのだ。

別にアメノミハシラから遠ざかっていたわけではないので、すぐに到着した。
防御用に展開している隕石群が邪魔だったが、さすがにシンゴは器用にすり抜けてくれる。

「さ、すんなり同盟締結といきたいけどね。
 大人の駆け引きは面倒だよまったく」

ユウナが、ぼやきながらブリッジの出口へ歩いていく。

「代表、くれぐれも身辺にはお気をつけて」
「うん。まぁ、アマギもついていてくれるからそのあたりは大丈夫だと思うけど。
 ああ、アスラン。これからジョゼフと会うけど、なにか意見ある?」
「そうですね。無理だとは思いますが、指揮の一本化を。
 この戦場だけで構いませんから」
「わかった。一時的に君の指揮下へ入るよう、ねじ込んでみるよ」
「無理はしなくて構いませんよ。
 オーブが譲歩しては、本末転倒ですから」
「オッケー」

ひらひらと手を振って、ユウナがブリッジから出て行った。
外に控えていた、アマギら親衛隊が即座にユウナの警備へ付く。

政治も面倒だと思った。やっぱり自分には、軍が向いている気がする。
ただ、勝てばいいと言うのは、割り切りやすくて良かった。

「アスラン」

ユウナが出て行って一分もしないうちに、ハイネがブリッジにやって来た。

「どうしたんだ? おまえはミネルバが母艦だろう?」
「いや、ちょっと話がしたくてさ」

ハイネはパイロットスーツのままだった。
ヘルメットをしていないというだけだ。
ただ、全身汗だくで、臭いまでしてくる。
コーディネイターはあまり体臭がしないが、それでもするというのは、よほどのことだった。

「言いたいことがあるなら、言ってくれハイネ」
「俺らを含めて、さっきまで戦っていた奴らに2時間ほどの休憩をくれ」
「休憩か……」
「正直、俺もここまで消耗したのはヤキン以来だぜ。
 どいつもこいつも、限界が近い。
 いつザフトが来るかわからないってのは知ってるが、あえて言わせてくれ」
「ああ」

わざわざここまでハイネが顔を見せた理由がわかった。
全身汗だくの自分の姿を見せて、今のパイロットたちがどういう状態か思い知ってもらおうということなのだろう。

「メイリン、DXの補給完了まであとどれぐらいだ?」
「1時間と7分です」
「それぐらいだ。いいかハイネ?」
「2時間取れないか? 1時間じゃ、スーツを替えてメシを食うだけで終わっちまう。
 少しの仮眠を取らせた方が、蘇ると思うんだが」
「耐えてくれ」
「……そうか、わかった」

ハイネが甘えや優しさで言っているわけでないことは、十分にわかっている。
刀槍で戦争していた時代ならばともかく、精密機械を扱うMS戦である。
疲労からくる集中力の低下は、そのまま戦闘能力の低下に繋がってしまうのだ。

それでもアスランは、一分の隙もジョージに見せたくなかった。
もし油断すれば、あの男は容赦なくそこを攻め立ててくるだろう。

カガリの仇を取る。
その考えすら、忘れかけている。
憎悪すら、隙になるのではないかという、恐怖さえあった。

「世界の未来、か」

腕を組んで、つぶやいた。

「どうした、アスラン?」

ハイネが怪訝そうな顔を向けてくる。

「いや、大層な戦争の指揮を、任されたと思った。それだけだ」
「終わったような言い方するなよ。生きて帰るまでが、戦争だぜ?」
「まるで遠足だな」

言って、笑った。ハイネも笑い返してくる。

「ところでアスラン、偽者野郎はどこにいると思う?」

笑いを収めたハイネが、こちらにまなざしを向けてきた。

「別働隊か。俺も気になってはいるんだが。
 アメノミハシラを、さっさと攻め落とさなかったのはなぜなのかな」
「野郎、案外アメノミハシラを生かしておいたのかもしれないな」
「……」

それは、あるかもしれない。
こちらは死力を尽くして防いでいたが、ザフトは決して本腰を入れては来なかった。

「ハイネ、とりあえず休め。
 俺は相手の考えを読むより、どうやって勝つか考えていたい」
「ははは、指揮官らしくなったなアスラン」
「からかうな」
「アスラン。ここからは聞き流してもらって構わないが」

