クロスSEED第12話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 23:22:07

「マザーバンガード……?」

 降下してくる青い艦を見て、トビアはあっけにとられたように呟いた。
 横に立つベラも、息をするのさえ忘れてその艦を見上げている。

『ベラ・ロナを、FAITH及び新鋭艦の艦長に任命する。
 なお、ミネルバの一部クルーを除く在オーブザフトは第一傭兵部隊"クロスボーンバンガード"への転属を命ずる』

 在オーブのザフト軍にデュランダルから辞令が下ったのは、わずか二日前のことだ。
 自信はないが、艦長候補という"設定"になっているベラがそれを断れるわけはない。

「ロナ艦長でありますか?」

 不意にかけられた言葉に、トビアと、ベラが振り向く。

「オーブの……いえ、クロスボーンバンガードのアスラン・ザラであります」

 そこには一人の青年が立っていた。オペレーション・トロイホースの会議に居た、額の広い青年である。
 そのアスランが直立不動で立っていた。
 それを見て、ベラがくすりと笑う。彼のあまりに生真面目な挨拶がおかしかったのだろう。

「……どうしましたか?」

 困ったような表情を見せ、すがるようにトビアを見てくる。

「そんなに堅苦しくしないでいいってことですよ」

 助け舟を出すようにトビアが言って、にこりとする。

「僕はトビア・アロナクスです。よろしくお願いします、アスランさん」

 言って、アスランに手を差し伸べた。

「それにしても……ねえ」

 マザーバンガードの艦長室。座り慣れた椅子で、ベラは腕組みをして座っていた。

「沈んだはずですよね……マザーバンガード……」

 不思議そうな顔で、ベルナデットが呟く。
 マザーバンガード。"クロスボーンバンガード"の旗艦にして象徴。
 絶大な機動力に火力、さらに防御力を誇る、浮沈艦となりうる要素を兼ね備えた艦。
 そしてなにより……沈んだはずの艦。
 愛する人を助けに出撃した時、ベラは確かにマザーバンガードの自爆スイッチを入れたのだ。
 しかし、この艦の自爆装置は作動していなかった。

「……どういうことなのか説明していただけますか?デュランダル議長」

 睨みつけるように、デュランダルが映った通信モニターへと顔を向けるベラ。

「デブリ帯で拾った艦が君の言う"海賊船"に似ていた。それでは信じてもらえないかね?」

 困ったような顔で、デュランダルが答える。
 怪しい、怪しくないで言えば間違えなく怪しいだろう。
 広大な宇宙空間とは言っても、無傷の戦艦が簡単に落ちていてたまるものか。
 だからこそ思う。

「嘘を……疑っても仕方ないでしょうね」

 嘘をつくなら、人間はもっともらしい嘘をつくものだ。
 ならば、バレバレの嘘に聞こえるこの弁明は、かえって嘘ではない可能性が高くなる。

「信じろってことかしらね……」

 通信が切れると同時に、ベラは嘆息した。
 自分たちの境遇からして信じられない状況なのだ。一つや二つ、信じられない出来事があってもさほど気にすることではない。
 無論、手放しで全てを信じるわけにもいかないが。

「こんな時、彼やキンケドゥならどう言うのかしら」

 ベラの頭の中に飛来するのは、マザーバンガードの"本来の"副艦長と。そして、愛する人と。

「悩んでも、仕方ないか……」

 一見すると自棄になっているともとれる言葉を吐き、立ち上がる。そして、

「艦長……?」
「行きましょう、ベルナデット。半日後にはザフトのパイロットが来るわ。歓迎の準備よ」

 普段の彼女には似合わぬ、いたずらっぽい笑みを浮かべて、そう言った。

「艦長はここです」

 トビアの示したものは、艦長室の入り口にしてはやけに重たい扉であった。
 部屋というよりも、なにかの工場の入り口に見える。

「なんか……秘密兵器絶賛生産中って感じの扉ね……」
「戦艦で?どっちかというと、悪い魔女が変な薬作ってそうだぞ……」
「気にするな。俺は気にしない」

 笑顔のトビアを前に、シン、ルナマリア、レイが三者三様の感想を口にする。
「どうしました?」
「な、なんでもないわ」

 あたふたしながらルナマリアが手を振って答えた。

「……?ベラ艦長、ミネルバクルーの皆さんです」

 不思議そうな顔をしながら、トビアが扉を開く。
 一番最初にシンたちの視界に入ってきたのは"煙"だった。
 続いて、部屋を覆わんばかりの熱気が、トビアと三人を襲う。

