『第三カタパルト、ハッチ開放。進路クリア、コア……すいません、インパルス発進どうぞ!』
「シン・アスカ、ソードインパルス行きます!」
シンの声と同時に、ソードシルエットを背負ったインパルスが加速する。
さらにやや遅れて、マザーバンガードが浮上を開始。インパルスが完全に離脱したのを確認し、光の盾が出現した。
『シン、まずはあの巨大MSを抑えて。その後、可能ならトビアたちの援護。準備が整い次第、着艦してホンコンを離脱。できる?』
「全滅させてやりますよ。あんな虐殺、許すわけにいかないじゃないですか」
これ以上、アスカ家は増やしたくない。
胸中で呟いた後にベラに告げ、マザーバンガードの死角である後方へと飛ぶ。ゆっくりと、しかし確実に迫る、黒い悪魔の姿が見えてくる。
「行っけえええええ!」
バルカンを撒き散らしながら加速。あの機体のバリアに、ビーム兵器が効かないことはわかっている。
無論、バルカンだけで撃墜できるようなMSでもないだろう。接近戦に賭けるしかない。
指からビームが放たれるが、これを回避。
逆に接近して対艦刀"エクスカリバー"を振り上げ――
「なっ!?」
横から飛んできたビームを慌ててかわす。
「ドラグーンか!」
無線タイプの誘導ビーム兵器、ドラグーン。
火力はライフルより低く、オールレンジ攻撃により敵機の行動を制限するのが主な役割の武装だ。
だが、このドラグーンも、必殺兵器として使う方法がある。
一つは、対象に複数のドラグーンによる集中砲火を浴びせること。
前大戦終盤、ザフトのプロヴィデンスが猛威を振るったのは、搭乗するラウ・ル・クルーゼがこの戦法を採れるだけの技量があったからだ。
そしてもう一つは、ドラグーン自体の火力を高くすること。
通常、ドラグーンは高機動を実現するために、サイズと火力が抑えられている。
そのため、当たりどころさえ間違わなければ致命傷とはなりえないのだ。
しかし、インパルスの周囲を飛ぶドラグーンは違った。
その巨体を生かし、強力なビームを放ってくる。
「ちくしょおっ!」
意味はないと知りながらも、本体に向けてバルカンをばらまきながら距離をとる。
「このままじゃ……」
巨大MSを警戒しながら、海へと目をやるシン。
そこには、連合部隊に苦戦するレイたちの姿があった。
『いい加減に諦めるんだな!キラ!』
「あなたににそんなをことを言われる筋合いは!」
フリーダムを急降下させ、赤いMSとの距離をとる。
白と赤、二体のMSが踊るように跳ぶ。
「ぐっ!これもだめか!」
牽制のレールガンを放とうとし、呻く。
辛うじて避けた最初の一撃で、射出口を潰されていたのだ。
「ラケルタビームサーベル出力正常、左肩バラエーナは生きてる……これだけかっ!」
ビームライフルは既に失い、右のバラエーナも潰されている。
自慢のフルバーストばかりか、遠距離攻撃すらまともに行えない状態である。
「こうなったら!」
ラケルタビームサーベルを構え、赤いMSに目をやる。
右腰ビーム砲中破、ビームライフル喪失。"敵"もキラの攻撃で、左腰のビーム砲一門を残して射撃武器を封じられていた。
「行けえっ!」
キラの中で"種"がはじける。
左へと旋回しながら、バラエーナで牽制。まずは近付かなければ、決定打となる攻撃などできない。
一気に距離を詰め、ビームサーベルを赤いMSの右腕に突き立てる。
シールドすら構える暇無く、完全に入れたはずの一撃。
が。
「なっ!?」
『これがセイバーだよ、キラ』
"セイバー"の右腕に輝く、光の盾。
その足下には、力なく横たわるフリーダムの左腕が転がっていた。
ザンバスター。F97、98シリーズに装備されているビームライフルの一種で、対ビームシールドを主眼に置かれた武装である。
その主目的はビームシールドすら突破する貫通力の実現。
ビームと実弾を同時に撃ち出すことで、驚異的な貫通力を生み出すことに成功した武装である。
「うおおおっ!」
トビアが吠え、ザムザザーに向けてザンバスターを連射する。
徐々に、ザンバスターの実弾によってザムザザーの装甲が削られてゆく。
このまま撃ち続けていれば、このMAが沈むのは時間の問題であろう。
だが――
「せめて発生装置さえ潰せばっ!」
圧倒的なはずのこの状況で、トビアは明らかに焦っていた。
続けてもう一発撃ち、武器管制パネルに目をやる。
ザンバスターの残弾、残り3。
これがトビアの焦りの正体。
いくら有効な武器であっても、撃てなくなってしまっては意味がない。
「これがムラマサブラスターなら……っ!」
格納庫で眠るX3の巨大銃剣を思い出して唇を噛むが、無いものねだりをしても仕方がない。