また、ハイネが笑いを収める。これが本題だなと、ちらりと思った。

「なんだ?」
「ザフトの戦力が底を付くのだけを避けたい」
「……」
「頼む」
「そこまで器用なことはできないぞ、俺は」
「わかってる、それで負けたら意味がないしな。
 ただ俺はやっぱり、プラントの国益を考える」
「同盟国の中将として、配慮だけはしておくよ。
 ただ、約束はとても出来ない」
「無理なこと言ったかな、惑わせて悪かった」

ハイネが床を蹴って、軽快にブリッジから出て行く。
アスランはため息をついて、艦長席の背もたれに身体を預けた。

ここでザフトを全滅させてしまえば、確かにプラントの復興はおぼつかなくなる。
ユウナがその気になれば、プラントをオーブの植民地にしてしまうことだって出来るかもしれない。
なにより、大西洋連邦が増長する。
そういう意味では、ザフトの全滅は好ましくない。

「サザビーネグザスだけ討ち取れば」

ぽつんとつぶやく。そうすれば、後のザフトは頭を失った蛇だ。
デュランダルのことを偽者だどうだと、言う余裕も大義も無くなるだろう。

将軍なんて、面倒なだけだな。
そんなことを思いながら、無機質なブリッジの天井を眺めた。

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アメノミハシラの内部へ入ると、すぐにロンド・ミナが書類片手に付き添ってきた。
彼女は今のところオーブで議会を押さえるなど、内政面での役割を担っている。

アマギら警護に囲まれながら、ミナと並んでアメノミハシラを歩く。
大女と歩いている自分は、さぞ外から見れば奇異に見えるだろうなと、思いながら書類に目を通した。
何度も目を通した、四者同盟の細やかな決まり事を並べた公文書だった。

これに、ジョゼフ、デュランダル、ブルーノ、そして自分が調印すればひとまず四者同盟は成立する。

「ミナ、ジョゼフ・コープランドはどうだい?」
「さすがに厚顔だ。一番遅く来たのに、一番偉そうだよ」

吐き捨てるように、ミナが言う。

「大国の余裕だね」
「コロニー落としてやりたくもなるぞ、まったく」
「ミナ。
 四者同盟について、オーブ議会の反応はどう?」
「オーブの理念に反すると言っている人間は、いる。黙らせておいたが」
「四者同盟と言うけど、あくまでオーブは調整役でオブザーバーだ。
 プラントと、大西洋連邦、ブルーコスモスが手を握ることに意味がある。
 それがわからないのかな、まったく」
「どんな時も文句を言う人間はいるぞ。それに終戦協定も兼ねているからな。
 国家間の利害が、これほどぶつかりあう瞬間もあるまいさ」
「ま、みんな心配なんだろうね。結局の、ところはさ」

少し愚痴も交えながら、アメノミハシラの会議室へ入った。
ジョゼフ・コープランドがむっつり顔で座っているのが、まず目に映る。
対照的に、ブルーノとデュランダルは、静かだった。

「今なお、アメノミハシラは戦闘中です。早めに済ませてしまいましょうか」

ユウナは席に着きながら、周りを見回した。

「同盟も結構だが、まずはザフトを倒してから話をするべきではないのですかな」

ジョゼフが、胸をそらしてこちらを見つめてくる。なるほど厚顔だと、腹の中で笑った。

「逆ですね、コープランド大統領。我々が手を組むことにまず意味があるのですよ」
「手を組むとおっしゃるがアスハ代表。今のザフトを倒すのは、大西洋連邦軍だけで充分だ」
「そこまでザフトを弱らせたのは、我々です。
 我らタカマガハラ、オーブ、ブルーコスモス、そして元ザフトの兵が協力して成せたことなのですよ」
「その功績は認める。しかし、我が大西洋連邦は……」
「その辺にしておけ」