「あら、早かったのね」

 緊張して身構える三人と、それとは全く違った雰囲気の声。
 きょとんとして立つ女性が、煙の向こうに見える。手にはなにかを持っているようだ。

「私がマザーバンガードの艦長、ベラ・ロナです。パンでもいかが?」
 唖然とする三人に、フランスパンを持ったベラはそう言った。

「くそっ……」

 アウルは倒れたザフト兵を踏みつけながら、吐き捨てるように言った。
 ミネルバの資料室。鍵をかけた扉の前で、アウルは現状を整理していた。
 どうやら、自分はアビス共々ザフトに捕まっていたようだった。
 "相棒"たるアビスは、別の艦、マザーバンガードなる戦艦にあるらしい。
 さらに、今のミネルバには禄なMSがいない。赤いザクウォーリアが一機、搭載されているだけなようだ。

「逃げられないか、ちくしょう……」

 つとめて冷静に呟き、さらに思考を巡らす。脱走し、連合の勢力圏に逃げるには足の速いMSが必要だ。
 さらに、オーブは島国。海を渡るには、水中移動能力を備えたMSが必要となる。

「アビス……あれさえあれば」

 ここに居ても連合のパイロットとして、最悪の場合はスパイとして処罰を受けるだろう。
 行動は早いほうがいい。僅か五分前に、このミネルバが出航するという艦内放送が入った。

「迷ってる暇なんかねえか……」

 ペンダントを握り締める。写真に写った"知らない女性"が力を与えてくれる気がした。

『それでは、明朝に』
「ああ、君たち"クロスボーンバンガード"のオーブ駐留のタイムリミットは明朝だ」

 我ながら下手な芝居だな。胸中で呟きながら、ユウナはモニターに映る、ベラという女性に視線をやった。
 オーブの理念は、"侵略をせず、侵略をさせず"である。
 例え連合が攻め込んでこようと、オーブ軍は積極的自衛権の行使、つまり敵地への侵攻をするわけにはいかない。

「政治は……大変ですね」

 あのいけ好かないアスランから概要は聞いているのだろう。ベラがそう言ってくる。
 オーブは、他国への攻撃はしない。だが、オーブを追い出された"海賊"が他国を攻撃するぶんにはオーブの責任にはならない。
 それがたまたま、"オーブを攻撃しようとした他国"であっても。そして。

「ところで、東アジアは今、割れているらしいね。ホンコンシティなんかは親プラントがかなり多いらしい」

 たまたま呟いた独り言を、海賊の頭領が傍受しても、それはオーブの預かり知らぬことである。
 確かに屁理屈ではある。
 だが、政治なんてそんなものさ。
 モニターから目を逸らして、ユウナは自嘲の笑みを浮かべた。

「ネオ……わたし……なにか大切なことを忘れている気がする……」
「大丈夫さステラ。もうすぐホンコンシティだ。最悪の場合は戦わないといけないかもしれん。早く寝ろ」
「うん……」

 目をこすりながら言うステラを、苦々しく見つめてネオは答えた。
 ステラの向かう先にはガラスで覆われた三つのベッドがある。
 一つはステラが今横になろうとしてるベッドで、残った二つのうち一つは緑色の髪の青年が眠っている。
 そして、もう一つのベッドには主がいなかった。

「アウルか……助けられりゃいいんだけどな」

 ぽつりと言ってから、ずれ落ちかけた仮面を直す。
 ステラと、スティングの"仲間"であった少年。そして今は二人の記憶に存在しない少年。

「アビスを取り戻さないと、ステラとスティングを"あれ"に乗せるはめになっちゃうからな……」

 ステラが寝たのを確認してから呟いて、ネオは肩をすくめた。
 その声は、ひどく悲しそうに聞こえた。
 JPジョーンズの艦橋から超高層ビルの光が見えた気がした。
 ホンコンシティはもうそこまで近づいていた。