シロ ◆lxPQLMa/5c_外伝1

Last-modified: 2008-06-14 (土) 18:09:01

 短くはあったが、阿鼻叫喚の旅行がその喜劇の幕を閉じた。はやてはそれを喜劇とは決して
認めはしないであろうが・・。
 とにかくそれは明らかに骨休めで使われる形容詞ではなかった。

 

 だがまだ甘い。罪には罰が必要だ。彼女たちは罪を犯したのだ。罪の名は置いてきぼり!

 

 ちなみにはやては夢の世界からいまだに帰還を果たせていない。彼女の傷はそれほどまでに
深かった。夢だっていいじゃない幸せなら、だって人間だもの。
 だがその夢が今悪夢へと姿を変えようとしていた。

 

 心から休めるはずの家の前で最後の難関が立ちふさがる。

 

 ぬーーーーーーーーーーーーーん

 

 扉からは瘴気がこんこんと湧き出してくる。
 事情を知らないものであっても思わずヤヴァいそう直感させるもの。
 絶対近づきたくなかった。まさにネガティブゲート。歴戦の勇士でさえ二の足を踏む、ここ
大魔王いるんじゃねってな雰囲気で、いい具合に?空も曇ってきた・・・。

 

 「心の底から入りたくねえです。」ヴィータが素直な心の内を明かしたがそれはこの場にいる
全員の気持ちを代弁していた。
 そこにいるだけで鬱になる。
 一番槍の栄誉をメンバーで押し付け合う、醜い争いが幕を開けた。

 

 シグナムは自分ははやてを背負っているからと言い訳し、シャマルも荷物を持っていると
主張した。残るはヴィータと帰る方向が同じであったスバルであった。そしていつも明るい
スバルが初めて自分の運命を呪っていた。「どうして私たちはこんなところに来てしまったん
だろう。」それは奇しくも誰かさんの最終回台詞だった。

 

 結局自分たちの家という事もありヴィータが覚悟を決め扉を開ける。

 

 暗い暗いその廊下が主を迎えた。皆がくっついて恐る恐る足を踏み入れると、扉が音もなく
閉じ家のなかは薄闇に沈む。

 

 ((((なんだこれ!ホラーか!!))))
 ちょっぴりどころかめちゃめちゃ怖かったが意を決して進む。スバルは逃げようとしたが
ほかの者が体当たりするようにくっ付いてきた、逃がす気はないようだった。さすがはヴォル
ケンリッター、何たる連携プレイ。

 

 少し進むとどこからかぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。そしてその声の中心と思われる部
屋を覗きこむと、

 

 「自分感情のないプログラムっすから・・・・・。」そうつぶやいているザフィーラがいた。

 

 旅行中呪文のように唱えられていたのだろう。想像を絶する悲しみの異界が広がっていた。
その悲しみたるやほんと常人には想像することすら不可能!

 

 ヴォルケンリッターがなんとか機嫌を取ろうと会話を試みる。
 「温泉といってもそれほどいいもんじゃなかったぜ。」ヴィータが反応を見るためのジャブを放つ。

 

 どういう神のいたずらかその瞬間はやては目を覚ました。
 「ははっ、そうか・・・そうやね・・・大したもんじゃ・・・。」
今度ははやてが激しくへこむ。

 

「あああ、そんなことありません。我等は感謝しております!」

 

 「やっぱり楽しんできたのか・・」
またしてもザフィーラが激しくへこむ。

 

「「「「ああああああああああああ・・」」」」

 

あちらを立てればこちらが立たず。どうすればいいの?妙案プリーーーズ!!

 

 傷は深かった、深かったのだ!!(ちなみにはやては目を覚ます直前まで夢を見ておりその
夢の内容は「大ピンチだZE!ヴォルケンリッターの巻」へとメタモルフォーゼする。)

 

 ヴォルケンリッターの絆にマリアナ海溝クラスの亀裂。もうどうしようもないんじゃない?ま
さかの分裂か。だが世間で騒がれているバンドの解散宣言程度のものと一緒にしないでもらいたい!
彼女らの過ごしてきた時間の密度はそんなものでは砕けない。ダイヤモンドは砕けない!すいません、
語呂の良さについ・・・許して。

 

 ここに至って烈火の将、ヴォルケンリッターの長たるシグナムも不器用を言い訳にして逃げている
わけにはいかないことを悟る。私はあきらめないぜ。

 

 「シャキッとしないか!お前は誇り高きヴォルケンリッターの一角、“盾の騎士”なのだぞ。」
溌剌とした暗雲を吹き飛ばす太陽のごとき喝。

 

 「犬扱いのどこに誇りを持てばよかったのだ?」
太陽すら飲み込むブラックホールのごとき絶望。

 

 どろっとした眼で見つめ返されあとずさるシグナム。

 

 ザフィーラにこれほどの恐怖を感じたことはいまだかつてなかった。だがここであきらめる
わけにはいかない、なぜならもうすでに背水の陣状態なのだ!こんな雰囲気の中で人は生きて
はいけない。自分を全力で鼓舞する!(ギアス発動、シグナムが自分で自分に命ずる!全力で
ザフィーラを説得しろ。)キュイーーーーン。そんな音がした気がした。よし、いける!!

