サンタ 氏_未来の子供たちへ_第06話

Last-modified: 2010-04-11 (日) 22:53:18
 

シンは大型戦闘艦アマデウスからエクザディア内にある病院へ移送された。
今は記憶回帰と洗脳解除のため、改良されたゆりかごの中で眠っている。

 

「データを見る限り、何度も洗脳と記憶操作をされてるね」
「治りますか?」
「洗脳のほうはね。記憶のほうは修正するのに時間がかかる」
ゆりかごのすぐ隣で喋っているのは、リベラ・メ所属のレイ・ザ・バレル少佐と白衣を着た中年の男――
――こちらもリベラ・メ所属のクロード・アシル博士だ。

 

クロードは元々コロニー・メンデルで働いていた遺伝子科学者だ。
かのギルバート・デュランダルとは面識があったが、
メンデルが封鎖されるとそれ以後連絡を取ることはなかった。
その後各地を転々とした彼は、その腕をヨハン・バッハウェルに買われ、
リベラ・メの軍医として活動することになった。
ここに流れ着いたレイを診たのもクロードだ。
手元の書類を見ながら、クロードは渋い顔をする。
「けど、この状態じゃ精神崩壊を起こすのも時間の問題だった。不幸中の幸いと言うべきか……
 まあ、いずれにしてもこちらとしては全力を尽くすよ」
「よろしくお願いします」
「そんなに畏まらないでくれよ。医者が患者を助けるのは当たり前なんだから」
軽く頭を下げたレイに、クロードはハハハと苦笑いする。

 

その時、ピロリロリンと治療終了を告げる音がゆりかごから鳴った。
ベッドを覆っていたガラスケースがフシューっという空気音をたてて開く。
「目が覚めたようだね」
パチッとシンの赤い瞳が開いた。
「ここは……?」
「久しぶりだな、シン」
「ッ、レイ!?」
5年前、メサイアから出撃する直前に見た戦友の姿がそこにあった。

 
 

「そうですか。分かりました。引き続き、彼の治療をお願いします」
受話器を元の位置に戻したヨハン・バッハウェルはこれ以上ないくらい機嫌が良かった。
「顔がニヤけていますよ」
「ニヤけているとは失礼な」
そのヨハンの表情を冷静に突っ込んだのは、顔の左半分を仮面で隠している女性だった。
「貴女こそ、何度言えば分かるんですか?僕の前でその仮面は無意味だと言っているでしょう?」
「それこそ何度も言っているでしょう。こんな顔、たとえあなたでも見せたくありません」
「まーたそんなこと言って……ホント、素直じゃありませんねぇ」
「それはお互い様です」
仮面の女性はつーんとヨハンに言い返す。

 

「まあくだらない話はここまでとして。彼の処遇はどうしましょうか?」
「……私が言わなくとも、あなたなら分かっていると思いますが?」
「あ、分かりました?」
ニコニコと笑顔を女性に見せつけるヨハン。
だが、次の瞬間その表情は真剣なものとなる。
「彼には僕らの手伝いをしてもらいましょう。まぁ、彼が拒否したらそれまでですが」
「了解です。では、私はこれで」
「ああ、ちょっと待ってください」
「え?」と一瞬だけ油断した仮面の女性は、仮面を取られてしまった。
「やっぱり貴女は綺麗ですよ」
「っ!返してください!」

 

仮面を取った彼女の顔には悲惨な火傷の痕が残っていた。
一人の女として、この醜い顔は見られたくない。
それ故の仮面だった。
火傷だけではない。彼女の身体には数えきれないほどの銃痕がある。
だから彼女は彼を、ヨハンを拒む。
仮面を奪うようにしてヨハンの手から取り返した女性は逃げ出すように部屋を出て行った。
「本当に、綺麗なのに……」
ヨハンは拳を強く握りしめ、彼女を傷つけた自分の実兄を密かに恨んだ。

 
 

「リベラ・メ……聞いたことないな」

 

事の経緯―――プラント国防軍としてリベラ・メと戦闘、そして捕虜という形になったシンは、
レイが現在所属している組織の名を口にした。
シンのベッドの脇にある椅子に座り、レイは以前と変わらず冷静に事を説明する。
「リベラ・メは人体実験や国際法で禁止されているクローンの製造を行っている組織への
 介入を目的として作られた組織だ」
「まだ、そんなことをしているやつらが……そうか。
 数年前からプラントのラボを襲撃してたのはそのリベラ・メってことか」
「ああ。たくさんの子どもたちが研究に使われていた。俺のように……
 いや、俺よりも酷いことをされていた」
「レイ……」

 

あのメサイア攻防戦前夜。
レイは自ら自分がクローンであることをシンに告白した。
あの時はただ突然の言葉に驚くだけだったが、今なら分かる。
きっとレイは辛い、口にも出来ない幼少期を過ごしてきたのだろうと。
「そういやお前、テロメアは平気なのか?」
「ああ、そのことだが……俺の発作はテロメアが原因ではなかったようだ」
「え!?」
「マルファン症候群―――これも遺伝子病のひとつらしい。手術したおかげで発作もなくなった」
「よかった。……それに比べて俺は……一体何をしてたんだろう。この5年間……」
レイの話を聞いて、今の自分がとてもみじめになった。
「なにが、ラクス様のためだ……!結局俺はまた……!!」
「お前への洗脳もラクス・クラインの仕業だろうな」
「ああ。俺、ザフトが国防軍になる時、退役届けを出したんだ。
 けどラクス・クラインやキラ・ヤマトに考え直せって言われて……
 でも俺の意思は変わらなかった。だから……」
「洗脳されたというのが妥当だろうな。
 ラクス・クラインでないにしろ、クライン派が命令した可能性もあるが」
「そう言えば、議長やグラディス艦長は……?」
シンの質問に、レイはただ黙って首を横に振った。
少しだけ期待していた。
レイが生きていればあの二人も、と。だがそれは甘い考えだと現実が一蹴した。