説得に手間取りそうだと思った矢先、ブルーノが口を挟んできた。

「アズラエル会長……」
「いい加減、アンクルサムのやり方を捨てよコープランド。時代の風は変わってきておるのだ」
「……」

どんなマジックを使ったのやら。ユウナは、頭の中で肩をすくめた。
ジョゼフが、ブルーノの前では借りてきた猫のように大人しくなっている。

「時間が無いので、コープランド大統領。
 連邦軍の指揮を、ひとまずザラ中将の下に置いていただけませんか?」
「連邦軍の指揮を?」
「指揮系統は一本化すべきです。それ以上の理由はありません。
 国のメンツに関わるとお考えになられるかもしれませんが、この戦場で勝つのが先です」

「……」
「……リンダ」

難しい顔をしているコープランドに、ブルーノがなにかささやきかけている。

「わかった、この戦場だけという条件で、呑もう」

なんだこれ。本当に大西洋連邦か?
前大戦、一部将兵の暴走とはいえ、同盟軍をサイクロプスで蒸発させた国だぞ。

話がすんなり行きすぎて、逆に怖いほどだった。

「ミナ、アスランにすぐ伝えてくれ」

後ろで控えていたミナに、ささやきかける。
ミナがうなずき、会議室から出て行った。

「皆様もうご存じでしょうが四者同盟と言っても、段階的なものです。
 まずは、軍事同盟を結ぶという形で」
「軍事同盟とおっしゃるが、オーブは軍を外国に派遣しないのではなかったのですか?」
「外人部隊タカマガハラが、それを代行します」
「なるほど」

オーブの理念も、形骸化したものだと、腹の中で言われていそうだった。
それは否定しない。
ただ、現実とどこかで妥協しなければ、前に進めないのも事実だった。

デュランダルが、おぼつかない手で書類にサインをしている。
それにしてもどこかこっけいな気もした。
デュランダルは、確かに今なお最高評議会議長だった。
解任も辞任もしていないのだから当然だし、調印する権能もある。
だからこの同盟が成立してしまえば、いまこちらに攻め寄せているザフトはすべて、同盟軍に銃を向ける反逆者と言うことになる。

すべては、書類上のことだが、それが力を持つのもまた国際社会というものだった。
偽者のすり替わりという、悪い冗談のような現実も、これでいくらかは打開できるのだろうか。

ひとまず軍事同盟の締結を終える。すぐに報道各社が、それを世界中に伝えるべく散る。

とりあえずオーブからは、廃棄コロニーなどを利用しての農地計画を提唱した。
これはユウナの秘蔵で、食糧危機が起こった頃からずっと考えてきたことなのだ。
例えば地球なら、気候変動や天候の影響を受けやすい。
しかし宇宙で育てるなら、コストは確かに高くつくが、凶作の心配はほとんどない。
それにある程度の設備さえ整えられれば、後はそこまでの資金は必要無いのだ。

「優しいことだな、ユウナ・ロマ」

ブルーノが、にこりともせず言う。
宇宙での農地計画には、プラントの技術協力が不可欠である。
ともすれば、敗戦国として扱われかねないプラントには、発言力を増すいい機会になるだろう。

「どうでしょうね。ただ、簡単に食糧不足となる世界を僕は憂慮しただけですよ。
 それにもう、対立はいいでしょう。
 オーブは世界の覇権に興味ありません。戦後のイニシアチブにも。
 あくまで中立国でいられればいいんですよ。後はせいぜい、世界が平和ならいいなと思うぐらいで」
「言うものだな。まったく」

ブルーノが少し、目をつぶる。そして再び、開いた。

「アズラエル財閥は、これからオーブに本拠を移す」
「本当ですか!?」

つい、ユウナの声はうわずった。咳払いして、それを誤魔化す。

アズラエル財閥は、とてつもない規模を持つ。
その本拠がオーブにあるということは、莫大な税収の増加を見込めるということだ。
オーブにとってこれほどありがたいことはない。

「貴様はラクスに勝ったよ。一応、約束したことであるからな。
 カネも少しは貸してやろう」
「助かります」
「恩に着ることはない。ただ、ある程度の待遇は求めるぞ。
 我らは、商人だからな」
「出来る限りは」