 

 「代わってくれるか?立場的に。」

 

 無理でした。究極の2択に瞬時に答えが出た。この質問に心が折れた。
騎士道に身も心もすべてを捧げた・・。だが畜生道に捧げる気など起きようはずもなかった。

 

 でもここで嘘でもいいから「うん」と言ってあげればよかった。なぜならその時のザフィーラの
眼はこの世の絶望3分の1くらいを塗りこんだようだったから・・・。

 

 私がザフィーラを傷つけた、言ってやらなきゃ!!
その瞬間、実際に立場的に交換した時の仮想未来図が脳内を席巻した。

 

そこは一言でいえばムーディーな部屋だった。部屋のなかは薄暗く部分的にしか光が灯っ
ていない。そんな部屋で自分は犬になることを強要されていた。

 

 「服を脱ぎ四つん這いになれ。獣が服を着ていてはいけないだろ。それは人間様御用達だ。」

 

 抗うことなど許されていない。自分は犬なのだ。ご主人様の言う事には服従の選択肢しか存在
していない。だがそんな事そう簡単にできるはずもない、体ががくがくと震えた。

 

 ご主人様は黙って待ち続ける、やがて沈黙に耐えきれなくなり部屋には衣擦れの音が響いた。
そしてわずかに逡巡するがゆっくりと膝をつき腕をつける。

 

 ねちねちとねぶるような視線。羞恥心に身も心も溶けてしまいそうになる。

 

 そうするとおもむろにご主人様は首輪を取り出して見せた。

 

 「犬には必要だよな。つけてやるからこっちに来い。」

 

 四つん這いのままご主人様の前まで行き見上げる。意識はしていなかったがいつのまにか
瞳は潤んでいた。それが悔しさのためか羞恥心のためなのかは考える余裕もなかった。

 

 「外に散歩に連れて行ってやろうか?」

 

 かつてない衝撃。恐ろしい未来図。尊厳の終焉。

 

 「ゆ、許して・・・。」

 

 涙が浮かび許しを請うていた。もう限界だった・・。これ以上は耐えられる自信などなかった。

 

「犬がしゃべったらダメだろ。ほらワンと鳴け。」

 

「ワ・・・・・・・・・・・・・・・ワン」

 

 意識がもうろうとする。あまりの屈辱に自分が何をどう認識しているのかが曖昧になる。
嬉しいのか、悲しいのか、恥ずかしいのか、もう何もわからない・・・。

 

 「よーし、いい子だ」

 

 ご主人様に褒められた・・。褒められる、ということはきっとそれはいいことなのだろう。
もう言葉の上っ面を追うことしかできない。

 

 その様子を見てご主人様は満足そうに笑い、私に命じる

 

 「さあ、飲み込んで俺のエクスカリバー。」

 

シグナムの回想終わり

 

 そしてその時全米がひいた・・・・・。

 

 「・・・シグナム?」ヴィータが動きを止めたシグナムを怪訝に思い呼びかける。

 

はっ・・「あ、ああ・・ぐああああああああああああああああああ!おのれアスカーー
ーーーーー!!!!!!!!」

 

 なんでアスカ?まったくわけがわからなかった。うん、わからないのさー。

 

 シグナムが妄想している間も、ザフィーラのネガティブアピールは続いている。その思考の
一部を君だけに公開しよう。

 

 ザフィーラはフリードにたいしてうらやましい、この上なく妬ましいと感じていた。同じ属性
でありながら貴様は女湯に入りやがった!! 何より許せんのはそれを当然だと思っている!!!
どこまで傲慢だ!!!エゴだよそれは!!!!

