クロスSEED第17話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 23:22:49

「か、艦直上に熱源反応!これは……MSです!」
「なんですって!?」

 手負いの大天使のブリッジに、マリューを始めとしたクルーのどよめきが走る。

「ミラージュコロイドか。やられたな」

 ただ一人、腕を組んで苦笑するのは、バルトフェルド。
 キラの帰りを待つアークエンジェルがMSの熱源反応を捉えたのは、ビームサーベルの射程内に入ってからのことだった。
 しかも、悪いことに迎撃用のバリアントすら起動していない状況である。

「ギリ君とバーンズさんに伝えて!クァバーゼとトトゥガの発進を……」
『余計なことを考えているのなら、止めたほうがいいですよ、ラミアス艦長』

 待機していたギリたちに指示を出そうとしたところで、マリューの動きが止まった。
 それは聞き覚えのある声、もう聞けないはずの声。

「トール……君?」
『MS射出ハッチに少しでも妙な動きがあれば、ブリッジを撃つ。戦いに来たわけではないですからね』

 モニターに映るのは、ブリッジに向けて腰の砲を構える"イージス"の姿。
 本当に撃つかどうかは考える必要はないだろう。
 "トール"が本気ならば、下手な動きを見せた時の代償は、己の体で払うことになるのだ。

「なぜあなたがこんなことを!」
『……キラが帰ってくる前に用件だけ伝えましょうか』

 問うマリューを無視し、ブリッジに砲を向けたままの"イージス"がMS射出カタパルトに移動する。

『要求は民間人の保護。それだけです』
「え……?」

 つとめて冷徹に話しているのか、あるいはこういう口調になったのか。
 事務的な言葉が、ブリッジに響いた。

「さて、どうなるかな」

 "セイバー"をアークエンジェルのブリッジ直上に降ろすとトールは通信を切り、腕組みをして呟いた。
 V.S.B.R一門を除いて、"セイバー"の射撃武器は全て死んでいると言っていい。
 これで、アークエンジェルに搭載された二機のMSが出てきたら、勝ち目はかなり薄いだろう。
 そればかりか、フリーダムが戻ってきただけで、追い込まれる可能性が高い。
 なにしろ、今の"セイバー"にはまともな戦闘機動を行えない理由もあるのだ。

「ミリィ……」

 ちらりと、横で眠るミリアリアの顔に目をやる。
 かつて、自分が愛した少女。そして自分を愛してくれた少女。
 顔を撫でるために"生身の"手が伸び、そこで止まる。
 今のトール・ケーニヒにそんな資格は無い。そうわかっている故だろう。

「……っ!?」

 ミリアリアに触れそうだった手を離したトールを、そして"セイバー"を、小さな揺れが襲う。ゆっくりと降下しだしたようだ。
 続けて、アークエンジェルからの通信。

『民間の方は保護させてもらうわ。MSをカタパルトデッキに』
「了解した。もちろん、妙なことを考えていれば」
『わかっています。きちんとした迎えを寄越すわ』
「ふん……確かに贅沢なお出迎えだな」

 緊迫した表情で答えるマリューを無視し、ブリッジの映像に目をやる。
 艦長たるマリュー・ラミアス、操舵士のアーノルド・ノイマン、砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルド。
 アークエンジェルの主要メンバーが集う中で、ただ一人、姿が見えない人間がいる。

「どう演説をぶってくれるかな」

 呟くと、トールはブリッジにV.S.B.Rをブリッジに向けたまま、"セイバー"をカタパルトに着地させた。

「カガリ」

 ほの暗い部屋の中で、呟く声。

「カガリ。君は……」

 カガリ・ユラ・アスハ。"オーブの姫君"と呼ばれる、現オーブ代表。

「なんで君は……」

 ホンコンシティで、突如乱入してきたぎこちない動きの薄紅のMS、"ギナ"。
 "イージス"に乗った男は、それに乗っているのはカガリだと言った。
 声を聞いたわけでない以上、"ギナ"のパイロットがカガリだと断定するには早計だろう。
 だが、アスランは確信していた。確信してしまったと言っていい。
 ぎこちない機械的動きの中に見られた、人間的な"癖"。それはカガリのMS操縦訓練に付き合っていた時にアスランが指摘した癖だった。