税制面や、土地面の優遇はやらなければならないだろう。
あまり綺麗なやり方とは言えないが、仕方ないことだった。

話は、意外とすんなり進んだ。
終戦後の対処について、ジョゼフとデュランダルがかなりやりあったが、深刻な対立という風でも無かった。

ミナが、会議室に戻ってくる。ユウナのそばに寄って、耳打ちをしてきた。

「ザフトが動いたぞ」
「コロニー落とし?」
「の、ようだ。レクイエムはヤヌアリウスの4基と、副次被害で他の2基を潰している。
 だいたい、10基ほどのコロニーを持っていると考えていい」
「あと9発か」

ジョージ・グレンはここに来たとき、多方向からの一斉作戦を行うと脅していた。
だが大西洋連邦以外の国がこれといった応対を見せないところから、密約があると考えるべきだった。
つまり、コロニー落としの目的は、オーブと大西洋連邦に限定される。
アメノミハシラは今、ちょうどオーブ上空にあるので、ここを動かなければいい。
後は大西洋連邦上空を固めれば、どうとでもできる。

他の首脳たちも、それぞれに報告を受けていた。

「アカイ大佐、ニレンセイ中佐」

ジョゼフが、側近らしき将官に命令を下していく。2人の人間が、走っていく。
それを視界にとらえながら、ミナに顔を向ける。

「ミナ、アスランはなんて言ってる?」
「明日は、ユウナ・ロマ・アスハがオーブ最高の指導者であることを、世界が認める日となるでしょう。だとさ」
「大仰だね。それにしても、凄い自信だ」
「頼もしいではないか。それよりも、気を抜くなよユウナ?」
「わかっている」

例え勝っても、事後処理を誤ったら、国は大損害を受ける。
デュランダル、ブルーノ、ジョゼフ、いずれ劣らぬ難物相手の会談は、まだ続くのだ。

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チェスを、していた。
これほどの相手と指すのは久しぶりだった。
チェスは好きだったが、10を数えたあたりから、誰も相手にならなくなっていたのだ。
だからぎりぎりの攻防が出来る相手とやるゲームは、新鮮で懐かしく、なにより楽しかった。

「いや、待った」
『待った無しだよ、ジョージ』
「うむ、負けかなこれは」

D.O.M.E.が操作するアームが、チェス盤にあるナイトを動かす。
王の守りが、これで完全に破られた。後は時間の問題だった。

「君も凄いな。別に遺伝子操作されているわけでもないのに、私を負かすとはね」
『僕は元は人間だけど、突き詰めれば生体部品だからね。
 計算部分は機械がやってくれるし、見聞きしたことはすべて保存できる。
 機械と人間の、いいとこ取りをしているところはあるかな』
「しかし、それほどの力を持ちながら何故だ君は?」
『何故、とは?』
「この世界の紛争を解決出来るだろう。君がその気になれば」
『言ったはずだよ。僕は、それほどアクティブではないと』
「どうかな。力を持てば、それをどういう形であれ使いたくなるのが人間だ。
 人のためか、己のためか、そういう違いはあるだろうが」
『当てはまらないさ、僕はとっくに人間をやめた』
「……聞いてはならないことだったか?」
『いや……。人に絶望したってわけでもないよ。
 まぁ、強いて言うなら、そうだね。
 フェアじゃないからかな』
「フム」
『チートを使ってゲームをクリアすることに、僕は喜びを覚えないね。
 最たる理由は、ゲームそのものに興味を持てないからだけど』
「それも意見かな」

言いながら、チェステーブルを並べ直す。
もう一度だと言うと、D.O.M.E.はこちらのゲームならいくらでも付き合うと笑いながら答えた

「議長……! 議長!」
「サトー……か」

全身を、揺り動かされる。それで意識が覚醒する。
宇宙要塞メサイアにある、VIP用のシャワールームだった。
どうやら気を失っていたらしい。シナップスシンドロームの発作に、耐えられなかったのだろう。