 

 エゴはお前だ!!!地の文から突っ込みを入れさせるほどの、理不尽な思考が渦をなしていた。
さらに、人の裏側がストリップのようにチラチラ姿を見せる。いやらしい。

 

 「だいたい私は最初、自分のポジションが無印におけるユーノのような淫獣ポジションだと予想
していた!!誰もがうらやんだあのポジションだとーーーーー!!!!!」

 

 それは男の夢の一つの形、正直期待は大きかった。だからこそ・・・だからこそその怒り、想像す
るだに余りある、余り過ぎて怖気が走る。きっと蓋を開けてみて唖然としたことだろう。それはどこか
デスティニーの扱いにも似て、作者の心に悲しみの風が吹き荒れた。祝福の風よ吹いておくれ。どうか
この涙が乾くまで・・・。どうかこの男の涙が・・・。

 

 なるほど、As当時ワオーンと犬の遠吠えがよく聞こえたのはザフィーラだったのか。
それはまさしく負け犬の遠吠えだった・・・。

 

 ここにきてスバルが言う。

 

 「ほら、元気出して私が一緒にお風呂に入ってあげるから。」

 

 「えっマジっすか!!」
口調が変わっていた。

 

 一週間は口をきいてあげないんだから!固い固いその決意 それが3秒で崩れた瞬間だった。

 

 おなじヴォルゲンリッターからのコールドアイ。これと同じとは思われたくない。何なのこい
つ的な視線が絶対包囲網を敷く。
 だが意に介すことはない、なぜなら私は“盾”の騎士だ。その程度の微風で揺らぐことがあろ
うか?いや、ない!!すべての忍耐はこの時のためにあった!!

 

 「フン・・。」 表情は不機嫌な表情を作る。いかにもまだ怒ってるんですよ的な。蝶無駄な
努力だった。こんな無駄な努力は見た試しがない。だが、いかに表情を取り繕おうと足取りは軽
やかで、尻尾は16ビートのリズムを刻んでいた。
 頑張って表情を取り繕ったがそもそも動物の表情はムツゴロウさんぐらいにしかわかるまい、本
当は秘密にしておこうと思ったが、実は今現在仲間でさえその表情の変化には気付いていなかった。

 

 浴場で待つ

 

 待つのがこんなに楽しい、いや、待ち遠しい?自分がどう認識しているのか曖昧になる。
もう何もわからない・・・・・。部分的にシグナムの妄想がヒットしていた・・。喜べばいい
のか、悲しめばいいのか? 喜べばいいと思うよ。誰かがそうつぶやいた。

 

 はあはあ、呼吸がうるさい。鼻は完全におっぴろげ状態だ。

 

 「げっへっへ、自分狼ですぜ、あれほど言ったのに聞かない方が悪いんですぜ。」
こんなセリフはあり得ません。ええ、ありません。ここはザフィーラの名誉のために断固
として言っておきます。

 

スバルが脱衣所でゴソゴソと音をたてる。

 

カーーーームヒアーーーーーー。例の日輪の彼を凌駕する叫び、け“だ”ものだけにまさに
咆哮。テンションはまさに最高潮。レッドゾーンだぜ、“レッド”ゾーンだけど“ピンク”の
スーパーモード突入。

 

 そんな下衆なモードは存在しない。ドモンさんにはほんと申し訳ないと思っています。

 

 春である!!この世の春である。今までの自分の人生に潤いがあっただろうか、あるはずも
ない!心が渇いていたのだ、乾いて渇いて盾もひび割れた。潤いがほしかった。安西先生、
ナニがしたいんです。

 

 そしてがらりと音がしてタンクトップとショートパンツをはいたスバルが入ってくる。

 

 「自分感情のないプログラムっすから・・・・・・。」

 

 「なんでまたその状態に!!」

 

 こんな事だろうと思ったよ。作者がこんな事許すはずもないってわかってた。さんざんテン
ションをあげていたザフィーラだが心に保険を掛けていた。ほんとはテストで80点いったと
思っても、60点だって上等とか思ったりする、そんな微妙な例え。

 

 スバルがブラシを交えてワシャワシャ洗う。

 

 「あっ、そこは直接洗ってくれ。」

 

 そこはどこの部分だったのか誰にもわからない。
風呂から上がった後は一匹の美しき野獣がその容姿をを鏡に映して、けっこう一人満足していた。

 

 みんなザフィーラにいろんな意味で注目していた。だから気付かない。はやてのアレな
様子に気付けない。

 

 シンはレジアスへの旅館周辺消滅事件の報告を終え6課へと足を進めていた。

 

 みんなが乗り物に乗って目的地へと急ぐ中、俺は歩く。
ゆっくりと歩きながら向かう時間は最近では貴重なものとなっていた。こっちの世界に来て
からゆっくりするなんてほとんどなかったのだ。だからこのくらい許してもらおう。

 

 こっちの世界に来てからか・・・・。シンの脳裏にこっちに来たばかりの頃がふと浮かぶ、
ふふっ、たまには回想してみるのも悪くない。

 