このMAに有効な武装というと、あとはリーチの短いヒートダガーとバルカンぐらいしかない。
背後へ回って攻撃すれば落とせるかもしれないが、時折飛んでくるダガー部隊の援護射撃がそれを許してくれそうにない。
「下は海……海からじゃ有効な攻撃手段が……海?」
トビアは言って、ふと気付いた。
アビスは急な整備ゆえ、海中には潜れない。
唯一破壊力のある実弾兵器、ザクファントムのミサイル程度ではかわされる可能性が高い。
近付いてヒートダガーを繰り出すには危険度が高すぎる。
絶望的な状況下、絶望の一因となっているのは海の存在。
しかし――
「そうだ!海があった!」
フリントが大きく上昇し、狙いを下へと定める。
「行けえっ!」
残弾を全て放った先、それは。
『狙いが甘……なにっ!?』
ザムザザーではなく、その周囲の海。
大きな水柱が、ザムザザーを囲むように三本立つ。
「これが狙いだあああああ!」
急降下したフリントからの右手にあるのは、ヒートダガー。
ザムザザーの頭頂部にダガーが突き立てられる。
フリントは、それを蹴って離脱。
遅れ、ザムザザーから爆炎が上がった。
「それでも!」
『なっ!?』
展開されたビームシールドに右腕を切断された瞬間、フリーダムがセイバーに足払いをかけて後に飛んだ。
残った唯一の武装、バラエーナが起動し、よろける"セイバー"に銃口を向ける。
「それでも、守りたい想いがあるんだあああああああああ!」
バラエーナから高出力のビーム砲が放たれる。
そしてそれが"セイバー"に直撃する。
はずだった。
「え……?」
最初に声をあげたのは、キラ。
一瞬遅れ、小さななダメージを重ねていた左のバラエーナが射撃の反動に耐えられず、狙いを大きく逸らしていたことに気付く。
なにか建物が崩壊する音が聞こえた。
さらに一拍間を置いて。
『キラぁぁぁぁぁぁぁ!』
「っあ!」
フリーダムのメインカメラが詰まった頭部が"セイバー"に破壊され、モニターがブラックアウトする。
続けて、"セイバー"が飛び去る音が聞こえた。
シンからすれば、単機でこんな十字砲火を仕掛けてくるMSなど反則以外のなにものでもなかった。
対艦刀を手に、なんとか距離を詰めようとするが、巨大MSの圧倒的な火力がそれを許してくれない。
「くっそおおおっ!」
もう何度目の試みだろうか。対艦刀を構え、一気に距離を詰める。
「ぐっ!?」
そしてビームの襲来。
紙一重でかわしているが、インパルスの装甲はところどころが焦げている。
「こいつを倒さないと、この街がオーブみたいにっ!」
赤い瞳に映るのは、デストロイ5砲撃で壊滅寸前のホンコンシティ。
かつての記憶が、最悪の未来を拒む。
牽制のバルカンを放ちながら接近し、対艦刀を振り上げる。
「つあっ!」
次の瞬間、飛んできたのは蹴り。
VPS装甲がその攻撃を防ぐが、殺し切れない衝撃がシンとインパルスを支配し、大地へと叩きつけられる。
「おまえなんかに……っ!」
朦朧とする意識。そしてそれは無意識の内だった。
インパルスから放たれたバルカンは、ただ空へと消えて行った。
シンの中でなにかがはじけた。
――今日はいい部屋とったし♪
トールの中で、言葉がリフレインする。
小破したセイバーが向かうのは、崩壊した高級ホテル。
嫌な汗がトールの頬をつたう。胸中を支配するのは、最悪の予感。
下にはうずくまる男が見える、瓦礫の下敷きになった人間の手が見える。
その中に混ざる、かつて見慣れた姿。
「ミリィ!」
葉に守られるようにして、木の上に横たわる一人の少女。
嫌な予感が当たってしまった。胸の奥に広がるのは、それを予測し、当ててしまった己に対する罪の意識。
爆風で飛ばされたのか、あるいはどこからか落下したのか。ミリアリアは、大きな木の上に倒れていた。
VPS装甲機能オフ、ゆっくりと、灰色の剣が舞い降りる。
「ミリィ!」
コックピットハッチ越しに、トールは再び少女の名を呼んだ。
"セイバー"の手にミリアリアを乗せ、ハッチを開ける。
外傷はほとんど無いが、意識不明のうえ息が荒い。放っておいていいものではないだろう。
無論、こんな状況ですぐに医者が見つかるなど期待できない。
コックピットにミリアリアを収容し、対太陽光用のバイザーを下げる。
ただ一つだけ、彼女が助かる場所へと、"セイバー"は飛び去った。
「撤退?」
『そうだ。ダガー中心の編成とはいえ、これ以上無駄に戦力を失うわけにはいかないからな。それにデストロイも』
デストロイやザムザザー投入を決定し、そのために無駄な戦力を失ってからそれか。
ダガー部隊に混ざって牽制のビームを放ちながら、ネオは胸中で毒づいた。