「カガリ」

 もう一度呟き、その手に一枚の写真をとる。
 ――アークエンジェル食堂にて。
 裏面にそう書かれた写真には、にこやかに笑うアスラン、キラ、ミリアリア・ハウの用意したネグリジェに身を包んで、不服そうな表情をするカガリの姿が写っていた。
 なぜカガリはさらわれたのか。キラはカガリ誘拐の共犯なのか。
 なぜカガリはMSに乗って戦場に出てきたのか。
 写真に、一粒の涙が落ちた。
 続けて、アスラン・ザラの嗚咽が聞こえてきた。

「く、暗い、暗すぎるわ」
「さすがにこれは俺でも気にするぞ」

 マザーバンガードの食堂は、あまりに暗いオーラで覆われていた。
 原因は言うまでもなく、フリーダムに"撃墜"されたシンである。

「ところでベルナデット、ザラ副艦長は?」

 空気に耐えきれず、ベルナデットに話を振ったのはトビア。
 ベルナデットから返事の代わりに返ってきたのは、首を横に振る動作。
 それを見てトビア、横で同じく視線を向けてきたルナマリアがため息をつく。
 シンの回収、マザーバンガードのホンコン離脱。
 その二つを達成したのだから、戦闘はザフト……いや、クロスボーンバンガードの勝利に終わったと言っていい。
 事実、トビアやルナマリア、レイは意気揚々と凱旋してきたわけだし、それを迎えるマザーバンガードクルーは勝利にわき返っていた。
 だが、遅れて帰還してきたシンとアスランは、まるで敗残兵のごとき負のオーラをまとっていた。
 しかも、巨大MSを相手していたはずのシンはフリーダムへの怒りを口にし、赤いMSへ向かったアスランはカガリの名を呟いている。
 シンはともかくアスランは命令違反を犯しているのだが、これではベラも咎めることができなかった。

「どうしたものかしらね」

 ベルナデットの横で、腕を組んだベラが呟く。
 クルーは部下ではなく仲間。その意識が強い彼女だからこそ、二人の今の状況は悩みの種だった。

「艦長、あともう一つ報告が……」

 顔をしかめるベラに、おずおずとベルナデットが口を開く。

「大丈夫よ。言って頂戴」
「彼が……アウルさんがほとんど食事をとっていないみたいです」
「カガリ・ユラ・アスハの自我はほぼ喪失状態か。無理もないな、こう薬漬けでは」

 カラスの報告を受け、鉄仮面はぼそりと言った。
 どこか残念そうだが、それはカガリ個人を心配しての言葉ではない。

「あの女を使ってオーブ掌握と行きたかったが、無理か」

 己の"目的"のために必要なのは、国家単位の強力なバックアップ。
 机に置かれた二枚の書類のうち一枚を手に取る。
 入れ物は七割完成。内部機構の進展度は限りなくゼロパーセント。

「個人的な組織力だけで大規模なサイコミュの再現は無理。となると、プラントか」

 言って、手にとったもう一つの書類と、一冊の古ぼけたノート。
 書類には数枚の、同じ、いや、似た顔の写真が貼り付けてあり、ノートには"DPについての考察"と書かれている。

「まだ使える素体といい、面白いところだな、ここは。クライン派とやらの目を盗んできただけある」

 いつしか、自然に笑いがこぼれていた。鉄仮面の笑いが、誰もいないメンデルに響いた。

「シンは……どこ……?」

 食堂から出てきたルナマリアに、声がかかった。
 ルナマリアが声がした方角に目をやると、金髪の少女が立っている。

「シンなら食堂に……ちょっと!」

 確か、ステラ・ルーシェと言ったか。 シンが連れてきた大人しそうな民間人の少女が、食堂に走る。
 ――今はまずいわよ!
 言って止めるつもりだったが、言葉が出ない。それは赤服の自分と比べてすらなお早い、彼女の足が原因だったろうか。
 止める間もなく、ステラは食堂に入って行った。
 ピンク色の髪が、風でなびいている。
 浮沈艦、アークエンジェルのカタパルトデッキ。ラクス・クラインは、そこに堂々と立っていた。