 CEの世界で俺の意識が途絶え、次に目を覚ました時には、今俺が務めている本部の医務
室にいた。少しの間ぼうっとした後、カッと体が熱を帯びる。メサイア、レイ、ジャスティ
ス、デスティニープラン・・・・

 

 断片的なイメージが頭の中を駆け巡る。

 

 その瞬間扉が開かれる、敵か味方かも判別しないうちに衝動的に飛びかかり質問をぶつける。
その時は知るはずもなかったがその人物はオーリスといった。

 

 オーリスは慌てる様子も見せず、その荒唐無稽な内容を順を追って説明してくれた。

 

 魔法、ミッドチルダ、次元漂流者、時空管理局、当然すぎる反応がおこる、俺の反発だ。
だが外の景色、魔法を実際に見せられては混乱はするが無理にでも納得するしかなかった。

 

 自分の周辺の状況が、理解でき落ち着いてくると憎しみが噴き出してくる。それはまるで
際限がない。奴らはまたすべてを奪った!! 新たな世界、議長、ヴェステンフルス隊長・・い
やハイネ、親友、そして帰るべき家ミネルバ。それどころか世界からすらもはじかれた。

 

―――いらない、お前なんかいらない

 

 まるで世界すべてが敵になったような絶対の恐怖。

 

 「ちくしょう・・・ちくしょう・・・

 

 結局あの頃と何も変わらず悔しさに震えることしかできない自分。こんな自分を変えるため
にザフトへ渡ったはずなのに・・・。

 

 ちくしょう・・・」

 

 もう一度の声が洩れる

 

 そして2人は出会った。この出会いはきっと必然だったのだろう。

 

 また扉が開く、CEでもそう見なかった大柄な人物が現れた。
 その人物は俺を見るなり開口一番

 

 「お前がシンアスカか。フン思ったより貧弱だな。これでは負け犬になるのも当然か。」

 

 初対面の者に向けるとは思えない一言を向けてきた。

 

 「な・・んだと!!!!」

 

 瞬間、殺してやる・・。そんな衝動が走る。

 

 「どうした負け犬。お友達が死んじゃったか?お家もなくしたか?ただ苦しめば大人になれ
るものでもない。それを勘違いしたガキが、でしゃばって戦場になど出てくるからそうなる。み
じめで愚かで役ただずは死んだ方が世のためだな。」

 

  その口今すぐきけなくしてやる!!シンの思考が一色に染まる。

 

 極度の興奮により引き伸ばされた時間感覚のなか、シンの優れた動体視力はレジアスの動きを
つぶさに観察していた。どんな動きをしても対応できるだけの自信があった。

 

 だがシンの見たところレジアスはわずかに腰を落としただけで迎撃する様子
もかわす様子も見せない。

 

 (舐・め・て・る・の・かーーーーーー!!)

 

 たとえ思考が単純化し暴力的なものに変わろうと、その体は繰り返し続けた動きを完全に
再現する。

 しなやかな筋肉が引き締められ鋼となる。
 瞬き一つの間でレジアスの前に躍り出る。そしてその瞬間には腕はもう振りかぶっている!
 助走した速度に加え、足が腰が肩が連動しすべての運動エネルギーを握力100キロを超え
るその拳に伝える。人一人の命など簡単に吹き飛ぶ、銃弾ですら及ばない凶悪な牙が唸りを
あげる!!

 

 そしてシンの拳がレジアスの顔面に恐ろしい速度で叩きつけられた。血しぶきが舞う。

 

 だが

 

 レジアスは倒れなかった・・・その顔を豊かなひげを血に染め上げ、なお今のシンには、
すさまじいとしか形容できない眼光でシンを射抜く。

 

 この一撃は必倒の一撃だった。それは疑う余地すらない。人一人など楽に殺しておつりが
くるほどの破壊力。洗練された、人間を殴り殺すための理想的な動き。

 

 だから呆然として動きを止めた。倒れないはずなどないのにこの男は・・・なぜ。

 

 「どうした、終わりか?これで満足か?」

 

 「な・・にを?!」
 なぜか迷いを感じながらもまたもこぶしを振りかぶる。

 

 「ガキはガキらしく大人の・・後ろで守られていればいい。・・・・・お前はワシの後ろにいろ。」

 

 振り上げたこぶしが行き場をなくしてさ迷った。そして力なくおちていった。

 

 そしてそう言い放ったレジアスの背中が扉の向こうに消える。

 

 しばらくして部屋の中から泣き声が聞こえてくる。最初はすすり泣くように、少しして人目を
はばかることなく泣き出した。なんで涙が出るかなんてわかるはずなかった。皆敵のはずなのに。

 

 あんたに何がわかるんだよ!! ・・・でもこの人に分かってほしい・・・。
この人になら分かってほしかったのだ!!