ロード・ジブリール。ブルーコスモスの盟主にして、ネオの唯一の上官。いや、唯一の主人。
『どうした?不満か?』
ネオの心中をわかっているのか、それともわかっていないのか。
出来の悪い西洋人形のような顔に笑顔を貼り付け、ジブリールが笑う。
「いえ、このまま帰投させてもらいますよ。それが青き清浄なる意志なら」
帰投信号射出の指示を出し、パイロットスーツのまま、嫌みたらしく敬礼。
こんな嫌みを向けても意味はないが、多少は気が晴れる。
『ふん、青き清浄なる世界を信奉する言い方ではないな。ああそれと、帰ったらファントムペインに新しい仲間をくれてやる』
「仲間?」
ジブリールの言葉にぴくり、と眉を寄せる。
『ああ、"仲間"だ。お前たちにぴったりの、な』
「またエクステンテッドで?」
呆れたように言うネオに、ジブリールはさらに笑みを深くし、
『パイロットはただの人間だ。まあ、ある意味特殊だがね。それ以上に、MSが特殊だな』
「MSが?」
ウィンダムを着艦させ、レーダーを警戒しながらネオがおうむ返しに問う。
特殊なMSとはなんなのか。デストロイやザムザザーのように、陽電子リフレクターを装備したMAの話を聞いたことはある。
或いは、そのMS版と言ったところだろうか。
その顔に笑みをたたえたまま、ジブリールは言った。
『まあ、楽しみにしていてくれたまえ。君が戻ったら、まずは乾杯したいものだな。青き清浄なる世界に。そして、F91とハリソン君に』
その顔は、心底嬉しそうな表情を貼り付けていた。
普段ならば、気にするまでもない攻撃であった。
失った右腕、晒された間接部に、機銃による攻撃。
「あ……」
サブカメラを頼りに、それが飛んできた方向にバラエーナを放つ。
なにかが光った気がした。ほんの小さな光が見えた気がした。
だが、今のキラには攻撃ですらないそれを気にする余裕はない。
そして手負いの王者が飛び立つ。
帰るべき艦へ、愛する人のいる艦へ。
飛来するドラグーンに対し、エクスカリバーを振り下ろす。
今なら全てが見える。空間全ては、シンのものだ。
インパルスのエネルギーゲージが、レッドゾーンを示す。
でも、そんなものは気にならない。
ドラグーンを一機叩き落とすと、背後から迫るもう一つのドラグーンを、フラッシュエッジで破壊する。
うるさい蠅をたたき落とし、フラッシュエッジを回収すると、エクスカリバーを構える。
やけに鈍い動きの漆黒のMSに向け、エクスカリバーを振り下ろし――
「なにっ!?」
突如飛来したビームにより、インパルスの左足が吹き飛んだ。
衝撃で後方へ飛び、危うく大地に叩きつけられそうになる。
視線を、ビーム砲の飛んできた方角へとやる。その先には、今まさに飛び立たんとするフリーダムの姿。
「また……おまえは……!」
叫ぶが、その声が届くはずもない。
遠くで信号弾が上がった。巨大MSが変形し、ゆっくりと後退してゆく。
シンはそれを追おうとレバーを動かすが、瞬間、コックピットにエネルギー切れを知らせる警報が鳴る。
エネルギーを失ったインパルスは、そのまま倒れ込んだ。
海から、白いザクが近付いてくるのが見えた。
隙だらけの動き、あまりに遅い反応。
アスラン・ザラほどの腕でなくとも、MSパイロットならば一秒とかからず撃墜できるほどの戦闘機動と言えた。
だが、現にアスラン・ザラは苦戦をしていた。
「カガリ!くっ……本当に君なのか!?」
ライフルから放たれるビームに右足を持って行かれるが、なんとか薄紅のMSへと接近する。
「カガリ!答えてくれ!なんで君がこんなものに乗っている!」
サーベルが、セイバーの左腕を切り裂く。
「カガリっ!」
瞬間、ビームサーベルで薄紅のMSのサーベルをたたき落とし、さらに接近。
残った右腕が薄紅のMSとカガリをつかむその直前。
『残念ですが、ビギナ・ギナとお姫様は帰宅のお時間です』
セイバーの腹部目掛けて飛んでくる斬機刀の一撃。
慌てて薄紅のMS――ビギナ・ギナを離し、それをかわす。
「お前も奴らの仲間か!?」
セイバーと正対するように立つのは、頭部にカメラのようなものをつけたジンハイマニューバ二型。
「答えろ!お前らは一体何者だ!キラはお前らの仲間なのか!?」
叫ぶが、返事はなかった。代わりにビームカービンが発射され、セイバーの足元を射抜く。
「貴様あっ!」
セイバーがアムフォルテスを構える。
だが、ジンはビギナ・ギナに掴まれ、急速に加速してゆく。
「カガリいいいいいい!」
そしてセイバーに訪れるVPSダウン。
ビギナ・ギナと、それに引っ張られるジンの姿が遥か遠くへ消えてゆく。
アスランにできることは愛しい人の名前を呼ぶことだけだった。