 

「だが、俺はここで家族と呼べる存在と再会した」
「え?」
「生きていたんだ。俺と対で造られたクローンが」
「なんだって!?」
思わず声を上げるシン。レイは続ける。
「俺と違って彼女は生まれてすぐ研究所を脱走したらしい。
 その後は何年も地球を旅していたが、クライン派に見つかり研究所に逆戻り。
 そこをリベラ・メに保護された」
「そうだったのか……って、彼女?」
「…………ああ。俺のオリジナル、ラウ・ル・クルーゼの相異性クローンが彼女―――」

 

「あたしがそのカイ・ジ・バレルだよー!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

気配なく現れた女性に、シンは思わず身体をビクつかせてしまった。

 

「カイ!驚かすな!」
「君がシン・アスカ君だねー!よろしくよろしく!
 さっきも言ったけど、あたしはカイ・ジ・バレル!レイの姉だよー!」
レイの言葉を無視し、レイの姉と名乗ったカイはシンの両手を勝手に掴みブンブンと上下に振った。
「え、あ、よ、よろしく。えーと……双子?」
「あ、やっぱそう見える?」
「言っておくが、似ているだけで双子じゃない。姉という解釈も間違っている」
正確は正反対のようだが、この二人、とにかくそっくりだ。
違いと言えば、カイの髪は長くそれを低い位置のところで二つに結っているのと、
女性特有の二つの膨らみだろうか。
「まあ細かいことは気にしない!」
「それで、何しに来た?」
ジト目でカイを見るレイ。
双子じゃないと言いつつも、そのやりとりは本当の姉弟のようだ。
思わずシンの口から何年振りか分からない笑い声が出た。

 
 
 

* * *

 
 

プラント、アプリリウス・ワン。
最高評議会議長の執務室の隣にある議長専用の仮眠室。
仮眠室と言っても、そこはきらびやかな家具が置いてあり、一般市民の寝室よりも豪勢な部屋になっている。
その仮眠室の中でひときわ目を引くのは、桃色の天井付きベッドだろう。
シーツや枕、すべてが桃色にされており、うら若き女性なら可愛いと思うかもしれないが、
男なら100%引くであろう代物だ。

 

その桃色のベッドに、一組の男女の姿があった。
一人はこの部屋の主、ラクス・クラインだ。
もう一人は、セリア・サリエリ。
シンに突っかかっていたあの男だ。

 

「ラクス様。これで最後ですよ」
「ふふ、酷いお言葉。そのような気、これっぽっちもないのでしょう?」
「勘弁してくださいよ。俺、ヤマト中将に会うたび睨まれたり嫌味言われるんですから」
ラクスの髪を撫でながら、サリエリは苦笑する。
二人はそういう関係だった。
いや、ラクスは他の男ともこういった関係を持っている。
数年前からラクスとキラの関係は冷めているのだが、別れないのには理由がある。
これはラクスにとって目の上のたんこぶだった。
権力でどうこうできるものではない。

 

「やっぱり、世界を救ったラクス様はプラントの剣キラ・ヤマトとは別れられない……か。面倒ですね~」
「………………」

 

そう、一番の問題は世間体だった。
今のプラントはラクスとキラ、政治と軍部がまとまっているから成立していると言っても過言ではない。
キラはプラント国防軍中将でもあるため、ラクスとの破局が決定的になれば
『歌姫の騎士団』はともかく、軍部は暴走する可能性がある。
それだけは避けたかった。

 

「そういや、あのデュランダルの犬がMIAになったって聞きましたけど?」
「ええ。優秀なパイロットでしたのに、残念ですわ」
「優秀って、あなたが洗脳したからでしょ?
 それにどうせ、その海賊もどきに捕まったんじゃないんですか?」
サリエリはシンが洗脳されていたのを知っていた。
知った上でわざと突っかかっていたのだ。
ラクスの手のひらの上で踊らされているのを知らない、と嘲笑うために。
「おそらくは。けれど、我々を裏切った時の対策は前々から仕込んでありますので、平気ですわ」
「ハハハ!怖いねぇ。で、犬の代わりは?」
「優秀なパイロットを国防軍の中から引き抜きましたの」
「なんてやつ?」
「確か……」

 
 
 

「失礼します!ルナマリア・ホーク、参りました!」

 

同じくアプリリウス・ワンの軍司令部。
『歌姫の騎士団』隊長兼プラント国防軍中将のキラ・ヤマトは執務室に入ってきた女性を見て
思わず「フレイ?」と言いそうになってしまった。
5年前より伸びた赤髪は、キラの初恋の少女とよく似ていた。

 

「ヤマト中将?」
「あ、いや、よく来てくれたねホーク少佐」
笑顔でルナマリアを歓迎するが、内心はラクスを罵る言葉でいっぱいだった。
キラもラクスと同じように多くの女性と関係を持っていた。
その女性のほとんどが赤髪だと、ラクスは知っていたのだろう。
「これからよろしく、ホーク少佐」
「ハッ!ぜっ、全力を尽くします!」
少し緊張ぎみなルナマリアを見て、キラは思わず笑い声を出すところだった。

 

(いいよ、ラクス。君がそうやるんなら、踊ってあげるよ)

 

可愛さ余って憎さ百倍。
そんな言葉では足りないくらい、キラはラクスを憎んでいた。

 

To Be Continued.

 
 

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