「大丈夫ですか?」

サトーが、顔中真っ青にしながら付き従ってくる。

「フェアではない、か……」

チートを使った結果がこれだなと、ジョージは自嘲的な気分で立ち上がる
脳細胞そのものは、90の老人と同じぐらいなのだ。
これに人工NTの改造を施しているのだ、倒れるぐらいはむしろ当たり前だった。

以前から感じていたことだ。
脳へのダメージが、繕いようの無いものに変わっている。
もはや薬も効くまい。
やがて、痛みも消えるだろう。
その時が、二度目の、そして本当の死だ。

「議長、大西洋連邦軍が……」

サトーが、うつむいて両こぶしを握りしめていた。

「言うな、サトー」
「動くはずがありませんでした。ありえぬことです」
「戦場に絶対はない。それを忘れた、私に咎がある」

すべて、大西洋連邦が動かぬと言う前提で動いた。
閣僚レベルでは、密約もにおわせておいたのだ。
密約など、いつでも破棄できる。大西洋連邦もそれぐらいはわかっていて、こちらの動きに乗るだろう。
アメノミハシラが目障りなのは、連邦にとっても同じはずだった。

アメノミハシラを潰し、それから大西洋連邦との決戦に移る。
その前提ですべての作戦を進めていた。
大西洋連邦の大軍に備え、別働隊はアメノミハシラに回さなかった。

しかし、動いた。

「サトー、サザビーネグザスのファンネル、実弾換装は終わっているか?」
「はい」
「なるほどな。これがNTということかな」

この前提で動く限り、シン・アスカとの戦闘は無かったはずだ。
しかしアメノミハシラに戻る際、ふと実弾換装を言いだした。
それはNTの予知が、シン・アスカとの激突を察知していたのだろう。

「無礼を承知で申し上げます。お名乗りいただくわけにはいきませんか?」
「……」
「こうなっては一割の勝率も望めぬかもしれませんが、お名乗りいただければあるいは……」
「その目測は甘い、サトー。状況はジョージの名で打開できるほどたやすくはない」

名乗れるはずが無かった。この不老の技術を、人類が知ってはならない。
それに、自分が窮したからといって名乗るなど、あまりに破廉恥すぎる。
これまでジョージ・グレンが殺してきた人間にも失礼だった。

「では。かくなる上は、戦って散るのみです」
「散るための戦いはするな、サトー。そんなものを私は認めない」
「はっ……」

戦術は、どうあがこうと戦略を上回れない。
どう戦おうと、敗色は濃厚である。右を見ても、左を見ても、前も後ろも上も下も、絶望しかない。

勝っている時は、いい。
偽者だどうだ、ということをザフトもプラントも言い出さない。
だがひとたび風向きが変われば、たやすく人は疑惑を不信に変える。
そして不信は、正義へと変わるだろう。ザフトの、自主的な離反も充分にありえた。

「見事だ」

ふっと笑う。アスランとユウナを、褒めてやりたかった。
人はわからぬだろうが、この2人こそが最高の功労者だとジョージは思う。
断じて、ガロード・ランやシン・アスカではなかった。
たった一手で、ここまで戦局をくつがえされた。
その状況を作り上げた粘り強さは、称賛に値する。

「サトー、余計なことは考えるな。死のうという想いも捨てろ」
「はっ」
「ベストを尽くせ。アメフトでも、負けている時はタッチダウンを狙いに行きたくなるものだ
 しかしそんなことをしたチームは、逆転など望めなくなる。
 ただ、ベストを尽くせ」
「はっ」

サトーが直立し、走っていく。

廊下に、よろりともたれかかる。命の電池、あとどれぐらいなのか。
死ぬはずがないと、言い聞かせる。
こんな無様なままで、世界に迷惑をかけたままで、死ぬことなどジョージ・グレンの誇りが許さない。

それにしてもさっきのは、スポーツマンのような台詞だった
どこか、こっけいだ。つい笑う。

アメフトをやっていた頃は、100点離されていても追いつける気がした。
だから負けたときは、よく泣いた。悔しくて。悔しくて。
それが何故か、懐かしく思い出せる。

「まだタイムアップではない」

廊下を出る。格納庫がそこにある。
サザビーネグザス。立っている。

ルチル。私もまだ、立っている。