 

廊下に出て歩き出す

 

  レジアスは憎しみの感情の殻に閉じこもりかけた少年を無理やりに引きずり出した、いま
シンは憎しみ以外の感情で過去を回想していることだろう。

 

 この二人は事前にシンのことを知っていた。シンは一人だけが転移されたわけではなくデス
ティニーも一緒であった。デスティニーの記録に関する一部の規格はなぜかミッドチルダのも
のに酷似しておりこうも早く知ることができた。

 

 その過去は凄惨だった。それがシンの過去のすべてでないことは理解できるが一部でこれでは・・・。

 

 レジアスは中将である。並の位階とはわけが違う。ここまで上り詰めるのに多くのものを
捨てた、捨てざるを得なかった。その道のりは山と谷の連続。だが手を汚してでも他人を蹴落
としてでも上り詰める必要があった・・・あったのだ。

 

 しかし、いつの間にか狭くなっていた・・・閉じかかっていた自分の思考。あの少年のこと
も駒として使ってやろう、としかその脳裏には浮かばなかった。そして駒にするなら甘い言葉
で十分だったのに・・・。 切り捨てたはずの捨て去ったはずの・・・そう過去に置き去りに
した感情がなぜか疼いた。

 

 何度もデスティニーの記録を見る。その手は固く握りしめられ血が滲む。歯はくいしばり過ぎ
て砕けた。レジアス・ゲイズは誰よりも・・誰よりもシンのために怒っていた。

 

廊下にて

 

 レジアスの膝が砕け廊下の壁に倒れるようにもたれかかる。

 

 「効いたな、我ながらよく耐えた・・。」

 

 オーリスが驚いて手を差し伸べる、がレジアスはその手をさえぎる。

 

 「ですが・・・」

 

 「見栄の一つも張らせろ。」そう言ってその口から折れた歯をはきだした。
「もとより砕けていたしな手間が省けた。」そう言って無理に笑う。それは誰が見てもやせ
がまんだった、だがなにより気高いやせがまんだった。

 

 「安いものだ。少年一人と過去のカケラを救いあげたのだ。ワシの人生でも屈指の偉業だろうよ」

 

 驚くべきことにレジアスは魔法による防御一切を使用しなかった。シンと同じ高さで正面から
むきあった。決めていたのだ・・・、シンの激情のすべてをこの身一つで受け止めようと覚悟を
決めていたのだ。あの時倒れなかったのはあの時点で、すでに精神が肉体を凌駕していたからに
他ならない。それほどの断固たる決意でシンの心と向き合っていた。

 

 「ふうっ」一つ溜息をつき簡潔に「わかりました」と伝える。だがその言葉にはほんのわずか
に不貞腐れた感情が顔をのぞかせた。そして、ともにいることを許された副官は黙ってそばにあり続けた。

 

 群れとはぐれ親とはぐれ、体中傷だらけ。それでも泣きながら必死に飛び続けた鳥がやっと
自分を受け入れてくれる止まり木を見つけたのだ。

 

 だからこれが一時の休憩でなく最後の住処となりますように・・・。

 

 鳥はいずれその傷を癒し雄々しく羽ばたくだろう。必要だったのは穏やかに休める時間と場所。

 

 確信できる、いずれ開かれるその翼は誰より大きく、純白の輝きを放つだろう。だから
今はおやすみなさい。

 

 その後しばらくの時が過ぎ

 

 出動した先でガジェットを切り捨てながら思う。
自分は強くなった。だが最強にはなれない。

 

 力を求め続けてきたシンがたどり着いた結論だった。

 

 俺にとっての最強はあの時倒れなかった男の姿。その多くの想いを背負った眼で俺を貫い
たあんたの姿だ・・・・・・あんたが最強だ。

 

 彼はもう一人の父であり、そして師であり・・・・・憧れ続けたヒーローだった。

 

長い回想から戻る

 

 お互いに必要不可欠なパーツだった。「「あいつ」」がいなければ今の自分はなかった。だから
遠く離れた場所を歩きながらシンは思う、執務を続けながらレジアスは思う、

 

 「「ありがとう・・・・・・・・」」きっとあの時救われた。

 

 「照れくさいからぜえったい言ってやらないけどな。」

 

 そう言ってシンは微笑みを浮かべた。それは人が振り返らずにはいられないようなきれいな
微笑みだった。周りにだれもいなかったことが悔やまれてならない。