「確かに、ミリアリアさんはわたくしたちがお預かりいたします」

 射抜くような瞳で、ラクスが言う。ともすれば、引き込まれてしまいそうな瞳で。
 これが、彼女のカリスマか。

「ところで、あなたはわたくしたちと一緒に来ませんか?」

 ――来た。予想通りの言葉に、トールは思わず苦笑する。

「あなたも、わたくしたちと同じ目的を持っているはずです。戦争をする力を削ぐという……」
「ああ、確かに目的は同じだな」

 みなまで言う前に、割り込むように答えるトール。

「ならば、行きましょう。わたくしたちと共に」
「目的は同じでも、建て前に付き合うつもりはない」

 トールの言葉に、ラクスの肩がぴくりと動いた。

「平和のため?キラのためだろう?」

 それは前大戦集結直後、リハビリを始めてからずっと考えていた疑問。
 なぜラクス・クラインは歴史の裏舞台へと去ったのか。
 カラスたちの襲撃があったとはいえ、なぜ今歴史の表舞台へと姿を現したのか。
 キラ・ヤマトの大がかりなリハビリ。ただ、愛する男のため。
 ふざけた妄想とも言える結論だが、なぜだかそれがしっくりと来た。
 そして、目の前の少女の反応は、それが正しい答えなのだと言っているようなものだ。

「平和のため、正義のため。俺を、フレイを失ったことで壊れたキラの心を治すには、目的が必要だった」

 トールが続ける。ラクスは微動だにせず、その視線をこちらに向けている。

「そして、自分は、旧世紀の"ドイツの絵描き"と同じ能力を持っていることに気づいた。なら、目的を示してやればキラはそれに向かって走り出すだろうな」
「わたくしは平和を願っています」
「平和はついでだ。主目的じゃ……」

 なおもラクスを問いつめようとし、トールはそこで言葉を切る。
 ラクスの傍らで眠るミリアリアが小さく呻いたのだ。

「……連れて行け。これ以上は話すことはない。」

 言って、トールは"セイバー"に飛び乗った。
 小さく、トールを呼ぶミリアリアの声が聞こえたような気がした。
 振り返りたい。ミリアリアを抱きしめたい。
 湧き上がる"欲望"を振り払いながら、トールは"セイバー"を発進させた。
 インド、ニューデリー。
 旧世紀、首都として栄えたこの都市も、先のユニウスセブン落下の影響からか、幾ばくかの被害が見られた。
 そんな中でも、人は生きる。元連合兵、シーゲル・サーラもここに生きる人間の一人だった。
 ヤキン戦を生き残ったものの、ブルーコスモス思想に付いて行けなかったシーゲルは、戦争の集結とともに退役した。
 必要以上には、誰かに関わりたくない。そう願ったシーゲルは妻と別れ、この街に移り住んだ。

「おい議長!次はこれを運べ!」

 偉そうな態度で、店長が叫ぶ。文句も言わず、シーゲルは随分長くなった髪をかきあげ、小麦粉を運ぶ。
 このパン屋は、ニューデリーに移り住んでから三つ目の職場。
 彼がここに勤め始めて最初にされたのは、あだ名をつけられることだった。
 シーゲルという名、サーラという名字。議長というあだ名をつけられるには、なんら不思議のない条件。
 まして、彼はプラントの現議長、ギルバート・デュランダルにそっくりな容姿であった。
 自分のいる国と対立する軍の指導者とそっくりだと言われ、最初は不愉快だったシーゲルだが、もう彼はそれに慣れた。
 何より、人との関わりあいを嫌った彼に話しかける人間など、数えるほどしかいなかったから。
 店の従業員も、そんなシーゲルへの興味を無くして行った。とにかく仕事さえしてくれればそれでいいと思うようになっていた。
 だから、シーゲルの姿が突然消えたとして、無駄欠勤に怒りを見せる以上のことはなかった。
 シーゲル・サーラという人間は、周りにとってその程度の男だった。
 我々のために帰ってきたラクス・クライン。
 大仰なテロップと共に流れる少女の映像に、人々は歓喜していた。
 それを見て、ギルバート・デュランダルは微笑する。
 全ては動き出した。先見の明を持つからだからこその自信。
 だが、彼とて今は知らない。"闇"が動き出したことを。